第699話 近付く危機
話を聞いている限りでは、男もペップルも兵士だったというわけではなさそうだ。
つまり、恐らくこの二人は本当の素人。
ここまで警戒心が無かった事から大体予想はしていたが…
「それで?仲間の位置は?」
「一組はザザガンベルに散らばっているよ。それと、ザザガンベルの外に二組。全てギガス族の者達だよ。」
「場所は?」
「真南の森に一組。東の岩場に一組だね。」
「場所は分かるか?」
「ああ。分かる。」
俺が問うと迷うこと無く頷くエフ。南の森は通って来たから分かるが、東の岩場と言われても俺は全く分からない。それなのに……優秀過ぎるぜ、エフ。
「全部で何人だ?」
「二十人。全員男だよ。」
俺がエフの方を見ると、エフが頷き、ハイネとピルテ、そしてスラたんも頷く。四人で二手に分かれ、外の二箇所に居る者達を捕まえに向かってくれたようだ。
「街中に散らばっている者達を集める事は出来るのか?」
「勿論出来るよ。ただ、僕達には不可能なんだ。
僕はただの吟遊詩人。彼も下っ端のまとめ役。そんな二人の招集に応じてくれる人は少ないからね。」
どうやら、残されたギガス族全てが彼等のような素人ではないらしい。
恐らく、こういう事に慣れている者が何人か混ざっていて、その者達が指揮を執っているのだろう。捨て駒扱いされているとは言っても、一応戦力はある程度有るようだ。
「誰が何処に居るのかは分からないけれど、この街の何処かに総指揮を執っている…アンダーリヒという男が居る。その男ならば、全員を集める事が出来るはずだよ。」
「アンダーリヒが居る場所に心当たりは無いのか?」
「全く分からないよ。この街の中に居るって事だけは聞いたけれどね。」
「……………」
ザザガンベルの街は広い。探している相手がギガス族とは言っても、この街の中から一人を見付け出すのは至難の業だ。アンダーリヒという男を見付けるのは諦めた方が良いかもしれない。
「探している時間は無いかもしれません。アースドラゴンが来るのはほぼ確実という事ならば尚更です。」
「そうだな…アンダーリヒという男の事は頭に入れておくとして、まずはこの二人だな。」
俺はペップルともう一人の男に目を向ける。
ザザガンベルに壊滅の危機を呼び込んだ者達だ。ペップルが情報を話したとは言え、このまま逃がすという選択肢は無い。
「お前達はドワーフ族の者達に扱いを決めてもらう。このまま連れて行くぞ。」
二人を自由に動けないように縛ってから、普通にドアを出る。
既に二人には反抗の意思が無く、二人に気付かれないように隠れていたのだから、既にコソコソする必要は無くなっている。
出る時に宿屋の店員が驚いていたが、状況を説明すると二人を白い目で見た後、汚い言葉を口にしていた。アースドラゴンの事は話していないが、ドワーフ族の事を危険に晒した人物というだけでかなりの嫌われようだ。
元々、疑り深い性格であっても素直な性根のドワーフ族には、そこまでの極悪人というのが少ないのだろう。罪人に対してかなり当たりが厳しい。
ドームズ王に受け渡した後、この二人がどのように扱われるのかは分からないが…あまり期待出来るものではないはずだ。
ただ、今はアースドラゴンという脅威が迫っている。断罪はこの件が上手く片付いた後の事だろう。
二人は黙って下を向き、俺とニルに連れられて宿を出た。
「ペップル。そう言えば、お前は鳩飼であるような雰囲気を出していたが…」
「あれは君達の気を引く為だよ。」
「…だよな。」
道すがら、ペップルに気になっていた事を聞いたが、どうやらペップルは鳩飼と無関係な存在らしい。俺達の頼みの綱が断ち切れる事無く残ったのは嬉しい事である。まあ…結局鳩飼の事は何も分かっていないから、進展は無いのだが…
「おい!!」
ペップル達を連れて歩いていると、背後から大声が聞こえて来る。
「「??」」
俺とニルは、気になって後ろを振り返ると、大声の主は見た事の無いドワーフの男性。しかし、その男性が手を挙げて合図しているのは俺達のようだ。
俺達以外に道には誰も歩いていない為間違いない。
「はぁ…はぁ…やっと見付けた!」
「俺達に何か用か?」
汗だくで膝に手を当て辛そうにする男性。ただ事ではない様子だ。
「はぁ…はぁ…シドルバさんに言われてあんた達を探していたんだ!頼む!直ぐに来てくれ!」
何事か…とは思わなかった。恐らく、この慌てようはアースドラゴンの出現を意味しているのだろう。
俺とニルは直ぐに男性の案内を受けて走り出した。
スラたん達は、ツインスライムを分割して持ったままだから合流出来るはずだ。
急いで街中を走る。
捕まえたペップル達二人が非常に邪魔ではあったが、放置して行くわけにもいかない。何度も転びそうになるペップルともう一人の男を引き摺るようにして走り続け、数分間走った後に辿り着いたのは少し大きめの建物。
見た目からして工房だと思うが、ドワーフ達がザワザワソワソワしながら歩き回っているのが見える。
「来たか!」
俺達が走りながら建物の中へと入ると、何人かのドワーフ族男性が机を囲んで座っており、その中心にシドルバが居る。
中には兵士の者らしき鎧姿のドワーフも居る事から考えるに、現場の総司令部的な場所としてここを使っているのだろう。
俺達の顔を見た瞬間、シドルバがホッとしたように言って立ち上がった。
「…アースドラゴンか?」
「ああ…街の南西部、数キロ先の所で確認された。」
「クソッ!早過ぎるぜ!まだ何も出来てねぇってのによ!!」
ガンッ!
机を囲んでいたドワーフの一人が机に拳を打ち付け叫ぶ。
ドームズ王が全員に指示を出してから一日も経っていない。いくら高い技術力を持ったドワーフ族でも、生産量には限界がある。と言うか…これでは何も出来ていないのと変わらない程だ。
「来ちまったものをどうこう言っても仕方ねぇ!それより今有るものでどうやって凌ぐかに頭を使え馬鹿野郎!」
「馬鹿野郎だと?!」
「間違った事など言っておらんだろうが!」
「何だとこの野郎!」
対策という対策が無い相手を前に、打つ手が無く苛立っているのだろう。
机を囲むドワーフ達の気が立っており、怒声を出しながら言い争い始める。
「黙れボケ共がぁ!!!」
ズガァン!バギバギッ!
そんなドワーフ達を見ていたシドルバが、大きく拳を持ち上げたかと思うと、それを皆が囲む机へと振り下ろす。
ドワーフ族は元々力の強い種族である為、木製の机が割れて滅茶苦茶になってしまった。
「誇り高きドワーフ族の男がガタガタ言ってんじゃねぇ!仕事でも今回の事でも同じだ!最善を尽くす!
ここはその為に必要な事を話し合う場で喧嘩をする場所じゃねぇ!!」
誰よりも大きな声で、皆を文字通り黙らせるシドルバ。
他のドワーフ達は、まるで怒られた子犬のようにしゅんとしてしまっている。
「…すまねぇな。恥ずかしい所を見せちまってよ。一応、シンヤ達の事は話してあったんだがな。」
落ち着いた声に戻ったシドルバは、俺達に対して謝り、ドワーフ達を睨み付ける。
「それくらいに切羽詰まった状況なんだから仕方がないさ。気にしていない。
それより、アースドラゴンの話だ。」
「ああ……と言っても、来るのが早過ぎて対策という対策は出来てねぇのが現状だ。」
取り敢えず、現状を把握する為の話し合いか行われる。
この短時間の間によくそこまで出来たな…と感心してしまう程に対策が進められていたみたいだが、それでもアースドラゴンを前にしては不十分。多少効果が見込めるかな?程度のものである。
本来であれば、街の周囲を取り囲むようにヘイタイトを使った素材が取り付けられるはずだったのだが、現状はその五分の一に満たない部分しか設置されておらずスカスカ。アースドラゴンから見ればその部分を避けてしまえばどうということはないだろう。
「武器や防具、バリスタなんかも用意はしてあるが、それがアースドラゴンにどこまで効くのか…」
「俺は実際にアースドラゴンを見たが、バリスタ如きでどうにかなるような相手には見えねぇってのが感想だ。
武力でどうにかするのは諦めた方が良いかもな。怒らせるだけだ。」
「でもシドルバさん…何もしないわけにはいかねぇぜ?」
「当然何もせずに逃げ出すなんて事は出来ねぇ。ドームズ王からも仰せつかったわけだしな。」
「だとしたらどうすんだ?ぶっ叩いてどうにもならねぇなら…熱するか?」
叩いて駄目なら火を入れるって…鍛冶屋の考え方が表に出過ぎだ。
「そういうのは分からねぇからな…」
「って…そう言えば、その二人はどうしたんだ?」
気付いたようにシドルバが俺とニルが連れているギガス族の二人を見る。
「こいつらは…」
かくかくしかじかでと経緯を話すと…
「なんだと?!」
「この野郎!!」
全員が一斉に立ち上がり、二人に向かって殺意の乗った視線を送る。
「落ち着け。」
全員が今にも殴り掛かりそうな雰囲気の中、唯一冷静な口調で言ったのは、やはりシドルバだった。
「気持ちは分かるが、その二人を罰するのは俺達じゃねぇ。ドームズ王だ。」
「しかしシドルバさんよ!こいつらのせいで!」
「落ち着けと言ったんだ。」
ギロリと睨み付けるシドルバ。その目を見て立っていたドワーフ達が口を閉じてゆっくりと座る。
「何の為にこんな事をしたのか聞きたいところだが、今はそんな事を言っている暇はねぇ。
アースドラゴンの事を最優先に対処しなきゃならねぇ。」
シドルバも、怒っていないわけではない。その証拠に、睨み付ける相手をギガス族の二人に変えて口を開く。
「アースドラゴンを止める手立てはねぇのか?」
「…僕達も考えているけれど…ヘイタイトを使って多少進路をズラせたとしても、既にこの街へ来る事は変えられないと思う。」
「チッ…」
嫌な答えが返ってきた事に対してシドルバは舌打ちする。しかし、激怒するわけではなく、それ以上二人に対して何かを言うことは無かった。
こうして見ていると、シドルバが本当に王城で偉い地位のドワーフだった事が分かる。
上に立つ者として、その場の感情に流されず、やらなければならない事を的確に指示する姿がかなり板に付いている。
「そうなると、手持ちのものでどうにかアースドラゴンを退ける方法を考えねぇとならねぇな……せめてもう少し時間があれば良かったんだが…無いものを
何か案の有る奴は居るか?」
「デカい落とし穴を作って落としちまえば良いんじゃねぇか?」
「馬鹿だろお前。そんな穴に落ちるような相手じゃねぇっての。」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは?!じゃあおめぇが案を出してみろ!」
「うっ……え、餌で別の場所に誘導するってのはどうだ?」
「おめぇこそ馬鹿だろ!そんなもんに食い付くような相手じゃねぇだろ!」
兵士も居る会談で出て来る案としてはあまりにも弱い案ばかり。元々争いを好まない種族であるドワーフ族は、こういう事に向いていないのだろう。
皆が色々と案を出しているが、どうにも決め手に欠けるものばかり。それが分かったところでシドルバが立ち上がって俺の顔を見る。
「見ての通り、俺達でどうにかするのは難しい。
すまねぇが…力を貸してくれ。」
そう言って頭を下げるシドルバ。
「そんな事をされなくても力は貸すさ。俺達にはシドルバ一家に受けた恩がまだまだ残っているからな。」
「…ありがてぇ。」
「力を貸すのは当然として……それでも、出来ることが増えるわけじゃないんだよな。」
冒険者として…と言う程冒険者らしいものではないが、モンスターとの戦闘における経験は豊富である。しかし、アースドラゴンを退ける方法となるとそう簡単には思い付かない。
いや、思い付かないわけではないが…思い付く方法は俺がソロで高ランクのモンスターと戦った時の方法くらいだ。その方法はとてつもなく時間が掛かるし、必要なアイテム、武器や防具等が多い。それに、基本は攻撃して逃げてを繰り返す作戦である為、防衛戦には向かない戦法。つまり、今回は使えない戦法ばかり。
可能性が有る方法としては…スラたんの作った溶解液くらいだろうか。
あれならば、アースドラゴンの表皮を覆う結晶も溶かせるかもしれない。ただ…あれを使って結晶を溶かせたとしても、その後攻撃して倒せるのか、そもそも溶解液が結晶を溶かすのにどれくらいの時間が掛かるのか等の懸念事項は多い。
「これは俺の仲間の一人が作った溶解液で、ラージスライムの何でも溶かす粘液と同じ物だ。これならば、アースドラゴンの表皮を覆う結晶は溶かせるかもしれない。」
「…こんな物どうやって作ったんだ?…いや、今はそんな事を気にしている場合じゃねぇな。
こういうのに詳しいのは…」
シドルバが一人のドワーフに目を向ける。
「ラージスライムの粘液か……かなり微妙なところだな。
アースドラゴンはラージスライムと比較してもずっと強い存在だ。ラージスライムの粘液で溶かせるような体躯を持っているとは思えねぇ。」
シドルバが目を向けた先のドワーフが粘液を見ながら喋り出す。
「鉱石なんかは大体溶かす粘液だが…?」
「ただの鉱石ならば簡単に溶かせるだろうが、聞いた話から察するに、アースドラゴンは体内に取り込んだ鉱石を魔力やら何やらと混ぜてから体表に出す事が出来るはずだ。それはもう鉱石ではなく、アースドラゴンの一部と考えた方が良い。」
「アースドラゴン自体を溶かせる物じゃねぇと使えねぇ…って事か。」
シドルバが質問すると、喋っていたドワーフが暗い顔で頷く。
「だとすると…やはりヘイタイトを上手く使いつつ、俺達が気を引いて、デカい魔法でどうにかする…くらいしか思い付かないな。」
俺達も結局脳筋…というわけではないが、既にアースドラゴンが数キロ地点にまで迫っている現状で取れる手段は少ない。
「武器や防具ならば腐る程に有るからいくら使ってくれても構わねぇが…アースドラゴンをどうこう出来る武器や防具はねぇぞ。」
ザザガンベルに来てから、街中で武器や防具を何度も見掛けた。詳しく見てはいなかったが、遠目に見ただけで素晴らしい物だと直ぐに分かる程の物ばかり。
相手がアースドラゴン程のモンスターでなければ…Sランク相当のモンスター程度ならば軽々と斬り捨てる事が出来てしまうような一品も数多く存在しているはずだ。
そんな武器や防具を作り出す事の出来るドワーフ達でも、アースドラゴンが相手となると使える武器や防具は作れないらしい。
それなりの素材が有ればあるいは…とも思うが、今からではどうする事も出来ない。
つまり、出来ることは脳筋プレイか、それとも逃げるか。恐らく大きく分けてこの二つだろう。
何もせずにいきなり逃げるという選択肢は無いとしても、力で勝負するのも分が悪い。かと言って何か他に打てる手が有るのかと問われれば、無いと答える。
一言でこれを表すならば、八方塞がり…だろう。
「だが、それでどうにもならなかったから逃げて来たと聞いたが?」
「それはそうだが…あの時は地下だった事もあって強力過ぎる魔法を使えなかったんだ。それを使えば多少なりとも攻撃は通る…かもしれない。」
「アースドラゴンに傷を負わせる程の魔法…?」
「俺は特殊な魔法を使えてな。それが効くかもしれないって話だ。」
「特殊な…よく分からねぇが、凄ぇ魔法が使えるって事だな!」
大雑把な性格のドワーフ族。こういう時は非常に助かる。
「それが効くかどうかが分からないとなると、やはり効かなかった時の事を考えた方が良いよな?」
「…そうだな。考えたくはないだろうが、この街を捨てて別の場所へ移り住む事も考えた方が良いだろうな。」
「このザザガンベルを捨てろって…簡単に言ってくれるぜ…」
「簡単じゃない事は分かっているさ。それでも、家族を守る為には必要な事だと思うぞ。」
「…………」
守りたい家族や友人というのは、大抵の者には居るものだ。それを守る為ならば街など捨てても良いだろうとまでは言わないが、どちらが大事か。それが全てだろう。
「よし……俺はこれからドームズ王の所に行って避難を開始するように進言する。ついでにこいつらも引き渡しておく。
お前達はシンヤ達と共にアースドラゴン対策について詳細を詰めてくれ。」
ペップル達を睨み付け、忘れたわけじゃないぞと言いたげなシドルバ。
「シドルバさんには俺が同行しよう。」
兵士のドワーフの一人が立ち上がり、ペップル達を縛っている縄を俺から受け取る。
「こいつらの事は俺に任せてくれ。」
「頼んだ。」
兵士のドワーフは、他のドワーフよりも更に一回り大きく、かなり筋肉質。日頃から鍛えているからだろう。
ペップル達が逃げ出そうとしたとしても、彼ならば難無く対処してくれるはずだ。
シドルバと兵士のドワーフ男性は、一先ずドームズ王の元へと向かい、残された者達でアースドラゴンへの対処について話し合う。
途中、他のギガス族を見付け出して引渡し終えたスラたん達が俺達に合流し、状況を共有した。
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