第666話 命の恩人

「ドワーフ族が、技術を外に出さないのは、それだけの理由が有ったって事か。」


「はい。それからというもの、奴隷を連れている人達を、ドワーフ族は忌み嫌っているのです。」


「シュルナちゃん達は、私達を見ても特に反応していなかったわよね?」


「ニルさんを見れば、嫌々奴隷をしているのではない事が直ぐに分かりますからね。」


「分かるのですか?」


「はい。この街に来るのは、魔族の人達が全てでは有りません。その中には、奴隷を連れた人達も居ますからね。

後は、奴隷の枷を外して欲しいとこの街に命からがら逃げ込んで来る人達も居ますので、そういう人達と比べれば、その人が嫌々奴隷をやっているのかどうか、目を見れば分かります。」


「枷を外せるのか?!」


言われてみれば、ドワーフが作ったのであれば、ドワーフに解除出来るはずだ。


「い、いえ。残念ながら、枷を外す方法は一般には出回っておりません。

そもそも、本来は討伐する相手であるはずのモンスターを捕らえようと考えて作り出された物ですから、誰でも外せるようには作られていないのです。」


「特定の者が外す必要が有るって事か?」


「誰かに限定しているという意味ではなく、ある魔眼を持っている者にしか外せないようになっていたのです。」


「魔眼……」


解呪かいじゅ眼と呼ばれる魔眼です。

昔は違ったらしいのですが、現在解呪眼は、教会に属する者達が特別視する魔眼で、その魔眼を持った人達は、殆どが教会に所属していると聞いています。」


初めて聞く魔眼の名前だ。


「そうか……その魔眼を持った者を見付けられれば、ニルの枷を外せるって事だな。」


教会に行って枷を外すように頼んだとしても、それが通る事は無いと聞いていたが、それは、この解呪眼を持った者が居なければ出来ないからという事なのだろうか?

それだけではないかもしれないが…とにかく、枷の外し方が分かったのは有難い。ただ、教会が特別視している魔眼となると、解呪眼を独占していると考えても良いだろう。一種の聖女のような扱いをされているとするならば、教会は血眼になって探し回るはず。それを俺達が個人で見付け出すとなると、なかなか骨が折れそうな話になってきた。

しかも…奴隷達が枷を付けられてしまうと二度と外せないと言われているという事は、この解呪眼も殆ど使われていないという事になる。もしかすると、この解呪眼というのは、魔眼より更に希少な紋章眼かもしれない。


俺は、頭の中で、ニルの枷を外す為の道程を思い描いていたが…


「それが……昔はそれで枷を外せていたのですが、現在は無理なのです。」


「…どういう事だ?」


シュルナの話を聞いて、俺は考えを一時停止する。


「ドワーフ族が作ったモンスター用の枷は、魔族でもある魔女族とドワーフ族の合作でした。

詳しい原理は分かりませんが、精神と結び付いた魔力が、精神の動きに反応して枷を締め付けるという物です。

しかし、その技術が盗まれ、外に流れ出てしまった後、何者かがそれを改造し、現在では解呪眼のみでの解除が出来ないようになっているのです。」


「改造しって……そんなに簡単に出来るような事なのか?」


「私も詳しい事は知りませんが、父の話では、危険な物になり得る枷を、誰にでも改造出来るように作るはずがないと言っていました。」


「その通りだ。」


俺達がシュルナと話をしていると、シドルバとジナビルナが三階に上がって来て、話に参加してくれる。


「俺達が生まれるよりずっと前の話だから、言い伝えのような話しか知らないが、同じドワーフ族として、危険な物を誰にでも作れるようにして世の中に出すなんて事は絶対にしねぇだろうと思う。」


「だが、改造はされたんだよな?」


「それは間違いないわ。奴隷の枷を外してくれと、この街に来た人達が何人も居て、ドワーフ族の解呪眼を持った者が試したけれど、解除出来なかったのよ。」


「解呪眼以外に必要なものっていうのは?」


「分かっていねぇんだ。だから、未だに世の中には奴隷なんていう身分が存在しちまっていやがるんだ。

本来、人が人を縛り付けるなんて事はあっちゃならねぇってのによ。」


どうやら…話を聞いた限りだと、ニルの枷を外す事は、今直ぐには出来そうにない。


「そうか……」


ニルの枷を外してやれるかと思って気分が上がったのに…


「ご主人様。私はこのままで大丈夫ですよ。」


落ち込む俺の袖を握り、笑い掛けてくれるニル。


「この枷は、ご主人様と私を引き合わせてくれた絆でも有るので、全く気にしていません。寧ろ、皆に自慢して回りたいくらいです。私はご主人様のものなんですー!って。ですから、そんな顔をなさらないで下さい。私は、今のままで十二分に幸せですから。」


「ニル…」


「コラコラー。話の途中なんだから、二人の世界に入らないのー。」


「い、いや。別に二人の世界ではないぞ…?」


ハイネに言われてハッとしてしまった。まだ話の途中なのに…


「それより…要するに、俺達への対応がおかしかったのは、俺がニルを…奴隷を連れて歩いていたからという事か。」


「はい。この街に来たのならば、当然知っているものかと思っていまして…」


「昔、俺達が若い頃、奴隷を連れていた奴とドワーフの間で色々と有ってな。それからは奴隷連れの者達が訪れる事は無かったんだ。」


ドワーフ族の機嫌を損ねるような事にならないようにと、外部の者達が規制を敷いた…というところだろうか。

ドワーフ族にとって、奴隷の枷というのは、自分達の過ちの一つであり、忌むべき結果を齎した物でもあると知れば、なるべく奴隷の枷がドワーフ族の目に入らないようにするのは当たり前の措置だろう。

ドワーフ側から規制するという事は無かったのか、俺達は普通に入れたが…門番の者達も、最初はかなり高圧的な反応だった。友証を見てからガラッと変わったが…

そう考えると、友証というのは、ドワーフ達にとって非常に効力の高い証なのかもしれない。


「そんな中で、奴隷を連れて歩き回っていたら、街の人達も話し掛けようとはしないわな…」


シュルナに会う前に、街の人達から避けられていたように感じたのは、枷が原因だったという事らしい。


「でも、見る人が見れば、ニルさんは強制されていないと分かりますし、話せば直ぐに分かってくれると思いますよ。」


「話せばって言われても…まずその話すというのが出来ないんだが…」


「申し訳ございません…」


「いや。ニルが悪いわけじゃないからな?!」


ニルが付けている枷が原因で、ドワーフ族との交流が取り辛くなっているのかもしれないが、それはニルが悪いわけではない。ニルに枷を付けた奴が悪い。いや、もっと言えば、ドワーフから技術を盗み出した馬鹿が悪い。決してニルのせいなどではない。


「枷を付けたくて付けているわけじゃないんだから、ニルが気にする必要はない。」


「そうですよ!気にする必要は有りません!」


ダークエルフという種族である事がバレないように気を付ける為、あまり会話に参加していなかったエフだったが、ニルの話になると、突然饒舌じょうぜつになる。


「あ、ありがとうございます…」


少し嬉しそうな、しかし申し訳なさそうな顔をして俯くニル。


「……話すら出来ないというのであれば、私が一緒に行きましょうか?」


そう言って名乗り出てくれたのは、シュルナ。


「ドワーフである私が行けば、少なくとも話くらいは出来るはずですから。」


「俺達としては嬉しい限りだが……良いのか?」


シュルナが来てくれるのであれば、俺達に対する態度も、多少は考えてくれるはずだ。だが、シュルナにとっては面倒事でしかないし、周りからあまり良い目で見られる事ではない。

言ってしまえば、首を突っ込むだけ損をする可能性が高い内容だ。


「はい!」


しかし、シュルナはまるでそんな事は気にしていないと明るく頷いてくれる。


「シュルナが良いと言うのならば、連れて行ってやってくれないか?」


「……どうしてそこまでしてくれるんだ?

ここを無償で貸していたって話もそうだが、三人は、あまりにも献身的過ぎる気がするんだが…」


裏が有る…とは思っていない。そんな相手ならば、俺達の中の誰かが疑っていたはず。しかし、誰も彼等の厚意こういを疑ったりはしていない。それは、三人が無違いなく厚意で色々としてくれているからだ。

ただ、厚意というのは、自分に被害が出る事を前提としていない。厚意なのだから当然だ。

しかし、この三人は、自分達に被害が及ぶと知っていながらも、こうして俺達を助けようとしてくれている。あまりにも不自然であり、あまりにも献身的過ぎる。


「それは簡単な話だ。

俺達が、外部の人に助けられたから、その恩を返しているだけの事さ。」


「…………………」


「立ち話にしては長くなる。座って話すとしよう。」


俺達は、シドルバの言う通りに、座って話を聞く事にする。


「あれはまだ、シュルナが産まれる前の話だ。」


そう話を切り出したシドルバが、ゆっくりと話をしてくれた。


まだシュルナが産まれる前。

ジナビルナのお腹の中に、シュルナが居た時の話だ。


二人は、今居るこの工房で、夫婦水入らずの生活を送っており、共に職人という事で時折意見をぶつけながらも、ゆっくりとした時間を過ごしていたらしい。


そんな時の話だ。


いつものように、二人は工房で依頼されている物を作り、完成した物を客先に届けようとしたらしい。

その時、ジナビルナのお腹は既に大きくなっており、客先に出掛ける時や、材料の買い出し等は全てシドルバが行っていたのだが、客先がジナビルナの友達だという事も有って、二人で客先に向かったらしい。


その行きがけの事。


二人が通りを歩いていると、変な人集りが見えたらしい。

何事かと思って目を凝らして見ると、ザザガンベルの街中では珍しく、人族の男がドワーフ族の男達に囲まれている所だった。


今の二人ならば、間違いなくその人集りに入って行ったかもしれないが、その時の二人は、困っているであろう人達の男と目が合ったのに、無視して客先に足を向けたらしい。


「恥ずかしながら、あの時の俺達は、人族に対して良い印象を持っていなくてな。」


「人族限定なのか?」


「俺達ドワーフ族にとって、人族というのは…あまり良い種族ではないというイメージが強いんだ。」


「奴隷を作り出している者達には、人族が圧倒的に多いという事を聞いていたからね……ドワーフ族の中では、昔情報を盗み出したのも、強欲な人族のせいではないか…なんて言われているの。」


人族全てがそうではないという事は、俺達ならば分かるが、種族の総合的な評価で見ると、強欲で傲慢な種族である事は否定出来ない。事実として、奴隷を持っている者達全てを集めたならば、人族が圧倒的に多いだろう。まあ…奴隷にされている者達を集めると、人族が圧倒的に多いというのも事実であり、単に種族として数が多いという事が大きいのだが…外から見た場合、どちらが目立って見えてしまうかと考えた時、奴隷にしている者達へ目が向いてしまうのは仕方の無い事だろう。


「今はそんな事を思ってはいないわ。でも、あの時は、私達の中に、人族なんて…という気持ちが有った事も否定出来ないの。」


「………………」


これが、種族間の印象というものだろう。


元の世界でも、所属している国によって人格を決め付けるという事もよく耳にしていたし、この世界でも同じようなものなのだろう。

国や種族によって、人格がある程度似通るという事は有るとは思うが、全ての者達が同じ性格になるわけではない。

それは、これまで旅をして来て、多くの種族の人達と関わった俺達にはよく分かっている事だ。


「そうして、その男を無視して客先に出向いた後の事だった。」


シドルバは、それから先の事を、更にゆっくりと話してくれた。


客先へ無事に品物を届けた後。二人はお腹の中のシュルナを気遣って、ゆっくり帰路を歩いていた。

そうして暫く歩いていると、二人は、人族の男が絡まれていた場所辺りを通り掛かった。


そこを通るまで、その男の事などすっかり忘れていた二人だったが、どうなったのだろうかと、ふと気になってしまい、路地裏に目を向けた時だった。


「危ない!!」


どこかから聞こえて来た声に、二人は驚いて、前を見た。


すると…


ガンッ!ゴンッ!


何かの落下音がしたのと同時に、目の前に現れた先程の人族の男が、二人に抱き着くような形で迫って来た事に気が付いた。


二人は、最初、その人族の男が、無視をした腹いせに何かをしようとしたのかと思ったらしいが、それが全くの勘違いだという事を直ぐに理解した。


人族の男は、頭上から降ってきた鉄板を背中で受け、自分達二人を庇ってくれていたからだ。


二人に注文した客は、中央地区に住んでいた為、二人はあの複雑怪奇な構造の中に居た。あれだけ建物が上に下にと入り乱れていると、補修やら劣化等で、建材の一部が落ちて来る事がごくごく稀に有り、二人は偶然、それに巻き込まれてしまったらしい。


ドワーフ族は、魔具の製作も行っているが、種族的には魔法を得意としておらず、魔具製作も魔女と力を合わせて…というのが普通らしい。

それ故に、魔法でどうにかするという事が出来ず、こういった事故が他の種族より起こり易いらしい。

当然、それに対する試行錯誤は怠ってはいないものの、事故というのは起きるもので、その辺は俺達が元居た世界と大差無いという事である。


非常に少ない確率ながら、起きてしまった事故に偶然巻き込まれてしまった二人。

そんな、運の悪い二人の元に、周囲のドワーフ達の誰よりも、真っ直ぐに、躊躇せず、飛び込んで来たのは、自分達が無視したはずの人族の男だった。


「だ……大丈夫…ですか…?」


頭から血を流し、痛むであろう体を二人から離し、自分の事よりも、二人の安否を問う人族の男。


「あ…ああ…」


二人は、何が起きたのか何となく理解はしていたが、未だ考えがまとまらず、人族の男の言葉に返事をするのでやっと。


幸い、落ちて来た鉄板は、男を押し潰す程の大きさや重さは無く、死にはしなかった。しかし、大きな傷を負っている事は一目瞭然だった。


それなのに……


「良かった…お腹の子も大丈夫そうですね…?」


男は、血塗れになりながらも、ニコリと笑い掛けたらしい。


「は…はい…」


シドルバと同じく、返事をするのでやっとなジナビルナ。


そんな二人が無事な姿を見て、男は安心してしまったのか、その場で気を失ってしまったらしい。


二人は、そこでやっと我に返り、直ぐに男を医者の元へ。

命に別状は無く、一安心。シドルバが人族の男を引き受け、工房へと連れて帰ったらしい。

そうして、暫く安静にさせていると、男が目を覚まし、起きたと同時に、痛みに顔を歪める。


そんな男を見て、心配した後、二人はただただ感謝した。


「ありがとう!本当に助かった!」


「ありがとうございます!」


「い、いえ。僕の事も、医者に連れて行ってくれたみたいで、ありがとうございます。」


二人の感謝に被せるように、人族の男はお礼を言い、困ったように笑う。


「でも…良かったです。お腹の子供が無事で。

それだけで、怪我をした甲斐が有るというものですよ。」


ジナビルナの大きなお腹を見て、暖かい笑顔を見せる男。


そんな事を言われて、それでも人族に対して悪い印象を持つ事など、二人には無理だった。


「すまねぇ!!」


シドルバと、ジナビルナは、深々と頭を下げた。


困惑する男に対して、シドルバとジナビルナは、自分達が、他のドワーフ達に絡まれている男を無視して通り過ぎた事を伝えた。

しかし……


「あー……そうだったのですね。ですが、お腹に居るお子さんの事を考えるならば、無視してくれて良かったと思います。」


「そ…そういう事じゃねぇんだ…俺達は…」


シドルバが、ただ、自分達は人族が嫌いだから無視したのだと言葉にしようとした。しかし、その言葉を遮るように……シドルバに、それ以上の言葉を紡がせないようにと男は口を開く。


「そうでなかったとしても、結果的に、お子さんの事を守れたのですから、僕はそれで良いと思いますよ。」


「っ?!」


「この街では、僕達人族は余所者です。嫌な目で見られたり、多少絡まれるくらい気にしませんから。

ですから、子供を守る為だった。それで良いではありませんか。」


そう言って笑う人族の男。


シドルバとジナビルナは、自分達のした事の情けなさと、男の優しさ、強さに対して、流れ出る涙を止められなかったらしい。


一方的に嫌って、絡まれているのを見て見ぬふりまでした相手が、自分だけでなく、自分の愛するパートナーと、これから産まれて来る子供を守ってくれたのだ。

シドルバ曰く、漢としての器が違うという事だ。


結局、その人族の男は、怪我が治って直ぐに街を出たらしいが、その間に、男とシドルバは沢山の事を話したらしい。


まず、人族の男の名はクルード。

赤髪長髪、青眼の男で、当時Cランクの冒険者。

商人の護衛として付いてきた集団の中の一人で、高ランク冒険者達の荷物持ちとして同行してきた者だったらしい。

歳は二十歳過ぎくらいだったらしいが、どこか暗い印象を受ける見た目で、かなり腰が低く、冒険者には珍しく、常に敬語を使っていたとの事。

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