第648話 アバマス大渓谷 (3)

バンシーを倒した位置から約二十キロ進んだところで、俺達は、別のSランクモンスターと相対する。


ガリガリガリッ!!


「な、何の音だ?!」


ガリガリガリッ!!


「この森の中で、私達以外に音を出す存在なんて、モンスターくらいだろう。」


ガリガリガリッ!!


「向こうの方から聞こえて来るわね…」


「近寄らないようにしたいが…」


音が聞こえて来るのは、谷間の道の中央部。しかも、この辺りは左右の山肌が突き出しており、道幅が狭くなってる。音の主を避けて通るのは難しそうだ。


「行くしか無いわね…」


俺達は、恐る恐る、音のする方へと歩を進める。


ガリガリガリガリガリガリッ!


硬質な物を削るような音に聞こえる。嫌な音だ。


「あれは……」


音の元を辿ってみると、木々の間にモゾモゾと動く何かが見える。

その影が、モゾモゾと動く度に、ガリガリと音がしている。サイズは全長三メートル程。暗闇の中でも、そこに何かが居るというのは、感覚が鋭いとは言えない俺にも分かるサイズだ。


「何だ…?」


「岩亀だと思うわ。」


「岩亀…?」


「珍しいモンスターだから、知らない人も多いと思うけれど…」


ハイネがしてくれた話をまとめると。


岩亀というのは、主食が岩石のデカい亀。これが最も適切な説明だと思う。

三メートル前後の亀で、そこらに有る岩石を噛み砕いては飲み込み、炉のようになっている腹の中で岩石を溶かすらしい。

色々な岩石を食って、溶かした岩石は、背中を覆う甲羅の内側から、層状に付け足されていくらしい。要するに、長く生きる個体になればなる程、岩亀の甲羅は分厚く硬くなり、防御力が信じられない程に高くなるという事だ。

岩亀はどれくらい生きられるのかは分かっていないが、中には数メートルという分厚い甲羅を背負う個体も居るらしく、数百年は生きるとされているらしい。


岩石を食べて生きている亀なので、基本的には地中で生活している個体が多く、人目に付くような場所に現れる事は殆ど無いとの事。

ハイネも、そういうモンスターが居るという話を聞いた事が有るというだけで、見るのは初めてらしい。


一応、岩亀は腹から溶けた岩石を吐き出したり、岩石を砕く程の強い顎で噛み付いて来たりするらしい。当然、そんな攻撃を貰えば、人間などひとたまりもない。

ただ、動きは遅く、魔法は使わない…らしい。発見数が少ない為、そうではないかという憶測でしかないとの事だ。


戦うと非常に面倒そうなモンスターだが……こんなにも詳しくハイネから話を聞けたのは、岩亀がこちらには興味を示さず、夢中で地面に頭を突っ込んで岩石を食っているからだ。


「にしても…食ってばかりで俺達には興味を示さないみたいだが…このまま通してくれたりは…」


「しないだろうな。」


「今は私達の存在に気が付いていないだけよ。

岩亀は、地中に住み着くモンスターで、視覚や聴覚が著しく低いと言われているの。この距離で話をしていても、こちらの存在に気付かない程に感覚が鈍いのよ。」


俺達と岩亀の距離は十メートルも無い。かなり近いが、岩亀は俺達に気付いていない。

ただ、岩亀を最大限避けて通ろうとしても、この辺りは道幅が狭く、どうやっても三メートルくらいまでは近付かなければならないし、その距離まで近付くと流石に気付かれるだろう。


「高い防御力が有れば、大抵の攻撃を跳ね返してしまう。感覚が鈍くても、攻撃が通らなければ問題は無い…という事か。」


「バンシーと縄張りが隣同士だった事から考えると、あの一撃を跳ね返す程の防御力を持っていると考えた方が良いだろうな。」


バンシーの一撃は、地面を軽く抉り取るような強烈なものだ。それでも、岩亀に攻撃は通らない。そう考えると、かなり厄介な相手だ。


「気性は荒いのか?」


「どうかしら……そこまでは私も聞いた事が無いから分からないわ。」


「俺達の存在がバレたら食い付かれると考えて動いた方が良いか…

そうなると、岩亀と戦わなければならないが……あれって俺達の攻撃が通るのか?」


暗闇の中、ランタンの光が微かに届く距離に見えている岩亀の甲羅は、茶色や緑色、濃い青色がまだら模様になっている。

甲羅の厚みは分からないが…俺達の武器が甲羅を貫通して本体を傷付けられるのかと聞かれると…正直自信が無い。


「攻撃が通る可能性が有るとしたら、シンヤさんの攻撃だけだと思うわ。」


「僕達のパーティには、攻撃力特化型の人員が居ないからねー…」


貫通力や破壊力に特化したタイプのメンバーが居ないと、こういう相手にゴリ押し出来ないから、なかなか大変だ。

ただ、今回の場合、相手の感覚が鈍く、こうして相談する時間が取れているし、まだ良い方だ。


「動きが遅いなら、横を一気に走り抜けたらどうかな?」


「私が聞いた話が本当ならば、口から溶岩を吐くのよ?それを全て避けて先に進むのは難しいと思うわ。」


「……取り敢えず、一旦距離を取ろう。このままここに居ると、いつ見付かるか分からない。」


いくら岩亀の感覚が鈍いとは言っても、近くで相談しているのは危険過ぎる。


という事で、俺達は、少し来た道を戻り、昼食がてらどうするのかの相談を始める。

こんなタイミングで昼食?!と思うかもしれないが、食える時に食わないと、一日何も食えずに進む事になるし、隙あらば休息と食事は積極的にとっていく。

この辺りは岩亀の縄張りで、他のモンスターの気配は無いし、丁度良い。手軽に食べられる物を選んでインベントリから取り出して、腹を満たしながら岩亀について話し合う。


「やっぱり魔法で攻撃するのが一番だよね?」


「物理攻撃が通らない可能性が高い以上、魔法に頼らざるを得ないのは道理だろうな。」


「しかし、あの甲羅は外側からの攻撃に対して、物理的にも魔法的にも強いはずよ。大抵の魔法攻撃は意味を成さないと思うわよ?」


「体内に直接ぶち込むってのはどうだ?」


こういう相手には内部から…というのは定番だ。だが…


「岩石を溶かす程の熱を有し、それでも傷付かない体内だぞ。魔法を放り込んだとしても、ろくなダメージになるとは思えん。」


「ですよねー…」


そんなド定番が通用する相手ならば、Sランクには指定されない。


「火魔法は森の中だから使えないし、水魔法は胃が炉になっている亀には無意味。木魔法と闇魔法は攻撃力足らず。使えるのは光魔法くらいだろうが…この暗闇の中で光魔法なんて使ったら、存在感が凄過ぎるよな…」


「ここですよー!って言っているようなものだろうね。」


「となると…安全に使えそうなのは風魔法くらいか…

エアコンプレッションで圧縮した空気を体内に送り込んで、胃の中で解放するとかどうだ?」


「え、えげつない事を言うわね…」


「ソロで冒険者をやっていた時は、この方法で何度かモンスターを倒したりしていたからな。意外とどんなモンスターにも効いて使い勝手が良かったりするんだ。

ただ…Sランクのモンスターとなると、この魔法で倒せるか微妙なところだ。上手く倒せないモンスターも結構居るからな…」


ゲーム時代には、この方法でAランク以下のモンスターを結構な数屠ってきた。

問題は、上級魔法でありながら、単体にしか使えない為、数が居る場合は使えない事、動きが速い相手だと上手く魔法を体内に仕込めない事、相手にするモンスターがこの攻撃を耐えられる防御力を持っていると意味が無い事…だろう。

岩亀は一体で動きが遅いモンスターである為、前者の二つは問題無いと思うが、後者の防御力に関しては微妙だ。


本体に対して攻撃するのだから、甲羅の強度は関係無いとしても、そもそも、その本体に耐えられる防御力が備わっていた場合、この攻撃方法は使えなくなる。


「確実な方法ではないとすると、一つの策として考えるくらいが良いだろうな。」


「だよな……」


「……ご主人様。氷魔法を使うのはどうでしょうか?」


「氷魔法を…?」


「岩亀の体内は、溶岩を溶かす程の熱を持っているのであれば、それを冷やした場合、岩亀にとっては辛い状態になるのではないでしょうか?」


「なるほど…それは十分に有り得る話だな…」


「ニル様。ご慧眼恐れ入ります。」


「様は止めて下さいと何度も言っていますよ?」


「それは…しかし…」


ニルは様呼びされる事に対して、本気で嫌がっているらしい。

エフもこれだけ言われているのに、様呼びを止めないとは…頑固な奴だ。


「スラたん。岩亀の体内を冷やした場合、どうなると思う?」


「どうかなー…正直分からないかな。

普通の亀で考えると、冬眠状態になるとか考えられそうな気もするだけど…相手はモンスターだからね。

胃の中の岩石が固まってしまってどうなるかとか、そもそも冷えるのかとか…やってみないと分からないね…」


「冬眠か…」


冷やしただけで寝てくれるなら戦闘を行う必要も無いし楽で良いのだが、モンスターが冬眠するというのは…どうなのだろうか?


「風魔法同様に、一つの策として考えるか……だが、氷魔法の方が上手く行く確率は高そうだな。

光魔法と同じで雷魔法は光るから、使うなら風魔法と氷魔法か。」


「僕の作った溶解液も使えるとは思うけど、あの分厚い甲羅を溶かすとなると、結構時間が掛かりそうだし、今回は使えないかな。」


「他に使えそうなのは毒くらいか?」


「同じSランクのアイトヴァラスから採取した毒ならば、岩亀にも有効かもしれませんね。

ただ、毒を体内に取り込ませるとなると、どこかを傷付けなければなりませんよね?」


「胃の中に入っても蒸発するだけだからな。何とか本体に掠り傷の一つでも付けられれば、上手くいくかもしれない…か。」


「どうする?これを作戦として、攻撃を仕掛けてみるか?」


「そうだな。まずはニルの氷魔法から試してみよう。その後は本体への毒攻撃と風魔法だな。ハイネとピルテは、使えるなら毒系統の吸血鬼魔法を試してみてくれ。効くかは分からないがな。

ニルの氷魔法を準備してから戦闘を仕掛ける。氷魔法で相手にダメージを負わせられるのが理想だが、ダメージは通らないと思って動くように頼む。」


「分かりました。」


ニルが返答し、ハイネとピルテが頷く。


「俺とエフとスラたんは、とにかく岩亀のヘイト稼ぎだ。ニル達に攻撃をさせないようにするぞ。

可能ならば、本体や甲羅への攻撃も試してみてくれ。」


「了解したよ。」

「ああ。」


スラたんとエフにも指示を出し、全員の準備が整ったところで、再度岩亀の元へと向かう。


ガリガリガリッ!


相変わらず、岩亀は地面の岩石を噛み砕いては飲み込んでいるようだ。


一度でも戦った事が有るモンスターだったり、詳しい情報を知っているモンスターであれば、俺達もここまで慎重にはならない。

正直、このメンバーのパーティならば、Sランクのモンスターもサクサク倒せるレベルだ。過剰戦力とも言えると思う。

しかし、岩亀については、ゲーム時代にも話は聞かなかったし、ハイネが知っていなければどんなモンスターかも分からなかった。

そういう情報が無いモンスターとの戦闘というのは、非常に危険だ。相手が何をして来るのかとか、どういうタイプなのかとか、何も分からない状態で突撃したら、こちらが全滅してしまう。

そうならない為には、こちらも慎重に動く必要が有る。このメンバーのパーティにとっては、所詮Sランクのモンスターと言えるが、それでもSランクはSランクだ。ちょっとした油断で簡単に殺されてしまう。

魔王を助けようと意気込んで出発し、魔界に辿り着く前に死ぬなんて、笑い話にしては質が悪過ぎる。


「まずは、僕が近付いてみるよ。そのまま通れそうなら、その方が良いだろうしね。」


「ああ。頼む。」


岩亀の動きは遅いという話だが、とてつもなく速いという可能性もゼロではない。という事で、もしもの時に逃げられるスピードを持ったスラたんに初動を任せる。

勿論、ただ任せて見ているだけではなく、俺は更にもしもの時の為に防御系の魔法を準備している。


「い、行くよ…」


初めて見るモンスターに、スラたんも緊張しているようだ。


ガリガリガリッ!


ひたすら地面に頭を突っ込んで音を立てている岩亀にスラたんが近付いて行く。


ゆっくり。ゆっくりと。


もし、三メートル以内まで近付いても、こちらを攻撃して来る様子が無ければ、全員で横を抜けて先へ進む事が出来る。


当たり前だが、それが一番良い解決策だ。


スラたんの腰に提げられているランタンの光が、ユラユラと揺れて岩亀に当たる。

甲羅から出ている四足は亀というよりモグラに近いだろうか。モグラよりもゴツいし硬そうだから、比べるようなものではないかもしれはいが…

尻尾は無く、表面がゴツゴツした甲羅がしっかりと本体を覆っている。


そこまで明確に岩亀の姿を認識出来るくらいには光が当たっているのだが、岩亀は反応を示さず、スラたんは更に近付く。


これは行けるかもしれない…と思った時だった。


ガリガリ…………


今まで聞こえていた岩亀の出す音が、突如止まる。


それを見たスラたんも、足を止める。


その距離約四メートル。


「逃げろ!!」


「っ!!」

タンッ!


ズガガガガガガッ!


俺が叫ぶと、スラたんは地面を蹴って俺達の方へと跳んで逃げる。


岩亀は、スラたんの居た場所に後ろ足を滑らせ、地面を抉り取った。


攻撃はそこそこ速いが、動き自体はゆっくりで、ノソノソと俺達の方へ顔を向ける。


暗くて見えなかったが、岩亀の目は真っ白で、深海に住む魚類のようだ。恐らく、視覚はほぼ無いだろう。


岩亀の本体は、甲羅と同じように茶色、緑色、濃い青色の斑模様をしており、表面がゴツゴツしている。


ガリガリッ!


岩亀の口は、人間など軽く飲み込める程にデカく、その中には先程まで食していたであろう岩が入っており、口を動かすとそれが粉々に砕ける。


「友好的な亀さん……ではなさそうだね…」


「握手を求めたらそのまま口の中ですり潰されるだろうな。」


「それは嫌だねー…」


「「「っ?!」」」


ズガガガガガガッ!


俺、スラたん、エフが固まって立っていると、岩亀は容赦無く前足を俺達に向けて走らせる。


「エフ!スラたん!隙を作るぞ!」


「了解だよ!」


「任せろ!」


前衛である俺達三人は、三方向に分かれて岩亀の攻撃を避ける。


ここまで、岩亀が繰り出して来た攻撃は足による薙ぎ払いの攻撃のみ。魔法を使う様子は無いし、ハイネが言っていたように口から溶岩を吐き出す様子も無い。

折角食った物をわざわざ吐き出すような攻撃は、ホイホイ使うような攻撃方法ではないという事だろう。だとすると、魔法攻撃が気になるところだが、今のところ魔法を使って来る様子は見られない。

一応、気を付けつつではあるが、こちらもある程度手を出してみる。


メキメキメキッ!


「っ?!」


ズガァン!


三メートルも有る亀が暴れると、周囲に生えている樹木など簡単に薙ぎ倒されてしまう。

バンシーはデカいゴリラみたいなもので、木々を避けて戦うくらいの動きは出来ていた。しかし、岩亀は甲羅が身体の殆どである為、柔軟な動きなど出来るはずもなく、木々に当たっては薙ぎ倒している。


「出来る限り静かに戦いたいってのに!」


木々が倒れた事で、森に切れ間が出来て、太陽の光が入り込んで来る。視界が取り易くなったのは良いのだが、俺達の居る上空部分に、モンスターらしき影が見えている。


岩亀との戦闘をしている俺達を、上空から狙っているのだろう。上空を飛んでいる飛行型モンスターから見れば、餌がここだここだと騒いでいるようにでも見えているのではないだろうか。


「上にも注意しろ!隙を見せたら襲い掛かって来るぞ!」


「ああ!」


岩亀だけでも厄介だというのに、上空にまで気を向けなければならないとなると、かなり厄介だ。

一度下がって体勢を立て直すという手も有るが…これは何度やっても同じような結果になるだろう。流石に一切気付かれずに瞬殺というのは無理だし、岩亀が足を軽く振り回すだけで木々が吹き飛ぶ。

何度やっても同じならば、このまま戦闘を続けた方が良い。


ギィンッ!


「硬っ!!」


スラたんが岩亀本体にダガーを走らせるが、火花が散り、表面に微かな傷が残っただけ。


「シンヤ君!本体の体表も硬いよ!」


甲羅が溶かされた岩石で出来ているのだから、本体の体表だけ柔らかいというのは有り得ないだろうと考えていたが、予想は的中していたらしい。


「甲羅を抜くより楽なはずだ!」


甲羅とは違い、本体の方は動く為、強化し切れない部分が必ず有るはず。人間の着る鎧と同じだ。


ギィン!


「チッ!」


エフが側面から攻撃を仕掛けたみたいだが、スラたん同様に攻撃は通らない。


ズガガッ!


「っ!!」


バキャッ!!


岩亀は、地面ごとエフに噛み付こうとして、首を伸ばし、口で地表を抉り取る。


エフは直ぐに後ろへと跳んで攻撃を回避したが、やはり攻撃自体はそこそこ速い。四足と首だけを動かすだけならば、甲羅の重さの影響を受けないから速い…という事だろう。


「はぁっ!」

ガギッ!


エフへの攻撃によって、岩亀に生じた隙を狙い、俺が岩亀の前足に向かって刀を振り下ろす。


「ダメか!」


ズガガガガガガッ!


一応、刀に神力を纏わせての一撃だったが、本体を傷付けるまでには至らず、表面が少しだけ剥がれただけ。いや、剥がれたのならば、何度か攻撃していれば、いつか本体に届くという事だし、無駄ではないか。


「ニル!」


「いつでも行けます!」

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