第676話 話し合い

ゲルギフが設けてくれた話し合いの場は、こじんまりとした小料理屋。こじんまりと言っても、怪しい雰囲気は無く、普通の小料理屋だ。

店の外観はちょっとお洒落しゃれな居酒屋という感じ。ただ、俺が演じたバンダークや、ピルテの演じたヴィスカは金持ちだ。このこじんまりとした小料理屋でも、それなりの額を取られるのは間違いない。

ある程度高級で、落ち着いて話が出来る店…と考えた場合のチョイスだろう。そう考えると、これ以上無いという程の店である。ゲルギフは、やはりやり手だ。こういうところを的確に抑えるのは、良い商人の証だろう。


今回の場合、小料理屋には落ち着いて話が出来る席が用意されているだろうが、別に秘密の話をするわけではないとゲルギフは考えているだろうし、オープンな雰囲気の店である。


「ここですね。」


「状況的に、話は私がするべきですよね。」


「そうだな。俺達も、出来る限り補助するつもりだが、基本的にはピルテが話を進めることになるだろうな。」


ピルテが主となって話を進めるという状況は珍しいものの、ハイネと二人で過ごしていた時は、ピルテ一人で動く事も多かったと聞いたし心配は必要無いだろう。

ピルテ自身は、少し不安そうにしているが、全員近くに居るのだし、最悪バレても対処出来るはずだ。


という事で、俺達はゲルギフが用意してくれた話し合いの場へと足を踏み入れる。


店の中の雰囲気は、外から見た雰囲気と同じで、落ち着いた雰囲気が漂っている。


ソイヌジャフらしき男の姿は無く、客も少ない。

こんな客入りでやっていけるのかと余計な心配をしてしまいそうな程だ。

まあ…値段の書いていない品書きを見るに、かなりの額を搾り取るからやっていける…という事なのだろう。


俺やスラたんは、ゲーム時代に稼ぎまくって、尚且つ、俺の場合はこちらに来てからも稼いだから痛くも痒くもないものの、これが普通の会社員だった場合、目の前が真っ暗になっていた事だろう。


そんな、ある意味恐ろしい店へと入ると、直ぐに店員らしきドワーフ男性が出て来る。


「いらっしゃいませ。ヴィスカ様とお見受け致します。本日は、このような小さな料理屋を選んで下さり、誠にありがとうございます。」


「謙遜する必要は有りませんわ。とても良い店ね。落ち着いた雰囲気が気に入りましたわ。」


先程までは、少し不安そうな顔をしていたはずのピルテが、その数秒後には、立派な貴族の娘である。

どこかにそういうスイッチでも隠しているのだろうか…?


とにかく、全く心配無用の様子だ。


店員のドワーフとピルテは、そこから定型文なやり取りをいくつかした後、店の中へと入る。


日が暮れて少しした時間で、店の中から見える街中は、いくつもの街灯が光っており、他の街よりずっと明るい。

ただ、日本の都会のような明るさではなく、ぼんやりとした柔らかい光が中心で、とてつもなく明るいという印象は受けない。

店の中も、暗過ぎず明る過ぎずだ。


店に入って何も頼まないという選択肢は無く、ピルテは適当に料理と飲み物を頼む。頼んだ物がいくらなのかは…分からない。恐ろしい店だ…


運ばれてきた料理は、高そうな店というだけはあってかなり高級な食材を使っているらしい。当然高級な食材を使えば美味い。勿論それを調理している者の腕も必要だが、この店構え、高そうな雰囲気で不味いという嫌なギャップは無いだろう。

残念ながら…俺は執事役である為、主人であるピルテとテーブルを囲むなんて事は出来ず、美味そうな料理を見ているしかなかったが…


そんな事をして時間を使っていると、俺達の目的である男が店に現れる。


ソイヌジャフだ。


何故分かったのかと聞かれたならば、分からない方がおかしいと答えるだろう。

それ程に、ウェンディゴ族の見た目は特徴的であるからだ。


ハイネとピルテの話に出てきたウェンディゴ族の特徴は、大袈裟なものではなかった。


まず最初に目に入るのは、鹿のような大きな角。

焦げ茶色でツヤツヤしていて、先端は象牙のような色をしている。角の先端は尖っており、凶器の一種とも言える。


次に目立つのは極端過ぎる程の猫背。お辞儀でもしているのだろうかと見紛みまがう程の猫背だ。

それでいて、異様に手足が長い為、遠近感がおかしくなるような体型である。

ただ、体格と言うのか、体の大きさはあまり大きくなく、人族と比較しても小柄な方である。いや、寧ろその小柄な体格が、より一層遠近感をおかしくしているのかもしれない。


兎にも角にも、誰が見ても直ぐに分かるという風貌から、それがソイヌジャフだと理解出来たのである。


「どうも。」


ソイヌジャフの容姿については…あまりパッとしない。

黒い瞳、髪は黒い長髪で緩いウェーブ。それをまとめもせず垂らしており、顔が暗く見える。

頬がけているように見えるし、どうにも幸が薄い。


「あんたが俺を探していたっていう貴族様か?」


「ええ。ヴィスカと申しますわ。」


ソイヌジャフは、ヴィスカ演じるピルテを一瞥してから口を開く。

言葉遣いは良くないが、高圧的な印象は受けない。街の男と話をすると、大体が同じような反応を示すだろうし、可もなく不可もなくといった感じだ。


唐突に話し合いの場を設けられた事で警戒しているように見えるが、攻撃的な反応は見られない。


俺達が噂の一団だと気が付いているならば、何かしらの反応が見られるだろうと考えていたのだが、今のところは大丈夫そうだ。


「ゲルギフさんからの話を聞いて来てみたが……俺なんかに貴族様が何か用ですかね?」


言葉遣いは多少荒っぽいが、相手を挑発しようとしている物言いではなく、どちらかと言えば使えない敬語を無理矢理使おうとしている感じだ。

まさに、街の兄ちゃんが、突然貴族に話し掛けられて対処している時のような、英語を喋る事が出来ない人が英語圏の人と何とかコミュニケーションを取ろうとしているような…そんな絶妙な雰囲気を感じる。


ソイヌジャフは、魔族のエリート様だ。ピルテのように貴族らしい喋り方や所作というのは間違いなくマスターしているはず。そうしようと思えばいくらでも出来るのに、敢えてそうしていないはずである。

それなのに、ソイヌジャフからそういう雰囲気は微塵みじんも感じない。

ソイヌジャフの演技がそれだけ凄いという事だろう。バックグラウンドを知らなかったとしたら、間違いなく騙されていたに違いない。


「そう緊張なさる必要は有りませんわ。ただ、魔族の方とお知り合いになりたくてゲルギフさんに頼みましたのよ。」


「知り合いになりたくて…?」


ソイヌジャフは、ピルテの言葉を聞くと、寧ろ警戒心を強める。


ここまでの旅路で分かると思うが、基本的に貴族というのは平民との関わりを積極的に取ろうとしない。

悪気が有るとか無いとかではなく、という概念が染み付いているのだ。


中にはプリトヒュのような、平民に対しても変わらない対応をする貴族も居るが、そういう貴族は稀有けうである。

平民を汚いだとか下賎げせんだとか思っている貴族はかなり極端だが、貴族と平民の間には大きな境目が存在するというのを無意識的に受け入れている者達が多いのも事実である。

それは、貴族側だけではなく、平民側にも言える事だ。

故に、貴族も平民も、互いが互いに別の生き物かのように接するのが普通だ。


いくらここがドワーフ達の街で、外の常識が通用しないとしても、これまでの生活で染み付いている考え方はそう簡単に変えられるものではない。

つまり、ピルテのような貴族の娘が、平民と仲良くなりたいなどと言うのは、あまりにもな事なのである。


もし、街の兄ちゃん一人を捕まえて、貴族がいきなり仲良くなりたいから…などと言ったりしたならば、恐らくは全力で逃げるだろう。

自分が何か悪い事をしたのか、単に運が悪かったのか…どちらにしても、この街には居られない!とその日のうちに街を出るかもしれない。

ピルテの言葉には、そういう違和感のようなものを感じてしまうのだ。


しかし、ここはドワーフ達の街であり、普段は見る事さえ無い魔族の居る街でもある。

魔族との接点を持ちたいという考えは普通と言える。

だからこそ、ソイヌジャフが演じる男も警戒心を強めはするが逃げ出したりはしないのだろう。


「そんなに警戒されなくても大丈夫ですわ。本当に魔族のお知り合いが欲しいだけなの。」


そんなソイヌジャフに対して、ピルテは裏表の無い笑顔を向ける。


いや、正確には裏しかないのだが…ピルテの今の笑顔を見て裏が有ると思える人間はきっと居ない。

こういうのが本当の駆け引きというやつなのだろうか…恐ろしい世界だ。ソイヌジャフの方も、俺達の事に気が付いているのか分からないし、そもそもこの男の反応が偽物の上に成り立っているとは思えない。頭がおかしくなりそうだ。


「知り合いになって…どうするつもりですかね?

正直、俺みたいな男と知り合ったとしても、得られる物は無いと思いますがね…」


「そんな事はありませんわ。

私達のような魔界の外の人間にとって、魔族というのは未知の種族。文化や技術も魔界の外と中では違いが有ると思いますの。」


「まあ……無いとは言えませんかね。」


「別に魔族の事を貶めてやろうだとか、技術を盗もうなんて言っているのではありませんわ。

どういう生活をしていて、どんな事を考えているのか。それを少しだけでも知る事が出来るならば、それだけで私にとっては大きなプラスなのですわ。

こういう時は、臆せずに踏み込んでみる。それさえ出来れば、色々な事を知る機会が得られる。それこそ、私がこの数年で学んだ事ですのよ。」


「単純な好奇心だと?」


「平たく言ってしまえばその通りですわね。

勿論、有用だと思える考え方や生活様式は取り入れたいと考えていますが、それ以前に、その違いを知らなければなりませんからね。」


「………なるほど。他人の為とか、街の為とか…そういう胡散臭い理由よりも、自分の為にと言う人の方がずっと信じられますね。」


「本当の事ですから。」


「なるほどなるほど……理解した…ました。」


「ふふ。敬語は必要ありませんわ。私の口調は口癖のようなものなので、どうぞご自由になさって。」


「助かる。っと…そういえば、自己紹介がまだだったな。

俺はソイヌジャフ。魔族の端くれで大した事は出来ないが、宜しく頼む。」


「私の名前はヴィスカ。こちらこそよろしくお願いするわ。」


ソイヌジャフとピルテが、互いに軽く挨拶をする。


今のところ順調で、問題が起きそうなきざしは見えない。


ソイヌジャフが裏でどう思っているのか全く分からないし、気は抜けないが、最初の山場は越えたのではないだろうか。

正直、出会い頭にいきなり何か行動されるというのが一番怖かった。こちらは何も分かっていないし、一番避けたい展開だったと言える。取り敢えず、そうはならなかったという事で一安心だろう。


ピルテが挨拶を終えると、簡単に俺達の事をソイヌジャフに説明する。


ソイヌジャフの方は、一人で店に入って来た為、紹介も何も無いが、恐らく近くに数人の護衛が居るだろう。店の中なのか外なのかさえ分からないが…


こうして互いに挨拶を終え、ピルテとソイヌジャフが目の前の椅子に座る。


「それで…具体的にどんな事を望んでいるんだ?」


椅子に座るのとほぼ同時に、ソイヌジャフが話を切り出す。


「そうですわね……まずは、魔族という種族について教えて頂けると嬉しいですわ。

私にとって魔族というのは、本当に未知の存在ですの。」


「俺達魔族は、外との繋がりを極力取らないようにしてきたからな。知らないのも無理は無い。

そうだな……」


少し考える素振りを見せたソイヌジャフは、魔族について語り始める。


ソイヌジャフの話は、ピルテやハイネにとっては当たり前の事で、俺達としても聞いた事の有る内容のものばかり。

魔族というのは種族名ではなく、沢山の種族が集まった集団の総称である事や、種族の頂点には魔王という存在が居るという事。その他諸々、当たり障りの無い話をする。

しかし、まるで初めて聞いて驚いているかのように、ピルテは事ある毎に目を丸くして話を受ける。


俺達の求めている内容は、もっと別の情報なのだが、いきなりそんな事を聞いたりしたら、ソイヌジャフが怪しんでしまう。そうならないように、ピルテは慎重に質問の内容を考えている。


魔族の事を聞いた後は、どんな種族が居るのかや、どんな生活をしているのかを聞いていく。


なるべく自然な話の流れを意識しているからか、ピルテの質問は、なかなか核心へと向かわない。

長丁場になると考えたピルテは、ソイヌジャフに食べ物や飲み物を提案し、ソイヌジャフはそれを受ける。

アルコールが入って饒舌じょうぜつになる事も期待しての事かもしれないが…まあ、それは期待出来ないだろう。魔族のエリート諜報員なのに、酒を飲んで情報漏洩ろうえいとか…有り得ない話だろう。というか、そんな奴がエリート諜報員をやっているとしたら、魔族の今後が寧ろ心配になる。

現状の事を考えると、さっさと情報を話して欲しいが、ハイネやピルテ、エフ、そしてニルの故郷である魔界の情報を簡単に漏洩されてしまうと、どうにも面白く無いという複雑な気分である。


魔王が…正確には魔王を操る何者かがこちらを敵視しているからややこしい事になっているが、本来は敵対したい相手ではない。それ故の複雑な感情という事だ。


そうして小一時間、ピルテとソイヌジャフが話をしていると、魔族や魔界についての大体の説明が終わる。


そして、ここからが本題である。


俺達が知りたい情報はいくつか有るが、急ぎ手に入れたい情報と言うのならば…

魔界へと入る為の手段、それに付随する情報として、鳩飼という存在の情報だ。

魔界の現状や、魔王の事、アマゾネスの事も気にはなるが、それは魔界へと入れた後でも良い。まずは魔界へと入る事が最優先である。


ピルテがどうやって切り込むのかとハラハラしながら、しかしそれを顔に出さないよう必死に堪えながら待っていると…


「魔界ってのは、入ろうと思って簡単に入れるものなのかい?」


そんな事を、ハイネが演じる女性騎士が口に出す。


その言葉を聞いて、その場に居た全員がハイネの顔へと視線を向ける。


「おっと。口を挟んで悪いね。」


そんな視線を受けたハイネは、両手を軽く挙げながら言葉を続ける。


「魔界の外だと、色々な噂が飛び交っているからね。つい気になってしまってね。」


騎士の女性らしいというのか、少し強気な女性を演じるハイネ。

自分がいきなり横から口を出して話を止めたのに、口で言うようには気にしていない態度である。それがまた騎士の女性っぽさを引き出している。


「そうですわね…確かに、入って魔界を見学出来るものであるならば、私も是非行ってみたいですわ。」


唐突に押し出された助け舟だったが、それが当たり前かのように乗り込むピルテ。

母娘だからこそ出来る、実に自然な連携だ。


「そうだな……色々と審査を受けなければならないし、簡単に許可は貰えないが、一応何人かは魔界へ入る事を許されているぞ。」


「そうなのですか?!」


「ただ、情報の漏洩や、敵対勢力の誘引を防ぐ為、かなり厳しい条件を言い渡される。かなり厳しい…な。」


「…つまり、命を懸ける必要が有る…という事ですわね。」


「…まあな。それが出来るかどうか…って話だな。」


「それは流石に悩ましいところですわね。」


「大体の者達はそんなものさ。好奇心や金だけで入れる場所じゃないって事だな。」


「だがよ。何て言ったか……裏ルートみたいなのが有るんだろ?」


この男らしい言葉遣いで質問しているのは、何とスラたん。


吹き出しそうになるのを堪える。


いつもとのギャップが大き過ぎて、一瞬誰が喋っているのか分からなかった。


「裏ルート…?」


そんなスラたん演じる男性騎士の言葉に対して、ソイヌジャフが眉を寄せる。


「そんな話を聞いた事が有ったぞ。眉唾物の噂みたいなものだったがな。

確か……だったか?」


「……チッ………」


スラたんが鳩飼の名前を出すと、ソイヌジャフは嫌そうな顔をして、軽く舌打ちする。


「私は聞いた事がありませんわ。どのような話なのですか?」


ピルテがスラたんに説明を求め、スラたんが簡単に説明する。


「そんな話が出ているのですね。」


「迷惑な話だ。」


イライラした様子のソイヌジャフが、吐き捨てるように言う。


「ソイヌジャフさんの反応から察するに、話の内容は本当…なのでしょうか?」


「いや。魔族はそのような輩を簡単に通したりはしない。ただ、そういう噂のせいで、裏ルートから入ろうとする輩が何人かな。」


鳩飼が本物の存在なのかは分からないが、裏ルートが存在するのであれば、俺にも出来るかも…なんて考えて実行する者が居てもおかしくはない。

実際に、そういう者が何人か居たらしい。話の内容から察するに、成功はしていないみたいだが。


「対処する方としては、頭痛の種という事ですわね。」


「そういう事だ。俺のところにも何人か鳩飼がどうのと話を聞きに来た連中が居てな。ケツを蹴り上げて追い返してやったさ。」


「他人の領地に無断で入り込もうとするとは…人間は本当に傲慢だな。」


スラたんの言葉は完全にブーメランで、俺達に刺さるが…俺達の目的は魔族の状況を解決しようというものだし、魔王様とやらも許してくれるだろう。多分…

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