第四十八章 ザザガンベル (2)
第677話 目的
「特に人族は傲慢だ。別にあんた達の事を言っているわけじゃないぞ。
ただ、そういう事が過去に何度も起きたという事実が有った。だからこそ、魔族は隔絶された空間を作っているんだ。とはいえ、全ての者達がそういう者達ではないという事くらい分かっているからな。完全に閉ざすという事はしていないのさ。」
「同じ人族として頭の痛い話ですわね…かく言う私も、こうして好奇心からソイヌジャフさんを呼び出してしまっていますし…」
「こうして呼び出されて質問されるのはまだ良い。軽く考えて魔界に忍び込もうとする輩よりずっとな。
それに、あんた達は人間が傲慢であるかもしれないと考えている。それだけで十分だ。」
ソイヌジャフは俺達の事を責めているわけではなく、好奇心で常軌を逸した行動に出る者達を嫌悪しているだけらしい。
そういうお調子者というのはどこにでも、どんな種族にも居るだろうし、そう考えてスラたんは『人間』という言葉を敢えて使ったのだろう。そして、そうして魔族を困らせている輩が人族に多いのは事実。
ピルテの場合、どちらかと言えばソイヌジャフの立ち位置側なのだが、今は人族に化けている為、耳が痛いと言葉にしている。それを聞いている俺やスラたんは耳が痛い。
ここがゲームの中という感覚が残っているならば、プレイヤー…つまり俺やスラたんも同じような事をして、新たな地域の解放!なんて喜んでいたかもしれない。それが傲慢だと言われたならば、その通りだとも思う。
それはゲームだと思っているから…なんて言い訳が聞こえて来るが、それは問題ではない。その行動を相手がどう取るかという話である。
自分の家に不法侵入、盗難され、ゲームだと思っていました…なんて理由を聞いて許されると思うか?という話だ。許すと言う奴は一人も居ないだろう。と言うより、頭のおかしな奴だと思われるのがオチである。
つまり、魔界へ好奇心のみで入ってやろうとしている奴らを見る魔族の気分とは、そういう気分という事だ。それは愚痴の一つも言いたくなるというものだろう。
「それに、最近分かった事だが、どうやら鳩飼という存在は、実在するらしい。」
「実在……という事は、鳩飼の話は都市伝説ではないと?」
スラたんが興味を持ったように体を前に傾ける。
「まだ確かな事は言えないが、可能性は高い。」
鳩飼については、情報を集めようと考えてはいたが、正直なところ情報が手に入らなくても良いと考えていた。
それが、思わぬところからの情報。
これも全て、エフの変装技術が有ってこそ。感謝しなければならないだろう。
「その鳩飼という者を見付け出して捕らえる事は出来ないのですか?」
「なかなかに小賢しい奴らしくてな。尻尾を掴むことも出来ていない。この街に居る者だということは分かっているんだがな。」
この街に居るという言い回しが、どこまでの意味を含んでいるのか分からない。この街に住んでいるのか、それとも外部から何度も入って来ている者なのか。
ハッキリした事を言わないのは、ソイヌジャフもまた、鳩飼の正体を知らないからだろう。相手がドワーフなのか、それとも別の種族なのかもハッキリしていない証拠と取れる。
ただ、この話が本当であるとするならば、ギガス族の吟遊詩人、ペップルがより一層鳩飼らしく見えてきてしまう。改めて、彼には会いに行く必要があるだろう。
ソイヌジャフに会ってみて、魔界への侵入に何かしらの
これは、ソイヌジャフから魔族や魔界の事を聞くのは難しい。折角俺達だという事がバレていないのだから、もう少し色々と聞いておきたいところだが、その辺の事は
「魔族の方々も、なかなか大変ですわね…」
「まあ…こういう類の問題ってのは、定期的に…とまではいかないが、それなりに起きているから、今更と言えば今更の話ではあるんだがな。」
ソイヌジャフに、ここで魔界と魔界外の状況について聞かされるまでもなく、そういう事が起きているのは知っていた。この世界に来て一年と経っていない俺がそれを知っているという事は、それだけの数の事案が発生しているという事である。
魔族が外界との接触を嫌うが故に、その弊害としてこういう事が起きているというところだろう。
「それで?他に聞きたい事は?」
ソイヌジャフは、ここで一区切り付ける。
「そうですね…」
それに対して、ピルテが考える仕草を取る。
「では、魔王様…という御方について教えて頂けますか?」
「魔王様について…?」
魔王についての話を促そうとするピルテに対して、ソイヌジャフは少し疑うような目を向ける。
「どのような方なのか、魔界をどのように統治しているのか。非常に気になりますわ。
多くの種族が住んでいる魔界という場所を統治しているなんて、普通の人には出来ない事ですわ。それだけ素晴らしい御方で、素晴らしい統治をなさっている…となれば、貴族の一員として、是非、その事を聞いておきたいと思うのは、当然というものでしょう?」
疑いの目を向けて来たソイヌジャフに対して、ピルテは、あくまでも魔王個人というよりは、その偉業や統治能力に興味が有るのだと伝える。
出来ることならば、今現在、魔王がどうなっているのかや、魔王妃についても聞いておきたいところではあるのだが、外部の者達が知るはずのない情報を知っていて、魔王や魔王妃個人の状況を聞いてくるとなれば、一発でアウト確定。
そうならないように、上手く躱しながら話を進めてくれているのである。
「そういう事か。確かに、現在の魔王様は、これまでの魔王様達とは少し違っているからな。」
「そうなのですか?」
「ああ。これまでは、戦争やら何やらが有って大変だった時期だからというのも有るとは思うが、それを抜いて考えたとしても、今の魔王様は根本から考え方が違うんだろうな。」
「根本から…と言うのは?」
「今までの魔王様と言えば、誰よりも強く、全ての者達を引っ張るような御方…というのがイメージだった。
それが、今の魔王様は、引っ張ると言うよりは、皆を納得させる事に重きを置かれている。
勿論、魔王なのだから、誰よりも強いというのはこれまでと変わらない。
それなのに、その力を極力使わないようにして、弱い者達の事も真剣に考えて改善しようとして下さっている。強いだけではなく、優しさをも兼ね備えた…そんな統治を実践して下さっているんだ。」
誰が見ても、ソイヌジャフが今の魔王に心酔している事が分かる。
魔王の話になった途端、
「とても素敵な統治をなさっている御方ですわね。」
「その通りだ。今の魔王様に不満を持っている魔族ってのは殆どいないからな。」
「素敵なお話が聞けて良かったですわ。」
と、そこでピルテが話の流れを止める。
もう少し聞けば、これだけ饒舌なのだから、今の魔王について色々と話を聞けるかもしれないと思ったのだが…
俺が不思議に思っているのを横目に、ピルテはそこから軽い話をしてから、お礼を言って椅子から立ち上がる。
「とても有意義な時間でしたわ。是非、またお話を聞かせて頂きたいですわ。」
「今度は、こっちにも色々と聞かせてくれ。魔族も、魔界外の話には興味が有るからな。」
「ええ。お待ちしておりますわ。」
そう言ったピルテが逃げるように店を出る。
当然、護衛や執事、奴隷である俺達もピルテと共に外へ。
直ぐに馬車へと乗り込み、俺達一団は街中を移動する。
馬車を走らせてから直ぐに、向かいに座るピルテに対して疑問を投げ掛ける。
「最後の魔王の話だが、もっと聞かなくて良かったのか?」
「あれ以上は…危険だと判断しました。」
「危険…?」
危険な要素など全く見当たらないように感じたのだが……
俺が頭を傾けて疑問顔をすると、ピルテが話を続けてくれる。
「…魔王様についての話の内容を覚えていますか?」
「ああ。」
「あの話を聞いて、不思議に思いませんでしたか?」
「不思議に………???」
俺が更に頭を傾けようとした所で、ニルが口を開く。
「魔王なのだから、誰よりも強い……という部分でしょうか?」
「どういう事だ?魔王だから誰よりも強いのは当然だよな?」
ニルの言葉を聞いてもピンと来なくて、俺は質問を投げる。
「ソイヌジャフの話の中で、魔王様について最初に何度か触れていましたが、魔王という称号をどうやって勝ち取るのかという事については一切触れていませんでした。」
「…あっ!!」
魔王というのは、魔族の中で何人もの者達が競い合い、その中で最も強い者が得る称号である。つまり、魔王選定戦が有る。
しかし、その事に一切触れずに魔王の話をしていたのに、最後の話では、魔王だから誰よりも強い。という事を自然に話していた。
ソイヌジャフの中では、それが当たり前なのだから、説明した気になっていて、思わず声に出していたという可能性は十分に有るが…諜報員のエリートがそのようなミスをするとは思えない。
つまり、俺達が魔族について知っているのでは?もしくは、魔族そのものなのでは?とでも考えて試された可能性が高い。
試すような真似をするという事は、何かしらの理由で俺達の事を疑っているからという事。要するに、俺達が魔王の探している者達ではないかと疑っていたという事になる。
それに即座に反応出来なかった事で危険と感じ、ピルテは逃げるように店を出たという事だ。
「気付かれていた…のか?」
「それは無いわね。」
ハイネが断言に近い言い方で否定する。
「もし最初から気付かれていたならば、そもそも会わないとか、会ったとしても自分達の情報を流したりはしないわ。特に魔族に関しての情報はね。」
「だとしたら、どこで疑われたんだ?」
「魔王様の話を聞いたところから…だと思います。」
「確かに、疑っているような視線だったが…」
魔王の話をするように促した時こそ疑うような目を向けてきたが、その後、話をする時には普通に見えた。少なくとも、俺にはそう見えていた。
「話の流れ的に不自然という事は無かったと思いますので、まだまだ疑っているだけという段階だと思いますが、それでもあまり長引かせてしまうと危険かもしれないと思い、離脱しました。」
「そういう事だったのか…」
よく分からないまま終わってしまったという印象だったが、もしかすると、あのまま戦闘とは言わなくても、良くない何かが起きる可能性も有ったという事になる。ピルテに任せておいて良かった…
「確信を持って疑っているという感じではなかったので、恐らくは、直接的に何かして来るつもりは無いと思います。」
「もしかすると、魔王様について話を聞こうとしている者達には、全員に対して同じ事をしているのかもしれないわね。」
「相手が誰であろうと、とにかく調べてみる…的な疑いか。
そういえば、結局、ソイヌジャフは、何の為にこの街に来ているんだ?」
「それは簡単です。鳩飼を探しているのですよ。」
「鳩飼を?」
「あの口調からして、恐らくは話していた以上の被害が出ているのではないでしょうか。」
「放置しておけない相手になり、諜報員を送り込んで来たという事ですね。」
「という事は、いよいよ鳩飼の存在が現実味を帯びてきたな。」
「ソイヌジャフの口振りから考えると、あの者から辿って魔界への侵入を考えるのは難しいと思います。随分と魔王に対して忠誠心が厚いように見えましたから。」
「ニルの言う通りだろうな。」
「そうなると…いよいよ鳩飼について調べる必要が出てきましたね。」
「詳細が不明瞭過ぎる話だから、出来れば関わりたくはなかったが…」
「他の魔族を探すという手も有るわよ?」
「それもそれで期待薄だよな?」
「そうね。ソイヌジャフが言っていたように、今の魔族には、魔王様を嫌っている者の方が圧倒的に少ないわ。」
ソイヌジャフも、そういう者は殆どいないと言っていた。実際、これまで会った魔族で魔王の事を悪く言う者はいなかった。それ程に民から愛される王という事である。それを裏切る魔族を、このザザガンベルで探すというのは不可能に近い。ソイヌジャフの態度を見たならば、それがよく分かる事だろう。
「鳩飼とソイヌジャフが敵対関係に有るとなると、魔族と鳩飼が敵対関係にあるという事になるよな。
皆はそれでも良いのか?」
「この状況だと、選択権は無いわ。それ以外に道が無いなら、その道を行くしかない。」
「エフさんも、きっと同じ事を考えていると思いますよ。」
「そうか…」
言い換えてしまえば、魔族を裏切るような行為。しかし、それは最初から分かっていた事である。
ハイネ達の気持ちは既に固まっているらしい。
野暮な事を聞いてしまった。
「そうと決まったのならば、鳩飼についてもう少し積極的に情報を集めてみるとしようか。」
「ペップル…でしたか?あの人にも、もう一度接触してみますか?」
「ああ。今のところ一番怪しいからな。」
「怪し過ぎて、逆に不自然な気もするけど…」
スラたんとしては、かなり怪しい奴という印象なのか、ペップルとの接触はあまり好ましくないと考えているようだ。
あの時は、見付けたかもしれないという高揚感に流されていたが、誰が見ても、これぞ!といった見た目である為、今になって思うと、怪しいという感想にも頷ける。
「もしかすると、ソイヌジャフが鳩飼に声を掛ける者を炙り出す為に配置した吟遊詩人かもしれないよね?」
「だからと言って、あの男を無視する事も出来ないしな…」
「取り敢えず、それは後で相談するとして……やけに周りが静かよね?」
ハイネが俺達を取り囲む雰囲気の異様さに気が付く。
「ご主人様。」
そのタイミングで、御者をしてくれていたニルが、馬車の中に居る俺達に対して声を掛けてくる。
「やけに静かだな。」
御者席の方へと顔を出してニルに聞くと、声ではなく頷く事で反応してくれる。
この空気は何度も感じた事がある。戦闘前の静けさだ。
正確に言えば、街の喧騒は遠くに聞こえているし、俺達の居る場所が特別静かという程ではない。ただ、そう感じるような冷たい空気が漂っているのだ。
「しかし、何か変です。」
「ああ…」
このタイミングで何かが起きるとなれば、ソイヌジャフの回し者である可能性が非常に高い。
もし、俺達の事を知っていて、もしくは気が付いて手下を動かしたと考えるならば、直ぐにでも攻撃を仕掛けて来るか、何かしらの行動を起こすのが普通である。
しかしながら、何故か俺達に何かしてくるという気配が無い。
襲って来るでもなく、殺気を向けて来るでもなく…
「観察されている…という感じですね。」
「向こうに戦う気が無いならば……気付いていない振りをして通り過ぎるぞ。」
「分かりました。」
パシンッ!
ニルは、俺の言った通り、気付いていないかのように手網を打って馬を先へと進ませる。
馬車の中に居たスラたん達は、武器に手を掛けて戦闘準備万端。
「恐らく大丈夫だ。」
俺がそう言うと、スラたん達は肩から力を抜いて武器から手を離す。
「大丈夫って…それなら、何の為にこんな事をしているのかな?」
「そうね……私達が、本当に無害な者達かを確認しているというところかしらね。」
「それにしては、お粗末な尾行だよね?」
「敢えてそうしていると考えた方が良いわね。
これに気が付いて反応するようならば、ただの貴族の娘とその護衛ではないだろうって事ね。」
「貴族お抱えの騎士なら、これくらいの空気には気付くと思うが…?」
「貴族お抱えの騎士は、他の騎士と違って戦闘の経験が著しく乏しいものよ。特に対人の戦闘についてはね。」
貴族のお抱えという事は、その貴族を守る為だけの騎士だ。弱小貴族や危険地帯に住む貴族ならばまだしも、ザザガンベルに入る事を許されるような貴族となれば、かなりの権力を持った貴族。そんな大御所の貴族に対して攻撃を仕掛けるような馬鹿はそういない。
もしもの時の為に雇っている騎士である事は間違いないのだが、雇った事によって、他の騎士よりも経験不足になる事が多いという事らしい。
当然、そういう事にならないように、騎士達は常に訓練しているだろうが…訓練と実戦では、色々な部分に大きな差が有る。それは、この世界に来てから嫌という程に思い知らされた事だからよーく分かる。
実戦経験の乏しい騎士が、この空気に気が付くかどうかと考えると、何とも絶妙な気配と言える。
「ここで変に反応してしまったら、ソイヌジャフに別の意味で目を付けられていたかもしれないわね。」
「実戦経験の豊富な騎士って事で言い訳出来る気がするんだが…?」
「言い訳出来るかどうかじゃなくて、疑わしいかどうかなのよ。」
魔王への忠誠心が非常に厚いソイヌジャフが、鳩飼の事を調べる為にこの街へ来たのならば、疑わしい連中を片っ端から…なんて事をしていても不思議ではない。流石に強引な尋問や殺人までは行っていないだろうが、軽く痛め付けるくらいの事はしていそうだ。
ここで目を付けられていたら、暫くは自由に動けなかっただろう。ニルに気付かない振りをして進むように言ったのは英断だったらしい。
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