第687話 大穴

「ここのモンスターが逃げ出したと考えるならば、この先に、逃げ出す元凶となったモンスターが居るかもしれない。どうする?」


「………………」


こういう時の判断は、いつも本当に悩む。

安全を取るならば、ここは一度引き返し、安全が確保されてから再度来るのが良い。

しかし、安全がいつ確保されるのか分からないし、そもそも確保されるのかも分からない。そうなれば、シドルバからの依頼は失敗し、シドルバも仕事が完遂出来ない。

勿論、仕事と命とどちらが大切かと問われれば、今は命と答える。死んでも良いと考えていたあの頃とは違う。


ただ、本当に危険なのか、そういうモンスターが居るのか、それすら確認せずに引き返すというのは…少し臆病過ぎる気もする。


「この先に、モンスター達が逃げ出した元凶となる何かが居る、もしくは有るのかどうか。それを確かめてからでも良い…かもしれないな。」


「今回は随分と自信が無さそうだな?」


俺の言葉に、エフが返す。


「逃げ出したモンスターのランクと、その元凶になったモンスターのランクが分からないからな。俺達で対処出来るモンスターならば引き返す必要は無いが…そうとは限らない。情報が無い状況で判断するのは…」


今まで、何体かのSSランクモンスターは倒したが、えげつない強さのSSランクモンスターの場合、どうする事も出来ずに蹂躙じゅうりんされるという可能性もある。

行けるだろう。なんて呑気のんきな考え方で死ぬ事にならないように考えなければならない。


「確かめるだけならば、私が一人で行くというのはどうだ?」


「………エフだけならば、大抵のモンスターには気配を察知されずに近付けるかもしれないが、そうではない場合の事を考えるならば、一人で行かせるのは危険だろうな。

この先に居るのがモンスターだとするならば、エフの隠密すら見破る個体が居てもおかしくはないからな。」


「その可能性がゼロとは言えないが、これまでここで発見されたモンスターには、あんた達が恐れるようなモンスターはいねぇぞ?」


「シドルバが知らないとしても、そういうモンスターが居るかもしれないだろう?」


「そりゃそうだが…その強さで慎重過ぎないか?いや、護衛してもらっている俺が言うのもおかしな話だが。」


俺達の活躍を見て、それだけ強いのならば、もう少し強引に進んでも良いのではないかとシドルバは考えているのだろう。

しかし、エフの隠密術を見抜くモンスターというのは、間違いなくこの世界には居て、どこで出会うかは分からない。

この先で出会うかもしれないと思えば、慎重にもなるというものだ。そこまで想像する必要など無いのかもしれないが、予想外は出来るだけ避けたい。


「慎重過ぎるくらいの方が良いんだ。」


「慎重だからこそ、そこまで強くなれたって事か?」


「自分が強いとは思わないが、何とかやってこられた理由の一つではあるだろうな。時々ヘマもするが…」


「なるほど。だからこその慎重さなんだな。」


シドルバが納得し、大きく首を縦に振ったところで、俺はエフに向けて頷く。


エフは分かったと軽く頷き返してくれた後、自分が先頭となって先へ進む。


「嫌に静かだが…」


進み始める前からだが、鉱山内で物音一つしないというのは、とても不気味なものだ。

俺のイメージでは、カンカンと岩をツルハシで叩く音や、鉱夫の声が聞こえて来るのが鉱山。このショルニー鉱山の場合、まだ採掘されている鉱山だから尚のことである。

俺達と同じように、鉱山へ足を運んでいるドワーフ達が居てもおかしくはないはずなのに、全く人気が無い。

シドルバや、他の皆も同じ事に気が付いているはずだが…敢えてそれに触れていないように感じる。

ただ単に、タイミングや状況が上手く重なり、鉱山へ来ているドワーフ達と出会っていないだけならば良いのだが…


進む道は水流で削られたであろう、表面がツルツルした暗色の岩で出来たトンネル。


「取り敢えず、私達以外の気配は感じないな。」


「私も同じくね。」


「そろそろ俺達の目的地だ。」


「慎重になり過ぎていただけだったみたいだな。」


「…そうね。」


横に居たハイネと、先頭に居るエフも、俺の言葉に頷いてくれる。


「お!ここだここ!」


先へと進んでいると、シドルバが目を輝かせて横道を示す。


「そんな狭い所に入って行くのか?」


「鉱物が埋まっている場所を掘り出しているからな。中へ入ればそれなりには広いから大丈夫だ。まあ…それなりにだがな。」


奥は暗いのだが、シドルバは躊躇う事無く横穴の中へと足を踏み入れる。一応、エフ達が中に何も居ない事を保証した上ではあるが。


「よっと…」


シドルバに続いて横穴に入るが、中は暗く何も見えない。


直ぐにシドルバが持って来ていた魔具の明かりを灯す。


「おおぉ…これは凄いな…」


シドルバの言っていたように、一応全員が入れる程度の広さが有る亀裂のような場所だ。

そして、シドルバの灯した明かりによって照らし出されたのは、壁面から生えている美しく大きな鉱物の結晶。

しかも一つや二つではない。あちこちに大きな結晶がボコボコと生えており、結晶の無い壁を探す方が難しい程だ。

その上、見えている鉱物の結晶は、ここまでに見てきた物とはまるで違う。赤、青、黄色と多種多様な色をしており、大きさも人の腕程の物ばかり。


「ここは、昔、俺が見付けた場所でな。上質で大きな結晶が手に入るんだ。」


「シドルバが見付けた場所?」


「鉱山の中を探索していたり、採掘していると、亀裂や横穴に出会う事が有ってな。そういう場所を開拓すると、こうやって素材が手に入る事も有るんだ。

ショルニー鉱山の場合、豊富に地下資源が採れるから取り合いになる事もねぇ。ここに来る連中は、全員自分だけの採掘ポイントってのを持っているんだ。」


これが別の種族だったならば、騙して奪ったり、こっそり盗んだりなんて事になりそうなものだが、ドワーフ族間でそのような事は起きないらしい。純粋な種族というのが垣間見える話だ。


「それで、お目当ての物は有るのか?」


「おうよ!これがソフティアイトこっちがミスティライトだ。」


シドルバが指で示してくれたのは、乳白色の結晶と、表面が虹色に光る透明な結晶。


「綺麗な結晶ね。」


「こうして普通に生えていると分からないかもしれねぇが、かなり貴重な鉱物の一つだ。どっちも特殊な加工が必要にはなるが、その分良い物が作れる。

ここまで来るのに、普通はもっとモンスターに手こずって、中には死ぬ奴も居るんだがな。」


「そうならなくて良かったわね?」


「全くその通りだな。俺は運が良い。このタイミングであんた達に出会えたんだからな。」


そう言って、シドルバはニカッと笑ってくれる。


「そう言えば、詳しく聞いていなかったが、その二つは何に使うんだ?」


シドルバが持って来ていた道具を取り出しているところに質問を投げ掛ける。


「ソフティアイトってのは、それ自体が何かの物に変わるわけじゃねぇ。本来加工が難しい素材を加工する為に使う鉱石なんだ。」


「触媒みたいな物って事かな?」


「触媒……ってのを俺は知らねぇが、加工が難しい素材を加工する時に使う補助のアイテムって事だな。」


スラたんの言っている触媒というのは、活性化エネルギーを減少させるというもの。活性化エネルギーとは何ぞ?という話になるのだが……簡単に言えば化学的な反応を普通より容易に進める事が出来るようにする特殊な物という事だ。

加工が困難な素材を柔らかくするという反応は、本来なかなか起きないのだが、ソフティアイトという触媒を使う事によって、その反応を起こし易くするという事だ。


「そんな鉱石も有るんだな。」


ファンデルジュの世界を、生産職として楽しんでいた人達にとっては、喉から手が出る程に欲しい素材だろう。ただ、手に入ったとしても、ドワーフにしか加工出来ないとなると、宝の持ち腐れになってしまうかもしれないが。


「もう一つの、ミスティライトの方は?」


「ミスティライトは、魔力を多く含む鉱石でな。魔石とまではいかないが、それなりに魔法耐性の高い防具なんかが作れる。ただ、今回はそれとは別の特性が欲しくてミスティライトを採取しに来たんだ。」


「別の特性ですか?」


「ああ。このミスティライトは、加工した後も、この虹色の反射光が消えずに残るんだ。防具なんかも微かにだが虹色に光る物が出来る。」


金属光沢とは違う、少し柔らかな虹色の反射。ガラスが割れたりした時に見える虹色の反射に近いだろうか。それが加工品にまで残るという事だろう。


「まあ…見た目が良いってだけの事だが、結構人気が高くてな。祝い事なんかでも使われたりするんだ。」


シドルバの話を聞いて、もう一度鑑定魔法を使ってみると…


【ソフティアイト…ドワーフのみが使えるとされる鉱石。本来加工が難しいと言われる硬度の高い素材を一時的に柔らかくする効果を持っている。但し、ドワーフ族に伝わる特殊な加工法が必須。】


【ミスティライト…ドワーフのみが使えるとされる鉱石。魔力を豊富に含んだ鉱石で、ドワーフ族に伝わる特殊な加工法を用いる事で加工が可能。魔法に対する高い耐性を付与する事が出来る。また、加工しても、陽の光に当たると虹色の光が薄らと見える。】


「なるほど。それで、今回は虹色の光沢が欲しくてミスティライトを手に入れようって事か。」


「そういう事だ。っと…そろそろ俺は採掘を始めるぜ。」


「ああ。引き止めて悪かったな。そうしてくれ。周囲の警戒はしておく。」


「頼むぜ!」


周囲の警戒と言っても、俺達の入って来た入口以外に道は無く、外の通路も広くはない為、警戒すると言う程の事もない。


カーン…カーン…


モンスターが寄って来ないか警戒をしていると、シドルバが採掘を始める。そこそこ大きなツルハシや、ハンマー等を駆使して必要な結晶を掘り出すようだ。

ただ、思いっ切り壁を破壊して取り出すのではなく、結晶の周りを少しだけ砕き、慎重に慎重に掘り進めている。

変に衝撃を与えたりすると、結晶が割れたり、亀裂が入ってしまって使えなくなる可能性が高いからだという話だ。

折角大きな質の良い結晶を見付けても、壁を砕く位置がほんの数ミリズレるだけで使い物にならなくなる…なんて事もままあるらしい。なかなか大変で難しい世界だ。しかも、採掘でここまで技術を要するのに、更にそこから加工で技術が要る。たった一つの物を作るのに、これだけの技術と苦労が必要となる事を知ってしまうと、値段が高いとしても納得してしまうというものだろう。


「よし…これで何とか作れるな…」


「素材は揃ったのか?」


「おう。必要な物は採取出来たぜ。」


シドルバが見せてくれたのは、俺の腕と同じサイズの結晶が二つ。勿論、ソフティアイトとミスティライトだ。

一度全員が横穴の中へ集まり、帰りの陣形等を相談した後、出発の準備を整える。

シドルバの採掘した結晶は、俺がインベントリに入れて持ち帰る事にして、全ての準備が整った。


「結局、何事も無く帰る事が出来そうだな。」


俺達の心配は必要の無いものだったな。とでも言いたそうなシドルバ。

予想よりもモンスターとの対峙が少なかった為、随分と楽に採取まで出来てしまった。


ガゴッ!


「……………何の音だ?」


シドルバの言葉がフラグとなって…というわけではないだろうが、まるでシドルバの言葉を否定するかのようなタイミングで不穏な音が聞こえた。


よく分からなかったが、何やら鈍い音だった。

シドルバの採掘は終了しているし、俺達が何かした時に出た音ではない。


「ハイネ。状況は分かるか?」


「外の方から聞こえて来たという事は間違いないわ。でも、音が反響してどこから聞こえて来たのかは分からないわね。」


「……嫌な感じだな。シドルバの用事も済んだ事だし、さっさと引き上げよう。」


エフやハイネ、ピルテも何が不穏な音の正体なのかは分かっていない様子だ。

ここで敢えて音の原因を探りに行くなんて、ホラー映画の主人公のような事はしない。不穏な音の正体が何かを知りたいとは思わないし。


危険そうな空気を感じ、俺達は直ぐに横穴から出る。


しかし……


「な…何よこれ………」


「どうなってやがる…?」


俺達は、横穴から出て直ぐに、目の前の光景を見て愕然とした。


先程…数分前まで、横穴の外は魔具の明かりが見えるトンネルだったはず。それが、今は全く別の景色となっている。


ポッカリと空いた大きな空間。シドルバが持っている魔具の明かりが無ければ、そこが大きな空洞だという事にすら気が付かないのではないかと思える程の広さだ。

近くの壁や天井、床は、シドルバの持っている魔具の明かりで見えているものの、奥は真っ暗で何も見えない。


「ここは元に戻る道…のはずだよな?」


「私の記憶が正しければ…そのはずよ…」


「………………」


非現実的とも言える状況に、俺達の動きが止まる。

しかし、全員の脳は、状況を理解する為に今まで以上に素早く回転している。


「リッチが出てきたという話が有ったのだし、何かしらの魔法でこうなった…というのは考えられないかしら?」


「地形が変わるような変化を起こす魔法なのに、俺達が気付かなかったというのは考え辛いと思うが…」


「そ、そうよね…」


同じ理由で、物理的に切削されたという可能性も低い。そもそも、俺達が帰りの準備をする為に横穴へ入ったのはたったの数分。それまでは外の道も監視していた。つまり、たったの数分で、振動も物音も立てず、目の前の大穴を掘り抜いたという事になる。そんな事、物理的に不可能だ。


「……いや。この大穴。恐らく随分と昔から有ったようだぞ。」


俺達が頭を働かせていると、横に居たシドルバが、地面に膝を下ろして何かを見ている。


「どういう事だ?」


シドルバが、そう結論付けた理由を知る為に質問すると、シドルバは地面に落ちている石の欠片を拾い上げてこちらへ見せてくる。


「恐らくだが、俺達が通って来た道は、そもそもこの大穴と壁一枚を隔てて通っていたんだ。その壁が無くなった事で、大穴と通路が繋がっちまったんだろう。

この足元に落ちている破片は、元々壁だった物の一部だろうな。」


シドルバが拾い上げた石は、湾曲した板状の形をしている。その破片のような石が連なって、通路を塞ぐように立っていたならば、壁を破壊する事で今の状況を作り出せる。

しかし、こちらにはハイネとピルテが居る。感覚の鋭い二人の耳に聞こえないように壁を破壊する事など出来るとは思えない。


「音が複数に分かれて反響しているから、こんな大穴が真横に在るのに気付けなかったわ…」


「はい…」


「どうしたって無理なものは無理なんだ。気にする必要は無い。それよりも…」


ハイネとピルテの五感とはいえ、万能ではない。気付く事が出来なかったのを責めるつもりなどない。


「出口に向かう事は出来るか…?」


俺達が通って来た道は、壁が破壊されており、更地になっている。どこに元々の道が存在していたのかが分からない。


「方向は分かるし、戻る事は出来るとは思うが……」


「…どうした?」


俺の質問に対して、シドルバは眉間に皺を寄せる。


「……どうにも気になる事が一つ有る。」


「何だ?」


「ここに在ったはずの壁だが…破壊された事よりも、破壊されたのに、落ちている破片が圧倒的に少ねぇ。」


シドルバに言われてみると、確かに破片が少な過ぎる。


いくら薄い壁だったとしても、落ちている破片は小さな物が一つ二つ程度。それでは壁を形成するには全然足りない。


「こんな石の破片を欲しがる奴なんて、俺達ドワーフにも、他の種族にも居ねぇ。壁を破壊して石を持ち去るなんて事をしたのは、少なくとも俺達のような存在じゃねぇって事だ。」


「モンスター……って事だよな?」


「俺の予想ではな。だが…岩を持ち帰るモンスターなんざ聞いた事がねぇ。ゴブリンが道具に使う時くらいのものだ。それでも、一つか二つで足りる。

音もなく、しかもこの量の岩を消すモンスターと言われても…俺には思い付かねぇな。」


「……確かにそんなモンスターの話は聞いた事が無いな。いや…ロックスライムなら可能か?」


「壁を溶かす事自体は出来ると思うけど、数分でこの量の壁を溶かすとなると……数百体単位で居ないと無理だろうね。」


「それだけ数が居て、私達が気付かないという事は無い…と思うわ。」


「スライムの可能性もゼロではないと思うけど、違うモンスターの可能性が高いかな。」


「…そうなると、未知のモンスターだと考えた方が良さそうか…」


「知らないモンスターと出会いたくはないわ。道が無くなっても、出口が無くなったわけじゃないのだから、そのモンスターに気付かれる前に早く出ましょう。」


「ああ。それもそうだ」

ガゴッ!


静かにその場を離れようとしたところで、またあの音が聞こえて来る。


「「「「…………………」」」」


出口へ向かおうとしていた俺達は、その音で足を止める。

先程は横穴の中に居てあまり聞き取れなかったが、今度はしっかりと聞こえた。


そして、その音が、自然の出す音ではなく、何かしらの生き物が出している音だと直ぐに分かった。


音としては、重たい岩がぶつかり合うような鈍い音だ。

しかし、落石や壁の崩れるような音とはまるで違う。

誰かが重たい岩を、岩の上に置いた時のような音だった。

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