第681話 憧れ

「素材は俺が剥いでやる。少し時間をくれ。」


そう言って荷物から解体用のナイフを取り出すシドルバ。


「良いのか?」


「こっちは護衛してもらっているんだ。これくらいはさせてくれ。」


そう言いながら、直ぐに作業へ入るシドルバ。

嫌な顔どころか、嬉々として作業をしてくれている。最高の職人にこんな事をさせるのは…と気が引けそうになったが、鼻歌まで歌い始めた。直接素材に触れるのは、職人として嬉しい事なのだろうか…?


笑顔で素材回収を始めたシドルバに素材回収は任せ、それが終わるまで、俺達は周囲の警戒へと移る。


「流石に、街の周辺にはSランクのモンスターは居ないみたいですね。」


「モンスターも、無闇矢鱈に街へ近付く事はしないんだろうな。」


「俺達ドワーフ族は、争いを好まないが、戦えないわけじゃねぇ。特に、モンスターは素材になるからな。俺達ドワーフの方がモンスターとは戦っているかもしれねぇって程だ。そんな相手にわざわざわ近付くモンスターは居ないんだろうよ。

と言っても、実際に討伐しているのは、俺達ではなく素材屋だがな。ただ、それでもあんた達みたいにはいかねぇがな。」


「俺達はモンスターを討伐するプロだからな。倒すのは十八番だ。ただ、素材屋のように、綺麗に素材を採取するというのは出来ない奴が多いな。血抜きすらまともに出来ない奴もいると聞いた事がある。」


「血抜きもか?!何て勿体ねぇ事を…」


この世の終わりかと言い出しそうな絶望的表情で呟くシドルバ。職人としては考えられない行いなのだろう。


「確かに勿体ないよな。素材の採取が下手なせいで、収入が減ると考えると、損でしかないのにな。と言っても、俺達だってその道のプロのようにはいかないがな。」


「互いに得意な分野が違うって話か…それにしたって勿体ねぇ…」


オウカ島のセナもそうだったが、良い素材を良い素材として使いたいのが職人の性なのだろう。職人とは言わないが、俺もモノづくりが好きな者の一人として、その気持ちは分かる。


「まあ、俺がここで何を言ったところで、世の中の何が変わるわけでもねぇがな……っと。よし。これで良い。素材は採ったぞ。」


そう言って渡してくれたのは、ホワイトモンキーの毛皮。

真っ白な体毛が美しい毛皮として、貴族などに人気の高い素材の一つである。

ただ、俺達が剥いだ毛皮とは違い、毛が艶々しており、物凄く高そうに見える。周囲の警戒をしつつも、シドルバの手付きを見ていたが、特別俺達と違う手順などなかった。それなのに、こうも違うのかと驚いてしまう。


「全然出来栄えが違うな…」


「俺達ドワーフってのは、これしか出来ねぇからな。だからこそ、これだけは誰にも負けねぇ自信が有るのさ。」


照れや恥じらい等は一切無く、自信に満ちた顔で言うシドルバ。


「こんな物を見せられて、俺なら勝てる!って言う奴はそういないだろうな。」


「おうよ!何かを作るってんなら、俺に全て任せろ!素材と道具さえありゃ、何でも作ってやるぜ!」


太い腕をパシパシと叩くシドルバ。彼の場合、本当に何でも作れてしまうから何も言えない。


「そうだな。何か作って欲しい物が有れば、シドルバ達に相談するよ。」


「おうよ!」


「ただ、今はそれよりも、鉱山へ安全に向かう事を考えないとな。

この辺りはモンスターが少ないから良いとしても、奥へ行けば手強い相手も増えるはずだ。悠長に素材を回収している暇も無くなるだろうからな。」


「勿体ねぇ……が、その辺の事についてはあんた達に任せるぜ。」


「目的は鉱山で採れる鉱物だろ。それ以外の事は、余裕が有るならばだな。」


「おう!それで良いぜ!」


「よし。御者は交代しながら進もう。モンスターが少ないうちは、なるべく馬を使って距離を稼ぐぞ。

モンスターの数が増えてきた時は、モンスターへの対処を優先だ。当然だが、素材は二の次三の次だな。

御者と馬車の護衛は合わせて三人。エフは基本的に索敵に回ってもらうから、残りの五人で役割を回そうか。」


「索敵は、私やピルテも出来るわよ?」


「交代しても構わないが、索敵役は行ったり来たりする事になるぞ?」


「私一人で大丈夫だ。索敵程度で疲れてしまうようなヤワな鍛え方はしていないからな。」


「まるで私がヤワな鍛え方をしているみたいな言い方ね。」


「どうやら耳が悪いらしいな。そう言ったんだ。」


「なっ?!」


「はいはーい。そこまで。ここはモンスターも居る危険地帯だよ。二人共、もう少し自重して。」


いつものように、ハイネとエフが言い争いを始めようとしたところで、スラたんが直ぐに割り込む。


「今回は、私悪くないわよ?!」


確かに、今回に鍵って言えば、ハイネは悪くないが、それは今回においてのみの話で、逆の場合も多々有る。五十歩百歩。どんぐりの背比べというやつだ。


「分かったから二人共集中して。」


「うえーん!ピルテー!スラタンがいじめるー!」


「お母様がいつも喧嘩をするからいけないのですよ。」


「えーん!ピルテまでー!シンヤさーん!」


スラたんにもピルテにも怒られたハイネが、俺の方へ両手を伸ばす。


「ダメですよ。」


「うっ……」


しかし、それを止めたのはニル。たった一言だし、別に声色がいつもと違うわけでもないが…ハイネはスっと手を引いて眉を八の字にする。

いつもと変わらないニルなのに、何故か圧力を感じる……


「皆。遊んでると時間が過ぎちゃうよ。」


「はーい…」


真面目なスラたんが注意して、全員が前を向く。


何となく……


こういう会話というのか、雰囲気は、どこかで俺が憧れていたものに近いと感じていた。


学校や会社、友達との…言うなればの会話。


しかし、俺にとっては、そのというのがとても難しかった。いや、遠かったと言うべきか。

まるで、自分だけが世界の外側に居るような感覚で、皆が話をしているのをただ眺めていたのを今でもハッキリと思い出せる。


きっと、普通に生きてきた人達ならば、この雰囲気を『懐かしい』と表現するのだろうが、俺にとっては憧れであった雰囲気だ。この他愛の無い会話がどれだけ遠く、貴重なものなのかを知っている。この瞬間が、本当にかけがえのないものである事を。

だから……スラたんの真面目な注意も、それを聞いて渋々返事するハイネも、それを見て笑うピルテも…全てが俺にとって守りたいものであり、それを改めて認識出来た気がした。


「ご主人様…?」


いつものように、俺の心の動きに敏感なニルが、不思議そうな顔で俺を呼ぶ。

そして、そんなニルを横目に見ながら気にしているエフ。

ついつい口元が緩みそうになる。


俺の機嫌が良いと判断したのか、ニルは何も言っていないのに微笑み、馬の手綱を取る。


「気を付けて進むぞ。」


「ふふふ。はい。」


何故かニルも嬉しそうに笑った後、馬を進ませる。

ニルには、いつも俺の考えている事が聞こえているのではないだろうか?と思う。不思議だ…


こうして、俺達は鉱山へ向かって再度動き出した。


予想通り、街から離れるにつれて、少しずつ出現するモンスターの数が増え、暫く移動したところで一度小休止を挟む事となった。


「半日進んだだけで、これだけのモンスターと戦う事になるなんて、やっぱりこの辺りは危険ね。」


ハイネが愚痴りたくなるのも頷ける。それ程にモンスターの数が多い。

既に、数を数えるのが億劫に感じる程のモンスターを倒している。


「俺達ドワーフ族は、素材を必要とする時にだけモンスターを狩るからな。それ以外で無駄にモンスターを狩らないから、数がどうしても増えちまうんだ。

素材の回収の為に狩っているという事で、ある程度間引けてはいるから、溢れ出る程ではないが…」


「モンスターの中でも食物連鎖は有るだろうし、一応この数で均衡を保っている状態…という事かな。だとすると、ここはモンスターの楽園だね。

環境的には、僕の住んでいた場所に近いかな。」


「人よりモンスターの方が主となる場所か…仕方の無い事とはいえ、人の身としては辛い話だな。」


「モンスターも必死に生きているからね。」


「俺にとっちゃ素材にしか見えてねぇが、その素材に殺される事も有るってんだから笑えねぇよな。」


そんな事を笑いながら言うシドルバ。笑ってはいるが、当然冗談などではない。


「しかし…本当にこの道を行くのか?かなりの数が居るぞ?」


モンスターの襲撃が落ち着いたとはいえ、周囲からモンスターが消え去ったわけではない。さすがにアバマスダンジョン程ではないはずだが、範囲が限られていない分、より多くモンスターが居るように感じてしまう。


「今、周囲にはどの程度の数が居るんだ?」


「数え切れない程と言うべきだろうな。正確な数が知りたいのか?聞かない方が良いと思うがな。」


「うっ……聞くのは止めておくとしようか…」


「だが、この道が一番安全だって言われているんだ。これ以外の道はもっと危険だぞ。この道は、数こそ多いが、ヤバいのは現れる確率が低い。」


「そうなのか…」


アバマス山脈からこっち、多数のモンスターと戦うという状況が続いている気がする。

強敵や高ランクのモンスターとの戦闘も勿論嫌なものだが、数が馬鹿みたいに多いモンスターとの戦闘も嫌なものだ。

そういう点で言うならば、ハンターズララバイとの一件からずっとそういう戦闘続きだといえるたろう。正直、休み無く次々と戦闘が起きると、精神的にも肉体的にもキツい。


「鉱山まで行く事が出来れば、モンスターの数も落ち着くんだがな…」


「そうなのか?」


「鉱山だからな。モンスターだらけでは落ち着いて採取も出来ないだろう。だから、鉱山内のモンスターは、見付けた時点で仕留めるようにしているんだ。仕留められるモンスターはな。」


「鉱山や洞窟のような場所は、モンスターにとっても良い場所だからね。」


「まあ、仕留められないモンスターは放置されているがな。ただ、そのお陰でと言うのか、ショルニー鉱山の中には、未だに手付かずの、質の良い素材がたんまりと眠っているんだ。」


「なるほど…その質の良い素材を守るモンスターを退治してくれという事だな?」


「そこまでは言わないさ。必要な物が採取出来るならば、別に奥まで行く必要は無いからな。そもそも、護衛するだけが依頼だ。俺も奥まで入るつもりはねぇよ。」


「そうか…?」


シドルバが嘘を吐いてるとは思わないが……何となーく嫌な予感がするのは俺だけだろうか…?いや、そういう事を考えるから、変なものを引き寄せてしまうのかもしれない。考えないようにしておこう。


「皆、疲れているとは思うが、日が暮れる前に、少なくとも安全が確保出来る場所まで移動したい。出来ることならば鉱山まで行きたいが…」


「流石にそれは無理だと思うわよ。この状況だと、無理に進むわけにもいかないだろうし…」


「そうだな…今のところ相手にしているモンスターがAランク中心だって事が救いか…

鉱山に辿り着くまでは辛いかもしれないが、そこまで気を抜かずに行こう。」


俺が声に出さずとも、全員気を抜いたりはしていない。しかし、疲労は思わぬところで集中力を途切れさせたりするものだ。言葉にして、少しでも皆の気持ちを繋げておきたい。それも気休めかもしれないが、何も無いより良いだろう。


「分かりました。」


「ここでは休む事もままならないからな。休憩を終えるならば、早速移動した方が良いだろう。」


「そうだな。行こうか。」


若干の疲れは有るが、まだまだ体力には余裕が有る。今のうちに稼げるだけの距離を稼ぎ、比較的安全な場所を探すべきだろう。という事で、休憩もそこそこに、俺達は再度進行を開始した。


ショルニー鉱山を目指し、再度進み始めて直ぐの事。


「シンヤ君。そろそろ警戒を強めた方が良いかもしれないよ。スライム達が強いモンスターを何度か見掛けているみたいだからね。」


「避けて進めるか?」


「うーん……難しいかな。なるべく避けるようには移動出来るかもしれないけど、完全に回避は出来ないと思う。」


「出来る限りで良いから頼む。」


「了解。戦闘を避けつつ、無理そうならば強行突破だね。」


スラたんは気合いを入れた後、御者をやってくれているピルテに道順の指示を出してくれる。

そのお陰で、そこから十分程はホワイトモンキーのようなAランクモンスターとの戦闘が一度有っただけで、厳しい戦闘は無かった。


しかし、残念ながら、上手くいくのはそこまでだった。


「いやー…これは避けて通れないかな…右に行っても、左に行っても、真ん中を抜けても…どこを取ってもモンスターの縄張りだね。しかも、Sランク級のモンスターと戦わないと先には進めないよ。」


「嫌な三択だな…」


「どんなモンスターが相手になりそうですか?」


「分からないな…スライム達も近付きたくないみたいでね…」


「まあ…近付きたくないよな。俺達だって近付きたくないのに。

という事は、完全に運の三択か…

ドワーフ達が鉱山へ向かう時はどうしているんだ?」


「大きく迂回して行くんだ。岩亀のような強力なモンスターを狩れるのは、限られた奴等だけだ。そうじゃない連中は、縄張りを大きく迂回して鉱山へ向かう。」


「大きくって…あのレベルのモンスターになると、縄張りもかなり大きいわよね?」


「だから、かなり大きく迂回するんだ。」


「縄張りなんて時の経過と共に移動するよね?最悪、鉱山に辿り着けないって事も有るんじゃないの?」


「いや。あまりそういう事は無いな。あれだけ強いモンスターともなると、互いに戦闘は避けるし、大きく縄張りが動くって事もねぇ。だから、一度通れた道は、そのまま通れるって事が多いんだ。

ただ、その道を通ろうとすると、最終的に倍以上の時間が掛かる。俺があんた達に助けを求めたのは…」


そこでシドルバが言葉を止め、少しだけ眉を寄せる。


「そうする必要が無いだろうと考えたから…だな。」


「ああ…」


俺の言葉に対して、シドルバは更に眉を寄せて苦い顔をする。


ダンジョンを抜けて来た俺達ならば、Sランクのモンスターも倒せるだろうと考えた。それ故に、他のドワーフ達ではなく俺達を頼ったという事だろう。

シドルバが眉を寄せて苦い顔をしたのは、俺達を利用するような頼み事をした事に対する罪悪感のようなものだろう。しかし…


「これはまさに冒険者の仕事だ。ギルドを通しての依頼じゃないが、シドルバが依頼して、俺達がそれを受けた。公的ではなくても、正式な依頼なのだから気に病む必要なんて皆無だぞ。」


ドワーフ族は、他の種族との必要以上の接触はしないようにしている。前に聞いた技術の流出が要因となっている以上、その辺は徹底されている。

そして、ドワーフ族の街ザザガンベルには、冒険者ギルドが存在しない。そもそも、ザザガンベルから出る事を良くないと考えるドワーフにとって、冒険というもの自体が求められていないのである。


つまり、ドワーフ族にとって冒険者という職業は、あまり身近なものではない為、冒険者の扱いがよく分かっていないのだろう。

ザザガンベルの外では、これは騎士の仕事、これは衛兵の仕事、これは冒険者の仕事と、ある程度の線引きがされている為、依頼者が今のシドルバのような態度は取らない。寧ろ…金を払っているのだから、しっかり仕事をこなしてくれないと困る!と言われている冒険者達を何度か見たくらいだ。


シドルバにとって、この仕事は素材屋の仕事であり、冒険者という…名前は聞いた事も有るし、どういう仕事をしているのかも知っているが、実際の線引きがよく分からない者達、そんな冒険者に頼んで良い事だったのか?という疑問が有るのだろう。


豪胆で豪快な態度のシドルバだが、よく知りもしない俺達に宿を提供してくれる男だ。本質的な優しさが滲み出ていると感じる。


「そ、そうか?」


「冒険者って聞いても、何を仕事にしているのかって意外と難しいからな。」


「それは分かるわね。」


ハイネとピルテも経験が有るのか、うんうんと頷いている。

彼女達も、魔界の外へ出てきてから、冒険者という職業の者達がどういう者達なのか理解するまでに時間が必要だったのだろう。

俺やスラたん…というか元の世界の者ならば、ゲームやアニメ等でよく聞く単語だし、何となく想像出来るからすんなり受け入れられるが、よくよく考えてみると『冒険者』という単語を初めて聞いても、それが『職業』だと思う人は少ないだろう。冒険をする者だし、探検家程度の認識しか持たれないのではないだろうか。


それに、採取、護衛、討伐等、街の困り事全般を引き受ける冒険者は、言わば何でも屋みたいなものだ。線引きも一応有るには有るが曖昧なものだし、シドルバが困惑するのも仕方の無い事なのかもしれない。


「それに、受けた恩も有るからな。これくらいさせてくれ。」


「そ…そんなつもりじゃなかったんだが…そう言ってくれるならば、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。」


そう言って直ぐにいつもの調子に戻るシドルバ。切り替えが早くて助かる。


「それはそれとして……そろそろ行く道を決めないとだよ。」


スライム達に何らかの反応が有ったのか、周囲を警戒しているスラたん。悠長に話をしている時間は無さそうだ。

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