第698話 罪
一応、縛られているギガス族の男の話をまとめると…
魔族の何者かがこの男にアースドラゴンを誘導するように指示を出した。
指示を出した理由は俺達のパーティを壊滅させる為…だけとは思えないが、男が知っているのはその目的のみ。
馬鹿みたいにその指示を素直に実行した事で、アースドラゴンがザザガンベルへ向かって進行。その時、俺達が偶然ショルニー鉱山へ探索に行きアースドラゴンと遭遇。既にアースドラゴンは俺達の手で進路を変える事も出来ない位置に来ていたという事だ。
この男に指示を出していた存在が、本当に魔族であるかどうかは分からないが…盗賊団との事を知っていたり、アースドラゴンならば俺達を殺せるという判断をした事。それらを考えると魔族である可能性は高いと見て良いだろう。
「アースドラゴンを街に誘き寄せて、その被害を考えなかったのか?どれだけの者達が死ぬか、本当に分かっているのか?」
「そ、それは…」
ギガス族の男は、どう見ても素人。こんな事を思い付いて実行しようとするにはあまりにもかけ離れた存在に思える。
指示を出されたからという理由だけで、アースドラゴンをザザガンベルへ誘導するという選択に至るとは思えない。エフも同じ考えなのだろう。今までは尋問の為に恐怖を与えていたエフだったが、尋問から質問へと変わり、男の良心を責め立てる。
「………………」
黙り、視線を床へと向ける男。
これで良心の欠片も無いような相手だったならば、エフも別の方向で話を進めただろう。いや、俺達と出会う前のエフならば、関係無しに更なる恐怖で相手を責め立てたかもしれない。
しかし、今回はそうしなかった。そして、その事が結果的には良かった。
「お、俺達だってやりたくてやっているわけじゃないんだ!」
良心を責め立てられた男はそう口にする。
「……どういう事だ?」
「………俺達ギガス族には……どうしてもやり遂げなければならない事が有る…」
「やり遂げなければならない事?」
「ああ…」
俺達から逃げる為の嘘…かどうかは判断が難しい。アースドラゴンが来ていると知れば、ザザガンベルを救う為に俺達が動くと知っていたという事は、そういう性格のパーティだということも知っているはず。俺達の良心を利用しようとしているとも考えられる。
エフもそう考えてか、かなり疑っている様子だ。俺も男の言葉を信用しているわけではないが…何も聞かずに話を終えるというのは違うだろう。
「取り敢えず話を聞こう。」
「……………」
話を聞くと言っているのに、何を躊躇っているのか男は床を見詰めたまま黙っている。
このまま喋らなければ、ただザザガンベルを危機に陥れた大罪人として裁かれるだけの事。言葉を選ばずに言えば死ぬという事だ。
死んでも守らねばならない情報など有るのだろうか?
いや…俺は既に自分の命より大切なものを知っている。本当にそれがこの男にとって死ぬよりも大切なものであれば、ここで沈黙するのも仕方の無い事なのかもしれない。
「俺は……俺達は……」
この男の話そうとしている内容が、アースドラゴンと関係が無い事は分かっている。それでも、俺の性分なのか耳を傾けてしまう。
「俺達は、どうした?」
「俺達ギガス族は、神聖騎士団に蹂躙され、完全に吸収された。」
「それは知っている情報の一つだ。だが、それが今回の事を引き起こして良い理由にはならない。」
そう言いながら、エフは少しだけニルに向けて視線を動かす。その視線には、どこか申し訳なさそうな…少し後ろめたいような気配を感じた。
自分が盗賊団を使って行った事も、今回この男がやった事とあまり大差ない。他人を責められるような立場ではないと思っているのだろう。
エフのした事が許される事は、今後も決して無い。
罪は罪として永遠に残り続ける。
それを俺はよく知っている。
この世界に来て、元の世界とは隔絶されたはずなのに、俺の中にはあの時の罪が残り続けているからだ。そして、それは一生消える事など無いだろう。
勿論、ニルや皆と出会って心境も大きく変わった。それでも…やはり消え去る事は無いものだ。
そして、それはきっとエフも同じだろう。
いや、全く同じではないか…
エフの場合は俺達とパーティを組んで少しずつ変わってきた。そして、変わったからこそ罪の意識が強くなっているのではないだろうか。
俺の場合、罪の意識を感じられなかった事に対する罪の意識という特殊なものだが、結局は一緒である。
そして、俺も経験しているからこそ分かるが、罪の意識というのは本当に辛く苦しく、そして痛いものだ。
それでも、それはきっと必要な事なのではないだろうか……と最近はよく考えている。
自分のした事に対して罪悪感を抱いたり、後ろめたい気持ちになったりというのは、結局は本人次第だ。
同じ事をしても罪悪感を全く持たなかったり、自死する程に追い詰められる者も居る。つまり、結局のところ自分の心の在り方次第という事になる。
だがしかし、だからこそ、それを忘れようとするのは間違っていると俺は思う。
辛く苦しく痛いとしても、それを考え続ける事こそが、罪を犯した者の責務なのではないだろうか。
これもまた、自己満足なのかもしれないが…俺はそう信じている。そして、きっとエフにもそれは当てはまるだろう。今はどうしたら良いのか分からなくても、ニルと共に居ると誓ったのならばきっと大丈夫だ。俺が保証する。
そんなエフの気持ちに気が付いたのか、ニルは微笑んでエフに視線を移す。
それを見たエフは、男に視線を戻し言葉を続ける。
「その理由では、この街の誰も納得しないぞ。」
「違う。違うんだ…」
「何が違うと言うのだ。ハッキリ言ったらどうだ?」
「………俺達ギガス族は、神聖騎士団に蹂躙されたが、その時、我々の至宝たる姫様を逃がす事に成功した。」
「「「「??」」」」
いきなりギガス族の姫という話が出てきて、俺達は話の核心を掴めずにいた。すると、男は話を進める。
「神聖騎士団は、我々ギガス族の王族を尽く殺害し、最後に残されたのは十二歳という若きセレーナ姫様だけ…王や護衛隊の者達が命懸けで逃がした姫様だけなのだ…」
「なるほど。だが、それがどうした?」
神聖騎士団の犠牲者であるギガス族。同じ被害者側の者達から見て同情は出来る。しかし…今回の事との繋がりが見えてこない。
「…神聖騎士団から逃げ延びたのは良かった。そこまでは良かった……しかしその後、姫様が別の者達に捕まったのだ。」
「……やっと話が見えてきたな。姫を捕まえた相手というのが、お前達へ指示を出しているという魔族の者か。」
「そういう事だ。我々ギガス族にとって、姫様は何が何でも守り通さなければならないお方。姫様さえ生きていて下されば……」
「神聖騎士団に反旗を
「…………」
この辺りは種族によって変わってくるが、ギガス族では、王族の血を皆が尊んでいるらしい。全ての者達かどうかは分からないが…少なくとも、この男とペップルは姫の為に動いているようだ。
王族の者が旗頭になれば、残ったギガス族の者達を集め、どうにか神聖騎士団に対抗出来る…と考えているのだろう。
「つまり、お前達は、その姫とやらを助け出す為に仕方なく指示に従っていたと?」
「……そうだ。」
「………あまりにも突飛な話だな。」
信じられるかどうかが微妙な内容だ。この場を乗り切る為の嘘という可能性は捨て切れない。
男の顔色を見るに、嘘を吐いているようには見えないが…命が掛かっているとなれば誰でも必死になる。その必死さが嘘を吐かせる事だって十分に考えられる。
「嘘ではない!本当だ!」
更に必死になり、そう訴える男。
「口では何とでも言えるからな。」
「本当なんだ!信じてくれ!」
男の話が本当かどうかを証明するのは非常に困難だ。物的証拠を示せと言いたいところだが…それはそれで難しい。
そもそも、それを証明する物的証拠を、背後に居るであろう魔族がこの男に渡しているとは思えない。あれだけ
つまり、この男の話が本当かどうかを証明するのは、現時点では出来ないだろうという事である。
ただ、もしもこの男の言っている事が本当だとしたならば、魔王の背後に居る者達とも繋がっている可能性は高い。取れる情報が有るならば、取っておきたいところであるが…それは後でも良い。
「言いたい事は分かった。
お前の言っている事を信じる信じないはドワーフ族の者達に任せる。」
「……………」
被害を受けているのは俺達と言うよりはドワーフ族の、この街ザザガンベルの者達だ。俺達にこの男を裁く権利は無い。
情報をこの男から取ったり、魔族の事についてもう少し聞きたいところだが、今その話をしている余裕は無い。
「それよりも、今はアースドラゴンについてだ。
他に知っている情報は無いのか?お前達が指示され、やらされていただけならば、知っている事を全て話せ。」
「知っている事なんてもう…」
「シッ!」
話を続けようとしていた時、誰か来ないか見張ってくれていたハイネがこちらへ向かって音を立てないように合図を出す。
エフが直ぐに男の口を塞ぎ直し、刃を首元に突き付けてからハイネの動きに注目する。
コンコン…
数秒後、俺達の居る部屋の扉がノックされる。
コンコンコン…
静かにして声を出さずに居ると、もう一度ノックが聞こえる。
「寝ているのかな?」
扉の向こう側から聞こえてきたのはペップルの声。
俺は直ぐにハイネに向けて合図を送る。
ガチャッ…
「うわっ?!」
ハイネが頷き扉を開ける…と同時に扉の奥で立っていたペップルの首元を掴み部屋の中へ引っ張り込む。
バタンッ!
少し乱暴に閉められたドアが鳴り、部屋の真ん中へペップルが転がって来る。
「な、なんだい?!どういう状況だい?!君が何故ここに?!」
顔見知りである俺がここに居るという事も重なってか、パニックになって自分が置かれている状況を把握出来ずに居るペップル。いきなりの事を把握しろというのは、ただの吟遊詩人には辛い事かもしれないが。
「この男から大体の話は聞いた。お前もこの男の仲間だろう。大人しくするならば五体満足で居られる。」
そう言ってペップルに刃を向けるエフ。
流石に目の前に刃が有れば、自分がどんな状況に置かれているのかを理解するのは容易いらしく、ペップルは接着剤でも付けたのかというくらいにピッタリと口を閉じる。
何をしにここへ来たのかは分からないが、間の悪い男だ。こちらとしては手間が省けて有難いが。
「こんな者達のせいで街が一つ滅びかけていると考えると腹立たしいな…」
凄腕の相手ならば良いという話でもないだろうが、素人二人の手によってアースドラゴンがザザガンベルに向かっているという事実を考えると、嫌にもなる。
「ペップルとか言ったな。この部屋へ何しに来たか言え。」
「ぼぼぼ僕はただの吟遊詩人だから詳しい話は知らないんだ!」
「何も知らないのならば、居ても居なくても一緒という事か?」
エフがギラつく刃を軽く動かすと、ペップルの顔から血の気が引いていく。
ペップルを殺す気など無いだろうが、ペップルがどういう者かを判断する材料にする為の質問だろう。
「し、知っている事は全部話すから!」
小刻みに震えながらエフに答えるペップル。見ていて可哀想に思う程怯えている。いつもの
「それならば……もう一度聞くぞ。ここへは何をしに来た?」
「け…計画の進行状況を確認しに来たんだよ。計画を見直すと言っていたからね…」
「……では次の質問だ。」
エフが男とペップルに鋭い視線を向ける。
「お前達の知っている事を全て話せ。全てを…だ。」
答えを求める形で男にも話す事を許すエフ。
「知っている事は全部話した…これ以上何を話せば…」
「アースドラゴンを止める方法は?」
「それは無いと…」
そんな方法は無いと言う男に対して、エフは殺意の籠った視線を向ける。
無いでは済まない問題なのだ。
それに…この二人は自分達も巻き込まれる可能性があるという事を本当に理解してここに居るのだろうか?
「お前達が死のうと処刑されようと、私達にとってはどうでも良い事だが、この街の者達が死滅するのは防がねばならない。お前達にまだ人の心が残っているのであれば、アースドラゴンをどうにか止める手立てを考えろ。」
「……………」
考えろと言われて考え付くならば、この作戦の意味が無いとは思うが…実際にアースドラゴンを誘導したのならば、逸らす方法も何か思い付くかもしれない。
エフの質問に沈黙で返す男に、俺達は視線を向ける。
それでも、なにも思い付かないらしく、男は口を開かない。
「ペップル。お前は何か知らないのか?」
「えっ?!ぼ、僕は本当にただの吟遊詩人だから何も知らないよ!?」
「二人共何も知らないのであれば…せめて、他の仲間がどこにいるのかを聞かせてくれ。」
「他の仲間なんて…」
「居ないなんて言うなよ。本当に腕が飛ぶぞ。」
もし、ペップルがそのまま仲間は居ないなどと口にしていたならば、エフの刃が右腕か左腕を切り落としていただろう。
アースドラゴンの誘導を行おうとするならば、かなり大量のヘイタイトや魔力、作業が必要になる。たった二人でそれが行えるとはとても思えない。という事は、まず間違いなく他の仲間が近くに居るはずだ。
「…………………」
「仲間を売る事など出来ない…という事かもしれないが、よく考えろよ。
ドワーフ族に対してこんな事をしたんだ。俺達が動かずとも、お前達の仲間は近いうちに捕まる。当然、その罪は重いものになるだろう。
だが、ここで少しでも協力するのならば……少しは変わるかもしれない。」
「「………………」」
ペップルも、男も、口を開かずに眉を寄せている。
自分達がどうするべきなのかを考えているのだろう。
俺から見れば、エフに刃物を突き付けられている時点で考える余地など無いと思えるが、その辺も素人故の反応と言える。自分が今、どの程度危険な状況に居るのかを正確に判断出来ていないのだ。
「……話すよ。」
先に決心したのはペップル。
飄々と生きる吟遊詩人にしては決断力が有る。いや、もう一人の男よりも、少しだけ状況の把握が出来ているのかもしれない。
「おい!」
カチャッ…
「っ……」
ペップルを止めようとした男に対して、エフがナイフの切っ先を向けると、男は素直に口を閉じる。
「何度も言っているけれど、僕はただの吟遊詩人。
本当はこんな事をしたいとは思っていなかったんだ。
ただただセレーナ姫様の事を考えて、僕に出来る事をしようとした。でも、その結果ドワーフ族の人達が死んでしまうのでは意味が無いよ。
それでは神聖騎士団の連中と同じじゃないか。」
ペップルが言葉を投げ掛けているのは、ギガス族の男。
恐らく、ペップルに指示を出していたのは、もう一人の男なのだろう。
疑問を抱きながらも、ペップルは姫を救う為に動いていた…というところだろうか。
「もし、今からでもどうにか出来る可能性が残されているなら…間違いを正さないと。
きっと、セレーナ姫様もそれを望むと思う。」
「っ……」
男は何も言わなかったが、心境は何となく理解出来る。
何とか出来るのであれば、最初からそうしている。何とも出来なかった、正しいやり方ではどうする事も出来なかったからこうしたのだ。
そんな事を言いたいのだろう。
「ただ…一つだけお願いが有るんだ。」
「自分が願いを聞いてもらえる立場がどうかも分からないのか?」
エフの容赦無い言葉に、ペップルは言葉を一瞬詰まらせるが、それでも口を開く。
「僕達がそんな立場に無い事はよく分かっているよ。それだけの事をしたんだからね…
でも、それでも……セレーナ姫様の為、残されたギガス族の皆の為に、処刑の対象は僕だけにしてもらえないかな?」
「なっ?!ペップル?!」
一番驚いたのは、もう一人のギガス族の男。
ペップルがそんな事を言い出すとは思っていなかったらしい。
「セレーナ姫様を助け出す為に必要なのは、僕みたいな吟遊詩人ではなくて、力を持った兵士達だと思う。使えない僕に出来る事は…多分それくらいだと思うから。」
お涙頂戴で情状酌量を狙って言っているのかとも思ったが、ペップルの瞳にそんな色は見えない。
どうやら本気のようだ。
「………先程も言ったが、それを決めるのは私達ではない。ここに住むドワーフ族の者達だ。しかし…その旨を伝える事くらいはしてやろう。」
「……ありがとう。それが聞けたなら十分だよ。」
こういう時、自分を犠牲にしてでも動ける者は意外と少ない。それが兵士だとしても大きく変わる事は無いだろう。
それを行えるペップルは、精神的に強い者なのだろうと思う。ペップルが吟遊詩人ではなく、兵士になっていたならば、もう少しギガス族の現状も変わっていたかもしれない。残念ながら、それはタラレバの話であるのだが…
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