第673話 ソイヌジャフ (2)
ニルも驚く出来栄えだから間違いないだろう。
かく言うニルは、魔法によって子供の姿になっている。ニルの場合、それだけでもバレないとは思うが、更に、特徴的な髪色を偽見の指輪によって変色させている。これでバレる事は無いはずだ。
「な……なんで私はこれなのよ?!」
怒りを示しているのはハイネ。
一言で言うと、おばあちゃんになっている。
顔や手足等の見える部分には、どうやったのか皺を作り出し、かなりご高齢の人族の女性にしか見えない。
中身が美人で健康なハイネだと知っているから、妙に違和感を感じるが…
というか、これをやると決めていたからエフのやる気が高かったのか…?
「いつもより良いじゃないか。」
「なっ?!」
「お母様もエフさんもそこまでにして下さい。」
エフの挑発的な態度を止めに入ったピルテは、貴族のご令嬢姿。
煌びやかな服装をして髪を巻いている。俺達の中で一番顔に手を入れていない変装だから大丈夫だろうかと心配していたが、これがなかなかどうして…服装や立ち居振る舞いを変えるだけで、元のピルテの雰囲気から大きく違って見える。
「人というのは、相手の顔を覚えたりする時、細部まで記憶している者は少ない。
もっと大きく、全体を雰囲気で覚えているものだからな。下手に手を加えるよりも、雰囲気の方向性を変えた方が良い場合も有る。」
俺が不思議そうにしていると、エフが説明してくれる。
「それなら…俺もここまでする必要は無かったんじゃないのか…?」
口の中の綿がモゴモゴして喋り辛いし…
「…………………」
俺がそう言うと、エフが文句でも有るのかと睨み付けて来る。
「い、いや、文句は無いが…」
「……はぁ…お前の場合、別の役割を与えたとして、それを完全に演じ切れるのか?」
「うっ……」
「そういうのが得意な者は演技力で。それ以外の者達は見た目で誤魔化す。当たり前の事だろう。」
「…はい…」
エフの言葉にぐうの音も出ない。俺に演技は難しい。多少のボロが出ても何とか誤魔化せるようにとの配慮でこの格好らしい。そうと言われたならば頷くしかない。
しかし……敢えてぽっこりお腹のおじさんにされたのには、別の意図を感じるのは俺だけだろうか…?いや。そんな事はない。きっと俺の勘違いだ。エフの口角がピクピクしているように見えるが…勘違いだ。そう信じよう。
俺はどこか解せぬという思いを抱えつつ…しかしながら、完璧な変装である事に間違いはない為何も言えず素直に受け入れる。
「これで簡単にはバレないだろう。ただ、言動には細心の注意を払うんだぞ。変装ではどうにもならない事も有るからな。」
「こんな格好させといてよく言えるわね…」
おばあちゃんになっているハイネが苛立ちながら声を絞り出す。
「お前は人族ならばとっくに死んでいるような年齢なんだから問題無いだろう?」
「このっ!」
エフに飛び掛かろうとしたハイネを止める。
ハイネはおばあちゃんの姿になっているから、おばあちゃんがダークエルフに飛び掛かろうとしているという異様な光景になってしまっている。俺達の元の姿を見ていない人がこの光景を見たら、開いた口が塞がらないだろう。
何とか二人を止め、やっと街の東地区へと移動開始する。
ただ、俺達全員の格好はまとめて見るとおかしな組み合わせだ。
商人とその付き人。子供の奴隷に貴族の娘。そしておばあちゃん。一つの団体とは言い難い組み合わせである為、俺達は二つのグループに別れる事にした。
俺とスラたん。そしてエフの三人で商人グループと、ハイネ、ニル、ピルテの貴族娘グループだ。
別れると言っても別行動するという意味ではなく、グループを分けるだけという意味である。
商人のグループと貴族娘のグループが偶然街で出会うというのはおかしな話ではない。そんな偶然がたまたま起きたという事にするだけの事である。
因みにだが…エフは自分の身は自分で隠せるからと、変装はせずに隠密行動に徹するらしい。
やはり悪意を感じる気が…いや、考えるのは止めておこう。エフのお陰で行動出来るのだ。感謝をするべきだ。うん。
何とか自分を納得させ、俺達は早速東地区へと足を踏み入れた。
他の街とは違い、ザザガンベルには貧困層が少ないのか、廃れた地区というのが無い。
中央地区とそれ以外の地区では、活気の差こそ多少は有れど貧富の差というのは大きくない。正確に言うと貧しい人達が少ないのだ。
それ故に、街のどこに行っても極端に景観が変わるという事はない。街を全て見て回ったわけではないし、貧富の差が無いという話ではないので、どこかにそういう地区が存在はするかもしれないが、今まで見て来たような悲惨な場所は今のところ見ていない。どこもそれなりに綺麗にされている。
酒屋や居酒屋が多いのは変わらないが、逆を言えばどこに行ってもそれだけの余裕が有るという事だ。
オウカ島が旧日本に近いとするならば、このザザガンベルは現代日本に一番近い街ではないだろうか。
俺達のグループとハイネ達のグループは、それぞれで馬車を借りて街の中を進んで来た。
この街に入れる商人と貴族が馬車の一つも使っていないのは明らかにおかしいからだ。
馬車で東地区にまで入り込み、辿り着いたのは何の変哲もない下町の商店街。
活気が有り、人も多い場所だ。
「それで…ソイヌジャフって男はこの辺に居るの?」
俺達が馬車を下りて商店街へ足を踏み入れると、スラたんがピシッとした付き人の格好で俺に話し掛けてくる。
「ソイヌジャフの目撃情報は、この辺りに集中していたから、この商店街のどこかには居ると思うぞ。」
「この商店街のどこか…か…」
スラたんが苦い顔をするのは仕方の無い事だ。
俺達が足を踏み入れた商店街と言うのか……東地区の殆どが商店街と言っても過言ではない程の広さを持っているらしい。
東地区だと街の四分の一という事になる。しかも、そもそもザザガンベルという街自体がかなり大きな街である為、商店街の広さは目が回るようなもの。この中からたった一人を見付け出さなければならないと考えると…普通は嫌だろう。だが、嫌だとは言っていられない状況だ。やるしかない。
「俺達は外から来た人族の商人で、売れそうな物を探している…という事で良かったよな?」
一応、情報収集に動くより先に、自分達の設定は考えてある。
「うん。色々な物を見て回って、売れそうな物を探しているって感じで歩き回らないとね。
ハイネさん達とも一定の間隔を取って動かないとね。
一応、エフさんが隠れて見てくれているから、はぐれたりはしないと思うけど、相手も僕達を狙っているかもしれないから気を付けてね。」
俺達が色々と動き回っている事はソイヌジャフも知っているだろうし、何も対策していないという事は無いだろう。
ハイネ達の予想では、ソイヌジャフが単独で俺達に仕掛けて来る事は無いという事だったが、それは絶対ではないという事を頭に入れておかなければならない。
「ああ。取り敢えず、ここでじっとしているのは不自然だよな。色々と見て回る振りでもしようか。」
「そうだね。」
俺は、スラたんと共に商店街の中を歩く。
太った商人という見た目である事を考え、出来るだけゆっくりと動く。まるで歩き慣れていないかのような動きをするというのは、逆に疲れるもので、演技をするので精一杯だ。
「シンヤ君。もう少し自然にしていないと。」
「そ、そうしているつもりなんだが…太った商人の真似なんて、そう出来るものじゃないだろう?」
「真似はそれなりに出来ているけど、それにばかり気を取られているから、変な違和感が有るって話だよ。」
「うっ……そんな事言われてもな…」
俺だって出来るならば違和感無く動きたいのだが、言われて出来るならば既にやっている。それが出来ないから嘆いているのである。
「ハイネさんやエフさんが言っていたでしょ。その人に成り切ろうって考えるからダメなんだ。その人そのものだと考えろってさ。」
「そのものだと考えろって言われてもな…」
「この世界に来てから、シンヤ君はシンヤ君という人間を演じているの?」
「いや。演じてはいないつもりだ。」
「そもそも、その体は最初から自分の体じゃなかったんだから、同じようなものでしょ?」
「そうか…?全然違うような気もするが…そう言われるとそうなのかもしれない気になるな。
出来そうな気がしてきたぜ。」
単純な性格って…良いよね!
これで俺の演技力というのか、その人物に成り切る力というのが変わったかは分からないが、少なくとも変な目で見られるような事は無かった。
「それにしても…東地区は人が多いね。」
スラたんが何とも言えない顔で言う程に、東地区に集まる人々は多い。人が集まり易い大きな店が多いというのが大きな原因だが、家の外に出ている人の数が多いのもそう感じる原因の一つだろう。
このザザガンベルは、中央が栄えていて外側に行く程田舎になっている。これは東地区でも同じだ。外側に向かう程人の数や店は減る。それでも、買い物をする時は東地区!という事なのか、沢山の人々が買い物に出て来ている。
今まではあまり見なかったが、東地区では何人かドワーフ族以外の種族も歩いていた。
基本的に、商売をする者達は、この東地区に集まるようだ。
「これが偵察だって事は分かっているけど、なかなか見物だから、ついつい目が行っちゃうね。」
「ああ。」
こんな事が無ければ、一ヶ月くらい掛けてじっくりと見て回りたいという程に様々な店と商品が揃っている。しかも、どの商品もドワーフ達の手によって作られた秀逸な物ばかり。
武器、防具、家具、服、アクセサリー、消耗品に至るまで全てが匠の技によって作られている。
それを見ているだけでも全く飽きないし、見た事の無い魔具等も沢山。ゲーマーにとっては、うずうずしてしまうような光景だと言える。
しかし、今回はそれが目的ではない。あくまでも情報収集が最優先である。
とは言っても、ザザガンベルの外で見た事の無い、気になる物ならば、売れるような品が多いだろうし、それに注目する姿は商人と言える。故に、ある程度素直に見て回るのは有りだろう。本来の目的を見失わないようにだけ気をつけなければならないが…
「うおっ?!これはっ?!」
「シンヤ君。」
俺は、店の外から見えるショーケースの中に置いてある商品に反応するが、すかさずスラたんが抑止の声を出す。
「商品に興味が出るのは分かるけど、本来の目的を忘れないようにね。それと、素が出てるよ。」
「うっ…」
スラたんの指摘に返す言葉など無く、俺は言葉を詰まらせる。
「今回の件が片付いたら、一日くらいは街を見て回る時間も取れるだろうから、その時にね。」
「わ、分かっている。」
いや。本当に頭では理解している。よーく分かっている。しかし、体が勝手に反応してしまうのだ。気を付けねば…
「しかし……ざっと見て回ったが、ソイヌジャフらしき男は居ないな。まあ…そんなに簡単に見付けられるとは思っていないが。」
「中央地区に近い東地区って事みたいだけど、それでもかなりの広さが有るからね。」
「ニル達の方も収穫は無しって感じだな。」
俺がピルテ達の方を見ると、俺の視線に気が付いたニルが小さく首を横に振って見せてくれる。
ソイヌジャフは、情報収集をする為の諜報員であり、隠れているわけではないので、この辺りに居るならば見付けられないという事は無いはず。他種族の者達が何人か見えているものの、九割以上がドワーフである為、他種族の者達はかなり目立つ。見逃しているという事も有り得ないだろう。
「エフさんの話では、その辺で得られる情報を収集しているのではなく、もっと深い部分の情報収集を行っているだろうって事だったよね。」
「諜報員だし、簡単に手に入る情報を集めているとは思えないって事だったな。」
「だとすると、いくつかの店に入って話を聞いた方が良いんじゃないかな。」
「…そうなるよな…」
当然。そういう流れになる。そんな事は諜報活動に慣れていない俺でも分かっていた事だ。
「……もしかして、敢えて店に入るのを避けていたのかな?」
「うっ……」
太った商人という格好自体は問題ではない。問題は、その太った商人の役を演じるという事だ。
店に入らずフラフラしていて見付けられるならば、演技をしなくて済む。そう考えていたのだが…そんな事が通るはずもなく…
「シンヤ君。」
ジト目で俺の事を見るスラたん。
ここまでして、ここまで来たのに…とでも言われているようだ。
「そ、そんな目で見なくても、ちゃんと行くから!」
「それなら良いけどさー。」
「お、おう。」
スラたんから目線を逸らしてしまったが、行くつもりではいた。断じて嘘ではない。断じて。
そんな事が有りつつも、俺とスラたんは目に付いた大きめの店へと足を踏み入れる事にした。
敢えて大きな店を選んだのは、ソイヌジャフは、悪い事を企んでいるとかそういう類の者ではないからである。『諜報員』と聞くと暗躍する悪い奴。みたいなイメージが湧いてくるかもしれないが、そんな事はない。単純にドワーフ族との関係を維持する為にという目的で諜報員を送る事だってある。
ドワーフと魔族の関係は、今のところ良好と言えるらしいし、痛くもない腹を探られて嬉しい者は居ない。そんな中でソイヌジャフが問題視されるような諜報活動は行わないはず。
要するに、『お主も悪よのう』みたいな悪代官と呉服屋みたいな事にはならないだろう。
そう考えると、ソイヌジャフはドワーフ族の深い情報を得ようとしていると言っても、表立って得られる情報に限るはず。つまり、裏の暗い情報を集めるのではなく、表の明るい情報を主に集めているという事だ。
そんなソイヌジャフが情報を集める先は、暗躍する連中ではなく、大きな組織だと考えられる。
大きな組織とは、つまりドワーフの中枢に携わっている者達。腕の良い職人や大きな商会等であるはず。
エフもそう考え、そういった場所に入っても違和感の無い人物を想像したはず。そして、俺を商人、ピルテを貴族の娘に仕立て上げたに違いない。
その結論に至った俺は、少しだけ他より値段の高い大きな店に入ったのだ。
「いらっしゃいませ。」
俺が店に入ると、スマートな服に身を包む、ずんぐりむっくりのドワーフ男性が出て来る。歳は…よく分からないが、多分若い。
「今日は何をお求めですか?」
慣れた口調で聞いてくるドワーフ男性。店の中に居る客は多くはないものの、置いてある品物は良い値段である事から、それなりに裕福な者達だと容易に想像出来る。
「良い物を探しに来た。」
「良い物…ですか。この店には、良い物しか置いていませんよ。」
「こちらもそれなりにドワーフの品を見て来たんだ。簡単に唸りはしないぞ。」
「それはそれは…ですが、その点に関しては、特に、自信を持って大丈夫だと言えます。」
「ほほう。期待させてもらっても良いという事か。」
俺は、なるべく偽装している者の気持ちになって、それらしい喋り方を心掛ける。まあ…あくまでも俺の中でのイメージだが。どことなく悪役っぽい喋り方になっているような気がするが、別にそんな印象は無い。気の所為だ。
「ええ。はい。勿論でございます。」
相手のドワーフもこういう客に慣れているのか、ニコニコしながら話をスムーズに進めてくれる。
スラたんは付き人である為黙って後ろで直立不動。
立っているだけで演技になるならば、俺もそちらの方が良かった…
そんな事を思っていても、それこそ今更という話なので、俺はドワーフ店員との話に花を咲かせる事にした。
店員のドワーフ男性には、変な客が来た…とか思われているかもしれないが、品物を買い求めに来ている以上、客は客。特に、商人のようなまとまった金を落とす可能性が高い相手の事は無下にはしない。
それなりに話も弾むし、単純に興味を持てる物が出て来るから反応に困る事も無い。
「どうでしょうか?」
いくつかの品を勧めたドワーフ男性が、俺の反応を探る。
「悪くない。だが…もう一言欲しいところだ。」
「…これ以上となると、それなりのお値段になってしまいますが…」
「ここへは買い付けに来たのだ。」
「これは失礼致しました。」
俺が金を持っていると伝えると、店員は深々と頭を下げる。
「それでは、こちらへどうぞ。奥へご案内致します。」
そう言って、ドワーフ男性の店員が奥へ続く扉を示す。
「あら。そちらの方は案内して頂けるというのに、私は案内して貰えないのかしら?」
俺が店員の案内に従おうと思った所で、横から声が飛んで来る。
聞き馴染みの有る声。ピルテの声だ。
声のした方を見ると、老婆の姿になったハイネと、質の良い服を着ているけれど枷が見えているニル。そしてそんなニルと手を繋ぐピルテの姿。
ザザガンベルにおいて、奴隷を持つ者は嫌われるのだが、ニルの格好や、手を繋いで仲良さそうにしている姿を見れば、奴隷としては扱われていないと誰でも分かる。故に厄介事は避けられている。
ピルテの姿が、見るからに貴族の娘!というのもある程度の抑止力になっているだろう。
「そちらの方は、デルスマークの大商人、バンダーク様とお見受けします。」
「まさか、私をご存知とは…挨拶が遅れて申し訳ございません。テーベンハーグのヴィスカ様。」
俺とピルテは茶番を演じる。
これは最初から決めていた話の流れだ。
互いに相手の事は知っていたが、会ったのは初めて。そんな雰囲気を上手く作り上げる。
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