第637話 魔族の王族
「血が管理されているというのは?」
「王族の血が、黒霧眼の発現条件である事は分かっているのだ。その血が魔族全体に広がってしまうと、非常に危険な事になる。何せ、魔族には血の気の多い種族が多いからな。」
「強力な能力を管理する為に、誰が王族に連なっているのかを管理しているという事か?」
「そういう事だ。王族の血を継ぐ者達は、誰と子を成し、その子が誰と子を成すのか、要するに家系図が完璧に管理されているという事だ。
魔王様と魔王妃様も例外ではなく、御二方の間にご子息、ご息女の存在が無い事は分かっている。魔王様の事でさえ管理されているのだから、他の者達もしっかりと管理されている事くらい分かるだろう。」
「魔王ですら管理の対象となっているならば、王族の血を継ぐ者達が管理されていないのはおかしな話になるわな。
隠す必要も無いとは思うが、もし、何かしらの理由で隠そうとしても、出産となると隠し通せるものじゃないだろうしな…」
「そうだ。隠し通せるものではない。だから、王族の血を継ぐ者であるはずかないのだ。」
「そうなると、紋章眼の発現原因が、血筋とは無関係って事になるよな?」
「いや。それは絶対に有り得ない。紋章眼の中でも、黒霧眼については特に詳しく調べられている。公表はされていないがな。」
「遺伝である事は間違いないと……しかし、そうなると、ニルの紋章眼は一体どういう事なんだ?」
「……正直に言うとハッキリとは分からない。
そもそも、魔界は完全に閉ざされているはずなのに、人族と魔族の間に子が産まれるという事自体、有り得ない事だ。」
「あー…そう言えば、言ってなかったな。」
完全に忘れていた。
「何をだ?」
「実は…」
「私は魔族。黒翼族です。」
そう言って、ニルが自身の変身を解く。黒い霧がフワリと現れてから消えると、小さな角と黒い翼。そして尻尾が現れる。
「なっ?!」
まあそういう反応になるわな。
「黒翼族……という事は…やはり貴女様は王族の?!」
「どう…でしょうか。私にも分からないのです。」
「???」
「ニルが奴隷の枷をされているから分かるかと思うが、ニルは幼い時に魔界の外へと出され、それ以来奴隷として過ごして来たんだ。」
俺の言葉を切っ掛けに、ニルが幼少期の事を掻い摘んで話す。
「…という事です。ただ…」
「ニルの変身魔法が魔界では一般的なものだとされていたと記憶していたのが、本当は一般的な魔法ではなかったり、その他にも記憶の食い違いがいくつか有る。だから、ニルが幼少期に魔界を出た理由が本当に記憶通りなのかは分からないんだ。」
「そうなのか……」
エフは俺達の話を聞いて、少し俯いて何かを考え、暫く沈黙が流れる。
「…私が、お前達の事を信用するかどうかを見せてもらうと言った事を覚えているか?」
「ああ。勿論だ。」
「あれは、もし、彼女が何かしらの理由で捕らえられてしまった王族の方で、奴隷にされて無理矢理従わされているのだとしたら、お前達全員と刺し違えてでも…と考えていたからだ。紋章眼を発現させる可能性が有るというのに、姿形が人族だとしても魔界の外に出ているのは容認出来ないからな。
しかし、彼女の言動には、シンヤへの強い信頼が見て取れた。それによって無理矢理ではないという事が分かった。だから信用すると言ったのだ。」
「俺達を信用するという判断基準は、ニルの言動に有ったという事か。」
「その通りだ。しかし、無理矢理ではないとするならば、それこそ意味が分からない。王族の方々の血筋に関しては、完璧に管理されているはずなのに、何故かそこから外れた存在が居て、しかも奴隷として魔界外で生きている。そんな事は有り得ないはずなのだ。」
「それでずっと観察し続けていたのか。」
「ああ。彼女は一体誰なのか…とな。しかし、黒翼族であるとするならば、まず間違いなく、王族の血を誰かから引き継いでいるはず。」
「その誰かというのは分からないのか?」
「分からない。王族と言っても、要するに王族の血を継ぐ方々全てが対象となる。魔族の王族は、既に何代も続く家系だ。血筋を見れば、全部で百人は超えるし、その中の誰のご息女なのかまでは見当もつかない。」
「見て分かるように、ニルの髪は特徴的な銀髪だ。ハイネ達の話では、銀髪というのは魔界でも珍しいのだろう?そこから候補を絞れないのか?」
「私も王族の方々全てを把握しているわけではないから、銀髪の方が居てもおかしくはない。ただ、私の記憶に銀髪の方は居ないな。」
「エフの記憶に無いとすると……少なくとも王族の中枢を担うような者達ではないという事か。」
「現魔王様は、言わば直系の家系。分家となるような方々の中には、辺境に住んでいたりする方も居ると聞いた。もしかしたら、その中の誰かかもしれないな。」
「辺境に住んでいるとなると、血の管理が難しくて、見逃したって事か?」
「可能性がゼロとは言えない。言えないが…極めて低いだろうな。万が一にもそういう事が無いように、かなり徹底して管理されているからな。」
「そこまで自信を持って管理されていると本当に言えるのか?」
「魔族というのは、強さが全てだ。
現魔王様は、色々とお考えで、それ以外の部分にも目を向けておられるが、それは魔王様が弱いからではない。
魔界の全ての者達の中で、最も強いのが魔王様。これは絶対に揺るがないものだ。魔王様が代替わりしても、それは決して覆らない。
強さを証明しなければ、魔族全てが魔王様に
その皆が認める強さは、紋章眼にも大きく由来している。勿論、紋章眼だけで魔王を名乗れる程魔界は甘くないが、強さの一つでもある。
魔王という役割を担う一族は、ずっと、現魔王様の直系一族が引き継いでいる程だと言えば、その力がどれ程のものか理解出来るか?」
「それ程までに黒霧眼というのが強い魔眼だという事か…」
「ああ。そんな強力な魔眼を管理せずに垂れ流しにしてしまうと、魔界など簡単に消滅してしまう。そうならないように、厳重に管理されているのだ。」
最早一種の危険物扱いだ。まあ…ニルの使う黒い霧の威力を見れば、危険物扱いするのも頷ける。あれは最早魔法とかそういうレベルのものではない。対抗する手段など全く思い浮かばないような力だ。
消費魔力が異様にデカく、スタミナ切れが狙い易いという事以外に、弱点らしい弱点が無いのだから…
今までに聞いた魔王の人物像から考えるに、血族だけの力にしておきたいとか、そういう
エフが自信を持って言える程だと考えれば、その管理の厳しさは推測出来る。
「だとしたら、ニルが魔界の外に居る事自体有り得ないという話になる。しかし、ニルはこうして実際に外に居る。」
「………可能性が有るとしたら………」
エフは、かなり言い辛そうにしている。俺も、何を言わんとしているのか、何となく分かっている。分かっているが……
「私は、もしかしたら、手違いで産まれてしまった…という事でしょうか。」
そこまで厳重に管理されているとしたら、ニルが外に居る理由として考えられるのは、管理外で産まれてしまった子供だったという事くらいだ。
例えばだが……テトラがしていた仕事と同じような仕事をする女性が居て、それを辺境に住む王族の誰かが妊娠させてしまい、その子が産まれてしまったとか…
もし、ニルがそうして何かの手違いで産まれてしまった子供だったとしたらと考えると、その後の事もいくつか理由を考える事が出来る。
母親が子供を王族に連れて行かれると考えて魔界から連れ出したが、母親は死に、ニルは奴隷になった。そのショックから記憶が曖昧になってしまったとか…
そもそも、母親は誰の子供か分かっておらず、貧困に耐えられず…捨てた…もしくは……売っただとか……
最悪の想像なんて、いくつも考えられる。
「い、いえ!そうと決まったわけではありません!」
エフは、ニルの言葉に対して、焦ったように返す。
エフが、ニルに対してのみ、反応がおかしかったのは、王族の血筋であるという確信を持っていたからだという事は分かった。エフの話を聞いた限りでは、その血を受け継いでいる事は間違いないだろう。
尊敬している魔王の遠縁に当たるニルに対して、失礼な態度を取るわけにはいかないというところだろう。
「別に悲しんでいるわけではありません。正直、そんな事はどうでも良い事ですから。」
「っ?!」
「私の生みの親が誰であるだとか、私が捨てられたのか売られたのかとか、そういう悩みはずっと昔に捨てました。
私は今、ご主人様にお仕え出来ている事を、本当に幸せに感じているのです。ですから、そんな過去の事などどうでも良いのです。」
「………………」
「……もし、もしもだ……黒霧眼がニルに発現していると知られた場合、ニルの処遇はどうなる?」
「私が決めるわけではないから何とも言えないが、恐らく、親を探し、その人の元で王族に連なる者として暮らして行く事になるだろう。」
「有り得ません!!」
「ニル……様……」
「様なんて付けないで下さい!私はご主人様に仕える奴隷のニルです!!私がご主人様から離れる事など決して有り得ません!!」
そうだ!と言いたいところではあるが……
その言葉を出す事は出来なかった。
もしも……ニルの親が生きていて、それが王族だとしたら、辺境に住んでいようとも、今のように命懸けで旅をするような事も無く、恵まれた生活を送る事が出来るかもしれない。
そう考えてしまうのは仕方の無い事だと思う。
ニルとは苦楽を共にして来たし、今更、ニルの事を放り出して好きなようにしろなんて言うつもりはない。俺にとって、ニルは既になくてはならない存在だし、ニルにとっても同じだと信じている。
だがしかし…大切だからこそ、ニルには本当に幸せであって欲しいと願ってしまう。
ニルの本当の親が分かって、それがクズみたいな連中ならば、勿論渡す気なんて無い。だが、例えば、ニルが間違いか何かで魔界の外へ出てしまい、未だに両親が探し続けていたりしたらどうだろうか…?
ニルには、両親の記憶が殆ど無い。ニルは知らなくても構わないと言うだろうが、それはとてつもなく悲しい事だと思う。
ニルにとっては、俺が全てで、俺が居ればそれで良いと考えている事は分かっている。
ニルを手放したりしないと誓ってもいる。
だが……ニルを本当に俺が連れ回し続けても良いのだろうか?両親の事を知り、幸せな家族というものを俺が取り上げてしまっても本当に良いのだろうか?
俺は、もしかしたら、突然パッとこの世界から元の世界に戻ってしまうかもしれない。その可能性はゼロではない。そうなった時、ニルは一人になってしまう。
そういう事を考えてしまうと、何がニルにとって本当に良い事なのか分からなくなってくる。
ニルの言う通りにしてやる事が、ニルにとって本当に幸せな事なのか……それで本当に良いのか……そう考えてしまうと、簡単に返事はしてやれない。
「ご、ご主人様…?」
何も言わない俺に対して、ニルは不安な顔をする。
「まだニルがどういう経緯で魔界の外に出て来たのかも分からないんだ。結論を焦る必要は無い。
しかし、その事をハイネ達は知らなかったのか?」
俺は話を逸らす。
狡い事をしたと分かっている。
それでも、今の俺には、ニルにキッパリと返答してやる事は出来ない。
俺にとって、ニルは半身のような存在だ。
何があったとしても、この気持ちが変わったりはしないし、
だが、それとこれとは別の話だ。もう少し……考える時間が欲しい。
「私は、黒霧眼についてよく知っていると言ったが、それは黒犬であり、魔王様直属の部隊であるからだ。当然、紋章眼については王族でも秘匿しているから、一般には知られていない。戦争時代ならいざ知らず、今の魔界で、魔王様が紋章眼を使う事などまず無いからな。いくら吸血鬼族が長寿とはいえ、あの二人が知らないのも無理はない。」
「ハイネにその記憶を読み取られなかったのは、偶然か?」
「それは単なる偶然だ。別に読み取られていたとしても、あの女が魔族の極秘事項を簡単に喋るはずはないと判断したから、記憶を読ませたのだ。
いけ好かない奴ではあるが、あの女の魔族を大切にする想いは本物だと感じたからな。実際に、色々と読み取れたはずなのに、あの女は、そういう危険な情報は仲間であるお前達にだとしても喋っていない。」
「なるほどな…」
互いに反りが合わないだの何だの言っているが、意外と信用するところはしているらしい。同族嫌悪とかそういう感情に近いのだろう。
「大体理解出来た。」
「あ、あの…ニル…様…」
「…………………」
エフの声に、ニルは反応を示さず、俯いている。
ニルは他人の感情に敏感だ。特に、俺の事については更に敏感と言える。俺が狡い返答で誤魔化した事も、ニルは気が付いている。
そして、俺が何故ハッキリと返答しなかったのかの理由についても、恐らく気が付いているはずだ。
「エフ。話を聞かせてくれてありがとう。取り敢えず、俺とニルで色々と話をしてみる。もし、また何か聞きたい事が出て来たら、その時は頼む。」
「あ、ああ……」
エフが忠誠を尽くしているのは魔王。よくよく考えてみれば、ニルに対してのみ柔らかい対応だったというか、遠慮しているような反応をしたのは、その魔王の関係者だと考えるのが自然だ。
その後も、結局、その事についてニルと話をする事は無く、俺とニルは無言のまま就寝する事となった。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
ニルが、俺の傍に置いてくれと不安げな表情をしながら言って来たのを、俺はまた狡い言葉を並べて返してしまった。
頭を撫でた手が、嫌に重い。
「ご主人様…どうか…どうかお願いします…」
ニルは、頭に乗せられた手の下で、今にも泣き出しそうな顔をしている。
俺は手をニルの頭から離して、一度目を閉じる。
俺が勝手にニルの幸せを奪う事など許されない。それはニルが奴隷で俺が主人だとしても、当然許される行為ではない。
ニルにとって何が一番良いのか……
本音を言えば、ニルと離れたいなんて思うはずがない。
俺がこちらの世界に来てから、辛い時、苦しい時、いつでも傍に居てくれたのはニルだ。俺の事を信じてくれている。
しかし、だからと言って俺の一存で連れて行くと決めるわけにはいかない。
前の俺だったならば、そこで思考を止めていただろう。
きっと、ニルを思って…なんて上辺の偽善で、ニルを突き放しただろう。
しかし、俺はニルと出会い、今までに二人で沢山の事を経験した。
お互いの秘密を打ち明けたり、弱い部分を見せたり、死にそうになった事だって数知れない。
そんな半身とも呼べるようなパートナー相手に、俺が勝手にその先を決める事など許されない。
俺がニルの思っている事を聞きもせず、勝手に連れて行く事は勿論、勝手に置いて行く事も許されないという事だ。
どちらにしても、ニルととことん話し合って、二人で決めなければならない。
それが、一日考えて出した結論だった。
今更、自分勝手に話を進めて、ニルを泣かせるなんて事はしない。
俺がハッキリ言えなかったのは、ニルが変に方向性を決めないようにだ。
ニルは、俺と居る事が自分の全てだと思っている。いや、思い込もうとしていると言っても良いだろう。
しかし、そうではない。ニルにだって選ぶ事は出来る。
思い込みでその選択肢を無意識に潰そうとしてしまうのは避けたいのだ。
「ニル。」
俺がニルの名前を呼ぶと、ニルは肩を微かに揺らす。敵にさえ見せないような怯えた姿だ。
俺の次の言葉を待つのが恐ろしいと言いたそうだ。
「ニルは、どうしたい?」
「私は!」
「ニル。しっかりと考えてくれ。」
「………………」
ニルが俺の傍に居たいと言った直ぐ後に、俺がどうしたいのかを聞いた。その意図が、ニルになら分かるはずだ。
「私は……」
「急いで結論を出さなくても良い。まだニルの両親が分かったわけでもないんだからな。」
「いえ。やはり、私はご主人様の傍に置いて頂く事が私の望みです。それ以外は何も望みませんので…」
「いや、そういう事じゃない。ニルの両親が生きていて、ニルの事を本気で心配してくれるような親だったとしたら、ニルも考えが変わるかもしれない。」
「変わりません!」
「ニル……」
「例えどのような親だったとしても、それは私がご主人様と離れる理由になる事は有り得ません!」
ニルが俺に対して怒鳴るという事が、どれ程の事なのかはよく分かっているつもりだ。それでも、やはりお互いに納得するまで、この話を止めてはいけないと思う。
「ああ。それは分かっている。
ニルが俺と一緒に居たい事も、どんな理由が有ったとしても、一緒に居てくれようとしている事も、全部分かっている。」
俺はニルの頭に出来るだけ優しく手を置く。
「だが、ニルにも色々な道が有るんだ。俺の横で戦い続ける事が全てじゃない。
ニルには、自分が選べる全ての道を知って、それから選んで欲しいと思っているんだ。」
それでも、俺と一緒に先へ進む道を選んでくれたならば、俺も嬉しいし、ニルを連れて行く覚悟を決め、ニルの両親に土下座でも何でもして連れて行くつもりだ。
だが、それはここで言うべきではない。
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