第701話 最強種との戦闘 (2)
ズドドドドドドッ!
ギンッ!ガンッ!
外壁上から降り注ぐ金属製の矢や岩、それらがアースドラゴンに当たっても、硬質な音を発して弾かれるだけ。相変わらずまるで効いていない。
「なんて野郎だ!」
「涼しい顔をしやがって!」
地上部隊のドワーフ達がそれを見て各々に叫ぶ。
「横へ広がれ!」
遠距離攻撃は効かず、このままでは
それが分かっているからか、ドワーフ兵士達は足を止めたアースドラゴンの周りを半円状に取り囲む。
しかし、取り囲むだけで手を出したりはしていない。
俺達やシドルバから伝わっているアースドラゴンの強さは既に周知済み。下手に近付けば一瞬で全滅する事も考えられる。
十分に距離を取り、アースドラゴンの攻撃範囲に入らないギリギリの位置で待機する。
「ニル!」
「はい!!」
俺達もアースドラゴンと対峙する。
いきなり聖魂魔法をぶつけるのも良いが、アースドラゴンの体表を覆う結晶の強度は尋常ではない。あれのせいで放った聖魂魔法の威力は半減…いや、それ以下になる可能性が高い。
少しでも良いから防御力を削ぎ、確実にダメージが入るようにしてから放つのが確実だ。
勿論、それが不可能であれば、聖魂魔法から攻撃に繋げる展開も予想している。しかし、それは最後の手段だ。まずはどうにかこうにか攻撃を通さなければ話にならない。
パキパキパキッ!
ニルは予め用意していたアイスパヴィースの魔法を発動。氷の盾を作り出す。
「行くよー!」
タタタタタタタッ!
続いてスラたんがアースドラゴンの前へと躍り出ると、周囲を行ったり来たりしてアースドラゴンの気を引く。
「準備は良いな?!」
「いつでも良いぞ!」
ドワーフ兵士が大声で合図を出し、他のドワーフ兵士達がそれに反応する。
「行くぞー!!」
ドワーフ兵士の一人。指示を出しているドワーフ男性が合図を送ると、アースドラゴンの気を引いていたスラたんが瞬時に離れる。
「「「「どっっせい!!」」」」
ドワーフ達が息を合わせて向けたのは、金属製の槍。ただ、普通の槍とは違って少し短く、かなり太い。重さは普通の金属製の槍の数倍は有るだろう。
しかし、ドワーフ達自慢の腕力によって、槍は綺麗な弧を描く。
「グガァッ!!」
ガギィン!
投げられた金属製の槍は四本。あれだけの遠距離攻撃を受けても無傷だったアースドラゴンに対してたったの四本だ。
そんなものでどうにかなるとは思えないかもしれないが、アースドラゴンは飛んで来る槍を翼で弾き飛ばす。
これまでどんな攻撃が来ようと涼しい顔で歩いていたのに、槍の攻撃に対しては防御を行ったのだ。理由は分かっている。槍の先端に仕掛けられているヘイタイトだ。
こちらは最初に撃ち出されたものとは違い、極力破壊、拡散されないように作られている。戦場内にあちこちとヘイタイトが拡散してしまうと、アースドラゴンがどう動くか分からないからだ。
その代わり、結晶の大きさは大きいままで使える為、ヘイタイトの効果は高く長いはず。
それはそうと、ここまでアースドラゴンの様子を見てきて……アースドラゴンへのヘイタイト攻撃が、思っていたよりも効果の高い攻撃かもしれないと思い始めていた。
アースドラゴンは、とことんヘイタイトから距離を置こうとする。
多少気分を害する程度であるならば、ここまで露骨に距離を置いたりはしない…と思う。この世界で最強と呼ばれるドラゴンの考える事など俺には理解不能だが、ヘイタイトを上手く使えばもしくは…
「来るぞ!!」
グガァッ!!
アースドラゴンが槍を弾いた後、両翼を大きく広げる。
「下がれぇ!下がれぇぇ!!」
ドワーフ達がアースドラゴンから距離を取り、攻撃に備える。
「こっちだよ!!」
そのタイミングでスラたんが再度アースドラゴンの目の前へと飛び出す。
「グガッ!」
ブォン!!
「っ?!」
背筋が凍るような風切り音が鳴る。
両翼を広げたアースドラゴンから放たれる攻撃を考えた時、普通は翼を使った攻撃、もしくは結晶を飛ばす例の攻撃だと考える。
しかし、アースドラゴンは俺達がそう予想するだろうと予想していたのか、両翼ではなく尻尾を使っての攻撃を実行した。
スラたんも予想外だったのか、反応が一瞬遅れてしまう。
尻尾は逃げ遅れたスラたんを捉えんと地表スレスレを走る。
俺もニルもスラたんまでの距離が遠く援護が間に合わない。このままではスラたんが危ない。そう感じた時には、最も近くに居たピルテが走り出していた。
「このっ!!」
バギィィン!!
ピルテは、持っていた細剣を突き出し、スラたんへ向かう尻尾に当てる。敢えて攻撃という言葉を使わなかったのは、ピルテ自身が攻撃しようとして細剣を突き出していなかったからだ。
ここまで散々攻撃を受けてきたアースドラゴン。その表皮を覆う結晶の硬さは異様と言える。それに対してピルテが突き出したのは細剣一本。それではどうする事も出来ない。それはピルテ自身もよく理解していた。
故に、突き出した細剣に攻撃の意図はなく、あくまでもスラたんが逃げるだけの時間を稼ぐ為のものとしてであった。
尻尾に直撃した細剣は簡単に粉々に砕け散るが、そのお陰で僅かな時間の差が生じる。
アースドラゴンの尻尾に対して細剣を突き出した程度で作れる時間は、恐らくコンマ数秒。普通の人間ならばその時間内に逃げるのは不可能と言える。
しかしながら、スラたんは普通の人間ではない。
ブォン!!
「あ、危なかった…」
コンマ数秒の時間が出来た事で、スラたんが瞬時に離脱。何とかアースドラゴンの攻撃を回避出来た。
「スラタン!こいつは普通のモンスターとは別格よ!気を抜かないで!」
「ごめん!」
ハイネの口調は強いが、戦闘中なのだから寧ろ優しい方だ。
スラたん自身が一番感じただろうが、アースドラゴンはこういうトリッキーな攻撃もしてくる。
他のモンスターとは違い、知能が高いモンスターである為、俺達の動きも読んでくるのだ。モンスターを相手にしているというよりは対人戦と考えて動く方が良いかもしれない。
「嬢ちゃん!受け取れ!」
「っ?!」
パシッ!
スラたんを助ける為に細剣を犠牲にしたピルテ。刃の無くなった武器では戦う事もままならない。それを見ていたドワーフ兵士の一人が、ピルテに別の細剣を投げた。
「ありがとうございます!」
「武器なら腐るほど有る!折れたら直ぐに次の武器を受け取れ!」
地上部隊、その中でもアースドラゴンから大きく距離を取っている数人は、体に武器を括り付け、両手にもどっさりと抱えている。
最初から一、二本の武器ではどうする事も出来ないと分かっていた為、街に有る武器を片っ端から集めて持ってきてくれているのだ。
ドワーフ製の武器をこのように使うのは勿体無い事この上ないが、勿体無いで命を落とすのは愚の骨頂。有難く使わせてもらおう。
受け取った細剣をアースドラゴンに向けて構えるピルテ。
一先ず一合目は何とか凌いだ。
しかし、地面に撒かれているヘイタイトの効果時間は短い。ゆっくりしている時間は無い。
「もう一度!」
タタタタタタタッ!
気を取り直したスラたんが、もう一度アースドラゴンに向けて走り込む。
「ニル!」
「私はいつでもいけます!」
初手はドワーフ達の槍を使ってもらったが、次は俺とニルも動く。
「グガァ!」
目の前をスラたんが走り回っているというのに、そちらではなく、俺に視線を向けるアースドラゴン。
スラたんの事を無視しているわけではないし、どうにか引き剥がそうとはしているが、俺が動こうとするとスラたんへの注意を捨てて俺に集中している。
「シンヤ君!」
「続けてくれ!」
スラたんの役割は、俺達が攻撃を仕掛ける際に少しでもアースドラゴンの注意を引き付ける事により、仲間が安全に攻撃を行えるようにする事だ。
しかしながら、アースドラゴンはスラたんよりも俺の事を優先している。
自分がアースドラゴンの注意を引けていないと感じたスラたんは、上手くヘイト管理が出来ていないから危険だと言いたかったのだろう。
だがしかし、それで手を止めていてはアースドラゴンの思う壷。ここは一度、強引にアースドラゴンへ攻撃を入れなければならない。攻撃が効かなかったとしても、注意を向けられていたとしても、俺は攻撃するぞという意思表示をしなければ、アースドラゴンが一方的に殴り続ける最悪の展開になってしまう。それだけは避けたい。
スラたんの動きは、間違いなくアースドラゴンの意識を引っ張ってくれている。少なくともアースドラゴンの意識が、俺に対して全て向けられているわけではない。少しでも気を削いでくれているのであればそれで十分だ。
「行くぞ!!」
「はい!!」
攻撃の意志を示す為、俺とニルが前へ出る。
ニルはアイスパヴィースの盾を正面に構え、俺はその後ろだ。
「グガァッ!!」
あまり鳴かないアースドラゴンだが、俺が近付くと、威嚇するように一つ鳴く。
「はあぁぁっ!!」
ニルはアイスパヴィースを前に、そのまま真っ直ぐアースドラゴンへと突っ込む。
「グガァッ!!」
ブンッ!!
「はあぁっ!!」
一つ鳴いたアースドラゴンが尻尾を大きく振り、それが真横から近付いて来ている。そう感じる。
俺はスラたんではないし、この位置、このタイミングで来た攻撃を上手く避ける事など到底出来ない。上手くいけば致命傷は避けられるだろうが、戦闘続行は不可能になるだろう。
だが、俺には不安も焦りも全く無かった。本当に微塵もそんな事を考えず、ただただ自分が斬り込むべき位置一点を見詰めていた。
何故ならば、この戦場へ来る前に、ニルが言ったからだ。
「ご主人様。私が何としてでも最初の一撃を止めてみせます。必ずです。」
アースドラゴンの攻撃を、必ず止めるなんて事を言える者がどのくらい居るだろうか?
きっと多くはないだろう。
これが他の誰かの言葉ならば、俺は少し不安を持っていたかもしれない。
しかし、この言葉はニルの口から出た言葉だ。
ニルが必ず出来ると言った。それ以上の確証など有るだろうか?
少なくとも俺には無い。
真っ直ぐに前を見て、アースドラゴンの一撃目など無いかのように進む。
俺の目の前から俺の右側へとニルが移動する。
視界が開ける。
目の前には尻尾を振る為に体を大きく横へと向けたアースドラゴンの横腹が見えている。
バギャッ!!
「やあああぁぁっ!!」
アイスパヴィースが砕かれたような音と共に、真右から聞こえて来るニルの声。
それでも俺は前を見て真っ直ぐにアースドラゴンの横腹へと近付く。
俺がアースドラゴンへ近付くと同時にアースドラゴンから離れるスラたんが見える。
「はあああああぁぁぁぁっ!!!」
スラたんが離れてコンマ数秒後、俺はアースドラゴンの横腹へと真っ直ぐに直剣を振り下ろす。
剣技、霹靂。
使っているのが刀ではなく直剣である為、完全な剣技にはなっていないが、威力が落ちた分は神力と直剣の性能で補う。
ガギャッ!!
「くっ!」
アースドラゴンの横腹に振り下ろされた直剣が体表を叩くと同時に、俺の両手に痺れるような衝撃が走る。
硬い。
直剣を伝って来た感触に対して思ったのはそれだけだ。
とにかく硬い。
それでも……
「まだまだぁぁ!!」
ニルが作り出してくれた時間を無駄になど出来ない。
ガギィン!ギィン!ガギャッ!
アースドラゴンが体勢を変える前に、俺は更に二度、三度と直剣を振り抜く。
攻撃がアースドラゴンに対してダメージを与える事はないが、殆ど全力で打ち抜いた刃がアースドラゴンを覆う結晶に傷を付ける。
「はぁっ!」
バギィン!!
そして、五度目に直剣を振り下ろした際、直剣の刃が砕け散る。
俺が持っていた直剣は、いつも使っている刀と耐久度はそれ程変わらなかった。つまり、そのレベルの武器でも五度打ち付けただけで砕けたという事になる。
「グガァッ!」
目の前で砕けた直剣に驚いていると、アースドラゴンが体勢を変えて俺への攻撃に転じようとする。
「ご主人様!!」
後ろから聞こえたニルの声。それと共に何かが飛んで来る音が聞こえる。
「グガッ!」
「っ!!」
タンッ!
ズガッ!!
アースドラゴンは左手で俺を押し潰さんとするが、後ろへと跳躍し、その腕を避ける。
そのまま空中で体を縦に回転させ後方を確認すると、ニルが俺に向けて投げた直剣が見える。
それと…ニルのアイスパヴィースが粉々に砕けており、ニルの足元には氷の破片が散らばっている。とてつもない衝撃があっただろうと一目で分かる。
ニルの体が心配になるところだが、ニル自身に怪我は無さそうだ。
パシッ!
空中でその直剣を掴み、着地前に抜剣する。
「グガァッ!!」
「ご主人様!」
「来るな!」
ニルが、俺の補助に入ろうとしたのは分かっている。俺も一人で何でも出来るとは考えていない。しかし、いくらニルとは言っても、アースドラゴン相手にアイスパヴィース無しで防御へ入るのは自殺行為だ。
俺はニルに強く言う。
何故そう言われたのか、その理由をニルは理解してくれている。だからこそ、前へ出そうとした足を止めたのだ。
こういう時、ニルはいつも悔しそうな顔をする。見なくても分かる。だが、現状やニルの得手不得手などを考慮しての判断というだけのことであり、決してニルが不出来だからではない。
俺にだって出来ないことは山のように有る…というか出来ないことの方が圧倒的に多い。それは人であるならば誰しもがそうだろう。当然、ニルも同じで、ニルが全てのことを完璧にこなす事など出来ないし、悔しく思う必要なんて無いのだが…まあ、ニルにそれを言っても変わらないだろう。
ただ、ニルの場合は悔しいと思いながらも、最善の行動を取ってくれる。悔しいからと無理に助けに入って来たりはしないし、無理ならば別の事を…と動いてくれる。
俺の知る限り、そういう行動を自然と取れる人というのはかなり少ない。それは元の世界でもこちらの世界でも同じだ。故に、ニルはハイスペックなのだ。
「っ……遠距離から援護します!」
「ああ!頼む!」
ニルが踏みとどまり、即座に別の援護へと切り替えてくれた事に対して短く応える。
あまり長く喋っている時間も暇も無い。
俺はまだアースドラゴンの攻撃範囲内に居る。
そして、アースドラゴンの視線は俺に向いているのだから。
「ググ……」
アースドラゴンは、俺が何度も直剣を打ち付けた横腹に視線を移動させて唸る。
体表を覆う結晶の一部に浅いが傷が残っている。
それを見たアースドラゴンは、俺に視線を戻す。
その視線には、間違いなく敵意が乗っている。
自分を傷付ける事が出来る存在に対する警戒。そして、その存在が現在自分に攻撃を仕掛けている事から、俺を敵だと明確に定めたらしい。
アースドラゴンの茶色の瞳が俺を捉えた時、冷たいものが背中を走った。
大きく鳴くわけでもなく、威嚇されたわけでもない。
ただ、SSランクモンスター、それも最強と言われるドラゴンの内の一体に敵だと見なされた事が恐ろしいのだ。
逃げたくなる気持ちを押さえ付け、俺は両足と両手に力を込める。
「……………」
「………………」
アースドラゴンと俺の間に嫌に静かな時が流れる。
SSランクモンスターに、敵だと認識されるなど人によっては凄い事だと言うかもしれない。
だが……今の俺にとって、それは死の宣告にしか思えない。
それ程に、目の前に居る生き物には絶対的な強さが備わっている。それを肌で、本能で感じるのだ。
ビリビリと頬を伝う殺気。
俺だけではなく、その場に居る者全ての時が止まったかのように静まり返る。
本当の恐怖を前にすると、人というのは悲鳴すら…いや、息をする事すら忘れるらしい。
「………………」
「…………………」
冷たい恐怖の中、ゆっくりとアースドラゴンが動き出す。
体を真っ直ぐに俺へと向け、両翼を軽く開く。
「………スー……ハー……」
息が詰まりそうになるが、肺を無理矢理広げて空気を吸い込み、吐く。
「っ!!」
ダンッ!
動かずに待っている事でアースドラゴンに先手を取られてしまうと、防戦一方になる可能性が高い。であるならば、俺から動く。
俺は強く地面を蹴り、前へと出る。
「グガッ!」
それに反応したアースドラゴンが右の前足を持ち上げる。
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