第678話 義手…?

「ソイヌジャフの手の者と考えて良いですよね?」


「それが最も妥当ね。」


「だとすると…私達を観察している目が有るうちは、どこかの高級そうな宿に泊まるべきですね。」


「はぁ…暫くはこの格好を続けなければならないって事か…」


俺は自分の格好を見て溜息を吐く。


ピシッとし過ぎなくらいの執事服。


元々社会人としてスーツを着る事も多かったが、こちらに来てからというもの、ラフな格好ばかりだったからか、窮屈きゅうくつに感じて仕方無い。


「あら。嫌なのかしら?そういう格好のシンヤさんも素敵よ?眼鏡もよく似合っているわ。」


「そうか?邪魔にしか感じないが…」

「とても素敵です!」


俺の言葉に対して食い気味な返答をするニル。

因みに、ニルは御者席。俺達は馬車の中に居るのに…である。


「そ、そうか?」


「はい!」


ニルからは、声しか聞こえず、表情は分からないが、間違いなく真面目な顔をしている。声色でそれが伝わって来る。


「うーん…そこまで言うなら、何日間かは我慢するとするか…」


俺だって美女達に似合うと言われたならば、嬉しく感じる。ここまで言ってくれるならば、この堅苦しい格好も悪くはないかもしれない。うん。


周囲をソイヌジャフの手下に囲まれている状態で、あまりにも楽観的な話をしているように感じるかもしれないが、変に警戒していてはソイヌジャフの手下に怪しまれてしまう。これくらい気楽に構えている方が良いというものである。


という事で、俺達はそこから二日半、ピルテはヴィスカとして、俺達はそれぞれの役を演じて過ごした。


常に監視されている生活というのは、どうにも落ち着かないものではあったが、何とか我慢していると、二日半の後、俺達の周辺から気配が消え、ずっと隠れていたエフが俺達の元へと帰って来た。


周囲に俺達の事を監視している連中が居た為、その者達に気付かれないように、そしてその監視している連中を監視していたらしい。

エフも、下手に手を出さない方が良いと考えてくれたらしく、相手の様子を伺うだけで、それ以上の事は何もしていないとの事。

相手はエフに全く気付いておらず、エフ曰く『簡単な仕事』だったらしい。

まあ……エフは黒犬であり、黒犬は隠密におけるプロ中のプロ。相手が悪過ぎるというやつだ。


「連中は全員監視から離れたのか?」


俺がエフにそう聞くと…


「ああ。間違いない。」


自信に満ちた声でそう答えてくれた。


何とかソイヌジャフからの疑いが晴れ、やっとの思いでシドルバ達の工房へと帰る事が出来たのは、結局三日後の夜の事だった。


「ただいまー…」


「あっ!帰って来た!」


一番最初に俺達を出迎えてくれたのはシュルナ。

店番をしていたらしく、俺達が外階段ではなく店の方に顔を出した為、即座に反応してくれた。


「三日もどこに行ってたの?」


「ちょっと色々とな。シュルナ達は元気だったか?」


「うん!これのお陰で作業も完璧だよ!」


シュルナは、俺達のプレゼントした革製の手袋を嬉しそうに見せてくれる。

そろそろ手に馴染んで来た頃だというのに、未だにキラキラした目で喜んでくれているのを見ると、どうにもむず痒い。

それなりの値段ではあったが、ここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。ならば何ならば良かったのかと言われると思い付かないが、何をプレゼントしたとしても、シュルナは同様に喜んでくれたはず。そう考えると、プレゼントした方も大満足という話だ。


「随分と気に入ってくれているみたいで、俺達も嬉しいよ。」


「うん!」


これでもかという程の明るい笑顔で応えてくれるシュルナ。


「あっ!それよりも!出来たよ!」


そう言って工房の方を指で示すシュルナ。


「出来たって……義手か?!」


「へっへーん!」


明確な返事はしないものの、胸を張って腰に手を当てるシュルナ。


どうやら、エフに渡す予定の義手が完成したらしい。


「おー。帰ったか。」


そのタイミングでシドルバが奥から顔を出す。


腕も手も顔も、全てが煤だらけ。その上汗も服に滲み、かなり気持ち悪いだろうに、それでもシドルバはどこか達成感の有る顔をしている。


「奥へ来い。」


シドルバはそれだけを言って工房の奥へと戻る。

シュルナもそれに着いて行くように工房の奥へ。


物凄く自信が有るのか、二人はニヤニヤした口角を抑え切れていなかった。かなり良い物が出来たに違いない。


大いに期待して工房へと向かうと、変な演出など一切無く、目の前の机の上にその義手は置かれていた。


「どうだ!」


見た目は義手…?に見える金属の塊。

元々の手の形や色を再現するタイプの義手ではなく、機能性に重きを置いた義手だ。見栄えについてはエフとシドルバ達で話をしていたから、敢えて手の形や色を再現していないのだろう。

義手の色はつや消しを行った黒塗り。金属板が表面を覆っており、義手というよりはガントレットの方が近いかもしれない。

ただ、ガントレットとは違い、機能としては手を握ったり開いたりするだけのものらしい。たったそれだけかと思うかもしれないが、実際に作ろうとして無理だった事を知る俺からすると、かなり凄い物だという事が見た目だけで分かる。

少しだけ義手としてはゴツいが、許容範囲内だろう。


「随分と気合いを入れて作ってくれたんだな。」


「要望は全て盛り込んだ。完璧にな。」


俺が出した要望は、魔力を流す事で手が開くという機構。


その機構自体は俺でも考え付くが、それを形にする技術が無かった。

その点、シドルバ達は鍛冶のプロ。難無くとまでは言わないが、機構を作る事自体はそれ程難しい事ではなかっただろう。

ただ、軽量化、小型化となると話は別。しかし、少し他の義手と比べるとボテっとしているものの、義手の範疇はんちゅうに収まっている。


「本当に助かった。シドルバ達に頼んで良かったよ。」


「待て待て待て。これで終わりじゃねぇ。」


「??」


「どういう事でしょうか?」


シドルバの言葉に、俺達は疑問を持つ。


まだ見ただけだから何とも言えないが、強度や重量等については、恐らく問題無いはず。シドルバ達がたくみだと言うのならば、その辺の事は一番に考えてくれているだろうし。

まだ実用については確かめていないし、その事を言っているのだろうか?使ってみて、良いかどうかを判断しろという事だろうか…?


ガチャッ


そんな事を考えていると、シドルバが机に置かれた義手を手に取る。

金属のぶつかり合う音が聞こえ、握り拳を作った状態の義手を、エフに手渡す。


「なっ?!軽い?!」


思わずエフが声を張ってしまう程の軽さらしい。


「俺にも持たせてくれないか?」


「あ、ああ…」


俺も興味津々にエフの義手を手に持つ。


「うぉ?!軽っ!?」


羽のように…と言うのは流石に言い過ぎかもしれないが、見た目の重さよりずっと軽い。


「異様に軽いな…?」


「そいつは、貰った素材の中にワイバーンの素材が有ったからだな。」


「ワイバーンの素材?こんな素材ワイバーンから取れたか?」


「ワイバーンの素材をそのままではなく、加工してやると、軽くて丈夫な素材が出来上がる。その為には、上質な翼膜と皮膚が必要になるがな。」


「皮膚?鱗じゃなくてか?」


「鱗の下の皮膚。皮だな。あまり使われない素材だが、上手く加工する事が出来れば、こうして金属のように硬くなる。しかしながら、重量はそれ程増えずに軽いまま。つまり、かなり有用な素材なんだ。

それと、岩亀の素材だな。この二つを上手く組み合わせる事で、軽く丈夫な物になる。」


「そんな話初めて聞いたわ。」


シドルバの説明を聞いたハイネが、驚いた表情で義手を見ている。


「ドワーフに代々伝わる技術だからな。知らなくて当然だ。」


「そんな大切な技術の話を、俺達にして大丈夫なのか?」


「別に構わん。もし作り方を全て教えたとしても、同じ物は作れないだろうからな。」


「絶対の自信が有るって事か。」


「それだけワイバーンの皮の加工ってのは難しいんだ。俺達ドワーフだって失敗する事も有るくらいだからな。

もし、それでも作れちまう奴がいたならば、素直に賞賛してやるさ。」


「技術は一朝一夕で身に付くものではない…か。」


「俺達はプロだ。誰にも真似出来ない技術を持っているからこそ、客は金を払う。逆を言えば、金を貰うならば、誰にも真似出来ない技術を会得しろって事だ。」


ザ・職人という回答で、思わず拍手したくなってしまった。


「確かに、この軽さで、強度も十分と言うならば、文句の付けようが無いな。」


「ああ。ここまでの物を作ってもらえるとは思っていなかった。私の攻撃は重さよりも速さが大切だから、重量は極力抑えて欲しいとは言ったが、これだと元の腕より軽いかもしれないぞ。」


エフが言っている事は大袈裟などではなく、本当にそれくらい軽い。シドルバ達の技術力に脱帽である。しかし…


「まだまだ。それだけじゃねぇぜ。」


「それだけじゃないって…?」


シドルバがニヤリと笑うと、義手の手首を握り締めて回す。


ガシャン!


すると、手首から先が引っ込み、代わりに金属製の両刃の短剣が現れる。


「ま、マジか…」


義手と言えば…こういう機械仕掛けの考えなくはなかったが、それを作り上げられるとは思っていなかった。

ドワーフ達の技術は、元の世界から見ても秀逸であり、とても素晴らしいが、世界全体としての技術はまだまだという印象が強かった。それ故に、こういう機械的な物は作れないだろうと思っていたのだが…どうやらドワーフを甘く見ていたらしい。


「しかもだ!義手本来の機能の他に、全部で三つの機能が備わっている!」


そう言ってシドルバがもう一度同じ方向に義手を回すと、フックが現れる。ピーター〇ンに出てくる某船長の腕と同じような形である。

ただ、武器と言うよりは、どこかに引っ掛ける事を想定しているらしく、登山の時に使うピッケルのような役割の方が説明としては正しいかもしれない。


「手の先を取り外して付け替えられるようにして欲しいと頼んだが…まさか腕の中に収納された形になっているとは思わなかった…」


どうやら、色々な形状に変化させたいとエフが要望出したらしい。それをこういう形で昇華させたようだ。


「中に仕込んでしまえば、わざわざ替えを持ち歩く必要は無いわ。なかなか大変な仕組みだったけれど、何とかなったわね。」


「これはもう何とかなったとか、そういうレベルの話じゃないと思うけどねー…」


スラたんの言う通りだ。

義手の役割こそ持っているものの、これはもう義手とは呼べない代物しろものになっている。いや、俺達としては、エフの攻撃力が大幅アップするから寧ろ有難い事なのだが……やはり、剣や魔法といった存在が当たり前の世界では、職人の考え方も、元の世界とは大きく異なるという事だろうか。


「これで要望には答えられたと思うがどうだ?」


「ああ。最高の品だ。」


エフも満足してくれたらしい。


「ただ、ブレードについては、あまり過信しないようにな。

一応、普通の鉄製武器よりは信用出来るが、重量を抑える為に義手本体よりは脆くなっているからな。

横から強い衝撃を入れたり、無理な防御を行うと折れるぞ。」


「鉄よりも丈夫ならば何も問題は無い。寧ろそれで重量が軽くなったならば、最高の結果だ。

ここまでの物を作ってくれて助かった。」


俺達との戦いでは、直接的な攻撃に出てきたエフ達だが、その本業は暗殺。相手に気付かれる事無く忍び寄って命を狩る事である。

そんな戦闘スタイルのエフにとって、ブレードの強度は、あまり必要のないパラメータ。そもそも、攻撃を受け止めなければならないような状況になった時点で、エフとしては失敗と言える。

つまり、ブレードの強度は、最悪鉄以下だとしても、相手を殺傷出来さえすれば良いのである。


「取り付け方を教えておくぞ。」


「ああ。頼む。

これで……私ももう少し戦えるな…」


エフの口から、ポロリと落ちるように出てきた言葉を聞いて、何とも言えない気持ちになった。


彼女は、これまでずっと黒犬という存在として生き続けてきた。今でこそ、ニルに付いてくれているが、今更生き方を大きく変えるというのは難しいだろう。要するに、彼女は、これから先も血腥ちなまぐさい世界に身を置き続ける事となるはずだ。

そんな彼女にとって、万全で戦える状態か否かというのは文字通り死活問題。

切り落とされた腕の事を考えている素振りなど一切見せなかったが、こうして義手を手に入れ、もう一度戦えるとなれば、嬉しくないはずがない。

そういう生き方しか知らない彼女にとって、戦う事こそが自分の存在意義だからだ。


「良かったですね。」


そんなエフに、ニルが優しく言葉を掛ける。


「はい…」


涙こそ流さなかったが、ニルの言葉を聞いたエフが感動している事は直ぐに分かった。


流石のハイネも、この時ばかりは何も言わずに、そんな二人を見詰めていた。


「さてと……これで一通りの説明も終わったな。」


「本当に助かった。お代はいくらだ?」


「こっちからもいくらか素材を出しているから…大体このくらいだな。」


そう言ってシドルバが指を四本立てる。


「四百万か?」


「いやいや。四十万だ。」


「は?!」


シドルバが、義手を作る前に言っていたが、この義手ほ既存の義手とは比べるまでもない最高の品だ。仕込みのブレードやフックが無かったとしても、かなり優秀な義手である事も含めて考えたならば、四百万でも安いくらいだ。

それがたったの四十万。何の冗談かと思うのは間違っていないはずだ。


「いくら何でも四十万は安過ぎるだろう?!」


「いやいや。特別価格ってわけじゃねぇぞ。

義手の殆どの素材は持ち込まれた物で、俺達から出したのは多少の金属と技術だけだ。それで四十万ならば、適正価格だ。」


「いやいや!これはこれまでに無い新しい義手だぞ?!」


「新しいかろうが古かろうが、俺達の仕事量に対する報酬は変わらない。それに、シュルナに色々と良くしてくれたみたいだからな。

というか、金を払う方が少な過ぎるって文句を言うとはな…」


「それだけシドルバ達の腕を高く買っているんだ。

これだけの物を作ってくれたのに、シドルバ達に損をさせたくないって話だ。」


「そう思ってもらえるってのは職人冥利に尽きるが、本当に適正価格だ。変に高くしたり安くしたりはしてねぇ。」


「そうか…分かった。」


シドルバは、俺がもっと払うと言っても、結局頷きはしなかった。


金を受け取るのに、そこまで拒否する事なんてないとは思うのだが…そこはシドルバの職人魂的なものが許さないのだろう。

ただ、俺達をタダで泊めてくれるようなシドルバ達の事だから、きっとそれでも安めに値段を設定してくれているはずだ。

そう考えて、俺は殆ど無理矢理シドルバに少し多めの金額を渡した。


きっちり四十万だけを受け取ろうとしたシドルバだったが、宿代込の金額だと言って受け取らせた。


「俺も大概だが、あんたも頑固な奴だな…」


最後には、シドルバが折れてくれて、頭をポリポリ掻きながら金を受け取ってくれた。


このザザガンベルに来てからというもの、シドルバ達には世話になり過ぎというくらいに世話になっている。それを全て金で解決しようなんて思ってはいないが、それくらいはしても良いだろう。


「シンヤ。」


一通りの支払いやら何やらを終えた後、エフが俺の元に寄って来て口を開く。


「どうした?」


「…金は必ず返す。今回は……助かっ……いや、ありがとう。」


フードの下にあるエフの表情は見えなかったが、唯一しっかり見えている口元が、ほんの少しだけ緩んでいるのが見えた…気がした。


「返す必要は無いさ。」


俺がニルに視線を送ってそう言う。


エフはニルの友として動いてくれると誓ってくれた。そのエフの義手を買ったという事は、ニルを守る為の投資と言える。必要経費と何ら変わらない。


「その分って話じゃないが、今後もよろしく頼むよ。」


「……ああ。」


エフは、新しく自分の腕となった義手に目を落として返事をくれた。


「そうだ。あんた達に頼み事が有るんだが…」


「頼み事?何だ?」


シドルバ達からの頼み事となれば、引き受ける以外の選択肢は無いだろう。


「実は、少し困った事になっちまってな。

昔からの付き合いの客が居るんだが、ちょっと厄介な依頼をされちまって…」


「シドルバの腕でも厄介な依頼なのか?」


「作る物はそれ程難しい物じゃねぇ。だが、それに使う素材が厄介でな。」


「どんな素材なんだ?」


「ミスティライトという鉱石と、ソフティアイトという鉱石だ。」


「ソフティアイト…?って確か…」


「ダンジョンの報酬で手に入れた鉱石ですね。確か、ドワーフの方々にしか扱えない鉱石だと。」


俺が記憶を掘り起こすよりも先に、ニルが答えをくれる。


すっかり忘れていたが、言われてみるとそんな鉱石を手に入れていた。


「ソフティアイトを持っているのか?!」


「ザザガンベルに来るまでのダンジョンで手に入れてな。」


「そいつは…いや、しかし、どちらにしてもミスティライトが必要だな…」


「そっちの鉱石は俺も知らないな…」


スラたんの方へ視線を向けるが、スラたんも知らないと首を横に振る。


「その二つは絶対に必要なんだ。その辺で買える代物ならば良かったんだが、どうやら品薄らしくてな。」


「その二つの鉱石を採取して来て欲しいって事か。」


「いや。ソフティアイトとミスティライトは、素人が取ろうとしても簡単に割れちまう。上手く採取出来たとしても、鉱石の善し悪しが有るからな。俺が直接見て、直接採取する必要が有る。」


「という事は…」


「依頼の内容は、俺を護衛して、近くの鉱山に行って欲しいって事だ。」

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