第671話 ペップル

ニコッと笑うニルに励まされつつ、俺達は帰路に着く。

俺達が魔族に関する情報を集めているという噂も、近く広まるに違いない。それが、この街に滞在している魔族の者達に届く前に、ある程度の情報を集められると嬉しいのだが……結局、何も情報が得られない日は、それから三日間続いた。


スラたん達の方でも、この街に滞在している魔族については、何人かの情報を集められたみたいだが、結局話を聞けそうな者ではなかったらしい。


何とか話が出来る者を探そうとしていたのだが、結局誰とも話は出来ず、肩を落とすしかなかったのである。


そんな俺達にとって、状況の変化が起きたのは、四日目の昼前の事だった。


いつも通り、俺とニルは街中で情報を集める為にあっちにこっちにと動き回っていた。

しかし、重要な情報は得られず、俺達は今日もまた何も得られないのかと苦い思いをしていた。


どうしようかと迷いつつ、俺とニルは、街中に在る広場に来ていた。


それ程大きくもない広場だというのに、ザザガンベルの広場はどこもお洒落で、まるで一枚の絵画のようだ。

広場の中心に在る小さな噴水。それを飾るように美しい彫刻が施されている。俺達の状況がもう少し上向きならば、それらの彫刻も美しいと単に感動出来たのだろうが…どことなく嘲笑われているような気分になってしまう。


そんな気分だとしても、腹は減るもので、一度情報収集を諦めて、食事をしようかと悩んでいると、どこかからか、弦楽器の音色が聞こえて来る。

そして、奇妙な光景を目の当たりにする事となる。


吟遊詩人ぎんゆうしじんでしょうか?」


この世界の吟遊詩人というのは、色々な街を巡っては、世の中の動きを音楽と歌で広める人達の事である。日本で言うならば、紙芝居のおじさんが近いだろうか。


「お…恐らく…?」


この世界に来て、特別取り上げる事は無かったが、吟遊詩人は大きな街には何人か居るもので、今までにも何人かは見た事が有る。

どこぞの有名な冒険者が強いモンスターを倒しただとか、どこかの街で暴動が起きただとか。彼等からよく聞くのは、神聖騎士団の動向だ。お陰で、どの程度の動きがこの世界で起きているのかくらいは把握出来ている。

当然、吟遊詩人は馬車等で街から街へと渡り歩いて、歌として情報を広めている為、情報のは有る。

今日、吟遊詩人から情報を得たとしても、その情報が、今現在起きている事ではないという事である。


吟遊詩人が使う楽器は特に決まっておらず、それぞれが得意な楽器を使う。俺の個人的な印象としては、笛や弦楽器が多いだろうか。


そんな吟遊詩人の一人……らしき者が、広場の隅でギターのような楽器を鳴らして鼻歌を歌っている。


と言ったり、ニルの言葉に対して恐らくと答えたのは、それが吟遊詩人なのかどうか、判断が出来ないような状態であった為である。


鼻歌を歌っている者は、全身を真っ白な鳩に覆われており、マジシャンもびっくりな状態だったのだ。

流石に、鳩に覆われ過ぎて本人の顔が分からないなんて事はないが、肩や頭、足や足元に鳩が密集している。

餌を鳩に与えたとしても、そこまで集まらないだろうという数だ。


「あれが鳩飼…でしょうか?」


「そんな安直な…」


俺も、鳩が群がるのを見て、という言葉が頭に浮かんで来たが、それはあまりにも見たまま過ぎる。

それに、俺が見る限り、怖い都市伝説の登場人物のような印象は全く受けない。少なくとも、怖いという印象はまるで無い。話を聞いてもらう事で金を稼ぐ吟遊詩人にとって怖いというのは致命的である為、当たり前と言えば当たり前の事なのだが…

とにかく、この吟遊詩人が、そんな都市伝説の登場人物とは思えない。


「それもそうですよね。ですが、吟遊詩人という事は、何か情報を持っているかもしれませんよ?」


「言われてみればその通りだな……話を聞いてみるか。」


その吟遊詩人は、ドワーフ族ではない。人族でもなさそうだ。そんな吟遊詩人が、鳩飼の事や、魔族の事をよく知っている…とは思えないが、何か手掛かりくらいならば知っているかもしれない。そんな一縷いちるの望みとも言えるような微かな希望に縋る思いで、俺達は鳩に包まれた男に話し掛ける事にした。


「綺麗な曲だな?」


バザバサバサバサッ!!


俺が吟遊詩人に話し掛けると同時に、周囲に居た鳩達が一斉に飛び立ち、落ちた羽が何枚か宙を舞う。


それを見た吟遊詩人は、少しだけ寂しそうな顔をしたが、直ぐに明るい顔へと変わり、俺の方へと視線を向ける。


「僕に何か用かな?」


遠目から見ている限りには分からなかったが、近付いて見ると、吟遊詩人は体が人族より一回り大きい。

戦士ではなく吟遊詩人である為、筋肉隆々ではないが、大男と言えるサイズ感。恐らくはギガス族の者だろう。

テンガロンハットのような形の焦げ茶色の帽子を被り、弦が四本のバイオリンのようなサイズのギターを持っている。

服装は、安物でヨレヨレな革製のジャケットを着ており、肩まで伸びた緩いウェーブの掛かった茶色の髪。ニルよりも少し薄い青色の瞳だ。


「俺はカイドー。冒険者だ。」


「僕の名前はペップル。見ての通り吟遊詩人だよ。」


「色々と話を聞きたくてな。」


「吟遊詩人に話を聞きたいだなんて、酔狂な人だね。」


吟遊詩人のペップルが言うように、この世界での吟遊詩人というのは、遊び人のようなイメージを持たれている職業である。

結局のところ、吟遊詩人の歌というのは、それが例え嘘だとしても、聞いている者達が楽しめればそれで金を稼げる。故に、全て真実を歌っているという事ではなかったり、それこそ都市伝説のような眉唾物の話も歌っていたりする。

その為、吟遊詩人の情報は、信用度としてはあまり高くなく、話半分で聞く事が多い。実際、吟遊詩人は話を大袈裟にしている事が多いし、話半分で聞くべきだと皆知っている。

つまり、情報屋としては信用度が低いと言われているという事だ。だからこそ、街には吟遊詩人とは別に情報屋という職業が成り立つのだ。


少し話が逸れてしまったが、ペップルが言うように、敢えて吟遊詩人に話を聞きに来る者というのは、酔狂な者と見られる事が多い。

要するに…そう思われても仕方が無いと割り切ってしまえる程、俺達は情報の収集ができていないという事である。


エフの読みでは、俺達の動きが相手側に伝わっており、情報を与えないように操作されているのではないか…という事だった。

魔王が本気で俺達を警戒しているとするならば、その可能性は十二分に有る。だとすると、魔族から情報を得る事は難しい。俺達は相手の手のひらの上で踊らされていたという事だ。

ある程度予想していた事ではあるが、こうして動かれると、魔族という巨大な組織の力を思い知らされる。

盗賊とは違って、数だけではなく、統制が取れており、俺達数人だけではどうする事も出来ない差が有る。盗賊連中とやり合った時のように、力押しだけでどうにかなるような相手ではないという事だ。

その結果、こうして吟遊詩人の情報を頼みの綱にする程になってしまったという事である。


「あれ程鳩に囲まれている者を見れば、誰だって気になるだろう?」


「そうかな?」


吟遊詩人らしいと言うのか、飄々ひょうひょうとした態度で俺の話を受けるペップル。


「鳩に好かれる餌でも持っているのか?」


「持っていないよ。鳩にあげる物が有るなら、僕が食べているさ。吟遊詩人は常に金欠だからね。」


「鳩の餌でもか?」


「鳩の餌でも食べられるからね。」


吟遊詩人ジョークではなく、本気らしい。


「見たところ、ギガス族みたいだが…よくこの街に入れたな?って…俺が言うのもおかしな話だが。」


「僕は友証をある人から貰ってね。時々足を運んでいるんだ。この街は複雑だけれど、どこを見ても綺麗で、芸術に溢れているからね。」


「確かに、この街ではどこを見てもドワーフ達の技術が活かされているな。

音楽とは芸術として別物だと思うが、やはり感じ入るところが有るって事か。」


「まあね。」


そう言って弦を優しく弾いて鳴らすペップル。


「それで?僕に聞きたい事が有るんだよね?」


「ああ。いくつか質問しても良いか?」


「構わないよ。声を出すのが僕のだからね。」


仕事という言葉を強調したのは、金を払えば情報を話す…という事だろう。


俺はその場で金を取り出す。


「これで口も軽くなりそうか?」


「楽器の音色のように言葉も滑り出すってものだね。」


「それは良かった。」


守銭奴のような会話に聞こえるかもしれないが、これは至って普通のやり取りだ。吟遊詩人だって食う物を食わなければ生きていけないのだから。


「まず、神聖騎士団の最近の動向について聞いても良いか?」


いきなり本題に入るというのはがっつき過ぎだ。俺達の狙いが丸分かりになってしまう。


「神聖騎士団か…本当に連中は最悪だよ。

彼等は、後世に残さなければならない物だろうと何だろうと、全て破壊するからね。自分達の価値基準に合わないものは全て悪なのさ。それが人であれ…ね。」


「神聖騎士団がクズだって話には同意するよ。俺達も被害を受けた口だからな。

あのクズ共は、最近どうしているんだ?」


「僕の知る限りでは、最近は大人しいみたいだね。と言っても、既にいくつもの街や村が襲われているし、被害は甚大だよ。

僕がよく行く街もいくつか廃墟と化してしまって、よく見る顔も何人か…ね。」


「そうか…」


神聖騎士団の事については、ナームからも聞いている通り、最近は動きが無いとの事らしい。

世界への侵攻という大事を成すというのは、それ程簡単な事ではない。ひたすら進軍しようとしても、兵士は疲れていくし、侵略した街や村もそのまま放置ではなく、補給拠点にするなりの作業も必要になる。侵攻をずっと続ける事は出来ないという事だ。

適宜休戦期間を取る必要がある。それが今という事だろう。


小人族や巨人族と、俺達が妨害した事案も有るし、聖騎士と呼ばれる連中も三人屠った。その穴は決して小さくはないはず。それらの事も含めた立て直しに時間を割いていると考えれば……いや、同時に世界侵攻における裏での動きも行っていると考えるべきかもしれない。

神聖騎士団の動きや態度を見る限り、世界を手中に収めるのを難しい事だと認識している者達は少なかった。奴等の脳内では、もっと楽に世界を手中に収められると考えていたに違いない。

しかし、蓋を開けてみれば、俺達に加えて獣人族を先頭にした強い反撃。思ったようには侵攻出来ていないのではないだろうか。

話によると、大きな街では、長く神聖騎士団に対抗しているらしいし、想像よりも手こずっていると考えて良いはずだ。その辺の甘かった考えを一度白紙に戻し、もう一度計画を練り直しているという事なのかもしれない。何にしても、今現在は動いていなくても、神聖騎士団がこれからも様々な物や人を傷付ける事に違いは無いだろう。


「今のところ、大人しくしているみたいだけど、それもいつまで続くのか分からないよ。また凄惨せいさんな戦いが各地で起きるはずさ。

それがいつになるのかまでは分からないけど、そう遠くはないと思うよ。」


「根拠は有るのか?」


「僕なりにね。」


ペップルの話によると、最近、色々な街で武器の流れが活発化しているらしい。

神聖騎士団に向けて流れている…という意味ではなく、大きな街に流れる武器の数が一気に増えたとの事。

ペップルだけではなく、多くの者達が、それは神聖騎士団がそろそろ動き出し、街に攻め入って来るのを防ぐ為だからだろうと感じているようだ。

そして、恐らくその予想は当たっているだろう。

武器を仕入れたりしているのはその街の領主や、それに近しい者達。つまり、王族や貴族達だ。

彼等には彼等にしか持ち得ない情報網が存在し、それは恐ろしく正確である。彼等が来ると読んでいるのならば、まず間違いなく来るはず。


のんびりとしている時間は無いという事である。


その情報を聞いて、より一層焦りが募る。


「街を離れられる人達は、既に避難しているって聞いたよ。」


「避難出来る人達は、まだ運が良いって話か。」


「そうだね。本当に…あいつらの話を聞くと嫌になるよ。」


「…………………」


ペップルの話を聞いて、少し気分が落ち込む。しかし、神聖騎士団の事は最初から分かっていた事だ。今更落ち込んでも仕方が無い。


「それで?他にも聞きたい事が有るんだよね?」


「ああ。この街に滞在している魔族について、何か知っているか?」


「魔族…?そんな事を聞いてどうするのさ?厄介事は御免だよ?」


「あんたに迷惑を掛けたりはしないさ。」


「……………」


ペップルは、俺達にどこまで話すべきかを迷っている様子だ。

俺達の事を信用出来るかどうかなど、会って数分のペップルには分からないのだから仕方の無い事だ。それに、俺が厄介事を起こさないとは言わず、迷惑を掛けないと言った事にも引っ掛かっているのだろう。

ただ、嘘を吐いて情報を得た場合、ペップルが自分に火の粉が降かかる可能性を除外していたとすると、最悪、ペップルの命が危険に晒される。それはよろしくない。

まあ、ペップルが、俺達の言う事を全て信じるとは思えないが、どうせ疑われるのであれば、嘘を吐かない方がマシというものだろう。


「正直者は損をする…と思うよ?」


「そういう事も有るだろうな。でも、そういう性格なんだ。」


「……良いね。面白いよ。」


そう言ってペップルは弦楽器を鳴らす。


「面白いというのは重要な事だよ。特に、僕達のような吟遊詩人にとってはね。」


ペップルは、何やら楽しそうに鼻歌を歌っている。


「僕達吟遊詩人の人生は、宛の無い船旅みたいなもの。何も無い平坦な海の上では、面白い事が全て。だから、僕達吟遊詩人は、面白いかどうかが判断基準になるんだ。

当然、面白い話はお金も稼げるからってのもあるけど、それ以上に、自分達が面白いと思えるかどうかってのが重要なんだ。」


「面白い…か。そこまで言って貰えるような内容だとは思えないんだが…」


「それはそれぞれの感想が有るからね。僕が面白いと思えた。それで良いのさ。

ただ……君達を面白いと感じたのは本当だし、僕の知る情報を喋ろうとは思うけど、君達を信用したという事ではないよ。」


「それはそうだろうな。」


要するに、信用はしていないから、知っている事を全て話してくれるという事ではなく、ペップルのさじ加減で話をしてくれるという事である。

いきなり全てを信じて何でも話してくれると言われるとは思っていないし、そんな事を言う奴の言葉は寧ろ怪しい。これくらい警戒されている方が自然だ。


「それで構わない。知っている事を教えてくれ。」


「そうだねー……」


ペップルは、顎を人差し指でトントンと叩いて悩んでいると態度で示す。


「僕の知っている事はそれ程多くないよ。

魔族は、あまりドワーフ族以外の種族とは関わろうとしないからね。

ただ、ドワーフ族とは関わるから、情報が全く取れないって事はない。

それで、どんな事が聞きたいのかな?」


「……俺達と話をしてくれそうな魔族に心当たりは無いか?」


「話…?……なかなか難しい質問だね。」


ペップルの反応からも、このザザガンベルに滞在している魔族達が、話が出来る相手ではないと分かる。


「誰とでも話をするような魔族は、この街には、なかなか居ないよ。」


「その言い方だと、皆無って事でもないのか?」


「中には変わり者も居るからね。僕の知る限り、一人だけ積極的に話を聞いてくれそうな魔族が居るよ。」


「本当か?!」


「まあ、会えるかどうかは君達の運次第だけどね。」


「どういう事だ…?」


「僕が言っている魔族の名前は、ソイヌジャフ。ウィンディゴ族の男。」


「ウィンディゴ族か…」


ハイネ達の話に一度だけ出てきた種族名で、四魔将よんましょうと呼ばれる魔族最高峰の四人。その内の一人が、このウィンディゴ族だったはず。


特徴としては、小柄で手足が長く、極端な猫背、鹿のような角を持っていると聞いた。

実際に見た事は無いが、素早い動きを得意としているらしい。

この街に来ているソイヌジャフという男が、戦闘に特化している…とは思えないが、それなりに戦えて、更には護衛も従えていると考えるべきだろう。

ペップルの話から、戦闘になる事は無いと考えられるが…注意はしておくべきだろう。


「それで…運次第っていうのは?」


「ソイヌジャフは、この街に来ても、決まった場所に留まらず、色々と歩き回っているらしい。

色々な人達とコミュニケーションを取っているから、運が良ければ会えるかもね。」


「この街には滞在しているんだよな?」


「どうかな。二日前に滞在しているって話は聞いたけど、今も滞在しているかは分からないね。僕がソイヌジャフの事を全て知っているわけじゃないからね。」


「それでも有難い。」


「さてさて。君達はそれを聞いて何をするつもりなのか…想像が膨らむねー。」


そう言って笑うと、ペップルはまた弦楽器を鳴らして鼻歌を歌う。


「もう一つだけ良いか?」


「何かな?」


「……魔界へと入る方法を知らないか?」


「魔界ねぇ…」


魔族の事を聞いたり、魔界の事を聞いたりと、何をするのか気になる質問ばかりだと自分でも思うが、聞かないわけにもいかない。

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