第679話 シドルバからの依頼

シドルバからの依頼は…要するに、シドルバが採掘出来るように、彼をモンスターから守りつつ鉱山に行き、必要な鉱石を採取して帰って来るというもの。

つまりは護衛依頼という事である。


「俺一人で行ける場所なら良かったんだが、俺一人では厳しい場所でな。少し頼まれてくれないか?」


「それくらいお易い御用だ。任せてくれ。」


「そいつは助かる!」


目標はソフティアイト、ミスティライトという二つの鉱石を採取、無事に持ち帰る事。

因みに、ミスティライトという鉱石の破片が有ったので、そのミスティライトの破片を鑑定魔法で鑑定したところ…


【ミスティライト…ドワーフのみが使えるとされる鉱石。使い方は不明。】


という文章が現れた。


これはソフティアイトと同じ鑑定結果で、結局はよく分からんというもの。

使い方をシドルバに聞けば、情報は更新されるだろうが、それは今回の依頼を達成した後でも良い事だ。

という事で、俺達は、一先ずシドルバからの依頼に集中する事にした。


色々と急がなければならない事は分かっているが、受けた恩は大きい。それに、結局は情報収集をしなければならない状況なのだから、急いだところであまり状況の変化は無いだろう。それならば、シドルバ達の依頼を優先してもバチは当たらないはずだ。


シドルバの準備は既に整っているという事だったが、今の今聞いた話の鉱山に、いきなり向かうというのは流石に危険過ぎる。

どのようなモンスターが現れるのかや、どの程度の時間が掛かるのか、それと、どんな物が必要になるのかくらいは把握しておきたい。

インベントリが有るので、足りない物の方が少ないとは思うが、ドワーフの生活環境は極めて特殊だ。周囲を山に囲まれており、かなり多くの、しかもランクの高いモンスターが居る。

鉱山とは言っても、他の鉱山とはひと味もふた味も違う事だろう。準備を怠るわけにはいかない。


そんな理由から、俺達はその日を準備日として一日過ごし、シドルバから必要な情報を聞いてから翌日出発する事にした。


結局、必要な物は全てインベントリの中に入っていたが、備えあれば憂いなし。転ばぬ先の杖というやつだ。


翌日の早朝。


「おっとー…気を付けてね?」


「もう若くないんだから、無茶はしないようにね。」


鉱山へと向かう為に工房を出ると、シドルバを心配して、シュルナとジナビルナが外に出て来て声を掛ける。


「心配すんな。何せ最高の冒険者達が付いているんだからな!」


そんな二人を安心させる為なのか、シドルバは明るく返事をする。


「そうだよな?」


そして、シドルバは、俺達に返事を求める。


「シドルバには傷一つ付けさせないさ。」


「何が来ようと、私達がシドルバさんをお守りします。」


「旦那をよろしくお願いします。」


俺達が自信を持ってそう言うと、ジナビルナが深々と頭を下げ、シュルナは、無言で頭を下げる。


シドルバの話を聞くに、やはりこの近辺に現れるモンスターのランクは高く、一筋縄ではいかないらしい。

いつもならば、危険な場所での採掘や採取といったものは、そういう事を専門に行っているドワーフに任せ、それを買い取るという形にしているらしいが、今回は急遽の依頼な上に納期も短く、どうしても素材が早急に入用となってしまったのだ。

採掘専門のドワーフに依頼を出して採掘して来てもらうという選択肢も有ったらしいが、突発的な依頼で、危険地帯での採掘となると、かなりの額を取られてしまう上に上質な物、必要な物が足りないという事もままあるとか。そうならないように、シドルバは俺達に頼んで自分で採掘に向かうという判断をしたらしい。


俺達は馬車に乗り込み、南門を目指して進む。

その馬車の中で、俺はシドルバに聞いてみる事にした。


「それにしても…何で俺達に頼む事にしたんだ?

俺達がどの程度の実力を持った冒険者かなんて事は、実際に見たわけでもないし、分からないだろう?」


「アバマスダンジョンを抜けて来たって聞いたからな。あのダンジョンを抜けられるってだけで十分実力は有ると判断出来るってもんだ。」


「アバマスダンジョンか…言われてみればそうだったな。」


「まあ、その話を知らなかったとしても、あんた達に頼んでいただろうがな。」


「どうしてだ?」


「おいおい。俺はドワーフの職人だぞ?あんた達が持っている武器、防具、アイテムを見れば、バカみたいに強い冒険者達だって事は分かる。」


それがさも当たり前かのように鼻を鳴らして言い放つシドルバ。


言っておくが、シドルバは、俺達の武器や防具をまじまじと見せて欲しいとは言っていないし、見せていない。

つまり、俺達が身に付けている武器や防具を遠目に見ただけで、俺達の大まかな実力を把握したという事である。


最早、シドルバのそれは鑑定魔法みたいな能力と言えるのではないだろうか…?


「それにな。その義手は俺が作ったんだぞ。」


「???」


シドルバの言葉が、ここまでの話とどう繋がっているのか分からず、俺は首を傾げる。


「軽くて振り回し易いという事は、それだけ振った時の力も弱くなる。普通は、武器にある程度の重みを望むものだ。いくら義手だから軽い方が良いとはいえ、特殊に過ぎる。

確かに新たな義手ではあるが、同じ物を作ったとして、上手く扱える者はかなり限られる。

軽くて重みの無い装備でも良いというのは、攻撃を受け止める、または受け止められないという自信の表れだ。そんな奴が弱いはずがない。」


「な、なるほど…」


エフの義手には、いくつかの機能が有る。それは言い換えると、複雑で繊細な装備という事になる。

精密な構造の機械になれば、当然耐久度は落ちる。壊れ易い装備なんて好んで使うのは、手練の者達だけだ。そう考えたならば、シドルバがこの結論に辿り着いたのも頷ける。


「それで俺達に頼んだって事か。」


「まあ、二、三日一緒に過ごすんだ。気の合う奴等と…っていうのが本音だがな!」


ここから鉱山まで行き、採掘し、帰って来る。それだけの工程を踏むのに、全てが順調に進んで三日程度という話で、慎重に進むならば四日は見ておいた方が良いらしい。

魔族の事やら何やらで急いではいるものの、全ては命あってこそ。目の前の事にまずは集中するべきであるという事で、最低でも四日と考えている。


「ショルニー鉱山だったか?」


「そうだ。街の南西に在る鉱山だ。そこに辿り着くのも一苦労だからな。よろしく頼んだぞ。」


「ああ。任せてくれ。」


ショルニー鉱山までは、馬車で約半日の距離。

これは、モンスターとの遭遇等も考えた上での時間だ。

意外と近いように感じるのは当然の事。一応、広いとは言っても、ここは山々に囲まれた空間である為、それ以上の長距離を移動する事は無い。


「そのショルニー鉱山ってのは、アバマス山脈の山肌に在るのか?」


「いいや。近く見えるかもしれねぇが、あの山肌まで辿り着こうとすると馬車で二日は掛かる。」


「そう言えば、ダンジョンを抜けた後、三日は移動したな。という事は、それよりも手前に鉱山が在るのか?」


「このアバマス山脈に囲まれた地帯には、アバマス山脈とは別に、いくつかの小さな山が在るんだ。」


「山に囲まれた中に、更に山が在るって…何か変な感じだな。」


「アバマス山脈よりずっと若い山々だがな。逆を言えば、若い山だからこそ、資源も豊富に採れるって事だ。」


「若いって事は、噴火して出来たのか?」


「その通りだ。俺が産まれてからは見ていないが、昔はよく噴火していたらしいぞ。と言っても、小規模な噴火ばかりで被害は出なかったみたいだがな。」


「結構危険な場所なんだな。噴火していたって事は、地震も多いんじゃないのか?」


「割と多い方だろうな。だから、ザザガンベルの街に在る建物は、必要以上に頑丈な造りになっているんだ。まあ、地震の場合は、頑丈でありつつ柔軟である必要が有るらしいがな。」


「その辺は、俺もスラたんもよく知っているところだな。」


日本に住んでいたのだから、地震には慣れている。多少揺れた程度では驚きもしない。ドワーフ達も同じような感覚を持っているという事だろう。

何となく、親近感が湧く話だ。


「地震に怯えているようじゃ、採掘なんて夢のまた夢だからな!」


「まあ、一番危険な場所へ採掘に行くわけだしな。」


「そういう事だ!」


そう言って豪快に笑うシドルバ。


「前から思っていた事なんだが……ドワーフ族は、どこか巨人族に似ているよな?」


サイズ的には、似ても似つかない二つの種族だが、性格というのか気性というのか…雰囲気が巨人族とドワーフ族ではよく似ているように感じる。


「お?巨人族を知っているのか?」


「前に会う機会があってな。かなり良い関係を築けたと思うぞ。」


「あんた達なら、そうだろうな。」


「何か知っているような言い方だな?」


まるで、友達の話をしているような言い方に聞こえる。


「そりゃそうだ。巨人族と俺達ドワーフ族は、昔から仲が良いからな。」


「えっ?!そうだったのか?!」


「おうよ。何せ、俺達ドワーフ族と、巨人族の祖先は同じ種族だった…なんて言われているくらいだからな。」


「ドワーフ族と巨人族が、同じ種族からの枝分かれって言いたいのかしら?」


「言い伝えだがな。本当のところはどうだか分からねぇ。」


「どんな言い伝えなのですか?」


ピルテが興味を持ったのか、シドルバに話を聞かせてくれと目で訴えている。


「昔昔、そのまた昔、まだドワーフ族と巨人族が居ない時代。ガルダン族という種族が居たらしい。」


「ガルダン族…?これまた聞いた事の無い名前ね?」


「もう既に滅んでしまった種族だからな。

そのガルダン族ってのは、力が強く、鍛冶を得意としていたらしい。」


「まんまドワーフだな。」


「いや。体のサイズは人族と同じようなもので、鍛冶仕事も、そこまで高い技術力は持っていなかったらしい。」


昔昔、そのまた昔なのだから、その時点で信じられないような技術力を持っているとは思えない。類人猿が車を作るような話は信じられないし。


「そんなガルダン族だったが、戦闘は得意としておらず、他種族との抗争には極力関わらないように逃げ回っていたそうだ。」


「……………」


シドルバの話を、皆黙って聞く。


巨人族とは、盟友とまで言われた俺とニルにとっても、凄く興味深い話だ。


「だが、そんなある日、逃げ回る生き方に否を唱える者が現れた。

戦おう。俺達は力が強い。他の種族にも遅れは取らないはずだってな。」


「虐げられて生きるのは辛いですからね…」


ニルがボソリと呟いたが、言葉にとてつもない重みを感じる。


奴隷というのは、虐げられて生きる者の究極形とも言える者達なのだから当然の事だ。


「そうだな。虐げられながら生きて行くのを望む者など居ないだろう。

しかし、それでも争い事を望まない者達も居た。

そして、そこでガルダン族は二分される事になったんだ。

戦う為に武器を持ったガルダン族と、争い事を避け、鍛冶に没頭しようとしたガルダン族の二つにな。」


話が見えて来た。


「その後、長い年月を掛け、抗争の相手を圧倒する為に体が大きく進化したのが巨人族。逆に、繊細な細工さえ作り出せるようにしたのがドワーフ族となったわけだ。」


他種族よりも背が低いドワーフ族。しかし、彼等にとって、その小さな体は退化ではなく進化だと言いたいらしい。

俺達が退化だと考えていたわけではないが、シドルバが敢えて『』と強調したのは、そこにプライドが有ると言いたいのではないだろうか。


「なかなか面白い話ね。もしそれが本当の話だとしたならば…

長い年月を掛けても、昔と何ら変わらない種族も居るし、逆に体のサイズがまるで別物になる種族も居るという事よね。」


ハイネの言う、何も変わらない種族というのは、自分達吸血鬼族の事だろう。

厳密に言えば、精神的な部分での変化は有ると思うが、身体的な変化は無い。そもそも、寿命が極端に長い種族である為、ガルダン族が巨人族とドワーフ族に進化するのに必要な時間を、まるっと生きている者達でさえ居る可能性が有る。

ガルダン族が数十世代を乗り越えているのに対して、吸血鬼族はせいぜい二、三世代。極端な進化が起きる事は無いだろう。寧ろ、二、三世代で極端な身体的変化が起きたならば、それは進化ではなく突然変異だ。

特に、血を媒体として種族が増えて行く吸血鬼族にとって、種族的な身体的変化は起き辛い。


それが良い悪いではなく、色々な種族が居るという事だ。


「そんな話、初めて聞きました。」


「ドワーフ族に伝わる昔話だからな。普通はドワーフ族しか聞いた事が無い話だろうな。」


巨人族の方にも同じような昔話が有るのだろうか?

巨人族にドワーフ族の話を聞いた事が無いから分からないが、シドルバがこう言っているのだから、巨人族の方も知っているに違いない。


「だが、正直、祖先が同じかどうかなんてのはどうでも良い。」


「どうでも良いって…」


「巨人族の連中は、気の良い奴等だ。それに、約束を違えたりはしない、誇りを持った連中だ。それだけ分かっていれば良いだろう?」


祖先がどうのとか、進化がどうのとか、そんな事を聞いたとしても、実際に巨人族と会った者達が、巨人族にどんな感情を持ったのかが一番重要な事だ。

例え祖先が同じだとしても、巨人族に会ったドワーフが、巨人族の事を好ましく思わなかったとしたならば、付き合いが続くはずがない。

昔から今まで付き合いが有るという事は、それだけ互いに好ましいと思える種族だと認識しているからだろう。


「巨人族とドワーフ族は、似たところが有ると俺でも思うわけだから、本人達にもそれは十二分に分かっている事だよな。」


「おうよ!まあ、巨人族の力に耐えられる武器なんてのは、そこらの奴等には作れないだろうしな。」


「あの戦鎚って、ドワーフが作っていたのか?!」


アンティとカンティの兄弟が持っていた、金と銀の戦鎚。五メートル近くも有るどデカくて重い戦鎚なんて、どうやって、誰が作ったのかと思っていたが……どうやらドワーフ作らしい。


「俺が作ったわけじゃねぇが、たまに依頼されて中央の連中で作るんだ。三日三晩寝ずの作業をしてやっと一本作れるって聞いたな。」


地面をぶっ叩いて割ってもビクともしない戦鎚ともなれば、そこらの職人程度では作れないとは思っていたが…意外と世界は狭いのかもしれない。


「とんでもない物を作っているんだね…」


巨人族に会ったのは、俺とニルだけで、スラたん達は見ていない。一応、巨人族の話をした事は有るが

、あの迫力とスケールのデカさは、言葉にして伝え切れるものではないだろう。

その一端をシドルバの話から感じ取ったのか、スラたんが感嘆の声を漏らしている。

ハイネとピルテ、そしてエフも同じような感情だろう。


ただ、俺とニルだけは、どこか納得したような感情を持っていた。


豪快で酒好き。得意な事は違うかもしれないが、本質的な部分では、ドワーフ族と巨人族がよく似た種族だと思っていた。だから、こうしてドワーフ族と巨人族の話を聞いた今、驚きよりも納得する気持ちの方が大きく感じられているのだ。


「ご主人様。」


シドルバから話を聞いていると、御者をやってくれているニルが荷台の俺達に声を掛けてくる。


「街から離れて暫く経ちます。そろそろ危険な区域に入るかと。」


話し込んでしまっていたが、気が付けば、既に南門を通過しており、周囲には木々が見えている。


「そうだな。この辺りのモンスターはランクの高いモンスターが多いし、気を引き締めて行くとしよう。

シドルバは荷台から出ないようにしてくれ。馬車は俺達が守る。」


「こんな場所で荷台から降りたりしねぇよ。俺だって素人ってわけじゃねぇからな。」


シドルバは職人であって戦闘は得意としていない。しかしながら、こんな世界なのだ。全く戦えないというわけではない。

一応、小さめの戦鎚を持って来ていて、自分の身を守るくらいは出来ると聞いている。当然だが、だからといってシドルバを戦闘に参加させるつもりは無い。あくまでも、最悪の場合を考えてという意味だ。


俺が御者席に移り、ニルと並んで座ると、その真後ろにエフが移動して来る。


「こいつの試し斬りをしたい。最初の戦闘は譲ってくれ。」


そう言って自分の腕に取り付けられた義手を持ち上げる。


「分かった。ニルは馬車を頼む。

ハイネとスラたんは荷台の方を、ピルテはエフと俺のバックアップを頼む。」


俺が指示を出すと、全員が頷く。


エフが試し斬りをしたいと言ったのは、別に貰った義手が嬉しいからという意味ではない。

シドルバが言っていたように、エフの装着している義手は特殊に過ぎる武器だ。使用感とか、どういった使い方が最善なのか、そういった細かいところの調整を、体力に余裕が有る、早い段階でしておきたいという事だ。

良い武器を手に入れたからといって、それを使いこなせるかどうかは別の話。エフもそれが分かっているから、早く戦力として自分を数えて貰えるようにと考えての提案だろう。

今でもエフは十分に戦力として考えられるが、本調子になったエフならば、十二分な戦力として考えられるだろう。それを拒む理由など有りはしない。

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