第685話 ショルニー鉱山 (2)
俺達は、ショルニー鉱山の中をシドルバの案内によって進む。
どのトンネルにも、魔具の明かりが灯っており、暗いという事はなく、足元もよく見えている。
「随分と整備されているのね?」
「鉱山は俺達ドワーフにとっての生命線みたいなものだからな。現地はしっかり整えるさ。」
「そういうものなのね。」
「そういうものだ。」
俺も鉱山やドワーフ族について詳しいというわけではないが、ドワーフ族と言われると、火と土の民…的なイメージだ。そのイメージ通り、彼等にとって鉱山というのはとても大切な場所らしい。
日本の観光で行く鍾乳洞等と比べてしまうと、整備されているとは言えないかもしれないが、これまで見てきた山々と比べてみると、明かりが有って、ある程度歩き易いように地面を削って平たくしているだけで驚きだ。
鉱山内を進行する陣形としては、ピルテ、スラたん、エフが少し距離を取ってくれており、俺、ハイネ、ニルはシドルバに同行している状態だ。
「シドルバが手に入れたいソフティアイトとミスティライトってのは?」
「その二つはまだまだ奥に入らないとだな。一応、この辺りでも採れない事はないんだが、質の良い物となると、この辺りには残っていない。」
「なるほど……」
シドルバの案内を受けつつ先へと進んでいるが、トンネルの壁面には小さな鉱物や、金属らしき物がチラホラ見える。
これまでに見てきた山々にも、無いという事はなかったが、ショルニー鉱山は圧倒的に鉱物等を目にする回数が多い。シドルバが言っていたように、この辺りは、地下資源が豊富らしい。
鑑定魔法を使うと、ライティウム、ヒーティウム、
シドルバの言う通り、ソフティアイトとミスティライトの表記もいくつか見えるが、どれも小さく、爪の先程の大きさしかない。
「先程説明したように、ここからは少しトンネルが複雑になる。狭くもなるから気を付けてくれ。」
「モンスターもこの辺りから出てくるんだったな。警戒して行こう。」
「はい。」
鉱山に入って直ぐの場所は、人が入る時は必ず通る場所だからなのかモンスターの気配は無かった。
しかし、一歩トンネルを進む度に、人が立入る気配というものから一気に遠ざかっていくのを感じていた。
その感覚は間違っていなかったらしく、数十メートル歩いたところで、モンスターを警戒するように言われる。
「シンヤ君!モンスターの気配!」
前の方からはスラたんの声。
「対処出来るか?!」
「うん!大丈夫!そんなに強いモンスターは居ないみたい!」
鉱山までの道程が危険だと言っていたように、鉱山内に出現するモンスターはどれもランクの低いモンスターばかり。鉱山内にヤバいモンスターは居ない様子だ。今のところは…ではあるが。
「無理はするなよ!」
「うん!分かってるよ!」
鉱山の中を進む間、スラたん、ピルテ、エフが周囲のモンスターを討伐してくれている為、俺、ニル、ハイネは戦闘に参加していない。強敵となるモンスターが居るならば、当然俺達も参戦するのだが…現れたモンスター達は、尽くスラたん達が処理しているので、俺達に出来る事は何も無かったりする。
中でも特に、エフの活躍が凄い。
モンスターの気配を感じ取ると、スッと気配を消して闇に紛れ、そのままモンスターを狩ってしまうのである。
野生のモンスターとなれば、人よりずっと鋭敏な感覚を持っているはずなのに、全く気付かれずに暗殺してしまうのだ。
狭く暗い場所と聞くと、どうにも嫌なイメージしか湧かないものだが、エフにとっては絶好の狩場と言ったところだろうか。魔法も使わず、隠密術だけでモンスターを翻弄するのは、見ていて実に清々しい。しかし、それと同時に恐ろしくもある。エフという名が、F部隊から来ているという事は、このレベルの者がまだ何人も黒犬には居るという事になる。これから魔族と事を構えるかもしれないという状況なのだが…大丈夫だろうか…?と心配になってしまう。心配したところで、状況が良くなるわけではないのだが…
そんな事を考えながら、俺達は順調に先へと進み、十分程が経過。
「ショルニー鉱山を、ここまで安全に歩いたのは生まれて初めてだぜ…モンスターとの戦闘が一度も無くここまで来ちまうとはな…」
スラたん、エフ、ピルテが危険を未然に防いでくれたお陰で、俺達はすんなりと移動中だ。先にシドルバが説明してくれていた道程はまだ有るが、既にその三分の一は消費している。
先へと進む道程は、上下しているし、狭いし、凸凹していて歩き難いしで、平地よりずっと歩みは遅い。それでも、鉱山全体の大きさがそこまで大きくはないからか、かなり進めている印象だ。
「ここらで一度休憩だ。」
「シドルバが言っていた、モンスターの寄り付かない場所か?」
このショルニー鉱山には、いくつかモンスターの寄り付かない安全地帯のような場所が存在するらしい。これは事前に聞いていた事で、モンスターが嫌う鉱物が多く含まれる地層が近くに有るのだとか。
鉱物の名前はヘイタイト。鑑定魔法の結果は…
【ヘイタイト…モンスターが嫌う鉱物。嫌うだけで特別な効果は無い。希少ではないが一般的でもない。】
というもの。
モンスターが寄り付かないと言うよりは、寄り付き難いというだけの事で、信用し過ぎるのは良くないという事だろう。
因みに、見た目にはどれがヘイタイトなる鉱物なのかは分からない。
鑑定魔法を使ったり、ヘイタイトを知っている者が見れば分かるが、他の石や土に紛れていると見分けるのが難しい。
「そうだ。ここならば少しは安心して休めるだろう。ずっとぶっ通しで進んで来たから、ここらで休んだ方が良いんじゃないか?」
「それもそうだな。」
旅をしていると、モンスターの危険が有る場所を通るのは日常茶飯事。安全の確保されていない場所で寝入ってしまうと、次の朝は迎えられない。
そうならないように、徹夜する事もしばしば。故に、俺達はこういう状況に慣れているし、現状、疲れてはいないが…ここはシドルバを休ませるべきだろう。
彼も職人として徹夜の一日や二日くらい余裕かもしれないが、鍛冶で徹夜するのと、モンスターの危険に晒されながら徹夜するのでは色々と違うもの。緊張で強ばった体は、かなり疲れているはずだ。
「ハイネ達は休んでくれ。俺達で警戒をしておく。」
「私はまだまだ平気だぞ。」
エフにとって、こういう状態で徹夜するというのは珍しい事ではないのだろう。強がりとかではなく、本当に平気そうな顔をしている。
「だとしても、鉱山に入ってから三人に戦闘を任せっきりだったから休んでくれ。」
「そうですよ。休む時は休まないと、ここぞという時に力を発揮出来ないかもしれません。」
ニルもエフに休むよう促してくれる。
「ニル様がそう仰られるのであれば…」
やはり、ニルの言う事は素直に聞いてくれるエフ。
エフの生い立ちのせいなのか、彼女は常に気を張っている。休む時は休む…なんて甘い世界ではなかったのだろう。
だが、それは黒犬としての彼女に必要な事であり、俺達の前ではそんな事をする必要はない。
ニルの言ったように、休む時は休む。これも大切な事だ。
休憩する場所は、そう広いスペースではなく、横になれるスペースは確保出来るかな…程度の広さだ。それでも、横になって落ち着けるならば、それで十分だ。
シドルバとスラたん達を先に休ませ、俺、ピルテ、ニルで周囲の警戒を行う。と言っても……警戒はしているが、ヘイタイトの影響が有るからか、モンスターの気配は無い。
「このショルニー鉱山は、外から見るより広いのですね。」
ニルも近くにはモンスターが居ないと判断したのか、声を抑えて話し掛けて来る。俺も、声を抑えてそれに答える。
「だな。複雑過ぎて全体像は掴めないが、下に向かってトンネルが伸びている感じだな。」
ショルニー鉱山へ入ってからずっと、トンネルが僅かに下へと傾いている。どれだけ下へ進んだのかは分からないが、下へ向かっているのは間違いないだろう。
「何故鉱山というのは、下へ向かいたがるのでしょうか?下へ行く程危険になるというのに…」
ニルは、俺が地下で崩落に巻き込まれた時の事を思い出しているのだろうか。胸の辺りをギュッと握り締めて言葉を放つ。
「鉱物や金属は地面の中に埋まっている物だからな。地表で探し回っているだけでは見付からないとなれば、地面を掘るのは道理だろう。
それに、鉱物は地面の重み、つまり圧力を受けて溶岩がゆっくり冷えると出来る事が多いらしい。そう考えると、より深く、つまりより圧力の掛かる地下深くの方が鉱物を含んだ地層が有る確率は高い。」
「必要な物を手に入れようとするならば、それなりの苦労が必要…という事でしょうか…?」
「簡単に手に入る物ならば、敢えて探す必要も無いからな。手に入り辛いからこそ、必要とされるんだろうな。」
レアアイテムを手に入れるには、それなりの苦労が必要という事だ。ゲーマーとしては当然というか、最早疑問にすら思わない。
「…………」
俺の答えを聞いたニルは、少しだけ不安そうな顔をする。
俺達は、色々な事を経験し、力を身に付けた。それでも、抗えない事は多々有る。そういう事が降り掛かる恐怖を、ニルは感じているのだと思う。
「大丈夫だ。」
俺はポンポンとニルの頭を撫でる。
しかし、ニルはいつものように擽ったそうに笑ってはくれず、不安げな眼差しで俺を見上げる。
俺は、そんなニルに笑い掛ける。
根拠の無い『大丈夫』ではない。
スラたん、ハイネ、ピルテ、エフ……そしてニル。
皆が居てくれるならば、大抵の事はどうにかなる。
実際に、盗賊団との戦いも、俺達で何とかなった。ニルの心配や恐怖、不安も分かる。だが、困難な事も乗り越えられるであろうメンバーが揃っているのだ。
まあ…ニルが不安に思っているのはそういう事ではないだろうが、ニルの事は俺が、俺の事はニルが守る。それだけで心強く、大丈夫だと心の底から言う事が出来る。
「…ふふふ。分かりました。」
不安そうだったはずのニルが、突然笑い出す。
「何で笑うんだ?俺、そんなに変な事言ったか…?」
「ふふ。いえ、ご主人様を笑ったわけではありませんよ。ご主人様にそう言われると、どんな事が起きても大丈夫…という気持ちになりますので、不思議だなと思いまして。」
本当に安心しているのか、ニルは不安を一切感じさせない綺麗な笑顔で言ってくれる。
「ああ。大丈夫だ。だから安心してくれ。」
「ふふふ。はい!」
もう一度ニルの頭をポンポンと撫でると、ニルはいつも以上に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「あのー…」
俺とニルが話をしていると、そこへピルテが申し訳なさそうに近付いてくる。
別に申し訳なく思う必要など無いのだが…
「どうした?モンスターか?」
「い、いえ。モンスターの気配は有りません。静かなものです。」
「そうか。」
思わず戦闘態勢を取ろうとした俺とニルに、ピルテがブンブンと両手を振って止める。
「モンスターではないなら…どうしたんだ?」
「えっと…ここから先の事を相談しておきたくてですね…」
相変わらず居心地悪そうに話すピルテ。そんなに俺とニルは近付くなオーラを出していたのだろうか…?全くそんなつもりはなかったのだが…
「それもそうだな。一応シドルバに話を聞いたとは言っても、その通りに状況が進むとは限らないからな。」
「はい。特に、こういった場所では、普段出会わないようなモンスターに出会ったりする事も有ります。私達の知っているモンスターが全てではありませんから、何が起こるか分かりません。」
「その通りだな。」
前のピルテならば、きっとこんな提案はしなかっただろう。
ニルと出会い、色々な事を学び、彼女も少しずつ変わっている。こうして提案してくるのも、ピルテが変わってくれたお陰だろう。
「ただ、今のところモンスターが障害になるような事は無さそうに感じます。なので、一先ず偵察は二人ずつにして、三交替にした方が良いのではないでしょうか?
シドルバさんの話では、こういう安全地帯のような場所は、定期的に有るわけではないという事ですし。休める人は休めるような体制の方が良いかと。」
ピルテの提案は、俺も考えていた事だ。
三人ずつで分かれた構成は、事前にショルニー鉱山の情報を得られていたとはいえ、初めて入る場所だったからだ。実際に目で見て確認しなければ、確実とは言えない。つまり、念を入れての構成だったのである。
二人ずつで分かれる事が出来れば、二人が偵察、二人はシドルバの護衛、二人は休むというサイクルが出来る。休むとは言っても結局は歩いてトンネルを進むのだから、完全な休憩とは違うが、気を緩められる時間が有るのと無いのとでは疲労の蓄積に大きな差が出来る。
「そうだな。ここでの休憩を終えた後は、二人ずつに分かれて交代していこうか。」
「はい。」
「だが、先程言っていたように、知らないモンスターや、予測していない事が起きた時はどうする?」
俺がピルテと話し合っている時、大抵はニルも話に入って来るのだが、今回は一切口を開こうとしていない。
「そうですね……もしも、不測の事態が起きた時に、どのようにして合図するかも決めておいた方が良いかと思います。
ここは地下のトンネル内ですし、大きな音や衝撃は危険だとお思いますので、下手に叫んだりは良くないかと。」
ピルテの言葉を聞いて、ニルは小さく頷いている。
ピルテが変わった事をニルも感じ取って、下手に口を出さないようにしているらしい。
「だとしたら、どんな合図が良いと思う?」
「私かお母様ならば、これだけ閉鎖的な空間であれば、小さな音でも聞く事が出来ます。私とお母様を別のグループに分け、どちらかの合図でどちらかが気付けるようにしておけば良いかと思います。」
「なるほど。吸血鬼族ならではの考え方だな。」
人族でも、トンネル内の音ならば、大体聞き取れるだろうが、吸血鬼族の五感の凄さはよく分かっている。俺達が聞き取れない音で意思疎通出来るならば、敢えて他の方法を探すより簡単で確実だろう。
「分かった。ハイネと俺。ピルテとスラたん。エフとニルの構成にしよう。エフならば上手く合図も送ってくれるだろうからな。」
三組に分けると、ピルテとハイネの二人が揃ってしまうタイミングが存在する。しかし、そこは闇を味方に付けているエフが上手くやってくれるはずだ。
「色々と考えてくれて助かるよ。ありがとう。」
「いえ。私の考えている事なんて、シンヤさんは既に考えていましたよね?」
「いや、そんな事は…」
「ふふふ。シンヤさんはお優しいですね。
ですが、良いんですよ。私のこれは練習みたいなものですから。」
「練習…?」
「いつもシンヤさんが私達に指示を出して下さるのを見ていて、よく考えられた指示であると感じていました。
私も前は部下を持つ身でしたが、ここまで考えられていたかと聞かれると……」
「いやいや。そんなに褒められるようなものじゃないぞ。俺の場合、独学みたいなものだからな…」
元々はソロプレイで鬼畜ゲーをやっていた身なのだから、指示を出す事に慣れていたわけではない。
ファンデルジュを長くやっていたし、こういう時はこうする、こうなったらこうする、みたいなものは頭の中に有った。だが、それを言葉にして指示として他人に伝えるのは難しかった。
ファンデルジュ内でパーティプレイをする事も稀に有ったが、その時だって指示を出すのは俺ではなかったし。
まあ…一度も経験が無いとは言わない。初心者の人達や、まだ装備の揃っていないバーティの人達に指示を出してコツを教えたりもした事が有るし、レイドでの指示出し役の事を見たりはしたから、大体どんな感じなのかは知っていた。
ただ、実際に指示を出して動いてもらうというのを本格的にやり始めたのはニルが初めてだ。
故に、俺もニルへ指示を出す時は、本当に良いのかよく考える。
俺の指示でニルが怪我をしたら自分を責めるし、二度とそんな事が無いようにと対策する。それが結果的に良い方向に向かってくれているだけだ。
つまり、誰かに習ったわけではなく、こうしたら良いのではと自分なりに考えた結果…つまり独学なのだ。
ピルテが俺を手本にして練習するとなると、それが本当に良い事なのかは
「ですが、私達は死ぬ事無く、盗賊との戦闘を生き残る事が出来ました。」
「あれは皆が頑張ってくれたからであってだな…」
「お母様が、力を持った者が居たとしても、それを最大限に活かせる指示が出来なければ、その者の力は半分も発揮されないと言っていました。」
「……………」
「お母様も指示を出す側の立場だったので、シンヤさんの指示を聞いて勉強になると。」
「お、おぅ…」
ベタ褒めされると、背中がむず痒くなってくる。
「ですから、私ももっと色々と学びたいと思い……迷惑でしたか…?」
ピルテは眉を少しだけ下げる。
「迷惑なんて事はないぞ。俺を手本にして本当に良いのかという疑問は残るが…」
「私が学びたいと思っているのです。」
真剣な眼差しでそんな事を言われると…俺の返答は一つしかない。
「お、おう…」
そう。嬉し恥ずかしの情けない返事しか出来ないのである。
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