「シドルバ。ここから鉱山へ行くならば、どの方向が一番早い？」

「ここからだと……真ん中だな。」

「よし。どうせ何も分からない三択ならば、一番距離の近い真ん中を行こう。」

「当然そうなるよね。僕が先行しようか？」

「いや、今回はエフに任せてみよう。」

「……なるほどね。了解。」

俺の意図を汲み取ってくれたのか、スラたんは少しだけ考えを巡らせた後、直ぐに頷いてくれる。

エフは、ニルの為に動いてくれると約束した時からずっと、自分が片腕で戦力にならないと考えていた。言葉に出さずとも、それは感じ取っていたし、自信が持てていないのは、義手を手に入れた今も、恐らくあまり変わっていないだろう。エフのような実力を持った者が、自信を取り戻せるような戦闘は無かったし…それ程大きな心境の変化は無いと見るべきだ。

戦闘において、自信が有り過ぎるというのも問題ではあるが、自信が無いというのも問題となる。故に、エフには自信を取り戻して欲しいという思惑が有り、今回の先行を彼女に任せたいのである。

勿論、彼女一人でSランクのモンスターを相手にしろという意味ではない。そもそも、彼女の得意分野は隠密や暗殺で、戦闘全般ではない。モンスターとの戦闘においては、撹乱や横槍を主に行う事になる為、その動きで良い結果を残してもらおうという事である。

暗殺が得意分野ならば、戦闘における自信に関係無いではないか…と思うかもしれないが、そう簡単に割り切れないのが人間とでも言えば良いのか…こういう戦闘でも、上手く立ち回る事が出来ればそれなりに自信が戻る。そういうものなのだ。

「私が先行か。分かった。」

エフの表情や態度からは、不安や自信の無さは感じられないが…そっとニルを見ると、ニルも頷いてくれた為、俺の考えている事は間違っていないはずだ。

相談の為、一度俺達と合流していたエフは、深く呼吸をしてから、大きく最初の一歩を踏み出す。

やはり、表情や態度には現れていないだけで、少し緊張しているのだろう。ここまでのAランクモンスターとは違い、Sランクモンスターは下手を打てば死ぬ可能性も十分に有る。先行し、その後に続く戦闘の口火を切る役目となれば、責任の重さとしてはかなりのもの。これを上手く捌く事が出来れば、エフの自信に繋がるはずだ。

「シンヤさんは優し過ぎるわ。あれくらい自分で何とかさせれば良いのよ。」

ハイネは、不満そうな顔を作ってそんなことを言ってくる。実際は、そんな事思っていないのに…というのが見て分かる。まあ、それを言うと確実に怒るから言わないが。

「そう言うなよ。同じパーティの仲間だろう？エフが強くなれば、俺達全員の生存率が上がる。良い事だと思うぞ。」

「まあ…シンヤさんがそこまで言うなら、仕方無いわね。」

そこまで言ったつもりはなかったが…まあ良いか。

仲が良いのか悪いのかよく分からない二人だが、戦闘の際はしっかりと動きを合わせてくれるし…問題無しとしておこう。

「さて。そろそろ俺達も動くぞ。ニルとスラたんは来てくれ。ハイネとピルテは馬車とシドルバを頼む。」

「ええ。こっちは任せて。」

「はい！」

二人の返事を聞いた後、俺、ニル、スラたんの三人で先行したエフに続く。

「僕が先に行って援護に入るよ！」

「ああ！頼む！」

恐らく、エフは一人でも大丈夫だとは思うが、スラたんの援護が有ればもしもという事も無くなるだろう。

タンッ！

スラたんは地面を軽く蹴って、風のように走って行く。

スラたんが先に行くとは言ったものの、そこまで離れた位置にモンスターが居るのではない。あくまでも数分…いや、一分にも満たない時間の差ではあるが…

スピードの有る二人ならば、最悪の場合でも逃げて来る事が出来るし、そう心配する事は無いだろう。まあ、結局二人が逃げて来る事は無かったのだが。

俺とニルが、スラたんに少し遅れて到着すると、既にエフとスラたんがモンスターを挟み込んでいる状態で、付かず離れずの距離を保っていた。

真ん中の道の先に待っていたモンスターは、サイクロプス亜種。

デカい一つ目の巨人で、亜種ではない普通のサイクロプスとは、海底トンネルダンジョンで一度戦った事がある。

サイクロプスはAランクのモンスターであるが、亜種はSランクに認定されている。ただ、あまり報告が多いモンスターではなく、出現率は低め。魔法を使わない事や、かなりのパワーを持っているというのは普通のサイクロプスと同じだと知られているが、それ以外の事はあまり分かっていないらしい。

見た限り三メートルの巨体に、灰色の体を持っているのは普通のサイクロプスと同じだ。しかし、亜種の場合、その体表が異様に硬く、まるで鎧のようになっているらしい。エフとスラたんが何度か攻撃しているみたいだが、ダメージは与えられていない。

それを見るに、物理攻撃に対して高い耐性を持っており、魔法による攻撃も大抵は弾いてしまうというものだろう。

普通のサイクロプスはデカい棍棒を持っていたが、この亜種はどこで手に入れたのか、大剣を持っている。そういう設定だから持っているのか、はたまた冒険者やドワーフから奪ったのか…とにかく、棍棒よりも危険な武器を持っているのは間違いない。

「ヌゥゥゥ！」

ズガガガガガガガガガッ！！

「「っ！！」」

俺とニルが到着した時、サイクロプスは大剣を振り回しており、その大剣が地面に当たると、地表を抉り取る。

土や小石が周囲に飛散し、近くの木々に当たると、バキバキと音が鳴る。まるで手榴弾だ。

「気を付けて！パワーは普通のサイクロプスよりずっと有るよ！」

「みたいだな！」

スラたんに注意されるまでもなく、一撃の重さが異様だという事は見て分かる。スラたんとエフが近付かないようにして戦っている理由はそこに有るという事だ。

「こいつの動きは速いが見切れない程ではない！落ち着いて動け！」

先行してサイクロプス亜種の動きを観察してくれていたのだろう。エフが戦い方を教えてくれる。

「左右のモンスターまではかなり距離が有るはずだ！大きな音さえ気を付けていれば横槍の心配は無い！」

「助かる！」

この短時間で、そこまで調べられるとは……スラたんのようにスライム達を周囲に展開させても、そこまで正確な情報を掴むにはいくらかの時間が掛かる。それをものの数分たらずで集めてしまうのは、エフにしか出来ない芸当だろう。

いや、以前の彼女であれば、そこまでの事はしなかったかもしれない。

黒犬は、非常に強力な部隊であり、手強い相手だが、どこか冷めたところがあった。仲間を見捨てる事さえ厭（いと）わないという考え方が主流だったからだろうと思う。故に、失敗は個々の自己責任という考えが強かったのだろう。

索敵をして、それをある程度共有したとしても、それ以上は自分で何とかしろという感じだった。

仲間を信じているからこそと言えばそうなのかもしれないが、それは、俺達のパーティの考え方とは違うというのは確か。

俺達だって、信用し合ってはいるが、報連相（ホウレンソウ）は大切だ。

それをエフも感じ取ってくれているのか、真似をしてくれているのか…とにかく、彼女なりに俺達のパーティに合わせようとしてくれているのだろう。

エフの元々の実力が高い分、報連相を守ってくれるだけでパーティの動きは段違いに良くなる。

「ニル！爆発するようなアイテムは使うな！魔法も選ぶんだ！」

「はい！」

ニルは直ぐに反応し、仕込みボウガンを起動する。

「ニル様！右膝を何度か攻撃しております！」

ニルが何をするのか気が付いたエフは、直ぐに情報を伝える。

「分かりました！あまり狙い過ぎないようにして下さい！」

「はっ！」

短く返事をしたエフは、サイクロプス亜種の足元をススッと走り抜ける。

サイクロプス亜種としては、その巨体故に、足元でウロチョロされるのは大変鬱陶しいはず。エフ自身が有効な攻撃を与えられずとも、その動きをする限り、サイクロプス亜種も無視する事は出来ない。

「エフ！あまり寄り過ぎるなよ！」

「ああ！分かっている！」

「ヌウウウゥゥッ！」

ズガァァン！

エフが返事をしたタイミングで、サイクロプス亜種が大剣を振り下ろす。その衝撃は軽く地面を割り、周囲の木々が傾く程。

「チッ！」

タンッ！

エフは、自分の足元まで揺れた事で僅かに体勢を崩し、それに腹を立てたのか舌打ちして数歩下がる。

キィィン！

「っ！！」

エフが下がったと同時にスラたんが前に出て、サイクロプス亜種の足を攻撃するが、甲高い音が響き、その攻撃がダメージを与えていないと伝えてくる。

「シンヤ君！僕の攻撃は通らない！硬過ぎるよ！」

「私の攻撃も大したダメージは無い！私達は撹乱に徹する！ダメージは頼んだ！」

流石は元黒犬のリーダーの一人。俺が指示を出すまでもなく、自分に出来る事、俺達がして欲しい事を判断し、動いてくれる。しかも、それを言葉にしてくれるおまけ付きだ。

「分かった！二人は攻撃を貰わないように気を付けてくれ！」

「私達がこんな攻撃に当たるものか！」

ズガガガガガッ！

サイクロプスがウロチョロするエフに向けて大剣を横薙ぎに振るが、エフはそれをヒラリと躱す。

例の独特な、フラダンスのような動きを使った見事な回避だ。言っておくと、サイクロプス亜種の動きは決して遅くはない。寧ろ他のモンスターと比較したならば速い方だ。

ただ、それでもスラたんとエフには遅いらしい。

余談になってしまうが、あの後、エフにクネクネした動きの話を振ってみたところ、ダークエルフ族にのみ伝わる、古来の武術だと教えてくれた。

その武術の名前はヘールニッカ。勿論聞いた事も見た事もない。恐らく元の世界にも無かった武術だと思う。

ヘールニッカという武術について、あまり多くは聞かせてくれなかったが、大まかな話は聞く事が出来た。

その話によると、このヘールニッカという武術は、ダークエルフのみに伝わる特別な武術で、他の種族の者達には扱えないものらしい。何でも、ダークエルフ族は、身体操作能力に長けているらしく、ある体質が無ければ会得出来ないとか。

ザックリと説明されたのをまとめると、ダークエルフ族の者達は、全身の関節を緩める事が可能で、関節を緩める事によって可動域が著しく広がるらしい。

話を聞くと、何やら痛そうな気がしてしまうが、本人は全く痛くないと言っていた。関節が外れるのとは違い、緩むだけなので痛くはないらしい。

ただ、緩んでいる事は間違いなく、変な力を加えたり、攻撃を不意に受けたりすると、関節が外れ易いとの事。どんな武術にも言える事ではあるが、一長一短というイメージだ。

エフは、このヘールニッカという武術は使っているが、極めているという事ではないらしく、戦闘の補助的な使い方しかしていないらしい。

本気で極めている者は、もっと気持ち悪い動きになるとか。

見たいような見たくないような…複雑な気持ちになった。

まあ、そういう武術を使っているという事は何となく分かっていたし、サイクロプス亜種と戦っている今、それは重要な事ではない。

エフの独特な動きによって翻弄されているサイクロプス亜種。その隙だらけのモンスターに対して、ダメージを出さなければならないのは、俺とニルである。

「ニル！頼む！」

「はい！」

俺がニルへの指示を出すと、直ぐに反応して走り出してくれる。

「行きます！」

バシュッ！パリィン！

「ヌゥッ？！」

ニルが仕込みボウガンで最初に放ったのは、粘着瓶。殺傷力の無いアイテムだが、サイクロプスの動きを鈍らせる役割としては十分だと考えたのだろう。

仕込みボウガンを使って射出する事で、サイクロプス亜種に近付かずに素早く効果を与えられる。しかも、走りながらだ。連射出来ないとはいえ、仕込みボウガンの恩恵は大きい。

サイクロプスの右膝辺りに当たった粘着瓶が割れると、サイクロプス亜種の両足に絡み付き、動きを鈍らせる。

エフとスラたんが狙っていた右足に瓶を当てたのは、狙っての事だろう。

「はぁ！」

バキィィィィィン！

ニルは、更に走りながら魔法を展開する。

上級氷魔法、氷界（ひょうかい）。相手を凍らせる事の出来る上級氷魔法だ。

粘着瓶によって相手の動きを制限し、畳み掛けるように魔法で束縛と攻撃を行う。最高のコンボ技だ。

サイクロプス亜種一体に対して、上級氷魔法とはやり過ぎだと思うかもしれないが、そんな事はない。

相手は情報の少ないサイクロプス亜種。そして、魔法耐性も高いと聞いているのだから、手加減して良い状況ではない。

「流石はニル様です！」

ニルの魔法により、サイクロプス亜種の周囲が一瞬にして凍り付き、サイクロプス亜種自体も凍り付く。

エフがニルを賞賛するのも理解出来る。それだけ強烈な一撃であり、大抵のモンスターは、この魔法だけで片付く。しかし…

ビキビキッ！

「「っ？！」」

凍り付いたはずのサイクロプス亜種だったが、体表に張った薄氷を割りながら動いている。

魔法への耐性が高い上に、体表は硬い組織で覆われている為、効果が薄いのだろう。

「止めきれません！」

「俺が行く！」

サイクロプス亜種の動きは、完全には止められなかったものの、ニルの魔法によってかなり動きは鈍った。ここでダメージを出すのは俺の役目だ。

「こっちだ馬鹿力！」

俺が突撃する直前、最も相手の嫌がるであろうタイミングでエフが飛び出す。

「ヌウウウゥゥ！！」

俺が攻めて来ると身構えたサイクロプス亜種は、突然飛び出して来たエフに思わず反応し、俺への意識が逸れる。

俺よりもエフの方が自身に近いという理由で、俺よりもエフの方が脅威だと感じたのだろう。

エフのこういう咄嗟の判断は、流石黒犬…いや、元黒犬だと言うべきだろう。戦い慣れしている。

ブォン！！

サイクロプス亜種の持っている大剣が、勢い良く振られ、近寄って来るエフの胴を真っ二つにせんと迫る。

「フッ！」

エフは、短く、強く息を吐き出し、体を大きく逸らしながら滑り込む。大剣の下を滑りぬける形で攻撃を避けたのだ。しかも、ヘールニッカを使ってのグネグネした動き。まるで刃がエフの体をすり抜けたようにさえ見える不規則な身体操作。既に目が慣れてきている俺でも、相変わらず錯覚を起こしてしまう。

「はぁっ！」

ガッ！！

「ヌゥッ？！」

更に、エフはサイクロプス亜種の攻撃を避けるだけに留まらず、いつの間にかフックに変えていた義手をサイクロプスの右足の脛（すね）に引っ掛ける。

ガリガリガリッ！

エフはフックをそのまま引き伸ばし、フックに繋がっているアラクネの糸を、サイクロプス亜種の両足に巻き付ける。

アラクネの糸とはいえ、サイクロプス亜種の両足を切断出来る鋭利さは無い為攻撃にはならないが、その強靭さ故に、サイクロプス亜種の力でも引きちぎるのは難しい。

「今だ！！」

サイクロプス亜種の動きを止めてくれたエフが、俺に向かって叫ぶ。

ニルのアイテムと魔法、そしてエフの義手による機動力の著しい低下。スラたんもそのスピードでサイクロプス亜種の気を散らしてくれている。

これで攻撃を当てられないなんて事になれば、俺は笑い者になるだろう。

カチャッ！

気合いを入れて握り込んだ紫鳳刀が音を立てる。

「はあああああぁぁぁぁぁ！！」

ズハァァン！！

ここまでお膳立てしてもらったのだから、俺が工夫する事など何も無い。ただ、全力で霹靂を打ち込むのみ。

霹靂を繰り出し、単純にサイクロプス亜種の右肩から左脇腹へと刃を走らせる。

サイクロプス亜種の硬い表皮が割れ、肉を斬り裂く感触が手に残る。

間違いなく、この一撃は大ダメージを与えたと確信が持てる感触だった。

「ヌ゛ウ゛ウウゥゥゥ！！」

サイクロプス亜種の胸が裂け、血飛沫が吹き上がる。耳を劈（つんざ）くサイクロプス亜種の悲鳴。しかし…

「すまない！浅い！」

俺の放った一撃は、間違いなく大ダメージを与えた。死に至るのに十分過ぎる程の一撃だと言って良い。だがしかし、即死の一撃ではなかった。硬い表皮のせいで、思ったように刃が通らず、両断するつもりで振った刀は、サイクロプスの胴体を真っ二つには出来ずに通り抜けてしまった。

即死ではないとなれば、当然サイクロプス亜種は最期の抵抗を行う。

「ヌ゛ウウウゥゥ！！！」

サイクロプス亜種は、半分凍った体。両足を自由に動かせないという状態であるにも関わらず、力任せに大剣を振り上げる。

先に言っておくが、その最期の攻撃に当たるような者は、俺達のパーティにはいない。

サイクロプス亜種の動きを止めていたエフも、俺の攻撃と同時にフックを外して後ろへと下がっている。

他の皆も一定の距離を保っているし、最期の抵抗は誰にも当たる事は無い。

俺だけを除いて。

俺は、サイクロプス亜種に攻撃を加える為近付いているのだから、当然、その攻撃範囲に入っている。

つまり、ここで動くということは、俺を助けるという事で……

「やぁぁっ！！」

「はぁぁっ！！」

真っ先に動いたのは、ニル。これは予想していたし、そういう信頼が有るからこそ俺は前へと出られる。

しかし、それとほぼ同時に前へと出て来たのは、何とエフだった。

正直なところ、これには驚いた。別に変な事をしたとかではないのだが、サイクロプス亜種の攻撃は、俺にのみ有効なもの。つまり、俺を助けるという意識が無ければ咄嗟に前へ出る事は出来ない。今までだって、エフが俺達を助けてくれた場面は何度も有った。しかし、こうしてパーティの中の誰かの為、咄嗟に動くというのは、普段から仲間だという意識を持っていないと出来ない事だ。