第652話 混沌の坩堝 (2)

「周囲の様子はどうだった?」


俺が聞くと、直ぐにエフが答えてくれる。


「嫌な感じだな。近過ぎず遠過ぎず、周りにモンスターがうじゃうじゃ居る。特に、リクコウクラゲの数が多い。」


「リクコウクラゲだけなら、動きは鈍いしそこまで問題にはならないと思うけど、至る所にスタバーとかハングリーマンティスの亜種とか、素早いタイプのAランクモンスターが居るよ。それが同時に襲って来るとなると…結構キツいと思う。」


「そうか……休息を取るのも一苦労だな。

だが、その顔は何か思い付いたんだろう?」


「ええ。上手くいけばしっかり休めると思うわ。」


「聞かせてくれ。」


ハイネ達が周囲を調べてくれた結果、周囲の地形に大きな違いは無いとの事。俺達の居る位置の周囲に、特別休めるような場所は存在しないらしい。寧ろ、数百メートル北西には川が有って、その周辺にはモンスターが密集しているらしく、安全な場所など無いとの事。


これだけを聞くと絶望的に思えてしまうが、しっかり対処法を考えてくれていた。


「僕達も、ハイネさんに言われて気が付いたんだけど、この森に生息しているモンスターの中で、リクコウクラゲっていうモンスターは、動きが鈍くて魔法も使えないモンスターだから、生存競争に勝てるようには見えないと思わない?」


「言われてみますと…強い麻痺毒を持っているとはいえ、動きの速いモンスターの方が生存競争では強い気がしますね。」


スラたんの言葉にピルテが反応する。それに続けてニルが考えを話す。


「夜に光で獲物を誘き寄せて捕食しているのですから、待ち伏せ型ですよね。夜の間に栄養の補給は出来るしても、昼間は殆ど動きませんから、その間を狙われて攻撃されてしまうと弱い気がします。」


「まさに俺達がやった事だな。」


「この混沌の坩堝の中には、Sランクモンスターが数多く居る。毒の効果を受けないモンスターや、遠距離魔法攻撃を得意とするモンスター。一撃でシンヤの投擲攻撃を凌駕する威力の攻撃を放つモンスターが殆どだ。

そんなモンスターが居るのに、この森には、リクコウクラゲがかなりの数生息している。」


「弱いモンスターは排斥されて然るべきなのに、リクコウクラゲの数は多い…というのは、確かに不自然な気がします。」


強力なSランクモンスター達が生存競争している中で、リクコウクラゲというモンスターが生き残れるとは思えない。

リクコウクラゲは厄介なモンスターではあるが、他のモンスターとリクコウクラゲでの生存競争という視点で見るならば、リクコウクラゲの方が分が悪いはず。

だとすると、本来であれば、この混沌の坩堝で数を増やせるようなモンスターではないはずなのだ。


「最初にリクコウクラゲと戦った時から、その事がずっと引っ掛かっていたのよ。どうしてあのモンスターが、こんな場所で数を増やせているのかってね。

だから、それを中心に調べてみたの。そうしたら、なかなか面白い事が分かったわ。」


そう言ってハイネが取り出したのは、スラたんがよく使っている三角フラスコのようなガラス瓶。その中には、透明な液体が入っている。


「それは?」


「リクコウクラゲの体液よ。三人で一体倒して、その時に採取したの。」


「倒したって…今か?」


「シンヤさんのお陰で、リクコウクラゲの弱点が分かったのだし、土魔法を使った物理攻撃なら、それ程難しい事でもなかったわ。」


なかなか無茶をする…と言いたいところではあるが、この三人が出来ると思っての事ならば、無茶とは言えないだろう。実際に難無く帰って来たのだし。


「あまり危険な事はしないようにな?」


「はぐれの一体を狙ったから大丈夫よ。危なかったら直ぐに逃げる予定だったしね。」


「それなら良いが……それで?」


「実は、このリクコウクラゲの体液、モンスターを引き寄せる効果が有るみたいなのよ。」


「引き寄せる効果?」


「モンスター寄せって事だよ。言葉通り、周囲のモンスターが寄って来るんだ。

僕達人間には分からないけど、匂いなのか、別の何かなのか…とにかく、リクコウクラゲの体組織は、他のモンスターを引き寄せる力を持っているみたいなんだ。」


スラたん達は、その原理までは分かっていないみたいだが、効果自体は間違いないと確信している。


「実際に採取したリクコウクラゲの体液を、別のモンスターの近くに撒いたら、モンスター達は僕達には目もくれず、撒いたリクコウクラゲの体液を痺れながらも摂取していたから間違いないよ。」


「そんな効果が有るなんて知らなかったな…」


「僕もだよ。まあ、そもそもこんな大量にリクコウクラゲが居る場所は他に見た事なんて無いし、リクコウクラゲと別種のモンスターが近くに居る状況なんて有り得ないから、気付かないのも仕方無い効力だけどね。」


リクコウクラゲは、Sランクモンスターの中では珍しくないモンスターではあるが、モンスター全体で見ると数が少ない方だ。Aランク以下のモンスターの方が数は多いし、よく出会う。リクコウクラゲは、あくまでもSランクモンスターである…という事だ。

そして、Sランクモンスターであるリクコウクラゲを発見したとしても、周囲のモンスターは既にリクコウクラゲの危険性に気付いて距離を取っている場合が多く、孤立しているのが普通である。故に、モンスター寄せの特性を持っているとしても、それに気付かないという事だ。


「それは分かったが…モンスターを遠ざけるならば分かるが、引き寄せる事がリクコウクラゲの生存に繋がるとは思えないんだが…?」


撒いたリクコウクラゲの体液を、他のモンスターが摂取していたという事は、他のモンスターがリクコウクラゲを捕食するという事になる。つまり、モンスター寄せの効果を持っていると、他のモンスターによく狙われ、捕食され易くなるという事になる。

明確な弱点が有るのに、敢えて他のモンスターを引き寄せる利点というのが分からない。


「普通は不自然なんだけどね。このリクコウクラゲにとっては、それが利点になるんだよ。何せ、リクコウクラゲは近付かれないと攻撃出来ないからね。」


「麻痺毒で攻撃されると分かっていて、無闇に近付いて来るのか?」


「そこがリクコウクラゲの賢いところというのか…このリクコウクラゲの体液には、思考能力を低下させる力が有るんだと思う。」


「ボーッとさせるって事か?」


「流石にどんな効果が有るのかまでは分からないけど、モンスター達が不用意に近付いて来る事は間違いないよ。

本来なら、他のモンスターが近くに居ない事が多いと思うけど、この場所はどこにでもモンスターが居るから、その効力が凄く良い感じに働いているんだと思う。」


この混沌の坩堝は、範囲が山脈によって決まっている中に、過剰な数のモンスターが生存している為、モンスター同士にそこまでの距離が取れない。それがリクコウクラゲの能力を最大限に活かしているという事らしい。


「俺達にはそういう効果は無いんだよな?」


「うん。それはここまで戦って来て分かっているし、麻痺の効果しかないのは間違いないよ。」


「モンスターに対してのみ有効な精神干渉系の毒ってところか。」


「まさにそんな感じだね。それを駆使して、リクコウクラゲは他のモンスターを引き込んでは捕食するを繰り返しているんだと思う。」


「という事は、そのリクコウクラゲの体液を上手く活用する事が出来れば、モンスターを別の場所に誘導する事が出来るって事ですね。」


「ご明察だね。これを少し離れた位置にばら撒いておけば、モンスターはそっちに引き寄せられるって事さ。」


「そうなると…リクコウクラゲの体液をある程度確保しないとな。」


「それについては、僕達で採取して来た分と、あと少し有れば足りると思うから、僕達三人で集めて来るよ。そんなに大量には必要無いからね。

来た道にはリクコウクラゲの死骸が沢山有るし、そっちにも引き寄せられると考えると、三、四箇所に仕掛けておけば大丈夫だと思う。

ただ、問題が…」


「同じリクコウクラゲですか?」


「うん。リクコウクラゲにリクコウクラゲの毒が有効だとは思えないから、こちらに気付かれて寄られると厄介かな。」


「シンヤが居なくても、三人で倒せる事が分かったし、三人と三人で分けて休息を取るようにするのが一番だろうな。」


「分かった。」


「もう一つ問題が有って、多分、リクコウクラゲの毒の効果を受けないモンスターも居ると思うから、それも気を付けるべきだね。」


全てのモンスターにリクコウクラゲの毒の効果が有効だとすると、この混沌の坩堝にはリクコウクラゲばかりが増えて行く事になる。しかし、実際は他のモンスターより数は多いものの、他のモンスターも負けないくらい居る。ある程度リクコウクラゲも捕食されていると考えるのが自然だ。

つまり、リクコウクラゲを捕食出来るモンスター達は、リクコウクラゲの体液には効果を受けず、そのまま俺達を襲えるという事になる。


今のところ、特別ヤバいモンスターとの戦闘は起きていないが、俺達が居るのはまだまだ混沌の坩堝の入口。危険なモンスターが突然現れる可能性は十分に有る。


という事で、俺、ニル、ピルテとスラたん、エフ、ハイネで分かれて見張りを立て、夜を明かす事にする。


リクコウクラゲの体液が上手く作用するのかどうかも含めて、実験的に夜までの時間を過ごし、上手く作用している事を確認したところで、夜となる。


その日の夜は、二、三度リクコウクラゲが近寄って来そうだとピルテが気付いて、俺が投石で排除。交代した後も二、三度同じ事が起きたみたいだが、ハイネ達でしっかり排除してくれたようだ。

リクコウクラゲの体液が使える事に気が付いた為、しっかり採取も忘れずに行った。


翌日。


そこそこ休息を取れた俺達は、朝早くから北へと向かって出発した。


「結構な数のモンスターを倒していると思うけど、次々に襲って来るね。」


初日も戦闘は有ったが、二日目の今日は、北へと歩を進めて直ぐにモンスターとの戦闘が起きた程にモンスターとの遭遇率が高くなっていた。

出発してから三時間程で、前日のモンスター討伐数と並んだと言えば、どれだけ遭遇率が高くなったかが分かり易いだろう。且つ、戦闘が起きた時に、周囲から集まって来るモンスターの数が倍程に増えているのも大きな要因だ。


一度戦闘を行って、近寄って来るモンスター全てを屠れば、暫く安全ではあるが…俺達の労力はとにかく一気に増えた。

今はそれが一段落したところだ。


「坩堝の中心に行く程戦闘回数が増えるとするなら、確かに混沌とした場所と言えるな…」


「今はまだ対処出来ているけれど、このままモンスターの数が増え続ければ、どこかで対処し切れなくなるわ。」


「かと言って、戦う以外の方法なんて無いですよね…?」


「リクコウクラゲの体液を遠くに投げて、多少はモンスターを引き離せるかもしれないが、焼け石に水だからな。」


「ひたすら倒して倒して倒しまくるしかないって事だね…」


「こんな密度でモンスターが生息しているって事、普通は有り得ない事よね?」


「僕達も、この世界の全てを知っているわけではないし、こういう場所が他にも存在しているかどうかは分からないけど、別種のモンスターが、互いに干渉しないギリギリの距離で生息しているっていうのは、かなり珍しいと思うよ。

まるでダンジョンのモンスターハウスみたいな感じだからね…」


流石に、ダンジョンのモンスターハウス程の数を一度に相手するという事は無いから、言い過ぎなところは有るが、気持ち的にはそれくらい大変だ。


一度戦闘を起こすと、その騒ぎを聞き付けたモンスターと、リクコウクラゲを倒した時に出る体液が、周囲のモンスター達を片っ端から引き寄せる。その為、十体単位で周囲から集まって来るのだ。


このメンバーだから、この数を相手にも前へ進めているが、かなりキツい道程になるという事は、皆分かっているだろう。


「引き返すなら今だと思うが、このまま進む…で良いのか?」


ここまで来てみて、どんな場所かはよーく分かった。無理だと思うならば、ここで引き返すべきだろう。


しかし…


「……数は多いが、対処は出来ている。引き返すという判断には至らない。」


「私も、このメンバーならば、このまま行けると思います。」


俺の質問に対して、全員が否と答える。


大変ではあるが、このまま行けると確信しているようだ。


「頼もしい限りだな。それならば、このまま北へ向かうぞ。」


どこまで一度に相手するモンスターの数が増えるかは分からないが、縄張りの関係上、どこかで必ず飽和する。一度に相手するモンスターの数には、必ず上限が存在するのだ。その上限に、俺達の対処能力が耐えられるのであれば、北まで抜けられるという証明になる。そして、全員が、その上限まで耐えられると思っているのである。当然、俺もそう思っている。


という事で、更に北へ北へと混沌の坩堝を直進し、ひたすらにモンスターを討伐し続ける。


そして、その日の昼頃の事。


遂に、リクコウクラゲとは比較にならない程危険なSランクモンスターと戦う事となった。


「そろそろ、またモンスターとの戦闘が起きるわよ。」


先頭を行くハイネが、小さな声で俺達に注意を促す。


「グギャァァ!!」


「「「「「「っ?!」」」」」」


ハイネの注意を受けてから直ぐに、俺達の目の前へ、勢い良く飛び出して来る白い影。


真っ白な毛を持った猿型のモンスター。Aランクのホワイトモンキーだ。サイズは一メートル程と小さいながら、長い爪と八重歯を持ち、Aランクの中でも屈指のスピードを誇るモンスターである。


「ホワイトモンキーだね!僕に任せて!」


「スラタン!待って!」


「っ?!」


ホワイトモンキーに向けて走り出そうとしたスラたんを、ハイネが止める。


スラたんが前に出そうとした足を止め、どうして?という顔をしてハイネを見る。


ハイネが待てと叫んだ理由は、その数秒後、直ぐに分かった。


「グギャ……グギッ………」


ドサッ……


スラたんが対処しようとしたホワイトモンキーは、口から泡を吹きながらその場に倒れ、動かなくなる。


「なっ?!何が起きたの?!」


スラたんがびっくりしていると、真っ白な体毛のホワイトモンキーの下から、三十センチ程の蛇が現れる。


「っ?!ピルテ!直ぐに風魔法を!」


「はい!!」


その姿を見た瞬間、全員がその蛇から距離を取る。


海底トンネルダンジョンでも出会った、バジリスク。蛇の王と呼ばれるSランクのモンスターである。


真っ白な瞳を持ち、後頭部辺りから尻尾にかけて、背中側にカミソリのような緑色の鱗が生え揃い、腹側はツルッとした黄色の鱗で覆われている。

体長は僅か三十センチという小ささだが、バジリスクの牙から出てくる毒はアイトヴァラスと並ぶ猛毒。気化した毒が目の中に入るだけで、人は死に至る。

Sランクモンスターの中でも、ヤバいと言われるモンスターの一種である。


バジリスクの毒は近付くだけでもヤバい為、何よりも先に風魔法を使って、毒の蒸気がこちらへ来ないようにする。


ホワイトモンキーを仕留めたらしいバジリスクは、チロチロと舌を出しながら俺達の方を凝視している。


「ヤバいのが来たな…」


「他のモンスターもこちらには気が付いているみたいですが、寄って来ていませんからね…」


ピルテは、風魔法を展開した後、周囲を警戒してくれていたみたいだが、苦笑いしながら報告してくれる。

一体も来ていないという事は、リクコウクラゲも来ていないという事であり、それはつまり…バジリスクがリクコウクラゲを捕食する側のモンスターである事を示している。

バジリスクの毒はリクコウクラゲの毒と比較すると、別次元のものだ。それを扱うバジリスクが、リクコウクラゲの毒にやられるはずなどないという事だろう。


「あれと戦うのは…凄く嫌ね…」


「ああ…」


「でも、こっち見てるよね?」


「だな…」


完全に俺達の事をロックオン状態。バジリスク相手に背中を見せるのは危険過ぎるし、一匹だけが相手である今、何とか倒してしまうのが吉だ。

ただ…バジリスクは、意外と動きが速い。スピードタイプのホワイトモンキーを仕留めているところを見れば、それがよく分かるだろう。


的が小さく、動きが速いバジリスクには、俺の投石が当たり難い。それでも、下手な鉄砲数打ちゃ当たる精神で、投石を続ければいつかは当たるかもしれないが、その前に毒で殺されるのがオチだ。

ここは、なるべく近付かないようにして、確実に仕留める。


「ニル。ボウガンで貫けるか?」


バジリスクが飛び込んで来ないうちに、俺は全員の動きを確認する。


「動きが止まるか、予想し易い状況を作り出す事が出来るのであれば、頭を貫いてみせます。」


「よし……スラたん。バジリスクの誘導を頼めるか?」


「毒さえ来なければ、誘導くらい出来ると思うよ。」


「分かった。ピルテ。スラたんの援護を頼む。毒を近付けさせないようにするんだ。」


「はい。」


「ハイネ、エフ、俺は魔法でバジリスクの動きを止める。ニルがボウガンで仕留め易い状況を作るぞ。」


「そのまま仕留めても問題は無いわよね?」


「ああ。問題は無い。だが、狙い過ぎて動きを止めるという目的までないがしろにはしないようにな。」


「ええ。」


バジリスクは、Sランクモンスターの中でもかなり強敵と言える部類のモンスターだが、ハイネ達に過剰な緊張は見られない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る