第674話 ゲルギフ

太った商人を演じる俺の仮の名はバンダーク。

ピルテの方はヴィスカという名前だ。


デルスマークとテーベンハーグという実在している街の名を使う事で、俺とピルテの存在が本物に見える。

どちらも大きな街だが、ここザザガンベルからはかなり遠い。名前くらいは知っているが、実際に現地の者達に会う事は少ないはず。そうなれば、そんな街の大商人と貴族の娘と聞けば、彼等はそれを疑う事が出来なくなる。実際、現地には似た名前の者達が居るらしいし。


「これはこれは…大変申し訳ございません。

勿論、ヴィスカ様もご案内させて頂こうかと考えております。」


店員のドワーフ男性は柔らかい受け答えをする事で、ピルテの機嫌を損ねないようにしている。


「あら。そうだったのね。これは失礼しましたわ。」


「いえいえ。」


「私の方は構いませんので、ヴィスカ様もご一緒にどうでしょう?」


ここで商人が貴族の令嬢をないがしろにするというのは有り得ない。

一緒に奥へ言って品を見せてもらわないかと誘っても不思議は無い。寧ろ、店員のドワーフ男性としては、俺がこう言った事で胸を撫で下ろしたはずだ。


「バンダーク様がそう仰って下さるのならば、私もご一緒させて頂こうかしら。」


ピルテは手に持っていた扇を口元に当てて微かに笑う。

その仕草は洗練されているように見える。まるで最初から彼女が貴族の家で育ってきたかのようだ。俺の演技とは雲泥の差というやつである。


「ええ。私としても、ヴィスカ様とお知り合いになれるのであれば、これに勝る喜びはありませんから。」


うーむ。自分で言っているのに、背中がむず痒い。

それはつまり上手く別人のように振る舞えているという事…で良いはずだ。


「それで良いか?」


「はい。こちらはそれで構いません。どうぞ御二方で奥へ。」


店員のドワーフ男性は、臨機応変に対処してくれる。優秀な店員である事が有難い。


俺とピルテが共に奥へ迎えられる事となり、エフを除く全員が同じ場所に集まった。ハイネとエフの意見を参考にこの流れを予想しての事だが…まさかここまで思い描いていた通りに事が運ぶとは思わなかった。経験の差というやつだろうか。


とにかく、俺達は無事に全員で店の奥へと案内され、大きめの部屋へと通された。


あれだけ自信が有ると言っていた店員の態度で分かるように、店の奥はかなり高級感の有る場所になっている。

ただ、高い物が沢山置いてあるというよりは、見ただけで高いと分かる高級品がポイントで置いてある程度。

高級店である事を主張し過ぎない事によって、寧ろ高級感が増しているように見える。その場に置いてある物は値段を聞きたくないような物ばかりだろう。


そんな部屋に通された俺達は、座り心地最高の椅子に腰を下ろす。


「少々こちらでお待ち下さい。」


そう言って店員のドワーフ男性が部屋を出ると、直ぐに別の店員が飲み物を運んで来る。


店頭に居る時とは別格の扱いだ。


暫く、ピルテと初めて会ったかのような会話をしながら部屋の中で待っていると、先程の店員ドワーフとは違うドワーフ男性が現れる。


ずんぐりむっくりなのはドワーフ特有のものであるのだが、彼はどこかスマートなイメージを受ける。

体格自体はそれ程他のドワーフ達と変わらないのだが、立ち居振る舞いや服装、髪型がスマートに見せるのだろうか。

そんなドワーフ男性は、きっちりと整えられたオールバックの茶髪を後ろで三つの三つ編みにしており、髭も同じく三つの三つ編みにしている。

服装は肩がしっかりとしたスーツのような物を着ている。日本で見ていたようなスーツとは、素材も形も違うが、相手に与える印象は同じようなもので、ピシッとした正装というイメージを受ける。


「はじめまして。ヴィスカ様、バンダーク様。本日は、当店に足を運んで下さり、恐悦至極にございます。」


洗練された上流階級の所作。そんな言葉がピッタリな動きで挨拶するドワーフ。


ドワーフ達は、体格がずんぐりむっくりで、胸板が厚く、眉毛も髭も濃く、言葉を選ばないとしたら、皆ちっちゃいおっさんといった見た目だ。

それ故に、元の世界での美的感覚から言うと、綺麗とか格好の良い…といった言葉は似合わないように感じる。どちらかと言えば、男らしいとか、職人気質だとか、そういった言葉の方がしっくりくるだろう。

しかしながら、俺達の目の前に居るドワーフ男性は、間違いなくスマートで格好良い。


そんなドワーフ男性を見ると、人は見かけによらないとか、見た目で判断するなとか言われるが、見た目も重要だと言われているような気がする。

こういった客商売…あきないをする者達にとっては特に、第一印象というのは非常に大切なファクターの一つなのだろう。

このタイミングで出て来た、店員のドワーフ男性より地位が上っぽい者の見た目が、薄汚い男だったとしたなら、客側は『この店、大丈夫かな?』と思うだろう。

俺も元の世界では社畜…もとい社会人として生きていたから、身嗜みだしなみの大切さは理解しているつもりである。例えば、見た目に気を使っている人というのは、それだけで仕事が出来る人と見られる事が多いものだったりする。そういう感覚というのは、異世界で、種族が違ったとしても、変わらないものなのだろう。


「ごきげんよう。今日は貴方が案内して下さるのかしら?」


俺が呆気に取られていると、ピルテが喋り出す。


「はい。申し遅れました。私は、この店、バナスの店主ゲルギフと申します。」


「ふふふ。良いお話が聞けそうね。」


ゲルギフの姿を見て、好印象だということをピルテが言葉にする。


その言葉を聞いたゲルギフは、軽く頭を下げ、それを返事とした。


場の空気が、俺の適応範囲外である気がして尻込みしてしまうが…俺は腹を決めて口を開く。


「店頭に有る商品を見させて貰ったが、どうにもしっくり来ない。ここへ入ればそれなりの物を見せて貰えると聞いたのだが。」


「はい。店頭に置いておく事が出来ない物については、厳重に保管しておりまして、お客様にのみお出しする事にしておりますので。」


言葉のアクセント一つで、客側の気分を上げてくるゲルギフ。特別な…なんて言われて嫌がる者は少ない。

見た目通りやり手の商人らしい。


「どのような物が見られるのか…楽しみですわ。

この子と、ばあやにも何か良い物が見付かると嬉しいですわ。」


ピルテが婆やに化けたハイネと、小さくなったニルを見て言う。


「お嬢様はいつもお優しいですねぇ。」


ハイネのおばあちゃんっぽい声を聞いて吹き出しそうになるが、全力で我慢。ここで笑いを堪えている事を悟られてしまえば、計画どころか命が危ない。後で絶対殺される。


「わ、私は…」


「何を言っているのよ。もう家族なのだから遠慮する必要は無いのよ。」


もじもじするニルの演技に、ピルテが手を握って反応する。

二人の正体を知らなかったとしたならば…この貴族のお嬢様が、最近、奴隷の女の子を不憫ふびんに思い買い取り、妹のように接しているのだろう…なんてバックグラウンドを想像してしまいそうな光景である。


「最高の物をご用意しておりますので、どうぞご期待下さい。」


本当に自信が有るからか、ゲルギフはハッキリと言い切って微笑する。

そして、彼の自信の裏付けとでも言うべき代物が次々と部屋の中へと運び込まれて来る。


「こちらはドワーフの職人、その中でも取り分け優れた職人とされる者が作った物です。」


「なるほど……確かにこれは良い物だ。他の物も悪くはなかったが、これは別格。」


「流石は大商人バンダーク様。一目でお分かりになりますか。」


「これは態度を改める必要が有りそうですな。」


俺は笑顔を作り、ゲルギフの目を見る。


「商人は、ナメられたままでは居られませんからね。」


俺の演じる大商人バンダークは、横柄な態度を取っていた。それは、俺の勝手なイメージからではあるが、大商人というからには、商人としての才覚を少しでも見せるべきだと考え、良い物を出してきたゲルギフに対して敬意を示す。


横柄な態度を取っていたのだから、当然ゲルギフは、俺が…正確には俺の演じるバンダークが、この店の事を軽く見られていると感じるのは当たり前と言える。その考えを改め、しっかりとした取引をしよう。そういう意味での言葉であり、ゲルギフもそれが分かっているからの受け答えという事である。


「ですが、我々の事も分かって下さったようなので、ここからは互いに良い関係を作っていけると感じております。どうでしょうか?」


「そうですな。ここまでの事は一度水に流して…ですな。」


俺の言葉を聞いた時…一方的に侮っておいて、調子の良い事を言う。と思うかもしれないが、ゲルギフの方はそんな事を感じてはいない様子だ。

この場合、大商人バンダークが、この店を軽く見ていた理由というのは、店頭の品々に有る。それは自分達の品揃えが原因であり、軽く見られたのは自分達の責任だと思っている為、ゲルギフもこれで関係をリセットしようと言ってきたのである。


こういう商人魂というのは、少し一般の考え方からはズレているような気もするが、これまでやり手の商人を何人か見てきたし、ヒュリナさんとは専属商人の契約を結んでいる為、そういう話も何度か聞いていたので知っていた。

とは言え、状況によって様々な捉え方が有るものだし、必ずしも上手くいくとは限らない。そんな賭けのような事をしなくても、普通に接していれば問題無いのではないかと思うだろうが、ヒュリナさん曰くそうでもないらしい。


相手が客であれば話は別だが、商人同士の話し合いである場合、敢えて相手を挑発するという事もよくある話らしい。

何でも、そういった険悪とも言える関係の中で、相手の商人がどう対処するのかというのが重要との事。


相手の商人に侮られたとして、怒るのは二流以下。受け流すのが一流。逆に相手に実力を見せる事でな関係にするのが超一流らしい。

自分達が上に立つのではなく、というのは、商人同士の場合、どちらかが上に立つと、必ずその関係性は失敗するかららしい。

商品と金をやり取りする場合、どちらが取り過ぎても恨みを買ってしまう。恨みを買えば、信用が命である商人にとって、相手が誰であっても商売はやり辛くなるからだ。

この話はヒュリナさんから聞いたのだが、元々はヒュリナさんが所属していた商業ギルドのギルドマスターであり、ヒュリナさんの商人としての師匠であるドルトーさんの言葉らしい。


そう言われてみると、ヒュリナさんも、商人として商人と話をする際には、強気な態度を見せつつも、対等に話をする事が多かった。

その点だけを見たとしても、ドルトーさんとヒュリナさんは超一流の商人という事になる。

そして、それと同じ対応をしたゲルギフもまた、超一流の商人と言えるだろう。


そうして相手の力量というのか、商人としての腕を互いに認め合う為の時間が有った関係と、そうではない関係では、その後の対応が大きく変わってくる。

俺がやり手の商人バンダークという人間を名乗るのであれば、この程度のやり取りはしておかなければならないのだ。

また、俺達の本当の目的の為にも、バンダークという人間をある程度信用してもらわなければならないので、このやり取りは必要な事だったと言える。


そんなちょっとした綱渡りが有った後、ゲルギフとの関係は一度水に流し、対等な立場として話し合いが出来た。


正直、彼が奥から持ち込ませた品々は、どれも喉から手が出る程に欲しい物ばかりだった。


この世界での武器や防具は、NPCの経営する店で買うか、プレイヤーの中でも生産に力を入れる者達から買うか、イベントやダンジョンの報酬で手に入れるかの三つ。


プレイヤーから買うという手段は、プレイヤーがわんさか居たゲームの中でならばまだしも、今の状況ではまず無理だ。そもそも、何人のプレイヤー達がこの世界に飛ばされたのか分からないし、ただでさえ少ない生産特化のプレイヤーがこの世界に来ている可能性は極めて低いと言える。

そうなると、イベントやダンジョンで手に入れるか、NPCから買うかが選択肢になる。

イベントは欲しい時に欲しい物が手に入るわけではないし、そもそもイベントが起きるかどうかも分からない為排除。となると、NPCから買うしかない。


これは、ゲームの時もあまり変わらず、基本的に武器や防具はNPCの店で買う事が多い。

イベントやダンジョンをクリア出来る状態にまで強くなる事が出来れば、買う必要は無くなるのだが、そこまでは金を貯めて武器や防具を買って、また金を貯めるの繰り返しである。

そんな仕様のゲームであるからか、NPCの作る武器や防具というのは、結構質の良い物まで揃っていた。

普通のRPGゲームであれば、金で買える武器や防具より、ドロップしたり報酬で受け取れる武器や防具の方が圧倒的に強い!というのが常識となっていたが、ファンデルジュではNPCの作る武器や防具の方が強いという事もまま有ったりした。

当然ながら、イベントやダンジョンで手に入る武器や防具は、NPCでも作れない物だったり、売れば一生遊んで暮らしても無くならない金が手に入る事も有った為、バランスは取れていたのだろう。


そんなNPCの作る武器や防具、その質の良い物となれば、それだけの金が掛かるし、特殊な効果が付与されていたり、特殊な素材で作られた物はその分高い。故に、トッププレイヤー達の使う武器や防具レベルの物を買おうとすると、とてつもない額の金が必要になる。

しかし、以前から言っているように、そもそもトッププレイヤーが使える武器や防具となると、一つ見付けるだけでもかなり難しい。

俺がわざわざセナという職人に刀を打ってもらったように、並の武器ではプレイヤーの身体能力に耐えられず耐久値が吹き飛んでしまうのである。


そうならない武器や防具となると、かなり貴重な物であり、それを奥からポンポンと出されてしまうと、全て買おう!と言いたくなるのがゲーマーの性。

見た事も聞いた事も無いような秀逸な品々を見れば、使わなくても欲しいという物欲が働くのは仕方が無いと言えよう。


物が出て来た瞬間に『買います!』って言いそうになったのは一度や二度ではない。


勿論だが、出された品々は武器や防具だけではない。

高級な香水や食器、食品、魔具に家具。

とにかく様々な最高級品が出され、そのどれもが普通は買うどころか見る事さえ難しい品々ばかり。

これがゲルギフの本気というやつだろう。


「うむ……どれも素晴らしい物ばかりであるな。」


「そう言って下さると、紹介した甲斐が有りますね。

ヴィスカ様は、何か気になる物でもございましたでしょうか?」


「そうね…個人的には、この香水が気になっていますわ。」


「お目が高い。先程もご説明致しまたが、こちらはかなり希少な香水です。年に数本しか作る事が出来ない物ですから。」


「ここで買わなければ、二度と出会えないかもしれない物…という事ですわね。」


「必要であれば、私共の方で何とか仕入れてみせますが…欲しい時にお届け出来るかどうかは…」


「私もこうして自分で店に足を運び、色々と商人の方々を見て回って来ましたのよ。いつでも仕入れなさいなんて無茶を言うつもりは無いですわ。

その時その時で出会える品々が違う。それこそが買い物の醍醐味というものですわ。」


「いやはや…流石はヴィスカ様。我々のようなしがない商人の事までご配慮下さるとは、感服致します。」


ピルテの演技は本当に素晴らしいの一言だ。ゲルギフもピルテが本当は貴族とは関係の無い者だなんて思っていないだろう。


「どうしましょう…」


品々を見て悩む素振りを見せるピルテ。


「お嬢様。やはり後日、日を改めて来るべきでは…?」


「…そうね。婆やの言う通り、後日また来る事にしようかしら。」


「あの…失礼でなければ、何故後日改めてというお話が?」


悩むピルテを見て、ゲルギフがすかさず理由をたずねる。


「ええ。実は、いつも荷物を持ってくてれている執事が、今日は父に同行していて来ていないのですわ。

大きな買い物をする時は、いつもその執事がお金を管理してくれていたのですけれど…」


「なるほど…そういう事でしたら、購入予約として、こちらの方でお取り置きしておくという事も出来ますが。」


「本当ですの!?」


「はい。本来は許していないのですが…ヴィスカ様のご要望となれば…今回だけ特別にという事で。」


「ふふふ。それは嬉しいわ!」


「いえいえ。折角ここまで足を運んで頂いて、手ぶらで帰させたとなれば商人バンダークの名折れとなります。

ここは、贈り物という事で、私がその香水を買いましょう。」


俺がそう言葉にする。因みに、これは最初から決めていた流れである。


「流石に今日会ったばかりの方にそのような事はして頂けませんわ。」


「いえいえ。ほんの気持ちですから。どうぞ遠慮などせず受け取って下さい。」


「そ、そこまで仰られるのであれば…有難く受け取らせて頂きますわ。」


「ええ。ただ…」


「ふふふ。分かっていますわ。今後、何か必要な物が有れば、バンダーク商会を贔屓にさせて頂きますわ。」


「ありがとうございます。」


ゲルギフは、俺とピルテのやり取りを何も言わず聞いていたが、このやり取りには、商人バンダークが金持ちという意味以外の意味も込められている事に気が付いている様子だ。

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