第689話 アースドラゴン

「皆。アースドラゴンには、最初から俺の魔法を叩き込む。それがどれだけの効果を及ぼす事になるのか分からないが、全くの無意味という事はないはずだ。

足止め程度は出来るはず。取り敢えず、そこを起点にして臨機応変に撤退を頼む。細かい指示を出している余裕は無いだろうから、それぞれで動いてくれ。」


俺の言葉を聞いて、全員が頷いてくれる。


俺とニルは別にして、このパーティになってからはまだ日が浅い。

臨機応変に動く事が出来るのかという疑問を持つかもしれないが、全員が全員、それぞれの動きに合わせる事は既に出来る。指示を待っていると反応が遅れてしまう為、そうならないよう、各自に任せるのが最善だろう。


「よし……行くぞ!」


俺達から手を出さなければ、アースドラゴンは俺達を攻撃して来る事は無かったのかもしれない。しかし、逃げることが出来ないならば、そのままアースドラゴンと見詰め合っていても時間が過ぎていくだけ。

攻撃されると知っていても、ここはこちらが先手を取るべきだろう。


キィィーーーン……


聖魂魔法を使おうとすると、いつもの耳鳴りが聞こえる。


ガゴッ!!


その時、今までに聞こえていた謎の音が響く。


「「「「「「「っ?!」」」」」」」


これまで何の音が分からなかったが、やっと何の音なのか理解出来た。


アースドラゴンは、自分の周囲の地面。その表層部分を、翼を広げて掬い取る。まるでプリンかゼリーをスプーンで掬うようにあっさりと翼で抱え込んだのだ。両翼の中に入っている地表が砕け、重たい音を出している。その音が先程から聞こえていたようだ。

それにしても…地面を削り取る音がまるで聞こえず、ほぼ無音で削り取った。一体どれだけの硬度差が有るとそうなるのか…


アースドラゴンは、両翼の内側に抱え込んだ岩を本来ならば食すのだろうが、それを今回は武器として使うらしい。

両翼を大きく動かし、抱え込んだ岩を俺達に向けて放り投げる。


五メートルという全長が、ドラゴン種にとって小さいとはいえ五メートルは五メートル。そんなドラゴンの両翼内に抱え込まれた岩の重さは、一トンなど軽く超える。


一瞬でアースドラゴンのやりたい事を把握した俺達は、四方八方へと散らばる。

シドルバは、スラたんが咄嗟に引っ張って離脱してくれた。


ガガガガガガガガガゴンッ!!


抉り取られた地面が、砕けて降り注ぎ、重く鈍い音を響かせる。


「チッ!まさに化け物クラスだな!」


発動させようとした聖魂魔法だが、アースドラゴンによって邪魔されてしまい、発動には至らなかった。

野生の勘のようなものだろうか…俺が聖魂魔法を発動させようとした瞬間に襲われた。知能が高いというのは本当のようだ。反応も人間のそれより速い。初見だからとボーッと見ているのではなく、危険だと判断したと同時に、俺だけでなく全員の動きが制限される攻撃を仕掛けてきた。


「今までの相手とは違うわね…」


「一瞬も気を抜くなよ。死ぬぞ。」


ハイネが相手の動きを見て、直ぐに危険だと判断した。それ程、このアースドラゴンという生き物は、他のモンスターとは次元の違うモンスターだという事だ。


「次が来ます!!」


ニルがアースドラゴンの動きを見て、何か仕掛けて来るつもりだと悟り、叫ぶ。


アースドラゴンが岩を避けた俺達を見下しながら、僅かに結晶に包まれた尻尾を揺らす。


「まずい!跳べ!」


直ぐにエフが叫び、その声を聞いた全員が、その場で高く跳躍する。


ズザァン!


跳躍した俺達の足元を、アースドラゴンの尻尾が通り過ぎて行く。


アースドラゴンの尻尾が先程降り注いだ岩に当たると、岩が砕けるのではなく、斬れる。それはもうスッパリと綺麗に。

跳躍していなければ、下半身と上半身に分割されていたところだ。想像するとゾッとする。


「嘘だろ…」


「まるで鋭い刃物ね…」


鍛冶師であるシドルバさえ目を丸くする斬れ味。全身が硬く、尚且つ鋭い刃物のような相手なんて本当に笑えない。


アースドラゴンの初撃によって、俺達の陣形はバラバラ。この状態では互いに援護が出来ない。とにかく、アースドラゴンの動きを一度止めなければ、このままズルズルと相手のペースに持ち込まれてしまう。

聖魂魔法で一気に状況を変えたいのだが…アースドラゴンの警戒心は、完全に俺へ向かっている。この状態で聖魂魔法を発動させようとしても、先程のように邪魔されてしまう。いくら聖魂魔法が魔法陣要らずの魔法でも、即死級の攻撃を前に、悠長に聖魂達とコンタクトを取ってはいられない。


「っ?!」


ザンッ!!


横薙ぎに振り抜かれたアースドラゴンの尻尾は、そのまま軌道を変えてハイネの頭上へと振り下ろされる。


ハイネは即座に横へと回避し攻撃は避けたが、尻尾攻撃が予想より速い。尻尾は結晶に覆われており、それだけで十分に重たいはずなのに、それを感じさせないスピードだ。


ハイネが尻尾攻撃を避けたところで、即座に反撃しようとしたニル。しかし、アースドラゴンは近付こうとしたニルへ視線を送り、その動きを牽制する。


「隙が有りません!」


「何とか立て直すしかないわ!エフ!」


「分かっている!」


視界の取れるハイネとエフが動きを見せる。


「スラたんは暫くシドルバを頼む!」


「任せて!!」


アースドラゴンは、シドルバが非戦闘員だから攻撃しないなんて優しい相手ではない。シドルバの事を誰かが守らなければ、一分も経たずに殺されてしまうだろう。そうならないように、現時点でシドルバを守ってくれているスラたんにそのまま護衛を任せる。

シドルバは、殆どスラたんに引き摺られているような形ではあるが、アースドラゴンの攻撃を回避している。アースドラゴンに集中的に狙われたりしない限りは大丈夫だろう。


「シンヤさん!時間を作るわ!」


「頼む!」


エフとハイネがアースドラゴンへ向かって左右から走り込む。ニルの時と同様に、アースドラゴンは二人に視線を向けるが、二人は構わずに突っ込む。


ブンッ!


「「っ!!」」


ズザァン!


アースドラゴンは、焦った様子も無く、尻尾を一振り。大した動きではないようにさえ見えてしまうが、実際は地面をごっそりと抉る程の威力だ。

ただ、尻尾の動きが速いとは言っても、対処出来ない程のスピードではないのが幸いと言ったところだろうか。

ハイネとエフは、アースドラゴンの尻尾の動きを見て、しっかりと避けている。鈍足でどっしりガッチリタイプのパーティならばこうはいかなかったかもしれないが、俺達のパーティは身軽に動けるタイプばかり。見て避けられる攻撃ならば、大きな問題にはならない。


キィィーーーン……


二人が攻撃を仕掛けると同時に、俺は聖魂魔法を発動させる。


「「はっ!!」」


ガキィン!!


ハイネは深紅の鉤爪で、エフは義手のナイフでアースドラゴンに襲い掛かる。

しかし、そのどちらも、アースドラゴンの翼に防がれてしまう。


両翼を閉じる事により、アースドラゴンは翼の中へ隠れ、攻撃は翼を覆う結晶に当たる。

そこらの鉱物程度ならば、ハイネとエフの攻撃を受け止められる程の硬度は無く、粉々に砕けていたはず。しかしながら、アースドラゴンの表皮を覆い尽くす結晶は、そこらの物ではない。

ハイネの鉤爪も、エフのナイフも、刃先が全く通らず、結晶の表面でピタリと止まってしまった。


「チッ!」


ブワッ!!

「「っ?!!」」


二人の攻撃を受け止めたアースドラゴンは、閉じた両翼を勢い良く開く。すると、それだけでハイネとエフは、まるで紙切れのように吹き飛ばされてしまう。


ガンガンッ!


「「っ!!」」


壁まで吹き飛ばされてしまったハイネとエフは、吹き飛ばされたままに壁へ激突。受身は取れたみたいだが、かなり痛いだろう。

二人の実力はよく知っている。軽く吹き飛ばされた程度で傷を負うような二人ではないのだが…アースドラゴンを前にすると、こちらはまるで赤子のようなもの。軽く触れられただけで大ダメージだ。

しかし…二人のお陰で、俺が聖魂魔法を使う為の僅かな時間が出来た。


「アルセイス!頼む!」


俺の聖魂魔法が発動し、聖魂との繋がりを感じる。


今回力を貸してくれたのは、アルセイス。


アルセイスは、森に住む精霊の一種で、見た目は男性とも女性とも言えない中性的な人型をしている。ただ、普通の人型ではなく、存在が半透明で、向こう側が透けて見える。幽霊にも見えなくはないだろうが、精霊であるが故になのか神聖な雰囲気を漂わせており、間違える事はほぼ無いと言える。

アルセイスは、基本的には森の中に隠れており非常に臆病な性格である為、人の目に触れる事はまず無い。俺達が聖魂達と仲良くなってからも、暫くは姿すら見せてくれなかった程に臆病なのだ。

俺達の場合、他の精霊や聖獣達と仲良くなれた事で、アルセイスも大丈夫だと判断したらしく姿を見せてくれた。

ただ、ベルトニレイ曰く、アルセイスがそんなにも早く人を信用するという事は、稀中の稀。というか初めての事だったらしい。

それ程、アルセイスは臆病な性格という事である。


そんなアルセイスの魔法は、エンドレスフォレスト。名前の通り、無限に…ではないが、大量の樹木を発生させ、その樹木を任意の形に生成する事が可能という魔法である。

効果範囲は百メートルと広いが、攻撃系の魔法ではなく、防御系の魔法である為、相手を殺傷するのは難しい。

勿論、相手を殺傷させるような形に樹木を生成した場合はそれも可能ではあるが、人間相手ならばまだしも、アースドラゴン相手ではあまり意味が無いだろう。少なくとも、ハイネとエフの斬撃より樹木の強度の方が高いという事は無いので、アースドラゴンに傷を負わせる事は無理だ。

樹木に埋め込んで窒息させる…なんて搦手も考えられるが、これもアースドラゴン相手には効果が薄いだろう。

故に、アルセイスの魔法は、アースドラゴンの足止めとして使用するのが最善。


当然、攻撃系統の聖魂魔法を使う事も考えたが、周囲の岩盤が砕け、生き埋めになるのは嫌だし、効くか分からない魔法に命を賭けるのも御免だ。

確実に足止めが出来るように、その特性に振り切ったアルセイスの無法を使う事で、まずはアースドラゴンと距離を置く。それだけを考えた結果である。


「走れ!!」


魔法を発動させたと同時に、俺は皆に向かって叫ぶ。

エンドレスフォレストは、足止めの効果のみで、それもあまり長くはもたないだろう。今はとにかくアースドラゴンから離れる事に集中しなければならない。


ズガガガガガガガガガガ!!


周囲から樹木が生え出して来ると、俺達とアースドラゴンの間に伸び、壁を作るように成長する。


ブンッ!ズバァァン!


その樹木を、アースドラゴンの尻尾が切り裂く。


メキメキメキッ!


しかし、エンドレスフォレストは、それでも勢いを止めず…いや、それまでよりも勢いを増して壁を作り出していく。


「行け!振り向くな!」


「ひぃー!逃げるぞー!」


シドルバは手足を全力で回転させ、前を走るハイネ達の背中を追う。


ズバァァン!!

「グガァァ!!」


俺も振り返り逃げようとした時、もう一度アースドラゴンが生成する樹木を尻尾で薙ぎ払い、樹木の壁に出来た隙間からこちらを覗き込んだ。


アースドラゴンの目だけが見え、その目は俺の事を見下ろしていた。そして、樹木の壁が閉じ切る前に、アースドラゴンは初めて咆哮を放った。


逃げる俺達に対しての怒り…だろうか。

夢に見そうな光景である。


俺はその咆哮を耳にした後、踵を返して皆の後を追う。


「何なのよあの硬さ?!まるで攻撃が通らなかったわよ?!」


「ドラゴン相手に、死ななかった事を喜ぶべきだろう。」


アースドラゴンの硬さを感じたハイネが叫び、エフは冷静に分析する。


エフの言う通り、アースドラゴンの一撃を貰って軽い怪我で済んだのはラッキーだったと言えよう。いや…あれは一撃と言うより、邪魔なものを軽く払われた程度のものだったが…


「急ぐぞ!あの魔法も長くはもたない!」


議論したい気持ちも分からなくはないが、今はとにかく急いで進まなければならない。


「お母様!」


先頭を走るハイネに向け、ピルテが叫び、左手側を人差し指で示す。


「横穴よ!」


「入るぞ!」


「元の道か分からないわよ?!」


「こんな広い場所よりマシだ!」


アースドラゴンは、周囲の岩石を簡単に掘り進めてしまう。それは分かっているが、走り寄って来るより、掘り進める方が時間は掛かる…はずだ。

広い場所ではどこから来るかも分からないし、ハイネ達が視界を取れたとしても、見えない俺達は反応が遅れてしまう。

先程はハイネとエフの機転でどうにかアースドラゴンから離れられたものの、もう一度、俺達がバラバラになって互いに援護が出来ない状態になれば、次こそ生きて出られなくなるかもしれない。

そうならないように、とにかく少しでもアースドラゴンとの遭遇率を下げるしかない。


「分かったわ!入るわよ!」


ハイネもその選択が最善…いや、その選択しかないと分かっているのか、直ぐに横穴へと体を滑り込ませる。


俺達も、その後ろから次々と横穴へ飛び込む。


「ひ…一先ず、アースドラゴンの気配は感じない…わね。」


横穴に飛び込んだ後、ハイネが後ろを見て一つ息を吐く。


「今は離れているだけだ。油断は出来ない。」


「言われなくても分かっているわよ。」


ハイネとエフのやり取りを聞いてから後ろを振り返ると、そこにはただ暗闇が広がるだけ。アースドラゴンの気配は感じない。俺の分かる限りでは…だが。


「取り敢えず、一難は去ったが…この横穴。元の道じゃない気がするのは私だけか?」


そう言って、明かりの灯る魔具が照らすトンネルの先を見るエフ。


正直、俺にはトンネルの見分けなど出来ない。ここが元の道なのかどうか…


「…この横穴は、元のトンネルじゃねぇな。」


俺がトンネルの先を見て考えていると、シドルバが答える。


「俺の知らねぇ道だ。」


「やはりか。どうする?一度戻るか?」


シドルバとエフは、ここが元の道ではないという事に自信を持っているらしい。となると、この道の行き着く先がどうなっているのか分からないという事になる。


「どこに続いているか分からない道を進むのは危険か…」


「いや。恐らく、この道は出口に続いているぞ。」


「分かるのか?」


「おう。こういう場所で迷っちまう事は、俺達ドワーフ族にもよく有る。だから、迷った時に分かるよう、トンネルの魔具は、必ず片側にだけ設置するようにしているんだ。」


言われて思い返してみると、トンネルの中に設置されている明かりは、常に片側だけだった。


「奥に進む道の右側だけに魔具を設置する。そうすると、帰りは必ず左手側に魔具が見えるはず。つまり、俺達が進む先の道を見た時、左手側に魔具が設置されていれば、それは奥ではなく出口に繋がっている証になる。」


これだけ複雑なショルニー鉱山内ともなれば、自分が今どこに居るのかなんて分からなくなって当然と言える。それは、ドワーフ族の者達にとっても同じ事。それを解決する方法は確立されているという事らしい。ドワーフ族…というより、鉱山に入る者達の知恵というところだろう。


俺達が入った横穴が、どこへ続いているのかは分からないが、魔具は左手側に設置されている。

入った者を惑わせようなんて性格の悪い奴が設置したトンネルでないならば、この道は出口に向かって伸びているという事になる。


「運が悪かったりすると、途中で崩落していて通れなかったりする事もあるが、そういうのは稀だ。」


「だとすると…引き返す意味はあまり無いわね。」


「複雑な鉱山だからこそ、どこからでも出口に行けるという事だね。」


「…引き返す危険を取るより、ここは前に進むべきか。エフ。先頭を頼む。」


「了解した。」


「私とピルテで後ろは見ておくわ。と言っても…本当に見ておくだけしか出来ないとは思うけれどね…

あんなの、人にどうこう出来る存在じゃないわ。」


先程、アースドラゴンと一撃を交換したハイネ。その一撃で、自分にはどうする事も出来ない相手なのだと理解した…いや、させられたのだろう。


いつもならば、この辺りでエフが軽口を挟むところだが……エフは黙って前を見ている。相変わらず表情は読み取り辛い。ただ、右手が強く拳を握っており、少しだけ彼女の事が読み取れた。


「行くぞ。ここも安全ではない。」


「…ああ。」


淡々と喋っているように見えるエフだが、恐らく…アースドラゴンは、自分の攻撃が一切通じない相手だと認識し、悔しい気持ちなのだろう。

俺やスラたんは、攻撃さえしていないが、恐らくエフ達と変わらない結果に終わるはず。多少傷を付けられたとしても、かすり傷しか付けられないのではどうする事も出来ない。それを考えると、自分の力だけでどうにも出来ない状況に対して歯痒く思うのはよく分かる。


言葉に出来ない気持ちをそれぞれ抱え、出口に続いているであろうトンネルを進む。


トンネルは右に左に、上に下にと曲がっているものの、確実に上へと向かっている様子で、俺達は一安心していた。今のところ、アースドラゴンの気配も無い。


「も、もうアースドラゴンは諦めたんじゃねぇか?」


シドルバは、ソワソワしながら希望的な発言をする。


「いや。アースドラゴンは、執拗にとまではいかないが、縄張りを荒らした存在を許さない。少なくとも、このショルニー鉱山を出るまでは追ってくるだろうな。」


「そ、そうか……」

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