第651話 混沌の坩堝

「これで、動きの擦り合わせは大丈夫そうだな。」


「……色々とすまない。」


話が終わると、エフが頭を下げて来る。


そういう事をするタイプではなかったから、全員が驚いて言葉を失う。


「こういう…冒険者のパーティとしての動きというのは、私達黒犬のものとは大きく違うから、迷惑を掛けてしまうかもしれない。」


「…おいおい。そういうのは無しだ。」


やっと驚きから戻って来た俺が、エフの言葉に返す。


「仲間なんだから、擦り合わせを行ってより良い動きが出来るようにするのは当たり前の事だ。エフが謝るような事じゃない。」


「そうですよ。私達だってエフさんにカバーしてもらいますし、お互いの為ですからね。」


「………ありがとうございます。」


エフは、友達というニルとの関係を受け入れてから、少しずつではあるものの、変わろうとしてくれている。こうして礼を素直に、俺達へ向けて言ってくれるのもその変化の一つだ。


「こうして擦り合わせも済んだ事ですし、私は混沌の坩堝を直進する事に一票です。行けると思います。」


ニルは、自信を持って直進する事に賛成する。


「僕もそれで良いと思う。」


「私も賛成です。」


スラたんとピルテも直進に一票。


「エフはどうだ?」


「私も…直進に賛成する。」


俺の方を見て言ったエフの目からは、今までと少しだけ違った光を感じた。俺の思い込みかもしれないが…


「これでルートも決まりだな。」


「そうと決まれば、明日に備えてしっかり休まないとね!」


「その前に……スラたん。エフの体内に仕込んだスライムを取り出してくれないか?」


「っ?!」


エフは、俺の言葉に驚いている。


「ここから先、自由にエフが動ける方が良いだろうし、もう疑う必要も無さそうだからな。」


「……うん。分かったよ。」


正直、ニルの友達になると言った時点で、スライムを取り出しても問題は無いと思っていたのだが、もしもの事を考えて様子を見ていた。

しかし、やはりと言うのか…ニルとの事が有ってから、エフは随分と変わり、そこに嘘は無いとニルも言っていた。だとするならば、これ以上エフに枷を付けていても、制限が掛かるだけだ。


それは全員が同じ思いだったらしく、スラたんがエフの体内からスライムを取り出す事に反対しなかった。ハイネが反対するかもしれないと思っていたが、それも無しだ。


「…良かったのか?」


寧ろ、エフ自身が、こんな事を言って来る程だ。


「ニルの助けになってくれるという約束は、嘘じゃないんだよな?」


「当たり前だ!」


「それなら、問題は無い。制限無しでしっかり戦ってくれ。」


「……分かった。任せろ。」


俺達の信用が伝わったのか、エフは大きく頷いてくれる。

また甘い男だと言われるかもしれないと思っていたが、そんな事はなかった。もし甘い男だと言われていても、俺の決断は変わらなかったが。


「よし。これで方針は決まったな。

朝日が昇ったら出発だ。それまでは、交代で休憩だ。」


こうして、俺達は混沌の坩堝を直進する事に決め、出来る限りの休息を取った。


翌朝。


「準備は良いか?」


朝日が昇り、明るくなる前に、俺達は準備を整える。

完全に明るくなってしまうと、飛行型のモンスターが襲って来る可能性が高い為、その前に出発しようという事だ。


「はい!」


「準備万端!」


「よし。それじゃあ、いつも通りの隊列を組んで進むぞ。基本的には真っ直ぐ北へ。何か起きてそれが無理となれば、その時にルートを再考する。という事で…出発!」


危険地帯に踏み入れるにしては、少し軽過ぎるノリにも思えたが、重苦しく、死地へ向かうようなテンションよりはマシだろう。


という感じで、俺達は混沌の坩堝へと足を踏み入れた。


まず最初に見えるのは、多種多様な植物だ。


樹木に関しては、三種類くらいが入り交じっているようだが、それ以外の植物は、見た事の有る物から無い物まで様々だ。


「僕の知らない植物も結構生えているね…あまり無闇に触らないように気を付けてね。エフさんから見て、どういう植物か分かる?」


「パッと見た感じ、毒を持った植物もチラホラ見える。強い毒を持った植物ではないし、体内に取り込んでしまうような事が無ければ大丈夫だ。」


「取り込んでしまうとどうなるんだ?」


「下痢になって暫くは動けなくなるだろうな。」


「嫌過ぎる…」


傷口から毒が入ったりしないように気を付けよう…


「大抵の植物は知っているが…いくつかは私も見た事が無い。基本的には触れないようにするのが良いだろう。」


「分かった。」


アバマス大渓谷の森とは違い、木々はそこまで密集しておらず、太陽の光は入って来るし、歩き難い程鬱蒼とはしていない。

モンスター達が移動したりする事で、自然と植物が育ち過ぎないように抑制されているのだろう。


森の中は、ジメジメしており、湿度が高い。気温はそれ程高くなく、不快に感じるような環境ではないが、少しベタつくような感覚が有る。

近くには無いが、周囲の山脈から流れ込む水が原因だろう。


地面は腐葉土で、歩き辛いという事は無いが、この森全てがそんな状態かは分からない、


そんな森だと、一つ問題が生じる。

それは、リクコウクラゲへの対策として用意していた、俺による投石攻撃の事だ。


地面を軽く掘っても、出てくるのは腐葉土ばかり。更に掘っても、出て来るのは溶岩が固まったようなゴツゴツした地層。砕けない事は無いが、石を投げる為だけにそこまでしなければならないのは何とも面倒な話だ。要するに、石を見付けるのも一苦労という事である。


しかし、この問題ついては、混沌の坩堝に入る前から、何となく予想出来ていた為、昨夜のうちに土魔法で石を作り出し、インベントリへと収納してある。

リクコウクラゲが現れる度に石を探すくらいならば、最初から用意しておこうという事だ。

一応、直ぐに投げられるように、いくつかは腰袋に入れてあるが、持ち歩くには重い為、それ以外は全てインベントリだ。


リクコウクラゲを見付ける度にインベントリを開かなければならないという面倒は有るが、戦闘の度に魔法で作り出すなんて非効率な事をするわけにもいかないし、これが最善だろう。


「上から見た時、リクコウクラゲが沢山居るように見えたが、意外と出会わないものだな?」


「まだこの辺りは混沌の坩堝の入口だからというのと、この辺りには川が無いからだろうな。比較的混沌の坩堝の中でもモンスターが少ない場所から入って来ただけの事。本番はこれからだ。」


エフの言った通り、少し森の中を進んで行くと、直ぐにモンスターの気配が現れ始める。


「……数が多いわね……」


ハイネが嫌そうな顔で周囲を見渡す。


俺達も、何となくモンスターが居るという事は感じ取れているが、どこにどれだけ居るかという事までは分からない。


「東側に三体。北側に二体。西側に四体ね。この感じだと、恐らくその奥にもっと居るわ。

北側と東側に居るのは恐らくリクコウクラゲね。西側の四体は…」


「恐らくハングリーマンティスの亜種だ。」


ハングリーマンティス亜種は、デカい銀色のカマキリ。Aランクのモンスターだ。


「モンスターのランク的には西側から抜けるのが良いが…この先もSランクのモンスターを相手していかなければならない事を考えると、避けて通るより突破した方が良いだろうな。」


「二体というと数も少ないですし、ご主人様の投石がどこまで有効な攻撃になるのかを確認するには丁度良いかと思います。」


「そうだな……よし。北へ突破するぞ。

戦闘を始めたら、近くに居るモンスターが俺達に気が付いて寄って来るだろうし、対処は皆に任せる。」


北へ進む事に対して、皆も納得してくれたようで、しっかりと頷いてくれる。


「行こう。」


ハイネを先頭に、俺達はそのまま北へと進む。

数分後、ハイネが足を止めて正面に人差し指を向ける。その先には、リクコウクラゲが二体。


体から出ている触覚が、グネグネと動きながら周囲に伸びている。

光るという習性を活かして獲物を捕食するモンスターである為、当然リクコウクラゲは夜行性。昼の間は、基本的に大人しくしているモンスターで、触覚以外は動いていない。


俺は、取り出しておいた石を手に、少しずつ前へと進む。姿は見えているが、まだ距離が離れている為、確実に当てられる自信が無いからだ。そして、どうにか気付かれずにリクコウクラゲとの距離が、約十メートルというところまで近寄る。


ここまで近付く事が出来れば、余裕で当たる…はずだ。一、二球外しても、直ぐに次を投げれば良いだけの事。後はどれくらい投げ付ければリクコウクラゲが死ぬのか…という事だが、こればかりはやってみなければ分からない。


俺は、皆に向けて頷く。これから攻撃するという合図だ。


それを見て、全員が頷き、武器を構える。


インベントリの魔法を使用し、石をいくつか取り出して地面に置いておく。後はそれを間髪入れずに投げるだけ。


「はぁっ!!」


ブンッ!!


まずは一球目。


野球ボール大の石は、俺の右手を離れると、手前側に居るリクコウクラゲに向かって真っ直ぐ飛んで行く。


バァァン!!ビシャビシャビシャッ!!


リクコウクラゲは、体の殆どが液体で出来ている。その液体が麻痺毒という特性を持っているのが厄介なのだが、石が当たると、体液はリクコウクラゲの後方へと勢い良く飛び散る。


リクコウクラゲ本体の中心には、ガッツリと穴が空いている。

穴の空いた部分からは、体液が漏れ出して来ない事から、水風船のような状態ではなく、全体がゼリーのような体組織になっている事が見て取れる。


「西側の四体が反応したわ!」


「私が前に出ます!」


「僕とエフさんで仕留めるよ!リクコウクラゲの体液には注意してね!」


「分かった!」


まだ一回目の攻撃なのに、西側のハングリーマンティス亜種が反応したらしい。俺も急いで仕留めなければ、次々とモンスターが寄って来てしまう。


「はぁっ!!」


バァァン!!ビシャビシャビシャッ!!


二球目も手前に居るリクコウクラゲに命中。二つ目の穴を穿つ。


攻撃を受けて飛び散ったリクコウクラゲの体組織は、水のような挙動を示している。

スライムのように、死ぬと軟膏のような組織になるのではなく、軟膏のような組織が、死ぬ事で水のようなサラサラした状態に変化するという真逆の性質を持った生き物であるという事が分かる。

ゲーム時代には、画面の中に映る物が、どんな質感なのかなんて事は、想像するしか無かったのだが、今は肉眼で確認出来る為、それがよく分かる。


「もう一つ!!」


バァァン!!ビシャビシャビシャッ!!


三個目の石を投げ付ける。


二つの穴を穿たれたリクコウクラゲに、三球目が見事命中する。


すると、それまではモゾモゾとでも動いていたリクコウクラゲが、溶けたように地面に流れて行く。

リクコウクラゲを倒した時の挙動である。


「も、もう倒せたの?!」


驚いているのはハイネ。だが、俺もビックリしている。

弓やボウガンで攻撃し続け、やっと倒せていたはずのリクコウクラゲが、投石三球目にして沈黙。俺の投石の威力が笑えないレベルという事になる。いや、矢での攻撃とは違い、刺さるとか切るではなく、破壊するという効果が強い為、リクコウクラゲにはとてつもなく有効に働いている…という事かもしれない。

ソロで相手するには、素材も落とさないかなり面倒なモンスターだったのだが…こんな簡単に討伐出来るなんて…


何とも言えない感情になるが、今はそんな事を考えている場合ではない。何にしても、投石を三回前後当てる事が出来れば討伐が可能だと分かったのだ。残り一体を直ぐに片付けなければならない。


「オラァッ!」


バァァン!!ビシャビシャッ!!


こんなに簡単に倒せるという事実を知り、ちょっとした苛立ちを持って投げた石が、残った一体をぶち抜く。

リクコウクラゲは、俺の方へと近寄って来ようとしているみたいだが、動きが遅くてまるで近付けていない。


「はぁっ!!」


バキャッ!!


「あっ…」


二球目は、リクコウクラゲに当たらず、その後ろの木に当たり砕け散る。


ニルではないのだから、百発百中というわけにはいかないみたいだ。


「次だぁっ!」


バァァン!!ビシャビシャビシャッ!!


それでも、俺達に近付くより早く三球当てれば良いだけなので、次々と石を投げ付け、残りの一体も溶けて地面に染み込んで行く。


直ぐに西側からのモンスターに対処していたニル達に目を向けるが、既に四体のハングリーマンティス亜種を討伐し終えており、援護の必要は無さそうだ。


「東側に居る三体はどうだ?」


「気付いているかは分からないけれど…少なくとも、こちらに向かって来てはいないわね。

他の場所から寄ってくる気配も感じないわ。」


「一回戦目は余裕の勝利ってところか。」


「シンヤさんの投石が予想以上にダメージを与えていたのが良かったわね。私とピルテが援護に入る予定だったのに、その前に片付いてしまったもの。」


「それについては、俺も驚いているところだ。まさか三回石を投げれば倒せるなんてな…」


「普通は、投石にそこまでの威力なんて有りませんので、簡単に倒せるようなモンスターではないのですが…」


ピルテは苦笑いしながら言う。自分には出来ない事ですよ…と遠回しに言っているのだ。


「まあ…リクコウクラゲについては、俺がどうにか対処するって事で大丈夫そうだし、大量に襲って来ない限りは大丈夫だろう。」


「問題はリクコウクラゲの活動が活発になる夜よね…」


夜になれば、リクコウクラゲが獲物を探してモゾモゾとでも動き回る。そうなった時、大量に俺達の居る場所へ集まって来るかもしれない。


「最北端まで行くには約五日……その間の休息をどう取るかが重要になりそうだな。」


「そうね…」


サクッと戦闘を終えたところで、話し合っていると、エフ達も戻って来る。


「ど、どうでしたか?!」


「とても良かったと思いますよ。連携も上手く取れていましたね。」


「ありがとうございます!」


どうやら、エフも上手く戦えたらしい。


「こっちも、思ったより楽に終わったみたいだね。」


「ああ。予想より投石の効果が高かったからな。」


「実際に見たのは初めてだが…シンヤは本当に人間なのか?」


「失礼な…ちゃんと人間だ。」


「人族にも、稀に強者が居るのは知っているが、シンヤは飛び抜けている気がするのは私だけか?」


「んー…シンヤさんだからねー…」


「ご主人様ですからね。」


「俺だからって理由は理由になっていない事に気付いてくれ…」


「我々黒犬が、あれだけの大掛かりな作戦を立てても、結局は覆されてしまったのも、これを見れば頷けるというものか…敵でなく味方となると、ここまで心強いものなのだな。」


「ご主人様に敵対するという事が、どれ程愚かな事なのかがよく分かりますね。」


「任務を失敗した事が原因とはいえ、こちら側に付いた事は、最良の選択だった…という事か。」


「そう思って貰えるよう、無事にザザガンベルまで行かないとな。

そこでだが…ある程度安全に休息を取る方法を考えようと思っているんだが、どうするにしても、時間を掛けたいだろうから、今日の進行は昼までにしようと思う。」


「そうだね…この数のモンスターが常に周りに居るとなると、単純な方法で休息を取ろうとしても、難しいだろうからね。」


「周囲の状況とか、森の詳細を知らないと、方法も思い浮かばないだろうから、昼までは北へ進むつもりだ。」


「そこで止まって、どうするかを決めるのね。」


「半日有れば何とか休む場所くらいは確保出来るだろう。私も賛成だ。」


「半日分進行が遅れてしまいますが、どれだけ急いでも休息無しで北までは行けませんし、最も重要な事ですよね。」


「皆賛成って事で良いか?」


俺が質問すると、全員が頷いてくれる。


という事で、この森がどういう場所なのか、何が有るのか等、出来る限りの情報を拾いながら北へと半日進む。

その間、リクコウクラゲ十数体。Aランクのモンスター十数体を討伐したが、特に問題は無く怪我も無しで北へと直進した。


ザシュッ!!


「っと。これで終わりだね。」


何回目かの戦闘を終え、空を見上げると、太陽が真上辺りまで来ていた。


「そろそろ昼だな。」


「この辺りで寄って来るようなモンスターは全部倒せましたので、ここで一旦止まりますか?」


「そうだな。モンスターの死骸は俺のインベントリに突っ込んでおくから、何人かで周囲を見て来てくれないか?」


「私が行こう。索敵出来る者が一人居た方が良いだろうからな。」


「そうだな。よろしく頼む。スラたんと…」


「私が行くわ。ちょっと確かめたい事が有るの。」


「分かった。」


ハイネ、スラたん、エフの三人で、周囲を探索する事となり、出てくれる。


その間に、俺はモンスターの死骸をインベントリへ。ニルとピルテは周囲の警戒をしてくれている。


暫く経った後、ハイネ達が戻って来る。

三人の顔を見るに、何かしらの収穫が有ったようだ。

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