第667話 クルード

そんなクルードには、最近まで、結婚した女性と小さな娘が居たが、色々と有って、二人を失ってしまった事を聞いたらしい。

自分が大切な物を守れず、それを失ってしまった辛さに苦しんでいる時、シドルバとジナビルナの姿が目に入り、危険が迫っていると気付いた時には、二人を庇うように飛び込んでいたらしい。


自分の辛い過去を打ち明けてくれた事で、シドルバとジナビルナは更に涙を流し、クルードという男に、心底感謝した。


そして、シドルバは、クルードに一つのお願いをした。


それが……


クルードの娘の名前を貰う事だった。


そう。シュルナという名は、クルードの幼かった娘の名前なのだ。


まだ大切な人達を失ってしまった悲しさが残っているであろうクルードに、そんな事を頼むのは傷を抉るような行為かもしれないと思っていたらしいが、クルードは、その名を二人の子供に与える事を凄く喜んでくれたらしい。


そして、シドルバは、クルードに友証を渡した。


クルードが救ってくれた命であり、二人の子供シュルナは、クルードの子供も同然。だから、ザザガンベルに来た時は、いくらでも頼ってくれ。またシュルナの顔を見に来てくれと。


クルードは、それを嬉しく思ってくれたのか友証を受け取り、それから毎年一度、必ず会いに来てくれるらしい。


「なかなか粋な人も居たものだねー…」


「私の名前の由来になった人ですから、小さな頃からどんな方なのかを何度も父に聞かされて育ちました。

クルードさんは、凄く優しくて…それに、毎年お土産を持って来て下さいます。えへへ。

私にとって、今ではお兄ちゃんのような存在です。」


人族とは限らず、そういう粋な人というのは稀に居る。俺達も、そういう人達を知っているし、そういう人達に助けられたからこそ、ここまで来られたのだ。


「俺達は、それから、人を種族や見た目では判断しないようにしているって事だ。」


「クルードさんのような人達が、この街で嫌な思いをするのは、私達としては悲しい事よ。だから、せめて、私達だけでも、外部の人達が楽しく過ごせるようにと部屋を提供する事を決めたの。」


「私にとって、多少周りの人達から変な目で見られる事くらい大した事ではありません。ですから、皆様が困っているのであれば、会話の仲介役くらい、いくらでもやりますよ。」


俺達が他のドワーフ達と話が出来ず困っているからと言って、それを手助けするというのは、あまり良い目では見られない。しかし、危険という事でもない。そう考えると、シュルナが怪我をするような事にはならないはずだ。話をしてみたら俺達が良い奴だった…という結論有りきだが……それに関しては俺達が頑張るしかない。ここまでしてくれたのに、差し伸べてくれた手を、俺達の方から汚すような事はしないし、大丈夫だ。


「……そこまで言ってくれるなら、シュルナに頼もうかな。

でも、止めたくなったらいつでも言ってくれよ。俺達の為にシュルナが嫌な思いをするのは違うからな。」


「はい。」


「それと。シュルナももっと気楽に話してくれ。敬語なんて必要無いからな。」


「……………」


良いのか?という顔を向けて来るシュルナ。


元の世界では、敬語を使えない奴は社会的にダメな奴だというレッテルを貼られる事が多かったが、こちらの世界に来て、冒険者として随分と時間が経ったからか、今となっては敬語を使われる方がムズムズする。


「本人がそう言っているんだ。そうしてやれ。」


シュルナがシドルバを見上げ、どうしようかと目線で聞くと、シドルバが笑って答える。


「わ、分かりまし……分かった!」


「ああ。その方が自然で良い。」


「えへへ。」


「仲介役は……今日はもう日が暮れてしまったし、明日、お願いするよ。」


「うん!分かった!どこか行きたい所は有る?」


「そうだな……酒場以外は入れなかったし、色々と回ってみたいな。」


「それなら、一通りこの辺りを紹介するのが良さそうね。

明日は、一日皆さんに付き添って来なさい。」


「良いのか?」


「明日は、こっちも大した作業は出来ないからな。気にする必要はねぇよ。」


「そう言って貰えると有難い。それじゃあ、明日は一日頼むよ。」


「うん!任せて!」


シュルナは満面の笑みで言ってくれる。


「ここまでしてくれた事へのお礼と言っては何だが……」


俺はインベントリからアイテムを一つ取り出す。


「そいつは火炎酒か?!」


俺が取り出した物を見て、シドルバが即座に反応する。


「この街に来るまでの間に、手に入れる機会が有ってな。ドワーフ族の者達は、火炎酒が好きだと聞いたんだが…どうやら間違いなさそうだな。」


シドルバを見ると、今にも飛び付いて来そうな程だ。

俺が火炎酒を手渡すと、嬉しそうに酒瓶に頬擦りしている。ジナビルナは、そんな旦那を見て呆れ顔をしてはいたが、彼女も酒が好きなのか、ソワソワしていた。


「それと、シュルナにはこれを。」


俺はインベントリから袋を取り出す。


シュルナに渡したのは、砂糖を使ったクッキーだ。

ニルと手の空いた時に作った物で、大量に作ってインベントリに保管してある。

砂糖は、この世界では貴重な食材である為、こういう菓子と呼ばれる類の物は、かなり貴重だ。その点、俺達は金には困っていないし、割と自由に砂糖を使えるから、たまに菓子を作っては皆で食べている。


「余り物みたいで悪いが…」


「これは……甘い匂いがする!」


瞳をキラキラさせるシュルナ。甘い物を好んでくれるだろうという俺の判断は間違いなかったようだ。


「食べてみてくれ。」


サクッ!


インベントリに入っていたから、クッキーは作りたて。香ばしい匂いと、心地よい音が聞こえてくる。


「………んーー!!んん!んんーー!!!」


何を言っているのかさっぱり分からない。分からないが…何を言いたいのかは、顔を見れば分かる。かなり気に入ってくれたようだ。


「気に入ってくれたようで何よりだ。」


「んっ……甘い!美味しい!甘い!」


二回も甘いを言ったのは、大事な事だからだろうか。


「明日はよろしく頼むよ。」


「うん!!」


三人は、そこで三階から下りて行った。


「何とかなりそうで良かったわね。」


「ああ。シュルナ達には助けられてばかりだな。

酒とクッキーだけが御礼では全然足りない。とはいえ、俺達に出来る事なんてそうは無いだろうし…」


厚意に金を払うというのは、あまりにも相手に対して失礼というものだし、厚意には厚意を返すのが望ましい。

俺達に出来る事で、彼等の為になる事が有れば良いのだが…それを聞いたとしても、恐らくシドルバ達は気にするなと言って終わりだろう。


「別の種族に対して、あまり良い顔をしないと言われているドワーフ族の街に入り、まさかここまでの恩を受けてしまうとは思っていなかったな。」


エフとしても、この状況は想像していなかったらしい。


「ふふふ。世の中には、悪い人達も沢山居ますが、こういう人達も居ます。ご主人様と共に居る事で、私には大切なものが増え続ける一方です。幸せな事です。」


ニルの枷を外してやれないというのは本当に残念極まりない事だが…それでも、ニルは本当に幸せそうに笑ってくれる。


「エフさんにも、これからはそういうものがどんどんと増えていきますよ。」


ニルがエフに対して笑い掛けて言うと、エフは少し困ったような、それでいてという表情をする。


「こういうのには慣れていないので、どうしたら良いのか分かりません…」


「素直に受け取って、いつか恩を返せる時が来たら、その恩を返せば良いだけの事ですよ。」


「恩返し…ですか…」


「深く考える必要はありませんよ。ただ、自分の有難いという気持ちを、行動で示すだけの事ですからね。思ったように動けば良いだけです。」


ニルは簡単そうに言うが、世の中には恩を仇で返すという言葉が有るように、恩を恩で返すという事が出来ない人達も居る。

受けた恩を素直に有難いと感じ取り、それに報いるように行動する。これは、言葉で言う程簡単な事ではない。人には人の考えが有るし、皆が皆、ニルと同じように考えて、同じように動けるとは限らない。

しかし、何となく……エフは、ニルと同じように考えて、同じように動けるだろうと思える。多分、ニルもそう感じて、だと言ったのだろう。

そもそも、三人の行いを、恩義だと感じている時点で、エフも随分と丸くなったというか…暗殺者から、普通の人間に近付いたのではないだろうか。

きっと、これはエフにとっても、良い変化であるはずだ。


「恩を返すタイミングを見逃さない為にも、今日は早めに寝て、明日に備えるとしようか。」


「はい。」


話はそこで切り上げて、俺達は眠りに入る事にした。


翌日。


「おはよー!!」


外が明るくなり始めて直ぐの事。


元気過ぎるシュルナが三階へと上がって来る。


「元気だな。」


「うん!一日の始まりは元気良く!だよ!」


「ははは。俺達も元気に一日を始めないとな。」


「うん!」


「早くに起きたし、折角なら外で朝飯でも食おう。シュルナは大丈夫か?」


「うん!大丈夫!朝ご飯なら…あそこかな!」


「案内を頼んで良いか?」


「まっかせてー!」


元気なシュルナに案内を頼み、俺達は朝一で、早速街へと繰り出した。


「んー!美味しいわ!」


「えへへ。良かった!」


朝食を全員で食べ、満腹になったところで、俺達は街巡りに出る。

勿論、シュルナの分は俺達のおごりだ。というか、今日一日、シュルナには一ダイスですら出させるつもりは無い。


朝食を摂った店は、シュルナの知り合いの店で、俺達の事をシュルナが話すと直ぐに理解してくれて、その後は普通に食事を楽しめた。やはり、一人ドワーフ族が居るだけで、周りからの目や対応もかなり違う。シュルナの知り合いという事も有っただろうが、滑り出しは好調だ。


それからシュルナに連れられて街中を案内してもらい、懇意にしている客先の飲食店や、市場等にも足を運んだ。


シュルナが居ると、ドワーフ達がいきなり喧嘩腰で喋り掛けてくる事は無いし、俺達の声に耳を傾けるくらいはしてくれる。残念ながら、いきなり真摯に聞いてくれるという程ではなかったが…


ただ、話をして、ニルが俺に強制されて奴隷をしているのではないと分かると、態度は一気に軟化した。

中には、自分達の技術が漏洩ろうえいしたせいで、辛い思いをさせてすまないと謝る人達さえ居た。


そうして街中を巡り、シュルナが連れて行ってくれた場所の人達に俺達の状況を把握してもらったところで、工房へと帰る事にした。


「何とかこの辺りならば普通に出歩けそうですね……ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。」


「ニルが謝る事じゃないって言っただろう。これくらいの事は手間とは言わないから気にするな。」


「そうですよ!」


「ご主人様…エフさん………皆様。ありがとうございます。」


ニルは照れたように笑う。


「シュルナも、一日ありがとうな。本当に助かったよ。」


「えへへ。」


「それで…俺達全員からのお礼って事で、これを貰ってくれないか?」


俺がシュルナに渡したのは、工房で使う革製の手袋。


シュルナと一緒に市場へと赴いた時、シュルナが気にしていた作業用の手袋だ。

見た目は普通の手袋なのだが、手首の所に小さな青色の宝石が入っていて、少し可愛らしいデザインになっている。

そこそこ値の張る物で、シュルナのお小遣いでは、ちょっと手の届かない額。

シュルナは、持って来ていた可愛らしい巾着型の水色の財布と睨めっこして、諦めたのをニルが見ていたのだ。


「こ、これって?!すっごく高かったやつだよね?!」


「そうだったか?値段は忘れたな。ニル。覚えているか?」


「いえ。私も覚えていませんね。」


「スラたんは?」


「んー…どうだったかなー……全然覚えてないね!」


「そんな!」


「シュルナに俺達がプレゼントしたくて買ったんだ。値段の事なんて良いから、受け取って、使ってくれると嬉しい。」


「………………」


シュルナは、笑って手袋を差し出す俺達を見て、嬉しいような、困ったような、それでもやっぱり嬉しいような…何とも言えない顔をする。

変わらず、笑顔で手袋を差し出していると、シュルナはゆっくりと手を伸ばし、手袋を受け取ってくれる。


「あ、ありがとうございます!」


「良いのよー!シュルナちゃんの為なら何でも買ってあげちゃうわ!」


そう言ってシュルナに頬擦りするハイネ。


ハイネが子供好きな親戚のおばさんみたいになっている……なんて言ったら、俺に明日は来ないだろうから、口を噤んでおく。


申し訳なさそうにだが、シュルナは手袋を受け取ってくれた。


「えへへー…」


シュルナは、とても喜んでくれたのか、直ぐに手袋を装着すると、何度も手袋を見ては嬉しそうに笑っている。

そこまで喜んでくれると、渡した俺達も嬉しい限りだ。


そうして嬉しそうに笑うシュルナと一緒に工房へと帰り、シドルバとジナビルナにも御礼として酒とか酒とか酒とかを渡した。シドルバも、ジナビルナも、とても喜んでくれていた。やはり酒が正解だったようだ。うん。


そん事が有った翌日。


「おはよー!!」


昨日同様に、朝からシュルナの元気な挨拶が部屋に響く。


「おはよう。」


「随分と気に入ってくれたみたいで嬉しいわ。」


部屋に飛び込んで来たシュルナの手には、昨日プレゼントした手袋。窓から差し込む朝日に当たって、青色の宝石がキラキラ輝いている。


「今日は、皆どうするの?」


「折角シュルナが手伝ってくれて、街の人達と話せるようになったから、今日はもう少し店を回ってみるつもりだ。」


「ドワーフの街に来たんだから、色々と見て回りたいよねー。」


「昨日は回る事を優先して、殆ど商品は見れなかったからな。」


「そうなると、帰りは遅くなる?」


「いや、日が暮れる前には戻って来るつもりだ。どうしてだ?」


「おっとーとおっかーが、皆さんとお酒を飲みたいって言っていたから、夕食を一緒に食べようって!」


「それは嬉しいな。それなら、何かつまみになりそうな物を、適当に買って帰って来るよ。

伝えてくれてありがとうな。」


「えへへー。うん!」


シュルナは嬉しそうに笑って、三階から下りて行く。


「本当に元気な子ね。」


シュルナは、俺達みたいな余所者に対して、怖がったりせずに話し掛けてくれた。それに、街を案内してくれたりと、優しくて強い子だ。

十三歳といえば、中学生と同じ歳だ。その頃の子供が、あんなに素直で、優しく、強く居られるというのは凄い事だと思う。


「ここの家族にだけは、迷惑が掛からないように、細心の注意を払って行動しないとな。」


「そうだね。あの三人に迷惑が掛かるくらいなら、野宿した方がマシだよ。」


俺達が行おうとしている魔界への侵入は、正規の入り方ではない。それ故に、危険が伴う事も考えられる。その危険に、三人を巻き込む事が有ってはならない。

それだけを注意して、色々と探りを入れるように気を付けよう。


シュルナのお陰で、俺とニルが二人で出掛けても話が出来そうなので、今日は俺とニルだけで周辺の聞き込みを行い、他の四人は一昨日と同じように北東部と北西部に向かってもらう事にした。


朝一で早速となるが、俺達は身支度を整えて、一階へと下りる。


「あら。おはようございます。

昨日はシュルナにお土産を頂いてしまったみたいで、ありがとうございます。」


下りて早々に、ジナビルナが朝の挨拶に続けて、シュルナへのプレゼントのお礼を言ってくれる。


「世話になり続けて、お礼を言わなきゃならないのは俺達の方なんだ。あれくらいの事は気にしないでくれ。

シュルナが気に入ってくれたなら、それで十分だ。」


「うふふ。それに関しては、本当に嬉しかったみたいで、お風呂に入る時以外はずっと手袋をしているんですよ。ご飯を食べる時も外そうとしないので…」

「おっかー!そんな事言わなくて良いよ!」


ジナビルナの話を遮るように、シュルナが慌てて言葉を挟んで来る。


「気に入ってくれたようで何よりだよ。」


「う、うん…」


照れて真っ赤になっているシュルナ。可愛らしい反応。予想以上に喜んでくれているようで、俺達はそれだけで満足だ。


「うふふ。」


シュルナの反応を見て、ジナビルナも嬉しそうに笑っている。


「今日は、日が暮れる前に帰って来たら良いか?」


「ええ。それで大丈夫よ。旦那も楽しみにしていたわ。」


「俺達も楽しみにしているよ。それじゃあ行ってくる。」


「お気を付けて。」


「またねー!」


ジナビルナとシュルナに見送られて、俺達は街へと繰り出す。


スラたん達とは直ぐに分かれ、俺とニルは取り敢えず朝食を食べる為に、シュルナが紹介してくれた、シュルナの知り合いの店へ再度向かう。


「いらっしゃいませ。」


俺とニルが店に入ると、先日俺達の話を聞いてくれた店主のドワーフ女性が出て来てくれる。


「今日も朝食を食べに来たんだが…大丈夫か?」


「大歓迎ですよ。」


ニコッと笑って対応してくれるドワーフ女性。対応はかなり軟化していて、機嫌良く席へ案内してくれる。


他の街とは違い、ここザザガンベルでは、ニルを奴隷として扱う所を見せると、ドワーフ達からの嫌な視線を受ける為、寧ろ普通に過ごす方が良いというのは、俺としては有難い。


二人でテーブル席に座り、ゆっくり朝食を摂っていると、同じ店に朝食を摂りに来たドワーフ達が何組か見える。

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