第635話 頂上へ
「投げ付けた時に、刃の当たる角度が斜めになっているみたいですね。」
「重心がズレているって事か…難しいな。
そう考えると、セナが作った投擲用の短刀って、凄いんだな。」
ナイフとは違い、短刀というのは刃の部分が非常に長い。その為、全体がそこそこ重くなるし、重心を制御するのが難しくなる。当然だが、短刀自体の強度や斬れ味、耐久値は普通の短刀と変わらないように作られている。それなのに、セナの作った短刀は、投げると必ず相手に切っ先が向くように作られているのだ。
あまり深く考えていなかったが、こうして色々と作ってみると、それがどれだけ凄い事なのかがよく分かる。
「あれを同じように作れと言われても、まず無理ですね…」
「ちょっと狡いやり方かもしれないが、重心を制御する為に、密度の高い金属球でも先端の方に入れるか。」
「本来はやらない事なのですか?」
「どうだろうな…投げナイフなんて初めて作るから分からないな。」
「あのー…」
「ん?」
俺とニルが曲がってしまった投げナイフを見ながらどうしようか考えていると…
「重い金属を入れるならば、曲がらないように芯を入れるのと変わらない気がするのですが、それとは違うのですか?」
「ああ。ただの重りの役割だからな。」
「だとしたら、中に入れる必要は無い…という事ですか?」
「中に……確かにそうだな!中に入れる必要は無いな!」
テトラに言われて気が付いたが、敢えて中に入れる必要は無いし、外側に重りとなる金属を付けても良いわけだ。
万年筆を作った時、先端部に耐摩耗性の金属を付けたが、それと同じように、ナイフの先端部に密度の高い金属をメッキのように付けてしまえば良い。
「その発想は無かった!助かったよテトラ!」
「えっ?!あ…はい!ありがとうございます!」
メッキの事について、テトラは知らなかったと思う。単純に、先端部を重くするだけならば、中でも外でも同じだなー…くらいの感覚で質問してくれたのだろうが、それが結局解決策になったのだ。
「メッキをする部分だけ薄くして、上手く先端部に密度の高い金属を被覆させれば良さそうだな。」
「ポロッと取れたりしませんか?」
「そうだな…取れないように凹みをいくつか作れば何とかなるかもしれないな。いや…そもそもメッキってどうやるんだ?」
「僕の事…呼んだ?」
スラたんがここで格好良く登場。
「やり方分かるのか?」
「まあね。教えて欲しい?」
「教えて頂けますか?」
「も、勿論だよ!ははは!」
俺より先にニルがスラたんにお願いする。
スラたん的には、俺にお願いして欲しかったみたいだが…ニルの素直なお願いに頷くしかなかったようだ。
「仕組みとしては、電解を使った皮膜なんだけど…」
「「「???」」」
電気分解とかイオンとか、流石にその辺の事はニルにも分からない。当然だが、テトラ、ピルテも何を言っているのか理解出来ていない。
「そうだね…液体の中に、メッキの元になる金属をイオン化させて入れておいて、メッキしたい金属…つまり今回の場合はナイフのメッキしたい部分を液体に浸して電気的、もしくは化学的な反応で被覆させるんだ。」
「「「???」」」
うん。分かるぞ。今の説明を聞いても、よく分からないよな。俺は何となく想像出来たが、しっかり理解出来ているかと聞かれたら、出来てないと答える。
「ちょっと難しいよね……簡単に言うと、メッキの元になる金属を、液体の中に溶かし込むんだ。
目に見えないくらい小さくなって溶け込んだ金属の粒を、今度はナイフの表面に、集まれー!って合図を出してあげる。すると、溶けていた金属の粒が、ナイフの表面に、ワー!って集まって固まってくれるんだ。」
「何となく分かりました!」
「そんな事が出来るのですか?」
「物にもよるし、出来る出来ないは有るけど、間違いなく可能な事だよ。」
説明自体はザックリしたものだったが、集まれー!という合図が、電気的な反応だったり化学的な反応だったりするという事だ。
電解メッキと無電解メッキ…だったか?
とにかく、俺が雷魔法を使ってスラたんの指示通りにやれば、メッキは何とか出来ると考えて良さそうだ。
「そうなると、俺の雷魔法でどうにかするって感じで良かったか?」
「当然それでも出来るけど…何をメッキするつもりなのか聞いても良いかな?」
「それもそうだよな。スラたん的には何が良いと思う?メッキするのに適している物が分からないからな。」
「そうだね…重りという役割を考えるなら、金属ならヘヴィウムが理想的かな。丈夫だし。
鉱物ならヘマタイトとかヘヴィライト辺りが良いと思う。」
スラたんから出た金属や鉱物は…
【ヘヴィウム…一般的な金属。重く、丈夫。錆にも強い。融点は千度。】
【ヘマタイト…赤鉄鉱とも呼ばれる鉱物。比重が大きく、重い。一般的な鉱物。】
【ヘヴィライト…一般的な鉱物の一つ。比重が非常に大きく、とても重い。硬い鉱物。】
というものである。
この三つの中で言えば、ヘマタイトだけは向こうの世界にも存在していた鉱物で、銀色の金属光沢を持った鉱物として有名だった。
ヘヴィウム、ヘヴィライトは、金属と鉱物の中でそれぞれ重いとされる物で、ヘヴィウムの方は融点が千度と比較的加工し易い金属と言えるだろう。
ヘヴィライトの方は、加工こそ出来るが、硬いが故に加工の手間が掛かるという鉱物だ。
「鉱物でもメッキ出来るのか?」
「ふっふっふっ…実は鉱物でも出来る方法が有るのだよ。シンヤ君。」
「ほほう。その方法とは…?」
「ロックスライムだよ。」
「スライム?あー!そういう事か!」
「ど、どういう事でしょうか?」
スラたんの言いたい事を理解出来なかったニルが、詳しく教えて欲しいと聞いて来る。
「メッキというのは、結局のところ、ある物を分解して、それを別の物の表面に貼り付けるという作業だ。つまり、鉱物を分解する事が出来て、それを別の物の表面に再度析出させられるならば…」
「鉱物でも可能という事ですね!?」
「でも、鉱物となると、そんなに簡単な話じゃないよな?ガラスとは違って結晶なんだし。」
「そうだね。金属とかガラスとは違って、超規則的に原子が配列した物を結晶と呼ぶから、ナイフの表面に再度析出させる時も、同じように超規則的な配列で析出させる必要が有るね。」
「そんな事が、可能なのか?」
「可能だよ。ロックスライムの実力をナメてもらっては困るね。」
スラたんは、本当にスライムの事になると目が変わる。キラキラした目で語って来やがる。
「まあ、正直なところ、僕も最初にそれが可能だと気が付いた時はビックリしたけどね。」
「だろうな。しかし…ロックスライムをどうやって使うんだ?」
「まずは、ロックスライムに鉱物を分解する微生物を作らせる。これは、ロックスライム自身が、その鉱物を分解する為に必要な形に微生物を変えてくれるから大丈夫。その微生物が出来たところでサプレシ草を使って微生物を取り出して、水の中で鉱物を分解させる。その水の中にメッキしたい物を入れて、更にサプレシ草を水の中に混ぜ込むと…」
「それだけで出来るのか?」
「うん。そうなんだ。
これは僕の見解だけど、ロックスライムの微生物が鉱物を分解する工程は、二段階に分かれているんじゃないかって思ってるんだ。。」
「二段階に?」
「うん。まずは、鉱物をバラバラに分解する工程が有って、その後、バラバラにした鉱物の欠片を、更に分解して吸収するという工程が有るんだと思う。
ロックスライムの指示によって、二段階目に入る時、微生物が別の形に変化して、吸収する為の形状を取ると考えているんだ。」
「一回目の分解に適した形から、吸収に適した形に変わるって事か。」
「うん。でも、ロックスライムから切り離した微生物は、一段階目の微生物のままだから、吸収出来ずに、バラバラにした鉱物を抱え込んでいる状態で止まってしまっていて、そこにサプレシ草の効果が与えられると、抱え込んでいる鉱物の欠片を捨ててしまうんじゃないかな。サプレシ草から逃げろー!ってなってね。」
「でも、それだと、ナイフの表面に、規則的な配列で鉱物を析出させる事は出来ないんじゃないのか?」
「うーん…僕もそこが気になっているんだよね。
表面エネルギー的に、分解されている成分がナイフの方に引き寄せられるのか…それとも、微生物が抱え込んでいる鉱物の欠片を捨てる時に、規則性が有って捨てているのか……僕がやった時は、混ぜる為に使っていたガラス棒とビーカーの表面にニョキニョキと結晶が成長してきた感じだったから……うーん、両方が関係しているのかもしれないなー…」
いかん。スラたんが研究者モードに入って、ニル達がポカーンとしている。
「ま、まあ、出来るなら問題は無いって事だな。」
「うん。金属とガラスで違いが有るのか、鉄の棒でも試した事が有るから、確実に出来ると断言出来るよ。言うならば電解メッキではなくて、スライムメッキだね!」
新しいメッキ方法がサクッと生まれてしまったらしい。とてつもなく凄い事を、事も無げに言っている気がしているのは俺だけだろうか…?
「原理はいまいち理解出来ていないが、出来るならば問題は無いか…」
「結局、どれを使ってメッキするつもりかな?」
「折角なら、ロックスライムを使ったヘヴィライトのメッキをやってみるか。
ただ、メッキをするなら、せめて刃の形くらいは決めておきたいよな。
メッキの前に、俺とテトラで作った刃を一通り試してみるか。」
「はい!」
作った刃をニルに試してもらい、残ったのは二つ。
一つは普通の投げナイフと同じ両刃で直線的なベーシックな物。
もう一つは、刃の左右に小さな刃をいくつか飛び出させた物だ。見た目で言うと薔薇の枝に近いだろうか。ただ、飛び出しているのが棘ではなく小さな刃という違いが有る。
一応、他にも曲がった形の物や、刃が二つ、三つと枝分かれした物等も作ったが、結局は歪な形になると、重心がズレ易いという事と、単純に投げ辛いという事が有って、直線的なフォルムの刃が良いとの事。
「こちらの棘が出ている刃の方が、相手に傷を負わせるには有利ですが、やはり飛び出ている部分の強度が弱いですね。」
「そうだな…その部分に衝撃が加わると、一、二本は欠けてしまうな。」
「それならば、状況に応じて使い分ければ良い事だ。どちらかに絞る必要は無いと思うぞ。」
夕食を食べながらも、俺とニルで相談していると、エフが横から意見をくれる。
「どちらも使えるならば、どちらも使えば良いだけだ。」
「それもそうか…別にどちらか一つに決める必要は無いよな。」
「ですが…そうなりますと、手間が増えてしまいませんか?」
「研ぎの工程で少し手間は掛かるが、それくらいなら手間のうちに入らないさ。最初に数を揃える時は大変だが、一度作ってしまえば、後は交換する時に都度作れば良いだけだしな。
数は半々で大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。」
「だとすると、予備も合わせて、棘付きが十八本、ベーシック十八本ってところか。」
「結構な数になりますね…」
「最初だけだし、メッキまで済ませてしまえば、後は時間が有る時に少しずつ研ぐだけだし、夜の作業に持って来いだ。
この山を越えるまでに全部揃うはずだ。」
「私もお手伝いします!」
「当然私も手伝うわよ!ニル!」
「テトラとピルテが手伝ってくれるなら、予想より全然早く作れるだろうな。」
「はい!宜しくお願いします!」
テトラとエフ。二人の同行者が旅に加わり、ぎこちない空気が一時流れていたが、それももう随分と薄れて来た。テトラとは次の街で別れる事になるが、きっとこれも何かの縁と言うやつだろう。
夕食後も、暫く作業をしたが、睡眠は大事だという事で就寝。残念ながら実用出来る投げナイフの完成には至らなかったが、既に道筋が出来ている為、完成は間近と言えるところまで進められた。
翌日。
「晴れてよかったねー!」
朝起きて一番に見えたのは太陽の光。
昨夜はずっと雨が続いていて、もう一日横穴で過ごさなければならないかもしれないと心配していたが、それが嘘だったかのような晴天だ。
「これで先に進めるわね。」
「ああ。ここからは馬車を収納して、真っ直ぐに頂上を目指す。テトラは…俺が背負って登るのが良さそうだな。」
随分と体調は戻って来たテトラだが、まだ急斜面を登るには辛いだろう。何より、そもそもの体力がそれ程無い体付きだから、登れとはとても言えない。
「その……ご迷惑をお掛けします…」
「迷惑という程の事じゃない。一合分を登るだけだしな。
皆には周囲の安全確保を頼むぞ。俺は戦闘に参加出来ないからな。」
「はい!」
昨日は昼前からずっと横穴で待機状態だった為、休息はこれ以上無い程にバッチリ。心配は要らないだろうが、気を引き締めて行く為にも一言だけ注意を入れる。
朝食を終えた後、俺はテトラを背負うと、落ちないように紐で自分とテトラを縛り付けてもらう。
「どうだ?苦しくはないか?」
「は、はい。大丈夫です。」
背中から感じるテトラの…いや、考えるな。煩悩よ去れ!さもないとニルの機嫌が絶対に悪くなる。
「よ、よし。大丈夫そうなら一気に行くぞ。」
「はい!」
テトラが俺の肩にしっかりと掴まったのを確認した後、足を踏み出す。
「地面のコンディションは最悪だな。」
「あれだけ雨が降ったからね。足元には気を付けてね。」
「ああ。」
馬はピルテとエフが引いてくれる為、基本はニル、ハイネ、スラたんがモンスターへの対応をする。
「ここを登るのか。」
「そうだ。馬もギリギリ登れるかどうかという傾斜だから、あまり急いで登ると馬も足を滑らせる。無理矢理登るのは危険だぞ。」
傾斜はかなりキツい。確かに馬車を引かせた馬が登れる傾斜ではない。歩いて登る分には何とかなるが、それでも結構危険な斜面だ。
「皆!気を付けて登るぞ!」
「はい!」
雨に濡れて滑り易い足場だが、岩が所々に飛び出していて、足掛かりをしっかりと見極めて登れば、何とか登れそうだ。
俺達はゆっくりと斜面を登り始める。
「ご主人様!そこは滑り易いので気を付けて下さい!」
「分かった!」
先行して登ってくれている三人が、危険そうな場所を逐一報告してくれる為、俺や馬は危険な場面も無く着実に歩を進めて行く。
そんな状況の中、これが映画やアニメの中だったら、確実にモンスターが現れるシーンだよなー…なんて考えていると…
「モンスターが近寄って来ているわ!」
上方からハイネの叫び声。
余計な事を考えていたから、それが現実になってしまったのかと思った程にタイミングが良い。いや、タイミングが悪い。
ハイネが視線を向けた先には、鮮やかな緑と赤の体表のデカいエリマキトカゲ。前にも戦った事が有るウォールランナーというAランクのモンスターだ。
とても素早く壁を走るモンスターで、足場の悪い場所ではかなり厄介となるモンスターだ。
鋭い爪と、襟から飛び出した鎌状の刃を攻撃の手段としており、木魔法も使ってくる。
「こ、こんな場所で?!」
俺の背中に居るテトラから、緊張が伝わって来る。
登るのすら大変な傾斜の最中に居るのだから、絶体絶命だと感じてしまうのも無理はない。
「大丈夫だ。落ち着け。」
急斜面という地形的不利と、Aランクのモンスターの出現。これだけ聞けば、かなり危機的状況だと感じるかもしれないが、こちらはスラたん、ハイネ、そしてニルの三人が迎撃に入るのだ。ウォールランナー如きが出てきたとて、この三人に傷を付ける事など出来ない。
「はぁっ!」
ビュッ!ガンッ!
まず動いたのはハイネ。俺が渡した深紅の鉤爪を伸ばし、壁を走ってくるウォールランナーの足元を抉る。
鉤爪がウォールランナーに直撃すればそれで良し、当たらなくとも逃げ道を限定し、俺達への攻撃を阻止するように狙いを定めている。たった一撃。単純に伸ばしただけの鉤爪だが、その攻撃だけで、ハイネがそこらの冒険者よりも優れていると分かる一撃だ。
鉤爪の攻撃を壁の上方へと避けたウォールランナーは、三人の中で最も近くに居るニルに向かって走って行く。
カァンッ!!
不安定な足場で、踏ん張りが利かない状態だというのに、ニルは簡単そうに小盾で飛び掛って来たウォールランナーを受け流す。
言っても相手は一メートルサイズのトカゲだ。重量はかなりのものになるはずなのに、全く重量など感じていないかのようにいなしてしまう。
既に、小盾を使わせたら、この大陸でもニルの右に出る者はそう居ないのではないだろうか。
少なくとも、ニルに盾の使い方を教えていたユラも認めていたし、かなりの実力となっているのは間違いないだろう。
ウォールランナーは、受け流されたと理解した瞬間に、木魔法の何かを発動させようとしたみたいだが…
ザシュッ!!
スラたんのダガーの方が圧倒的に早く相手に届く。
スラたん自慢のスピードで、受け流されたウォールランナーの元へ壁を走って一気に接近。そのまま首元にダガーを突き立ててしまう。
下から見ていると、物理法則を無視したような動きに、苦笑いするしかない。瞬風靴を装着したことによって、そのスピードは更に増しており、Aランクのモンスターなどでは、その姿を捉える事さえ難しいはずだ。
気付いたら死んでいた……という感じだろう。
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