第659話 高難度ダンジョン (3)

俺とハイネの攻撃が見事に交差した時……音が有るならば、ザクリと聞こえていたであろう感触が伝わって来る。


俺もハイネも、反撃を警戒し、その後直ぐに後ろへと飛び退くが、反撃は無く煙が跳ね上がるのが見える。


その瞬間。俺達の耳に音が戻って来る。


「………終わった…のか?」


エフが声を出し、それが全員の鼓膜を揺らす。


どうやら、ニルも、スラたんとピルテも、ほぼ同時に相手を仕留めたようだ。


「聞こえるって事はそれで間違いないだろうな。」


「音が無いって、結構怖いね…」


「だな…」


終わってみれば、俺達の連携がガッツリ上手く決まって、余裕の勝利に思えるが、その実、どこかで連携が崩れてしまえば、見えない敵に背中からザクリという事も有り得た。

音が聞こえないと、真後ろで誰かが攻撃されたとしても気が付けないし、怖いと感じたのは、きっと全員が同じだろう。


「ここはモンスターが再出現するペースが早いらしいから、さっさと先へ進もう。」


「そうね。」


全員が、嫌な汗を流したところで、モンスターの死骸をインベントリへ収納し、先へと進む。


最初に開けた扉と同じような扉が設置されており、そこを開くと、またしても五十人程度が入れそうなスペースが在る。

このアバマスダンジョンは、横に続くダンジョンで、上下はしない。

そして、奥には『この先、十一人以上での入室を禁ずる。』と彫り込まれている石の扉が見える。


「この先って……本当に性格悪いなー…この部屋で終わりなのに、まるでまだまだ先が有るような言い回しだよ。

しかも、この安全地帯。五十人近くが入ったら、多分座れないよね?」


「立って入るのがギリギリだろうな…休ませない為か…?」


「僕、こういうの嫌いだな。」


スラたんが直球で『嫌い』と言うのはかなり珍しい。それくらい、このダンジョンの構造に腹が立つのだろう。


「あまり気分の良いダンジョンではないな。」


「気分の良いダンジョンなんて無いと思うぞ。」


「いや、それはそうだが…ってそれより、折角安全地帯に入ったんだから、しっかり体を休めるぞ。絶対にモンスターが入って来ない場所なんて久しぶりだからな。それと、第二階層での動きを決めよう。」


「そうね。この後の方が大変だものね。」


腹拵はらごしらえもしておこう。」


ダンジョンに入る前と同様に、体を休めつつ、第二階層を攻略する方法を話し合う。


と言っても、第二階層はモンスターハウス。

トリッキーな事など無く、ただただ物量で押し潰すという部屋だから、とにかくそれぞれが素早く確実にモンスターを排除していくしかない。

第二階層の具体的な部屋のサイズや、相対するモンスターの数等の条件によって変わるとは思うが、恐らく、前衛とか後衛とか、そういう事を考えている暇も無いのではないかと考えている。


局所的に、誰かと連携を取ったり、相対するモンスターを得手不得手で変えたりは出来るだろうが、基本は魔法すら使える時間が無いはずだ。


「魔法は禁止事項ではないけれど、戦闘が始まれば魔法なんて使っている時間は無いし、実質禁止みたいなものだよね。」


「まあな。ただ、俺は戦闘中にも魔法陣を描けるし、聖魂魔法も有る。全く使えないって事は無いはずだ。」


「一日二回だけの魔法だね。」


「ああ。入る前に、付与型の防御魔法、武器に付与する魔法。それとそれぞれが使える最大火力の魔法を準備するのが良いだろうな。」


「最初に魔法で一気に片付けるって事かしら?」


「ああ。この先の部屋の中には、入った時点で、既にかなりの数のモンスターが居るはずだ。それをまずは最大火力の魔法で一気に減らす。

聖魂魔法は、対処出来なくなった時の為に残しておきたいから、最初は単純な魔法で仕留められるだけ仕留めるべきだろうと考えている。」


「それでも、魔法が効きにくいモンスターは残るだろうから、それを武器で仕留めるという事だね。」


「そこで余裕が有れば、次の魔法を用意しても良いが…次々とモンスターが追加されるらしいから、恐らくその暇は無いと思う。」


「最初だけ魔法を使って、後は各自でモンスターを狩るって事ね。」


「出来るなら、一人か二人が魔法を準備して、残りがそれを守りながら戦いたいが…それが出来る状況になるかは分からない。細かい部分は、俺もスラたんも分からないからな。」


「そこまでの混戦になる可能性が有るという事ですね…?」


「そういう事だ。」


「当然、余裕が有れば、連携を取ったり魔法を準備したりするけど、基本的にはアイテムと武器を使った戦いになると考えた方が良いと思うよ。」


「聞いただけで目が回りそうですね。」


「だな……ただ、それぞれ、ある程度の役割を決めておこうとは思う。

何の役割も無しに戦闘するより、ある程度相手をするモンスターの傾向が似ている方が戦い易いだろうからな。」


「確かにその通りだな。それで?役割は具体的にどうするんだ?」


こんな話をして、自分達の役割を決め、出来るだけその役割をこなせるようにしてもらう。


詳しく言うと…

スラたんは、小さくて防御力の低いモンスター、素早いモンスターを中心に叩いてもらう。

ニルは、攻撃力が高いタイプや攻撃を避け辛いタイプのモンスターを担当。

ハイネとピルテは、中距離の敵に対して、範囲外から攻撃するのが得意である為、魔法を使おうとしているモンスターや、離れた相手を攻撃するモンスターへ対応してもらう。

エフは、身のこなしこそかなりのものだが、やはり片腕である事が原因で、攻撃力が足りていない為、スラたんと同じような動きをしてもらう事になった。

そして、俺はそれ以外のモンスターを担当するというのと、戦闘しながらの魔法を担当する。

特に気を付けなければならないのは、皆に付与されている防御魔法の掛け直しと、武器への魔法付与だろう。

モンスターを倒しながら皆の状態を把握し、魔法を掛け直すという動きになる。なかなに大変な役割ではあるが、俺以外には出来ない役割である為、泣き言は言っていられない。

まあ、その分モンスターの相手は、他の五人が主になってやってくれるから、大変さで言えば皆同じだろう。


他にもいくつか話し合って擦り合わせはしたが、そこまで考えている余裕は無いと思う。あくまでも、余裕が有った場合…程度の話し合いだ。


という事で、理想的な流れだけ確認し、腹拵えを済ませ、腹具合が馴染んだところで、第二階層への扉に手を掛ける。


付与しなければならない魔法は付与済み。それぞれが最大火力の上級魔法も準備してある。


「行けるか?」


「はい!」


「やってやるわよ!」


ハイネが気合いの入った声を発して、準備は完全に整った。


「よし………行くぞ!」


ズズズズ……


第一階層と同じように、扉がスライドして開いて行く。


開いて行く扉の隙間から、部屋の中が見えるが、既に視界を埋め尽くす数のモンスターが見えている。


「発動させます!!」


最初に魔法を使うのは、ニル。


ガガガガガガガガッ!パキパキパキッ!


完成させた魔法陣が青白く光り始めると、百メートル四方の部屋の中に、大量の氷が降り注ぎ、氷の当たった部分が凍り付く。


上級氷魔法、アイスレイン。


範囲攻撃魔法ながら、氷結効果を持っており、殺傷力が高い魔法で魔法耐性の低いモンスターならば、これだけで絶命する。


ただ、それでもおよそ半分程度のモンスターにしか効果が与えられていない。半分と言っても、部屋の中には数え切れない数のモンスターが居るから、その魔法だけで、数十体のモンスターに効果を与えているのだが…とにかく数が多いせいで、ニルの魔法一発で、部屋の中のモンスターを完全に倒し切るのは無理だ。

それに、部屋に居るモンスターは、バンシーやリクコウクラゲ、バシリスクやサラマンダーといったSランクのモンスターばかり。氷魔法という特殊な魔法の上級魔法とはいえ、一撃で絶命する個体はかなり少ない。


「続けて行くぞ!」


エフが叫ぶと、エフの手元が赤く、スラたんの手元が緑色に光る。


ゴウッ!!


エフが使ったのは獄炎球。上級火魔法で、ファイヤーボールの上位互換魔法である。デカい火の玉がエフの右手から放たれ、正面のモンスター達に当たると、破裂して周囲に炎を撒き散らす。


そして、飛び散った炎は、そこから一点に向かって渦を巻きながら集まって行く。


スラたんが使った中級風魔法。カッターサイクロンが、炎を巻き取っているのだ。

中級魔法というと、相手はSランクのモンスターばかりで、効果が薄いと感じるかもしれないが、今回の場合、エフの魔法をより強化する為の魔法である。魔力の少ないスラたんでも使える魔法の中で、これが最も被害を大きく出来るだろうと考えての選択だ。


魔法を合成し、より効果の大きい魔法にするのはプレイヤー達の間では普通に行われていた。今回の火魔法にカッターサイクロンを合成させるのは、よく使われていた魔法の合成方法の一つだ。

あくまでも、魔法を合成しただけなので、この魔法に名前など無いのだが、プレイヤー達はファイヤーサイクロンとか色々な名前で呼んでいたのは知っている。


ゴゴゴゴゴゴッ!


部屋の中に現れた炎の竜巻が、周囲に風と炎の刃を飛ばしながら、モンスターを巻き込み、火の粉を飛ばす。


百メートル四方というそこそこの広さである部屋の中だとしても、結構熱が伝わって来る。


「ギャァァ!!」


本来であれば、湿地のような水気の多い場所に住み着き、火魔法が使い難い環境に居るバンシーだが、ダンジョン内には水気が無く、火が毛皮に燃え移り、のたうち回り、他のモンスターにも飛び火させている。


サラマンダーのような火に強いモンスターには、ほぼ無効化されてしまう魔法ではあるが、そういうモンスターは、ニルの氷魔法が先に処理している。

しかも、単純に氷と火という相反する魔法を使って、モンスターを処理しただけでなく、凍らせたモンスターを瞬時に熱する事で爆発させ、その破片をファイヤーサイクロンが巻き込み、他のモンスターにも被害を与えている。


こういう科学的な現象を利用した魔法の合成は、スラたんが居ると実に効率良く使えるから本当に助かる。


ニル、スラたん、エフの三人が使った魔法だけで、既に半数程のモンスターが倒れたが、まだ終わらない。


「ピルテ!」


「はい!お母様!」


ハイネとピルテが魔法陣を発動させる。


ピルテが使ったのは吸血鬼魔法、コロージョンブレード。


腐食効果を持つ黒い短剣のような刃が地面から次々と突き出し、モンスターの足元を攻撃する。


更に、ハイネが発動させた吸血鬼魔法、ダークローズイヴィが、範囲内のモンスター達に絡み付き、痺れ毒を与えていく。


どちらの魔法も、モンスターを討伐するという意味では一歩足りない魔法ではあるが、動きを制限したり、阻害するという意味では最高の魔法である。


そして、最後に、俺が用意しておいた魔法を発動させる。


上級光魔法。白き巨剣。

攻撃力が高く、Sランクのモンスターでも蒸発させてしまう程の魔法だ。

ただ、Sランクのモンスターともなると、威力は高いがスピードはそこそこというこの魔法を使ったところで避けられてしまう可能性が高い。そこで、ハイネとピルテの吸血鬼魔法によって足止めをしてもらい、確実に仕留めるという流れを作ったのだ。


ジュッ!!


白き巨剣に触れたモンスターが、一瞬で蒸発していく。


「はぁっ!」


白き巨剣を水平に飛ばすと、真っ直ぐに奥の壁に向かって飛んで行き、その道中のモンスター達を次々と蒸発させる。逃げ出そうとしても、ハイネとピルテの魔法で逃げられず、白き巨剣の餌食となっていくのだ。


全員の魔法が見事に決まり、敵の数は一気に八割程を削った。


しかし…俺達が魔法を発動させている間にも、ダンジョンの壁に見えている出入口のような空洞から次々とモンスターが追加されており、結果的に部屋の中に居るモンスターは、二割減程となっている。


「行くよ!!」


百体以上のモンスターを消し飛ばしたというのに、既に部屋の中はモンスターだらけ。とんでもない数だ。

しかも、邪魔にならないようになのか、死んだモンスターは直ぐにダンジョンの石材の中へと飲み込まれて行く。

ダンジョン内では、死骸を放置しておいても、ダンジョンが徐々にそれを取り込むのは知っていたが、それを目の前で見る事になるとは思わなかった。

というか……何百体倒しても、モンスターはダンジョンに取り込まれてしまうから、素材などほぼ回収出来ないという事になる。性格の悪いダンジョンというスラたんの言葉に、強く同意したい。

こんなにえげつないダンジョンで、死ぬ程Sランクのモンスターを倒したとしても、報酬はクリア報酬だけ。相当良い物が手に入らないと割に合わない。

今回はイベントが発生していないし、イベント報酬も無いから、最悪、ダンジョンを通過するだけ損をするという事になるかもしれない。そうなったら、このダンジョンをどんな手を使ってでも破壊してやろう。うん。決めた。


スラたんがモンスターの中へと走り込むのを追いながら、そんな事を考えつつ、刀を持つ手に力を込める。


俺の紫鳳刀に付与してある魔法は、上級雷魔法、紫電しでんの剣。

雷を武器に纏わせ、斬ると同時に雷撃を相手に与えるというものだ。因みに、最近覚えた魔法である。


オウカ島では、刀に魔石陣を埋め込んで、魔具と刀を一体化させていたが、あれとは違い、刀に雷を纏わせても、自分が電撃を食らう事は無い。

ただ、魔具は魔力さえ流せば、いつでも発動させられるが、紫電の剣は魔法である為、効果時間が存在する。その上、火魔法や水魔法で同じように武器に付与する魔法より、ずっと効果時間は短い。その分攻撃力が高い為、釣り合いは取れているのかもしれないが…


因みに、同じように攻撃力が高くて効果時間が短い武器付与型魔法には、上級光魔法である光纏こうてんの剣、上級氷魔法である氷凍ひょうとうの剣が有る。

光纏の剣は、光を武器に纏わせて、相手を焼き切るという魔法だ。まあ……ビームサー〇ルみたいな魔法だ。

氷凍の剣は、斬った部分を凍らせる氷結効果を持たせる魔法である。


一応、他の属性全てに同じような魔法が存在し、そちらはそれなりの効果時間を持っている。


水を纏わせて、斬撃と共に水の刃を撃ち出す上級水魔法、流水の剣。

茨を纏わせて、攻撃と共に茨が相手を傷付ける上級木魔法、茨絡しらくの剣。

岩石を纏わせて、大質量で押し潰す上級土魔法、岩棘がんきょくの剣。

風を纏わせて、斬撃と共に風の刃を撃ち出す上級風魔法、風刃の剣。

炎を纏わせて、斬撃に燃焼効果を与える上級火魔法、黄炎の剣。

斬撃によるダメージを増幅させるという特殊な効果を与える上級闇魔法、黒纏こくてんの剣。


この中から使えるものを使って、斬撃に特殊な効果を与えたり、相手の苦手な属性を使って攻撃する事で、より高い攻撃性を持たせるのだ。


しかしながら、武器付与型魔法は、効果時間が切れた時、付与し直すには魔法陣を描かなければならないし、補助的な効果しかない。それならば別の上級魔法を使って数を減らした方が効率的であるというのが基本的な考え方だ。

ただ、今回の場合、モンスターを素早く確実に討伐する必要が有る為、上級魔法を一撃放つより、武器による一撃を強化した方が良いと考えたのだ。

相手を素早く倒せれば、皆の生存率もグンと上がるはずだから。


勿論、攻撃系の上級魔法でドカーンというのも相手を削れて助けにはなるだろうが、それぞれの安全を考えるならば、まずは武器や防御の強化を考えるべきだろう。


当然ながら、使える時は攻撃系魔法もバンバン使うつもりだが、まずはそれよりもやらなければならない事が有る。

それは、付与魔法が万全である最初の時点で、俺の体力を使って出来るだけモンスターを減らす事だ。

皆の付与魔法が切れ始めると、俺は半後衛みたいな状態になる為、体力より魔力を消費する。故に、最初で使えるだけの体力を使ってモンスターを狩りまくらなければならないのだ。


という事で、風刃の剣を付与したダガーを持つスラたんが、モンスターの中に走り込んだのを見て、俺は近くに居る土龍に向かって刀を振り下ろす。


ガギッ!!


土龍の鱗は硬いが、紫電の剣を付与した刀ならば、防御力は無視してダメージを与えられる。


バチバチバチバチッ!!


雷が爆ぜて、土龍の体の表面を走る。土龍が全身を痙攣させているのを見るに、雷魔法が有効に働いてくれたようだ。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!!!」


ザンッ!ザシュッ!バチバチッ!ガシュッ!


目の前に見えるモンスターを、神力も使いながら、とにかく斬って斬って斬りまくる。


「はあああぁぁぁっ!!」


ザザザザザザザッ!ビュッ!ザシュッ!


スラたんは、モンスターの中に入り込んだ後、モンスター同士の間を走り抜けながら、ダガーの攻撃が有効な相手を選んで、次々と刃を走らせ、風の刃を飛ばしている。


「私達も行くわよ!!」


俺とスラたんに続いて、ハイネ、ピルテ、エフ、ニルも戦闘を開始する。


エフは黄炎の剣、ハイネとピルテは黒纏の剣。そして、ニルは氷凍の剣を付与している。


「はぁぁぁっ!!」


「やああぁぁぁっ!!」


エフが短剣で斬撃を放つと、モンスターに火が燃え移り、ニルが小太刀を振るとパキパキと音を立てて傷口から凍り付いていく。

ハイネとピルテは、深紅の鉤爪に闇を纏わせ、それでモンスターを突き刺すと、モンスターが絶叫する。

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