第686話 ショルニー鉱山 (3)

ピルテが俺の事を参考にしたいというのは、本当に嬉しい事だ。だが…


「参考になるなら好きにしてくれ。ただ…吸血鬼族には吸血鬼族のやり方が有るだろうし、ハイネのやり方を学んだ方が良いんじゃないか?」


「お母様からも勿論学んでいますよ。ただ、色々な事を知って、私なりの答えを出したい…と思っているのです。」


「…そうか。そう思っているなら俺からは何も言わないさ。ピルテの好きなようにやると良い。」


「はい!」


ピルテがこうして自分の意志を強く出すのは珍しい。それだけ本気でやりたい事なのだろう。それならば、好きにさせてやる以外の選択肢は無い。


「まあ…何も起きず、このまま無事に帰る事が出来るのが一番良いんだがな。」


「それはそうですが……」


ピルテが含みの有る表情で俺の方を見る。


「な、何だ?」


「こういう時に何かが起きてしまうというのが、シンヤさんの特性な気がしますよね…?」


「何その嫌な特性?!とてつもなく要らないデバフだな?!しかも永続!」


物凄く否定したいのだが、ピルテの言っている事が間違っていると言い切れないのが悲しい…


「ご主人様は、危険に愛されているのでは…と思う時が有りますからね。」


「ニルまで?!悲しい事言わないでくれよー…」


「ふふふ。」


今は笑い事で済んでいるが、トラブルに巻き込まれる事は多いし、その時は笑い事ではなくなる。そうなった時の為に、今のうちに笑っておくか…?

というのは冗談で、その後俺達三人は休息を取り、モンスターの襲撃も無く出発の時となる。


「このヘイタイトという鉱物は凄いものだな。この辺りに来てからモンスターの気配が全く無い。持って帰る事は出来ないのか?」


エフは、モンスターの気配が無いと判断してシドルバに鉱物の話をする。


「持っ帰る事は出来るぜ。ただ、こいつの効果はそこまで強いものじゃねぇ。持って帰ったとしても、冒険者が持ち歩くような代物じゃねぇぞ。」


「そうなのか?」


「この辺りに生息しているモンスターは弱い部類だからな。弱いモンスターならば、ヘイタイトだけでもそれなりに効果は有るが、強いモンスターになるとヘイタイトの効果など無視して襲って来る種も多い。

それに、定期的に魔力を通してやらないと効果が弱まるという事が分かっている。」


「ただでさえ弱いのに、更に弱くなるとなると、効果が無いに等しいのでは?」


「そういうこった。ある程度強い連中ならば、持っていても意味の無い代物だって事だな。」


流石…と言うべきか、鉱石に対する知識は、ドワーフの嗜みみたいなものなのだろうか。エフの疑問にスラスラと答えるシドルバ。


「定期的に魔力を送り込む必要が有るという事は、埋まっているヘイタイトは、いつか効果を失うのか?」


俺もシドルバの話が気になり、質問を重ねてみる。


「いつかは無くなるかもな。

ただ、そもそもヘイタイトって鉱物は、魔力の少し濃い地層に出来ると考えられている。故に、その地層の魔力が枯渇しない限りは、効果を失う事は無いぞ。」


シドルバの話からすると、出来上がったヘイタイトが、地中でその効果を失うというのは、まず起こらない話なのだろう。


魔力という力については、あまり自信を持って詳しいとは言えないし、地中における魔力の挙動なんて分からない。

どのように魔力が行き来しているのかや、魔力の溜まる仕組みとかも分からない為、地層から魔力が抜け切るというのが普通は有り得ない事なのかどうかも分からない。

ただ、シドルバの話を聞いた時の印象としては、魔力を引き寄せる何か…例えば鉱物が存在し、それが地中に埋まっている事で魔力を周囲から引き寄せ、ヘイタイトが常に魔力豊富な状態を維持しているのではないだろうか。

魔力はこの世界全ての場所に存在する…言わば空気のような物。特定の座標において、魔力が少しだけ密になっていたとしても、それを補うように周囲から魔力が移動してくるだけなのだろう。要するに、この世界から魔力が無くならない限り、地層から魔力が枯渇するという事は有り得ない。


「周囲から魔力を集める鉱物ってのは有るのか?」


頭の中で組み立てたロジックを証明する為に、俺はシドルバに聞いてみる。


「有る…と言われているが、俺達にはよく分からねぇ。」


「分からない?」


「魔力とか魔法ってのは俺達の専門外だからな。何となく経験でこういう鉱物の有る地層には魔力が多い気がする…というのは分かるが、それが正解なのかは分からねぇ。そういうのは魔女族の専門だ。」


「なるほど…」


ものづくりに関する事ならば、ほぼ何にでも答えられるドワーフ族だが、魔力や魔法についての原理的な話になると弱いという事らしい。

シドルバの言う経験からというのも重要な話だとは思うが、その先の原理や法則については、魔女族の方が詳しいのだろう。


「ヘイタイトを武器や防具に使ったりはしないのか?」


「まず無いな。ヘイタイトのような鉱物を使うと、魔法を扱える者で、且つ魔力が多い者でなければ扱えなくなる。そういう相手を選ぶ武器や防具ってのは、依頼でも無い限り作らねぇ。作ったとしても売れねぇからな。」


エフの義手のように、相手を選ぶ装備という話だろう。

刀、直剣使いの俺が、イベント報酬で弓を貰った…的な話に近いだろうか。作ったとしても、商品棚から装備が無くならないという事になると、作る意味が無くなってしまう。


「装備は誰かが使ってこその物だ。飾りで置いておく物じゃねぇからな。

っと…それどころじゃねぇな。そろそろヘイタイトの効果範囲外に出るぞ。」


シドルバが注意を促し、ハイネと俺、ピルテとスラたん、そしてニルとエフの三組に別れて警戒と護衛を行う。


その後、鉱山内を進んで行くが、モンスターの強さは変わらず、苦労という苦労も無く目的地へと近付いていく。


そのまま何も起きる事無く、目的を達成しザザガンベルへ戻れた……と言いたいところだが…全体の三分の二を行った所で事は起きた。


「あー…クソ。この道はダメか…」


俺達の進んでいたトンネルの中。足元から天井へゴツゴツとした岩が積み上げられており、先へ進む隙間が存在しない。

壁部分が崩れ、行く手を阻んでいるのだ。


「こいつはダメだな。完全に塞がってるぜ。」


「岩を退けて進めないのですか?」


「無理だな。これは自然に起きたものだ。という事は、この周辺の壁自体が脆い事になる。下手に岩を崩せば、この辺りの壁や天井が一気に崩れて来るかもしれない。

補強をして…ってのも可能だが、時間が掛かり過ぎる。素直に別の道を進んだ方が良いだろう。

ここより安全性は落ちるが、他にも道はいくつも有る。危険を承知でここを通るのは、流石に無謀というものだぞ。」


「この道でなけれぼならないという話ではないのだから、別の道を行きましょう。それに、ここにずっと立ち止まっているのも危険だわ。」


「シドルバの言う通りだとしたならば、ここもいつ崩れるか分からないからな…

よし。シドルバ。別の道を教えてくれ。」


「ああ。少し戻る事になるが、道案内は任せてくれ。」


予想外の事が起きるのはいつもの事。俺達は落ち着いて次の行動を決め、来た道を少しばかり戻る。


「こっちだ。」


シドルバが示してくれた別の道の先には、狭いトンネルではなく、かなり広い道。いや、道という言葉で表すのは間違っている気もする場所が在った。


「まさか…あの丘みたいな山の中に、こんな場所が在るなんて思っていなかったよ…」


「綺麗です……」


スラたんが目の前の光景を見て、驚きの表情を浮かべる。

ニル、ピルテ、ハイネは目を輝かせてウットリ。


狭かったトンネルを少し戻り、俺達は別の、少しだけ広いトンネルを数メートル進んだ。すると、そこには大きな空洞が現れる。


その大きな空洞部分には、ドワーフ達が取り付けたであろう魔具の明かりが点々と続いており、その光が地面を照らしている。

そして、その地面なのだが、段々になっており、緩やかに下へと向かって伸びている。

見た目で言うならば、元の世界、中国に在る絶景の一つ、九寨溝・黄龍が一番近いだろうか。ただ、黄龍とは違い、こちらには水は無く、その代わりに地面の表面がキラキラと光っている。

キラキラの原因は、地面の表面に鉱物の小さな結晶が顔を出している事により、魔具の光を反射して光っているからである。

そして、空洞の壁面、天井部もキラキラ光っている。

所々に、大きく透明な結晶が生えており、宝石箱の中に入ったかのような美しさである。

しかも、その空洞が下へ向かって渦を巻くような形で続いている。

真っ暗な地下で見られる光景としては、最上級のものではないだろうか。


「これは凄いな…」


「昔、ここには地下水が溜まっていたんだ。それが枯渇して、この空洞だけが残った…と言われている。

水の中に溶け出した鉱物の成分が、水の枯渇と共に空洞の表面で結晶化して、この光景を作り上げたんだ。

ここに見えている鉱物は、素材としては使えない物ばかりだから、そのまま採られずに残っているんだな。」


「そうでなかったとしても、是非このまま残しておいて欲しい光景ね。」


「はい。とても綺麗な場所です。」


空洞の中を照らしている光が魔具の小さな光だからこそなのかもしれないが、とても幻想的な光景に見える。


「こういった景色は、そう珍しいもんじゃねぇ。特にこの地域では、地下資源が豊富だからな。」


空洞内部に結晶化するという事は、それだけ鉱石の元となる成分が豊富に含まれているという事だ。他の地域でも見られる光景なのかもしれないが、恐らくかなり珍しい光景だろう。それを珍しくないと言えるのは、ここがそういう場所だからに違いない。


「こういう鉱物を採取して、宝石に加工したりはしないのか?」


「勿論可能だが、この辺りに有る鉱石は、殆どがカルサイトでな。脆くて装飾品には使い辛いんだ。」


カルサイト。これは元の世界にも存在する鉱石の名だ。


方解石とも呼ばれる鉱物で……って、鑑定魔法を使った方が早いだろう。


【カルサイト…別名方解石。一般的な鉱物で、脆く傷つき易い。基本は透明な鉱石だが、不純物によって多様な色を呈する。】


加工されて宝石としても使えなくはない鉱物だが、他の鉱物も採れるこの場所で、敢えてカルサイトを使った装飾品を作ろうとする者は少ないだろう。

余談ではあるが、カルサイトの結晶は、複屈折を持っている事で有名である。簡単に言うと、カルサイトの結晶を通してものを見ると、ものが二重になって見えるという特殊な結晶である。


「しかし、気を付けてくれ。この空洞は広くてモンスターも多く行き来する。このまま下に向かって歩いて行くんだが、モンスターとの遭遇は格段に増えるぞ。」


「モンスターの種類が変わらないのなら、そう気にする必要は無いと思うわよ?」


「いや、残念ながらここからはそうもいかねぇ。」


ハイネの言葉に、シドルバが眉を寄せながら返す。


「この空洞は、螺旋状に下へと伸びている。深さはそれ程無いが、この辺りの道が集合する地点になっているんだ。」


「元々地下水が溜まっていたって話だし、水の通り道がいくつも在ったのが、そのままトンネルとして残ったって感じかな…?」


「その通りだ。このショルニー鉱山の道は、その多くが元々水道だったものを利用して作られている。全部の道を埋めるわけにもいかねぇし、モンスターも行ったり来たりしやがる。

奥から伸びている道も有るから、たまに予期していないモンスターが現れたりもするんだ。」


「予期していないモンスター…?」


「リッチが出てきたという話を一度聞いた事が有る。」


「リッチか…」


アンデッド系のSランクモンスターであるリッチ。

上級魔法を初級魔法のように連射する危険なモンスターである。

正直、こういう閉鎖された空間では出会いたくないモンスターの一種である。


「話は聞いたが、そう何体も出て来るというわけじゃねぇがな。

過去にそういうモンスターも出て来た事が有るって話だ。」


「リッチ…かぁ…」


霊的なモンスターを苦手とするスラたんは、嫌そうな顔をしている。


「出会いたくはないモンスターではあるが、対処出来ない相手ではないし、この広さならば、多少の魔法で周囲が崩れる事も無いだろう。

予定していた道が使えないとなると、この道を行くしかないんだよな?」


「他にも道は在るが、ここより危険だ。」


「だとすると、ここを行くしかないな。

全員で警戒しつつ進むぞ。」


先程までと違い、進む道は広く警戒しなければならない範囲が広い。その為、先行偵察はエフに任せて、残りは全員で固まって進む。

最初は暗闇の中で意思疎通が出来るハイネとピルテに任せようと思っていたのだが、相手に気付かれる事無く情報を得られるエフの方が適任だろうという事になった。


「一人で大丈夫なのか?」


「任せておけ。危険だと判断したならば、直ぐに逃げる。」


エフは自信が有るのか、ハッキリと答えて頷く。


「それならば頼んだ。」


「ああ。」


エフは一度大きく頷き、俺達から離れる。


「さてと……進むとするか。」


今のところ、モンスターの気配は感じられないが、シドルバの話からモンスターの出現は間違いない。来ると分かっているのであれば、心構えも出来るというものだ。


「先程まではとても綺麗な景色だと思っていたのですが、こうしていると、どうにも静けさが不気味に感じてしまいますね…」


進み始めて直ぐに、ピルテがやけに静かな空洞を見回して言う。


「や、止めてよ…そういう事を言うと、余計に不気味に感じてしまうよ…」


スラたんは、ポツポツと壁に掛けられている魔具の光を見ながら身震いする。


俺達の歩く足音が、空洞内を反響しながら遠ざかって行く。それを聞くと、俺も少し不気味な気がしてしまう。


「アンデッド系だけは止めて…アンデッド系だけは止めて…」


スラたんが小さな声でブツブツと呟く声を聞きながら、ゆっくりと下へと進んで行くと、数分後……


「シドルバ。このまま下へ向かって行けば良いのか?」


「ああ。そろそろ下に辿り着くはずだ。そこから横穴に入って少し進んだ先が目的地になっている。」


「分かった。しかし……」


シドルバの話では、モンスターの数が増え、襲ってくるだろうという事だったのだが、下へ向かって進んでからは一度もモンスターを見ていない。

エフがモンスターを狩っているわけではない。


単純にモンスターが現れていないのである。


その証拠に、俺達が空洞の下へ辿り着いた時、エフが空洞の底にただ立っていた。


「エフ。モンスターは一体も…?」


「ああ。一体も現れなかった。」


「…運が良かった…という事か?」


「いや。ここを見てみろ。」


エフが立っていた場所、その足元を指で示す。


そこへ近寄って地面を見ると……特に何も無い。


「……??」


「もっとよく見るんだ。」


そう言ってエフが地面を見下ろす。


エフがそこまで言うのならば何か有るのだろうと俺はじっくり地面を見る。

ニルも何が有るのかと、俺の横へ来て地面を覗き込む。


「……傷…ですか?」


地面には、よく見えない程薄くだが、確かに何かで引っ掻いたような傷が残っている。


「確かに薄らと見えるな。これは?」


「恐らく、何かのモンスターが付けた傷だ。」


「モンスターが?」


「爪なのか外皮なのか…とにかく、ここにモンスターが居たのは間違いない。傷を見るに、削れた部分はかなり綺麗だし、新しいものだろう。つまり、ごく最近まではここにモンスターが居たという事だ。」


「だとしたら、モンスターがまたここに来るかもしれない…?」


「いや。違う。」


エフの言いたい事が分からず、俺達は困惑してしまう。


「シンヤ達が下りて来るまでに、この辺りをある程度調べてみたら、こんな傷が無数に付いていた。深さや長さ等がそれぞれ違う事から考えると、ここにはこの傷を残したモンスターが何体も居ただろうと考えられる。

しかも、傷の表面が風化しているものも有った。つまり、恐らくここは、そのモンスター達のねぐらだったのだろう。」


「…それが間違いないのであれば、そのモンスター達はどこへ行ってしまったのでしょうか…?」


ニルは地面に付けられている傷を見て言う。


「そこまでは分かりません…が…死骸や戦闘跡が無い事から見るに、生存競争に負けたのではなく、自らの意思でここから離れたという事になります。」


「自らの意思で……嫌な予感がしますね。前にも何度かこういう事を経験しましたが…」


「こういう時は……強敵が現れているからな。」


モンスターが塒を捨てて去るなんて、普通起きない事だ。それが起きたという事は、何かから逃げる為だと考えるのが妥当。その何かというのは、別の強いモンスターである事が多い。


「本当に……俺は呪われているのではないかと疑いそうになるな…」


ピルテが言っていたように、俺はトラブルに巻き込まれる体質らしい。極めて遺憾な事だが…

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