第693話 鍾乳洞での戦い
タンッ!タンッ!
アースドラゴンの尻尾攻撃を避ける為、地面を蹴り、壁に着地したスラたんの姿が横目に見える。
「スラたん!」
「大丈夫!」
俺が叫ぶと、スラたんは即座に大丈夫だと答えてくれる。
アースドラゴンの注意は引けるから、次の作戦に移行してくれという意味で間違いないだろう。
「エフ!ハイネ!」
「こっちの準備は良いわよ!」
「いつでも!」
エフとハイネの状況を確認し、直ぐに行動へ移る。
ここからはスピード勝負。アースドラゴンが俺達を殺すのが先か、俺達が逃げ切るのが先か。
「行くぞ!」
俺の掛け声で、ハイネとエフが弾かれたように動き出す。
アースドラゴンの周りをスラたんが動き回り、左右から走り込むエフとハイネ。俺はその中間地点、つまりアースドラゴンの真正面へ走り込む。しかし、ただ走り込むのは馬鹿のやる事だ。当然何も考えずに突撃しているのではない。
まず、俺とハイネ、エフでアースドラゴンを取り囲むような形で正三角形を作る。この時、アースドラゴンの攻撃範囲内に極力入らないようにしつつ、しかし出来るだけ離れ過ぎず移動する。
スラたんがアースドラゴンの目を引いてくれているが、ここまでの状況から、アースドラゴンはかなり賢い事が分かっている。まず間違いなく、スラたんに集中しているように見せているだけで、俺達の動きをしっかりと見ているはず。
頭に血が上って周りが見えなくなるようなモンスターは、どれだけ強くともSランク止まり。SSランクのモンスター、その中でも強敵と言われるモンスターにそんな事を期待してはならない。
既にSSランクモンスターとは何度か戦ったが、怒り狂っていたとしても、周りが見えなくなるようなモンスターはいなかった。寧ろ、怒り狂えば怒り狂う程、敵を殲滅する能力が上がり危険になる。
このパーティーでも、既にケルピーとの戦闘を行っている為、その事は皆が理解している。故に、アースドラゴンの次の動きに即時反応する事が出来た。
「グガァッ!!」
ブワッ!!バキバキバキバキッ!!
俺達がアースドラゴンを取り囲もうと走り込むと、それを横目に見ていたアースドラゴンが、両翼を大きく広げる。
周囲から生え出していた鍾乳石が折れて吹き飛び、その破片が両翼の起こす風に乗って巻き上げられる。
アースドラゴンが両翼を広げただけでこれだけの事象が起きるというのに、これは攻撃の準備に過ぎず攻撃ですらないというのだから嫌になる。
「来るぞ!!」
俺が叫んだのは、主にスラたんの為。
スラたんは常にアースドラゴンと接近しているので、巨体であるアースドラゴンの全体像が把握し辛い。
流石に両翼を広げるなんていう動きは、スラたんも認識しているだろうが、もしもを考えての声掛けは大切だ。
アースドラゴンが両翼を広げ切ると同時に、スラたんはアースドラゴンの懐から退避。
ゴウッ!!
「っ?!」
ズガガガガガガッ!!
スラたんの退避が終わるのとほぼ同時に、アースドラゴンが広げた両翼を勢い良く俺達に向けて突き出す。
すると、翼の外側に生えていた結晶の数々がアースドラゴンを離れて俺達の方へと飛んで来る。
飛んで来る結晶のスピードはそこまで速くはないものの、先端が尖っているし一つ一つが重く硬い。下手に防御などしようものならば、防御ごと体を貫かれてしまう事だろう。
しかし、アースドラゴンのこの攻撃については事前情報が有った為、予想外の一撃とはならなかった。
アースドラゴンは単純に硬く、攻撃を一切受け付けない。その防御力の源は、体中を覆っている結晶にある。その硬質な結晶は、当然攻撃にも使える。硬く刃が通らないという事は、逆を言うと防御も出来ないという事になる。そう考えると、アースドラゴンが放った一撃がどれ程えげつないものなのかがよく分かるだろう。
ただ、先も言ったように飛んで来る結晶のスピードはそこまで速くはない。となれば、スピードに自信の有るパーティーがそれを避けるのは容易い事だ。
飛翔する結晶の軌道を読み、しっかりと回避する。
「今だ!!」
タンッ!!!
そして、結晶の雨が降り止むか降り止まないかのタイミングで、俺、スラたん、ハイネ、エフが地面を蹴って飛び出す。
アースドラゴンは、周囲を敵に取り囲まれると、この結晶を飛ばす攻撃をするという事を知っていた俺達は、その攻撃を誘い出したのである。
敢えてそんな危険な攻撃を誘った理由は分かるだろう。
アースドラゴンの体表を覆っていた結晶が、この時だけは無くなるのである。
ただ、アースドラゴンにとって、攻撃を受けてしまうと致命傷となってしまう部分だけは結晶が残っている。つまりそこがアースドラゴンの弱点とも言えるわけだが…弱点を狙う必要は無い。通らないであろう攻撃をこの状況で放っても意味が無い。俺達の目的はアースドラゴンから逃げる事。その為に必要な事は弱点への攻撃ではない。
「「「「はぁぁっ!!」」」」
ピキピキピキッ!
ギィィン!ギィィン!ギィィン!ザシュッ!!
「このタイミングで一撃だけかよ!?」
四人で一斉に飛び掛かったタイミングは、アースドラゴンの攻撃が終わる間際。アースドラゴンの攻撃からほぼノータイムで斬り掛かったはず。それなのに、俺達の攻撃が届く時には既に体表に薄い結晶の膜のような物が形成されていた。結晶の再生スピードが異常に速い。いや、これこそ最強種たる所以なのだろう。
異常な再生速度のせいで、本来は全員の攻撃を通すはずだったのに、俺の攻撃がギリギリ通っただけで、スラたん、エフ、ハイネの三人は刃を通す事が出来なかった。
生成された結晶の膜は本来の結晶の硬さよりは柔らかく、傷は付けられたみたいだが…その程度でしかない。しかも、攻撃の通った俺の一撃でさえ非常に浅い傷を付けるだけに終わった。
これ程までの圧倒的強者となると、天狐と同等…いや、それ以上だろう。
あの時は、リッカも居たしかなりの好条件で戦ったからこそ勝てた。しかし、ここにリッカは居ない。この条件で俺達が勝てる可能性は一パーセントにも満たないだろう。
アースドラゴンに浅く傷を付け即座に下がった俺は、そんな事を考えていた。
これが逃げ道の無い空間で、どちらかが死ぬ事でしか決着が付かないとなれば絶望していただろう。
そうではない事をこれ程嬉しく思うとは…
「グガァァッ!」
ブンッ!
ズガガガガッ!
アースドラゴンは、傷を受けた事に対して警戒心を強めたのか、俺達に向けて尻尾を振り回す。
攻撃をさせないように距離を取ろうとしたのだろう。ただ、かすり傷程度で怒り狂ったり無駄に吠え散らかすような事はしない。あくまでも警戒心を強めただけ。それ以上でもそれ以下でもない。
俺達が尻尾の攻撃を回避して下がると、アースドラゴンは茶色の瞳をこちらへと向けてくる。
アースドラゴンが何を言いたいのかなんて全く分からないが…『
攻撃のチャンスだったのだから、それこそ聖魂魔法を使い、一撃で腕の一本くらいは拭き飛ばせば良かったのにとも考えられるかもしれない。攻撃力に特化した聖魂魔法を放てばそれくらいの事は出来そうではある。
しかし、もしそれが成功したとして、アースドラゴンの腕を片方吹き飛ばした後の事はどうなるだろうか。
切り札の聖魂魔法を使い切った俺達に対して、大きな一撃を受けたアースドラゴン。その後どうなるかは赤子にも分かるのではないだろうか。
痛手を負ったアースドラゴンは、そんな傷を負わせた矮小な人間を許すとは思えない。ただでさえしつこいのだから、地上まで追って来て俺達を確実に仕留めるのではないだろうか。
そんな詰みの状態に陥るのは絶対に有ってはならない事だ。
それに…俺達の狙いは、アースドラゴンに軽い傷でも良いから与える事。それが成功しなかった場合、別の作戦を考えていたが一先ずどの作戦も通用しないという事はなくて良かった。
「グガッ…?」
尻尾を振り回し一つ鳴いたアースドラゴンだったが、傷を受けてから数秒後、酔ったように体がふらついてしまっている。
危険な間合いに入ってまで、敢えてこの方法でアースドラゴンを攻撃した理由は、小さな傷をアースドラゴンに与える為だったのだが、当然それだけでアースドラゴンから逃げられるとは考えていない。
俺、スラたん、エフ、ハイネの武器には、アイトヴァラスの毒がたっぷりと塗ってある。しかも、薄めていない原液の物だ。
毒の強さが尋常ではなく、扱う俺達でさえ細心の注意を払わなければならない程の猛毒。俺達の持っている毒の中で間違いなく最強の毒である。
この毒を使う事で、アースドラゴンにも何らかの効果を与える事が出来るのではないかとスラたんが発案してくれた。
SSランクのアースドラゴン相手に、Sランクのアイトヴァラスの毒が効くかどうかは未知数ではあったが、毒の強さからして、いくらSSランクの最強種と言えど毒の効果を受けるはず。死ぬ事は無かったとしても無意味という事は無いだろうと考え、決行を決めたのだ。
スラたんの作った何でも溶かす溶解液も使えるかと思ったが、アイトヴァラスの毒以上に扱いが難しい為、毒が効かなかった時の代案としていた。
どちらの作戦にしても、アースドラゴンに効くか分からないという賭けの要素は排除し切れなかったものの、結果的にはアイトヴァラスの毒が最も良い選択だったと言える。
即効性の猛毒を与えて、あわよくば討伐…となる事も考えてはいたが、実際はふらつく程度のダメージしか与えられていない。しかし、それが良かった。
アースドラゴンが意を決して俺達を殺しに来る程のダメージではなく、しかしながら俺達が逃げるのに必要な時間を稼いでくれるという絶妙なダメージだろう。当然、ダメージを受けている以上、アースドラゴンも黙ってはいないだろうが、死ぬ気で殺しに来るという事は無い…はずだ。
この世界に来てからというもの、災難続きで嫌になる程だった。俺のステータスで欠落しているものと言えば幸運値に違いないとさえ思っていたが、今回はその不運が働かなかったらしい。
「シドルバ!」
「右奥だ!右奥に進め!」
ふらついてまともに立っていられないアースドラゴンの姿を見た俺達は、即座に出口へと向かう。
「この毒を食らってふらつく程度って…」
出口へ向かう途中、スラたんが自分のダガーに塗ってあるアイトヴァラスの毒を見て呟く。
「ドラゴンってのがこの世界においてどれだけ凶悪な存在か分かるな。」
SSランクとSランクモンスターの間には絶対的な差が存在する。もし、アースドラゴンとアイトヴァラスが戦ったとして、毒をアースドラゴンが受けたとして…それでもふらつく程度しか効き目が無いのならば、アイトヴァラスがアースドラゴンに勝つ可能性はほぼ皆無と言えるだろう。
必死の思いで討伐したアイトヴァラスですら、アースドラゴンに全く敵わない。その事実がドラゴンの強さを相対的に表している。
「アイトヴァラスの毒はどれくらい効果を発揮してくれるんだ?」
「正確な時間を出すのは難しいけど…もって数分だと思う。ふらつく程度って事は、そもそもアイトヴァラスの毒がそれ程効いていないって事だからね。即効性の毒だから、即座に効かなければ時間が経っても効果は同じさ。寧ろ毒が弱まる可能性が高い。」
「俺達に与えられたのは数分って事か。」
アースドラゴンが殺す気で俺達の前に現れたのに、怪我を負う事も無く通り抜けられたのは奇跡と言える。
その奇跡を無駄にしない為にも、ここからはとにかく全力で逃げる。
「シドルバ!悪いが一気に走り抜ける!掴まれ!」
「ぬおっ?!!」
俺は、走りながらシドルバを持ち上げて自分の背中に乗せる。おじさんとおじさんの密着シーンなど絵面的にあれではあるが…そんな事を言っている場合ではない。
「道案内を頼む!」
「…任せろ!!」
シドルバを背負って走るとなると体力を消耗してしまうが…ここで逃げ切る事が出来ればそれで良い。今は体力や魔力の事など考えず、ただただ地上を目指して走り抜ける。それだけだ。
シドルバの指示を聞き、アースドラゴンの横を通り抜けた後、右奥に見える通路へと走り込む。
「グガァァッ!」
後方から聞こえて来るアースドラゴンの声。
言葉を喋る事が出来ない相手ではあるが、その声色から苛立ちを感じる事くらい出来る。間違いなく怒っている。
今回は全てが上手く回り、攻防と言えるような戦闘ではなかったが、それは本当に運が良かっただけの事。
俺達の出会った個体は、他のアースドラゴンよりも慎重過ぎるように見えた。
アースドラゴンはそもそも慎重なタイプのモンスターだというのは間違いないのだが、その中でも取り分け慎重な個体だった。
言ってしまえば、アースドラゴンから見た俺達は、間違いなく弱小な存在だ。事実、攻撃もろくに通らない相手に勝てるとはなかなか思えない。
勿論、時間やアイテム、その他諸々に余裕が有る状況であるならばどうにかなるかもしれないとは思う。ソロプレイヤーとして最高難度のダンジョンをクリアしたのだからそれくらいの自負は有る。ただ、真っ向勝負とは程遠いが…
話が逸れてしまったが、俺達の出会った個体の慎重さ、戦う場所が見付かった事、ヘイタイトの鉱脈、その他諸々の好条件が重なった事が良かった。
「まだまだ気を抜くなよ!」
上手くアースドラゴンを避けて通り抜けられたものの、鳴き声は元気一杯どころか殺意に満ち溢れている。
まず間違いなく追ってくるはずだ。
「次を左だ!」
「よし!」
ダダダダッ!
どこかも分かっていないトンネルの中を、シドルバの案内で走る。
「グガァッ!」
ズガガガガガガッ!
「っ!もう来るのかよ?!」
スラたんの読みでは数分間の猶予が有るとの事だったが、一分程で後ろからアースドラゴンの気配を感じる。
「走れ!とにかく走るんだ!」
皆を急かすように叫び、自分も足を全力で回転させる。
背中に乗っているシドルバが振り回されているのは分かっているが、それに気を回している余裕は無い。
「グガァァッ!」
ズガガガガッ!
後方から聞こえて来るアースドラゴンの気配が近付いて来る。
「シンヤさん!」
「クソッ!」
このままでは地上に出る前に追い付かれてしまう。
全員がその事に気が付いている。
「シンヤ君!時間をもう少し稼がないと!」
「分かってる!」
どうにかしてもう少しだけ時間を稼がなければ無事に地上へは出られない。
俺はこの状況で出来る事の中から、アースドラゴンを足止め出来る方法を探す。
アイテムでトンネルを崩落させるか?
危険過ぎる。俺達まで生き埋めはごめんだ。
魔法でトンネルに壁でも建てるか?
無駄だ。アースドラゴンの勢いを止めるような効果は望めない。
聖魂魔法を使って力技で押し込むか?
可能だとは思うが…
「シンヤ!」
俺の思考が加速していく中、シドルバが耳元で叫ぶ。
「魔法は撃てるか?!」
何故かを問おうとしたが、時間が勿体無い。
「撃てる!デカいのを一つな!」
「よし!即席だが仕方ねぇ!これを使え!
後ろに投げて魔法をぶっ放せ!爆発系が良い!」
シドルバから受け取ったのは何かが入った石のボールのような物。大きさは野球ボール程度で切込みが入っており、丸い。
何かは分からなかったが、俺は受け取った石のボールを後ろへと放り投げる。
キィィーーン……
そして、即座に聖魂魔法を発動する。
場所が場所なだけに、あまり派手な魔法は使えないが…使う魔法を選べば良いだけの事。
力を借りるのは前にも一度力を借りた
魔法の名前は
一気にボカーンという魔法ではない為、狭いトンネル内を光の鳥が壁等を破壊せずに飛んで行き、アースドラゴンの近くで爆発してくれる。
俺達の近くで爆発しないのであれば、トンネルが崩れたとしても問題は無いだろう。問題が有ったとしたら生き埋めになってしまうが…大丈夫だと信じよう。
光鳥来爆が発動すると、魔具によって照らされているトンネル内を光の鳥が飛んで行く。
ボンッ!!
飛んで行った光の鳥の一羽が、俺の投げた石のボールに向かって飛んで行きぶつかると、爆発音と爆炎を発する。
結局、俺が何を投げたのか分かっていなかったが……爆発した石のボールの中から何かの粉塵が放出されたのが見えた。
「よし!上手くいったな!」
「あれは?」
「俺が採取しておいたヘイタイトの粉末を封入した物だ!ヘイタイトそのままじゃ使い難いと思ってな!
まあ、砕いたり何だりしてあるから、ヘイタイトの効力は長く続かないだろうが、逃げる時間を稼ぐくらいには使える!」
シドルバは当たり前のように言っているが……道具もろくに揃っておらず、時間も無い中でヘイタイトの粉末を封入した石のボールを作ったのだ。ドワーフ…というかシドルバ恐るべしである。
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