第641話 天国か地獄か
ハイネもピルテもタオルを外しており、その下には黒の生地に、赤色の花柄模様が入ったシンプルなデザインの水着だ。正確には肩紐の無いビキニ型の水着を着ていた。
どうやら母娘でお揃いの水着みたいだ。
「ふふふ。ビックリした?実は、この街から東に少し行くと、湖が有って、そこで泳いだり出来るから、こういう宿でも水着を売っているのよ。さっき、そこで買ってきたの。どうかしら?」
クルリとその場で一周回るハイネ。
水着がかなりシンプルなデザインだからか、全身のラインがガッツリ見えている。
二人共胸は大きいのに、キュッと締まった体をしていて、スベスベしていそうな白い肌。
そもそも、誰が見ても美女だと言えるような二人だ。水着姿の威力は絶大。
飾り気が無く、シンプルな水着であるが故に、二人の美貌がより際立って見える。
どうかしら?なんて聞かれたら、眼福です!くらいしか返す言葉が見付からない。
「何よ。私にもピルテにも、何も言ってくれないのかしら?」
ハイネはスラたんの前にピルテを軽く押し出す。
ハイネとは違い、ピルテには恥じらいが有り、綺麗な腕で体を隠そうとしているが、それが逆に扇情的に見えてしまう。
スラたんに見られているのが恥ずかしいのか、モジモジしながら、頬を軽く染めて斜め下を見ている。
「み、水着というのは見られても恥ずかしい物ではないと知っていますが…は……恥ずかしいです…」
「ゴフッ!!」
スラたんがピルテの攻撃をモロに受けてしまった。今のは、なかなかの破壊力。
俺は、なるべく見ないように視線を逸らしたから良いものの、目を離せず、直視していたスラたんは、心臓を抉り取られたような衝撃を受けたに違いない。
「わ、私の水着姿を見ても、スラタン様が困るだけでしたよね…」
「ほらほらー!何も言ってくれないから、ピルテが不安になってるじゃない!スラタン!?」
「えっ?!あ…僕?!
えーっと……その……凄く…綺麗で、見とれてしまったよ…」
「はぅ……」
真っ赤になったスラたんと、そんなスラたんの言葉を聞いて真っ赤になるピルテ。
「良かったわね!ピルテ?」
「もう…お母様…」
「それより、体が冷えちゃうから入るわよー!」
流石はハイネだ…堂々と湯を体に掛けた後、湯槽に入って来る。
湯槽自体は十人程は楽に入れる広さである為、全く問題は無いが…こんな美女二人と同じ湯槽に入っているというだけで、刺激が強過ぎる。
「し、失礼します…」
「うん…」
ピルテは恥ずかしがりながらも、スラたんの近くの湯に足先からゆっくりと入って来る。
「ま、まあ…後は三人で仲良くしてくれ。俺は…」
「何言ってるのよ。シンヤさんも入ってなきゃ駄目よ。」
上手く逃げようとした俺の腕を掴むハイネ。
一応、ハイネとピルテの二人が入って来た時点で、俺とスラたんはタオルで隠してはいるものの、勿論、その下は一糸まとわぬ姿だ。こんな状態で接近して来ないでほしい。いや、本気で。
「いや、俺は必要無いだろう?!」
恐らく、こうして二人が入って来たのは、ハイネの作戦だろう。だとしたら、ピルテとスラたんを、早く良い雰囲気にする為であるはず。
寧ろ、俺が居ると邪魔になる。俺がここに居座り続ける意味は無い。早々に戦線を離脱するべきだ。そう考えていたのだが…
「ふふふ。私達二人だけが入って来るなんて事、有るわけないでしょ?」
「なん……だと?!」
ガチャッ…
「っ?!」
俺はハイネの言葉に不安を感じたが、それでは遅かった。
再度扉の開く音がしたと思ったら、目の前には、更に三人の水着美女。
どうやら…既に俺は最前線に立たされていたようだ。
敵前逃亡は死罪だ、とでも言いそうなハイネの視線。これは逃げられそうにない。
そんな俺達の前に、まず、先頭で出て来たのはテトラ。
湯気の奥から出て来たテトラは、長い茶髪を後頭部でまとめている。
水着は、控えめな青色のフリルが付いた白のビキニ。
体調が優れなかったせいもあってか、少し痩せ気味の体だが、出る所は出ている女性らしい体付きだ。傷は完全に癒えていて、傷跡も残っていない為、綺麗な肌が見えている。
吸血鬼族であるハイネやピルテは、どちらかというとクール美女というイメージの美女だが、テトラは少し幼さの残るような可愛い系の美女。それを際立たせているのは、水着に付いている控えめなフリルだ。
「うわぁ…改めて見ても、大きいお風呂ですね?!」
いつもは控えめな性格なイメージだったテトラだが、俺やスラたんに素肌を見られる事に抵抗が一切無いらしく、まるで恥じらっていない。
いや…テトラの治療をする時に、俺も手伝っていたのだし、今更と言えば今更だが……一応、名誉の為に言っておくと、あれは治療行為であり、今回の状況とは全く違う。
まあ…テトラは、ずっとそういう仕事をしていたのだし、恥ずかしがっていては仕事にならない。それは分かる。分かるが…まるで臆する事無く、浴室の感想とは…流石と言うべきか…
「これが風呂か。木の香りが良いな。」
そして、それ以上に恥じる事無く堂々と登場したのはエフ。
真っ白な長い白髪を頭頂部でお団子のようにしてまとめており、焦げ茶色の瞳でキョロキョロと浴室を見ている。
ダークエルフ特有の浅黒い肌は、俺やスラたんには見慣れないものだが、それでも美しいと感じる。
ハイネ、ピルテ、テトラとは違い、かなりしっかりと鍛えられた体で、バキバキとまではいかないものの、引き締まった体には、筋肉の筋が見えている。
鮮やかな緑色と紫色がグラデーションになったビキニの水着を着ていて……胸はデカい。
いつもはフードで隠している顔も、今は隠しておらず、長い耳がよく見える。
左腕は、まだ傷跡が痛々しく残っているが、本人は全く気にしていない。
因みに、ダークエルフだという事は、テトラにもバレている。短いとはいえ、何日も一緒に旅をして来たのだから、流石に隠し通せるものではない。
ダークエルフという事がバレてしまった事で、黒犬の話をする事になったらしく、スラたんとハイネが、テトラにエフの事を話したという事らしい。勿論、ダークエルフの事は他言しないと約束してもらっている。
という事で、バレているのならば隠す意味は無いと、素顔を晒しているのだ。
「エフまで入って来たのか…」
「む。何だ。悪いのか?」
「いや、悪くはないが…何故お前はそんなに堂々としていられるんだ…?」
まるで男同士で入っているかのような感覚に陥りそうな程に堂々と入って来るエフ。エルフという種族の特徴から、容姿は端麗である為、流石に男のように見るのは無理だが…
「私達は暗殺部隊だ。男も女も無く鍛えられている。男の前でいちいち恥ずかしがるような奴は黒犬になどなれん。私は水着など着なくても良いくらいだ。」
凄い事を言い出すエフに、俺とスラたんがビックリしてしまう始末だ。
「…し、失礼致します。」
そして、最後に浴室へ入って来たのは、ニル。
美しい銀髪を、二本の簪によって後頭部でまとめており、頭の動きに合わせて簪に付いている宝石がキラキラと反射している。
透き通るような白い肌に、紅潮した頬。サファイアのような青色の瞳。
ニルの水着は、他の四人とは違ってワンピース型というのか、上下が一つになっていて、下は短いスカート型になっている。
濃い青色と明るい青色が模様を作り出している生地に、水色のフリル。腹部の辺りだけ大きめの網目状になっていて、肌が見えている。
露出度はかなり控えめではあるが、女性らしい扇情的な曲線についつい目が行ってしまう。
いつもはシンプルなデザインを好むニル。可愛いタイプよりも綺麗なタイプの服装を好むニルにしては、かなり可愛らしい水着だ。
しかし、それが逆に良いというのか…うん。最高だ。
「へ、変でしょうか…?」
スカートを摘んでモジモジしているニル。
「その水着はニルが選んだのか?」
「い、いえ…その…ハイネさんが…」
チラチラとハイネの方を見るニル。
「ハイネ……」
俺は一度ゆっくりと瞬きしてハイネを見る。
「グッジョブ。」
「任せなさい!」
しっかり親指を立ててハイネに向けると、ハイネも親指を立てて返してくれる。
「似合っているぞ。ニル。」
「うぅぅ…ありがとう…ございますぅ…」
恥じらいながらも、どこか嬉しそうにしているニルは、とても可愛い。とても可愛い。大事な事だから二回言っておく。
「それでは、私達も、失礼しますね。」
温度を確かめながら足を湯に入れるテトラ。
堂々と一気に入るエフ。
顔の横に流れて来た髪を耳に掛けながら、俺の横に入って来るニル。
何だこの絵は……ここは何て言う天国だ?
因みに、配置的には、ハイネ、俺、ニル、エフ、テトラ、ピルテ、スラたんだ。スラたんと俺の間にハイネが入っている状態で、円形になって入っている。
眼福過ぎてというか…男冥利に尽きるというか…
俺…もしかしてもうすぐ死ぬのか…?こんな幸運が起きるなんて、それくらいの事が起きそうで怖いぜ…
「ぼぼ…僕はそろそろ出ようかなー…」
「あら。スラタンは、私達と入るのがそんなに嫌なのかしら?」
「い!嫌って事はないよ!」
「それじゃあゆっくり疲れを癒すべきだと思うのだけれど…違うかしら?」
ハイネはスススッとスラたんの方へと近寄る。
「あー!いやー!それはそのー!」
「お母様。あまりスラタン様を困らせないで下さい。」
スラたんを挟んで、ピルテがハイネにピシャリと言い放つ。
「ふふふ。怒られちゃったわ。ごめんなさいね。」
絶対に確信犯だ。間違いない。
「お母様は、そうやっていつもいつも…」
「ごめんなさいって言ってるのに…シンヤさん。私怖いわ。」
今度は俺の方へとスススッと寄って来る。
「ハイネ様。悪ふざけが過ぎますよ。」
ハイネとは逆側に座るニルが淡々と言い放つ。風呂に入っているはずなのに、何故か冷たい空気を感じるのは気のせいだろうか…?
「ご、ごめんなさい。ちょっとやり過ぎちゃったわね。」
確信犯ハイネは、ニルの冷たい空気に耐えきれず、俺から離れていく。ハイネすらも下がらせるとは……やはりニルが最強なのか…?
というか…俺もスラたんも、ハイネのせいで板挟み状態だ。天国だと思ったが…ここは地獄の入口かもしれない…
「ふむ。風呂というのはなかなか良いものだな。」
何故か、この中で一番漢気溢れているエフが、パシャリと手で肩に湯を掛けている。
水着の肩紐から胸元に流れて行く湯を、勝手に目が追ってしまう。浅黒い肌の上を流れる水分というのは…何とも魅惑的な光景だ。もう少しだけ恥じらいが有れば…いや。俺は何を考えているのだ?!心頭滅却!!
「それにしても、こうして部屋からいつでもお風呂に入れるのは、贅沢な話よね。」
俺が必死に心頭滅却していると、ハイネがやっと普通の話を切り出してくれる。
「魔具まで使っていますし、かなりお金の掛かった宿ですよね。」
「木造というのも、こだわりが感じられて良いよね。」
「自然の中で生きる事が当たり前なエルフ族ならではという感じがしますね。」
「これならば、毎日風呂に入りたくなる気持ちも分かるな。木の良い香りも心地良い。」
俺、スラたんも含め、風呂には大満足といった感じだ。
大陸側では、風呂という習慣が殆ど無い為、こうしてしっかりした風呂が作られている宿は少ないし、露天風呂なんて論外だ。そう考えると、風呂屋なんて作れば、結構儲かるかもしれない。いや…風呂という習慣が無いから、客があまり来なくて潰れるのがオチか…
アイデアを一つの物として形にするのは得意な方だと思うが、経営となると勝手が違ってよく分からない。下手に手を出すのは止めておこう。
「ご主人様。そろそろお背中をお流しします。」
「ああ……っ?!」
現実逃避の為に別の事を考えていたら、ニルから思いがけない一言が放たれ、思わず返事をしてしまった。
俺が言い直すよりも早く、ニルが立ち上がる。
肩から下へと流れ落ちる水滴が所々に見えている肌の上を滑り落ちて行くのが真横に見える。
「っ?!」
何か言わなければと思っていたのに、思わずそれに目を奪われてしまい、機会を失ってしまった。
スタスタと洗い場まで歩いて行くニル。これで、やはり必要無いとか言ったら、きっとニルがしょんぼりしてしまう。それを想像してしまうと、俺は何も言えず黙ってニルの待っている洗い場に向かうしか出来なかった。
洗い場には、日本の銭湯でよく見る小さな木製の腰掛けより一回り大きな腰掛けが置いてある。
腰にタオルを巻き付け、俺はなるべく自然に腰掛けまで進み、座る。
ニルは、冷静にしているように見えていたが、耳まで真っ赤になっている。お湯の熱のせいではない…と思う。
ニルは俺の背後に居る為、何も見えない。
ニルが、俺の背中を流す準備をしている音だけが聞こえて来る。
そして……
「それでは…失礼致します。」
「お、おう…」
自然に振舞おうとしたが、声が震えて無理だった。
返事をして二秒後、俺の背中にゆっくりと、優しく当たる布地の感触。そして、続け様に、布地を挟んで背中に当たる、ニルの掌の感触。
ニルとは常に一緒に居るし、寝る時も隣で寝ている事が多いから、そう緊張しないと思っていたが、そんな事は一切無い。
ニルの手が背中に触れただけで、既に心臓がうるさい程に脈打っている。背中越しに、ニルへその心臓の音が伝わってしまうのではないかと思う程だ。
よく考えてみると、日本に居た時は、恋愛なんて言っている暇なんて無かったし、女性と言えば仕事の上で接するくらいのもの。
プライベートでは誰とも会わず、ファンデルジュというゲームに没頭していたから、浮いた話なんてまるで無かった。
そんな俺が、水着を着ているとはいえ、美女五人と同じ風呂に入り、背中を流してもらうなんて、ハードルの高過ぎる話だ。
あまりの事に頭がパニックになって、何故か普通に風呂に入っていたが、少し冷静になって考えると、とんでもない状態だ。
「ご主人様。力加減は大丈夫ですか?」
「お、おぅ。」
声が裏返りそうになった。
ニルは、優しく背中を流してくれている。作った石鹸も使っているから、背中の上を何度も往復するニルの手に意識が持って行かれそうになるのを理性で止める。
この状況。どう考えても非日常的な、異常な状況ではあるが……既に混浴状態だし、今更逃げ出しても仕方が無い。
それに、恐らくだが、この混浴を発案したのはハイネだと思う。そうなると、スラたんとピルテを、より親密にする為の策であるはず。
そう考えた時、俺がここで逃げ出してしまうと、スラたんに逃げる口実を与える事になる。それは良くない。いや、俺だけ恥ずかしい思いをして、スラたんだけ逃げるのは許されない。マブダチならば、同じ思いを共有するべきだ。
「ご主人様。湯をお掛けします。」
「分かった。」
ザパッ!
背中に湯を掛けて、背中の泡を落としてくれるニル。
「そそ…それでは…」
裏返った声でニルが動き出す。お約束ではあるかもしれないが、スラたんを道連れにする為だとしても、それは流石に無理だ。
「ま、前は自分で洗うから大丈夫だ。」
まさか、このセリフを自分の人生で言う日が来るとは思っていなかったぜ…
「ですが…」
「大丈夫だ。ありがとう。ニルに背中を流してもらえただけで嬉しかったから、十分だ。」
「は……はぃ……」
嬉しいのか、残念なのか、恥ずかしいのか、よく分からない表情と反応を見せたニルは、サッと立ち上がった後、湯槽に戻る。
チラリと振り返った時に見えたニルは、顔を真っ赤にして口元まで湯に浸かっていた。流石に、今回ばかりは、俺もニルと同じような顔をしているだろう。
ニルを見た時、ニヤニヤしているハイネも見えたが…言い返す気力も残っていない。
俺はそそくさと体を洗い終えた後、立ち上がる。
「悪いが、俺は先に出るぞ。」
「っ?!」
俺は立ち上がった状態で、スラたんを横目に見ながら告げる。
スラたんの目は、僕を置いて行く気か?!という感じだったが、俺は親指を立てる。
今回の場合、グッジョブの意味ではなく、グッドラックの意味だ。
ハイネ辺りに何か言われる前に、俺は速攻で脱衣所に向かう。
これで、スラたんは、少なくとも誰かに背中を流してもらわなければ出られなくなった。
誰に流してもらうのか…それは言わずとも分かっているだろう。
超速で風魔法を使って体を乾燥させて、着替え、脱衣所を出る。
「フー………生還出来たか……」
達成感と共に、俺はベッドの一つにダイブする。
風呂に入った事で火照った体を横にすると、溶けてしまいそうな程に気持ちが良い。
「風呂は良かったが…気持ち的には疲れたな…」
ガチャッ……
少しすると、脱衣所の扉が開く音が聞こえて来る。
スラたんも生還出来たか……
そう思って脱衣所の方を見ると、そこにはスラたんではなく、ニルが居た。
まだ濡れそぼっている銀髪に、熱で紅潮する頬。
いつもとは違って、寝る時に楽なように、少しサイズ的に余裕の有る服を着ている。
「ニル?!早かったな?!」
スラたんの方が先に出て来ると思っていたから、正直驚いてしまった。
「は、はい…その……申し訳ございません。」
ニルは、何故かその場で頭を下げて謝って来る。
「え?何を謝っているんだ?」
「その……少し調子に乗ってしまいまして…ご主人様のご迷惑になるような事をしてしまいました…」
一瞬、何の事なのか本当に分からなかったが、俺が逃げるように浴室を出て来たから、気分を害したと思ってしまったらしい。
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