第692話 アースドラゴン (4)

繋がった通路の先は、他の通路より少し明かりが弱い程度で、他に特別変わった事は無い。

俺達が居るのは地下深くであり、物音のしない静かな場所。そんな場所で、時折どこかからか物音が聞こえて来る。

恐らくは、近くで俺達の事を観察しているアースドラゴンの出している音だろう。

俺達がここまで離れた時点で諦めてほしいものだが…未だに俺達の事を追っているらしい。


近くにアースドラゴンの気配を感じながら、その恐怖と緊張の中で俺達は前へと進む。


暫くシドルバの父親が作った通路を前へ進んでいたが、その間もアースドラゴンが俺達の近くへ寄って来る事はなかった。ヘイタイトがアースドラゴンにとって効果的だという仮説は、まず間違いなく正しいと言って良い。


これならば、安全に道を進む事が出来る…と思っていたのだが…


「……駄目だ……これ以上上に向かう鉱脈は、この辺りにはねぇ。」


シドルバがそう言って足を止めたのは、通路を進み始めて二時間後の事だった。


「他の場所に迂回してどうにかならないか?」


「いや。この辺りは既にヘイタイトの産出する地層より上だ。ここまで途切れずに続いていた事自体運が良い程だ。」


「もうそんなに上がって来たのか?」


「ああ。地上はもうすぐそこだ。目と鼻の先…とまではいかないが、希望を持てる距離ではある。」


「その前に絶望が待っているがな。」


通路の先を見ながら僅かに苦い顔をするエフ。


「ああ……ここからが正念場ってやつだな。」


アースドラゴンがここまでこちらに手を出して来なかった事で、俺達はじっくりと作戦を立てる事が出来た。


これで上手く通り抜け、地上まで行ける事が出来れば良いのだが…


「ヘイタイトの鉱脈が無いならば、当初の予定通り、ここからは俺達の仕事だ。」


「ふー……これからSSランクのモンスターと一戦交えるって考えると緊張するね……」


「皆。作戦は頭に入っているよな?」


「ええ。大丈夫よ。」


「よし……行こうか。」


俺達の立てた作戦がどこまで通用するのか分からないが…やってみるしか道は無い。


「シドルバはニルから絶対に離れるなよ。」


「お、おうよ。絶対に離れねぇぜ。」


流れでスラたんにシドルバの事を任せていたが、このパーティーならば一番安全なのはニルの後ろだ。そこへシドルバを立たせるのが良いだろう。

ただ、そうなるとニルが前に出てタンクとして動くという役割は果たせない事になる。しかし、これに関してはそれで良いと考えている。

いくらニルが前に出る役割だとしても、五メートルの巨体で最強種のドラゴンが放つ一撃を受け止めるというのは難しいと思われる。

ニルの受け流すという技術を使えば、氷魔法アイスパヴィースによる氷の盾を使って一度くらいならば何とかなるかもしれない。しかし、それが可能かどうかも分からず、ニルに『行け』とは言えない。いや、言いたくない。


という事で、ニルはシドルバの護衛と後方支援という形になる。

要するに、防御を捨てて他の部分でどうにか対処するしかない。

俺達は、アイテム等を駆使したフラッシュパンチ的な攻撃も含めて、とにかくアースドラゴンとは正面からぶつからないようにいくつかの作戦を立てた。

その作戦の中心となってくるのは俺とスラたんである。

と言っても…やる事はいつもとそう変わらない。

スラたんのスピードで掻き乱して、俺の一撃を叩き込む。これがベースとなる考え方である。ただ、今回の場合は、相手を仕留める事が目的ではない為、とにかく逃げる為の時間を稼ぐ。これが主な目的となる。

今までのように、相手を倒すのが目的ではないという事は、こちらの動きもそれに沿ったものになる為、完全に今まで通りとはいかない。そこが上手く回せるかどうかが勝負の分かれ目だと考えている。そもそも勝負にすらならないという可能性も否定出来ないが…既にSSランクのモンスターならば倒しているし、手も足も出ず蹂躙されるのみということはないはずだ。ない……と思う。


これからアースドラゴンと戦うだろうという状況下。流石に皆の表情は緊張で強ばっている。

先程は空気を和ませようとしてくれたニルも、今回はそうはいかないようだ。


聖魂魔法の残り回数が戻るのを待ちたいところだったが、アースドラゴンがいつまで俺達の事を遠目に見ているかは分からないし、近付かれて対処するよりも、こちらから動き易い場所へ誘い出す方が良いと考え打って出る事にした。


どうせアースドラゴンが来ないのならば、待てば良いのに…と思うかもしれないが、そうはいかない。

アースドラゴンが近付いて来る気配を一切出していないとしたならば待つのも良かったのだが、隙あらば俺達の方へと近付こうとしているのをエフやハイネ達が感じていた。そんな状況で二十四時間、何も起きないとは思えない。これに皆が同意した事で、アースドラゴンとの戦闘に向かう事となったのである。


「一先ず、俺達にとって戦闘し易い場所までは、とにかく逃げ回る。それが第一の難関だ。」


狭い場所での不利な戦闘はとにかく避けたい。

シドルバの話では、シドルバの父親がここを作った時、かなり広い空間の有る場所を通っていたらしい。そういう話を聞いたとシドルバが言っていた。俺達の第一の目的地はそこになる。


「……行こう。」


意を決して…という言葉がしっくり来るような気持ちで、俺達は通路を…ヘイタイトの無い道を先へと進み始める。


アースドラゴンが来たら逃げ回る作戦だと言ったが、逃げ回るには逃げ回る為の道が必要になる。シドルバの父親が作ったトンネルなのだから、そんな側道など無いだろうと思うかもしれないが、実際は側道がいくつか有る。

本道と呼ぶべき大きな一本道は、大まかに鉱脈の横を通るように掘られている。しかし、その一本道だけでは、鉱物を余す所無く採取するのは難しい。そうなると、当然本道から伸びる側道を掘る事になる。更に、側道を掘った時、その先が行き止まりになっている側道は、入口を土魔法で埋めるか、側道を曲げて本道に繋ぎ直すらしい。埋める方が簡単ではあるが、側道を繋ぎ直す工程で周囲の地中の様子が観察出来る為、側道を敢えて掘り進めて本道に戻るように掘ってある事も多いらしい。

当然、周囲の岩盤の強度や、トンネルが崩壊しないように色々と考えられて適度に作られている。故に多くはないが、通路を進んでいると、定期的に側道が現れる。


結局、俺達の行く手を阻まれてしまうと、側道も本道も関係は無いが、その時は全力でヘイタイトの鉱脈付近まで引き返す段取りとなっている。


「……行くよ!」


全員の気持ちが整った時、スラたんが俺達に向けて叫ぶと、通路を走り出す。


アースドラゴンには、こちらの位置など分かっているだろうし、ゆっくりコソコソ進むメリットは無い。寧ろ、アースドラゴンに攻撃を仕掛けさせる時間を作る事になり、デメリットとリスクが増す。

それならば、いっその事第一目的地である広い空間までダッシュした方が良い。


スラたんに続いて暗闇でも目の利くハイネ。

通路は明かりが灯っておりそこそこ視界が通るものの、広い空間に出てしまうと暗い部分が多くなり視界が通らない。そうなった時、即座に対処出来るようにという意味でハイネが二番手だ。

それに続いてニルとシドルバ。列の中央で一番安全で守り易い位置である。

その後ろをピルテ、エフが守り、最後は俺だ。


ダダダダッ!


「走れ走れ!!」


薄暗い通路の中に響く足音と声。

いつアースドラゴンの爪が壁から出て来てもおかしくない状況下。


「ぬおぉぉ!!」


シドルバも全力でニルの背中を追っている。


「っ?!右から来るぞ!!」


「走り抜けて!!」


エフが叫び、直ぐにハイネが叫ぶ。


ゴゴゴゴッ!


その直ぐ後に、右側の壁の中から地鳴りのような音が聞こえて来る。


ゴゴゴゴッ!!


「急げぇ!」


地鳴りが間近に迫る。俺の真横までアースドラゴンが来ている。発達した五感が無くても分かる。それを聞いて、首筋に冷たい汗が流れるのを感じる。


ガゴッ!


通路を走り抜けようとする俺の真横。右手の壁が崩れるのが横目に見えた。


「っ!!」


咄嗟に前転するように体を前へと投げ出す。


ズガァン!ガガガガガッ!


地面の上を転がりながら後方を確認すると、壁から出て来たのは予想通り綺麗な結晶を纏ったアースドラゴンの爪。それが壁を突き抜けて出て来ると、反対側の壁に当たり壁を抉るように横へと流れる。

前転していなければヤバかったかもしれない。そう思うと、更に冷や汗が出て来る。


「っ!!走れぇ!」


前転から復帰した俺は、前方に向かって叫ぶ。


俺の声を聞いた皆は、後ろを気にするのを止め、前へと足を動かす。


俺も即座にピルテの背中を追う。


極度の緊張で手足の感覚が麻痺しているように感じる。頭の回転が早いのか遅いのか…自分でもよく分からない。ただ、冷や汗の流れる感覚だけがやけにハッキリとしている。


圧倒的強者に追われるという事がどういう事なのか…それを今まさに体験している。


「シンヤさん!少し先にかなり広い空間が有るわ!」


「シドルバ!」


「間違いねぇ!そこが目的地だ!」


「また来るぞ!!」


俺達が到達したい広い空間はもう直ぐそこ。

しかし、最初に出会った時は様子見をしていたアースドラゴンが、こちらを仕留める為に動き出している。そう簡単に辿り着く事は出来ない。


「今度は上から来るわ!!」


ここは地中。アースドラゴンはその地中を自由自在に動き回る事が出来る。つまり、通路の上下左右どこからでも攻撃を仕掛けて来る事が出来る。やはり、狭い通路での戦闘は不利過ぎる。早く広い空間まで辿り着かなければ…


焦る気持ちが通路の先へ視線を向ける。


ゴコゴゴッ!


「っ!次は間に合わないわ!!」


「左だ!左の側道へ入れ!」


先程はギリギリで通過出来た攻撃だったが、アースドラゴンも攻撃を調整し、そう何度も外してはくれない。


次は攻撃を受けてしまうと判断し、ハイネが叫ぶと、即座にシドルバが左の側道へ入れと叫ぶ。


何故道が分かるのか、そんな疑問を持つ暇など無く、先頭のスラたんは即座に左の側道へと入る。


ゴゴゴゴッ!


地中のアースドラゴンが出す音が近付いて来る。


「ぬおぉぉ!!死んでなるものかぁ!!」


スラたんを追ってハイネ、ニル、シドルバと、次々に側道へと逃げ込む。


ゴゴゴゴッ!!


「っ!!」


しかし、エフは間に合うが、ピルテと俺はどうやら間に合わない。


ダンッ!!


俺は足の筋肉が千切れるくらいに力を込め、地面を蹴る。


目の前に居たピルテの背中が近付く。


「っ!?」


ダンッ!


その背中に腕を回すと同時に、再度地面を強く蹴って前へと跳ぶ。突然後ろから俺に押されるような形となった為、ピルテは驚いていたが抵抗などせず俺が跳ぶのに合わせて地面を蹴ってくれた。


ズガァン!!


「っ!!」


ガラガラ……


ハイネの言ったように、続いては通路の上部から飛び出して来たアースドラゴンの爪。それは天井部分を破壊し、床面をも貫く勢いで飛び出し、俺達の来た道を塞いでしまう。


「ピルテ!大丈夫か?!」


「は、はい!ありがとうございます!」


危機一髪。まさにそんな感じだった。側道に逃げ込まず、本道を進んでいたら体を貫かれていただろう。かなりギリギリの回避…もう一度同じ事をやれと言われても出来る自信が無い。

しかし、そんなミラクルに感動している時間は無い。


「大丈夫なの?!」


「大丈夫だ!急ぐぞ!」


ハイネの心配する声に答え先を目指す。


ダダダダッ!


何をするにしても、まずは第一目的地に辿り着く事が全て。俺達はひたすら前を見て走る。


道は側道から本道へと直ぐに戻り、そのまま真っ直ぐに走り抜ける。


「っ!!スラタン!出るわよ!」


ハイネの声が聞こえて来る。どうやら第一目的地に辿り着いたようだ。


通路を走り抜けた先。シドルバの言っていた広い空間というのは、確かにかなり広い空間であった。


「こんな場所が有ったんだね…」


「予想以上に大きいわ…」


通路の先に見えたのは、所謂、鍾乳洞。


シドルバからも、ここに鍾乳洞が有るだろうという事は聞いていたが…その規模が予想よりずっと大きい。

鍾乳洞の大きさは、端まで見えず正確な広さは分からない。


地面や壁、天井から伸びる鍾乳石がどこか恐怖を煽っているように見える。


「壁際から離れるぞ!」


アースドラゴンが飛び出して来る可能性が高い壁。その近くに立っているのは危険だ。


皆が一斉に壁から離れ、奥へと進む。


少しヒンヤリとした空気と、鍾乳洞独特の匂いが鼻に残る。

地面から生え出した鍾乳石が邪魔で、かなり動き辛い場所だが、狭い通路よりは随分マシだと言える。


「地面にも気を付けろ!」


「はい!!」


アースドラゴンが攻撃を仕掛けて来るとしたならば、自分が攻撃を受けない安全な場所。つまり地中から攻撃を仕掛けて来る可能性が高い。狡いとか狡くないとかではなく、安全な区域から攻撃を仕掛けられるのであればそうする。それが野生の当たり前である。


「地面から来るわよ!」


「行きます!」


アースドラゴンの攻撃が地面から来るであろう事が予想出来ていたのだから、それに対応する方法もしっかりと考えている。


確かに、地面の中へ攻撃するというのは物理的に難しい。魔法が有るから無理だとは言わないが、アースドラゴンの位置を正確に特定してピンポイントで攻撃を打ち込むのは至難の業だ。

しかしながら、相手が地中に居ると分かっていれば、地中だからこそ効く攻撃というものが有る。


ピルテが用意していた魔法陣を展開すると、手元が茶色に光る。


中級土魔法、スワンプフィールド。

特定の範囲、地面を沼のような状態に変える魔法である。

中級魔法となると、かなり範囲が限定されてしまうが問題は無いはず。


アースドラゴンと最初に接触した時、魔法を使おうとすると即座に対応してきた。そこから、アースドラゴンは魔法を使おうとする者を狙うという事が分かっている。つまり、今回の場合はピルテを狙うという事だ。


ゴゴゴゴッ!


「っ!!」

タンッ!


地面の下から聞こえて来る嫌な音。その音が聞こえた瞬間、スラたんが地面を蹴る。


ズガァン!!


ピルテの事を狙ったアースドラゴンの爪が、地面から飛び出して来るが、既にピルテはそこには居ない。


スラたんが、ピルテを抱えて超スピードで走り抜けたのだ。


ズズズッ…


アースドラゴンの攻撃が外れると同時にピルテの魔法が発動。自分の足元に向けてスワンプフィールドを展開していた為、そこに誘い出された形でアースドラゴンの居るであろう地面が沼化する。


「今だ!!」


俺の掛け声に合わせて、俺、ハイネ、エフが沼化した地面の中へいくつかの緑色のカビ玉を、叩き付けるようして投げ込む。


ボンボンボンボンッ!!!


地面の中でカビ玉が破裂し、籠った爆発音が聞こえて来る。


俺達三人が投げ入れたカビ玉は、音玉。実際に爆発が起きるわけではなく、強烈な爆発音を発生させるカビ玉だ。

それ自体に殺傷力は無いが、それも使い方次第。

地中に穴を掘ってモグラのように移動するアースドラゴン。そのアースドラゴンの周囲が沼化し、そこに強い音、つまり振動が伝わると、全身を強い振動が襲う事になる。人間ならば三半規管がおかしくなり、立っていられなくなるだろう。

アースドラゴン程になれば、そこまでの効果は期待出来ないが、少なくとも地中に居てもこちらから攻撃出来ると分かるはず。


普通の爆発系アイテムを使った場合、俺達にも被害が出る可能性が有る為、あくまでも音玉での攻撃にしたが…もしこれでアースドラゴンが出て来なければ、爆発系のアイテムを使う事も考えている。


しかし、それは必要無くなった。


「グガァァッ!!」


ガガガガッ!


攻撃を受けてイラついたのか、アースドラゴンは一つだけ叫びながら地面から勢い良く飛び出して来る。


「気を抜くなよ!」


再度俺達の前に現れたアースドラゴン。

ここからが本当の戦闘だ。


「スラたん!」


「うん!分かってる!!」


対アースドラゴンの戦闘は、スラたんのスピードを活かした作戦が殆ど。アースドラゴンに通用する攻撃は限られているし、その中でもスラたんのスピードはかなり有効なはず。


タンッ!!


抱えていたピルテを下ろしたスラたんは、アースドラゴンが攻撃の体勢を整える前に走り出す。


タタタタタッ!!


瞬風靴しゅんぷうかを履いたスラたんは、動き辛い鍾乳洞の中を縦横無尽じゅうおうむじんに走り回る。


ブンッ!


「っ?!」


ズバァン!


スラたんが走り回るのを見たアースドラゴンは、即座にそれを止めるべく尻尾を振り回し、周囲の鍾乳石を切断する。

恐ろしいのは、アースドラゴンは適当に範囲攻撃として尻尾を振ったのではなく、ある程度スラたんのスピードに反応して尻尾を振っている事である。

スラたんのスピードに対して、完璧に反応出来ているのではないみたいだが、その影くらいは見えているのだろう。

攻撃が当たる事は無かったが、油断していると体を切断されかねない。

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