第653話 混沌の坩堝 (3)

「よし!行くよ!」


タンッ!


バジリスクはこちらの出方を伺っているのか、動かない。その隙に、スラたんが地面を蹴ってバジリスクの注意を引く。


「シャァァ!!」


スラたんが移動すると、バジリスクが口を開き、牙を剥き出しにして威嚇する。スラたんは、既にピルテの風魔法を纏っているが、近付き過ぎて少しでも毒を貰うと危険である為、一定の間隔を取っての押し引きとなる。


バジリスクは速い。速いが、スラたんの速さと比べてしまうと、雲泥の差というやつだ。

ピルテの魔法を受けた事によって、毒に対する心配が必要無くなった為、スラたんは右に左にとバジリスクを撹乱する。

バジリスクは、知恵の回るタイプのモンスターではない為、スラたんの動きに翻弄され、あっちにこっちにと動き回っている。

ただ、それだけではバジリスクをニルが射殺すには動きが速過ぎる。


という事で、俺、ハイネ、エフで魔法を発動する。


俺が発動させたのは黒原こくげん。足止め用の中級闇魔法で、地面から黒い草のようなものが生えてきて、相手の動きを制限する。


ハイネは同じく足止め系の吸血鬼魔法、ゴロージョンブレードを発動させる。これは相手に腐食効果を与える魔法だが…恐らくバジリスクには効かないだろう。

だが、三十センチという体躯に対しての物理的な邪魔にはなる。


そして、エフは中級闇魔法であるスティッキーシャドウを発動する。相手に張り付いて、なかなか離れないという特性を持った魔法で、非常に鬱陶しい魔法だ。攻撃力は皆無だが、バジリスクの動きはほぼ完全に止まった。


ハイネは最後までバジリスクを仕留められる魔法を使うかどうかで迷っていたみたいだが、ここは確実に、足止めに徹した魔法を使ったようだ。


バシュッ!!


ザシュッ!


俺達三人の魔法によって、動けなくなったバジリスクの頭に、ニルの放った金属製の矢が当たると、見後に貫通する。


「さっすがニルさん!」


一撃で仕留めたニルを労う言葉を掛けながら、スラたんが戻って来る。


「スラたんも助かったよ。危ない役割を引き受けてくれてありがとうな。」


「ふっふっふ。あれくらい何て事ないよ。

でも、バジリスクが生息しているなんて、かなり危険な森だね。」


「あれは近付かれるだけで危険なモンスターだからな。ダンジョンみたいな密閉された空間じゃないだけマシだが……他には居ないか?」


「ええ。私の感じ取れる範囲に居るバジリスクはあれだけね。他のモンスターも寄って来ていないわ。」


「ちょっと吸い込んだだけで死ぬような毒だから気を付けないとな……俺達もさっさと離れよう。こんな危険な毒が蔓延している空間には居たくない。」


一応、バジリスクの死骸は回収したが、俺達は急いでその場を離れる。

風魔法で毒の蒸気は寄って来ないようにしているが、それも完璧なのかは分からないし。


という事で、何とかバジリスクを討伐し、更に北へ向かう。


バジリスクの毒の効果範囲を抜けると、直ぐにモンスターが寄って来て、それを討伐し先へ進み、また討伐し先へ進むを繰り返す。


討伐した数が百を超える頃、日が傾き始め、俺達は足を止めた。


「一応、周囲にはリクコウクラゲの体液を撒いて来たよ。」


「助かる。」


スラたんとハイネ、エフが周囲の索敵とリクコウクラゲの体液を仕掛けてくれて、俺達は夕食の準備。毎度の事だが、火は起こさず簡単に食べられる物だけだ。


「落ち着いて食事も出来ないって、結構辛いものなんだねー…」


「ここまでモンスターの密度が高い場所なんて、他にはなかなか無いですからね。」


スラたんがおにぎりを食べながら言うと、ピルテが周囲を警戒しながら答える。


混沌の坩堝に入る前に、かなりのモンスターが居るという事は理解していたが、ここまでとは俺も思っていなかった。


「エフさん。質問よろしいですか?」


食事をしながら、ニルがエフに質問する。


「はい。」


「この場所を抜けた人達が居るという話でしたが、本当にこの中を通ったのですか?」


「私の聞いた話では、Sランク冒険者のパーティが何組か通ったと言っていました。直進したのかは分かりませんが、少なくとも、中央の湖付近が最も危険だという事や、湖を歩いて渡れるという事を知っていたので、湖付近までは行ったのではないかと思います。」


「………………」


「ニル。どうした?何か疑問が有るのか?」


「…はい。そのSランク冒険者のパーティというのが、どの程度の実力だったかは知りませんが、このモンスターの数を蹴散らして進んだとは考え難い気がします。

リクコウクラゲの体液が、他のモンスターを寄せ付ける特性を持っている事に気が付いたのだと考えますと、その特性がギルドに報告されていないのはおかしいですよね?」


「そうだな。普通は報告するだろうな。情報料として、安くない報酬も手に入るだろうし。」


「ですが、そんな報告はされていないとなると、リクコウクラゲの体液についての特性には、誰も気付かなかったという事になります。」


「俺達が最初に気が付いた…って事だろうな。」


「はい。ですが……そうなりますと、夜はかなり危険ですし、ろくに休む事なんて出来ないと思いませんか?」


「確かにそうだな…休まずに先へ進んだとは思えないが…」


「夜もろくに休めず、五日間ひたすらモンスターと戦い続けるなんて事が出来たとは思えません。」


「黒犬でも、そこまでの事は出来ませんね。」


「では…どうやってここを抜けたのでしょうか?」


ニルに言われてよく考えてみると、確かにSランク冒険者のパーティだとしても、リクコウクラゲの特性を知らないままここを抜けるのはかなり辛いはずだ。

いや……不可能と言っても良いだろう。


俺の身体能力を持っていて初めて繰り出せる投石。それが有るからリクコウクラゲという厄介極まりないモンスターを簡単に処理出来ているだけで、普通は雑魚扱いされるようなモンスターではない。

ここに居るAランクのモンスターだって、Sランクのモンスターと渡り歩いているようなモンスターばかりだから、決して弱くはない。

その上、バジリスクのような危険なモンスターだって居るのだし、このメンバーでなければ乗り越えられないような場所と言える。

自慢ではないが、俺達のパーティは、普通のSランクパーティよりずっと強い。そんな俺達でも、オラオラと前に進むのは無理だ。一回一回、襲って来るモンスターを処理しなければ進めないし、一日で百体ものモンスターを倒さなければならないとなれば、流石に疲れも出てくる。

そんな場所を、普通のSランクパーティが通り抜けたとは考え難い。


「確かに、不自然な気がするな……何か、簡単に抜けられる方法が有るのか…?」


「そんな方法が存在するなら、既に知られているはずだ。」


「だよな…」


エフの得ていた情報は、かなり詳細なものだったし、そんな方法が存在しているのに、エフがその情報を得られなかったとは考え辛い。


「確かに変だね……その時と今とでは、混沌の坩堝の状況が違う…のかな?」


「状況が…?例えば?」


「そうだね……例えば、モンスターの数が、その時よりずっと増えてしまっているとかかな。」


「有り得ない話ではないわね。この森に住むモンスターの数は、増えたり減ったりしているでしょうし、今が特別多い時期って可能性は有るわね。」


「だとしたら、最悪のタイミングでここに入って来たって事か……どれだけ運が悪いんだよ…」


「確かに運が悪いとは思うけど、処理出来ているし、そこまで悲観する事はないんじゃない?」


「それはそうかもしれないが…」


「まあ嬉しくはないけどね。」


前にSランク冒険者のパーティが通った時よりハードな道程になっているのだとしたら、かなり運が悪い話だが、進めているのだから良しとしよう。


「とにかく、モンスターの密度が異様に高いというのは間違いないし、ここから先も気を緩めずに進むぞ。」


「了解!」


という事で、運の悪さを嘆きつつ、時折現れるモンスターの夜襲を凌ぎつつ、俺達は二日目の夜を乗り越えた。


翌日。俺達は前日同様に、朝日が山脈の頭を越える前に出発した。


北へ向かって進み始めてから二時間。前日よりも、モンスターとの戦闘が増えている事を感じながらも、何とか北へと進んだ。

そして、またしても、バジリスクとは別の厄介なSランクモンスターと出会う事となる。


「……っ?!デカいのが来るわ!」


ハイネの索敵に引っ掛かった何か。ハイネの声色から、面倒な相手だということが伝わって来る。


直ぐに戦闘態勢を取り、襲って来るであろうモンスターに備える。


ガサッ…


「グルルル……」


ハイネの向いている方向から、草を掻き分ける音が聞こえて来ると、音の元から一体のモンスターが現れる。


真っ赤な体毛に、立派過ぎる長いたてがみ。真っ赤な瞳に鋭い牙。


「レッドライオンか…」


レッドライオンとは、まさに名前通り真っ赤なライオンである。

全長は約三メートル。デカいだけでなく、前足や鋭い牙での攻撃はSランクモンスターの中でもトップクラスの威力を持つ。攻撃力はバンシーより高いだろう。

全身の毛が針金のように固く、防御力も高い。魔法攻撃は放って来ないが、魔法攻撃への耐性は高い。

特別気を付けなければならない特殊な攻撃は無い代わりに、特別な弱点というものが存在せず、流石は百獣の王と呼ばれるライオンの名を冠するだけの事は有るという、単純に強いモンスターである。


レッドライオンは、要注意のSランクモンスターとして有名なモンスターで、プレイヤー達の中でも、これが倒せなければSSランクのモンスターは倒せないと言われる、登竜門的なモンスターであった。


「僕の苦手なタイプのモンスターだね…」


「このモンスターが得意な者は居ないだろうな。」


レッドライオンを相手にするとなると、スラたんやエフのような手数で押すタイプの攻撃は、ほぼ体毛に防がれてしまう。

目や鼻等、生物的な弱点と言える場所への攻撃は有効だが、そこへ攻撃を入れようとするならば、バンシーをも超える攻撃力の爪や牙を掻い潜らなければならない。


「スラたんとエフは撹乱を頼む!」


「了解!」

「分かった!」


スラたんとエフは、レッドライオンよりも速く動ける。それを活かして、レッドライオンの視界内を動き回り、気を散らす役目だ。

当然だが、それでもレッドライオンの攻撃を受けてしまう危険は有る為、互いの距離感や、レッドライオンの動きの見極めは重要となる。


「ニル!正面から攻撃を受けるなよ!吹き飛ばされるぞ!」


「はい!」


スラたんとエフが前に出ると同時に、ニルが一歩下がった位置に入る。


ニルの防御能力は非常に高いが、レッドライオンの一撃を正面から受け切るのは無理だ。アイスパヴィースによる氷の盾を使っても、それごと吹き飛ばされるだろう。受けるのではなく躱す事を考えた方が良い。


「ハイネ!ピルテ!刺突攻撃は本体に届くはずだ!隙を見付けたらどんどん攻撃を入れてくれ!」


「任せて!」

「分かりました!」


周囲のモンスターが寄って来るかは分からないが…今のところ近寄って来てはいない。レッドライオンは獰猛どうもうなモンスターである為、他のモンスターも近寄ろうとしないのだと思う。


「来るぞ!」


「ガアアァァ!!」


重く太い鳴き声を響かせると、レッドライオンが木々の間から俺達の方へと向かって来る。


タンタンッ!


「こっちだ!!」


「真っ直ぐ突進なんてさせないよ!」


まずは、エフとスラたんがレッドライオンの目の前を横切り、注意を引く。


「ガアァ!!」


バキャッ!!


レッドライオンが前足をエフの方へと振ると、立っていた木が根から吹き飛ぶ。どんな力で殴り付けるとそんな事が起こるのか……とにかく、攻撃をモロに受けたら、骨が砕けるとかではなく、体が破裂するに違いない。恐らく、ニルのアイスパヴィースも粉々にされるだろう。それ故にか、ニルもアイスパヴィースを準備してはいるが、まだ発動させていない。身軽に動けるようにしているのだ。


ゲーム時代、何度か討伐した事の有るモンスターではあるが、実際にその破壊力を見ると、背筋が凍る。

それは、俺だけではなく、この場に居る全員が思っている事だろう。

それでも、スラたんとエフを見れば分かるように、互いを信じ、全員が、絶対に倒せる相手だと思っているのが分かる。


「「はぁっ!」」

ザシュッ!ザシュッ!


「ガアァァッ!」


ブンッ!!


目の前をうろちょろするスラたんとエフ、それに合わせてハイネとピルテが鉤爪による刺突攻撃を繰り出す。

チクチク攻撃されてレッドライオンが苛立ち、もう一度前足を振る。


「こっちだデカブツ!!」


「ガァッ!」


ズガァァン!バキバキバキッ!


エフが挑発し、そこに振り下ろされる前足。

エフが回避した後、地面に降り積もった腐葉土が吹き飛び、その下の岩盤を粉砕する。


「肝が冷える攻撃力だね!でも当たらなければ意味が無いよ!」


ザシュッ!!


「ガァッ!」


エフが意識を引き付けた事で、フリーになったスラたんが、レッドライオンの鼻先にダガーを走らせる。

しかし、生物的な弱点を斬り付けたというのに、与えられた傷は僅か。鼻先でさえそこそこ硬いらしい。

しかし、僅かな傷だとしても、傷は傷だ。痛みは有る。


スラたんの攻撃を受けたレッドライオンは、一歩下がり、頭を横にブンブン振る。


「グルルル……」


痛みを与えられた事が気に食わないのか、舌を鼻先に伸ばして血を舐め取った後、唸って俺達の事を睨み付ける。


レッドライオンから見れば、俺達なんて小さな肉の塊であり、餌としか見ていないはず。しかし、そんな餌が、自分を傷付けて来たのだ。これまでは食う事しか考えていなかったレッドライオンの意識に、俺達が敵であるという事が刻み込まれた。


「グルルル……」


俺達の方を睨み付けながら、ゆっくりと横へ移動するレッドライオン。攻撃の機会を伺っているようだ。


「渾身の一撃なのに、あれだけのダメージって、泣きたくなるよ…」


「元々、私やスラタンのような手数が命の戦闘スタイルならば、傷を付けられただけで万々歳というものだろう。攻撃はシンヤ達に任せて、私達は注意を引き続けるだけだ。

気を引き締めろ。次が来るぞ。」


自分に出来ない事を、出来ないと嘆いても仕方が無い。

俺には、スラたんのような超スピードで走り回る事なんて出来ないし、出来る事は人それぞれに違う。スラたんはスラたんの強みで戦ってくれれば十分だ。


「ガァァッ!!」


スラたんとエフが話を区切ったタイミングで、レッドライオンが再度突っ込んで来る。


「こっちだ!!」


「ガァッ!」


先程と同じように、エフの挑発に対して手を出したレッドライオン。


ズガァァン!


先程と同じで、地面が抉れ、岩盤が割れる。


「危ない!!」


「ガァッ!」


ブンッ!


「っ?!」


しかし、今度はスラたんの動きを無視して、エフだけに狙いを定め、もう一度前足を振り下ろす。


着地のタイミングに合わせた攻撃で、エフ自身がその攻撃を避ける術が無い。


爪先が掠めただけで死ねるような攻撃が、エフの頭上から襲い掛かる。


バキバキバキッ!バギィィン!!


ザシュッ!!


「ガアァァッ!!!」


しかし、エフにレッドライオンの攻撃は当たらなかった。


レッドライオンの前足が振り下ろされる直前。

まずはニルのアイスパヴィースがエフの目の前に現れた。用意していた魔法陣を発動させ、レッドライオンの攻撃にアイスパヴィースを当て、攻撃の威力を落としたのだ。


予想通り、アイスパヴィースは粉々になって吹き飛んだが、コンマ数秒の猶予が生まれ、その間に俺がレッドライオンの側面から紫鳳刀を走らせ、肩口を斬り付けた。

体毛が硬くて腕を切断するまでには至らなかったが、深手を負わせる事が出来た。


そして、俺の攻撃と同時に、後方から、エフの体にシャドウクロウを巻き付け、レッドライオンの攻撃範囲から無理矢理その体を引き抜いて助けたのは、ハイネ。


「なっ?!」


「気を抜いてる場合じゃないわよ!!犬なんだから走り回って避けてみなさい!」


エフは、いつも言い争っているハイネに助けられるとは思っていなかったのか、無事にレッドライオンの攻撃を避けられた後、ハイネが助けた事を知って驚いている。

しかし、ハイネはそんなエフに対して、いつもの調子で挑発的に言葉を放つ。


「……チッ!私とした事が蝙蝠に助けられるとはな!助かった!!」


言い返しているのか、礼を言っているのか…よく分からないが、それとなく噛み合っているらしい。不思議な関係だ……ま、まあ上手く回っているみたいだし、問題は無いだろう。


「エフ!大丈夫か?!」


「ああ!皆助かった!もう失敗はしない!」


「よし!深手を負わせたから、ここからは一気に攻めるぞ!」


「はぁっ!!」


少しヒヤッとした瞬間こそ有ったが、結局、誰も怪我をする事無く、深手を負って動きが鈍ったレッドライオンを全員で袋叩きにして討伐した。


「ニル様!ありがとうございました!」


戦闘が終わると、直ぐにエフがニルに礼を言いに行く。


「前にも言いましたが、パーティというのは助け合うものです。お礼は要りませんよ。共に戦う事が大切なのですからね。」


「はい!!」


「レッドライオンもインベントリに収納したし、そろそろ進むぞ。」


ニルとエフの会話を邪魔したくはなかったが、安全が確保されているわけではないし、話を切るように促し、先を急ぐ事に。


その後も、数多のモンスターを討伐しながら北を目指し、丁度昼頃の事。

森へ入ってから、二日半。歩いた距離としては約二日分程の所で、周囲の状況が一変する。

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