第695話 ドームズ
「まさか、こんな時にアースドラゴンとはな…」
シドルバの返事を聞いたドームズは、斜め下へ視線を向けて呟くように言葉を吐く。
「こんな時に…というのは?」
「あの馬鹿共の事だ。神聖騎士団とか言ったか。」
「あー…」
神聖騎士団の連中は、今も世界侵攻を行っている。恐らくその事を言っているのだろう。
それに加えて…何やらドームズの口調には怒りを感じる。
「神聖騎士団と何かあったのか?」
「あのバカ者共は!我々ドワーフに技術を提供するならば殺さないと言いおったのだ!」
「そ、そんな事を言ったのか…?」
自分達が世界侵攻し、力の強さを示した事で強気になっているのだろう。世界の最先端技術を持ったドワーフ族に対して、そのような横暴な態度を取るなんて…
いや、そもそも神聖騎士団というのはそういう連中ばかりの組織だ。自分達のみが正しく、自分達のみが正義だと言っているかのような組織。
当然、神聖騎士団以外の者達にとっては最悪の連中だ。こちらの言う事など全く聞かない。それはドワーフ族でも同じ事だったらしい。
「我々ドワーフ族は、そんな脅しには動じぬ!決してな!」
ダンッ!!
ドームズは、怒りの表情で机に拳を打ち付ける。
「すまん。少し取り乱したな。」
「いや、俺達も気持ちは同じだから気にする事は無いさ。」
出来る事ならば、ドワーフ族にこちら陣営への参加を認めてもらいたいところだが…
中立を貫くドワーフ族に、この状況で話を持ち掛けるのは…あまりにも狡いだろう。
ドワーフ族にとって、今は有事どころか街が消えるか否かの状況。
俺達にとっては同盟に参加してくれなくても、多少の援助だけで大きく力が増す存在だが、このタイミングでその話を持ち掛けるとなると……不信感を与えてしまう可能性が高い。というか俺ならばそう感じる。それは悪手だろう。
しかしながら……やはりドワーフ族の力を借りるというのは、神聖騎士団との戦闘において必須となった。
理由は簡単だ。友魔の存在である。
既にプレイヤー全てが友魔を従える事が可能だという事は分かっている。まず間違いなく、神聖騎士団に所属しているプレイヤー達も友魔を求めているはず。既に何人かは契約しているかもしれない。
聖魂魔法の方が強力だとはいえ、友魔と契約し、その能力を使ってくるとなると一筋縄ではいかない。
その対抗策として、ドワーフ族の力を借りなければならないと考えている。
ドワーフ族の作る武器や防具、魔具を使う事が出来れば、戦力増強としては申し分無い。
故に、ドームズに今直ぐその話を持ち掛けたい。
俺はそもそも、そうやって神聖騎士団に対抗する味方を探しに来たのだから。
「アースドラゴンか……」
立派な茶髭を触りながら、視線を落として呟くドームズ。
今援助の申し出を行ったとしても、寧ろこちらが助けて欲しいと言われるのが目に見えている。
「神聖騎士団の事は一先ず置いておいて、今はアースドラゴンの事だな。
アースドラゴンがこの街を襲う可能性はどの程度だ?」
「正直、分かりません。
地中で過ごすアースドラゴンが、敢えて地上に出て来て街を襲うというのは考え辛い気もしますが、絶対に有り得ないとも言い切れません。」
シドルバの言葉を聞いた後、俺が言葉を続ける。
「俺達の事を追って来た時も、地上間近まで来たからな。
上手く足止めして逃げ切れたから良かったものの、あのまま追跡されていた場合、地上にまで追って来てもおかしくはない勢いだった。」
「そうか…だとするならば、やはり来ると考えて動くべきか…?」
アースドラゴンが出現!街を守れ!と言うのは簡単だ。しかしながら、族王が発令し、それに多くの者達が動くとなると資材、資金、あらゆる物が莫大な量必要となる。まず来ないだろうと考えられる相手に対してそのような判断は下せない。
そういう考えの元、まずはアースドラゴンが来る可能性について聞いたのだろう。
「ヘイタイトを苦手とするという話は、アースドラゴンを撃退するに足る効果なのか?」
「いえ。あくまでも一時的に足を止めさせる事が出来る程度かと。」
いつもと口調の違うシドルバが、ドームズの疑問に答える。
「そうか……その程度で退けられる相手ならば、災害と恐れられる事も無いだろうからな…
しかし、弱点とまではいかずとも、近寄り難く出来るというだけでやってみる価値は有るか…
よし。ヘイタイトを出来る限り集めるように伝えよ。それを用いて街の防護を厚くする。加えて、民の退路を確保。そこにもヘイタイトを出来る限り使ってくれ。」
「はっ。しかし…ヘイタイトを使うとなると、魔力の補充が必要になってしまいますが…」
「構わん。こちらの兵士が魔法を放ったとしてもダメージが通らぬならば、攻撃する事に意味は無い。それならば、攻撃する為の魔力をヘイタイトへの魔力補充に回した方が良かろう。」
「はっ。」
「ヘイタイトはどの程度集められる?」
「それ程重要視されていない鉱物ですので…恐らくそう多くはないかと。」
「アースドラゴンに対抗する量は確保可能か?」
「どの程度が適量なのかが分かりませんが…ギリギリかと。それ程有用な鉱物ではなく、あまり使用する者がいない鉱物ですので…」
「そうだな。だが、そうも言っていられない。ショルニー鉱山から離れた場所に在る鉱山へ行き、急ぎヘイタイトを採取する事まで考えておくべきだろう。
そのような時間が我々に残されているのかは分からんがな。
まとめ役の地位から退いたシドルバに頼むのは筋違いだとは思うが…」
「いえ。今はドワーフ族の危機。役目や立場など関係ありません。」
「そう言ってもらえると助かる。」
シドルバとドームズのやり取りを聞きながら、俺は現状と、今後の事について考えていた。
今、俺達には二つの選択肢が有る。
ドワーフ族の問題に首を突っ込まず、このまま魔界へ入る事を優先するという選択肢と、ドワーフ族の危機に対して力を貸すという選択肢である。
まあ……ニル達の目を見ずとも答えは決まっているのだが。
「俺達も出来る限り手を貸そう。出来る事はそう多くはないと思うが…」
「……良いのか?報告によると、急ぎの旅なのだろう?」
どこからどうやって報告が来たのか分からないが…流石は王族の情報網というところだろうか。初めて会うのに既に俺達についてある程度調べているらしい。
「急ぎの旅だ。しかし…俺達はシドルバ一家に大きな恩を受けた。これを返さずに自分達の事を優先するわけにはいかない。それに、もうシドルバは、あのアースドラゴンから逃げ切った仲間だからな。」
「シンヤ……くぅっ!」
シドルバは眉を寄せると、涙を目の端に溜める。
「俺達に出来る事は何でも言ってくれ。」
いつも思うが、こういう事に首を突っ込むから余計な時間を使ってしまうのだろう。
しかし、ここでシドルバやドワーフ族の皆を見捨てて先へ進む事は出来そうにない。ドワーフ族の力を借りたいからとか、そういう理由も無くはないが、これが俺の性分というやつだ。
そんな俺の事を分かっているからか、それとも類は友を呼ぶというやつか、皆も当然の流れだと言わんばかりに大きく頷いてくれている。
「感謝する。」
ドームズが一言返してくれる。たった一言だけの言葉ではあった。しかし、その言葉が本心である事は十分に伝わった。
そこから今後の動きについてドームズ、シドルバ、加えて何人かのドワーフが集合し、軽く話し合った。
じっくり話し合いをするべきなのかもしれないが、あまり悠長な事も言っていられない。
アースドラゴンが人里を襲いに来るという可能性が有る以上、少しでも早く動くべきだ。
話し合いもそこそこに、俺達は王城を出る。
「まずは、一度家に帰らねぇと。」
シュルナとジナビルナが、今か今かとシドルバの帰りを待っているのだ。寄り道せずに、一度二人に顔を見せるべきだろう。
本来であれば、このまま採取して来た鉱物を使って依頼の品を作るのだろうが、予想外の展開に予想外の依頼。本来受けていた依頼も急ぎの様子だったが、それ以上に急ぎの依頼が出来てしまった。
「これ程迷惑な災害は他にねぇな。」
「まったくだな…」
帰りの馬車の中、そうシドルバが呟いたのが全てを表す一言と言えるだろう。
「帰ったぞ!」
シドルバと共に帰宅し、第一声はシドルバのそれだった。
ダダダダッ!
シドルバの声を聞いて、奥から激しい足音が聞こえてくる。
「おっとー!」
出て来たのはシュルナ。父親が元気な姿で帰って来た事を喜んでいるらしい。
少し大袈裟に感じるかもしれないが、この世界では、モンスターの居る場所に赴くという事はそれだけ危険な行為であり、常に死ぬ可能性が有る為普通である。
「あなた。お帰りなさい。」
ホッとした表情で、シュルナの後に現れたのはジナビルナ。
「おう。」
あまり多くの言葉を交わさない三人だが、無事に戻って来られた事を喜んでいるのは見て分かった。
無くして久しい家族愛。少し羨ましく感じてしまう。
「皆さん…本当に、ありがとうございました。」
「ありがとうございます!」
ジナビルナとシュルナは、俺達に向かって深々と頭を下げる。
「俺達のやれる事をやっただけだ。それに、これは依頼だからな。」
「依頼だとしても、旦那の事を守って下さったのは間違いの無い事です。」
「…あ、ああ。どういたしまして。」
ジナビルナの気迫に押されて、俺は礼への返答をする。
「それで…何かパッとしない顔をしているみたいだけれど、何かあったのかしら?」
「…実はな……」
そう切り出したシドルバは、ショルニー鉱山での事を話す。
「「アースドラゴン?!」」
当然、二人は驚き、青い顔をする。
本当に、一歩間違えたら死んでいた。そういう相手なのだ。
「ああ。シンヤ達が居なかったらと考えると…ゾッとするぜ。」
「本当に…本当にありがとうございました!」
「いやいや、それはもう良いから。それよりも、アースドラゴンについて話さないといけない事が有るんだ。」
「それもそうよね…アースドラゴンともなると、この街も安全とは言えないものね…」
「それで、帰る前に王城へ行ってきた。」
「…という事は、旦那が元々王城で働く技術者のまとめ役だったという話は聞いたのね?」
「ああ。驚いたぞ。」
「ごめんなさいね。簡単に話すわけにはいかなくて。」
「ああ。それは分かっているから気にしなくて良い。そもそも、これだけ凄い職人なんだから、その辺の職人ではないって事くらい気付けって話だしな。」
「うふふ。そう言ってもらえると、職人としては嬉しいわね。」
「オホンッ!」
ジナビルナが笑っていると、照れ隠しで咳払いをするシドルバ。
「それよりもだ。受けていた依頼とは別に、至急取り掛からなければならない案件が出来た。」
シドルバは、ドームズ王から命じられた内容を詳しく話す。
「ヘイタイト…集めるには少し厄介な鉱物ね。」
「ああ。俺は職人連中に話を通してヘイタイトを集める。」
「私も出来る限り話を広めておくわ。」
「ヘイタイトの運搬には、俺達を使ってくれ。
インベントリって魔法が有るから、重い物も一気に、簡単に運べる。」
「助かるが…街中走り回るとなると、流石に無理じゃねぇか?」
「こっちには最速の運搬人が居るから大丈夫だ。」
俺はそう言ってスラたんの肩を叩く。
「最速の運搬人って…まあやるけどさ。」
「シンヤ達には助けられてばかりだな。」
「俺達も随分助けられたんだからお互い様さ。それよりも、まずはどこへ行けば良いんだ?」
「そうだな。まずは、確実にヘイタイトが手に入る場所へ向かってくれ。」
話の流れを読んでいたのか、シュルナが奥から街の地図を出してくる。
「ここが今居る場所だ。
そんでここの工房、後はこことここ。この三箇所は、ヘイタイトを扱う工房が建っている。ここから全てのヘイタイトを貰ってきてくれ。
王からの命だと分かるように、書簡を渡されているし、それを見せれば問題は起きないはずだ。」
シドルバが示してくれた場所は、近い場所に一件。残り二つは少し遠い場所に二件。
俺は近い一件に向かい、スラたんが残りの二件へ向かうのが良いだろう。
問題は……
「ザザガンベルの街は入り組んでいるからな…近場の一件は大丈夫だと思うが、もう二件の方は…」
「私が案内するよ!」
そう言って手を挙げたのはシュルナ。
シドルバとジナビルナは、話を広める為に動くので案内が出来ない。つまり、シュルナが案内してくれるのが一番助かる。
「スラたん。シュルナを背負って走れるか?」
「任せてよ!僕だってそれくらいのステータスは持ってるからね!」
多少スピードは落ちるかもしれないが、スラたんのスピードはそれでも十二分に速い。
という事で、早速スラたんとシュルナ、そして俺はヘイタイト集めに出る。
行って書簡を見せてヘイタイトをインベントリに収納、帰って来るだけの簡単なお使いミッションだ。それ故に、俺は一人で動く事にした。
ニルを連れて行くという選択肢も有ったが、ニル達は工房でシドルバから頼まれた素材作りを手伝う事になった為、一人で行く事にしたのだ。
素材作りというのは、あちこちからヘイタイトを持ってきたとしても、そのままでは使えない。それを加工してアースドラゴン対策の物に仕上げる必要が有る。そして、その材料を作らねばならない。しかも大量にである。人手は有れば有る程良いという事だ。
勿論、俺やスラたんがヘイタイトを集めて来る先の工房にもその旨は伝え、素材作製に手を貸してくれるように頼むつもりだ。
という事で、俺は一人工房へと向かい、ヘイタイトを入手。
シドルバの言っていた通りヘイタイトの数は少なく、俺達が採取してインベントリに入れておいたヘイタイトと合わせても、十分とは言えない量だ。
しかし、ドームズ王が言っていたように、今から採取に向かうというのは……現実的ではない。最悪それも考えてという意味だとは思うが、今から鉱山へ行き、採取、戻って来るとなるとかなりの時間が必要になる。その時間が無いから焦っているのだから、ヘイタイトを極力節約しながら上手くやりくりする方法を模索するのが正しい判断だろう。
なんて考えてはいるが、その解決策など俺には分からない。その辺はシドルバ達職人に任せるしかないだろう。
俺は、他に俺達が出来る事はないかと考えながら帰り道を歩いていた。
「やあ。また会ったね。」
そんな俺に声を掛けてきた男が一人。
ギガス族の吟遊詩人。青い瞳、緩いウェーブの掛かった肩まで伸びる茶髪。バイオリンのようなサイズのギターを持っている男。
前に一度話をしたペップルという名の男である。
「ペップル…だったな。
歌を聴きに行くと言っておいて行けずにすまないな。」
「気にしていないさ。歌を歌うのも、それを聞くのも、その日その時の気分次第。そういうものだからね。
それより、僕の情報は役に立ったのかな?」
ペップルから得た情報は、ソイヌジャフについての情報だ。
最終的にはあまり進展はなかったものの、それはペップルには関係の無い話だ。
「ああ。助かったよ。」
「うん。それなら良いんだ。」
「ペップルは、こんな所で何をしているんだ?」
俺とペップルが出会ったのは街角と言うには人が少な過ぎる場所だ。歌で金を稼ぐ吟遊詩人にはあまり縁の無い場所に感じる。
「この近くに知り合いの家が在ってね。その帰りさ。それより、何か急いでいるみたいだけど、何かあったのかい?」
「ああ。ショルニー鉱山にアースドラゴンが現れた。」
「アースドラゴン?!それってあの…SSランクモンスターの?!」
「ああ。そのアースドラゴンだ。」
「そ、そんな……君達のパーティでどうにか出来ないのかい?!」
「……いや。無理だな。」
「そっか……僕も逃げた方が良いよね。」
「いや、来るかどうかは分からないからな。それに、今色々と動いているから、何とかなるかもしれない。」
「そうなのかい?」
「上手くいけばな。」
「どんな対策を取っているのか聞いても?」
「そうだな…俺の口から説明するとなると、色々と問題が起きるかもしれないし、俺からは説明出来ないな。」
「そうなのかい?うーん…逃げた方が良いのか、そうじゃないのか悩ましいところだね…」
「そうだな。俺は暫く居るつもりだが。」
「うーん…それなら、僕ももう少し滞在しようかな。」
「ああ。」
俺は、ペップルとの会話を終えそのまま帰宅……ではなく、ペップルの行く先を確かめる事にした。
俺がペップルに対して話した事が、どうにもおかしいというのは気の所為ではない。敢えてそうしたのだ。
いつもならば直ぐに逃げるべきだと言っていただろう。しかし、そうはしなかった。
何故なのか。それはペップルの発した一言に有る。
『君達のパーティでどうにか出来ないのかい?!』
この一言を聞いて、ペップルが偶然出会った相手ではないと気が付いた。
俺の風貌から冒険者だということが分かったとしても、冒険者は大抵パーティを組んでいると知っていたとしても、それがSSランクのモンスターであるアースドラゴンをどうにか出来るパーティかどうかなどペップルは知らないはずだ。
いや、正確に言えば、この世界にSSランクのモンスターをどうにか出来るパーティなど数える程しか存在しないはず。その一つが俺達のパーティだと結論付ける会話など一切していない。
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