第684話 ショルニー鉱山

タンッ!タンッ!


スラたんとハイネが前へ向かって走り出す。


「やっ!」

パシンッ!


続いてピルテが手綱を打ち付けて馬を走らせる。エフとニルはそれに並走するように、そして殿となる俺は後ろへの注意を怠らないように気を付けながら馬車を追う。


今更ではあるが、走る馬車と人が並走するという光景は、どうにも異様な気がしてしまうが……今はそれよりもオークやオルクスの事だ。


「来るわよ!」


先頭に居るハイネが叫ぶ。


馬車の後ろから前を覗き込むと、木々の間にいくつか松明たいまつの光が見える。

ざっと見ただけで、ハイネ達が嫌がっていた理由が分かる程のオークとオルクスの数だと分かる。恐らく数十体。それも百近い数だろう。


「お母様!スラタン様!魔法で突破口を開きます!」


ピルテは御者をしているが、ただ馬車を進ませるだけではなく、先頭の二人を援護する役割も担っている。手綱を持ちながら魔法陣を描くのは、非常に難しいのだが、ピルテは難無くそれをこなしてくれる。


「行きます!!」


ゴウッ!!


ピルテの手元が黒く光ると、ハイネとスラたんの間を一筋の影が通り抜ける。


上級闇魔法、黒死砲。


全滅させるのが目的ではないので、俺達が進める道さえ出来れば良いという判断だろう。

そして、その判断は正しく、こちらからの攻撃を予想していなかったオークやオルクスが、十体程吹き飛ぶ。

闇魔法は、他の属性に比べて攻撃力が低いとは言え、上級魔法ともなれば、単体ではAランク止まりのオルクス如き一撃で消失する。


自分達が奇襲を仕掛けようとしていたのが、逆に奇襲を受ける事になり、慌てふためく豚達。


「ブガッ!ブガゴガ!」


オルクスの内の一体が、オーク達に何か指示を出している。


オルクスは言葉を扱うと知られているが、人語を使うのではなく、あくまでもオークやオルクス同士で意思疎通が可能というだけ。俺達が聞いてもフガフガ言っているだけで何を言っているのかは理解出来ない。

ただ、オーク達には理解出来ているらしく、慌てふためいていた集団が、一瞬にして静まり返る。統率力だけで言えば、盗賊達の集団よりずっと統率された集団だ。それだけで手強い相手だと感じる。

しかしながら、俺達だって伊達にあの数を相手に大立ち回りしてきたわけではない。数百体ならばまだしも、数十体ならば俺達の突破力で突き抜けられる。


「「はぁぁっ!」」


先頭のスラたんとハイネは、ピルテのこじ開けた道に向かって突っ込んで行く。


ザシュッ!ガシュッ!

「「グガッ!?」」


統率の取れたモンスターの集団となれば、それだけで危険ではあるものの、それぞれのモンスターの強さが増すわけではない。個々の強さはあくまでもオークとオルクスのもの。

スラたんとハイネが、そんなモンスター共に後れを取るはずなどなく、道を塞がんと寄って来るオークに襲い掛かる。


こちらの実力を調べるという知恵までは無かったのか、スラたんのスピードに対処出来ず、あっさりと一体が急所を切り裂かれて倒れる。その横では、ハイネがオークの首を深紅の鉤爪で貫いているのが見える。


集まっているオークやオルクスの殆どは、武器や防具を装備している。ただ、サイズが合っていなかったり、肩当てが片方だけだったりと、かなりチグハグな装備だ。それを見るに、恐らくはどこかからか拾って来た、もしくは奪ったのだろう。

しかし、手入れもされていないし、ボロボロで使い物にならない装備が多いように見える。

しっかりした装備もいくつか有るみたいだが、その殆どはオルクスが身に付けている。と言っても、装備に統一性など無く、寄せ集めというのが見て分かる。いくら使える装備とは言っても、チグハグな装備では、本来の半分も性能を発揮出来ないはず。

この辺りで手に入れた装備となれば、ドワーフ族の手によって作られた物の可能性は高く、侮る事は出来ないだろうが、特別注意を払う必要も無い。


「こちらにも来ます!」


「馬車には近づかせない!」


オーク達の立て直しが早く、正面から突っ込んだ俺達に対して、側面からも押し寄せて来る。


残念な事に、その側面を守るのは、このパーティの守りの要であるニル。そして、少し前にSランクモンスター相手に全く怯まず戦ったエフ。

この二人を突破するとなると、俺でもなかなか難しいのに、オークやオルクス程度が突破など出来るはずがない。


「ブガゴッ!」


臭そうなよだれを飛び散らすオークが、ニルとエフ目掛けて走り込んで来る。手には曲がった直剣や欠けた戦斧。そんな物でどうにか出来る相手かどうかも分からないのは…まあオークだからだろう。


カキィン!ザシュッ!


「ブゴァッ!」


ニルに振り下ろされた曲がった直剣は、ニルの盾に触れると、簡単に横へと逸れ、驚いたオークの喉を刃が走る。


「肉が厚くて斬り辛いですね。突きの方が良さそうです。」


これだけの数を前にして、あまりにも冷静な分析。ニルにとって、数十体という数は、最早多いとは感じないのだろう。


「エフ!大丈夫か?!」


ザシュッ!

「ブガァッ!」


「この程度余裕だ!」


ニルの事は心配要らないとして、エフの方は大丈夫かと声を掛けたが、これもまた要らない心配だったらしい。

オークの攻撃をクネクネと躱しては、次々に義手のナイフで突き殺している。オーク達は、エフの動きに翻弄されて体がフラフラしてしまっているようだ。完全にエフの手のひらの上で転がされている状態だ。


ザシュッ!ザシュッ!

「「ブガゴッ!」」


次々と襲い掛かって来るオーク達を、四人が尽く対処していく。


「ブガァッ!ブガガゴフッ!」


俺達の進行が止まらないと悟ったのか、一体のオルクスが叫ぶ。


「魔法が来ます!馬車に寄って下さい!」


ピルテの声を聞いて、全員が馬車へと跳び寄る。


確かに、ピルテの言う通り、一体のオルクスが魔法陣を完成させている。


ここまでは真っ直ぐに走って来たが、魔法が来ると分かっていて突っ込むのは流石に危険だ。ピルテは直ぐに馬を止め、描いていた魔法陣を発動させる。

そこに、俺の描いていた魔法陣も上乗せする。


ピルテが描いていたのはダークシールドの魔法陣。俺も同じようにダークシールドの魔法陣を描いた。

オルクスは数体しか見えないし、魔法は恐らく一発しか飛んで来ない。

そう考えると、ダークシールド二枚というのは流石に多い気もするが、念には念を入れておくべきだろう。


全員が馬車に寄ったと同時に、まずはピルテ、そして俺のダークシールドを発動させる。


ズガガガガガガガッ!


オルクスの魔法がこちらへと届くと、周囲に風が吹き荒れる。

オルクスの一体が放ったのは上級風魔法、大風刃。

オルクスが上級風魔法を使うとは思っていなかった為、少し驚きはしたが、ダークシールド二枚の前には何の意味も成さず、全て防ぎ切った。


バシュッ!!


「ブガァァァァ!!」


相手の魔法が消えたと同時に、ニルが仕込みボウガンで何かを射出し、それが魔法を使っていたオルクスの顔面に見事命中する。

オルクスの顔面からは白煙が上がり、ジュウジュウと音を立てている。

どうやら、オルクスの顔面に当たったのは強酸玉のようだ。瞼や頬、唇が焼け爛れているのが遠目に分かる。


「ブゴガァァァッ!!!!」


爛れた顔面を片手で抑えながら叫ぶオルクス。ニルに対して殺意を向けているらしいが、殺意を向けられる事にすら慣れているニルは何処吹く風だ。


「一気に突っ切るわよ!スラタン!!」


「任せて!!」


タンッ!


「はあぁぁぁぁぁっ!!」

ザザザザザザザサザッ!!!


「ブガァッ!」

「ゴガッ!」

「ブギィ!」


スラたんお得意の超絶スピードによる周囲一帯攻撃。目にも止まらぬ速さとは言うが、スラたんの場合比喩表現ではないというのが恐ろしい。


一瞬にして正面に居たオークの殆どが、体のどこかに傷を負って体勢を崩す。


「行ってください!!」


パキパキパキ……ゴウッ!!


ニルが叫び、用意していた魔法を発動させる。上級氷魔法、アイスジャベリンだ。貫通力に重きを置いた大きな氷の槍が生成され前へと飛ぶと、正面に見えている全てを貫通して奥へと進んで行く。


「ブゴフッ?!」


防御や防具なんてものは意味を成さない。大きな体躯は抉られ、吹き飛び、肉片や内蔵が飛び散る。

オルクスは上手くアイスジャベリンから逃れられたみたいだが、自分を守っていたオーク達が吹き飛んでしまっている。


「はっ!」

ビュッ!


ガシュッ!!

「ブッ……」


その隙を逃さないハイネ。

深紅の鉤爪を伸ばし、離れた位置で体勢を崩していたオルクスの額を貫く。


「今のうちに行くわよ!」


「はい!」


ハイネの掛け声でピルテが再度馬を走らせる。馬も生き残る為に必死で走ってくれている。


「ブガァッ!!」


無理矢理オークの集団を突き抜けた俺達に対して、別のオルクスが追い掛けろと叫ぶ。言葉は分からなくても、何を言いたいのかくらいは分かる。

自分達が餌を手に入れる為、わざわざ足を運んだというのに、結果は散々やられてしまっている。このまま俺達を逃がしてしまえば、今後の生存率に大きく関わってくる事だろう。いや、既にかなりの数のオークが死んでいる事を考えたならば、大き過ぎる損失だ。ここで俺達から戦利品を手に入れられなければ、群れとしての存続は難しい。

つまり、オーク達も死ぬ気で俺達を追ってくるはず。


「使うならここだな。」


ゴトッ!


俺はシドルバから貰った魔具に魔力を込めて足元に落とす。


「走れ!真っ直ぐだ!」


馬車を中心に、全員が真っ直ぐ鉱山へ向かって走る。


「フゴガァァァ!!」


ボシュッ!!

「「「「ッ?!?!」」」」


俺達を追い掛ける為に走り出したオーク達。その先頭、足元で魔具が発動すると、周囲に真っ白な煙…いや、蒸気を放出する。


「ブゴオオォォォォ!!!」

「ブガァァァァァッ!!」


蒸気に巻き込まれたオーク達が、見ていてゾッとする程の形相と叫び声で首元を抑えながら倒れ込む。


「ダメ押しだ!」


ズガガガガガガガッ!


魔具の効果でアタフタしているオーク達と俺達の間に無数の石の棘が生えてくる。

上級土魔法、荊棘である。


まあ…迂回してしまえば何の事はないものなのだが、アタフタしている現状で行く手を阻まれたならば、オーク達もそれ以上の追撃は諦めるだろうと考えての事だ。

そして、俺の読み通り、オーク達はそこで追撃を諦め、足を止めた。


「ハイネ!正面は大丈夫なのか?!」


「ええ!今のところモンスターの気配は無いわ!」


「よし!行ける所まで行くぞ!オルクス達との距離を取る!」


「ええ!」


難無くオーク達の群れを抜けた俺達は、そのまま馬車と共に真っ直ぐ走る。


暫く後…


「これくらい離れれば良いだろう。」


「す、凄ぇな…馬と一緒に走っていたってのに、息切れ一つしてねぇのか…?」


「言われてみれば…」


「……それって、馬車必要か?」


「いや、疲れないわけじゃないからな。」


「うーむ……」


馬車と並走出来る時点で、ある程度人間離れしているかもしれないが…体力は無限ではないし、馬車には助けられている。

それに、今回の場合はシドルバの護衛が主な目的だ。この危険な地帯を歩かせるわけにもいかない。


「それより、結構な距離を進んで来たが…鉱山にはまだ着かないのか?」


「いや。もうすぐそこだ。こんな場所をあんなスピードで走る奴なんてそうはいねぇからな。予想よりずっと早く到着するぞ。」


シドルバが視線を向けた先、そこは暗闇だったが、ハイネとピルテには見えているらしく、俺達に向けて大きく頷いてくれる。


「鉱山の中まで行こう。」


「モンスターの気配は無いですね。このまま真っ直ぐ鉱山へ向かっても大丈夫だと思います。」


ハイネに代わり、ピルテが先頭となり鉱山へと向かう。

そして、数十分後。特に戦闘も起きず俺達はショルニー鉱山へと到着した。


「ここがショルニー鉱山か。確かにあまり大きくはない鉱山だな。」


最初に聞いていた通り、ショルニー鉱山は外縁部のアバマス山脈と比べると随分小さい。山と呼ばれているものの、小山とか丘と言った方が近いかもしれない。


「こんな小さな山なのに、鉱物が採れるのですね?」


「アバマス山脈の内側は、どこにでも鉱物が埋まっているって言える程に資源が豊富だからな。だからこそ、俺達ドワーフ族はこの地を選んだという話だ。」


「鍛冶で使う金属を含めた材料は、この地で全て採れるって事なのかしら?」


「全てじゃねぇが…って、そんな事よりも、さっさと中に入ろうぜ。」


鉱山の入口は目の前。岩をくり抜かれただけのもので、入口付近は苔むしている。


「それもそうね。馬車は中に入れてしまって良いのかしら?」


「構わねぇさ。そんな事を気にする連中は、こんな所に来ねぇからな。」


「それもそうよね。」


馬車を鉱山内へと進ませる。

中は当然暗い…わけがなく、光を放つ魔具が壁に等間隔で設置されている。入口は馬車がギリギリ通れる程度の大きさだが、入って数メートル先で広い空間に出る。


「ここまで来たならば一先ずは安心だ。それにしても…あんた達は本当に強いんだな。あのダンジョンを抜けてザザガンベルに来たって時点で強い事は分かっていたが…ここいらのモンスターでは手も足も出ないって感じだったな。」


「俺達にも色々と有ったからな。それなりに強くはなったかもな。」


「色々で片付けられるような強さじゃねぇ気もするが…強いもんは強いって話だな。話を聞いたところで何が変わるわけでもねぇしよ。

それより、ここから先は俺の出番だな。」


シドルバは、自分の中で自分の疑問を解消した後、いくつかの道具を取り出して馬車を降りる。


「馬車はここに置いて、奥へは歩きで向かうぞ。モンスターの数は外よりずっと少ないが、居ないわけじゃねぇから気を付けてくれ。」


「分かった。光が有るとは言っても薄暗いから、周囲の警戒を怠らないようにしよう。モンスターが現れた時は、ニルがシドルバを守ってくれ。」


「分かりました。」


広い場所ならば別だが、空間が限定されている鉱山の中ならば、全員でシドルバを守るよりも、ある程度広く陣形を取り、シドルバに危険を近付けさせないという動きの方が安全だ。


「それにしても…複雑そうな鉱山だな?」


鉱山内はかなり入り組んでいる様子で、奥に進む道が既にいくつも見えている。


「このショルニー鉱山はあちこちに向かってトンネルが掘られたからな。かなり複雑な構造になっちまっているんだ。知らない奴が何も考えずに進めば、まず間違いなく迷って出てこられなくなっちまう。

俺はショルニー鉱山には何度も来ているし、道は覚えているから迷うことはねぇ。ただ、勝手に進んだりしないようにな。俺も全部の道を把握しているわけじゃねぇからな…って、こんな事は言わなくても分かっているとは思うが一応な。」


「いや。俺達にとっては初めての場所だ。出発前に色々と話を聞いたが、到着して分かる事も有るからな。詳しい話は有難いさ。」


「そうか?それならば、他にもいくつか注意点が有るから先に伝えておこうか。」


「注意点?モンスターの事か?」


「いや。モンスターの事については話した通りだ。それ以上の事は知らねぇ。今から話すのは、モンスターとか戦闘の話じゃなく、鉱山での注意点だ。

例えば…あれとかな。」


鉱山内を進む準備をしながら、俺達に話をしてくれていたシドルバが、壁の一部に目を向ける。


俺達も同じように壁へ目を向けると、そこには何の変哲も無い苔が生えている。


「毒か何かを持った苔なのですか?」


「いいや。毒なんてねぇぞ。ただの苔だ。」


「……??」


「こういう洞窟みたいな場所ってのは湿っぽいからな。苔なんかで足を滑らせて滑落かつらくするって事故が多かったりする。周囲は岩だらけでゴツゴツしてるから、転けるだけでも大怪我に繋がる恐れも有る。落石なんかよりずっと危ねぇ。」


「そ、そうなのですね…」


「そういった注意点ってのはいくつか有るからな。それを先に伝えておく。ただの注意事項だからって聞き流すんじゃねぇぞ。そうやって甘く見て死んだ連中を何人も知っているからな。」


「わ、分かりました。」


ピルテとニルが、シドルバの言葉を聞いてゴクリと喉を鳴らし、真面目な顔で耳を傾ける。


それから、滑落を含めた注意事項をいくつか聞いた。言ってしまえば当たり前の事ではあるのだが、注意事項というのはそういうものだ。


「よし。大体の説明は終わったし、そろそろ採掘に向かうとするか。」


「山や洞窟には何度か足を運びましたが、こうして本格的に採掘するのは初めてですね?」


「言われてみればそうだな…というか、山とか洞窟に対してあまり良い思い出が無いよな…?」


雪崩に巻き込まれたり、崩落に巻き込まれたり…死にかけてばかりいる気がする…


「俺達ドワーフ族は、山や洞窟に慣れているが、それでも死人が出る。絶対に油断してはいけない危険な場所って事だ。」


真剣なシドルバの目からは、どこか実感のようなものを感じた。

もしかしたら、シドルバの目の前で、かつての友が…という事が起きたのかもしれない。

俺も似たような経験は有る。オウカ島で雪崩に巻き込まれた時、セナを見て背筋を凍らせたのを思い出す。


「気を付けて行きましょう。」


ニルは俺の顔を見て、真剣な表情でそう言った。

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