第683話 ショルニー鉱山へ(2)

エフが仲間になってからこっち、彼女には皆から一歩引いている部分が有ったように感じていた。

いつも話の輪の中には入らず、少し離れたところに居る事が多かったし、遠慮というのか…自分が敵だったという事を意識していたのだろう。


しかし、どうやらそれも無くなったらしい。


俺の目の前、サイクロプス亜種との間に、ニルとエフの二人が割り込んで来る。


ザンッ!ザンッ!


ニルは蜂斬ほうざんを、エフは義手のナイフを、サイクロプス亜種の傷口に向けて突き出す。

相手の腕力は驚愕する程の威力だというのに、二人はまるで怯まず、真っ直ぐに向かって走り込み、見事傷口に刃を突き刺した。


「ヌ゛……ゥゥ……」


ズガァン!


サイクロプス亜種の最期の抵抗は不発に終わり、大剣を持ち上げたままの体勢で前へと倒れ込む。


終わってみれば、誰も傷を受ける事無く余裕の勝利。

俺が仕留め切れないという事態にはなったが、それは皆が予想している範囲内の出来事だ。言っては何だが……俺自身、サイクロプス亜種の攻撃を避ける自信は有ったし、もし、ニルとエフが援護に入ってくれなかったとしても結果は同じだったと思う。多分、エフもそれは分かっているはずだ。それでも、彼女は援護に入ってくれた。に意味が有るのだ。

戦闘を早く終えるに越した事は無いという理由も有るだろうが、それだけではないというのは皆が気付いていた。

今回のエフの動きは、今後の俺達パーティにとってかなり大きな、そして良い影響を与えるだろうと感じられた。サイクロプス亜種を倒した事よりも、その事の方が大きい。

エフに自信を取り戻してもらおうと考えての戦闘だったが、それ以上のものをエフから貰う結果となってしまった。


「これで、シンヤの期待には応えられたか?」


「いやー…バレていたか。」


「あの場合、スラタンの方が適任なのは私でも分かるからな。」


何度も言うようだが、エフは隠密特化。気付かれないようにサイクロプス亜種の事を探るならばまだしも、パッと行ってどうにかしろというのは苦手分野と言える。そういうのは、スラたんのようなスピード特化の方が圧倒的に得意だ。サッと行ってサッと帰って来る事も可能なのだから。

そこを、敢えてエフに任せた…という事に、エフが気付かないはずがなかった。


「変に気を使わせてしまったようだな。」


「俺達が生き残る為だから、エフの為ってわけじゃない。」


「だとしても、そうさせたのは私だ。不甲斐ないところを見せてしまっていたらしい。

だが、もうそんな事はない。二度とな。」


エフは、自分の義手を少し上に挙げて見詰めてから、ニルの方をチラリと見た後、俺の目を見る。


「腕が一本無くなった程度、どうという事はない。」


こんな私でも、友でありたいと言ってくれたニルが居るのだから…と言葉が続きそうな表情だと、何となく感じた。


俺達は、エフの事を既に仲間として認識しているし、片腕であるから彼女が弱いと感じた事は無い。それは、いつもいがみ合っているハイネも思っている事だろう。口では真逆の事を言ったりするかもしれないが、弱いとは間違っても思わないはず。

つまり、エフの言うように、片腕だろうと何だろうと、それが理由でエフを使えない奴だと切り捨てるなんて事は有り得ない。

きっと、それはエフも頭では分かっていたとは思うが…それを、今回の事で感覚的に理解してくれたのではないだろうか。


「何か…凄く照れ臭いけど、嬉しいものだね。」


スラたんがそう言って笑うと、エフは何も言わずに顔を横へと向ける。


「さてと。馬車を呼んでこないとね。僕が行ってくるよ。」


「ああ。頼んだ。」


エフの素直ではない反応を見たスラたんは、口元を少しだけ緩めた後、馬車を呼びに走り出してくれる。


「しかし……やはり、休める場所はなかなか見付からないな。」


「ここまでモンスターの多い場所では、そう簡単に人が休める場所など見つからないだろうな。」


「そうなると…夜通し鉱山を目指して歩く事になるな…」


「一所に留まるのは愚策だろうな。」


「俺達は慣れているから良いとしても、シドルバにはキツいだろうな…」


「それは私達で何とかするしかないだろう。」


「それが一番現実的か。」


「おー!こいつはサイクロプスの亜種じゃねぇか!」


エフとこの後の事について話し合っていると、後ろから馬車に乗ったシドルバの声が聞こえて来る。

振り返ると、今にも馬車から転げ落ちそうな程に身を乗り出している。


「サイクロプス亜種なんか、大した素材も取れないのに、何をそんなに騒いでいるんだ?」


「何を馬鹿な事を?!サイクロプス亜種の目玉料理は最高級品なんだぞ?!」


「目玉料理…」


皿の中に、大きな目玉が一つ入っており、それがスープの上にプカプカ浮かんでいるのを想像してしまった。

食わず嫌いは良くないが、流石に想像通りの物を食えとなったならば、一歩引いてしまうかもしれない…


「食料ということだけならば、敢えてここで時間を掛ける必要など無いだろう。さっさと先へ進むぞ。」


シドルバの言葉を全く気にせず先へ進もうとするエフ。容赦の無い言動だが…事実、Sランクモンスターが現れるようになった今、先程エフと話し合っていたように、あまりのんびりもしていられない。


「目玉は…また機会が有ったらにしよう。」


あれだけ強固な表皮に守られていたサイクロプス亜種の目玉を取り出すとなると、いくらシドルバと言えども時間が掛かるはず。という事で、俺達は解体を諦めて前へ進む。


一応……一応、サイクロプス亜種の死体はインベントリへ収納しておいた。一応……

シドルバの顔がこれ以上無いくらいに渋い顔だったから、そうせざるを得なかったのだが…

インベントリに入れておく程度ならば、食べるかどうかは別にして問題は無い。


サイクロプス亜種の話はこのくらいにしておいて…俺達は、その後も真っ直ぐに鉱山を目指して馬車を進ませた。

モンスターとの戦闘は、出来る限り避けて通ってはいたものの、二、三度どうしても避けられない戦闘が起きてSランクのモンスターを討伐した。

危険な場所を通り抜けているというのに、このパーティであるが故に、戦闘は少なく、戦闘したとしても数分間で終わる為、かなりののスピードで、かなりの距離を移動出来た。

しかしながら、休息出来るような場所は見当たらず、周囲の状況に変化は無かった。


「これは良くないな……日が落ちてきた。」


馬車の荷台に乗っているシドルバが、眉を寄せながら空を見上げて言う。


木々の葉の隙間から見える空は、少しずつ赤色に近付いており、もう少しで夜が訪れると感じ取れる。


俺とエフが、夜も前に進もうと話し合っていたのには、いくつか理由が有る。


俺達の進んでいる場所は、鬱蒼うっそうとしているという事はないものの、更地に比べてしまえば薄暗い。それ故に、夜も他より少しだけ早く訪れる。

暗くなってしまうと、言うまでもなく危険度が増す。その間に動くのは危険だという考え方も正解と言えば正解なのだが、相手を倒せるという前提で考えると、一所に留まる利点は少ない。留まれば、下手にモンスターの縄張りを踏み荒らす事は無いだろうが、全てのモンスターが縄張りを持っているのではないし、動き回るタイプのモンスターからは狙われ易くなる。

どちらを取るかという話にはなるが、さっさと鉱山に入りたい俺達としては、前に進み続ける方が良いという事である。

夜に進む理由は、いくつか有ると言ったように、他にも理由は有るのだが、大きな理由としてはこれが一番だろう。

幸い、ハイネ、ピルテが居てくれる限り、夜でも迷うという事は無いし、危険度は低い方だろう。


という事で…


「このまま進もう。」


「大丈夫なのか?」


当然、シドルバは不安に思う事だろう。


「絶対に安全という保証は無い。だが、進んだ方が良いと思う。

勿論、シドルバは俺達が必ず守る。」


「へっ!そこまで言わせて反対なんぞ出来るか!良いぜ!行ってやろうじゃねぇか!」


そう言って目をギラギラさせるシドルバ。

他の種族の者だったならば、こう簡単に話は進まなかっただろうが、豪快なドワーフ族らしい返答である。


「シドルバさんの信頼を裏切らないようにしなくてはなりませんね。」


シドルバの返答を聞いたニルが、どこか嬉しそうに呟き、俺はそれに頷く。


「暗い間は、ハイネとピルテが交代で索敵を行ってくれ。スラたんもスライム達で索敵してくれると助かる。」


「分かったわ。」

「はい!」

「任せて!」


「私も索敵に回るか?」


エフも、暗闇には慣れているし、夜の索敵も難無く行える。それは分かっているが、三人の索敵が有れば、余程大丈夫だ。

寧ろ、交代で休息を取る事の方が大切である為、ここまで頑張ってくれていたエフには十分に休んでもらうつもりだ。


「夜の索敵は私達に任せなさいよ。どうせ犬風情には何も見えないでしょう?」


「……そうだな。私よりも適任が居るのだから、敢えて私が索敵する必要は無いな。」


その場に居た全員が絶句するような一言をエフが放つ。

これまで、あれ程いがみ合っていたというのに…


「な、何よ…これだと私だけが悪者みたいじゃない…」


思ったような反応が返って来なかったからか、ハイネが怯む。


「今回に限って言えば、ハイネだけが悪者だからな。」


「っ……」


「だねー。僕もそう思うかなー。」


「っ……あー!もう!分かったわよ!私が悪かったですー!だからそんなに皆で虐めないでよー!」


「ふふふ。お母様ももう少し丸くなる必要が有りそうですね。」


「ぶー。私はそんなに尖ってないわよーだ。」


そんな事を、口を尖らせて言うハイネ。


危険地帯でありながら、ここまで余裕を持っていられるのは、皆が居るお陰だろう。情報の少ないモンスターは別として、知っているモンスターならば、それがSランクのモンスターであっても、まず怪我も無く討伐可能。そんなパーティに居るのだから、安心感が有るのは当然とも言える。


「お喋りはここまでにするぞ。」


こういう楽しい時間というのは大切なものだが、緩み過ぎるのも良くはない。程よく緊張感を持って行くとしよう。


「ハイネ。最初の索敵を頼めるか?」


「ええ。任せて。」


「僕のスライム達も周囲に広げているけれど、相手が相手だから、居るという事だけしか分からないと思うよ。」


「それで十分よ。それよりも詳しい索敵をするのが私達の役目だからね。スラタンは大まかな位置だけ教えて。後は私達で何とかするから。」


「了解。」


何も言わずとも、スムーズに連携を取って索敵を開始するハイネ、ピルテ、スラたん。非常に頼もしい三人だ。


そんなこんなで鉱山への道を進み続けて数十分後、空から太陽の光が消え去る。

月の光は葉の間から零れ落ちているものの、俺の目には暗闇しか映らない。周囲を山に囲まれた地形というのが影響しているのだろうか。


全員で相談し、取り敢えずは光を灯さずに進める所まで進もうという事になった為、それから数十分間は光も無いままに歩を進めた。


「ハイネ。周囲の状況は掴めるか?」


「ええ。大丈夫よ。私達の目は、この程度の暗闇何ともないわ。それよりも、夜は夜でかなりの数の夜行性モンスターが居るわね…」


「そんなに居るのか?」


俺には感じ取れないが、周囲には沢山のモンスターが潜んでいるようだ。


「ええ。昼間に現れたモンスターの動きは止まったけれど、他のモンスターが動き出したって感じかしら。不気味な空気感のモンスターが増えたわ。」


「うぇ…それって霊的な…?」


「ふふ。そう言えばスラタンはそういう系統のモンスターは苦手だったわね。」


「うぐっ…」


「大丈夫…とは言わないけれど、そういう系統のモンスターは、この辺りにはあまり居ないわ。」


「あまり…って事は居るのは居るって事だよね…?」


「残念だけれど、そういうモンスターの気配もいくつかは感じるわ。」


「やっぱり…」


スラたんは、あまり見た事の無い嫌そうな顔全開でハイネの言葉を聞いている。


「大丈夫よ。そういうモンスターの相手は私達でするわ。」


「ぼ、僕だって戦えるよ。そんな甘い事を言っている状況じゃないのは分かっているからね。」


周囲の暗闇に目を向け、スラたんは難しそうな顔をする。

どうやら、周囲に散らしたスライム達が、モンスターの気配を多々感じているらしい。


「シドルバ。鉱山までは残りどれくらいだ?」


「そうだな……恐らく二時間…いや、一時間半といったところだな。昼間のように進む事が出来ればの話だが。」


「この暗闇だと、流石に昼間のようにというのは難しいだろうな。

だが二時間となると、そこまで遠くはないか…」


「上手に道を選べば、戦闘は一、二回で済むかもね……って、そう上手くはいかないみたいだね。」


スラたんが少しだけ強ばった声を出す。


「強くはありませんが、数が多いですね…」


「名前は確か…」


「オルクスだな。」


ハイネが相手となりそうなモンスターの名を出そうとすると、シドルバが先にその名前を口に出す。


「オルクスって確か、オークの上位種だったよね?」


オークというのは、簡単に言ってしまえば二足歩行の豚だ。ただ、多少の知能を持っており、ゴブリンのように武器や防具を使う。一般的…と言って良いのか分からないが、ファンタジーのゲーム等でよく出てくるオークと同じだ。

下顎から牙を生やし、力がそこそこ強く、オルクスは言葉を喋る事も出来る。

オークはBランクのモンスターで、数が多くゴブリンに次いで冒険者が討伐する数の多いモンスターである。


そのオークの上位種オルクスは、二足歩行の豚という点では同じだが、魔法を使う個体や、少し頭の回るモンスターになる。

ただ、脅威度はそれ程高くなく、個体ではAランク止まり。

しかし、オークは群れを形成するモンスターで、数が多くなるとSランク相当の討伐依頼となる。ゲームの時にもよく見たSランクの依頼。その一つである。

オークとオルクスは同じ集団に属している事が殆どで、オルクスが指揮を取ってオークが雑兵として戦う…といったモンスターだ。習性としてはゴブリンによく似ていると言えるだろう。


オークやオルクスは夜行性ではないが、夜にも行動する事が知られており、篝火かがりび松明たいまつ等を使って視界を確保したりする。その点を考えると、野党や盗賊に近いモンスターとも言えるだろうか。いや、悪意が無い分、オークやオルクスの方がまだマシだと言えるかもしれない。

とにかく、この暗闇の中でも、火を使って視界を確保しつつ俺達を襲うくらいの知恵は有るという事である。


「おうよ。俺達ドワーフ族が最も手を焼いているモンスターの一種だ。」


そう言って眉を寄せるシドルバ。


「あの豚共は繁殖力が高くて異常に数が多いからな。殺しても殺しても次々湧いて出てきやがる。

ザザガンベルのモンスターによる被害で最も多いのは、あの豚共からのものだ。」


「それはここも同じなのか。」


オーク、ゴブリン等の数が多いモンスターによる被害というのは、どの地域に行っても有るもので、常に討伐依頼が張り出されているくらいである。それは、世界的な話らしく、ここザザガンベル付近でも同じような状況という事のようだ。


「豚共は臭いからな。近くに居ると直ぐに分かる。」


シドルバは眉を寄せたまま鼻下を指で擦る。


「かなり数が多いのと、結構近くに居るから、避けて通るのは難しいと思う。迂回も出来るか分からないかな。」


「いくら私達の視界が通るからって、知らない場所を無闇に歩き回るのはオススメしないわよ?」


「結局、中央突破しかないって事か。」


何か起きたら直ぐに中央突破!というのは、どうにも脳筋プレイのようで危険に感じるが、今はそれが最善策。数が多い相手との戦いにもそろそろ慣れてきたとも言えるし、ここは脳筋プレイで行くとしよう。


「よし。突っ切るぞ。

ハイネとスラたんで先頭を頼む。ピルテは御者、ニルとエフで馬車の左右を守ってくれ。俺は殿しんがりを。」


「シンヤ!こいつを使え!」


「おっ?!」


パシッ!


前に進もうと思ったタイミングで、荷台に乗るシドルバが俺に何かを投げ渡す。

咄嗟に受け取ってしまった物を見てみると、金属で出来た楕円形の何か。小さな穴がいくつか空いている卵みたいな見た目だ。


「これは?」


「そいつはオークやオルクスに対して効く毒を噴射する魔具だ。数はあまりねぇが、群れを突っ切るくらいならば十分役に立つはずだ。」


「そんな物が有るのか?」


「一般には出回っていない物だがな。使い切りだから回収は必要ねぇぞ。魔力を流し込んでから数秒後に毒の霧が溢れだしてくる。

中に入っている毒には触れないようにな。効果範囲は半径十メートルってところだ。」


シドルバの話的に、毒を噴射する機構というよりは、中に封入されているであろう毒が問題で一般には出回っていないという事のようだ。


先頭を行くハイネかスラたんが使うのも良いかと思ったが、先頭で毒を使うと、そこを突っ切る俺達にも毒の影響が出てしまう為、殿である俺に渡したのだろう。そう考えると、かなり強い毒のようだ。


「行くわよ!」


俺がシドルバから貰った卵型の魔具を腰袋に入れたのを見たハイネが、前を見て深紅の鉤爪を構え、声を張る。

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