第702話 最強種との戦闘 (3)

「っ?!」


ズガンッ!!


アースドラゴンが持ち上げた右の前足を避けようと横へ跳ぶ。


ここまで見てきたアースドラゴンの動きを考えるならば、余裕で避けられるタイミングだった。

しかしながら、実際は俺の真横スレスレを鋭い爪が通り過ぎ、地面を穿つ。


今まで見てきたアースドラゴンの動きより数段速い。危うく一撃を貰うところだった。


「急に動きが速く?!」


「あのデカブツ!何かしたのか?!」


俺とアースドラゴンの事を見ていたドワーフ兵士達が、アースドラゴンの殺気から解放され、思い出したかのように喋り出す。


「違うわ…アースドラゴンがを相手にする時のスピードがこれなのよ…」


ハイネが言っている事が正しいだろう。


アースドラゴンが特別何かをしたわけではない。

今までは俺達を敵だと認識しておらず、アースドラゴンとしては鬱陶しい虫を払う程度の感覚だったのだ。

それが、ここに来て本格的にとして認識した。それによって、初めてアースドラゴンがを仕掛けてきたのだ。


飛んで来る羽虫を全力で追い払う事など無い。鬱陶しいが積み重なればそれも有り得るかもしれないが…敵と戦闘する時と同程度に全力で取り掛かるという事はない。今までと今の間にはそれくらいの差が有った。それだけの事である。


バァンッ!!


突如スピードが変化したアースドラゴンの攻撃は何とか避けられたが、このままでは防戦が続いてしまう。そう思っていたタイミングで、アースドラゴンの目前に爆炎が広がる。

それによってアースドラゴンの注意が一瞬俺ではない場所に向く。そして、そのお陰で俺は体勢を立て直す事が出来た。これでアースドラゴンの攻勢を押し留められる。


このナイスなタイミングで爆炎を作り出してくれたのはニルだ。


仕込みボウガンを展開し、大爆玉をアースドラゴンの顔に撃ってくれたのだ。

残念ながら、大爆玉の攻撃はアースドラゴンに全くダメージを与えられてはいないが、スレスレの戦闘ではかなり有難い援護である。


「グガッ!」


「っ?!」


ニルの援護自体にダメージは無かったものの、鬱陶しいと感じたのか、アースドラゴンがニルに向けて尻尾を突き出す。


「っ!!」

ギィン!


ニルは、尻尾の範囲外から攻撃していたのだが、アースドラゴンが尻尾を突き出すと、何故かその攻撃がニルの持っている黒花の盾に当たりニルを後ろへと吹き飛ばす。


ズガッ!

「ぐっ…」


「ニル?!」


吹き飛ばされたニルは、何とか受け身を取ったものの苦しそうな声を出す。


「だ、大丈夫です…」


アースドラゴンの攻撃による衝撃が強く、ダメージを受け止め切れなかったらしい。

幸い、アースドラゴンの攻撃範囲ギリギリで受け止めた為、吹き飛ばされはしたものの大きな怪我は無く、打ち身程度のものみたいだが…一瞬、脳裏にニルの体がアースドラゴンの尻尾に貫かれた画が浮かんだ。あのニルが受け流す事すら出来ずに吹き飛ばされるところなどいつぶりに見ただろうか。上手く受け流せなかった証拠に、黒花の盾には大きな傷跡が残っている。


アースドラゴンの攻撃スピードは、避けられない程ではなかった。しかし、今まで見てきたアースドラゴンの尻尾攻撃とは違い、グネグネと尻尾を動かして攻撃点を分かり辛くしていた。攻撃が届かないと思っていた事も有って上手く捌けなかったらしい。


「まさか間合いまで変わるとは…」


立ち上がったニルは、直ぐに盾を構え直す。


アースドラゴンの尻尾が、本来ならば届かない位置に届いたのは、尻尾の先端から新たな長い結晶が伸び出して来たからである。

全身の結晶が一瞬で生え揃うのだから、この程度は造作もないのだろう。攻撃や防御の間合いすら自由自在とは…

ただ、それにも限界が有るらしく、ニルを貫く程の長さにはならなかった。恐らく自身の体表から数メートルと決まっている能力なのだろう。無限に伸びたりしたら最悪の展開になっていただろうし、そうならなかった事を喜ぶべきだろうか…


「グガァッ!」


「っ?!」


ズガガガガッ!!


アースドラゴンは、お前の事も忘れてはいないぞと、足元に居る俺へ左腕の爪を振り下ろす。


攻撃は避けられた。しかし、地面を簡単に抉り取る光景は、いつ見てもゾッとする。


「はっ!!」


ガギィン!


アースドラゴンの攻撃には背筋が凍るが、俺もやられてばかりではない。

一撃一撃はダメージを与えられる程の威力は無くとも、全く効いていないわけではない。実際に横腹に生えていた結晶には傷が付いている。

手も足も出ないという話では無い。ならば…


「はああああぁぁぁぁっ!」


ギンッ!ガギャッ!ガギィン!


直剣を執拗に横腹へと走らせ、付けた傷を何度も叩く。


バギィン!


「チッ!」


「ご主人様!」


数度打ち込むと、直ぐに直剣が折れてしまう。これでもドワーフの作った武器だと言うのに…


パシッ!


「助かる!」


武器が折れるとほぼ同時に、ニルが俺に向けて武器を投げ込んでくれる。

いくらアースドラゴンの攻撃は避けられていると言っても、一般から見れば高速戦闘に入る速度だ。そんな戦闘の最中である俺に対して、次の動きを予測し、その先に武器を投げ入れるなんて事はニルにしか出来ない。


ギィン!


受け取った武器を即座にアースドラゴンへと打ち込む。


「グガッ!」


ブンッ!


「はぁっ!」


ギィン!


アースドラゴンは、尻尾、爪、翼、そして牙。全ての攻撃手段を用いて攻撃を仕掛けて来る。

それらを何とか回避しながら何度も何度も攻撃を打ち込む。


「はあぁっ!」


ギィン!ギィン!ガギィン!


「グガッ!」


ズガガガガッ!


「はぁぁっ!」


ギィン!


暫くそんな時間が続き、もう何度攻撃を打ち込んだか分からない。


「お、おい…」


「あんなのどうやって援護すりゃ良いんだよ…速過ぎて邪魔をする事しか出来ねぇぞ…」


ドワーフ兵士達は、俺とアースドラゴンのやり取りを見て何も出来ずにいる。


それは仕方の無い事だ。

荒事から遠ざかって生きてきた彼等でなくとも、こんな災害のようなモンスターとの戦闘は経験する事など無い。ここに居るのが戦闘経験豊富な兵士だったとしても、上手く動くのは難しいだろう。


ただ…


「やぁっ!」


バァンッ!


「こっちだデカブツ!」


ギィン!


「全部使い尽くすつもりで攻めるわよ!」


ガギィン!


「僕が居るのも忘れないでよ!」


ギィン!


俺の仲間は、そこらの手練よりずっと手練だ。

相手が災害のようなモンスターだとしても、皆は一歩も引かずに戦ってくれる。

流石に俺の邪魔にはならないよう、外側からの援護に徹してくれているが、近付いても問題が無ければいつでも駆け付けてくれるはずだ。

本当に頼もしい。


頼もしいが……


「グガァァァ!!」


目の前で吠えるアースドラゴンに近付くのは至難の業。


俺だって何合も打ち合い、アースドラゴンの攻撃は全て避けられているが、一度の僅かなミスでさえ命を落としかねない。


「はあぁっ!」


ガギィン!ギィン!バギィン!


もう何度直剣を打ち付けたのか……何本の武器を折ったのか分からない。また一本、渡された武器が折れた。


強過ぎる。


これが最強と言われるモンスターの強さ……


知っていたつもりだったが、真正面からぶつかっても勝てる気が全くしない。


それでも…俺が無謀にも思える攻撃を繰り返してきた効果がやっと表れた。


ビキッ!


俺が攻撃を続けていたアースドラゴンの横腹を覆う結晶に、遠目から見ても分かる程の大きなヒビが入る。


「ご主人様!」


「気を抜くな!」


ヒビが入っただけでは弱い。もう少しダメージを与え、完全に破壊しなければならない。だが、あと一息だ。


アースドラゴンも、自分の鎧にヒビが入ったと分かったのか、俺と距離を取り睨み合う形になる。


今までの激しかった戦闘が嘘だったかのように静かな時間が流れる。


突如訪れた静寂の中、俺の頭は、ここまでの戦闘で浮かんできた疑問点について考察していた。


一つは、ニルが攻撃を受けた際の事だ。地面をまるでプリンのように抉る攻撃が可能なのに、ニルの盾を貫く事が出来なかった事。


数度打ち付けるだけでドワーフ製の武器がポキポキ折れるのだ。いくら防御の為の盾とはいえ、傷跡だけ残して貫けない…というのはおかしい。


そこから察するに、出来上がった直後の結晶は、完全な硬質化には至っていないのではないかという事だ。

つまり、生成途中の体表を攻撃するのが最善ではあるが、生成が終わったとしても、数秒程はダメージが通る可能性があるという事。


あくまでも、聖魂魔法のような超級のダメージを与えられる攻撃で…という話ではあるが。


二つ目に、俺が攻撃を重ね結晶の傷を広げているのに、アースドラゴンはその傷を修復しようとしない事。


ニルを攻撃した際に見せた結晶の生成が可能であるのならば、傷を負った体表の一部を修復するくらい容易い事のように思えるが、アースドラゴンはそれをしない。


憶測にはなるが…結晶の一部を修復するというのは不可能なのではないだろうか。

アースドラゴンの知能の高さを考慮すると、敢えて修復せず俺の攻撃を誘っているという事も考えられる。しかし、そうして俺の攻撃を誘わずとも、アースドラゴンは俺へ一撃を入れてしまえば勝ちが確定する。

敢えて修復しないという選択よりも、修復して確実に守られた方が俺としては厄介極まりない。


となると、アースドラゴンは、結晶の一部を修復するという事が出来ないのかもしれない。


アースドラゴンの体表を覆っているのは結晶…それは結局鉱物である。

アースドラゴンの体表から結晶の成分が分泌され、それが鉱物として出来上がるのだと考えた場合、根元から結晶を伸ばす事は出来ても、先端を伸ばしたり修復する事は出来ないのではないだろうか。

ニルを攻撃する際も、元々有る結晶を伸ばすのではなく、新たな結晶を生み出していた。


要するに、体表を覆う結晶を修復するには、体表から新たに結晶を生み出すしか無いという事だ。

そして、それを行っていない事から、新たな結晶を生み出すには、それなりのデメリット…例えば、莫大な魔力が必要になる…といった事が有るのかもしれない。

希望的観測を加えるならば…修復する為には、一部という事自体が不可能であり、一度全ての結晶を剥がした後に作り直す必要が有る…とも考えられる。


一部分にヒビが入った程度ならば、そのまま戦った方が良いと判断した…と考えるならば、これらの推測も当たっている可能性が高い。


最後に、最初に地面へ展開したヘイタイトについてだ。


アースドラゴンがザザガンベルへ近付かないようにと展開したヘイタイトだが、その効力は既に切れているはず。

それなのに、アースドラゴンはどこかヘイタイトに近付くのを嫌っているように見える。確かとは言えないが…

ヘイタイトを苦手としているのだから、効果が切れたとしても近付こうとはしないだろう。ただ、それにしてはやけに極端な嫌がり方をしているように感じる。


全て憶測になってしまうが、ヘイタイトに魔力を込めた時に放たれるモンスターが嫌がる効果とは別に、アースドラゴンが嫌がる何かをヘイタイトは持っているのかもしれない。

例えば、ヘイタイトを構成する成分の内の何かが、アースドラゴンを不快にさせる…とか。

もしそうだとするならば、ヘイタイトに魔力を込める作業は必要無くなる。単純にヘイタイトをばら撒けば良いだけだ。


「嬢ちゃん!受け取れ!」


そんな事を考えていると、壁上からドワーフの職人がデカい声で叫ぶ。


「っ?!わっ!」


「即席だが使えるはずだ!」


職人の一人が何かを投げ、それをニルが受け止める。一歩間違えたら投げたアイテムに当たって大変な事になるかもしれない距離なのだが…いや、ニルの動きを見て、これくらいは大丈夫だと考えたのだろう。


「これは何ですか?」


「空になったヘイタイトだ!シドルバさんがそいつの方が効くって事で今さっき作ってくれたんだ!」


「…分かりました!!」


シドルバの名前が出た瞬間、ニルは頷き、受け取ったアイテムを仕込みボウガンに仕掛ける。


「ご主人様!こちらの準備は大丈夫です!」


「…よし…」


アースドラゴンとの睨み合いは続いている。


どちらが先に動くのか。どう動くのか。それを互いに探り合っている状態だ。


「皆!頼む!」


「行くわよ!」


俺が叫ぶと、今まで距離を取って動いてくれていたスラたん、ハイネ、ピルテ、エフが作戦に沿って動き出す。


ブワッ!


まずはアースドラゴンの視界を塞ぐような形で現れた黒い霧。

ハイネとピルテの吸血鬼魔法、フェイントフォグだ。


視覚を奪う目的に加え、相手を気絶させる事の出来る霧を作り出す為、アースドラゴンに少しでもデバフを与えられれば…と考えての魔法だ。

ただ、アースドラゴンは体が五メートルと人と比べて大きく、デバフの効果は薄いだろうとの事。そもそも効かないという事も考えられる。また、元々地中を住処にしている為、視覚を奪ったとしても周囲を感知出来る器官が存在するだろうし、目眩しの効果もほぼ無いだろうと考えている。


言ってしまえば、あまり意味の無い一手にも思えるが……アースドラゴンの知能が高く賢いとしても、この一手を読むのは難しい。

モンスターだとか人だとかという事に関係無く、戦闘において最も警戒すべきなのは自分を殺す事の出来る一撃だ。極論ではあるが、それさえ躱す事が出来るならば、絶対に相手の攻撃で死ぬ事は無い。

アースドラゴンが災害のようなモンスターだとしてもその原則は変わらない。つまり、直接的ではない、ダメージを与える事を目的としていない攻撃に対しては警戒心が薄いはず。

その証拠に、アースドラゴンは黒い霧に対しての反応が遅れ、即座に対処する事が出来ていない。


パリィン!


そして、その隙にスラたんが超速で近付くと、手に持っていた瓶をアースドラゴンの前足に投げ付ける。


「グガッ?!」


状況を理解しようとしているアースドラゴンの足元が、突如として不安定になり、そのまま体勢を大きく崩す。


スラたんが使ったのは何でも溶かす溶解液。残念な事に、何でもというわけではなく、アースドラゴンを溶解する事は出来なかったが…その下、足元の地面は難無く溶かす事が出来る。

アースドラゴン自体を溶かす事は難しいだろうという話を聞いて、地面を溶かし、相手の体勢を崩す為ならば使えるのではというスラたんの意見を取り入れた作戦だ。


ただ、この作戦には問題点が有った。

単純に溶解液を投げ付けても、素直に当たってはくれないだろうという事だ。つまり、それを補う為のフェイントフォグであり、それは予想通り上手くいった。


ガキッ!!


そして、ダメ押しにエフの義手に備わっている鉤爪によってアースドラゴンの足を掬う。


ズガァン!


四人の合わせ技によって、アースドラゴンは見事その場に横倒しとなる。


倒れた程度でダメージなど入らないが、横倒しになった事で、俺が狙い続けていた箇所が目の前に現れる。


「シンヤ君!!」


全てはここで放つ一撃の為の布石。


この方法でアースドラゴンを横倒しにする事は二度と出来ないだろう。

予想外の攻撃で上手くいったが、予想されてしまえばどうという事は無い作戦だ。


要するに………ここで決めるしかない!


俺は両腕に全力を込め、全ての神力を注ぎ込む。


「はあああぁぁぁぁぁ!!!」


バギィィィーーーン!!!


全力で武器を振り下ろす。

すると、目の前で持っていた直剣の刃が弾け飛ぶ。


斬るとは言えない…ただ全力で叩き付けた一撃によって一気に耐久値が吹き飛んだのだ。


しかし……


ビキビキッ!バキィン!


全力の一撃は見事にアースドラゴンの横腹に生えている結晶を砕いた。


「ご主人様!!」


バシュッ!ガンッボンッ!


俺が砕いた部分に飛んで来たのは、ニルがドワーフ職人から受け取ったアイテム。


本来ならば、少しでも傷を広げる為に爆発系のアイテムを撃ち込む予定だったのだが、それに代わって撃ち込まれたのは最初にアースドラゴンの足を止めたヘイタイト爆弾。


破壊力など皆無と言って良いような代物だ。


しかし……


ズズズズッ……


目の前に撃ち込まれたヘイタイト爆弾は、その中からヘイタイトの粉末を撒き散らした。そして、その粉末全てが魔力を供給されていない空のヘイタイト。

その空のヘイタイトが、アースドラゴンの結晶を溶かしている。いや…溶かしているという表現が正しいのか分からないが、結晶が柔らかくなってスライムのようなジェル状になっているのだ。


理由は分からないが、完璧な援護だ。


キィィーーーン……


俺は迷う事無く聖魂魔法を発動させる。


出し惜しみなどしない。

一気に二回分を使い切る。


俺が力を借りたのはどちらも一度力を借りた聖魂。


ランパスとスルト。どちらも炎の力を使う聖魂だ。

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