第700話 最強種との戦闘

アースドラゴンとの戦闘が起きるのは間違いない。ただ、脳筋でワーッと突っ込んでは死にに行くようなもの。その為、当然あれこれと策は用意する。

ヘイタイト、聖魂魔法は勿論だが、俺の使う雷魔法、ニルの使う氷魔法も手段としては悪くないはず。

望み薄ではあるが、スラたんの溶解液も策の一つになる。


その辺の事を詳細に詰めて…という程時間は無かったが、取り敢えず皆で連携出来る程度の話し合いをしておく。


そして、何とか形になりそうというところで、遂に事態が動き出す。


「来たぞ!」


慌ただしく入って来たドワーフ男性の声を聞いて、その場の全員が顔を上げる。


皆、恐怖、不安、焦燥。色々な感情の混じり合った表情をしている。


「行こう。」


「「「「おうよ!!」」」」


それでも、一人として逃げようとする者はいなかった。


アースドラゴンが現れたのは、数キロ先で見付かった場所から真っ直ぐザザガンベルへと向かって来た延長線上である。


俺達がザザガンベル南東の壁に辿り着いた時、既にアースドラゴンまでの距離は一キロ程。もう目と鼻の先。


「撃て撃てぇ!手を休めるなぁ!」


当然、俺達より先にアースドラゴンに対処していたドワーフ達は攻撃を開始している。


魔法、バリスタに投石器。とにかく遠距離で攻撃出来る武器全てを用いての一斉射撃。

しかも、その全ての武器がドワーフの作った物。威力は勿論の事、連射性能、命中率、射撃可能距離等、この世界において規格外の物ばかり。世間に出回れば、何世代か一気に技術が進むこと間違いなしである。

この世界において兵器と呼べるそれらが、攻撃を豪雨のように降り注がせている。しかし……小雨でも降っているかのように、その攻撃をものともせずに進んで来るアースドラゴン。

魔法含め、攻撃の全てがアースドラゴンの体表で弾かれてしまっている。


「クッソ!全然効いてねぇぞ!」


「撃ち続けろ!何もしないよりマシだ!」


「んな事言ったって…このままじゃどうにもならねぇぞ!?」


壁を守ろうとしているのはドワーフの兵士達。皆しっかりとした防具や武器を身に付けているものの、アースドラゴンを前にして戦意喪失しかけている。

それも仕方の無い事だ。どれだけ攻撃しても全く効いていないのだから逃げ出すのが当たり前というもの。しかし、彼等は仲間のドワーフ全ての生命を背負っている。逃げ出してしまえば、その全ての生命が消えてしまうとなれば、逃げ出したくても逃げられないだろう。

その証拠に、全く歯が立たないアースドラゴンを前にしても、誰一人として逃げ出す者はいなかった。


「皆の者!!撃ち続けるのだ!!」


逃げ出す事はなくとも、兵士達がどうしたら良いのか分からないと混乱していた時、大きな声が聞こえて来る。


「ドームズ王様?!」


「な、何故このような危険な場所に?!」


皆を鼓舞する大声を出したのはドームズ王その人。


「お逃げ下さい!ドームズ王よ!!」


「ここは危険です!!」


ドワーフ達は、アースドラゴンへの攻撃を中止してドームズ王に声を掛ける。


「馬鹿者!!直ぐに攻撃を再開だ!」


「「「「は、はい!!」」」」


皆の心配を無視して叱咤するドームズ王。

それに反応して全員が再度攻撃を始める。


「い、良いのか?こんな最前線に来て…?」


ドームズ王が俺達の姿を見てこちらへと寄って来た為、俺はそう聞いてみた。すると…


「尻尾巻いて逃げるというのはワシの性に合わなくてな!どはははは!

どうせここを突破されてしまえば多くの者達が死んでしまう。そこに王など居ても邪魔になるだけだ。それならば、ここでこうして皆のケツを蹴り上げていた方が建設的というものだ!どははは!」


唾を飛ばしながら笑い飛ばすドームズ王。

ドワーフ族というのは…本当に豪気な種族だ。


「しかし…一切効いておらんな。」


一通り笑い終えたドームズ王は、突然真面目な顔になり、攻撃を全て弾きながら悠々と地上を歩くアースドラゴンを見て言う。


「我々ドワーフの技術力を持ってしても、あの外皮に傷一つ付ける事が出来んとはな…

一種の天災だと言われておるが、よく言ったものだな。」


「あのアースドラゴンを引き寄せた原因のギガス族を捕まえたが…」


「こちらへ来る途中で報告を受けた。どうやら実行した者達は使われただけのようだな。」


「その辺の真偽は分からないが、裏に何者かが居るのは間違いなさそうだ。

俺達のせいで迷惑を掛けてしまったな…」


「ふむ……」


ドームズ王が自分の髭を触りながら思案する。


「お主達を狙っての事だと聞いたが、それだけでアースドラゴンを動かすという選択肢を取るのは不自然な気がする。

恐らくだが、お主達を狙うというのはの目的だろう。」


「ついで?」


「お主達を仕留める為だけに、わざわざ手間の掛かる方法を使う必要は無いはずだ。このような大それた事をしでかす連中ならば、腕の立つ者を何人も抱え込んでいるはずだからな。

それでも、敢えて手間を掛けてでもアースドラゴンを動かしたという事は、他に大きな目的が有るのだと見て良いだろう。

そして、その目的は恐らく我々ドワーフ族。正確に言うならばドワーフ族の技術だろうな。」


「ドワーフの技術…」


「今現在、世界は戦いに溢れておる。我々の技術を欲するのはどこの勢力も同じ。

しかし、我々ドワーフ族は、人を殺す為に技術力を磨いておるわけではない。故に、危険過ぎる技術は外に出さぬと決めておる。

それでも我々の技術を手に入れようとするとなれば方法は限られる。」


ドワーフ族と仲良くする。なんて事をしても技術が外に流れる事は無い。魔族に限らず、この世界のあらゆる種族はドワーフ族と友好な関係を保っているのだから、それは皆が知っている事だろう。

当然、険悪な仲になってしまえば、その技術が手に入る事は無いし、無理矢理奪い取ろうとする手段は使えない。

アバマス山脈を越えてザザガンベルに攻め入ろうとするのは不可能に近いし、出来たとしても多大な戦力を失って攻める余力など保ててはいないだろう。

その上、いざ攻めようとしても、今まさに使われている兵器が使われる。勝てる見込みなど皆無だろう。


そう考えた時、それでもドワーフ族の技術を奪い取ろうとするならば……アースドラゴンのような、ドワーフ族の技術を上回る何かで圧倒するしかない。

他のSSランクのモンスターではなく、防御力に特化したアースドラゴンをぶつけてきたのがその証拠だろう。

ドワーフ族の作り出した兵器を使ってダメージが通るならば、ドワーフ族だけでもどうにか出来たはず。しかし、アースドラゴンには一切通用しない。

その上、ヘイタイトの特性が有ればある程度誘導が可能…取そう考えると手段は一つ。その答えが現状なのだろう。


ただ、アースドラゴンという天災を動かすとなれば、それこそドワーフ族全てが死滅する可能性も有る。そうなってしまえば、技術云々の話ではなくなってしまう。それは考えなかったのだろうか…?


俺がそんな事を考えていると、ドームズ王が俺の顔を見て言葉を続ける。


「我々ドワーフ族とて絶滅するわけにはいかん。

アースドラゴンが来ると知れば、女子供、優秀で若き職人くらいは外へ逃がす。

しかし、逃げられる数には限りが有る。全ての者が移動しようとしてしまえば、当然歩みは遅くなりアースドラゴンに追い付かれてしまう。皆を守る役が必要だ。

そうしてアースドラゴンが我々を蹂躙した後に残るのは……恐らく少数のドワーフ達だけとなるだろう。

その後の我々に残される選択肢は非常に少ない。」


世界に誇る技術力を持った少数のドワーフ族。

どこの種族もここぞとばかりに奪い取ろうとするだろう。


そうなった時、ドワーフ族が取れる手段となると…


「魔族に保護を求める…か。」


現状、ドワーフ族と最も友好的な関係を保っているのは、間違いなく魔族だ。

ドワーフ族が助けを求めるならば、魔族しかない。

そうなれば、魔族は傷を負う事無くドワーフ族の技術力を手に入れる事が出来る。


「報告に上がってきた内容では、今回の事が魔族の仕業だと聞いた。可能性としては十分考えられる。が…そうして魔族に不信感を与え、助けを求め辛くする意図が有るとも取れる。」


魔族に不信感を抱き、別の種族に助けを求めるよう促すのが目的…という可能性も有るという事だ。

危機的な状況になったドワーフ族が、助けてやると言われたならば庇護を求めるしかない。


しかし、庇護を求めるのならば、他の種族に攻め入られても耐えられる力を持った種族でなければならない。となると…人族、獣人族のような数の多い種族に限られる。

神聖騎士団の策略の可能性も出てきたという事になる。


勿論、それを読んで素直に魔族へ助けを求めるというのも選択肢に入る。


「頭が痛くなってくるな…」


「政治というのはそういうものだ。ワシとて全てを読み切る事は出来ぬ。故に、ここでどうにか止めるしかないのだ。

力を無くした種族には取れる手段が少ない。そうならぬよう、ここであの化け物を止めるしかないのだよ。」


ドームズ王の言葉は、決意…ではなく自分に言い聞かせているように見える。


「俺達を殺すのが主なる目的ではなかったとしても、アースドラゴンを動かす一助となっているのは間違いないはずだ。

俺達に出来る事は何でもする。」


「…すまぬな。本当ならば、この街で起きた事への対処にお主達を頼るのは間違っておるのだが…今はそんな事を言ってはおれん。」


「ああ。任せろ…とは言えないのが悲しいところだが。」


「それはワシとて同じ事よ。

しかし、絶対に死ぬでないぞ。無理な時は素直に逃げてくれ。神聖騎士団に対抗するお主達を死なせた愚王にはなりたくないからな。」


俺達がどういう目的で旅をしているのか。

そして、ドワーフ族に対して何を求めているのか。

そういった諸々の事情は、既に把握しているらしい。

俺が何かしらを言うまでもなく、全てお見通しだったようだ。


「ああ。」


他にも何か言えたならば良かったのだが、俺に言えたのはそれだけだった。


ドームズ王。彼は豪気な男に見えて繊細な考え方も出来る。

最前線に出て来る豪気さを持ちながら、その裏には他の思惑も絡んでいるのかもしれない。

そういう腹黒い世界は元の世界にも有ったし、そこまでではないにしても、社会人をしていれば腹の探り合いというのはある程度経験するものだ。

しかし、やはり俺の性には合わない。

こういう事が自然に出来る人こそ、きっと王の器を持った人なのだろう。


「そろそろだな。」


アースドラゴンは、相も変わらずズンズン前へと進んで来る。

攻撃されて鬱陶しく感じているとは思うが、それでも直進を止めようとはしない。恐らく、既にザザガンベルの外に居たギガス族の連中が、ヘイタイトの設置を終えているのが原因だろう。

それらを除去出来るのが一番良いのだろうが、それをやっている間にアースドラゴンはザザガンベルの壁に辿り着いてしまう。

ここまで来てしまった時点でアースドラゴンとの衝突は避けられない。だとするならば、アースドラゴンに、ヘイタイトを避けて進むより俺達の相手をする方が損だ…と感じさせる事さえ出来れば俺達の勝ちだ。


「準備は良いか?」


「良くない…と言っても行くしかないわよね。」


俺の問い掛けに対して答えたのはハイネ。


一度アースドラゴンと戦った俺達には分かる。

あのアースドラゴンという生き物は、俺達にどうにか出来る相手ではない。可能ならばやり過ごして関わりたくはない。

あれと戦う準備などいつまでも整わない。

しかし……


「ふふ。それでもシンヤさんは行くのよね。

嫌なわけじゃないわ。それこそがシンヤさんだもの。そして、だからこそ私達はこのパーティに居るのよ。」


そう言って笑うハイネ。


「いつも迷惑ばかり掛けてすまないな。」


俺がそう言っても、ハイネ含め全員が笑顔を見せてくれるだけだった。


俺は、本当に良いパーティに居る。


「そっちの準備は出来たか?」


「おうよ!いつでも来やがれってんだ!」


俺が声を掛けたのはドワーフの職人達。


ここに来る前、俺達が相談した作戦の殆どは、彼等職人の力を必要とするものである。準備する時間さえ有れば戦場に出て来る必要など無かったのだが、その時間が無く、ここまで来てもらう事になってしまったのだ。

普通の職人ならば、そんな危険な場所に行く事など出来るか!と言うところだろうが、ドワーフ族の職人達は、誰もその依頼を断らず、寧ろ、これで俺達にもはくが付くと笑っていたらしい。

ドームズ王含め、こういう絶望的な状況においてというのは、本当に強い精神を持っているからこそだと思う。本当に尊敬に値する種族だ。


そんなドワーフ族を殺させるわけにはいかない。


「頼んだぞ!」


「おうよ!!任せろ!!」


俺が職人達に声を掛けると、ドンと胸を叩いて笑ってくれる。

俺達はそれを見た後、外壁を下りる。


地面に下り、既に数百メートル先にまで近寄っているアースドラゴンを一瞥し、直剣を鞘から抜く。


今、俺が手にしているのはいつもの武器ではない。

ドワーフ族の職人達が打った武器だ。

素材は一級品。切れ味も強度も一級品。普通に買えばゼロが沢山並ぶような品物だが、それをポンと渡された。

使い慣れた紫鳳刀しほうとうを使うべきかとも考えたが、紫鳳刀は精神干渉系魔法に対抗する能力を持っており耐久性に優れているものの、アースドラゴンを相手にするとなると少し分が悪い。

本気で打ち込めば傷くらいは付けられると思うが、恐らく何度か打ち込んだ時点で刃こぼれするか折れるだろう。


対アースドラゴンを想定し、それに適した性能を持っている武器をドワーフの職人達が選んでくれたのならば、そちらを使った方が良いと考えた。


ニルの使う蜂斬ほうざんにおいても同じ事が言える。

蜂斬は魔力を流し込む事で痺れ毒を発生させるという特殊な小太刀だが、アースドラゴンには刃が通らないのだから毒も何も無い。通ったとしても痺れ毒が効くかも怪しい。

という事で、ニルは小太刀の代わりに短剣といつもの黒花の盾。


スラたんは少し長めのナイフを二本貰い、ハイネとピルテは細剣。エフは短めのナイフと義手という構成になっている。


いつもと違う武器ではあるが、使った事のない武器ではないし、それでアースドラゴンに何かしらのダメージが与えられるのであれば儲けものだ。


「グガ…」


アースドラゴンが近付き、俺達を視野に入れた時。

一度だけ小さく声を発した。

どうやら…残念ながら、しっかりと覚えられているようだ。


「もっと大きなモンスターとも戦ってきましたが、圧力が違いますね…」


「地上で見ると、余計にそう感じるわね。」


モンスターとしては大きな方ではあるが、特大サイズというほどでは無い。しかしながら、その迫力はどのモンスターをも超える。

これぞSSランク。これぞ災害、天災と呼ばれるに値するモンスターであると本能が理解する。

それでも、ドワーフの職人さえ最前線に立っているのだからやらねばならない。


「俺達がどの程度役に立つのか分からねぇが、援護するぜ。」


俺達の横には腕の立つドワーフ兵士が数十人。

それぞれ大きな戦斧や棍棒、大剣等を装備している。


「俺があの外皮を叩き割ってやるぜ!」


「いいや!俺がやる!」


ドワーフ族は温厚な種族ではあるが、戦場に立てばその限りではない。特に相手がモンスターとなれば遠慮など無い。


自分達を奮い立たせる為に声を張り、胸の辺りをドンドンと強く叩いている。


「放てぇぇ!!」


そんなタイミングで、外壁上から大声が聞こえて来る。そして、それと同時にアースドラゴンの方へと向かって一斉に投射物が飛んでいく。


「行くぞぉぉ!!」


「「「「おおおおぉぉぉぉ!!!!」」」」


投射物がアースドラゴン付近に到達する前に、地上のドワーフ部隊が走り出す。

勿論、俺達も同時に走り出す。


ズドドドドドドッ!!


壁の上から投射された物は、アースドラゴンではなく、その少し手前の地面に落ちる。


ボボボボボボッ!!


地面に落ちた物は、大きな種のような形をしており、地面に落ちてから数秒後に爆発。中から花火のように小さな鉱物の結晶が飛び散る。当然、その結晶はヘイタイトだ。


アースドラゴンから見ると、ザザガンベルの外壁と自分の間に、ヘイタイトが横一文字に展開されている状態である。


何をするにしても、まずはアースドラゴンの足を止めさせる事が重要だ。

射撃が最も効果的に行える距離にアースドラゴンを釘付けにし、地上からも攻め立てる。これが出来なければ話にならない。

故に、職人達が作ったヘイタイト爆弾を用いて簡易的な結界を作り出したのである。


ヘイタイトは魔力を注がなければ徐々にその効力を失ってしまう為、その前にどうにかしなければならないという時間制限付きだが、一先ずアースドラゴンが足を止めれば良い。


「撃てぇ!仲間に当てるんじゃねぇぞぉ!!」


「放て放てぇ!!」


ヘイタイトの仕掛けが作動し、アースドラゴンが足を止めたのを確認すると、壁上からの射撃が始まる。

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