第639話 友達
「ご主人様も、それで納得して頂けるでしょうか…?」
ニルはエフと友達になりたいと言って、エフはそれを受けた。
確かに、俺やエフが思い描いていた成り行きとは違ってしまったが、そもそも、エフは剣を拒否されても、ニルの味方で居てくれると約束してくれた。その時点で、俺の思惑は叶っている。
「ニルがそうすると決めたのなら、それで良いと思うぞ。自分の友達を作るのに、俺の許可なんて必要無いからな。
しかし……まさかエフに対して友達とはなー…」
「な…なんだその目は?」
文句でも有るのか?とでも言いそうな顔で、エフが俺の事を見て来る。
相手はあの黒犬だ。人付き合いが苦手で、俺達の命を狙い、何度も殺され掛けた。エフ自身との関わりは、盗賊との一件が始まってからかもしれないが、それでも、俺達は殺される直前と言える程にまで追い込まれた。
結局のところ、盗賊がジャノヤを襲う計画は最初から有ったみたいだが、焚き付けたのはエフ達で間違いない。勿論、それらは全て魔王を操る奴等が悪いのだが、実行犯ともいえるエフ達にも責任は有る。
だから、ニルもエフの事を許したり出来ないかと思っていたのだが…
「いや。エフとは本当に色々と有ったから、ニルがこんな選択をして、エフが乗る結果になるとは思っていなかった。」
「そ、それは…」
「ご主人様。確かにエフさんは色々としてしまいましたが、それもこれも魔王を後ろで操る者が悪いのです。
エフさんが、盗賊の件を嬉々として行っていたならば話は別ですが…」
「魔王様の命令を遂行しようとは考えていましたが、あのような事を嬉々として行う程、私は落ちぶれておりません!」
「…という事なので、エフさん一人を責めるのは間違っていると思います。
勿論……犠牲になった方々の事を考えてしまうと、エフさんのした事は本当に酷い事です。」
「っ……」
「ですが、エフさん達の携わった部分は、全て私とご主人様を仕留める為のもの。街の人達に犠牲を強いたのは、あくまでもハンターズララバイです。であるならば、後は私とご主人様がどう思うかだけです。」
「ははは。」
ニルの言っていることは、言うなれば言葉遊びのようなものだ。
エフ達は、確かに一般人を巻き込もうとして巻き込んだわけではないだろう。だが、巻き込まれるだろう事は分かっていただろうし、それもやむ無しだと考えていたはずだ。
ニルの言葉的に、エフの行いを許容するつもりは一切無いみたいだが、ギリギリ言い訳出来る立ち位置…という感じだろうか。
「エフ。ニルはそういう所はなかなかに厳しいから、友達になるなら気を付けないとな?」
「い、言われずとも分かっている!剣は受け取って頂けなかったが、それとこれとは別の問題だ。二度とニル様に失望されるような行いはしない!私はニル様の友だからな!」
ハッキリと言い切るエフ。どことなく、友だからという言葉に力が入っている気がするのは、それだけ友という事に嬉しさを感じているからだろう。相変わらず表情は読み難いが、少しずつ分かってきた。
エフは、所謂ツンデレというやつだろう。そんな事をエフに言ったら確実にキレるだろうが、そういうタイプなのだと確信している。うん。
「そうか。それなら、これからは友として、ニルと仲良くしてくれ。」
「ふん!お前に言われるまでもない!」
一先ず、上手く話はまとまった。
この先どうなるかは分からないが、ニルの味方は多い方が良い。
それから俺達は、先行部隊として再度動き出し、夜には山の五合目程度まで下る事が出来た。
その夜は投げナイフの残りを仕上げ、翌日、一日掛けて山を下った。
そして、更にその翌日。俺達は目的地である街へと到着。
山から北側には、盗賊達との戦闘による影響が殆ど出ておらず、普段通りの生活を続けているといった様子だ。
俺達の到着した街の名前は、アゼシルゼ。ハイネが言っていたようにそこそこ大きな街で、活気も有る。水の都テーベンハーグから西にずっと進んだ先に在る街で、この辺り一帯の発展の中心といった場所だ。
山を越えてきた行商人とすれ違ったが、彼等もこのアゼシルゼから出立し、山を越えて来たと話していた。
「ジャノヤ程ではないけれど、それなりに大きな街だし、何かを始めるには良い街だと思うわよ。」
「そうだな。活気も有るし、住んでいる人達の種族もバラバラ。悪くない街だな。」
「取り敢えず、日も暮れるところですし、宿を取りましょう。」
「それなら、良い宿を知っているわ。少し値が張る宿だけれど、良いわよね?」
「ああ。」
「わ、私は…」
「テトラの分は俺達で出すから気にするな。」
「そこまでしてもらうわけには…」
「俺達はこのまま北東を目指すから、ここでお別れになる。新たな門出のお祝いだとでも思ってくれ。
ハイネ。案内を頼む。」
「ええ!」
テトラがそれ以上何かを言う前に、俺達はさっさと馬車を進めて、ハイネお勧めの宿へと向かう。
街の北東部に宿が在るらしく、暫く馬車を進めて行く。
「街並みも綺麗ですね。」
馬車を進めている間に見える街並みは、どこも綺麗で、街の豊かさが見て分かる。
道行く人々の顔も明るく、この街の領主がしっかりした者なのだろうと推測出来る。
「一番活気が有るのは街の中心辺りか?」
「そうね。その辺りに店も集まっているわ。中心街に行けば、大抵の物は揃うはずよ。」
俺達は南門から街へと入り、中心街の脇を通って北東部へと辿り着く。
「ここがお勧めの宿よ!」
ハイネが案内してくれた宿は、あまり大きくはなく、中心街からも少し離れている為、人気が少ない。
「穴場的な宿か?」
「ええ。隠れた名店って感じね。」
外から見た限りでは、名店かどうかは判断出来ないが、ハイネのお勧め具合から察するに、かなり期待出来る宿だろう。
「旅人さんですか?」
俺達が馬車を進めていると、宿よりも少し手前で、エルフの少女に声を掛けられる。歳は十三くらいだろうか。長い青髪をポニーテールにしており、目尻がツンとつり上がった青眼の少女だ。
「ああ。そうだが…」
「でしたら、うちに泊まってみませんか?!」
ポニーテールの少女が示したのは、目の前に見えているハイネお勧めの宿。
「そのつもりでここまで来たんだ。お願いしても良いかな?」
「本当ですか?!ありがとうございます!どうぞこちらへ!」
ツリ目で少しキツい印象の美少女だが、笑顔が板に付いている感じがする。
少女の案内に従って馬車を進めて行く。
「お母さん!お父さん!お客様だよ!」
宿の扉を開いて中へ向かって叫ぶ少女。
「馬車は私が入れておきますので、どうぞ皆様は中へお入り下さい!貴重品はお持ち下さいね!」
「ああ。ありがとう。」
ハキハキした喋り方で、実に元気な子だ。
美少女の言葉に従って、俺達は全員で宿の中へと入る。
「いらっしゃいませ。」
中へ入ると、美少女によく似た女性が頭を下げて出迎えてくれる。
長い青髪と青い瞳。特徴的なツリ目の女性だ。恐らく、美少女の母親だろう。
「森の泉へようこそ。」
宿の名前は『森の泉』らしい。
内装は落ち着いた雰囲気で、木造建築の宿。ゆったりした空気が流れている。
「何名様でしょうか?」
「七人だ。」
「七名様ですね。お部屋はどういたしましょうか?」
「大部屋は空いているかしら?」
ハイネが横から会話に入って来る。
「はい。大丈夫ですよ。」
「それじゃあ大部屋をお願いするわ。」
「分かりました。何泊のご予定でしょうか?」
「二日…いや、三日間分取っておいてくれ。」
「はい。承りました。」
「お母さーん!馬車繋げたよー!」
美人な母親と話をしていると、奥から美少女の叫び声が聞こえて来る。
「っ……まったく…あの子ったら…
申し訳ございません。騒がしい娘で…」
「いえいえ。元気な娘さんで、こちらも元気になります。」
スラたんが笑顔で答える。
やはり親子だったらしい。
「お母さん?」
母親からの返事が無く、気になったのか奥から顔を出す美少女。
「ミャルチ。そうやって大声で叫んだりしないようにいつも言っているわよね?」
「あっ…ごめんなさい…」
右手で口を覆って苦笑いする娘。名前はミャルチと言うらしい。
店の雰囲気的に、落ち着いた印象を与えたいのに、ミャルチが元気ハツラツ過ぎて、少しチグハグな感じがしてしまうのは分かる。気になるかと聞かれたならば、気にならないと答えるが、母親としてはもう少し落ち着いて欲しいのだろう。
「まったくこの子は…
こちらのうるさい娘はミャルチ。私はアーリュと申します。
厨房には夫のギラギルも居ますが、何か用がございましたら、私かミャルチにお申し付け下さい。」
「ああ。分かった。」
「ミャルチ。皆様を二番の大部屋にお連れして。」
「はーい!」
先程言われたばかりなのに、ミャルチは元気過ぎる返事をする。
アーリュさんは苦笑いをしながら頭を軽く下げているが、俺達は全然気にしていない。というか、寧ろ元気を分けてもらえそうで嬉しいくらいだ。
「こちらになります!」
「おー!」
宿全体として、落ち着いた雰囲気とか、安らぎの場といったイメージを受けていたが、部屋の方もそんな印象を受ける。
どことなく和風の宿といった印象を受けるのは、恐らく木造建築だからだろう。大きな部屋の中は、手前と奥で段差が付けられており、手前側にテーブルや椅子等が置いてある。
そして、一段上がって奥側には、背の低いベッドが十人分。
テーブルからベッドまで、全てが木造で、部屋全体に木材の落ち着く香りが漂っている。
「中央より奥の、一段上がっている部分には、靴を脱いでお上がり頂くようお願いしますね!」
「へぇ。靴を脱ぐなんて珍しいね?」
「はい!お父さん…じゃなかった…父と母が、この宿を建てる時に、ゆったりと出来る宿にしたいという事で、靴を脱いだ状態で動き回れるスペースを作ったんです!
この街でも、そんな宿はうちだけですよ!」
「俺とスラたんとしては、結構嬉しいシステムだな?」
「だね。既にこの宿を選んで良かったと思ってるよ。」
「やった!ありがとうございます!」
本当にミャルチは元気な良い子だ。
「それと、うちの目玉でもあるものが、更に奥の扉を開くと有ります!是非ご利用下さいね!」
「目玉?」
「はい!知らずにうちに来たんですか?」
「私が知っていてお勧めしたのよ。」
ハイネがミャルチにウインクする。
「そうなんですね!ありがとうございます!」
「何が何だか分からないが…ハイネが知っているなら大丈夫か。」
「ええ。任せて。」
「食事は、先程の受付を逆側に進んで頂くと食堂が在りますので、そちらでお願いします!
他にも、分からない事や用がございましたら、いつでもお呼び下さい!」
「ああ。ありがとう。」
「それでは失礼します!」
最後まで元気なミャルチが、勢い良くお辞儀をした後、部屋を出て行く。
「なかなか元気な子だね。こっちまで気持ちが明るくなるよ。」
「そうね。子供はあれくらい元気な方が良いわよね。」
「それより…目玉ってのが気になって仕方無いのは俺だけか?」
「僕も気になる!」
「気になります!」
ハイネとピルテは、扉の奥に何が在るのか知っているみたいだが、二人以外は知らないので、興味津々。エフは興味無さそうに見えるが…ツンデレなら気にはなっているかもしれない。
「ふふふ。扉を開けてみれば直ぐに分かるわよ。」
「よし!ニル!」
「はい!承知しました!」
ニルに指示を出し、全員で靴を脱いで奥の扉の前へ。
「い、行きます!」
ガチャッ!
「「「「おおぉー!」」」」
ニルが開いてくれた扉の奥には、何と木造の大きな湯槽。
「これは嬉しいな!」
「はい!」
この世界では、基本的に、宿に湯槽が作られている事は殆ど無い。作られていたとしても、一人用で小さく、湯を溜めてゆっくりと肩まで浸かるという習慣が無く、水が飛び散らないようにしてあるだけといった感じだ。つまり、湯槽の底に穴が空いていて、湯が勝手に流れて行くという形になっている。
しかし、この宿には湯槽がしっかり作られており、日本人として、これは実に嬉しい。
この世界では、鬼人族の次にエルフ族が日本人の生活習慣に近い為、こういう発想が出て来るのかもしれない。
「なるほど…それで宿の名前が『森の泉』なんだね!」
「木造建築に湯槽。確かに森の泉とも言えなくはないな。」
流石に、露天風呂ではないが、湯に肩まで浸かって入れると想像するだけで、ソワソワしてきてしまう。
「湯はこちらの魔具を使用して入れるみたいですね。」
湯槽の側面に埋め込まれている魔具を使うと、温かい湯が入る仕組みになっているらしい。
使い方は魔力を流し込むみたいで、魔法が使えない人は宿の者に言えば作動させてくれると書いてある。
「早く入りたい…入りたいが…それは夜まで我慢だな。まずは、補充するべき物の確認だ。ニル達は先に入っても良いぞ。俺とスラたんは後から入るから。」
「いえ。私も消耗品の確認を一緒に行います。湯槽は部屋に設置されているのですから、いつでも入れますし。」
「そうか?それならお願いするかな。ハイネ達はどうする?」
「それじゃあ私達だけ先に…なんて出来るわけないでしょ。皆でやれば早いんだから、一気に確認してしまうわよ。
ほら!スラタンも確認確認!」
「えっ?!あっ!うん!」
結局、誰も風呂には入らず、全員で確認作業。
足りない物はそれ程多くない為、時間はあまり取られないが、街に着いた時点で夕方という時間だったから、確認が終わった頃にはしっかりと日が暮れていた。
「よーし!終わったー!」
「買い足さなければならない物は明日買い足すって事で良いわよね?」
「ああ。今日やらなければならない事はこれで終わりだ。
やっと風呂に入れる!と言いたいところだが、その前に夕食だよな。」
「夕食にはちょっと早いかもしれないけど、結構良い時間だからねー。お腹減ってきたよ。」
「折角だし、食堂で飯を食わせてもらうとしようか。」
「この宿は、料理も美味しいって聞いたわ。楽しみね。」
「どんな料理があるのかなー…」
確認作業も終わり、今度は全員で食堂へ。
テトラは申し訳なさそうな顔をしているが、この程度の出費なんて無いのと同じようなもの。気にする必要は本当に無いのだが…気にするなと言っても、そう簡単な話ではないらしく、遠慮がち。まあこればかりは仕方の無い事だ。奢られて当たり前みたいな顔をされるより良いだろうと考える事にした。
食堂へ入ると、四、五人程の客が座っている。
こういう宿の食堂では、客がそれぞれ別々の時間に飯を食べに来る為、泊まっている客が多くても、意外と混まないものだったりする。
俺やスラたんとしては、部屋に風呂付きというだけで、ここ以外の店という選択肢は無くなるのだが、風呂なんて面倒だと思う者も多いらしく、宿が混み過ぎたりはしていない。ただ、飯が美味しく、綺麗な店だ。多少値が張るとしても、この店が良いという人達は多いだろうと思う。勿論、風呂好きな旅人も居るはず。
新規の客を次々に回して稼ぐと言うよりは、常連の客をじっくりと休ませて、少しだけ他より多くお金を取るという店だ。
宿なんて雨風さえ防げるならばそれで良いという人も居るし、その辺は好き嫌いの問題だろう。
「んー!お腹の減る良い匂いだねー…」
食堂は、飯だけを食べに来られるように、出入口が別に作られており、使用するのは泊まっている客だけではないようだ。実際、入っている客の中には、旅人ではなさそうな格好の人が見えている。
「あっ!いらっしゃいませ!」
俺達が食堂に入ると、直ぐにミャルチが席を案内してくれる。
「夕食時を外して来たが、正解だったか?」
「そうですね!一番忙しい時は結構混みますからね!」
ミャルチの声が大きいのは、その時の影響だろうか…?
「タイミングは良かったみたいだね。それより、この食堂では何がオススメなのかな?」
「全部です!と言いたいところですが、それでは困ってしまいますよね!だとしたら…」
ミャルチにオススメ料理を聞きそれを。他にもいくつか料理を頼んで暫くすると、良い匂いの料理達がテーブルの上にズラリと並ぶ。
「んー!美味しい!最高!」
「ふふふ。スラタンって、本当に美味しそうに食べるわね。」
「美味しいからね!」
いつもの感じで食事をしつつ、酒も軽く飲んで、ワイワイする。
そして、程良いところで、俺が話を始める。
「テトラ。」
「は、はい!?」
「俺達がこの街に留まるのは、長くても三日程度だ。」
「…はい。」
「それまでに、手伝える事は手伝いたいと思っているが……何かやってみたい事は見付かったか?」
「……………」
テトラは少しだけ俯いて考えた後、俺の目を真っ直ぐに見て、口を開く。
「私は……医療に携わる仕事をしてみたいです。」
「医療か。」
俺はスラたんの方を見る。
テトラの体調はかなり良くなり、恐らく病気になる前より良くなっている。
それは、間違いなくスラたんのお陰だ。
「ナニュラで有った医者のあれこれが原因か?」
「はい。私達のような下賎な者は、病院に行く事もままなりません。でも、私達のような者達だとしても、人は人です。普通に治療を受けても良いはずです。」
「至極当然の事だね。僕もそう思うよ。
でも……医学というのは、一朝一夕で身に付くものではないよ?」
「はい。分かっています。ですから……私は、医療に使う器具を作ってみたい…と考えているのです。」
「へぇ…面白い所に目を付けたね。」
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