第636話 ニルの紋章眼
「す、凄い……」
テトラがポカーンとしてしまっているのを背中に感じる。
Aランクのモンスターなど、瞬殺出来てしまう実力者が揃っているのだから、当然の結果だと言えるだろうが、実際に目の当たりにすると、驚愕を隠せないのだろう。
本来であれば、そこそこの冒険者でも逃げるようなモンスターを相手に、僅か数秒で決着。驚愕するのも無理は無い。
「だから大丈夫だって言っただろう?」
「は、はい!」
テトラにとっては、危険なモンスターであり、見たら即時逃げるようなモンスターかもしれないが、それを楽々倒すようなパーティに自分が居る事を改めて認識してくれた事だろう。
「ニル!行けるか?!」
「はい!大丈夫です!」
「一気に登るぞ!」
「はい!」
下から声を掛けると、ニルは何事も無かったかのように返事をしてくれる。
急斜面になっているのは一合分だけだ。多少キツい勾配ではあるが、俺達の身体能力であればそれ程時間は必要無い。
その後はモンスターの攻撃も無く、一気に八合目まで踏破出来た。
登った先は少し開けた場所。周囲が見渡せる程ではないが、モンスターが居るか居ないかくらいは視覚的に判断出来る。
ここならば安全だろうという事でテトラを下ろして馬車をインベントリから出し、馬を繋ぐ。
「結局、斜面を登るのは馬のスピードに合わせる形になったわね。」
「馬より身体能力の高い身体能力の僕達って、結構ヤバい存在なのかもしれないよね…?」
「あら。今まで何だと思っていたのかしら?ハッキリ言って、スラタンとシンヤさんは、私達でも驚くような身体能力の持ち主よ?」
ハイネの言う私達というのは、吸血鬼族だけでなく、恐らく魔族全般という意味を込めてのものだ。
「うぐっ…」
「スラたんの場合、物理的に視界から消えるしな。」
「ぬぐっ……」
「そもそも、普通では出来ないような事を成し遂げてここに来たのよ?自分が普通だなんて、どうしたら思えるのかしら?」
「…そ、そんな……」
「スラたん。」
俺はスラたんの肩にそっと手を添える。
「諦めろ。俺はもう受け入れたぜ。」
親指を立てて良い顔をしてやった。
人間、時には受け入れる事も重要なのだ。
「そ、そんな……馬鹿なぁーー!!」
「怖がる必要はありません。さあ。受け入れるのです。ありのままの自分を…」
「ノォーーー!!シンヤ教に
「ちょっと。シンヤさん。スラタンは普通ではないけど、異常じゃないんだから、変な考えを植え付けたりしないでよ?」
「チッ…ハイネに阻まれたか…もう少しで落とせたのに…」
「何何?!僕はどこに落ちる予定だったの?!知りたくないけど知りたいよ?!」
いつものノリでスラたん、俺、ハイネで冗談を言っていると…
「まったく…まだ旅路の半分だぞ。お遊びはその辺にしておけ。」
「「「っ?!!?!」」」
エフの掛けてくれた言葉に対して、俺達三人は驚愕してエフを凝視してしまう。
「な…なんだその視線は。」
「ツッコミ…だと?!」
「しかも的確でちゃんとしたツッコミだよ!?」
「や、やるわね…」
「止めろ!私を巻き込もうとするな!」
「ツッコミ不在で荒地と化していた俺達の元にオアシスが…?!」
「黙れ!私はお前達のお遊びに付き合う気など無い!」
「ふっふっふっ…それが既にツッコミだという事に気が付いていないようだね。エフさん。」
「っ?!」
「ご主人様。あまり悪ノリが過ぎますと、またエフさんに嫌われてしまいますよ。」
「ぐっ…それは困る。」
ここはある程度安全とはいえ、旅路の途中だ。あまり悪ふざけしている場合ではない。ニルに注意され、俺達は大人しく引き下がる。
エフは眉を寄せて俺達三人を見ていたが、本気で嫌がっていたわけではないはずだ…………多分。きっと。
「まあ、冗談はさておき、結局急斜面を登るのに一時間と掛からなかったな。」
「昼までには頂上へ…とは思っていたけど、ずっと早く頂上まで行けそうだね。」
「油断は禁物よ。この先はAランクのモンスターが主に縄張りを持っている区域だし、気は抜けないわ。」
「どの口が……いや。何でもない。」
エフが何かを言い掛けたが、横を向いて言葉を止める。何かを察したらしい。
「まあとにかく、出来るだけ早く頂上を越えて向こう側へ行きたいし、そろそろ出発するとしよう。」
「そうね。」
エフが何かを言いたそうにしていたが、結局は無言で出発する事になった。
頂上は、もう直ぐそこで、わざわざパーティを分け、先行して道を見てもらう必要も無いという事で、俺達は一気に頂上まで歩を進める。
頂上までに、二度程Aランクのモンスターが襲って来たが、足場が悪い場所でもAランクのモンスターを圧倒したのだから、襲って来たモンスターがどうなったのかなんて事は言うまでもないだろう。
という事で、俺達は予定よりずっと早く頂上へと辿り着いた。
「わぁ……」
山の頂上は、それまでと違って木々が生えておらず、かなり視界が通っており、俺達が登って来た方面と、これから向かう方面が一望出来るようになっていた。
俺達の越えようとしていた山は、同じ程度の高さを持った山脈の一部で、弧を描いてずっと先まで尾根が続いている。
頂上を伝って行けば、東西へ歩いて向かう事が出来そうだ。所々雲が掛かっていて全貌は見えないが、緩やかに湾曲しているのを見るに、山脈は三日月状に続いているのだろう。
俺達の居る頂上からは、それらの光景が一望出来る為、かなり壮大な景色が広がっている。それを見て、テトラが茶色の瞳を輝かせて声を上げている。
「わ、私、このような景色は初めて見ました!」
興奮しているのか、馬車の荷台から身を乗り出している。
「こういう景色は、いつ見ても感動するものだな。」
「そうですね。また一つ、記憶に残しておきたい景色が増えましたね。」
稜線へ駆け上がってくる風が、ニルの銀髪を揺らし、綺麗に笑っている目の中には、透き通るような青い瞳。
「来る時は何とも思わなかったはずなのに…今は凄く綺麗に見えますね。」
「そうね。」
その横に並ぶハイネとピルテは、黒く艶やかな髪を
「何が良いのか私にはさっぱりだな。」
エフは自分の長い白髪が鬱陶しいとでも言うように後ろへと流し、焦げ茶色の瞳を一度だけ景色に走らせるが、直ぐに正面へと戻す。
こうして見ると、このパーティの女性陣は、本当に綺麗な女性ばかりだ。
ニルは勿論の事だが……吸血鬼族とエルフ族というのは、そもそも種族的に美人が多い。しかし、それを差し引いても綺麗な女性達だと思う。テトラも、少し
「美人さんばかりだと、絵になるねー。」
スラたんは、ニコニコしながらそんな事を言う。
「ふふふ。相変わらず嬉しい事を言ってくれるわね。」
「本当の事だからね。」
「可愛いんだからー!」
「ハ、ハイネさん!危ないから!」
「あらあら。ごめんなさいね。ふふふ。」
「ハイネが勢い余ってスラたんを突き落とす前に、そろそろ下って行こうか。」
頂上に休めそうな場所が有れば、早めの昼休憩を入れても良さそうな程に良い景色ではあったが、そもそもこの辺りはAランクのモンスターが歩き回るような場所だし、早めに下りて安全な場所を確保する方が良い。
「下りは蛇行するように進路を取らないと、流石に馬が転げ落ちるな。」
「時間は掛かるけど、ここは安全に行くべきよね。」
「ここからは下りになるし、先行して俺とハイネ、それとピルテが道を探して進むよ。ニルは御者を頼む。」
「分かりました。」
ずっと見ていたい程の景色ではあったが、のんびりしている程安全な場所ではなかった為、俺達は直ぐに山を下る事に。
山を越えて九合目という所で、比較的安全そうな場所を見付け遅めの昼休憩を取り、午後を使って八合目まで踏破した。
山の反対側にも有る急斜面の下り坂を目の前に、昨夜まで休んでいたような横穴を発見し、俺達は、そこで夜を明かす事に。
「また良さそうな横穴を発見出来てラッキーだったな。」
「見付からなければ、自分達で横穴を作ってしまおうかって考えていたし、その手間が省けたね。」
「同じように山を越える人達が居るから、同じように考えた人達が、いくつも横穴を作っているのね。」
蛇行しながら下山していると、所々に小さな横穴が何個か有った。皆考える事は同じらしい。
流石に、昨夜とは違って、俺達が居る八合目辺りはAランクモンスターの縄張りである為、横穴に土魔法で蓋をしてある。
横穴の中で焚き火をしているし、空気の出入りの関係上、密閉はしていないが、やはり少し閉塞感が有る。
閉塞感と安全で言えば、当然ながら安全が優先される為、そこは我慢だ。
夕食後、昨日の続きという事で投げナイフの作製を行い、何とか完成。何度か完成まで作った物も有ったのだが、改善する箇所が見付かり、結局出来上がったのは三本ずつ。
ただ、それで妥協点に達し、完成形が見えた為、後はそれを真似て同じ物を作るだけなので、それ程時間は掛からない。明日の夜には全て揃うはずだ。
横穴の蓋はしてある状態ではあるが、流石に全員で眠るわけにはいかないので、俺とニルが先に見張り番をする事になった。
「ご主人様。どうぞ。」
皆が寝静まり、俺とニルだけが焚き火の前で起きている状態になると、ニルが眠気覚ましの紅茶を淹れてくれる。
湯気が上がるカップを受け取り、口に含むと、紅茶の香ばしい香りが鼻に抜けていく。
「……ご主人様。」
「……ああ。」
二人で横並びに座り、ニルが小さな声で俺を呼ぶ。
何を話したいのかは、直ぐに分かった。
それは、昨夜の事。
俺とニルは、夜の間にエフの元へ行き、色々と話を聞いた。
その事を話し合いたいのだろう。
エフから話を聞いた後、二人で話し合うタイミングが無く、今の今までその事について話をしていなかったが、じっくり話をするべき内容である事は間違いない。
「一つだけ、先に良いでしょうか?」
「…何だ?」
「……例え、何が有ろうとも、何を知ろうとも、何が真実であったとしても……私はご主人様のお傍を離れたりしません。絶対にです。」
ニルは、焚き火の柔らかい光の中で、強い決意の篭った視線を、真っ直ぐ、俺の方へと向けている。
「ニル……」
「私は、全てをご主人様に捧げました。それは私の誇りであり、何にも代えられないものです。
どうか………どうか、私を傍に置いて下さい。」
ニルが、あまり見せた事の無い不安げな表情をしている。
「そんなに不安そうな顔をするな。」
俺は、そう言ってニルの頭をポンポンと撫でる。
いつもならば、擽ったそうに笑うニルだが……今回は不安そうな表情のまま、俺の顔を見上げている。
それは、俺がハッキリと返答していないからだろう。そんな事は分かっている。分かっているが……簡単に頷く事も出来ない。
その理由は、全て、昨夜聞いたエフの話に有る。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
昨夜。夜中の事。
俺とニルはエフの元へと向かい、三人で話をする為に、エフのテントへと入った。
「エフ。」
「……来たか。」
俺とニルがエフのテントを訪れると、エフは座って待っていた。
俺とニルはテントに入り、エフの前に座る。
外では、まだ雨が強く降っており、ザーザーと雨音が聞こえている。
「…何を聞きたいのかは分かっている。」
「「……………」」
「どこから話すべきか……」
「「…………」」
「そうだな……まずは、魔眼についての話から始めよう。」
「頼む。」
「……既に魔眼…いや、紋章眼を使用しているのだから、大まかな事は知っているかもしれないが…魔眼というのは、簡単に言えば特異体質のような物で、突発的に発現する事が多い。
我々魔族の中には、魔眼持ちが数多く存在しているとされていて、その能力は多岐に渡る。
その中でも、特に強力な能力を持つ魔眼で、特殊な紋章が瞳に現れる物を紋章眼と呼び、こちらは遺伝によって発現する事が多いとされている。」
「ああ。」
この辺りは、俺もニルも聞いた事の有る内容だ。
「そんな特殊な能力を使う事の出来る魔眼や紋章眼だが、強い力にはそれだけ代償が必要になる。
普通の魔眼であれば、その代償は魔力だけだが、紋章眼となると、いくつかの制約が付く事が多い。遺伝というのも、その制約の一つだな。」
「そうなのか?」
「シンヤ達は他にどんな紋章眼を知っている?」
「えっと…道理眼とか、想操眼とかだな。」
「道理眼は遺伝的な紋章眼だな。それとは別に、他の制約も有る。道理眼は、未来の可能性を視たり、強制力の強い契約を結ぶ事を得意とする反面、能力を使えば使っただけ、精神力を大きく消耗する。」
「精神力?」
「考えてもみろ。
私達人間というのは、この世界の一つだけの未来を進んで行く。それだけでもままならないというのに、道理眼は、数多の可能性を視るのだ。望む未来であろうとそうでなかろうとだ。
そして、契約は、対象にとっては道理眼を持った一人との契約でしかないが、道理眼を持った者は契約の数だけ対象が居る事になる。」
「言われてみれば…確かにその通りだな。」
「契約を行う時も、厳しい契約条件を設定してしまうと、自身が身動きを取れなくなってしまうという危険が常に有る。そういった精神面での影響が大きい力である為、道理眼の使い手は心を病む者が多かったりする。」
「制約と言うよりは、危険を避ける為の条件と言った感じか。」
「ああ。想操眼にも、そういう条件は必要だ。あれは、相手の精神に直接触れる能力だ。人一人の人生を僅かな時間で体験するような物を何度も使ってしまえば、自我の損失に繋がる事だって有る。最悪、精神がどこかへ行っしまい、戻って来られないという事にだってなる。」
「そ、そんなにヤバい力なのか…」
「強い力というのは、使うのにそれだけの反動が有るものだ。強く殴れば、その分の衝撃が返ってくるのと同じ事だ。」
「そ、そうだよな。」
聖魂魔法は、反動がほぼ無いという超絶チートではあるが、それ故に回数制限が有って、それを破れば俺の体がもたないと言われている。その中でやりくりしているから反動が無いというだけで、無理して使えば大きな反動が返ってくるに違いない。そんなに都合の良い力など無いという事だろう。
「そんな紋章眼ではあるが、これらは、言わば間接的に代償を払っているような物で、直接的な代償は魔力くらいの物だ。」
魔眼、紋章眼は魔力を使う事で発動し、効果を発揮する。逆を言えば、魔眼の効果を発揮する為に必要な物は魔力だけだという事だ。
その他の危険は、あくまでも効果を発動した後、術者が…言わば勝手に受ける危険であり、使い方次第で、その危険性は大きく異なる。
「そうだな。」
「しかし、紋章眼の中でも、特に強力な能力を扱う物には、直接的な代償を支払わなければならない物がいくつか存在する。」
「直接的な代償…?」
「その代償は色々と有るらしいが、私も詳しい事は知らない。そもそも、そういった紋章眼というのは殆どが遺伝的な物で、情報は秘匿されているからだ。」
わざわざ、自分達が持っている能力の事を言い触らすような馬鹿は居ないという事か…当たり前の事と言えば当たり前の事だ。
「弱点となる代償の話を、わざわざ他人に教えるような術者は居ないだろうな。」
「そういう事だ。我々黒犬も、紋章眼についての情報は殆ど持っていない。
しかし、一つだけ、直接的な代償を払わなければ発動しない紋章眼で、よく知っている紋章眼が有る。
その紋章眼は、莫大な魔力を消費しなければ発動さえしないという紋章眼だ。つまり…」
「ニルの使った紋章眼…という事か。」
「その通りだ。」
「よく知っている…と言ったな?」
「…ああ。よく知っている。何故ならば……その紋章眼は、魔族の中でも……王族の血を継ぐ者にしか現れない特殊な紋章眼だからだ。」
「王族っ?!」
「っ?!」
ここで言う王族というのは、魔王の血族という事に違いない。
とんでもない話になって来た。
「どういう事だ?!」
「慌てるな。順を追って話す。」
「あ…ああ……」
「まず、その紋章眼の名前は、
「黒霧眼……」
「大量の魔力を消費する代わりに発生する黒色の霧は、あらゆるものを消滅させる力を持っている。」
エフは、自分の無くなった左腕に手を添えて、その効果がどれ程の威力なのかは分かるだろう?と口に出さず言ってくる。
「それだけではない。この黒い霧は、他にも色々な事が出来るらしい。私も全てを知っているわけではないが、術者の身に危険が迫った時に、自動で防御してくれたりもすると聞いた。」
「……………」
今はその能力が邪魔になると使っていないが、元々ニルの事を守るように黒い霧が自動的に防御行動を取っていた。エフの言う通りだ。
「紋章眼の中でも、かなり強力な能力として知られていて、この黒霧眼は、遺伝でしか受け継がれない事が分かっている。
実際に、黒霧眼を発現した者は、全て王族に連なる者だ。」
「つ…つまり、ニルには、王族の血が流れているという事か…?」
「……断言は出来ない…というか、まず有り得ない事だと思っている。
魔王様と魔王妃様を筆頭に、王族の血は完璧に管理されているからだ。」
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