第696話 元凶

俺達がどんなパーティで、どの程度の実力なのかなど分かるはずがないというのに、ペップルはさも当たり前かのように言った。

俺の事を知った後に、俺達について調べたという可能性も否定は出来ないが……どうにも怪しい気がする。


もし、俺の勘が間違いだった時はペップルに謝れば良いが……そうでなかった場合、何故俺達の事を知っているのかを調べる必要が有る。

ペップルの事は、鳩飼かもしれないと思っていたが、もしその予想が当たっていた場合、鳩飼自体が神聖騎士団、もしくは魔王の背後に居る者…の手先である可能性まで考えなければならないだろう。そもそも、鳩飼がそのどちらかであるという可能性もゼロではない。俺達の事を誘き寄せる為に張られた罠だとも考えられる。噂はかなり前から有るみたいだし、その可能性は低いとは思うが、噂を利用した罠かもしれない。

考え出すとキリがない。ただ…ペップルのように口を滑らせるような…言ってしまうならば程度の低い奴が、今更俺達に近付いて来るだろうか?


神聖騎士団の手先だとして、俺達は既に数人の聖騎士を殺めている。その事で俺達をマークしているのは間違いないはず。

魔王の背後に居る者の手先だとしても、盗賊連中と黒犬の一件で、間違いなくマークされているだろう。

俺達の事をマークし、危険だと判断しているであろう両者が、こんな雑な手を使って来るとは思えない。


そう考えると、ペップルが誰かの指示でここへ来ているとして、それが何者による指示なのかが分からない。


敢えて俺に怪しいと感じさせる事で、俺の追跡を誘い、罠にはめようとしている…という高等な作戦である可能性も考えたが、どうにもそうは見えない。

まあ…あくまでも俺の勘ではあるが…


一人でペップルを追うのは危険かと思ったが、ここで見失ってしまうより追った方が良いと判断し、ペップルとの距離を適当に取って移動する。


俺の追跡スキルなど大した事はないが、一応エフやハイネに追跡や隠密の技術を聞いて、見ている。間の抜けた相手に後れを取る事は無いはずだ。

それに、もしもの時はスラたんから渡されたツインスライムが居る。これならば、少なくとも俺の居場所が分からないということは無いはずだ。


ペップルは、そんな尾行が付いている事を知ってか知らずか、複雑な街の中をスルスルと抜けて行く。

慣れない尾行で複雑な街の中、一人の男を追うのは骨が折れるもので何度か見失いそうになりながら何とか追跡し続けた。


すると、ペップルは周囲を見渡し、誰も居ない事を確認してから、更に細い路地裏へと入る。

人一人がやっと通れるような場所で、光も無い。


俺は細道が見える建物の上へと跳躍し、ペップルの動向を続けて探る。


こんな所に何の用が…?


誰でも同じ感想を抱くだろうが、俺も例に漏れずペップルの不可解な行動に疑問を感じていた。

しかし、その疑問は、ペップルが細道を奥へと進んだ後に解消された。


「……来たか。」


暗闇の中、ペップルに対して声を掛ける者が一人。


流石に、上から見下ろしている状態で、細道が暗い為、相手の顔までは確認出来ないが…声を聞くに男。そして、体格を見るにペップルと同じギガス族。


この街では、ドワーフ族以外の種族は居るだけで目立つ。体の大きなギガス族の男二人が、目立たずに密会しようとするならば人気の無い場所しかない。その結果、こんな場所まで足を運んでいるという事だろう。


「そっちの調子はどうだい?」


「駄目だな。それらしい奴等は居ない。」


「だとすると、僕の方はいよいよ当たりかもね。」


「上手くやれているのか?」


「今のところは問題無いと思うよ。

しかし…まさか僕みたいな奴が、こんな役目を受けるとはねー…」


「そう言うな。」


「別に嫌がっているわけじゃないさ。荷が重いとは感じるけどね。僕はただの吟遊詩人だからね。」


「ただの吟遊詩人だとしても、今は一致団結する時なのだ。」


「分かっているさ。僕もこのままで良いとは思っていないからね。何としてでも…」


二人の会話の内容の詳細はよく分からなかったが、やはりペップルは、ただの吟遊詩人としてこの街に来たのではなさそうだ。

俺がペップルに話し掛けたのは、鳩飼を探していた時の事で、鳩に埋もれた吟遊詩人を見れば誰でも鳩飼を連想する。それを狙って、俺が通るであろう場所に予め座っておく。それによって、俺から話し掛けたと思わせるのが目的だった…のだと思う。


「魔族の事を聞かれて、それからは何か聞かれたか?」


「いや。さっき会ってアースドラゴンの事を聞いたよ。」


「アースドラゴンの事を?!大丈夫なのか?!」


表情は見えないが、相手の男が酷く焦った声を出している。


「分からない。今対策をしている最中だから、何とかなるかもしれないと言っていたよ。」


「なっ?!本当か?!」


男が更に驚いた声を出す。しかし……アースドラゴンが出た事に驚くのではなく、それに対策する術が有るという話を聞いて驚いている。

という事は…アースドラゴンが居て、このザザガンベル近くに現れる事を予め知っていたという事になる。


「これでは計画が……いや、アースドラゴンをどうにか出来るとは思えん。ハッタリか…?」


「どうだろうね…僕には、アースドラゴンをどうにか出来るとは到底思えないけど…」


「チッ……計画を見直す必要が有るかもしれない。」


「そうなると…僕も積極的に情報を取りにいかないとだよね?」


「ああ。そうしてくれ。俺は、至急計画の見直しに入る。」


「分かったよ。」


そこで二人の会話は終わり、ペップルともう一人の男は細道を戻っていく。


「どういう事だ…?」


思わず呟いてしまうような話だ。


計画?それは一体どんな計画なのか…

何にしても、アースドラゴンの事を知っていて報告していない事を考えるとろくなことではないはず。

という事は…敵側の陣営だと考えて良いだろう。

そうなると…ペップルが鳩飼だった場合、鳩飼に手を貸してもらい魔界へ入る事という選択肢が無くなる。もしそうなった場合、また一から魔界へ入る方法を探さなければならないが…どちらにしても、今は魔界へ行く事よりも、アースドラゴンの方が問題だ。

魔界へ行く方法については後々考える事にして、俺はペップルと別れたもう一人の男を追う事にした。


街の構造が複雑が故に、建物の上を伝っての移動が簡単に行える。勿論、影になる部分が多くなり、しっかりと追跡しなければ見失ってしまう。しかし、幸いな事に背の低いドワーフ族の中でギガス族の男を見付けるのは容易く、建物の上からでも一目で見分ける事が出来た。

俺は、そうして建物の屋上を伝って男を追跡し、何処へ向かうのか、何をしようとしているのかを探った。


結論から言えば、男は近くの宿屋へと入ってしまい、ペップルと話していた事の詳細は分からなかった。

しかしながら、アースドラゴンが現れた事に裏が有るかもしれないと知った。

アースドラゴンの襲撃という絶望的な状況が生じた時、ただ街が蹂躙されていくのを見守るしかないかと思っていたが、もし、これが何らかの方法で人為的に引き起こされた事態ならば……解決策も有るかもしれない。


俺はそう考えて、直ぐに皆の元へと戻り情報を共有する事にした。


まずはニル達に事の詳細を話し、確実かどうか分からない話をシドルバにするかどうかを決めた。

シドルバに話すという事は、ドームズ王に話が行く事になる為、不確実な情報で場を混乱させるべきではないかと思っての事だったが、それでも話すべき内容だということでシドルバに話を持って行く。


「何っ?!人為的にだと?!」


俺が先程手に入れた情報をシドルバに詳しく話すと、怒りと驚きが混じった表情で大声を出した。


「人為的にかどうかはまだ分からない。その可能性が有るという話だ。」


「だとしてもだ!あんな化け物をこの街に近付けさせるなんて何を考えてやがる!」


シドルバの言い分は当たり前だ。

アースドラゴンを一つの街に送り込む。それは街の全てを灰燼かいじんすということと同義である。

もしアースドラゴンを送り込む事が出来たとしても、普通はそんな事しないもの…いや、出来ないものだ。数百人、数千人、場合によっては数万人の命を奪う行為なのだから。


「クソッ!こっちはただでさえ忙しいって時に…」


この噂の真偽を確かめるのは最重要事項。誰かが確かめなければならない。


「……私が行こう。ここに居てもこの腕では役に立たないからな。」


立ち上がったのはエフ。

アースドラゴン対策の素材作りを皆が手伝っている中、片腕が義手であるエフは細かい作業が出来ずに見ているだけとなってしまっていたらしい。

シドルバ含め、誰もその事を気にしていないし、それぞれが出来ることをやれば良いと考えて動いているみたいだが、当の本人、エフは少し居心地が悪かったようだ。

皆が働いているのに、自分だけ座って見ているとソワソワする的なあれだろう。


「場所は分かる。直ぐに向かい情報を得てくるとしよう。」


「待ちなさいよ。」


エフは直ぐに動き出そうとするが、それをハイネが止める。


「一人で行って何か起きたらどうするつもりなのよ。

私も行くわ。」


「………そうだな。頼む。」


「な、何よ気持ち悪いわね。」


「……私は集団行動というやつに慣れていると思っていたが、皆と共に居てそれが間違いだったと気が付いた。こういう時に二人以上で行動する事の重要性は学んだと思っている。」


「…はぁ…私だけ馬鹿みたいじゃない…

分かっているわ。だから私が一緒に行くと言っているのよ。

もし、アースドラゴンの件が本当に何者かの手によるものだとしたら…放置するわけにはいかないものね。」


「ああ。ドワーフ族だけの問題ではないからな。」


ドワーフ族が魔族と友好関係に有るからという理由だけではなく、もし、本当にアースドラゴンを操るような方法が有るとしたならば、魔界も安全ではなくなる。というか世界的に安全な場所が無くなってしまう。

それは、神聖騎士団の世界侵攻や魔王の危機以上に危険なものだ。放置するのは愚策中の愚策と言えるだろう。


「俺が行くよりずっと安全で確実だろうし、エフとハイネに任せる。

くれぐれも危険な真似はしないようにな。」


「ああ。分かっている。私は既に忠誠を誓った身だ。勝手に死ぬ事など許されない。そんなつもりも無い。」


「…それなら良いんだ。気を付けて行ってきてくれ。」


もうエフにとやかく言う必要は無いらしい。彼女は、俺達のパーティに入ってから大きく変わってくれた。自分が死ぬ事を何とも思っていなかった彼女は既に居ない。

ニルに忠誠を誓うという少し風変わりな変化ではあったが、歪な俺達にはお似合いかもしれない。


話を終えてから脇目も振らず素材作りに没頭しているニルを見て微かに笑うエフ。それを見て、俺は少し嬉しい気持ちになりつつ、嬉しくなれない現状に苛立ちを覚えていた。


アースドラゴンが人為的に引き寄せられたのかどうかによって、この後危機を回避出来るかどうかが変わってくるかもしれないが、回避出来なかった時の事を考えると楽観視は出来ない。

今はとにかく、アースドラゴンに備えて動くしかない。


俺はニルの隣に座り、素材作製の手伝いを始めた。


アースドラゴン対策といっても、ヘイタイトを加工してアースドラゴンに嫌がらせをする程度の物。根本的な解決にはならない。そうだとしても、今出来る事はこれだけだ。


そうして黙々と素材作りをする事数時間。

そろそろ日が変わろうかという時の事だ。


「ご主人様。温かい紅茶です。」


「お、おう。」


思わず声が裏返ってしまった。

素材作製に集中していて、ニルに声を掛けられた事でハッとしてしまったのだ。

こういう黙々と何かを作るというのは、元々嫌いではない作業だから集中し過ぎてしまったらしい。


俺はニルの持ってきた紅茶を一口啜り、外が真っ暗な事に気が付く。


「集中すると周りが見えなくなるのは良くない癖だな。」


「そうですか?私は凄い事だと思いますよ。」


横で同じように紅茶を手にしたニルが微笑んで言ってくれる。


「こういう単純作業というのは、退屈かもしれないが最も大切な作業の一つだ。良くない癖なわけがない。」


俺とニルの会話を聞いていたシドルバが、汗とすすまみれの姿で言う。

俺達が手伝っているのはあくまでも簡単な作業。

本格的な作業はシドルバ達職人が行っている為、

ジナビルナもシュルナも同じように煤まみれになっている。


「本当に助かっているわ。私達三人だけじゃとても回らないもの。」


「そういう事だ。」


「お、おぅ…」


自分の悪癖だと思っていた癖を褒められて、少し気恥しい気持ちになる。


状況や内容によっては悪癖となる癖だが、こういう状況では寧ろ嬉しい事なのだろう。


「……なあ。シンヤ。正直に答えてくれ。」


「??」


シドルバが、唐突に真剣な表情になり、ジナビルナやシュルナに聞こえない程度の声量で聞いてくる。


「あのアースドラゴンが、もしここまで来たら…ここで暴れたりしたら…街はどうなっちまうんだ?」


シドルバは、俺に聞いているが…恐らく自分の中で答えはある程度出ているのだろうと思う。シドルバの眉間に寄せられた皺は深く、それを感じさせている。


こういう時、いつもそうだが…希望を持てる様な言葉を言う事が出来ない自分の無力を呪いたくなる。


「…恐らく、何も残らないだろうな。」


「……………」


「アースドラゴンに匹敵する化け物と戦った事も有るが、あの時はそれに匹敵する強さの味方が居た。そのお陰で何とか被害を最小限に抑えられたが…居なければ周囲の生命体は全て灰になっていただろうな。」


「…そうか…」


俺の答えを聞いて、シドルバは少しだけ難しい顔をした後、ジナビルナとシュルナに視線を向ける。


元は王城で働く程の地位に居たシドルバ。しかし、その顔にはそんな威厳など無く、一人の夫、一人の父親であるという事だけが読み取れた。


これは俺の憶測でしかないが…もし、アースドラゴンがこのザザガンベルで暴れるような事になるのならば、ジナビルナとシュルナだけでも逃がそうと考えているのではないだろうか。

シドルバ自身は、ドームズ王に言われた事もあり逃げ出したりはしないだろう。だが、自分の愛する家族くらいは生きて欲しい。そう思っているのだろうと思う。


シドルバの表情に、俺の父や母の表情が少しだけ被って見えた。

全く似ていない顔なのに不思議な事だ。


「俺達も出来る限りの事はする。それでもどうしようもなかったら…皆で逃げれば良いさ。」


「……ああ。」


上手く逃げられるのかどうかは分からない。いや、本気で人々を殺そうとしているアースドラゴンから逃れる事など出来ないだろう。

それでも…この家族をアースドラゴンに殺されるなんて事があってはならない。それだけは俺が絶対に阻止してみせる。


ガチャッ…


決意を新たにし、気合いを入れようとした時、工房の扉が開く。


「…ハイネ?」


そこに現れたのはハイネ。後ろにはエフも居る。


二人は、俺が見付けた怪しい男を調べる為に出たはず。まだ出てから一日も経っていないのに帰って来るとなると…


「何か有ったのか?!」


怪我でもしたのかと二人を見たが、特に変わった所は無い。


「何か有った…と言えば良いのか……」


ハイネは少し困ったような顔をして後ろのエフに目配せする。


「「「「??」」」」


「…情報を手に入れた。」


「「「「…………??」」」」


エフの言っている事が理解出来なかったわけではない。

普通、こういう情報収集には少なくとも数日掛かるものだ。数時間ではない。

相手だって自分達が悪さをしているという認識くらいは有るだろうから、自分達の行いを隠そうとするし警戒もする。それを掻い潜って情報収集するのがとてつもなく難しい。故に、エフやハイネのような専門家にしか出来ない事だとされているのである。


されているのだが……いくら専門家と言っても、そう簡単には情報を集める事は出来ないのが基本。集めるだけならば良いのだが、こちらの事を悟らせないようにしたり、下調べしたり…とにかく時間が掛かる。数日、長いと数ヶ月、数年と時間が掛かるものなのだ。

それをたった数時間で行ったと聞いたらどうだろうか。

きっと俺達と同じ反応をするはずだ。


「どういう事だ…?」


「そのままの意味よ。調査終了。確実な情報を手に入れたのよ。」


「は、早過ぎる気がするのは私だけではありませんよね…?」


ニルが戸惑いながら聞いているが、満場一致の感想である。


「私達も同じ事を思って何度も確かめたわ。情報収集する時間よりも、確かめる時間の方が圧倒的に長かったくらいよ。」


「だが、間違いないだろうという結論に至った。そして戻って来たという事だ。」


唖然呆然。まさにそんな状況だ。


「と、とりあえず、その情報というのはどんなものなんだ?」


「そうね。結論から言うと、あのギガス族の連中がアースドラゴンを引き寄せたみたいだわ。」


「待て待て…そんな重要な情報が、この短時間で手に入ったのか?」


「言ったでしょ。私達もこの目と耳を疑ったのよ。」

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