第650話 共に
リクコウクラゲというモンスターは、Sランクモンスターの中ではそれ程珍しいモンスターではない。
ジメジメした暗い場所を好むモンスターで、プレイヤーにとってはよく見るSランクモンスターの一種である。
リクコウクラゲは、大きなスライムと間違われる程にスライムに似た形状をしているが、スライムとは全く別の種のモンスターという事が分かっている。
見た目だけを言えば、二メートル程の透明なスライムだろう。ただ、ぷるぷるボディの表面には、縦にいくつものヒダが付いており、その先端部が光を放つ。
魔法攻撃はあまり効果が無く、殆ど無効化してしまう。それに対して、物理攻撃による攻撃は有効とされているのだが…攻撃した際、体液が吹き出し、その体液が強力な麻痺毒になっていて、非常に厄介なモンスターである。
スライムのように核は無く、物理攻撃を続けるしかないのだが、そうすると強い麻痺毒である体液が、傷付けた分だけ出て来る事になり、攻撃し辛くなって行くのである。
また、リクコウクラゲの攻撃方法でもある触手が、十本前後体から生えて来て、それに一度でも捕まると、麻痺毒を注入され続け、痺れて動けず、生きたまま溶かされて食われる事になる。
非常に怖くて強いモンスターではあるが、珍しいモンスターではない為、攻略法は分かっている。
それは、遠距離武器だ。
触手の動きは非常に速く、避けるだけでも大変なのだが、伸びる長さは二、三メートルまで。且つ、魔法は使わず、本体の動きは非常に遅い。
それ故に、触手の届かない距離から遠距離武器でひたすら攻撃を繰り返すのが、最も簡単な倒し方と言われている。
ただ、防御力は無いに等しいものの、矢等で攻撃していても、倒すまでにかなりの時間を要する。
防御力は低いが、体力が馬鹿みたいに高いモンスターという事である。
「遠距離攻撃の手段があまり豊富じゃない俺達にとっては、ちょっと面倒な相手だな。」
「何を言っているんだ?」
俺が真剣に悩んでいると、エフが、バカなのか?みたいな顔で言って来る。
「え?」
「遠距離攻撃ならお前が居るだろう。」
「俺?」
「報告では、
「あー……」
俺としては、単純に石を投げ付けるというのは、攻撃という認識が無く、頭の中から抜け落ちていたが、確かにあれは遠距離攻撃だ。
ただ、あくまでも投石なので、威力は有るが、命中率が低いという欠点が有る。しかし、リクコウクラゲには数メートルまで近付けるし、動きは遅い。どれだけノーコンでも当てられる。そこまでノーコンでもないし。
「物理攻撃の効果が有る土魔法や木魔法を使っても良いが、あの数を相手にしていては魔力がいくら有っても足りない。リクコウクラゲを相手にする時は、お前が投石しまくれば直ぐに片付く。」
弓やボウガン等よりも、投石の方が威力が高いというのは、普通ならば有り得ない。人の力で投げる石の方が威力も命中率も高いならば、弓やボウガンなんて開発されないだろうし。
だがそれは、普通ならば…だ。俺の身体能力は渡人、つまりプレイヤーのものである為、普通ではない。そう…ずっと内心で否定して来たが、俺は普通ではないのだ。ハッキリ言って、俺の投石は下手な弓やボウガンより強い。流石に防御力の高いモンスター相手に通用するとは思わないが、防御力が皆無とも言えるリクコウクラゲ程度ならば簡単に屠れるはずだ。
「言われてみればそうだな。適当に拾った石でSランクモンスターを倒せるってのは、何か変な感じではあるが…倒せるなら良いよな。」
リクコウクラゲというモンスターとは、ゲーム時代にも何度か戦った事が有る。しかし、その時は慣れないボウガンを使ってひたすら攻撃していた。
超リアルRPGとはいえ、RPGなのだから、攻撃には武器を使う。これが当たり前で、地面に落ちている石を拾って投げるという発想は無かった。
しかし、こうして転移して来た事で、ゲームの時には考えもしなかった事が色々と出来るようになった。もっと頭を柔らかくして考えなければ…
「そういう事だ。リクコウクラゲへの対策はそれで良いとはいえ、楽な道程ではない。この先には、Sランクのモンスターがうようよ居るらしいからな。」
「リクコウクラゲだけじゃないって事だな。」
「当然だ。夜間に目立つモンスターがリクコウクラゲというだけで、色々なモンスターが生息していると聞いた。
アバマス大渓谷を通るより、ずっと危険度は高い。
Aランク以下のモンスターも確認されているらしいが、この混沌の坩堝の中では、Aランクモンスターは狩られる側だ。」
「嫌な場所だねー…」
「もし、ここを通り抜ける自信が無いと言うのならば、ここから東へ向かって行くと、山脈を抜けられる亀裂が有ると聞いた。そこから東へ抜ければ、混沌の坩堝を回避して、山脈の外側から北へ向かう事が出来る。そのルートならば、現れるモンスターのランクは低く、尚且つ数が少ない。当然だが、直進するよりもずっと時間は掛かるがな。
ただ、決めるのは坩堝に入る前、つまりここで決めた方が良い。
ここは混沌の坩堝とアバマス大渓谷の間に在る比較的安全な地帯らしいからな。一度坩堝の中に入れば、先へ進むにしても引き返すにしても、楽にというわけにはいかない。」
「このままこの坩堝の中を進むか、外に出て迂回するかをここで決めろって事だな……
皆の意見を聞きたい所だが、この場所が比較的安全だという事ならば、まずは休憩にしよう。」
何度も言うが、こういう旅路で休息を取れる時間というのは貴重だ。休める時は休む。これは鉄則である。
という事で、流石に火を起こしたりは出来ないが、簡単に食べられる物を食べつつ休息を取る事に。
アバマス大渓谷の森を抜けた先、混沌の坩堝までの間には、植物が生えていない
森の中とは違って、地面は溶岩が固まったようなゴツゴツした黒い岩が剥き出しになっており、転んだりすると危険な感じだから、モンスターも嫌がるのかもしれない。
上空部分はスカスカだが、夜間で視界が通らないからか、今のところ飛行型のモンスターも寄って来ていない。
岩亀がバリボリ地面を食っていたが、大渓谷の腐葉土の下には、同じような溶岩が固まった層が存在していたのかもしれない。
そうなると、混沌の坩堝の内部の地面も、同じような地層になっているだろうし、戦闘時は、地面の状態にも気を配っておく必要が有りそうだ。
「
まずは、この地帯を避けて迂回するか、直進するか…だな。
当然、真っ直ぐ突っ切るのが一番理想的ではあるが、Sランクのモンスターがうようよ居るらしいし、慎重に考えてくれ。少しでも不安が有るなら、迂回する事も考慮して話し合いたいからな。」
「その為にも、もう一度、この先の事について私の知る限りの情報を、詳しく話しておく。」
アバマス大渓谷に入る前に、一度ざっくりと聞いている話ではあるが、しっかりと詳細を把握する為にも、エフが『混沌の坩堝』について詳しく説明してくれる。
それをまとめると…
この混沌の坩堝という場所には、何種ものSランク級モンスターが雑多に生息しており、常に狩って狩られてを繰り返す危険な区域。
そして、その中でも湖が在る中央部付近は、水を確保するのに最適な場所であり、モンスターにとっても人気のスポットとなっている。その為、湖付近には、この坩堝の中で最も強力なモンスター達が集まっているらしい。
当たり前だが、この湖を避けて北側を目指す事は出来る。しかし、湖から逸れたら逸れた分だけ北側に到着する時間が遅くなり、大きく迂回すると、山脈を越えて迂回するのと変わらなくなってしまう。
急ぐのであれば、直進して北を目指すべきだが、そうすると中央部で強力なモンスターと戦闘になる可能性が高くなる。逆に、強力なモンスターとの戦闘を避けようとすると、今度は時間が掛かってしまい、混沌の坩堝を通る利点が失われてしまう…という事である。
この混沌の坩堝という場所は、北側の山脈が僅かに見える程度という事で、かなり広い事は分かっている。それだけ広いと、円形のどの部分を通って北側に向かうかによって、距離がかなり大きく変わる。
中心部を避けて通ろうと考えて、僅かに道程をズラしただけで、北側に辿り着くまでに数日の誤差が生まれるだろう。
ここで一つ気になるのは、湖自体はどうするのかという事だが…最速で北を目指すと考えた時、この湖を歩いて直進するという方法が有るらしい。
この混沌の坩堝は、完全なおわん型になっており、中心部はほぼ水平となっているらしく、湖は底がとても浅く、横に広いという形状で、歩いて湖を横断出来るとの事。しかし、当然ながら、底が浅いとはいえ水の中。動きは鈍るし、非常に危険だ。
実際の水の深さがどの程度なのかまでは分からない。例えば、足首程度の深さならば、大きな水溜まりみたいな物だし、そこまで警戒する必要は無いが、ギリギリ足が届くような深さだった場合、水中の戦闘と同じとなってしまう。
湖の全貌は見えないものの、上から見ただけでも湖は結構大きい。その湖を渡るかどうかも含めて、どうするかの話し合いが必要だろう。
というのが、エフの話してくれた内容である。
「もし、混沌の坩堝自体を避けるのであれば、ここでそれを決め、山脈を越えて東へ移動し、迂回しながら北へと向かうのが良いだろう。山脈を越えられる道は、ここにしかないらしいから、途中で諦めて戻るとなると、かなりの時間を浪費する事になる。」
「色々と説明してくれて助かる。」
「私はニル様の為に説明したのだ。お前に礼を言われる筋合いは無い。」
「そ、そうか。だが、助かった。」
「フンッ!」
エフの言葉は、悪意の篭った言葉ではないという事が分かっているから、俺は苦笑いしながらエフに礼を言う。
「これで大体の事が把握出来たな。」
ニルが、ここまでの情報を可愛い絵で手帳に記してくれており、俺達は、ランタンの淡い光の元、それを見ながら話を続ける。
「選択肢としては、混沌の坩堝を避けて東に進み、山脈の外側から北へと向かうルート。混沌の坩堝を直進するルート。そして、その中間を行くルート。この三つだね。」
「直進するルートは五日前後。迂回するルートは二十日前後よね?」
「
「そうなると、中間を行くルートは、単純計算で十二から十三日ってところかしら。」
「結構差があるね…」
「あくまでも中間を行くルートは、丁度中間を行く場合を考えているから、実際には、少しルートをズラしたりも可能だ。これはあくまでも目安だな。」
生息しているモンスターの情報について、エフがいくつか教えてくれたが、リクコウクラゲ以外の情報は、正直当てに出来ないだろうという事らしい。
こんな危険な場所を通る者達なんて、ほぼ居ないし、エフが得た情報も随分昔のもので、今現在、どんなモンスターが住み着いているのかは分からないとの事。
リクコウクラゲだけは、夜に光で獲物を誘き寄せる習性から、視覚的に確認出来たので間違いないが、それ以外は実際に中へ入らないと分からないらしい。
「リスクをどれだけ取るか…という話だね。」
「んー……私は、正直真っ直ぐ突っ切っても大丈夫だと思うわ。モンスターがSランクだって事は分かっているし、強敵も居るとは思うけれど、このメンバーならば踏破出来るのではないかしら。」
「適当に決めて良いような問題ではないだろう。これだから
「何よ?喧嘩でも売っているのかしら?犬風情が。」
「何だと?!」
「何よ?!」
「エフさん。ハイネさん。喧嘩はダメですよ。」
今回はスラたんではなく、ニルが止めに入る。
「も、申し訳ございません。」
直ぐに反省したのはエフの方だ。
「あらあら。垂れ下がった尻尾と耳が見えるわね。」
「何っ?!貴様!」
「はーい!ストップ!ハイネさんもそんな事言わない。その一言が無ければ、その前に言い争いが終わっていたでしょ?」
ニルに加えて、スラたんも止めに入る。
「この場所だって絶対に安全とは言えない場所なんだから、言い争っている場合じゃないよ。」
「わ、分かっているわよ…」
「分かっていないからこうなったんだよね?」
「うっ…」
本気の喧嘩にはならないからまだ良いものの、もう少しどうにかならないものか…二人を見る限り、そこまで合わない性格ではないと思うのだが…
「二人の関係性は一先ず置いて、この先どうするかを決めるぞ。
ハイネが直進に一票。エフは?」
「……そうだな……正直に言うと、片腕でどこまで出来るか分からない。ここまでの戦闘で、それなりには戦えているが、一気にモンスターが複数襲って来た場合、対処出来るか…」
「一人で全てを対処しようと考えないで下さい。」
エフの言葉が終わる前に、ニルがエフを見て言う。
「今、私達はパーティです。黒犬がどういう戦い方をするのかは分かっていますが、それは忘れて、私達と共に戦うという感覚を持って下さい。」
「共に……」
ニルの言葉を聞き、エフが少し苦い顔をする。
「……私達黒犬にとって、部隊というのは、一つの任務を達成する為に集まった他人でしかありませんでした。
任務を達成する為ならば、部隊の何人かを犠牲にしてでも…と全員が考えているのが黒犬です。それが普通で、当たり前の事でした……」
これまでの行動を見ていれば、黒犬がどういう組織なのかは大体分かる。エフの言っている事が真実で、本当にそういう殺伐とした組織である事も間違いないだろう。
「ですから…どうしたら良いのか…」
「簡単な事です。自分に出来ない事は出来ない。出来る事は出来ると判断し、それを共有する。それだけです。」
「え…?で、ですが…」
「はい。それだけでは共に戦うという事にはなりません。
ですが、それを共有して下されば、私達全員が、エフさんの出来ない部分をカバーします。」
「っ?!」
黒犬は、別に仲間を大切にしないわけではない。
無駄に戦力を削ぐような事はしないし、極力自分達の被害を抑えようとはする。
しかし、それは仲間を想ってというよりは、全体的な戦力を考えての事。仲間に対する情や繋がりといったものを考えての事ではない。
つまり……友情とか、信頼とか、そういうものの類いではないという事である。
そんな戦い方をし続けて来たエフが、今更俺達と共に戦うなんて、簡単な事ではない。
自分の身は自分で守る。力が足らず死ぬならば、それは自分の責任。仲間が任務よりも自分の命を優先して考えてくれるなどとは毛程も思っていないのだ。
それなのに、このパーティでは、出来ない事を仲間がカバーし、自分の命の為に体を張ってくれる。そういう戦い方をしてくれると言われれば、戸惑うのも無理はない。
だが、それが共に戦うという事だ。
「当然ですが、私達の出来ない事は、エフさんにカバーしてもらいます。そうやって、互いの足りない点を補い合いながら戦う事が、共に戦うという事です。」
「それを……私が…?」
「はい。私達は、既に仲間ですからね。」
「……………」
エフは、どう反応したら良いのか分からないらしい。
だが、ニルの言葉を聞いて、それを受け取ろうとしているように見える。俺の勝手な思い込みなのかもしれないが…だとしても、本当の仲間になったのならば、少なくとも、エフはそう動く努力をするはずだ。
「わ、私は……片腕を失ったので、手数が少なくなり、決定的な攻撃に狙いを定めざるを得なくなりました。ですから、相手の動きを制限させるような、相手の行動をコントロールするような攻撃が、少し難しい…です…」
ニルの言葉を飲み込み終えたエフは、小さな声で、そう言う。
「だとしたら、僕がその手数を補うべきだね。手数には自信が有るから余裕だよ!」
エフの言葉に、すかさずスラたんが返す。
エフは、スラたんが言葉を返してくれた事に驚いている。
「その…防御力は無い…ので…」
「それは私の役目ですね。防御なら任せて下さい。」
次はニルが返答する。
「エフは戦況を見極めて鋭く斬り込むのが得意だよな。そうなると、後衛の動きと合わせるのが最善だろうと思うが…」
苦手な所を告白してくれたエフ。この流れで色々と話し合おうという事で、俺はエフの良い点を挙げてからハイネを見る。
「……わ、私がカバーするわよ!だからそんな目で見ないでよー!」
ハイネも、ここで挑発的な言葉を放つような事はせず、素直に…とはいかないが、エフの援護を約束してくれる。
「言い争う事もたまには必要かもしれないが、毎回言い争って、それを俺達が止めるってのはな?」
「う゛っ…」
「エフもだぞ?」
「あ、ああ。」
これで二人の仲が良くなる…までは行かずとも、事あるごとに言い争う事が無くなると良いのだが…
「それじゃあ、ついでに俺達の動きについても擦り合わせておこうか。」
「そうですね。」
エフとのしっかりとした動きの擦り合わせは、暫く時間を掛けて行った。
擦り合わせ自体は、もっと前に一度行っているが、それ以上に詳しく、互いの短所や長所、得意不得意を把握する為の話し合いは、とてと有意義な時間だったと言える。
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