第668話 情報収集

俺達の座る席の右前に一組。左前に一組見える。


どちらもドワーフ族の人達ばかりで、他種族は俺とニルのみ。そもそも、この街にはドワーフ族以外の種族がほぼ居ないので、当たり前と言えば当たり前の光景である。


最初、二組の客達は、俺とニルを見て少し嫌そうな顔をしていたが、女店主がそこへ向かって行き一言、二言、言葉を交わすと、俺達に向ける視線が百八十度変わった。


「二人はどこから来たんだ?」


最終的には、二組のドワーフ達が俺とニルの元に来て、話し掛けてくれた。


「色々と旅をして回っていてな。どこからという事はないんだ。」


「冒険者ってやつだな。」


「人族がこの街に居るってのは、かなり珍しいが、どうやって来たんだ?」


「南に在るアバマスダンジョンを通って来た。

冒険者仲間から友証を預かってな。それで南門から入って来たんだ。」


「あのダンジョンを抜けて来たのか?!」


「最近は入る奴も少なくなって、かなりモンスターの数が多くなっていたんじゃなかったか?」


「俺もそう聞いたぞ。」


俺達がダンジョンを越えて来たと聞いて、ドワーフ達がザワつく。


「ああ。かなりの数だったぞ。嫌になるくらいの数だったな。」


「そんな場所をよく通って来られたな?」


「俺達だけじゃなくて、仲間が他にも居るんだ。」


「仲間が居るって…全部で何人なんだ?」


「俺達を合わせて六人だな。」


「六人だって?!」


「確かあのダンジョンって、最大十人だったよな?」


「十人で挑んでも結構辛いって聞いたぞ。」


「そんな人数で抜けたなんて…こうして聞いても信じられない話だな…」


人数を聞いたドワーフ達が、更にザワつく。


「それで?何しにこの街へ来たんだ?」


「奴隷の枷を外せたら良かったんだが、それは出来ないって聞いてな。それならば、折角だし色々と見て回ろうかとな。」


「枷を外せたら良かったんだがな…すまねぇな…」


「人に付けるもんじゃねぇからな。助けてやれなくてすまねぇ。嬢ちゃん。」


ドワーフ達は、眉を寄せてニルに謝る。

彼等は何も悪い事などしていないのに、それでも、自分が悪いとでも言わんばかりに、次々と頭を下げてくれる。


「い、いえ!私は、この方と一緒に居られてとても幸せなので、枷を外せないならば外せないでも良いのです。なので、そんなに謝られないで下さい。」


「くぅーーー!!泣けるじゃねぇかぁ!」


「良かったなぁー!良い奴に巡り会えて!」


「枷を外す方法が分かったら、直ぐにでも伝えてやるからよ!!」


ニルの言葉に、皆が次々と反応を示してくれる。


こうして色々な人達を見てみて、ドワーフ族というのが、どういう種族なのかが分かってきた。


枷の事や、その他諸々、彼等の信念に反する事に対して、ドワーフ達は嫌悪感を強く示す。

どんな種族だろうと、嫌悪感を示すのは同じだとは思うが、ドワーフ族のそれは他の種族よりずっと強い。かなり露骨な反応を示すと言った方が良いだろうか。

話すらする機会が与えて貰えないと考えると、かなりのものだと分かるはずだ。


しかし、それはあくまでも彼等の信念に反する行いをした時であり、そうではないと分かれば、他種族にも気の良い者達である。


ただ、人族にだけはあまり良い印象を持っておらず、偏見が有る。人族を見たからいきなり襲い掛かるという事はないが、話を聞こうとしない程度には嫌っている。ただ、本人の事情を知れば、個人として見てくれる…という感じだ。


枷を外す為にこの街へ来たというのは…言葉の綾というやつだ。嘘という程の事ではないし、許してくれるだろう。


「この街を見て回ったら、魔界にも足を運んでみたいんだが…」


「魔界か…」


「あそこはとにかく外の連中を中へ入れないようにしているからな…魔族の知り合いでも居ないと入るのも難しいぞ。」


「そうか…」


「入れる方法が無いという事もないが…」


「おい!」


一人のドワーフ男性が、何かを言おうとしたのを、他のドワーフ男性が止める。

何かを口走りそうになったのをヤバいと感じて口を閉じたみたいだが、魔界へ行く取っ掛りになりそうな話だ。


「何か知っているのか?」


「いや!何も知らねぇぞ!」


口では知らないと言っているが、どうやら、何か知っている様子だ。ここまで嘘が下手な種族も珍しい。

ただ、尋問しているわけではないのだし、普通に良い人達なのに、無理矢理聞き出す事は出来ない。だからと言って諦めるという事ではなく、ついつい口走りそうになるくらいの内容ならば、上手く聞き出す事で話してくれるだろう。本当に危険な話ならば、うっかりで話を漏らすなんて事は無いだろうし。


「そう邪険にせず、教えてくれよ。」


「別に邪険にしているわけじゃねぇよ。本当に何も知らねぇんだ。なぁ?」


「ああ。そうだぜ。俺達は何も知らねぇよ。」


「まあ…何も無しじゃ話せるものも話せないよな。」


俺は店員を呼んでドワーフ達に酒を奢る。朝から酒というのはどうかと思ったが…


「酒を奢られたって知らねぇもんは知らねぇぞ?」


朝から飲めないとは言わないドワーフ達。その表情を見るに、朝から飲むのは珍しい事ではなさそうだ。店員も常連らしきドワーフ達に呆れ顔をして酒を持って来ていた。

この店でもたまに朝から飲む事が有るらしい。


「いやいや。これは、ニルの事を気に掛けてくれた事への感謝の気持ちだ。何か情報をくれって事じゃないさ。」


「そうか?それなら…」


「貰わないわけにはいかねぇわな。」


結局、ドワーフ達は俺の振舞った酒を嬉しそうに飲み始める。


ただ…奢りたいとは言ったが、酒が入れば、自ずと口も軽くなるし、色々な話も出来る。


流石に一杯奢った程度では饒舌じょうぜつにならなかったが、好きに飲めるよう酒を奢ると、ドワーフ達は色々と喋り出してくれる。


「ここまでしてくれて何も喋らないってのは……流石に不公平だよな?」


「酒を奢ってくれたら誰でも兄弟だって母ちゃんに教わったしなー!ヒック…」


因みにだが、俺はアルコールをほぼ摂取していない。流石に朝から飲みまくるのは……良くない。

一応、ドワーフ達と同じ席に居るのだし、全く飲まないというわけにはいかないから、口は付けているが、酔う程には飲んでいない。ニルの方は、元々アルコールに対してそこまで強くないからか、一滴も飲んでいない。ドワーフ達から勧められてはいたが、飲めないとキッパリ断っていた。

ドワーフ達が、無理矢理飲ませようとはせず、それならば仕方無いと直ぐに諦めてくれたのは幸いだった。困った上司のように、無理矢理にでも飲ませてくるような事にならずに済んで良かった。


そうして、暫くドワーフ達と席を共にしていると、ドワーフ達も少し口が軽くなり始める。


俺達に酒を奢ってもらってばかりでは、ドワーフ達も座り心地が悪くなって来たらしい。


「確か…魔界へ行きたいんだったよなー?」


「ああ。何か知っているのか?」


やっと話が本題に入りそうだ。


「俺達も詳しくは知らねぇが…魔界へ入る事が出来る方法を知っている奴が居るって話だ。」


「随分と曖昧な話だな…」


魔界へ入れる方法ではなく、その方法を知っている者が居る…という話を知っているという事らしい。


「隠さなければならない程の話なのか?」


その程度の情報ならば、正直敢えて隠す必要も無いように思える。言っては悪いかもしれないが、噂話程度だ。


「いやいや。侮っちゃならねぇぞ。魔界との付き合いは長いし、俺達ドワーフ族が敢えて魔界に侵入するなんて事はしないが、もしそんな事をしたならば、色々と面倒な事になるからな。」


「それはそうか…魔界への侵入なんて、簡単に出来る事じゃないよな。」


「侵入出来るって話じゃねぇが、魔界への侵入未遂ってのは時々起こっている事だぞ。」


「そうなのか?」


「ああ。だが、魔界の付近まで行けば分かるが、普通は魔界を取り囲んでいる壁を乗り越える事すら出来ねぇ。」


「頑丈に作られているし、見張りも居る。乗り越えようとする奴が居れば、直ぐに分かるからな。まあ、乗り越えようとする奴も、最近は随分と減ったらしいがな。」


「最近は…って事は、昔はよく居たのか?」


「よくって程じゃねぇが、渡人がたまにな。十数年前からパタリと止んだが。」


誰がそんな事をするのかと不思議だったが、プレイヤーだったらしい。

ゲーム内に存在する巨大な侵入不可の地域。プレイヤーとしては、どこかから侵入出来ないか試すのは…ゲーマーのさがみたいなものだろうか。


「誰一人として成功はしていないがな!がはははは!」


「成功したりしたら魔族的に問題だからな!」


笑い話として話してくれているみたいだが、ゲーム時代の事とはいえ、同郷の者としてちょっと恥ずかしい気持ちになる。


「…それで?」


「ああ。だからと言って、完全に孤立した地域って事じゃねぇ。俺達ドワーフとも交流は有るし、近くの街や村には、魔族が出入りしていたり、承認を得た者達であれば、魔界への出入りは可能だ。」


「勿論、魔界内での行動範囲には制限が有るがな。」


「この街の出入りと似ているな。」


「そういう事だ。そして、出入りが出来る者達が居るのであれば、許可が無くても出入り出来る方法ってのはいくつか有るもんだ。」


「……………」


俺達が聞きたいのは、まさにその情報だ。


「一つは簡単だ。許可を貰っている者に同行する。

護衛、荷馬車の御者なんかがそうだな。」


この方法については、この街ザザガンベルに入る為に必要な条件とさほど変わらない。

シドルバ一家を助けたクルードという男は、荷物持ちの一人として同行し、この街に入ったと聞いているし、同じように魔界へと入る事は可能だろう。


但し、言ってしまえば、これは正攻法だ。


壁を作って、外界との接触を制限している魔族にとって、出入りする者達の管理は出来るようにしておきたいはず。そうなると、恐らく、魔界の中でも交易拠点となる場所は定められていて、その中での行動しか許されていないだろう。

当然、そこらの街の出入りとは違い、身元や人数もきっちり管理されているはず。同行者だとしても、その身元はきっちり調べられるだろう。

そうなってしまうと、追われているであろう俺達としては非常に都合が悪い。だからこそ、正攻法ではない魔界への侵入を考えているのだ。


「まあ…こんな場所で情報を集めようとしているって事は、その方法ではない入り方を考えているのだろう?」


酒を飲んでいたとしても、ドワーフ達は馬鹿ではない。俺達が敢えて何の変哲も無い場所で情報を集めようとしているのかの予想くらいはしている。

正攻法で良いならば、こんな所で魔界への入り方を聞くより、魔界へ向かう者を探すのが普通だ。そうしないということは、そうしない理由が有るからだと誰でも分かる。

俺とニルがその方法を探していると知った場合、ドワーフ達としては、手助けするような事をして、魔界に悪い影響を与えてしまった場合を考えるだろう。故に、そう簡単に情報は与えられないのだ。

だが、こうして酒を酌み交わし、話をしていれば、俺達の為人ひととなりはある程度分かる。これならば話しても大丈夫だと思ってくれたならば、ドワーフ達は喋り出すという事だ。


「…ああ。」


正攻法ではない魔界への入り方を知りたい…なんて言う俺達は、ドワーフ達からすれば胡散臭い二人組に見えるはず。


しかし、俺の目を見てから、グラスをグイッと傾けたドワーフの一人が俺達に顔を寄せて声量を落として喋る。


「俺達が知っているのは、噂話程度のものだ。

だが、それでも、この話を簡単に口外してはならないという暗黙のルールが存在する。

その理由は、昔、この話を軽々しく話してしまった者が、その後日街から消えてしまったからだ。」


「街から消えた……殺されたのか?」


俺も声を抑えて喋る。


もし、このドワーフの言う話が本当であるとするならば、一気にきな臭い話になり、そして、信憑性もその分高まる。

完全に意味の無い噂話ならば、街から男が一人消える事など有り得ない。

まあ……この話がではあるが。


「その男がどうなったかは分からねぇ。だが、その話が出てきてから、ドワーフ達の間には、簡単にその話をしてはならないという暗黙のルールが定められたんだ。」


「………………」


正直に言ってしまうと……この話の信憑性はかなり低い。

噂話や都市伝説の類だと言っても良い。

その消えたとされる男が誰なのかとか、そもそも本当に消えたという証拠が有るのかとか…色々と疑問に思える部分が多いからだ。

本当に消えたならば、消えたとされる証拠が有るはずだ。少なくとも、消えた男の名前くらは知られていなければおかしい。

しかし、このドワーフ達は、その男の名前も、消えたと言う根拠も、何も知らない様子である。それを信じるというのは…無理があるというものである。


「信じねぇか?」


「……いや。続けてくれ。」


信じる信じないは別として、とにかく今は都市伝説だとしても手掛かりになるような情報が一つでも良いから欲しい。


「……良いか。一度しか言わないからよく聞けよ。」


ドワーフ達は、前のめりになり、更に小さな声で話を始める。


「この街のどこかに、魔界への侵入を手助けすると言われている男が居る。その男を探し出す事が出来れば、許可が無い者でも、魔界へ入る事が出来るらしい。」


「………………」


「そいつの名前は…鳩飼はとかいだ。」


「鳩飼?」


「シーッ!大きな声で言うんじゃねぇ!」


俺が鳩飼の名を復唱すると、ドワーフは周りを見て焦った態度を取る。


「この話をしたって誰かに聞かれたりしたら、今度は俺達がこの街から消えちまうかもしれねぇだろ。」


「聞いた方は大丈夫なのか?」


「噂では、聞いた方は健在なんだとよ。だから、俺達から聞いたって事は誰にも言わないでくれよ。」


要するにだ……その鳩飼という男がこの街のどこかに居て、それを見付け出せば、魔界へ忍び込む事が出来る…という話らしい。


何故鳩飼と呼ばれる男が、魔界への侵入を手伝っているのか…そもそも、そんな謎多き者なのに、だと限定されて言われているのは何故なのか…疑問点を挙げればキリが無い。

話半分で聞いた方が良い内容だと、俺もニルも分かっている。

閉鎖されたザザガンベルという街の中で、こういう話が有ると、皆面白がってその話をする。一種の娯楽とも言えるだろう。


しかし、何も分からない状況で情報収集するよりは、多少の引っ掛かりが有った方が動き易い。

この話が本当かどうかは今の場合問題ではない。ドワーフ達がこの話を知っているか否かという事が重要だ。


話を聞いたドワーフ達の反応的に、結構有名な話みたいだし、話を聞いて回れば、何かしらの反応が返ってくるはずだ。そこで上手く情報を拾うことが出来れば、思っていたよりも早く魔界へ向かう目処めどが立つかもしれない。


「誰かに言ったりはしないから安心してくれ。」


「…二人と話をしていても、悪意を感じねぇし、噂話の一つくらいは話したが、あまり無茶はするなよ。ニルちゃんの為にも、身の安全を一番に考えるべきだぞ。」


「ああ。そうさせてもらうよ。話を聞かせてくれてありがとうな。」


「酒を奢ってくれた礼だ。おい!そろそろ出るぞ!」


「ヒック……おぉ……」


一人はかなり酔っているみたいで、話をしていたドワーフに叩き起されている。

ドワーフは酒豪ばかりというイメージが強かったが、全てのドワーフが酒豪というわけではないらしい。酒好きが多いというのは間違いないみたいだが、だからと言って全員が酒に強いという事はないのだろう。


俺とニルも、ドワーフ達に礼を言ってから、店を出る。


「まさか朝から酒を飲む事になるとは思わなかったな。」


「話の流れ上、お酒を頼むしかありませんでしたし、仕方が無いとは思いますが…本当にドワーフ族の皆様は、お酒が好きなのですね。」


「他の店を見ると、女性のドワーフも朝から酒を飲んでいたりするし、種族的な特徴なのかもしれないな。」


鍛冶をすると酒が欲しくなる…みたいな流れが体内に有るのかもしれない。ドワーフ族ではないから俺達には分からないが、俺やニルも程々に酒は好きだし、一日の終わりにクーッと飲み干す酒は格別だという事は分かる。酒は世界共通のコミュニケーション手段なのかもしれない。


「酒の事は置いて…聞いた話を元に、色々と話を聞いて回ってみるとしようか。」


「はい!」


俺とニルは、鳩飼という男の話を何とか聞き出そうと、色々な場所を回ってみた。

しかしながら、鳩飼の話をすると、街から消されるという内容を信じている者達が多いのか、思うように話が聞けず、結局は、何も有力な情報を得られないまま、時間だけが過ぎた。


「駄目だな……」


「全く話が出来ませんね……」


俺とニルは、足が棒になる程に歩き回って話を聞いてみたが何も分からず、街の片隅で腰を下ろして休んでいる。

日も傾き始めており、今日の聞き込みはこの辺りで終わりにしようと、先程決めたところだ。


「まあ…話を聞いてくれるようになっただけ前進出来たと考えるべきだろうな。」


「何も聞いてくれずに無視される事はありませんでしたからね。シュルナさんのお陰で、随分と動き易くなりました。」


恐らく、シュルナと一緒に行動した時に、俺達の事を知った人達が、俺達の事を正確に周りの人達に言い広めてくれたのだろう。

鳩飼の噂話と同じように、俺達に関する噂話というのも、広まるのは早く、早速その効果が表れたようだ。


「そもそも、一日でどうにかなるとは思っていなかったし、ここからは根気強く…だな。」


「はい。」

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