第697話 元凶 (2)

「エフやハイネを疑っているわけじゃないが…」


「私が逆の立場なら同じ反応をしていると思うわ。でも、本当の事なの。

まずはこれを見て。」


そう言ってハイネが取り出したのは、アバマス山脈とその周辺各所の地図。

地図自体は詳細な…とは言い難い出来の物ではあるが、恐らく主要な地形は間違っていない。そんな雑な地図には、明らかに地形とは関係の無い線が一本引かれている。


「これはこの辺りの地図だよな?」


「ええ。そうよ。」


「この線は何を意味しているんだ?」


地形とは関係の無い線を示すと、ハイネが頷きながら答えてくれる。


「当然、そこが気になるわよね。

そこで、これを見てもらえるかしら。」


そう言ってハイネが出したのは、地図と同じ大きさの別の紙。あぶらとり紙のような薄い紙で、そこには地図にあった線と同じような線と、それに対する注釈のような文字。


「嘘だろ…?」


「本当なのよ。」


そこに書いてあったのは、アースドラゴンを誘き寄せる為の手段。アースドラゴンの現在地と理想的な誘導進路。


手段として、ヘイタイトを使えばある程度アースドラゴンを誘導する事が可能だと書いてある。俺達がアースドラゴンを近付けさせないように使っているヘイタイトを、誘導する為に使っているという事らしい。

そういう事が出来るかもしれないという可能性については考えていたが……まさか実行する奴がいるとは思わなかった。

ただ、不幸中の幸いと言えば良いのか…誘導という事は、操っているわけではないという事で一安心出来る。

まあ、アースドラゴンを操れるとなれば、とんでもない話だが…


アースドラゴンの現在地というのは、誘導を開始する前に必要な情報だったのだろう。アバマス山脈よりずっと奥から誘導してきたらしい。

ヘイタイトを使った誘導となると、かなり気の長い話に聞こえるかもしれないが、元々進路はザザガンベル方面ではあったようだ。それを多少誘導し、ザザガンベルにぶつかるよう軽く調整したという事らしい。


そして、理想的な誘導経路についてだが…作戦を立てたというより、誰かからの指示であるように見える。明確に指示であるとは言い切れないが、注釈が命令形で書かれているのが気になる。


「この情報をここまで簡単に手に入れる事が出来るって…ハイネ達が凄いからか…?」


「いいえ。今回は間違いなく相手の問題よ。

今までの相手が手強過ぎたって事も有るけれど、あの男達の警戒心の無さはかなりのものね。

これは写しだけれど、そもそも写す時間を作れるなんて有り得ないわよ。」


「素人同然。いや…素人よりも悪い。この資料だって机の上に出しっぱなしだった。宿屋でだ。見てくれと言っているようにしか感じなかったぞ。」


「わざと…でしょうか?」


ピルテがあまりにもおかしな状況に対して、困惑した表情で聞く。


「いや。もしこれが罠であるならば、既に何かしらの攻撃が有るはずだ。それに、これが罠である可能性については慎重に調べた。しかし、その可能性は極めて低いという結論に至った。」


エフは自信を持って言っている様子だし、ハイネも頷いている。どうやら罠であるという考えは持たなくて良さそうだ。


「私達を狙っての事だとするならば、あまりにも警戒心が無い気がします。」


「私達があの男を調べていた時、裏に誰か居るような事を言っていたわ。恐らく誰かからの指示を受けての行動だと思うわ。

指示を受けたは良いけれど、行動する者達がこういう事に慣れていない者達だった……という事かもしれないわね。」


「言われてみれば…ペップルも、自分はただの吟遊詩人で、こんな事をするなんて思っていなかった…みたいな事を言っていた気がするな。」


「素人同然の連中に依頼したって事?あまりにも危険な賭けに思えるけど…」


「本命がアースドラゴンだとするなら、誰に頼んでも問題無かったって事じゃないかしら。」


「誰に頼んでも良いからって…計画がこうして露呈しているのに、問題が無いって事は無いんじゃないかな…?」


「アースドラゴンがザザガンベルへ向かうと分かった時点で、既に役目を終えたという事かもな。

アースドラゴンが向かって来るであろう場所に未だ潜入しているのはおかしい。」


「捨て駒にされたって事?」


「相手の力量が不足している事を考えると、その可能性が高いように感じるな。」


あくまでも憶測でしかないが、捨て駒にされているとするならば、今の状況にも納得がいく。

ギガス族は現在、神聖騎士団に支配されているはず。つまり、ペップル達は神聖騎士団の指示によってここへ来た…?という推測になる。


「神聖騎士団の影は、今のところ見えないけれど…それに、ここはドワーフの街、ザザガンベルよ。シンヤさんの話では、ドームズ王も神聖騎士団を嫌っているみたいだし、そんなに簡単に神聖騎士団が入れるかしら?」


「うーん…その辺はかなり厳しく取り締まっているだろうし、なかなか難しい気がするね。」


考えれば考える程に迷走してしまう憶測。

相手がやり手ではない者達だからこそ迷うという…かなり特殊な状況に陥ってしまった。


「何も迷う事は無いだろう。相手はこういう情報の管理も出来ないような連中だ。正面から潰してしまえば良いだけの事。」


悩ましいと頭を抱えていると、エフが淡々と言う。


「そんなに単純な話なのか…?」


「難しく考えて動き出しが遅くなる方が今は致命的だと思うぞ。」


相手の動きが読み切れていないと不安になるが、エフの言う事も一理ある。

アースドラゴンが来るかもしれない状況を何とか打破する為には、ここで即座に動く方が良いかもしれない。


「こっちの事は任せておけ。これだけ手伝ってくれれば、後は俺達で何とか出来るからよ。」


シドルバが、そう言って俺の背中を軽く叩く。

俺達が自由に動けるように気を利かせてくれているらしい。


「良いのか?」


「根本的な解決を目指すなら、こっちよりそっちを優先するべきだろう。

アースドラゴンが来ないってのが一番理想的な形だからな。」


「そうだな……その言葉に甘えさせてもらうとしようか。」


「おう!甘えとけ甘えとけ!というか、助けてもらっているのはこっちなんだがな!」


シドルバはそう言いながら笑う。


シドルバ達の作業だって楽なものではない。寧ろかなり辛い作業だ。ペップル達が捨て駒だとするならば、他の情報を取れる可能性は低く、そうなると根本的な解決としてアースドラゴンをどうにか出来る可能性も低いだろう。

自分達が辛くなると分かっていて、そんな可能性の低い事に時間を費やしても良いと言ってくれているのだ。


確かに俺達はドワーフ族ではないが、助けているという感覚は無い。アースドラゴンが出てきた時点で、既にドワーフ族とか人族とか関係の無い話になっているからである。

それも分かっていての発言だろう。シドルバは本当に男前と言うのか何と言うのか…


とにかく、俺達は俺達に出来る最善を尽くそう。


「行ってくる。」


「気を付けろよ。って、俺が心配するのは烏滸がましいかもしれねぇがな!」


「そんな事は無いさ。ありがとう。行ってくる。」


「おう!」


シドルバ達と一度別れ、俺達は夜の街へと出る。


「放置しておけば、アースドラゴンが来てしまう事はほぼ確実だと考えて良いのかしら?」


「誘導がどこまで上手く作用するかは分からないから、確実かどうかは分からないと思うよ。

でも、来る確率が上がると考えても良いと思う。」


「やはり、あの男を捕まえて尋問するのが早いだろうな。と言っても…あの男が他の情報を持っているかどうかは分からないが…」


「それを知る為にもさっさと拘束して尋問した方が良いって事か。」


「そうなるな。」


「今の居場所は分かっているのか?」


「ええ。分かっていると言うより…宿屋で普通に寝ているはずよ。」


「…本当に素人同然なんだな…」


ペップル達にとって、ここは今から攻撃しようと考えている…言うなれば敵地である。そんな場所でスヤスヤ眠るなんて普通は出来ない。いつ何が起こるか分からないのだから最大限に警戒し、備えるはずだからである。しかし、その中でスヤスヤ眠れるという事は、それだけ危機感が無いということ。つまり危機かどうか分からない素人という事になる。


「私は先に行って様子を見ておく。」


「そうだな。頼むよ。」


エフは一度頷いた後、直ぐに走り出して路地裏の暗闇へと消える。


「案内は私がするわ。」


俺達は普通に街中を移動する。この人数だとコソコソ行くより普通に歩いた方が良い。というかコソコソする理由が無い。


街中は真夜中でも街灯が光っており、完全な暗闇になっている部分は少ない。夜中なのにここまで明るい街というのは、このザザガンベル以外には無いだろう。

真夜中だし人気は無いだろうと考えていたが、今は国の有事。殆どの者達が忙しそうに動き回っている。騒がしいという感じではないが、普通ではない異様な空気が漂っているのを感じ取れる。


「急ごう。」


「ええ。」


その空気に当てられて、俺達はエフの向かった宿屋へと急ぐ。


「あの宿屋よ。二階の端ね。」


俺は一度見ている宿屋だ。特段変わった事は無い。

あまり人通りの無い道に面した宿で、侵入する側としては有難い。

恐らく、自分達がやっている事を他の誰かに悟られないようにと選んだ宿なのだろうが、完全に裏目に出ている。


先に行ったエフは宿屋、男の居るであろう部屋の屋根上に居る。ハイネに言われないと分からない程希薄な気配だ。

街灯も道を照らすのが役割である為、屋根上を照らすような光は無い。寧ろ逆光になる為隠密の助けになっているくらいだ。


屋根の上に居るエフに視線を向けると、屋根の上から影が消える。


少し待っているとエフが俺達に合流。


「例の男は?」


「まだ寝ている。計画を見直すと言っていたはずなのに呑気な事だ。」


呆れたように小さな溜息を吐くエフ。

素人のような相手だと、彼女も張り合いが無いらしい。


「あの男が餌という可能性も有るから、一応慎重に行くぞ。」


「シンヤは慎重過ぎる。時には大胆さも必要だ。」


「大胆さよりも、皆が無事な事の方が大事だからな。勿論、その中にはエフも入っているぞ。」


「……ふん。」


エフは照れ臭いのか、横を向いてしまう。


「まずは僕がスライムを忍ばせようか?」


「そうだな…」


「いや。必要無い。」


キッパリと言い切るエフ。


どうやら彼女には自信が有るようだ。


「私が忍び込んで拘束する。」


俺が何か言う前に、エフはさっさと男の寝ている部屋へ向かって行ってしまう。


傲慢…とも取れなくはないが、現状が差し迫っている事を危惧しての事だと俺達は知っている。


「まったくあのバカは…」


小言を言いながら、ハイネがエフの後を追う。何か起きた時の為にフォローとして向かってくれたのだ。

何だかんだ言いながら、二人も上手くやってくれているようだ。


そして、窓から二人が侵入した数秒後。窓から顔を出したハイネが入って来るように合図してくれる。


人目が無い事を確認し、俺達も窓から侵入。


そこには、見事に手足を縛られ、口を縛られたギガス族の男が床に転がっていた。

見た目は茶髪に茶色の瞳。大きな特徴の無い普通の男だ。


「だから慎重過ぎると言っただろう。」


これで文句は無いだろう?とでも言いたげな顔のエフ。


「まあそう言うな。それより…」


俺が下を向いてギガス族の男に目を向ける。


「んん!んんん!」


口には固く巻いた布を噛ませている為、喋る事は出来ていないが、どうやらかなり怒っているらしく、眉を寄せて鬼の形相をしている。

捕まっている状態で相手の不快に思う行動を取るというのは…危険極まりない。こういうところからも彼が素人だということが見て取れる。


ガンッ!

「ぐっ!」


そんなギガス族の男に対して、容赦無く蹴りを入れるエフ。


「立場を考える事だな。お前は捕まっているんだぞ。」


元々体が大きいギガス族。そんな男に対して、人族の女性と変わらない体格のダークエルフが蹴りを入れる絵面は…いや、何も言わないでおこう。


「んん!」


「チッ…指の一、二本落とせば黙るか?」


黙らないギガス族の男に対し、そう言って右手にギラリと光るナイフを持つエフ。


「っ……」


エフの目を見て、その言葉が脅しでも何でもなく、本気だと気が付いた男が息を飲んで黙る。


「私達で誰も来ないか見ておくわね。」


ハイネとピルテはそう言って見張りに付いてくれる。それをフォローする為にスラたんも移動する。


「今からいくつか質問する。首を縦か横に振れ。

嘘だと感じたら指を一本切り落とす。慎重に答えろ。」


ダンッ!!


エフが縛られた男の手の前、床板にナイフを突き立てると、男は青い顔をして首を何度か縦に振る。


「良い子だ。そのまま素直に答えれば、質問が終わるまで五体満足でいられる。分かったな?」


エフが口角を片方だけクッと上げると、これでもかと首を縦に振る男。


まだ殆ど何もしていないというのに、既に男の心が折れている。それが俺でも分かる。


そうなってしまうと話は早い。そこからはただの質問タイム。

エフが聞き、男が首を縦か横に振る。

今ならば男からどんな事でも聞き出せるだろうという程に従順であった。


そして、質問の内容とその答えはこうだ。


『アースドラゴンを誘き寄せたのか?』

YES。


『ドワーフ族に恨みが有るのか?』

NO。


『私達を狙ったのか?』

YES。


『アースドラゴンの進路変更は可能か?』

NO。


『お前達は誰かの指示で今回の件を実行したのか?』

YES。


『それは神聖騎士団か?』

NO。


というものだった。


まず第一に、アースドラゴンの進路変更が不可能な所まで来ているという事実が厳しい。

そして、その目的がドワーフ族ではなく、俺達だという事もまた厳しい事実だ。


最悪、俺達がザザガンベルから離れれば、アースドラゴンの襲撃を避ける事が出来るというのであればまだ救いが有ったのだが…


「俺達のせいか…」


「違う。」


質問タイムを終え、今回の件が俺達のせいで引き起こされたという事に対して呟くと、即座にエフが否定する。


「今回の事を引き起こしたのはあくまでもこいつらであり、私達ではない。必要の無い責任まで背負うな。悪い癖だぞ。」


「…………」


エフにそんな事を言われるとは思っておらず、かなり驚いた。


「それより、問題は何故私達を狙っていたのか。そして、誰の指示なのかだ。」


そう言ってエフが男をキッと睨み付けると、男はブルブルと震え出す。エフに対してかなりの恐怖心を持っているらしく、今にも漏らしそうな表情である。


「言えないと言えば右腕を、黙れば左腕を切り落とす。嘘を吐けば両足だ。先程よりずっと慎重に言葉を選べ。当然、叫んでも同じだ。」


そう言った後、エフが男の口を自由にする。


男が叫ぶという可能性も考えられるが…まあこの状態では声を出す事すら難しいだろう。


「……っ……」


恐怖のあまり、男は口の端から空気を漏らし、小さな声にならない声を出している。


「何故私達を狙った?簡潔に答えろ。」


「せ…正確にはあんた達を狙ったんじゃなく…盗賊団を潰した者達を探していたんだ…あんた達がその一団かどうかも判断出来ていないから、色々な冒険者パーティに声を掛けて確かめていたんだ…

可能性が高いと判断してはいたが…」


俺達の人相も分からずにここまでやったのか?俺達が居なければどうするつもりだったのか?馬鹿なのか?

等々、聞きたい事は山のように有るが、質問はエフに任せる。


「それで、盗賊団を潰したパーティが見付かった場合、アースドラゴンとぶつけるつもりだったのか?」


「その者達はアースドラゴンの事を知れば、必ず助けに入るだろうと言われた…」


「誰にだ?」


「知らない…」


ギギッ!


エフか床に突き立てたナイフに足を掛けると、ナイフが傾き男の手の方へと刃が近付く。


「本当に知らないんだ!信じてくれ!」


目に涙を溜めて言う男。嘘ではなさそうだ。


「全く知らない相手から指示を受けるという事は無いはずだ。」


「ま…魔族という事だけは知っている…」


「チッ…」


「っ?!」


思わず舌打ちしてしまったのはエフ。薄々そんな気はしていたのだろう。

同じ魔族として思うところが有るという表情だ。


別に目の前の男に対する舌打ちではなかったのだが、男は手をぎゅっと握り締めて怖がっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る