第690話 アースドラゴン (2)

希望的な意見を否定され残念そうな顔をするシドルバだが、こういう時に希望的観測は良くない。相手がアースドラゴンならば尚更だ。

シドルバに言った事は、あくまでも、ネット上で得た情報である為、全てを信用する事は出来ない。しかし、その情報が正しいとするならば、アースドラゴンはしつこく追ってくるタイプのモンスターだ。まだまだ安心は出来ないだろう。


「光が見えていると、少しホッとしますね…」


皆が緊張し、沈黙の中でトンネルを歩いていると、ニルがボソリと呟くように言う。


ニルが、何の意図も無く、緊張で張り詰めた空気の中、アースドラゴンと関係の無い事を言うわけがない。

恐らく、今にも切れてしまいそうな程に張り詰めた緊張の糸を、少しでも緩めようと口を開いてくれたのだろう。


「そうだな。少しだが安心するよな。人の温もりというのか、俺達だけじゃないって気がするな。」


「はい!安心して下さいとは言えないかもしれませんが、ここは人の活動区域内ですから、きっと何とかなりますよ。」


ニルの言っている事に根拠が無いのは皆分かっている。それでも、こうして言葉を掛けられれば、少しだとしても気持ちが落ち着くものだ。特に、ニルのように、百パーセント優しさのみで言ってくれていると、それだけで心が安らぐというものである。

残念ながら、それは現状を打破したり、大きな変化を与えるものではないが…この僅かな心持ちの変化で生死が分かれる事だって有る。そんな事は稀ではあるが、今はそれにすらすがりたいくらいの状況。


「ふふふ。そうね。そう言われると、何だか上手くいきそうな気がするわ。」


笑っていられる状況ではないのだが…それでも笑うハイネ。ニルの言葉の真意を受け取ってくれたのだろう。


それがきっかけとなり、皆の間に流れる空気が少しだけ柔らかくなった。お陰で、先へ進む足取りも少しだけ軽くなり、緊張で強ばっていたシドルバの体も落ち着いていた。


「それにしても…こんな場所にあんな化け物がいるとはな…

アースドラゴンなんて存在に気付かないなんて事有り得るとは思っていなかったぜ…」


このショルニー鉱山は、今も普通に採掘が続けられている鉱山の一つ。俺達は出会っていないが、この鉱山にはドワーフ族の者達も頻繁に出入りしていると聞いた。

壁の向う側に居たとは言っても、相手はSSランクのモンスターだ。痕跡が無かったとはいえ、その存在に全く気が付けなかったのは、相手がアースドラゴンだからだろう。


アースドラゴンの主食は土や石。肉食ではない為、モンスターや人を食べるという事はまず無い。人やモンスターを襲う場合は、縄張りを荒らされたりした時のみ。

モンスター等は感覚が人より優れている為、その縄張りに足を踏み入れたりしない。それ故に、アースドラゴンの痕跡が極端に少なかったのだろう。


「いくらドワーフ族でも、痕跡の無い状況でアースドラゴンの存在を感じ取るなんて事は出来ないわよ。」


「そりゃそうなんだがよ…」


「今まで、アースドラゴンに襲われたりしなかったのは、ただ運が良かっただけという事だろうな。

先程、アースドラゴンが現れた場所は、このショルニー鉱山とは全く別の場所から伸びて来ている空洞に見えた。もしかすると、アバマス山脈の外側から地中を移動して来たのかもしれない。それに気が付けというのは無理な話だ。」


ハイネもエフも、ドワーフ族に責任が有るなんて考えは一切持っていない。当然、二人だけでなく、俺達全員が同じ考えだ。


「……そうだな。あまり考え過ぎねぇようにするぜ。

だが…アースドラゴンが出たとなると、このショルニー鉱山はもう使えねぇな。」


「あれが居る鉱山の中に入るなんて自殺行為だからね…

上手く外に出られたなら、まずは皆に注意喚起かんきするべきだろうね。」


アースドラゴンが出たという事を知らせなければ、誰かがアースドラゴンの縄張りに知らず知らず入ってしまう。俺達でも逃げられるか分からない相手なのだから、戦闘を嫌うドワーフにどうにか出来る相手だとは思えない。ショルニー鉱山を放棄してでも、アースドラゴンの脅威を避けるべきだろう。

まあ…それもこれも、俺達が生きてショルニー鉱山を出られたならばの話だが。


「ああ。その為にも、俺達は無事に外へ抜けねぇとな。」


出口へ続いているであろうトンネルは、まだまだ奥へと続いている。地下資源を求めて掘られたトンネルである為、真っ直ぐ直進しているのではなく、鉱脈に沿って掘られており、蛇行しながら上へと向かっている。

かなり深い場所まで移動した俺達が、もう一度陽の光を拝むまでには、それなりの時間が掛かってしまう。


「…静かに。」


声を抑え、コソコソと話をしていたのだが、エフの言葉で全員が黙る。


どうやら、進む先が気になっている様子だ。


「……この先に、いくつかの道が集合する地点が有る。」


エフの奥には、魔具に照らされて薄暗いトンネルが見えるだけ。ただ、エフがそう言うのであれば、間違いなくこの先はそういう場所になっているはず。


「広い場所なのか?」


「いや。広さはそれ程無い。ただ…どうやら、アースドラゴンは我々を追ってきているらしい。

先程から振動と微かな音が聞こえている。それが、この先から聞こえて来るんだ。」


「先回りされた…って事か?」


「あれだけ簡単に地面を掘り進められるのであれば、先回りするくらいは容易い事だ。」


「やはり、普通のモンスターとは違って賢いですね…」


その辺の好戦的なモンスターならば、恐らく俺達の後ろを追って来ただろう。目の前に逃げる獲物が居たならば、大抵のモンスターはそうする。


しかし、アースドラゴンは違う。


俺達が上を目指して逃げている事に気が付いて、俺達を逃がしたりしないよう、先回りして行き道を塞いだのである。


肉食ではないアースドラゴンにとって、俺達は獲物ではなく縄張りを荒らした。つまり、アースドラゴンの行動は、狩りではなく攻撃と言える。要するに、俺達を敵として対処しようとした結果、先回りするという考えに至ったという事になる。

そんな考え方は、最早人間と同等。いや、人によってはそれ以上と言えるかもしれない。知能の高さがこんなところからも分かる。

モンスターと聞くと、どうしても獣的な知能の低い生き物を想像してしまうが、SSランクのモンスターはその範疇に無い。特に、長く生きるドラゴンのような最強種は、人より知能の高い個体など腐る程居る。決して侮ってはならない相手だ。

まあ…ドラゴンを侮る人間など居ないとは思うが。


「最悪の展開だな…」


「このまま先に進めば、間違いなくアースドラゴンと一戦交える事になる。戻るという選択肢も有るが…」


エフはそこで言葉を切って口を閉じる。


「このトンネルを進んで来たのに、私達の位置を特定されたのよ。戻ったところで先回りされるのは変わらないわよ。」


エフの言葉の続きを、ハイネが言葉にする。


「そうですね……引き返しても、結果は変わらないと私も思います。ただ……アースドラゴンは、私達の位置が分かるのに、何故襲って来ないのでしょうか?地中を進めてしまうのであれば、狭くても広くても関係無しに攻撃を仕掛けて来る事が出来るはずです。」


ピルテの言っている事は、俺も疑問に思っていた。


「アースドラゴンが慎重なモンスターだから…とか?」


スラたんの言いたい事は分かる。俺も最初はそう考えたが…


「慎重に動くとしても、先回り出来る知能が有るならば、細道で攻撃を仕掛けた方が勝率が高いとも考えるんじゃないか?そもそも、この先だってそれ程広くはないみたいだしな。」


「それもそうだよね…でも、そうだとしたなら、何故襲って来ないんだろう?逃がす気が無いのに、敢えて僕達を攻撃していないって事になるよね?

実際、こんなに悠長に話が出来ているし。」


「獲物をもてあそんでいるって事か?」


スラたんの意見を聞いたシドルバが、真っ青な顔をして聞いている。アースドラゴンに弄ばれ続けて死ぬなんて想像したくないのはよく分かる。しかし、それは恐らく違うだろう。


「いや、俺の推測だが、それは違うと思うぞ。」


「そ、そうなのか?」


「先程アースドラゴンと戦った時、アースドラゴンは俺達に対して強引に攻めては来なかったから確かとは言えないが…こちらを雑魚と見て弄ぶようには見えなかった。

あれだけ硬い表皮を持っていながら、ハイネとエフの攻撃を、しっかり両翼で受け止めていただろう?」


「言われてみるとそうだな。」


「俺達が雑魚だと思って弄ぶつもりならば、あれ程完璧な防御をするとは思えない。俺や他の皆からの攻撃に対しても目を光らせていたからな。」


「となると…何故襲って来ないんだ?」


「………………」


「…………………」


アースドラゴンが襲って来ない理由を、皆で黙々と考える。


もうすぐそこにアースドラゴンが居て、俺達の事を待っているのに…と思うかもしれないが、そうではない。

アースドラゴンとの戦闘を極力減らして進もうと考えた場合、ここでアースドラゴンが襲って来ない理由が特定出来たならば、それを利用して出口まで辿り着く事が出来るかもしれない。ここは足を止めてでも、じっくり熟考するべきである…と考えたのだ。


当然ながら、アースドラゴンが俺達を襲って来ないのが気まぐれという可能性も有るし、狭い通路でじっとしている今の方が危険だという事も有り得る。

しかし、ここでじっとしているのが危険だとして、引き返すなり進むなりしても、結局解決策が無ければ地上に戻る事など出来ない。

気まぐれだとしても、今現在襲われていないのは間違いないのだから、変に行動を起こすより動かない事こそが正解だと考えるのが普通だろう。


問題は、アースドラゴンが何故襲って来ないのか。その答えを見付け出せるかどうかだ。


スラたんの意見に対して、偉そうに言っておいてだが…俺も、何故アースドラゴンが襲って来ないのかの理由についてはよく分かっていない。


「この辺りに、アースドラゴンさえ壊せない強固な岩盤が有る…という線はどうかな?」


皆で要因を考えていると、スラたんが意見を出してくれる。


「いや。それはねぇな。

地質ってのは、そこにどんな鉱物が生成されるのかを教えてくれる。

硬い鉱物が採れる地質は、そういう成分を多く含むものだったりするんだ。そういう成分がねぇ地質に、ポンと突然出来たりはしねぇ。

そして、この辺りの地質は、硬質な岩盤が出来る地質とは違う。」


シドルバは、トンネルの壁へ手を当て、土の感触を確かめながら断言する。


「まあ…実際に見たわけじゃねぇし、地層がどうなっているのかってのは想像でしかねぇ。その可能性がねぇとは言い切れねぇが…」


「そっか…シドルバさんがそう感じているなら、それを信じるべきだね。僕は地質なんてさっぱり分からないし。」


「だな。餅は餅屋。シドルバがそう言うなら間違いないだろうな。だとしたら、シドルバはどんな理由が考えられると思う?」


「そうだな……」


シドルバは、顎髭をモシャモシャと触りながら考える。


「俺は、ドラゴンの生態なんてのは分からねぇし、モンスターについては詳しくねぇ。人並みってところだ。

だが、鍛冶や鉱山の事では誰にも負けねぇ。そんな俺の意見がアースドラゴンなんて化け物に通用するのか分からねぇが……

もしかすると、こいつのせいじゃねぇか?」


そう言ってシドルバが壁の一部を触る。


「これって…??」


しかし、皆頭の上に?マークを付けている。


「これだこれ。」


そう言ってシドルバがもう一度壁の一部を触る。

シドルバが触る壁。その一部には、小さく頭を出した何の変哲もない石が見える。


「…まさか…ヘイタイトの事か?」


ショルニー鉱山内で、安全地帯という扱いになっている原因。それが鉱物であるヘイタイト。モンスターが嫌うだけで、大きな効果は無いとされている鉱物である。


「ああ。ここまで歩いて来たこのトンネル。どこに行ってもヘイタイトが有る地層になってやがる。恐らくは、中央の連中がヘイタイトの事を調べる為に作った古い通路なんだろう。」


ヘイタイトの地層の中を歩いているなんて全く気が付かなった。


「で…でも、ヘイタイトは、ランクの高いモンスターには効果が薄いんじゃなかった?」


「基本的にはな。ただ、モンスターによっては特別嫌う種類も居る。ヘイタイトの魔力が原因なのか、地層に含まれる魔力が原因なのかは分からねぇがな。」


「それが、アースドラゴンにも有効…?」


スラたんが疑問に思うのも頷ける。


アースドラゴン、またの名をクリスタルドラゴンと呼ばれる存在は、見た目からも分かるように、土や石を糧とするモンスターだ。言うなれば土や石の化身けしんみたいな存在。そんなモンスターが、他のモンスターに対してあまり効果の出ないヘイタイトを特別嫌うというのは…どうにも考え辛い気がする。


「これは俺の、職人としての意見だ。参考程度に聞いておいてくれ。モンスターに詳しいあんた達の方がどうしたら良いかは分かるだろうからな。」


「「………………」」


アースドラゴンにヘイタイトという鉱物が有効かどうか。シドルバがそれを口に出したという事は、他にも色々と見て出した、それなりに根拠の有る結論だと思う。


俺も、恐らくはスラたんも、アースドラゴンという存在は認識していたが、アースドラゴンがヘイタイトを特別苦手とする傾向が有るという情報は聞いた事が無いし、ヘイタイトの存在すら知らなかった。

そう考えると、スライムの事であればスラたんの知識が役に立つところだと思うが、アースドラゴン相手となると、シドルバも俺達も差は無いように思う。

アースドラゴンなんて特殊中の特殊というモンスターの生態が、他のモンスターと同じようなものかなんて分からないし、それに無理矢理当てはめようとしてはならないと思う。


スラたんも、同じような結論に至ったのか、俺の顔を見ると頷く。


「シドルバ。ここから地上まで、ヘイタイトの地層の中を通って行く事は出来るか?」


「おいおい。自分で言うのもなんだが、俺の意見を採用しちまって大丈夫なのか?」


「正直、アースドラゴンにヘイタイトが効くかどうかはまだ確定的ではないけど、状況から見て、冷静に分析して、その可能性が今のところ一番高いと思う。

アースドラゴンが、僕達にそう思わせているって線も考えられなくはないけど、そんな事を言い出してしまうとキリが無いからね。

僕は、シドルバさんの意見を取り入れて動くべきだと思う。」


「俺もスラたんの意見に賛成だ。」


ハイネや前方を警戒してくれているエフ、ニルとピルテも俺と同意見だと首を縦に振る。


「そういう事なら…だが、残念ながら地上までヘイタイトの鉱脈を辿って行くのは難しいぞ。」


「そうか…」


「ヘイタイトの産出する地層は、このショルニー鉱山においてそれなりに深い場所になる。道を選べば、途中までは辿れると思うが…地上までとなると……無理だ。

それに、鉱脈が一本で全て繋がっているかも分からねぇ。」


鉱脈を辿って地上を目指した場合、鉱脈が途中で途切れている場合、それと、地上に近い場所には地層そのものが無い。アースドラゴンにヘイタイトが有効に働くとしても、鉱脈が途切れた場所や、浅い地層に入った後はその効果が完全に無くなってしまうという事になる。


「まあ…そこは俺達の力の見せ所というやつだろうな。」


「何とか凌げる方法を考えておかないとね。」


「あのアースドラゴン相手に凌げる方法か……残念ながら、俺には全く思い浮かばねぇな。」


「シドルバは、適当にヘイタイトを採取してくれないか?使えるか分からないが、使えそうなら使いたい。」


「……よし。分かった。ヘイタイトについては俺に任せてくれ。」


ヘイタイトを見分けるのは、鑑定魔法を使えば俺にも出来るが、ここはシドルバに任せておく。

ヘイタイトがアースドラゴンに効かないとなると、無駄に集める事になってしまうが、使いたい時に使えない方が辛い。集めたヘイタイトは、俺かスラたんのインベントリに収納しておけば良いし荷物にはならない為、集めた事で不利になる事は無いだろう。


「それも大切な事だけれど、ここからどうするかを先に決めた方が良いんじゃないかしら?」


「そ、そうだな。

シドルバ。ヘイタイトの鉱脈を出来る限り辿る道を教えてくれ。遠回りになっても、どれだけ時間が掛かるとしてもだ。最悪、トンネルを自分達で掘るところまで考えていると思ってくれ。」


「トンネルを自分達で?!そいつはいくら何でも……」


「いや。その程度で生き残れるならば、いくらでもやってやるさ。」


「……そうだな。それ程の相手だからな。

よし!道案内と穴を掘る時は任せてくれ!」


絶望的な状況でも、シドルバはニカッと笑う。こういう時にジメジメしないのは本当に有難い。

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