第670話 一人前

俺達が色々と聞いて回っているのは、合わせて二日程度。それなのに、既に俺達の動きが、シドルバ達の耳に入っているらしい。


「…耳が早いな。」


「街はデカいかもしれないが、この辺りの連中とは長い付き合いだからな。」


「迷惑を掛けてしまったか?」


「いや。そんな事で迷惑になんてならねぇさ。

色々と話が回って来るから、自然と耳に入っただけの事だ。

しかし…話を聞くに、面倒事に首を突っ込もうとしているみたいだな?」


「面倒事…と言えばそうかもしれないな。」


「控える事は出来ねぇのか?」


「……ああ。」


「…そうか。」


俺達にとって、魔界へと向かう事は、絶対に必要な事であり、避けられない事だ。危険である事は分かっているが、それでも、探る事を止めるという選択肢は無い。


「出来る限りシドルバ達に迷惑を掛けないように気を付けるさ。もし、それでも迷惑を掛ける事になりそうならば、宿にでも行って泊まるから安心してくれ。」


「水臭ぇ事言うんじゃねぇよ!」


ドンッ!!


シドルバが、極太の腕を振り下ろし、テーブルを叩く。


テーブルの上に乗っていた食事が一瞬浮き、ガチャンと音がする。


「やると決めたら最後までだ!ドワーフ族に二言は無ぇ!」


酔っているという事も多少は関係しているのかもしれないが……豪快過ぎる。

シュルナの事を考えると、やはり危険は避けるべきだと思うし、シドルバもそれは分かっている……はずだ。


「シュルナも居るんだから、そういう危険な事に首を突っ込むのは…」


バンッ!!


俺が言葉を最後まで言い終わる前に、シドルバがテーブルに強く掌を打ち付ける。酔っていて目が据わっているからか、妙に威圧感が有るシドルバ。何かまずい事でも言ったのかと不安になる。


「……このテーブル。」


緊張していた俺に、シドルバが言葉を放つ。


「…テーブル…?」


「このテーブルは、シュルナが一人で作った物だ。」


「そ……そうなのか?凄いな!」


いきなり何の話が始まったのだろうかと疑問に思ったが、俺は相槌を打つ。


「ああ。なかなかやりやがる。流石は俺とジナビルナの娘だ。」


そう言って、優しい目をしてテーブルを眺めるシドルバ。

何度かシドルバの太腕でテーブルを叩いたというのに、傷も凹みも見当たらない。それだけ素晴らしい物だという証だ。

単なる娘自慢…という話ではなさそうだが…何が言いたいのだろうか?


そう不思議に思っていると、テーブルから視線を上げたシドルバが、俺達の方を見る。


「ドワーフ族ってのは、誰かに自分の作品を買って貰った時から一人前だと言われる。

そして、このテーブルは、俺とジナビルナが物だ。」


「……つまり、シュルナはもう一人前だって事か?」


「いや。俺とジナビルナは親だからな。

師匠でもあるわけだが、やはり親である以上、他人と同じようには見られない。勿論、そうならないように厳しく判断しているつもりではあるが、完全に他人として見る事なんて、親には出来ないものだ。

だから、まあ半人前ってところだな。」


「十三にして既に半人前…か。凄いじゃないか。」


いくら親の贔屓目ひいきめが有るとは言っても、シドルバとジナビルナはドワーフ族の誇る職人の一人。生半可な物を作り、それを認めるような真似をするはずはない。彼等はプロ中のプロなのだから。

それを、よわい十三にして半人前と言わせる実力を持っているシュルナは、控えめに言って天才の部類だろう。勿論、その裏にはたゆまぬ努力が有ってこそだということは分かっている。それは、シュルナの手を見れば一目瞭然。女の子なのに固く厚い掌の皮、火傷の跡がいくつも見える腕。それだけの努力をしたに違いない。

凄いという言葉は、お世辞でも相槌でもなく、本当に思っての言葉である。


「ああ。俺やジナビルナを超えるような職人になるだろうな。」


嬉しそうな、しかし寂しそうな顔をするシドルバ。

子供の成長を見る親の気持ちというのは、誰でも似たようなものなのだろうか。

俺の両親も、稀にそんな表情をして俺の事を見ていた記憶が薄らと脳裏に浮かぶ。


「先が楽しみだな。」


「ああ……要するにだ。世間では半人前とされるシュルナだが、俺とジナビルナは、シュルナを既に職人として認めているという事だ。」


「…??」


「職人として認めているという事は、つまり、既に自分の技術のみで食っていけると認めているという事。

それは、自分で考えて、自分で選択し、自分で責任を取れるという事だ。要するに、俺とジナビルナがシュルナを守るのではなく、自分で自分の身を守れるという事だ。危険だと判断し、この件から手を引くも良し。危険だと知っていながら手を貸すもシュルナの自由。

俺とジナビルナが心配するのは親として当然の事だが、シュルナ自身の選択を俺達が否定する事は無い。」


この話になったのは、シュルナの事を考えて、危険な状況は回避するように……という俺の言葉からだ。

その返答として、シュルナはシュルナで自分の行く道を決めるから心配無用……と言いたいらしい。


強引というか、あまりにも突き放した言い方というか……

シュルナはまだ十三歳。子供だ。それなのに、既に一人の大人として扱っているように感じる。

いや、元の世界でも、日本人の親離れ子離れは他の国より遅いと聞いた事が有るし、日本人だからそう感じるのかもしれないが…それにしても、十三歳は大人扱いするには若過ぎる気がする。

歳に関係無く、腕で大人かどうかを決めるというのは、ドワーフ族特有の風習なのだろう。違和感が凄いが、それがドワーフ族だと言われてしまえばそれで納得するしかない。


「私は、そんな事で逃げ出したりしないよ。」


唯一シラフのシュルナ、俺の目を真っ直ぐに見ながら言ってくる。

その目は、十三歳のものには見えなかった。


「寧ろ……私達の事を考えてここを出て行くような事になったら…その方が嫌。」


「……………」


危険には関わらない方が良い。それは一般常識だと思う。実際、この世界に来てから、色々な人達に助けられてきたものの、それはかなり特殊なケースだ。本来であれば、危険に襲われるであろう相手にわざわざ関わろうとする奴は居ない。煙たがって離れて行くか、そもそも近寄らないかのどちらかだ。


それに対して、シュルナ達は、寧ろ自分達からその危険な場所へと足を踏み入れようとしている。

それは、俺達を思っての事である事は明白だし、俺達としては嬉しい限りではあるが、俺達のせいで彼等が傷付いた場合、俺達の罪悪感は尋常ではないだろう。

だからと言って、シュルナ達が助けてくれようとしているのを無下にするわけにもいかないし…というジレンマに陥ってしまう。


「俺達としては、三人に被害が及ぶような事にはならないというのが一番重要な事だ。ニル達は寝てしまっているが、同じ気持ちだろう。」


俺がそう言うと、起きているスラたん、ピルテ、エフが静かに頷く。


「引き際は心得ているつもりだ。無茶をしたりはしねぇさ。」


「私も、まだまだ半人前だけど、そういう事はおっとーとおっかーから教えてもらったよ。だから、変に気を使わないで欲しいな。」


「……何故そこまで親身になってくれるんだ?」


三人が非常に優しい人達である事は既に知っているし、クルードという人族の男性との一件で、他種族に対して寛容である事も分かっている。だが、それにしても……あまりにも優し過ぎる。


「クルードさんとの一件の話はしただろう?」


「…それは聞いたさ。それを考えたとしても…」


「不自然…か。」


「……………」


シドルバの言う、という言葉が正しいのかは分からないが、普通ではないという事は間違いないだろう。ここまでしてくれるというのは、クルードの事だけでは説明が出来ない…ような気がする。


「まあ…そう思われるのも当然か。」


「…やはり、何か理由が有るのか?」


「そうだな……理由は有る。」


シドルバは、そこまで言って口を閉じる。


理由を話す気は無いらしい。


「理由がどうしても聞きたいって事じゃないし、話したくない内容ならば聞かないさ。

ただ、俺達のせいで三人が被害を受けるような事が有って欲しくないというだけの事だからな。」


シドルバが、敢えて理由が有る事だけを伝えたのは、恐らく俺達の事をそこまでは信頼しているという証だ。

ただ、俺達と出会ってからまだ数日。全ての事を包み隠さず話す程に信頼し合っているわけではないという事だろう。

三人は優しいし、信頼出来ると分かっているし、シドルバ達も俺達に対して同じように感じてくれている。だからこそ、そこまでは話してくれたと取るべきだろう。

しかし、何がどうなってどこから情報が漏れるかも分からないのに、たった数日間の間柄で話せる事はそこまで多くはない。それは、俺達がシドルバ達に対しても同じである。

信頼出来る出来ないだけでは、話せない内容の話も有るという事だ。


「すまねぇな。」


「謝る必要は無いさ。俺達だって話せない事は有る。」


「まあ…とにかくだ。好きなようにしてくれて構わねぇし、俺達が途中で突き放すような薄情な真似をする気はねぇって事だ。それだけは分かって欲しい。」


「私も、おっかーも同じだよ。」


シドルバの言葉に、シュルナとジナビルナも頷いてくれる。


「疑ってはいないさ。本当に助かっている。この街に来てからずっとな。」


「へっ!助けたなんて思っちゃいねぇよ!気にするんじゃねぇ!」


そう言って酒を飲み干すシドルバ。


その姿は、俺の中に存在しているドワーフという種族の印象に近かった。

酒好きで、頑固者でありながら、どこか粋な者達。そんなイメージだ。


結局、俺とピルテ、エフ、スラたんは、シドルバ、ジナビルナ、シュルナと朝の光が見えるまで飲み明かした。

最後の方は全員ベロベロに酔ってしまい、何を話しているか分からない程ではあったが、非常に楽しい時間を過ごせた。


ニルが眠りから覚める頃、俺達が眠りに落ち、俺の目が覚めた時には、昼を過ぎていた。


「……っ………」


「おはようございます。ご主人様。」


どうやって戻ったか覚えていないが、いつの間にか俺達は三階に戻っていたらしく、目を覚ますと同時に、ニルが声を掛けてくれる。


いつも思うが…俺が起きた時に直ぐ声を掛けられるってどうなっているのだろうか…

俺が起きる前に予兆的な何かをしている…とかなのだろうか?うーん…不思議だ。


「おはよう…っ…」


体を起こすと、朝まで飲んでいた影響で、頭に鈍い痛みが走る。吐き気は無いが、体調が良いとは言えない。


「昨日はかなり飲んだみたいですね?」


「盛り上がってしまったからな。」


ニルが、スラたんやピルテも未だ熟睡しているのを見て言っている。楽しい時間を過ごしていられるという事を、ニルも嬉しく思ってくれているようだ。ピルテ達を見る目が優しい。


「昨日は…」


ニルがまた謝ろうとしていると気が付いて、俺は手をヒラヒラさせる。いつもの事と言えばいつもの事ではあるが、ニルと俺の間に、そういうのは必要無い。酒以外のところでは、俺の方が圧倒的に迷惑を掛けているし、そもそもニルが酔ったのを迷惑だと感じていないから問題など無い。


「それより、シドルバ達はどうした?」


楽しく酒が飲めたのは良いのだが、シドルバ達も同じように飲んでいたのだから、今日一日の仕事に差し支えてしまう。

街に出て色々と話を聞けるようになって分かったが、シドルバとジナビルナは、ドワーフ族の中でもかなり腕の良い職人の一人らしい。その二人に認められているシュルナも同様である。

ドワーフ族の技術が集まっているのは、街の中心だが、そうであったとしても、腕の良い職人が全て中央に集まっているわけではない。当然、街の外側にも腕の良い職人は居る。それがシドルバとジナビルナという事らしい。そして、腕の良い職人の元には、仕事が集まるのが当然の流れ。

要するに、シドルバ、ジナビルナ、シュルナは毎日忙しいという事だ。俺達と飲んで倒れて動けないでは、色々と迷惑を掛ける。しかし…その心配は必要無かった。


「シドルバさん達は、少し寝てから起きて、いつも通り工房で働いていますよ。」


「うぇ?!」


あれだけの量の酒を飲んで、酔っていたというのに、軽く寝て、そのまま働くなんて……俺には絶対に真似出来ない。思わず変な声が出てしまった。


「私も休んだ方が良いのではと進言してみましたが…これくらい余裕だと工房へ…」


「余裕って……いや、本人達がそう言うのならば、無茶ではないのかもしれないが…」


唖然とするしかないというやつだ。


「倒れたりしないと良いのですが…」


ニルも心配そうにしているが、プロ中のプロなのだから、自身の体調くらい分かっているだろう。


「後で、それとなく様子を見てみようか。」


後に様子を見に行ったが、いつも通りだった。

ドワーフ族…恐ろしい種族だ…


「はい。今日はどうされますか?体調が優れないのであれば…」


「いや。多少頭痛がするだけだ。暫くしたら良くなるだろうし、俺達は俺達で動くとしよう。」


「鳩飼の事を調べますか?」


「鳩飼の話は眉唾物だからな…あの話の事は一先ず頭に入れておくだけにしておこう。それより、この街に滞在している魔族の事について調べるのが良いだろうな。」


「魔族ですか……街を歩いた時はほとんど見掛けませんでしたよね?」


「ああ。だが、魔族が滞在しているという話はチラホラ聞けたし、どこかに居るはずだ。」


「その人に会って、魔界への入り方を聞こうという事ですか?危険…ではありませんか?」


「直球で聞くわけじゃないさ。取り敢えず、話の出来る魔族の知り合いを作りたいって事だ。

鳩飼の話が本当かどうかは分からないが、鳩飼の話が出るという事は、少なくとも魔界へ入ろうとする者が居るという事だと思う。もしかしたら、そういうのを斡旋あっせんしてくれるような奴が居るかもしれない。」


「こちらの正体を掴ませないようにしつつ…という事ですね。」


「そういう事だ。昼も過ぎてしまったが、動ける時は動いて情報を手に入れよう。」


「分かりました。それでは準備しますね。」


「ああ。」


ニルは直ぐに出掛けの準備を始め、俺は身支度を整える。その間に、スラたん達が起床するも、ハイネとスラたんは二日酔い状態で動けず。という事で、エフとピルテ、俺とニルの四人が情報収集に出掛ける事になり、スラたんとハイネは留守番となった。


こうして情報収集に出掛けてはみたものの…結論から言えば、情報は思うように集まらなかった。

いや、正確に言えば情報自体は集まった。ザザガンベルに滞在している魔族というだけの事ならば、何人かの情報を手に入れられたのだ。


しかしながら、俺達にとって有力となる情報や力を持った者はなかなか居ない。

それも当然の事だ。魔族とドワーフ族間でのあれこれという事になれば、魔族にとっては失敗出来ない案件である。そんな場所に送り付ける者となれば、当然半端者ではない。

魔族を裏切って私腹を肥やすような奴ではならない為、魔族、魔王に対して強い忠誠心を持っている者達が選ばれている。

本人を直接確認しなければ確実な事は言えないが、話を聞く限りでは…この街へ来ている魔族連中というのは、魔族や魔王を裏切るタイプではない。もしも、俺達が噂の者達だと分かれば、あの手この手を使って、俺達を捕らえるか殺そうとするはずだ。今の魔王にとって、俺達は敵。その意志を汲み取って動く事で魔王への忠誠を示せるのであれば、彼等は間違いなくそうするだろう。


それらの事が分かっているのに、安易に接触するわけにはいかない。

この街に滞在している魔族の話を聞いた後、その者の立場やどのような役割を担っているのか。そして、どのような人物なのかを慎重に調べ、俺達が接触しても問題が無さそうな者であるかを判断する必要が有る。

そして……初めて会った怪しげな男女二人。信用するかどうかは考えるまでもないだろう。


正直な事を言うと……話をするだけならば問題無いかと思っていたのだが、それ程簡単な話ではなかった。


この街に滞在している魔族と聞いた俺は、主に行商人というイメージを持っており、これまでの街に居た商人。例えばヒュリナさんのような人達をイメージしていた。

それ故に、近付いて話さえ出来れば、それなりに情報収集出来るだろうと考えていたのだ。

しかし、その実…このザザガンベルとの交渉は重要なものである為、遣わされている者達は魔族の中でも重要な役割を担う、言わばエリート達。

いくらSランクの冒険者という肩書きを持っていたとしても、用も無いのに近付いて、許される相手ではない。

つまり、話すどころか、その者達に近付く事さえ簡単には出来ないのである。


「思っている通りにはいかなかったか…」


「かなり厳重に護衛が付けられていましたね。あれでは話をするのは、かなり難しいです。」


「魔界へ行きたいから話を聞かせてくれ…なんて言って会わせてくれる相手でもないだろうし…どうしたものか…」


日が暮れ、暫くしても情報を得られなかった俺達は、トボトボと街の中を歩いていた。


「大丈夫です!皆で情報を集めていれば、打開策も直ぐに見付かるはずです!私も頑張りますので!」


そう言ってグッと腕を曲げるニル。


俺が落ち込まないように、元気付ける為に言ってくれたのだろう。


「そうだな。皆も動いてくれているし、焦らずやっていくとしようか。」


「はい。焦って相手の罠にかかってはいけませんからね。」

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