第658話 高難度ダンジョン (2)

「出て来るモンスターの数が一定という事は、十人で挑む場合が一番楽だという事よね…?」


「ああ。つまり、俺達は本来十人で挑むダンジョンに、六人で入らなければならなくなるという事だな。」


「具体的に、どれくらいの数のモンスターが出てくるのですか?」


「分からない。定められた空間内に、大量のモンスターが現れて、かなりの混戦になるから、何体出て来たのかも分からないらしい。」


「少なくとも、数えられるような数ではないという事ですね…」


「そういう事だ。一応、魔法は使えるから、一気に数を減らす事も出来るが、モンスターは随時追加されていくから、部屋の中のモンスターを全滅させたとしても、そこから更に、次々とモンスターが現れる。

そのモンスターハウスを乗り越えられるかどうか…という事だ。」


「ご主人様は乗り越えられるとお考えですか?」


「俺の個人的な考えとしては、いけると思っている。第一階層と第二階層の間には安全地帯も在るし、そこでしっかり休んでから挑戦すれば、この六人でなら越えられるはずだ。」


「僕も同意見。簡単とは言わないけど、ケルピーを倒せたんだから、いけると思うよ。」


「シンヤさんもスラタンもそう言うなら、きっと乗り越えられるわね。だとしたら行くべきね。」


「何故そう言い切れるのかは何となく分からなくもないが…Sランクのモンスターが大量に出て来るダンジョンだぞ?」


エフとしては、客観的に見て危険だと言いたいのだろう。事実、安全ではないし、エフの言う事も正しい。


「そうね……確かに危険だし、もしかしたら上手くいかないかもしれないけれど…私はシンヤさんとスラタンを信じるって決めているから。」


エフの言葉に、ハイネは当たり前の事のように答える。


「精神論で言い返されても……と言いたいところだが、そういうのも一つの根拠なのだろうな。

私は、元々、より早く魔界へ向かおうと考えていた。だから、皆がいけると考えているならば、反対する理由など無い。」


という事で、全員が賛同し、俺達はダンジョンへと入る事を決めた。


「行くと決まったなら、ダンジョンに入る前に、細かいところまで決めるぞ。内情を明確に知っているのならば、対策は立てるべきだからな。」


「当然よね。煙玉を使うのよね?」


「ああ。煙の動きを見て相手の位置を把握し、攻撃する。これが最も基本的な考え方だが、相手だって単調に動いてくれるわけじゃない。」


「相手の動きに合わせて動けるように、僕達も予め作戦を立てておくんだよ。

中では指示を出したりするのも身振り手振りになるし、必ず全員がそれを確認して動けるとは限らないからね。」


「ここでそれをある程度先に決めておいて、体をしっかり休めた後、ダンジョンに入る。」


「分かりました。」


そこから、俺達は相手の行動を予測し、出来る限りの対策を考えて話し合った。

完璧とは言えないが、いくら話し合ったところで、実際にどういう動きをされるのかは、戦ってみなければ分からない。という事で、全員の話が出尽くしたところで話を打ち切って、体を休める事にした。


話し合っている最中も、ダンジョン前の空間には、モンスターの類は一切現れず、静かなものだった。

それでも、一応交代で見張りとして二人が警戒しつつ、ゆっくりと休憩し、上から差し込む光が俺達に届かなくなった頃、ダンジョンへの入口を潜る事になった。


「準備は良いか?」


俺の言葉に、全員が緊張した面持ちで頷く。


茶色の石材で囲まれた通路を、ニルが先頭で一列になり入って行く。


「思っていたより明るいな。」


エフが、周りの石材を見ながら言う。


相変わらず、どういう素材なのか分からないが、ダンジョンを構成する石材は、仄かに光っていて、目が暗闇に慣れると周囲が見える。


「少し広い所に出ます。」


ニルが伝えてくれたように、狭い通路の奥には、少し広めのスペース。詰めて入れば五十人くらいは入れるだろうか。


「このダンジョン。本当に性格悪いねー…」


「ん?どうしてだ?」


スラたんがボソリと呟いたのを聞いて、俺が聞き返す。


「このスペースだよ。第二階層は十人って人数制限が掛けられるのに、ここには十人では広過ぎるスペースが用意されてる。何も知らずに入って来たとしたら、十人前後では足りないダンジョンかもしれないと思わされる。でも、実際は第二階層で十人という制限が掛けられる。

例えば、五十人のパーティで入って来たとして、それを五つのパーティに分けた時、全てのパーティが第二階層を突破出来るパーティ編成になるとは限らないよね。

そうなると、当然第二階層の挑戦を取り止めて、戻る事になるけど、五十人で突破した第一階層を戻るとなると、下手に人数を減らせないから、五十人全員で戻る事になるよね。」


「確かに…十人だけ先に進む、なんて事はしないだろうな。」


「第一階層に人数制限を掛けるんじゃなくて、第二階層に人数制限を掛けるところから性格悪いとは思っていたけど、こういう所にも性格の悪さが出てるなーってさ。

ダンジョンを設計した人によって、違うのかな?」


「そうだな……言われてみると、海底トンネルダンジョンは、百層なんて特大のダンジョンだったが、そういう性格の悪さみたいのはあまり感じなかったな。」


ダンジョンに入って出るまで、徐々にモンスターが強くなっていたし、トラップや特殊なモンスター等も居たが、徐々に難度が上がる感じで、どちらかと言うと成長を促すような仕組みになっていたようにも感じる。


ダンジョンが自然発生するという事は無いだろうし、製作者が居ると考えた場合、管理者側の者であると考えられる。

そして、製作者の性格がダンジョンに出ていると考えると…海底トンネルダンジョンと、アバマスダンジョンは、毛色の違うダンジョンに感じる。


それに……気になっていたが、今まで、ダンジョンに入る時、必ずイベントの表記が出てきていたのだが、今回はそれが無い。これも何か関係しているのかもしれない。


「内情が分かっている以上、性格の悪さも対策出来るけど、知らないと結構エグいダンジョンだと思うよ。」


初見殺し的なイメージも強いダンジョンだし、確かに良心的なダンジョンとは言えない。

考えたとしても、答えが出ないのは分かっているが、それもいずれ理由が判明するのだろうか…?


「そんな事より、今は目の前の敵ではないか?」


エフに言われて、思考を止める。


「そうだな。」


ダンジョンに意識を戻し、スペースの奥に見えている扉に目を向ける。


飾り気など無く、ザラザラした質感の大きな茶色の石の扉に、『魔法の使用を禁ずる。』とだけ彫り込まれている。


「魔法の使用を禁ずる…か。確かに書かれているな。」


「魔法を咄嗟に使わないように気を付けないといけないわね。」


「はい。」


俺達は、最後の確認をしてから進む事を決意し、扉に手を掛ける。


「行くぞ。」


全員が頷くのを見てから、俺とニルで扉をグッと押し込む。


ズズズズ……


石の扉にしては軽く、押し込むとスーッとスライドして扉が開いて行く。


一応、このダンジョンは戻る事自体は禁止されておらず、ダンジョンを抜けられないと判断した場合、入口まで戻る事は可能である。

その点だけで言えば良心的な感じもするが…ここのモンスターはリポップまでが非常に早いらしい。つまり、第二階層まで行って戻るとなると、第一階層のモンスターと二度も戦わなければならなくなる。

プレイヤー達のようにインベントリが有ればアイテムが枯渇する可能性は低いだろうが、インベントリが使えない者達にとっては、第一階層を二度も通るのは辛いはず。

それも含めて作られたダンジョンだとするならば、そもそも侵入者を殺す為ではなく、嘲笑う為に作られたようなダンジョンとも取れる。

スラたんが、性格の悪いダンジョンと言った理由は、ここにも有るのだろう。


扉を開き、ニルが直ぐに先頭に立って中へと入る。

そして、何をするよりも先に、煙玉を部屋中に投げ付ける。


本来であれば、ボンボンと軽い爆発音が聞こえるはずだが、完全な無音で煙が発生し、部屋に広がって行く。既にインビジブルハンターとサイレンスハンターの攻撃範囲内に居る証拠である。


ニルに続いて、俺を含めた五人が部屋の中へと侵入するが、扉を抜けた瞬間に、周囲の音が完全に聞こえなくなるのを感じる。

自分の足音も、装備の立てる音も、皆が発する音も聞こえない。


ニルが、即座に投げ付けてくれた煙玉から出た煙は、ゆっくりゆっくりと周囲へ広がって行く。

予想通りだ。


俺達の使う煙玉から出る煙というのは、物を燃やした際に出る煙とは違い、ブルーモールドというカビの微細な胞子である。

煙は上っていくというイメージか強いかもしれないが、あれは熱せられた空気が上昇する為、その空気の移動に乗って煙が上昇するのだ。つまり、胞子は熱を持っていない為、普通の煙とは違い、空気が動かない場所では上へとは移動しないのだ。

そして、この空間はサイレンスハンターのせいで、空気の振動が止められている。そして、その原理は、先人のプレイヤー達が解明してくれていた。

プレイヤー達は、サイレンスハンターが空気の振動を止めているのは、空気の移動をある程度束縛しているからではないかと考え、微細な粉を撒いてみたところドンピシャ。粉は大きく移動せず、ゆっくりと下降する事が分かったのだ。

故に、煙玉が破裂した勢いでのみ煙が移動し、その後は滞留し、徐々に下降する。つまり、床面から数十センチ程度に煙が滞留するのだ。

丁度、ドライアイスの煙が部屋の中に溜まっているようなイメージだ。


そうなると、俺達の視界が極端に遮られる事は無く、部屋のどこで動きが有るのかがよく見える。


部屋の大きさは大体百メートル四方。結構広いが、既に煙玉によってどこで動いても分かるような状態になっている。

一応、部屋がもっと広い事を考えて、俺も煙玉を投げる準備はしていたが、必要無さそうだ。


煙が足元に充満する中、俺達は全員がピタリと動きを止めて、部屋の中へと視線を走らせる。


煙は、俺達が動く事でも移動する。先に動いてしまうと、俺達が動かした煙のせいで、相手の動きが分かり辛くなってしまう為、待ちの姿勢を崩さず、相手が動き出すのを待つ。


「………………」


「…………………」


完全な無音の世界。見えない敵。

もし自分の後ろに居たら…そう考えると背筋がゾワッとする。


「…………」


「………………」


相手の動きはまだ無い。


だが、よーく見ると、動きが落ち着いて来た煙の中に、ポッカリと空間が空いている場所が有る。


インビジブルハンターか、サイレンスハンターか…どちらかがそこに居て、その足が透明だから、煙がそこだけ凹んでいるように見えるのだ。人型のモンスターであるからか、必ず二箇所が凹んでおり、相手の体の位置が大体想像出来る。


俺が全員に分かるように、ハンドシグナルで、その凹みを見るように促すと、全員がそれに気付いてくれる。


見えている凹みから見るに、六体全てが部屋の奥側に集まっている。どれがインビジブルハンターで、どれがサイレンスハンターかは全く分からないが、取り敢えず位置は掴めた。これで、突然後ろからズバッ!という事は無くなった。


もし、このまま相手が動かない場合は、俺達から仕掛ける手筈になっているが…どうやら、相手は俺達が自分達の位置を把握していると気が付いて、動き出すようだ。


六つの気配が、それぞれバラバラに動き出す。


相手が動き出し、そこに規則性が無い場合、それぞれがどのモンスターを見るか決めてある。

一番近いモンスターから順に、ニル、エフ、スラたん、俺、ハイネ、ピルテだ。


こういう時、他の皆がモンスターを目で追えているのか心配になるかもしれないが、俺達は、そんな心配を微塵もしていない。皆が皆、必ず上手くやってくれているという確信が有る。


俺は、俺の担当であるモンスターの動きをしっかりと監視する。


最初は、ゆっくりと動いていた六体だったが、数秒後、同時に素早く動き出す。動く方向はランダム。


大丈夫だ。こういう動きにも対応出来る。


左右前後バラバラに動かれてしまうと、煙が大きく動き過ぎて目で追うのが難しくなるが、そもそも、全てのモンスターの動きを見る必要は無い。自分に割り当てられたモンスターの動きを追うだけならば、誰にでも出来る。こうなる事を予想して、一人一体を担当するようにしたのだ。数も丁度俺達と同じだし。

ただ、相手はSランクのモンスターだ。単純な戦闘能力も高い。倒せるならば問題は無いのだが、無理だと判断した場合は、相手の位置を把握する事を最優先で考える。

誰か一人でも、一対一で仕留められれば、数で有利になる為、そこからは押し潰せるはず。

それが不可能な場合も考えてはいたが、結果から言うと、俺とスラたんは単独で担当の相手を屠る事が出来た。


俺の担当する相手は、一番右端。スラたんの相手は左端に移動した為、俺とスラたんは同時に前へ出て、一足で飛び込み、まずは煙玉の煙が自分と相手の間で舞うように、片手で潰してから投げる。

視界がある程度塞がれてしまうが、これで相手の攻撃が来ても、煙の動きで分かる。

部屋全体を煙で満たすというのも一つの手ではあるが、こうして必要な場所に必要な分だけ煙を発生させる事で、音が無くても皆との連携が取り易くなる。


俺とスラたんは、その状態で相手へと斬り掛かる。

俺は袈裟斬り。スラたんは連撃を放つ。


一撃で仕留めたい俺は、神力を刀に纏わせて、力の限り刀を振り下ろした。


音は無く、煙を割って進んだ刃が、何かに当たり、硬い物を斬る感触が手に伝わって来ると、顔に透明な何かが飛んで来る。それを手の甲で拭い取ると、透明だった何かが赤く変色し、血である事を確認出来る。


当たり所が良かったのか、俺の目の前に居た相手は、そのまま動かなくなり、死んだ事を確認する。


その後、直ぐに左へと視線を向けると、スラたんが、両手に装備したダガーを恐ろしい速さで振り回しており、周囲に透明になった血が飛び散っているのが見える。音が無いと実に不思議な感じだが、反撃を受けていないのを見るに、相手はもう瀕死だろう。


それを見て、俺は一度大きく下がり、他の四人を見る。


四人も、俺達と同じように自分と相手の間に煙を撒いて動きを見ながら戦っているが、やはり透明な相手からの攻撃は読み辛い。

攻撃しようとした時に、目の前の煙が動き、急いで避けている。


俺から一番近いのはニルだが…ニルは相手の動きを見ながら、盾でしっかり防げているし、反撃も当てている。一撃で倒すのは難しいだろうが、倒せるのも時間の問題だ。

そうなると、少し苦戦気味のエフ、ハイネ、ピルテの援護だ。


俺は次に近いエフの方へと走る。


スラたんは、そのタイミングで相手を倒し、踵を返してピルテの元へ走り出す。


俺がエフの方へと走り寄ると、エフも俺に気が付いて、モンスターを挟み込む形となるように体を横へと移動させてくれた。


俺は刀を真横に、エフは短剣を突き出す形で、何も見えない空間に走らせる。


モンスターのどの部分を斬っているのか分からないが、俺の刀に感触が有り、何かを切り裂いた事が分かる。

エフの突き出した短剣も、ピタリと途中で止まった為、攻撃が当たったのだろう、


エフが短剣を引き、後ろへと一歩下がると、目の前で煙が大きく跳ねる。モンスターが倒れたらしい。動かないし仕留めただろう。


そのまま視線をスラたんの方へ向けると、ピルテと二人で対応している最中だ。見たところ、それ程苦戦はしていないようだし、任せて良いだろう。


俺はエフに、ニルの方へ行くように指示を出し、自分はハイネの方へ走る。


ハイネとピルテは魔法が使えない為、シャドウクロウを装備出来ず、深紅の鉤爪でのみ戦っている。鉤爪よりもシャドウクロウに慣れている二人にとっては、少し辛い禁止事項。それでも、持ち前の身体能力と鋭い五感…今は視覚と聴覚が使えない為、三感だが…とにかく、相手の動きを敏感に察知して、見事に攻撃を避けている。


俺が横からハイネの方へと近付いて行くと、周囲を気にしていたハイネは、直ぐに俺の動きを視認してくれる。


バラバラで敵を相手にする場合、倒せた者から援護に入る事を伝えてあった為、俺達の動きをよく見ていてくれたのだろう。


俺の動きを確認したハイネは、相手の攻撃を避けつつ、後ろへと大きく下がる。


そんなハイネに対して、目の前の煙が大きく揺れ、ハイネの方へと流れる。どうやら、モンスターがハイネの動きを追ったようだ。

透明な相手で、どこに居るのか分かり辛い為、敢えて自分が大きく動く事で、相手を大きく動かし、その位置を俺に教えてくれたのだ。

エフもハイネも、音の無い場所なのに、俺を視認してからの動きが本当にベストだ。力が全ての魔族ならでは…なのだろうか。


とにかく、どこに居るのか丸分かりという状態ならば、後はそれを仕留めるだけ。最早見えているのと変わらない。


俺は真っ直ぐに紫鳳刀を突き出し、ハイネは下がっていた足を止め、上半身を捻りながら相手の攻撃を躱しつつ、鉤爪を真っ直ぐ前に突き出す。

丁度、俺とハイネの武器が、九十度で交差する状態だ。当然、その交点には、モンスターが居る。

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