第669話 情報収集 (2)
ドワーフ達の言っていた事を聞くに、鳩飼を知っているか?なんて直球では聞けないし、間接的に聞くしかない。そうなると、当然ドワーフ達に上手く意図が伝わらなかったり、そもそも鳩飼について話そうとする者達が居なかったりと…特に重要な情報は得られず…という結果になってしまった。
ただ、ドワーフ族の者達に避けられないようになった事で、色々と話を聞けるようにはなった。話が出来るのであれば、魔界へ侵入する為の他の方法も聞けるかもしれないし、鳩飼の話は魔界へと向かう話の切っ掛けとして割り切って考えるべきだろう。
当然だが、魔界へ不法に侵入する事に拘っているわけではないし、ザザガンベルに在中している魔族を探してみるのも悪くは無い。
明日からは、いくつかの可能性を探りつつ情報を集める事を意識するようにしよう。
そんな事を考えつつ、俺とニルは赤色に染まるザザガンベルの街中を歩く。
途中で酒のつまみになりそうな物をいくつか購入し、シドルバ一家の待つ工房へと戻る。
「おかえりなさーい!」
俺とニルが工房へと戻ると、直ぐにシュルナが元気に出迎えてくれる。
「ただいま。」
「おっとーもおっかーも中で待ってるよ!早く早く!」
忙しく手招きするシュルナに付いて中へと入り、二階へと向かう。
二階はシドルバ一家の居住空間となっており、背の低いドワーフ族の身長に合わせた家具が置かれている。ただ、スペース自体は他の種族の者が入る予定で作ったらしく、結構広い。
全体的に広い空間なのに、家具だけ背の低い物が置いてあると、どうにも不釣り合いというのか…言葉を選ばずに言うと、子供部屋みたいだ。
ただ、置かれている家具は、どれもこれもドワーフの技術で作られた物ばかりだから、芸術品のように繊細で美しく、高級感が漂っている。
「おかえりー。」
俺とニルが二階へ向かうと、既にスラたん達は帰って来ていたらしく部屋の中に居た。
テーブルの背も低く、少し大きめのちゃぶ台のような作り。スラたん達は、その机を囲むように小さな椅子に腰を下ろして座っている。逆にシドルバ達は、少し大きめの椅子に座っており、全員が座ると同じ目線の高さになる。
「ただいま。もう始めているのか?」
テーブルの上には、既に色々な料理が並んでいる。
「僕達がお土産で買ってきた物を出しただけだよ。」
「こんなに色々と買って来てもらっちゃって…本当にありがとうね。」
スラたん達が買って来たお土産は、ジナビルナの予想を超える量だったらしい。テーブルを埋め尽くす程の量が並べられており、ここへ更に、俺とニルが買ってきたものも加えると…食べ切れるか分からない量だ。
「へっ!食って飲んでテーブルを空ければ良いだけじゃねぇか!」
「あんたはまたそうやって…いつもそう言って食べ過ぎるんだから、気を付けてよ?」
「へっ!これくらい余裕だ!」
シドルバは、テーブルに並べられた料理と酒を見て、鼻息を荒らげる。ジナビルナはそれを気を付けろと言っているのだが…まあいつもの事みたいだし、心配は要らないだろう。
「よーし!全員揃ったし早速始めようぜ!腹が減って我慢できねぇ!」
「私もお腹ペコペコー!」
シドルバとシュルナがテーブルに齧り付くかのように身を乗り出している。その姿は間違いなく父と娘。二人共同じ顔をしている。
「このままでは旦那と娘がテーブルまで食べてしまうわね。」
「それは困るだろうし、始めようか。」
俺がそう言うと、全員が飲み物の入った木製ジョッキを持ち上げる。
「「「バダンジーグ!!」」」
「「「「「「バダンジーグ!!」」」」」」
ガンッ!
聞き慣れない掛け声であるバダンジーグというのは、ドワーフ族の『乾杯』である。シュルナと一緒に街へ出た時に、一度その掛け声について聞いていたから、戸惑う事は無かった。
俺達は、中に入っていた液体が飛び散る程にジョッキを打ち付け、子気味良い音が鳴る。
「ん…んぐっ…んっ……ぷはあぁぁぁ!!うめぇぇぇ!!」
ジョッキは結構な大きさで、元の世界、日本で言う大ジョッキくらいのサイズが有ったのに、シドルバはその中身を一気に飲み干してしまう。
驚いて見ていると、横ではジナビルナも一気に飲み干している。
「す、凄いな…」
ドワーフ全員が酒に強いというわけではないみたいだが、こうして酒を好む者が多く、酒豪が多い種族である事には違いない。
何にしても、シドルバ、ジナビルナは酒豪らしい。
「やっぱりドワーフ族は違うねー…」
「へっ!ただの
強がりで言っているわけではなく、シドルバはネールを大ジョッキで飲み干したというのにケロリとしている。勿論、ジナビルナもだ。
「おっとーもおっかーも、あまり飲み過ぎないようにね!いつも大変なんだから!」
「へっ!このくらいで酔ったりしねぇから安心しろ!」
そう言って、またしてもグビグビと水のようにネールを飲むシドルバ。
飲むスピードも量も尋常ではない…
「シュルナも飲めば良いのに。」
「そうしたら誰が片付けるの?シンヤさん達にやらせるわけにもいかないでしょ。」
ジナビルナの話を聞いているに、シュルナも飲む時は飲むらしい。
ついつい未成年というイメージから、飲まないのが普通だと考えていたが、種族が違えば色々と違うものだし、飲酒出来る歳が違っても不思議ではない。
シュルナは、シドルバやジナビルナ程酒が好きという事ではないみたいだが、意外と一番酒に強いのはシュルナ…なんて事も有るかもしれない。
因みに、シュルナが飲んでいるのは酒ではなく、果実から絞った甘い飲み物だ。シュルナはそれを飲む度に幸せそうな顔をしているし、我慢しているという事はなさそうだ。
「さてさて…まずは何から食うか…」
「あんたが先に食べてどうするんだい。」
「あっ…そうだったな。」
そろそろ、テーブルの上に並んでいる料理の方にも手を付けようかというところだったのだが、ジナビルナが手を出そうとしたシドルバの手を軽くペシッと叩く。
それに対して、シドルバは、間違えたと肩を
「どういう事だ?」
誰から料理に手を付けたとしても良いと思うのだが…と思っていると、その答えをシュルナがくれる。
「今日は、皆さんの歓迎会です!」
「歓迎会…?」
「ドワーフ族の習わしみたいなものでな。誰かを家に招き入れる時は、必ず家主が歓迎の席を設けるんだ。
と言っても、昔みたいに仰々しい事はしなくなって、今では飯や酒を飲む席を設けるってだけのものになっているがな。」
ザックリと話を聞いたところ、ドワーフ族には、客に対して歓迎の意を示す為、昔から酒や食事を振舞っていたらしい。似たような習慣は他の種族にも有るし理解出来る。ただ、ドワーフ族のそれは、かなり派手な物で、場合によっては周囲を巻き込んで祭りのような状態になる事も有ったらしい。
時代が流れ、そこまで派手な事はしなくなったらしいが、客をもてなすという考え方は残っており、今回は俺達がもてなされる側になったという事である。
そして、その歓迎の席では、もてなされる側。つまり、俺達側が先に料理に手を付け、それを見てから家の者達が手を付けるという事になっているようだ。
こういうのは、その種族に伝わる習慣みたいなものだから、気にする気にしないの話ではないし、習わし通り、俺達が先に料理を頂く。
「美味いな!少し味付けが濃いように感じるが、酒にはよく合う!」
「んー!こっちのも美味しいです!」
「えへへ。それは私が作ったんですよ!」
「凄いな。こんな手の込んだ料理を作れるんだな。」
「えへへー。」
俺達のお土産以外にも、シュルナ達の作ってくれた料理も当然テーブルの上に置かれている。
どれも、今までにあまり見た事の無い料理だ。
シュルナの作ってくれた料理の見た目は、
薄いパン生地というのか、ピザ生地のような物の中に、肉や野菜を細かく刻んだ物を入れた後、餃子のように畳んで口を閉じ、多めの油で焼くらしい。
揚げ餃子のようにパリッとはしていない。どちらかと言うと皮の食感は『おやき』に近いだろうか。中身はピリッと辛口で、チリソースが一番近い味だろうか。食感も味も、元の世界には無いものだが、どれも美味しく、唾液腺が開く。
他にも、少し辛めの豆料理とか、芋を潰したマッシュポテトのような食べ物だったりと、元の世界に似たような料理は有ったが、それとは味が全く違う物ばかりだ。もしくは、見た目が全く違うか。
この世界にしかない食物も数え切れない程に有るし、そういった物をふんだんに使った料理は非常に好奇心を
最初はネールで乾杯したが、直ぐにネールから別のものへと切り替えられ、ドワーフ族が好む酒、ブラニックという果実を使った酒を飲む事になった。
用いられている果実ブラニックは、桃とリンゴを合わせたような味の果実らしく、甘酸っぱい味がする。ドワーフ族の住むザザガンベル近郊にしか生息していないと言われており、ザザガンベルの特産品の一つとも言われているようだ。
非常にアルコール度数の高い酒で、飲んだ感じはテキーラやウォッカをストレートで飲んだ時のように喉が焼ける感覚が有る。恐らく、アルコール度数は四十度強といったところだろう。
甘酸っぱい味の酒であるが故に、高いアルコール度数でも飲み易く美味い為、飲み過ぎてしまうタイプの酒だ。
「くはっ…これは凄い酒だな。」
俺が一口ブラニックを飲んで顔を歪めながら言うと、シドルバ達は楽しそうに笑う。
「ドワーフ族では、こいつが飲めねぇと大人とは言えねぇっていう酒だからな!慣れてねぇとキツいかもしれねぇな!」
「確かにキツい酒だが…美味いな。ついつい次の一口が欲しくなる味だ。」
ドワーフ族の街で買える料理は、どれも濃い味付けで、つまみになりそうな物が非常に多かった。その味の理由は、恐らくこのブラニックという酒に合わせる為のものだろう。
「へっ!この味が分かるなんて、やるじゃねぇか!
人族にはあまり好まれない酒だって聞いたんだがな。」
恐らく、毎年来るクルードという男から聞いたのだろう。
「酒と言えばネールが基本である人族が飲むには、少し強過ぎるからな。」
「人族に限らず、どんな種族でも、これは結構強いお酒だと思うわよ。美味しいから、私は好きだけれど。」
ハイネは、そう言って嬉しそうにブラニックを飲む。
「へっ!」
それを聞いて、シドルバも嬉しそうに酒を飲む。
なかなか強い酒だというのに、ブラニックは次々と飲まれていき、一升瓶程の量はサクッと消費されてしまう。
「ふぅー…」
暫く飲んで食って、話に花を咲かせていると、次第に皆の気分が良くなり、目がトローンとしてくる。
「美味しいお酒と美味しい料理……最高ね……」
ご満悦な様子のハイネ。ピルテも、スラたんも出来上がりつつある。
「よぉーし…そろそろあれを出すぜぇ!」
そう言って取り出したのは、俺が渡した火炎酒。少し視界がトローンとしてきたタイミングで出すには、強過ぎる酒だ。
「待ってましたぁ!」
それなのに、ハイネは手を叩いて喜んでいる。ハイネも酒好きだということがよく分かる。
「ぼ、僕はもう無理…これ以上飲んだら頭が爆発しちゃうよ…」
「あら。スラたんは折角火炎酒が飲める機会を棒に振るのかしら?残念な事ね。」
「お母様。そういう事を言うのは良くないと思います。止めて下さい。」
「あら。スラタンの守護神を怒らせてしまったわ。ごめんなさいね。」
「その言い方も良くないですよ!」
「ふふふ。」
ハイネもピルテも結構酔っていて、いつもよりじゃれ合いが激しい。
因みに…エフはたまに会話へ参加する程度で、あまり喋ろうとしていない。ダークエルフという種族である事を隠したいのだろうが……恐らく、シドルバ達には既にバレている。同じ屋根の下で暮らしているのだし、遅かれ早かれバレるだろうとは思っていたし、仕方の無い事だ。
ただ、シドルバ達は、エフがその事を話そうとしないのを見て、言いたくない事なのだろうと察してくれているのだ。その辺をエフも感じてはいるだろうが、気付いていないように振舞ってくれているのに、敢えて魔族の暗部について語る必要は無い。それはシドルバ達を危険に巻き込んでしまう事になるかもしれないからだ。エフもそれを重々承知しているからこそ、何も言わないのである。
もう一人、少し前から声を聞いていないのは…ニルだ。
元々アルコールに強いわけではないニルは、飲み易いブラニックをゴクゴク飲んでしまい、いつものふにゃふにゃニルになった後、俺にもたれ掛かって寝てしまった。シドルバ達に頼んで、俺の後ろに椅子を並べて寝かせているが、暫く起きる気配は無い。
俺はというと、ハイネやシドルバ程は飲んでいないが、それでも結構酔いが回っている。喋れなくなるほどではないが、思考がフワフワと浮いているのを感じるくらいには酔っている。
「流石に、俺もこれ以上は飲めないな…」
「えー。シンヤさんもー?」
頬を膨らませるハイネ。ニルとは違う方向性ではあるが、ハイネも酔うと可愛くなる。
「飲みたいのは山々だが、俺も酒に強いとは言えないからな。」
「そいつは残念な事だなぁ。火炎酒なんてそう何度も飲める物じゃねぇぞ?」
「それは分かっているが、今火炎酒なんて飲んだりしたら、頭が爆発するからな。」
一度、火炎酒を飲めそうな機会は有ったが、巨人族のアンティとカンティがぶっ倒れたのを見たし、そんな物を今飲んでしまうとどうなってしまうかの想像は出来る。ここは素直に引くしかない。
どうしても飲みたいならば、インベントリにまだ残っているし、そのうち飲んでみれば良い。
「へっ!それが良いんじゃねぇかよ!」
それが良いとは…シドルバは
「そうなると、こっちはこっちで飲むしかねぇか。」
「私は飲むわよ!」
シドルバが火炎酒を手にして笑うと、即座にハイネが反応する。
「へっ!良いねぇ!」
嬉しそうに笑うシドルバとハイネ。さりげなくジナビルナも横で空のコップを手にしている。
「それじゃあ……頂くぜ!」
「頂きまーす!」
火炎酒は、シドルバ、ジナビルナ、ハイネに注がれ、三人が一斉にコップを傾ける。
酒とは思えないような真っ赤な液体が三人の口の中へと入って行くのが見える。
巨人族の二人がぶっ倒れた時は、火炎酒の瓶を丸ごと飲み干していた。今回は、お猪口のような小さなコップに一口分程度。これならばぶっ倒れる事も無いだろうと思うが…
「「「……………………」」」
俺達が見守る中、シドルバ、ジナビルナ、ハイネの三人の手が、コップを傾けたところでピタリと止まる。
「だ、大丈夫……か?」
「「「…………………」」」
俺が声を掛けても、三人は全く反応を示さない。
「ふぁぁ……」
「お母様?!」
最初に動いたのはハイネ。
情けない声を出しながら、糸が切れた操り人形のように、ピルテの方へと体を倒してしまう。
ピルテは焦ってハイネの体を支えているが、体に力が入っていないらしく、ぐにゃんぐにゃんだ。
「大丈夫ですか?!」
「……スー……スー……」
ピルテが呼び掛けるが、返事は無く、寝息だけが聞こえて来る。寝落ちしてしまったらしい。破壊力がエグい…いや、急性アルコール中毒とかじゃないだけマシか…
「ぐぉぉぉっ………」
「くぅぅぅっ………」
そして、ハイネが寝息を立て始めてから数秒後、やっとシドルバとジナビルナが反応を示す。
二人は酒気を帯びた息を吐きながら体を前に軽く倒した後、直ぐに起こす。
「効くぅぅ!おっとっと!」
シドルバが体を揺らすと、目が回っているのか椅子から転げ落ちそうになり、ジナビルナにしがみつく。
「あんた!しっかりしな!あらら?」
シドルバを叱り付けようとしたジナビルナ。しかし、彼女もまた、椅子から転げ落ちそうになり、シドルバにしがみつく。
二人は、顔を真っ赤にしており、頭はフラフラと左右に揺れている。先程までは、ほろ酔い程度といった様子に見えたのに、火炎酒一口で泥酔状態に陥っている。それでも喋れるという事を驚くべきだろうか…?
本当に…飲まなくて良かった。
「おいおい…二人共大丈夫か?」
「もー!おっとーもおっかーも!いつもそうやって飲み過ぎるんだから!」
「へっ!まだまだいけるってんだ!おっとっと。」
「そうよ!まだまだいけるわ!あらら。」
シュルナの言葉に、口では反論しているが、二人は互いにしがみつき合ってやっと座れている状態だ。
「シュルナさんの言う通り、あまり飲み過ぎないように気を付けないと…」
スラたんとしては、医学に精通しているから余計に心配なのだろう。オロオロしながらハイネとジナビルナ、シドルバの三人を見ている。
「そう言えば…」
そんなフラフラなシドルバだったが、唐突に、別の話題を振ってくる。
「街に出掛けて、色々と聞いて回っているみたいだな。」
唐突に話を振ってきた上に、真面目な話だ。この状態で、よくそんな話が出来るものだと感心してしまう。
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