第691話 アースドラゴン (3)

俺達がシドルバの意見を取り入れて、ヘイタイトの鉱脈を探しながら進む事を決めるまで、アースドラゴンに反応は無く、未だ襲って来る気配は感じられていない。


「これがヘイタイトの鉱脈で……こっちに繋がっているから……」


鉱脈を辿りながら、少しずつトンネルの奥へと歩いて行くシドルバ。その前にはエフ、ハイネが警戒しながら立っている。

このまま進んで行けば、アースドラゴンの待っている場所へと辿り着いてしまう。


やはり、ヘイタイトはアースドラゴンが避けている鉱物ではないかもしれない。そう考え始めた時の事だ。


「……待ってくれ。」


エフとハイネが前へ進もうとしたタイミングで、シドルバが声を掛ける。


エフがアースドラゴンが居ると感じていた場所まで、もうそんなに距離は無いと思う。


「何か見付けたのか?」


「いや、逆だ。」


「逆?」


「ここまで辿って来たヘイタイトの鉱脈が、ここで逸れて見えなくなった。」


「つまり…ここから先のトンネルには、ヘイタイトが無いって事か?」


「ああ。地形やら何やらを考えると恐らくな。

このまま左へ左へと逸れて鉱脈が伸びているはずだ。」


「左…と言っても、道なんて無いわよ?早速穴でも掘るつもりかしら?」


「それ以外に道が無いならそうするべきだよね…」


「……穴を掘る必要は有るが、とてつもなく長い穴を掘る必要はねぇ…と思う。

俺の感覚が正しとするなら、今はショルニー鉱山のこの辺りだ。」


シドルバは、手で山の形を作りこの辺だと示してくれるが…よく分からない。


「要するに、このままこの通路を真っ直ぐに進んでも、ヘイタイトの鉱脈を辿ることは出来ないってことだ。

だが、俺の記憶が正しいとするならだが…ここの真横に別の通路が在るはずだ。」


「そんな事分かるのか?!」


ここは地中で、シドルバの言う他の道というのが在るのか無いのか全く分からない。俺なんて方角さえ怪しい。

ハイネの方を見ると首を横に振る。

ハイネとピルテの五感を持ってしても、近くに道が在るのかは判断出来ないという事だ。二人が分からないという事は、五感で感じ取っているのではない。

俺達には、どこも変わらないように見える地中でも、ドワーフ族のシドルバから見ると、どこも違った通路に見えるのだろうか。


「確かなのか?」


「俺の記憶が正しいとするならばと言っただろう。確実とは言えない。判断はあんた達に任せる。

安心してくれ。一度命を預けると決めたんだ。あんた達の決定に従って死んだとしても恨んだりはしないからな。」


「…分かった。

エフ。ハイネ。前方の警戒を頼む。アースドラゴンが近寄って来るようなら知らせてくれ。」


「ああ。」

「分かったわ。」


「俺達はシドルバの指示に従って横穴を作る。」


俺が指示を出すと、全員が大きく頷いてくれる。

シドルバの言っている事を信じて行動する事に異論は無さそうだ。


「そんなにすんなり決めちまって良いのか?」


唯一心配そうだったのはシドルバ。ヘイタイトの事もそうだったが、土壇場でシドルバの意見を取り入れる事に対して、多少の不安が過ぎるらしい。


「俺達もシドルバの事を信じると決めたからな。」


シドルバの言葉を返すように言うと、シドルバは少しだけ目を大きくした後ニカッと笑う。


「これは意地でも見付けださねぇとな!」


不安を感じさせない程にカラッとした態度のシドルバ。そんなシドルバは、早速壁の状態を確認し始める。


「…古い通路だからな…あまり状態は良くねぇか……こっちからならば……いや、やはり一度補強しねぇとダメか…」


壁や天井の状態を確認しつつ、小声でブツブツと言い始めるシドルバ。暫くブツブツ言いながら周囲を見て回っていたが、いきなり立ち止まり、静かになる。


「……どうだ?無理そうか?」


トンネル工事の知識となると俺もよく分からない。どこをどう掘り進めると安全なのかなんて分かるはずもない。


「いや。掘り進める事自体に問題はねぇ。補強をしながら進めば、問題無く進めるはずだ。目的の通路までの距離が予想通りだとするならば、恐らく十数メートル…二十メートルはいかない程度掘り進めれば辿り着けるはずだ。」


「それなら、なにを迷っているんだ?」


「……その通路に出たとして、そこにヘイタイトの鉱脈が顔を出しているのかどうかが分からねぇ。それが今の問題だ。」


「シドルバでも分からないのか?」


「俺もこれが専門ってわけじゃねぇからな。数メートル程度先の状況は想像出来ても、数十メートルとなると難しい。」


「いや、数メートルでも凄い事だが…数十メートルって…見て分かるものなのか?」


「それに特化した者ならばな。」


ドワーフ族の面目躍如と言ったところだろうか…凄い種族だ。


「単純に鉱脈を辿って行けば良い話じゃないの?」


スラたんの疑問は当然のものと言える。俺もそう考えたが…


「それじゃ時間が掛かり過ぎる。何ヶ月もこの地下道に居たくはないだろう?」


「そ、そんなに掛かるの?」


そこまでとは思っていなかったスラたんが、驚いた様子でシドルバへ質問する。


「鉱脈は地中で上下左右あらゆる方向へ繋がっているからな。素直に追ってもどこに行くか分からねぇ。それを全部調べようと思うと、それくらいの時間は掛かる。だから、ある程度予測して掘り進めるんだ。」


「それもそうか…鉱脈って言うと、その辺に生え出している鉱石とは規模が違うもんね…」


「アースドラゴンがヘイタイトを嫌うと仮定した上で動くならば、ヘイタイトの鉱脈から一定以上離れる事は出来ねぇ。別の通路に出られたとしても、その通路に沿うようにヘイタイトの鉱脈が形成されていなければ最悪の事態に陥る。

俺がこの奥に在るであろうトンネルを知っているのは、俺の死んだ親父が昔行ったという話を小さい時に聞いていたからなんだ。」


「シドルバの父親が?」


「ああ。色々な質の良い鉱石が採れる良い場所を見付けたと自慢していたのをな。

俺にその場所を詳しく教えてはくれたが、埋蔵量は少なかったらしく、直ぐに採れる鉱石が無くなっちまってな。結局話を聞いただけの通路になっちまった。」


「なるほど…通路の場所を知っているのに、詳しい事を知らないのはそういう事だったんだね。」


「ああ。親父は、最終的に病で死んじまったが生粋の職人でな。そういう話を、目をキラキラさせながらよく話してくれた。」


思い出すようにシドルバはしみじみと父親の事を語る。


「っと。すまねぇ。親父の話をしている場合じゃねぇな。

要するにだ、穴を掘るのは良いが、ヘイタイトの鉱脈にある程度沿わせるとなるとかなり掘らねぇといけなくなるかもしれねぇ。いや、最悪その通路に出る事が出来ず無駄骨に終わるかもしれねぇ。

下手に体力を使っちまうのは危険だし、どうするべきかと迷ってな。」


シドルバの言うように、地下に穴を掘るという作業は簡単ではない。体力も魔力も、そして時間も消費してまで作ったトンネルが、結局使えなかったという事になれば、精神的にも肉体的にも辛いだろう。しかし、辛くなるかもしれないからと言って、アースドラゴンに突っ込む方が危険だ。


「……ある程度リスクが有るのは仕方の無い事だ。今はとにかくアースドラゴンと接触しないように考えて動こう。掘り進めてみて無理そうならば、それはその時考えれば良い。」


俺は、ここで立ち止まって何もしていないより、取り敢えずトライしてみるべきだろうと判断した。


「そうだね。今のところアースドラゴンが近寄って来る様子は無いみたいだし、やれる事はやるべきだよね。」


「そうですね。私もそれが良いと思います。」


「私もです。」


俺の判断に対して、スラたんもニルもピルテも賛成してくれた。


「…あんた達がそう言うのならば、取り敢えずやってみるとしようか!」


シドルバは、腕捲りをしてからニカッと笑う。


「穴を掘る前に、まずは補強から入る。いきなり生き埋めなんてことは御免だからな。と言っても…材料なんざ岩くらいしかねぇから、それで上手く補強するしかねぇが…」


「本来なら、どんな材料が一番良いんだ?」


「ここまでの通路を見て来て分かっているとは思うが、ある程度強くてよく材料…まあつまりは木材が一番良い。残念ながら、地下道なんかに木材は………って待てよ。あんた達がそれを聞くって事は……」


俺とスラたんのインベントリの存在を思い出したのか、シドルバがこちらを見上げて言葉を止める。


「木材は死ぬ程有るよ。僕の住んでいた所は森の中だったからね。」


「俺も何だかんだ木材は結構インベントリに入っているな。」


「おいおい…インベントリってのはとんでもねぇ魔法だな……」


商人や職人のような、重くて大量の荷を運ぶ職業に就いている者達にとって、インベントリは是が非にでも欲しい魔法だろう。いや、特に欲しがるというだけで、誰でも欲しい魔法だろう。現代日本でも皆欲しがるに違いない。


そんな反則級魔法のお陰で、俺達の穴掘り作業はある程度安全に始まった。


カンッコンッ!!


「うっし!これで補強は十分だ!」


「はー…職人ってのは何でも出来るんだなー…」


俺とスラたんの出した木材は、あっという間にシドルバの手によって加工され、トンネルを支えるような形で設置された。しかも、釘を使ったりせず、加工した部分を組み合わせる事で固定されている。


「見事なものだね…」


「へっ!こんくらいは朝飯前だぜ!」


シドルバは簡単そうにやって朝飯前なんて言っているが、確かこの組木という技法はとても難しいと聞いた事が有る。

定規じょうぎも無く、複数の木材が噛み合うような立体的構造を考えて、それを寸分違わぬ形に加工しなければならない。それくらいは俺にも分かるが…俺にそれが出来るかと聞かれたならば、自信を持って『出来ない』と答えるだろう。


そんな技術をサラリとこなしたシドルバは、そのまま壁の方へと向かう。


「やはりここだな。ここから横穴を作っていくのが良いだろう。」


「指示をくれれば、穴を掘るのは俺達でやる。すまないが、慎重に掘り進めなければならないところだけは頼む。」


「そいつはありがてぇ。地層を見なければならねぇから、出来る作業は分担してくれると助かる。」


「当然の事だ。インベントリが有れば岩を運んだりはしなくても良いし、そこまでの重労働は無いから大丈夫だ。シドルバはそっちに集中してくれ。」


「分かった。早速で悪いが、ここから掘り始めてくれ。最初は崩れる事を気にしなくても良いが、あまり力み過ぎないように頼む。」


最後の一言は、主に俺に向けた言葉だろう。

力み過ぎると、体の疲労がより早く溜まるという意味も含んでいるだろうが、俺のステータスは、この世界においても異様と言えるレベル。そんな力で渾身の一撃を壁に放てば、本来崩れないはずの場所が崩れて来てもおかしくはない。

戦闘を見ていて俺の力が異様だと気が付いたのだろう。


俺はシドルバに頷いて見せた後、ツルハシを構える。


因みに、ツルハシはインベントリの中に入っていて、数本有る。

これまでも鉱石や金属を採取する事はあったし、その時の物だ。

スラたんも、研究に使っていたのか採掘道具をいくつか持っていて、それらを使っての作業となった。


カーン…キーン …


ツルハシを壁へ振り下ろすと、火花と共に硬い音が響き、少しずつ壁が削れていく。

そうして少し壁をツルハシで打っていると、シドルバがストップの言葉を掛けて様子を確認し、指示を受けてまたツルハシを打ち下ろす。これの繰り返しだ。

力仕事は男の仕事。俺とスラたんだけで……と言いたいところではあるが、ツルハシを振り下ろすだけでも予想以上の重労働。

慣れている人達ならば、体をもっと上手く使って作業出来るのだろうが、俺達にそんなスキルなど当然無い。

一応、シドルバが基本の姿勢とかコツみたいなものを教えてくれて、多少は良いのだろうが…俺とスラたんだけで掘り進めるのは流石にキツい。

それが分かっていたからか、ニル、ピルテ、エフ、ハイネも交代で作業に入ってくれた。

アースドラゴンの警戒は解けないが、これだけ派手に作業していても音沙汰が無いとなると、ヘイタイトの効力は間違いないと見て大丈夫ではないだろうか。この目でアースドラゴンがヘイタイトを嫌がるところを見なければ何とも言えないが、期待値は高いと思われる。


そんなこんなで作業を始めてから二、三時間が経った頃。


「次はこっちだ、」


「了解。」


俺とスラたんが何度目かの穴を掘る順番となり、作業を初めてから数分。


カーン…カーン…ガゴッ!!


「っ?!シドルバ!」


ツルハシを振り下ろす腕に伝わっていた硬質な感触が唐突に無くなり、目の前の壁に小さな穴が空いた。

その穴から、薄らと光が差し込んで来ている。


「おぉっ!遂にか!本当に在るのか心配になったぜ…というか…あんた達の掘るスピードおかしくないか…?」


二、三時間で十メートル近くを掘ったのだから、シドルバが驚くのも無理は無い。こちとら素人だというのに、力でゴリゴリ掘るものだから、シドルバが目を丸くさせていた。


ガゴッ!

ガラガラッ……


何はともあれ、シドルバの記憶通り、俺達の目の前には通路が現れた。


「こんな地中で、話だけしか聞いた事のない通路を正確に言い当てるなんて…凄過ぎて僕にはもう理解出来ない領域だよ…」


「だな…」


「どうよ!」


「本当に凄いよ!」


「シドルバさん凄いです!」


「そ、そんな素直に褒められるとこそばゆいぜ…」


分厚い胸を大きく張って笑うシドルバ。自慢げに見えるが、それだけ凄い事をしたのだから素直に凄いと言うしかない。


「それで…ヘイタイトの鉱脈は?」


「おう。ちゃんと確認しながら進んでいるから大丈夫だ。

左手の壁に所々鉱脈が顔を出しているぜ。」


アースドラゴンの襲撃は無いし、シドルバの言葉は信じているが、鑑定魔法で一応確認してみると、左壁にヘイタイトの文字がいくつか見える。


「流石はシドルバだな。このまま通路を進んで行くのか?」


「見た限り暫くは鉱脈の横を通って行けると思うが…どこまで鉱脈の傍を通っているかは分からねぇ。」


奥に現れた通路には、かなり古そうな魔具が掛けてあり、ぼんやりと通路を照らしている。


「かなり古そうな魔具だけど、まだ光っているんだね?」


「こういう場所に掛けられている魔具は、継続的に魔法を発動させるように作られているからな。

周囲の魔力が無くなったり、魔具自体に何かしらの不具合が起きない限りは消えたりしねぇさ。」


一応言っておくが、継続的に魔法を発動させる魔具というのは、当然ながら消耗が激しく、任意で発動させるタイプの魔具よりも壊れ易い。

そういう魔具はザザガンベルの外でも使われているが、消耗品として扱われている事が多く、定期的に買い換えるのが普通である。


しかしながら、辿り着いた通路に掛かっている魔具を見ると、数年どころではない時間が経過しているように見える。つまり、十年近くの間、この魔具はひたすら通路を照らし続けていたという事だ。

これは、恐らくドワーフの作った魔具だから…という説明になるだろう。


俺も趣味程度ではあるが、魔具の製作をやっている為分かるが、魔力を通して簡易的な魔法陣を作り出す為の魔石陣。これの魔力の伝達効率の善し悪しで魔具の消耗率は大きく変わってくる。

ドワーフ族の作り出す魔具は、この効率が非常に良く、消耗率が極端に低いのだろう。

こうしたふとした所に使われている魔具でさえこのレベルの物となると…生きて帰る事が出来たならば、是非色々と買い集めておきたいものである。


余談はこれくらいにして…俺達はハイネとエフが安全を確認した後、繋がった通路へと足を踏み入れる。


これまで通って来た道も、トンネルを支えている木材が薄汚れており、それなりに古い感じがしていたのだが、繋がった先のトンネルは更に古く感じさせる見た目で、少し危うい気がしてしまうようなものだった。


「かなり古そうな通路だが…大丈夫なのか?」


「見た目は悪いかもしれねぇが、湿気もねぇし木材もまだしっかりしているから大丈夫だ。

組木もズレを起こしていたりしてねぇしな。流石は俺の親父が作った通路ってところだぜ。」


一種の形見のような物であるとも言える通路。今も尚、朽ち果てずに残っている事が、どこかシドルバの父からシドルバへ向けたメッセージのようにも感じられる。


「まさか、こうして親父が作った通路が、俺達の命を救う一助になるかもしれないなんてな。親父もきっと驚いているだろうよ。」


「はは。そうだな。親父さんに感謝しながら進むとしようか。」


不思議な巡り合わせとは違うかもしれないが、こういう事も起こるというのは…現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

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