第657話 高難度ダンジョン

混沌の坩堝の中心に在る湖を半日歩いて、丁度一番深い中心部に到達した。


中心部まで行くと、湖の底に穴が空いているのが見えて、そこから湖の水が地下へと流れ落ち、何処かへと流れているという事が分かった。

穴はそれ程大きくはなく、周囲から流れ込む水の量と、流れ出て行く水の量が均等になるようなサイズになっているのだろうとスラたんが教えてくれた。


穴の中に流れ落ちて行く水は、渦を巻いている為、流石に近付くのは危険だと判断し、渦を迂回して北側へ移動。そのまま半日掛けて湖を抜けた。


湖を出た所で一夜過ごしたが、その時には周囲からモンスターの気配がチラホラ感じられており、モンスターの密度が緩和されつつある事が分かった。

その分、俺達の休息する位置にモンスターが襲撃して来る事も増えるという意味ではあるが、モンスターハウスモドキよりはマシだ。


湖を抜けて、そのまま北へと向かい歩き続ける。


ケルピーの存在が消えた事で、モンスター達は湖の方へと移動しているらしく、時間を追うごとに密度が減って行くのを肌で感じつつ湖を抜けてから二日を掛けて混沌の坩堝を踏破した。


「やっと…やっと抜けたぁー!」


混沌の坩堝を抜けた先には、北側の馬鹿みたいに高い山脈が見えている。


ここまでに倒したモンスターの数は、既に数え切れない程で、夜もおちおち眠っていられず、軽い倦怠感けんたいかんが常に体にまとわりついている。


「抜けたのは良いけれど…これって、ここを通れば良いのかしら?」


北側の山脈に辿り着いた俺達の前に見えているのは、北に続く細い細い道。道と言って良いのか分からない程に細いが、一応通れなくはないという、山脈に入った亀裂だ。


「私の聞いた話では、この先にダンジョンが在るとの事だ。もし、そのダンジョンに行かないというのであれば、この山を越えるしかない。」


「この山を?!」


「一応、通れる場所が有るらしい。確か…北側に続く細い道の右手側五十メートルくらいの所に……恐らくあれだな。」


エフが示してくれたのは、山の上の方へと続いて大きく蛇行する狭い山道。確かに登れない事はないが、かなり危険そうな道だ。


「あ、あれを辿って行くの…?」


「ダンジョンを抜けない場合はな。勿論、上まで続いていて、山の反対側も同じような道を下るしかないぞ。」


「あれを上り下りするとなると…結構大変だな…」


「途中、道が途切れていたりするから、かなり危険らしい。故に、あの道を使って山を越えるとなると、かなり時間が掛かる。

だが、ここを通った者達は、あの道を使って山を越えたと聞いているから、使えない道ではないはずだ。」


「ここを通った者達は…?」


「最初に言ったが、この先に在るのは高難度ダンジョンと呼ばれる危険なダンジョンだ。いくらSランクの冒険者パーティと言えど、そんな場所に足を踏み入れたりはしない。」


言われてみればだが、この世界の人達にとって、ダンジョンというのは資源の一つではあるが、危険な場所の一つでもある。ある程度の難度までのダンジョンならば、資源として有効活用も可能だが、高難度のダンジョンとなると話は別だ。

必ず命を脅かす存在が居ると分かっていて、敢えてそこに入るような酔狂な者は居ないだろう。

特に、このダンジョンに辿り着くまでの間に、数多くのモンスター達と戦わねばならず、満身創痍の状態になっているのが普通だろうし、物資も残っていないはずだ。

そんな状態でダンジョンへ行こう!なんて突撃する者達は居ないだろう。もし、居たとしても…恐らくダンジョンからは出られなかったに違いない。


「それ故に、このダンジョンの内情を知る者は居なかった。所謂、未知のダンジョンだ。ただ、高難度である事だけは確からしい。」


ダンジョンをクリアした者が居なければ、内情も何も無い。情報が出回っていないのも無理はないだろう。しかし……


「……いや。このダンジョンの内情については、俺とスラたんが知っている。」


「っ?!」


ドワーフの街、ザザガンベルへ到達した者達だけではなく、ザザガンベルへ向かった者達は、プレイヤーの中に沢山居た。その者達の中には、このダンジョンを通ってザザガンベルへ向かった者達も当然居た。

そんな先人のプレイヤー達からの情報がネット上に有り、ここに高難度ダンジョンが在るという事は知られていたのだ。

混沌の坩堝の情報は知られていなかったが、高難度ダンジョンへ向かう道にも、それに見合ったモンスターが出現するというのは、RPG的には当たり前の事だ。

重要なのはダンジョンの情報だという事で、あまり通り道についての情報が無かったのだろう。もしかしたら、混沌の坩堝やアバマス大渓谷についても情報が出ていたのかもしれないが、少なくとも、俺やスラたんの記憶には残っていない。

何にしても、その通り道は、もう過ぎた事となったので良しとしよう。


ただ、ダンジョンについては、どこにどんなダンジョンが在るのかくらいは調べたりする為、この場所に高難度ダンジョンが在るという事は知っていた。

恐らくだが、誰も内情を知らないはずのこのダンジョンが、高難度だと言われているのは、昔、このダンジョンに挑戦したプレイヤー達の情報が出回っているから…とかだろう。


とにかく、俺とスラたんは向こうの世界で、別のプレイヤー達からの情報ではあるが、この高難度ダンジョンについての情報を得ているという事だ。

この世界で得た情報ではないから、エフが驚くのも無理はない。


まあ……正直な話、プレイヤー達の間では、よく知られているダンジョンの一つではあったから、NPCも当然知っているものだと思っていた。隠されたダンジョンというわけでもないし。

寧ろ、エフがダンジョンの内情を知らないという事に俺とスラたんが驚いたくらいだ。


「偶然知る機会が有ってな。詳しい事は端折るが、とにかく内情については分かっている。」


「皆は知らないみたいだし、ダンジョンについて話をしたいけど…その為にも、ダンジョンの手前まで行こうか。この道の先に、多分安全な場所が有るから。」


プレイヤー達の情報では、ダンジョンに入る直前に、準備が出来るスペースが在るとの事だった。

スラたん達の話を聞くに、プレイヤー達が出入りしていたのは十年以上前の話になるし、今も変わらず同じような環境なのか分からないが…行ってみれば分かる。


「ここで話をするのは、確かにあまりオススメ出来ないわね。取り敢えず、その安全な場所に行ってみましょう。」


ハイネが同意してくれて、俺達はギリギリ体が通るような狭い亀裂を進む。


山脈に入った亀裂である為、当然中は真っ暗。ランタンを手に持って、奥を照らしながら進まないと、何も見えない。


体を壁に擦り付けるようにしながら少し先へ進むと、直ぐに出口の光が見えて来る。


「もう少しだ。狭いから頭がぶつからないように気を付けてくれ。」


「あ痛っ!」


言ったそばからスラたんの声が聞こえて来る。


「だ、大丈夫ですか?!」


「う、うん。眼鏡が壊れなくて良かったよ…」


ピルテの心配そうな声が聞こえて来た後、スラたんの声も聞こえて来る。一列になって歩いているから、後ろの様子は見えない。声を聞く限り大丈夫そうだ。


「よっと。」


やっとの事で亀裂を抜ける。


「おー…これは凄いな…」


「不思議な光景ですね…」


亀裂を抜けて出てきた後、全員が最初に見たのは真上。頭上だ。


まるで火口の中に居るかのように、真っ直ぐ上まで、直径で五メートル弱の円柱状に山が吹き抜けになっており、その先から太陽の光が柔らかく差し込んでいる。

凸凹した壁面の上部に、小さくて細い樹木が生え出しており、外に向かって伸びている。

下から見ると、葉の間を抜けて来た光が、壁面に当たり、葉が揺れる度に光が生き物のように動いている。海底から海面を見上げたような感覚になる景色だ。


「次々と、美しい光景に出会う場所ですね。」


「そうね……人の手が入っていない場所というのは、人が想像出来ないような美しい景色を作り出すのかもしれないわね。」


「ふふふ。悪くありませんね?」


「…は、はい。」


ニルがエフに笑い掛けると、エフは照れたように返事をする。


「ここならば、殆どのモンスターは入って来られないし、比較的安全だろう。休憩を挟んで、その間にダンジョンの説明をする。その後、ダンジョンに入るかどうかを皆で決めよう。」


「分かりました。」


亀裂から小さなサイズのモンスターが入って来ないように土魔法で軽く蓋をして、俺とスラたんがダンジョンについて説明する。

念の為に言っておくが、誰か別の人達が来た時に、ダンジョンの位置が分からなくならないよう、亀裂に施した蓋は、後程破壊する予定だ。


円柱状の空間の奥には、ポッカリと口を開いているダンジョンの入口が見えている。

縦に長い長方形の入口で、人一人が通れるサイズ。石材はレンガのような色合いの茶色。

俺達が居るのは、アバマス大渓谷が在る山脈…つまり、アバマス山脈と呼ばれる山脈の内部。故に、このダンジョンはアバマスダンジョンと呼ばれている。


「ダンジョンについてだが…このダンジョンの最大の特徴は、他のダンジョンとは違い、かなり短い事だ。」


「短いダンジョン…ですか?」


「全てのダンジョンが明らかになっているのかも分からないから、確かとは言えないけれど、僕達の知る限りでは、最も短いダンジョンだね。」


「階層が少ないという事かしら?一応、ある程度ダンジョンについての知識は持っているけれど、実際にダンジョンに入る事なんて殆ど無かったから、どれくらいが普通なのかもよく分からないわ。」


「それもそうか…」


魔界の外において、ダンジョン探索は冒険者の仕事だし、それもある程度実力の有る者達しか入らないような場所だ。魔族でも、同じようにダンジョン探索をする者達というのは、ある程度決まっているだろうし、ハイネ達が入った事が無いとしても、それは当たり前とも言える事だ。


という事で、俺とスラたんは、まずはダンジョンについての基礎知識として、知っておいて欲しい事を皆に話す。知っている内容も含まれていただろうが、皆は真剣に聞いてくれた。


そこから、アバマスダンジョンの詳細について説明する。その内容をまとめると…


アバマスダンジョンは、何と全二階層という階層の少なさで、プレイヤー達に知られているダンジョンの中で入口から出口までが最も短いダンジョンであった。

それ故に、最短ダンジョンだとか、二階層ダンジョンだとか、そういう名前で呼ばれる事も多かった。


しかし、たった二階層しかないダンジョンなのに、高難度と言われる事から分かるように、その二階層に出現するモンスターが実に厄介である。


「まず、第一階層に出現するのは、Sランクのモンスター二種。計六体だ。」


「Sランク六体くらいなら、私達でも勝てそうに感じてしまうけれど…?」


「その二種の組み合わせが実に厄介なんだよ。」


「出て来るのはインビジブルハンターとサイレンスハンターの二種だ。」


「えっ……」


ハイネ達の表情が固まってしまう。無理もない。それくらい厄介な組み合わせだからだ。


「そうか……普通は共存しないようなモンスター同士でも、ダンジョン内では共存する事が出来るから、そういう組み合わせも有り得るという事か。」


インビジブルハンターは、海底トンネルダンジョンで一度戦った、完全不可視のモンスターで、それだけでも厄介だというのに、そこにサイレンスハンターが一緒に居る。

名前から分かるように、サイレンスハンターは、風魔法で一定範囲内の空気の振動を止め、周囲の音を完全に消してしまう。自分の出す音は勿論、相手の音も消してしまう為、俺達からすると無音の世界に入る事になる。


本来、このインビジブルハンターとサイレンスハンターは、友好的な関係ではない為、共闘するという事は起きないのだが、ダンジョン内ではモンスター同士の殺し合いは起きない。そればかりか、インビジブルハンターの完全不可視の魔法がサイレンスハンターにも掛けられており、六体居るモンスターがまるで見えないのだ。


要するに…俺達は、視覚と聴覚の二つを奪われた状態で戦わなければならないのである。


「さ、最悪の組み合わせね…」


「ただ、それだけならば、ここが高難度ダンジョンとは呼ばれなかっただろう。」


「まだ何か有る…の?」


「このダンジョンには、部屋ごとに禁止事項が設定されていてね。」


「禁止事項?」


「一つ目の部屋は、魔法禁止。つまり、魔法を使えないんだ。」


「魔法を使えない?!」


この禁止事項というのが非常に厳しい内容になっている。


もし、魔法が使えるならば、正直、そこまで難しいダンジョンではない。

海底トンネルダンジョンでインビジブルハンターと戦った時のように、床面に水を張って、相手が動き出したのを間接的に視認して攻撃するだけで良い。もしくは、魔法をとにかく連射しまくるとか、広範囲攻撃魔法で攻撃するとか、やり方は色々と有る。

それこそ、俺の聖魂魔法でドカーン。これで終わりだ。

しかし、それが禁止事項として設定されている事で、難易度が爆発的に上がる。


「そ、そんなのどうやって戦えば?!」


「攻略法はいくつか有るよ。一つの例としては、盾を持った人達がガッチリガードを固めて、相手が攻撃して来た所に合わせて反撃するとかね。」


これは、プレイヤー達がやった攻略法の一つだ。

元となったのは、ファランクスと呼ばれる密集隊形だ。盾で自分達を完全に覆い尽くし、攻撃を全て弾き、槍で突く。実にシンプルな考え方だ。


「ですが、それは難しいですよね?」


「ああ。俺達のパーティで、盾を持っているのはニルだけだからな。いや、全員持っていても、この人数では無理が有る。

だが、戦い方は他にも有る。

今回は、これを使うつもりだ。」


俺が見せたのは、青色のカビ玉。煙玉だ。


「煙を使って、相手の位置を特定するのですね?!」


「そういう事だね。魔法は禁止されているけれど、アイテムの使用は禁止されていないから、やり方次第で何とかなる。

他にも、縄の先端に重りを付けた、ボーラと呼ばれる物を投げまくって相手の位置を特定したりとかな。」


「そうやって言われてみると、意外と対処方法って有るものね…」


それもこれも、全てはプレイヤー達が色々と知恵を出し合って考え出した方法で、俺達が今考え出した方法ではないのだが…


「まあ、この六人ならば、この第一階層はそこまで難しい内容ではないだろう。連携もしっかり取れるようになったし、互いの声が届かなくても、上手く対処出来るはずだ。」


「あ…そっか…私達同士の会話も制限されちゃうのね……

そう言えば、もし、私達が魔法を使ってしまった時はどうなるのかしら?」


「分からない。」


「え…?」


「禁止事項と表記されているらしいが、本当に禁止事項かどうかを試した奴は居ないからな。」


死んだら全ロスト、キャラ削除のリスクを背負っているのに、禁止事項が本当に禁止されているのかを確かめる為だけに、高難度ダンジョンに挑めるまで育てたキャラを賭けるバカはプレイヤーの中にも居なかった。

インビジブルハンターとサイレンスハンターを組み合わせた上に、魔法禁止という地獄のような設定がされたエグいダンジョンなのだ。禁止事項を破った場合、即死する何かが起きても全然不思議ではない。というかその方が自然だ。

俺だって試す気は微塵も起きない。


「何が起きるか分からないという事ならば、試したりはしない方が身の為だろうな。お前が試したいというのならば、私は止めないがな。」


「は?!試さないわよ!」


「そうなのか?残念だな。」


「このっ!」

「はいはい!ストップ!今はダンジョンの話だよ。」


相変わらず、隙あらば言い争いをする二人に苦笑いを向けて、話の続きを始める。


「とにかく、第一階層は結構大変そうではあるが、抜けられるだろう。その後、安全地帯を挟んで、その次の階層に向かう事になるんだが…こっちの方が辛い。」


俺の言葉に、四人が生唾を飲み込む。


「ここまでと違って、正真正銘のモンスターハウス…なんだよ。」


「要するに、次から次へとモンスターが現れて、ひたすらモンスターを討伐しまくらなければならないという部屋だ。しかも、出て来るモンスターは全てSランク。」


「た、単純な物量ですか…」


「そして、この部屋の禁止事項は、部屋に入るのは十人以下という人数制限だね。」


この第二階層の人数制限が、アバマスダンジョンを攻略しに来た者達にとっては結構厄介となる。

例えば、百人で来て第一階層を無理矢理物量で押し通したとしても、第二階層ではその方法が使えないのだ。人数制限が原因で、百人を十のグループに分けて挑まなければならない。数での力押しではなく、それぞれの力量が試されるわけだ。


「私達が禁止事項に触れる事は無いという事ね。」


「流石に魔法禁止という事は無いみたいで安心しました…」


「いや、安心するには早い。」


「え?」


「人数制限は十人以下。十人で挑むのが普通だよね?」


「もしかして……」


「うん。この第二階層に出て来るモンスターの数や種類は、常に一定で、もしソロで挑んだとしても、十人で挑んだ時と同じ数と種類のモンスターが現れるんだ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る