第634話 自由に

「エフ。今日の夜、少し話したい事が有るんだが…良いか?」


「……ああ。」


エフも、俺が何を聞こうとしているのか察しているのだろう。少し間を置いて頷いてくれる。


「お前達は、いつもこんな旅をしているのか?」


「どういう事だ?」


話を変えようとしたのか、エフが俺に質問して来る。


「他意は無い。私達が旅をする時は、こんなに落ち着いた雰囲気になる事など、まず有り得ないから不思議に思ってな。」


「冒険者のパーティなら、多分大体は似たようなものだぞ。」


「そうなのか…」


「常に気を張っていると疲れてしまうからな。とは言っても、常にのほほんとしているわけでもない。

やる時はやる。それ以外は基本のほほんとしているという感じが多いだろう。寧ろ、それが出来ないパーティは、早々に解散する事が多い。緊張し続けるパーティなんて、息が詰まってしまうからな。」


「そういうものなのか。」


「全てのパーティが同じってわけではないが、大体どこも似たようなものだと思うぞ。」


「やはり、私達のような存在は、誰が見ても異質なのだろうな。」


「まあ…普通とは言えないだろうな。」


「………もし……私達が別の道を歩んでいたら……いや、忘れてくれ。」


口が滑ったとでも言いたげな反応を見せるエフ。


エフの言うような殺伐とした者達ばかりが集まっている集団の中に身を置けば、普通の感覚では居られない。

もし…もしも、ダークエルフが黒犬という役割ではなく、別の道を歩んでいたならば、自分達も同じように過ごす事が出来ていたのだろうか?で居られたのだろうか?

そう考えるのは当然の事だと言える。


だが、彼女達が黒犬という役割を引き受けなければ、そもそもダークエルフ族という種族は消え去っていただろう。魔王の苦肉の策で生き残った彼女達には、他の選択肢など無かった。


もしかしたら、エフも本当は俺達と同じように、和気藹々わきあいあいな旅を仲間としてみたいのかもしれない。任務などではなく…

だがそれは、今まで黒犬として自分達が築き上げて来た全ての事を否定するのと同じである。

そんな言葉を、ポロリとでも出してしまった事を後悔しているらしい。エフは、自分が黒犬であるという事に誇りを持っていると言っていたし、黒犬という生き方を嘆いているわけではない。ただ、別の生き方も有ったのではと想像していただけだ。


「エフがそう言うのならば聞かなかった事にする。ただ…俺達との旅も捨てたものではないんじゃないか?」


「……そうだな。たまにはこういう旅も悪くはないかもしれないな。」


エフは手に持っている紅茶を啜り、その後は何も言わずに外の雨を眺めていた。


小休止を終えて、骨材の加工を続ける。


「大体の形は出来たみたいだな。」


俺達が作っていた柄の部分の試作品は、ざっくりとした大まかな形を作った物で、細かな所は一切作り込んでいない。故に、しっかりとした使用感は分からないが、使えそうかどうかの確認くらいは出来る。


ニルが作った柄は、エフが教えてくれた『J』型の物、ピルテが作ったのは、クナイをモチーフにして、柄の先端が『O』型の物。俺が作ったのは柄頭に球体を取り付けたような形の物。そして、テトラが作ってくれたのは、柄頭が『T』型になっていて、エフの教えてくれた引っ掛かりを左右に作ったような形の物だ。


「どうだ?」


最終的には、ニルが使ってみてどうかという話なので、それぞれの使用感を聞いてみると…


「一番良さそうなのは、テトラさんに作って頂いた物でしょうか。」


どうやら、『T』型の物が一番使用感的には良いらしい。


「えっ?!私が作った物ですか?!」


「はい。一番手に馴染む感じがしました。

もう少し突起部分を短くして、軽く逸らして指が引っ掛かり易くすると、更に良さそうです。」


ニルがそう言うと、テトラは嬉しそうに両手を合わせて喜んでいる。


骨材となると、木材とは違って、大雑把な形を作るだけだとしても、削るたけで結構大変な作業になる。力は要るし、それなりに手先が器用でなければならないしで、慣れないと簡単な造形を作る事すら出来ない。

しかし、テトラは元々手先が器用なのか、最初からそれなりの形を作り出せている。その上、根性が有るというのか、根気強く作業が出来る性格らしく、鍛えている俺達でも一仕事だと言えるような作業でも、コツコツと続けてしっかりと終わらせた。

もしかしたら、テトラにはこういう仕事が合っていたりするのかもしれない。


「それじゃあ、夕食までは時間が有るし、ニルの良いと思う形に仕上げてみてくれ。俺は、刃の方をいくつか作ってみる。」


「分かりました。」


最終的な仕上げとなると、ニル自身が自分の体に合うように作り上げた方が良い為、柄の方は完全に任せる事にして、俺は刃の製作に取り掛かる。


「刃はどのようにして作るのでしょうか?」


テトラは、興味を持ったのか、俺の近くに来て聞いて来る。


「折角なら、テトラも作ってみるか?」


「宜しいのですか?!」


「使う素材も鉄だし、失敗したら潰してしまえば良いだけだ。」


「やってみたいです!」


「よし。それならやってみるか。」


「はい!」


俺とニルがいつもやっているように、型を作り、その中に溶かした鉄を流し込んで固めるだけだが、テトラにとっては初めての事で、かなり興味津々といった様子だ。


しっかりした武器を作りたいならば、中に芯となる部分を入れて、折れ難く強い刃にするのが良いのだが、今回はそれをしない。そこまですると、手間が掛かり過ぎという状態になるし、ニル自身がそこまでの質を求めていないからだ。


そうなると、型を作って鉄を流し込むだけなので、作業は直ぐに終わる。

テトラに一度見せてやると、ぎこちないながらもそれなりの物が出来た。


「後は、冷えた刃を取り出して、研いで刃を立たせれば完成だ。」


「意外と工程は少ないのですね?」


「今回は耐久性が無くても問題無いからな。

俺達がメインで使うような武器となると、中に芯となる部分が入っていたり、叩いて更に硬質化させたり、もっと多くの工程が必要になる。

俺も何度か武器を作る工程を見せて貰ったが、何日も掛けて一本を作り上げるんだ。」


「何日もですか?!」


「ああ。しかも、何日も掛けて作っても、納得いかなければ最初からやり直しだ。」


「そ、それは悲しくなりますね。」


「それでも、自分が納得出来る物を作る為ならば、何度もやり直す。そういう人達を職人と呼ぶんだろうな。」


刀なんてのは、その最たる所だろう。何度も何度も鍛錬し、雑な作りの武器や防具など、そのまま真っ二つにするような武器だ。数日では足りない事も多いだろう。


「流石に、俺もそこまでの技術は持っていないから、メインの武器を打つ事は無いぞ。」


「それだけ難しい技術が詰まっているという事ですね。」


「そういう事だ。色々とやってみてどうだった?」


「はい!とても楽しかったです!」


「ははは。これが楽しいと感じるなら、何かを作る仕事に向いているかもしれないな。」


「何かを作る仕事…ですか?」


「武器や防具に限った話じゃないぞ。世の中には、色々な仕事が有って、物を作る仕事ってのも沢山有る。そういう仕事に向いているかもしれないなって事だ。」


「職人という事ですか?」


「職人に絞る必要は無いと思うが、そういう道も有るかもなって話だ。」


「職人……ですか……」


テトラ自身も、この旅が終わり、次の街に辿り着いた後、どうして行くのかは考えているはずだ。

これまで通りの仕事をしていきたいと言うのならば、俺達が口を出すつもりは無いが、違う仕事をしたいと願っているならば、出来る限り手を貸したいとは思う。


「私なんかが出来る仕事なんて有るのでしょうか…?」


「技術は経験を通して身に付けるものだから、誰だって最初は初心者だ。」


「ですが……私は……」


ここまでの人生で、彼女は本当に大変な思いをして来たとは思う。加害者となり、人を殺めたという事実は消えないし、ハイネ達が割り切ってくれたとしても、その罪悪感からは一生逃れる事が出来ないはずだ。

そういった感情になると、自分なんかが普通の仕事をして、普通に生きる事など出来ないと思えてしまう。


ある意味で、それは真実と言えるだろう。

誰だって、そんな恐ろしい相手と一緒に過ごすなんて怖いし、敢えて自分からその危険に乗り込む人は少ない。

勿論、テトラが自分からその経験を相手に話さなければ、相手がその事を知る事は無い。だが、テトラ自身が、自分なんかが…と考えていると、それは周りの人に伝わってしまうものだ。

そうなると、ただでさえ、テトラのような親も家も無い者を受け入れてくれる仕事場は少ないのに、更に受け入れてくれる人が少なくなってしまう。

例えば、俺がそうであったように、、辛いがそれでも働いてみるかと声を掛けてくれる人が居れば幸運だが、そんな事が起きる可能性は非常に低い。


それでも……


「やる前から諦めるのか?」


「っ……」


「ハイネとピルテは、テトラとの事を割り切ってくれたんだろう?そして、それはつまり、これからは自由に生きて欲しいと考えての事だと俺は思ったのだが……それなのに、テトラは自分から諦めるのか?」


「諦めるなど!」


テトラは、自分の声が大きかった事に気付いて、一度言葉を止める。


「諦めるつもりなどありません。」


「なら、自分なんかが…なんて言っている暇なんて無いと思うがな。」


俺も似たような経験をした事が有るからこそ分かる。


どんな過去が有っても、生きようとするならば、その過去を背負って足を踏み出すしかない。自分なんかが…と思う気持ちはよく分かる。これからも、ずっと心の中のどこかには、そういう気持ちが必ず存在している。恐らく死ぬまでその痼は消えないだろう。

だとしても、生きようとするのならば、それが自分だと割り切って考えるしかない。


この世界はまだ良い方だ。インターネットなど無いし、ある程度の距離が離れれば、テトラの事を知る者はほぼゼロになる。新たな街で、新たなスタートを切れるのだ。

性根の腐った者ならば、いつどこから再スタートを切ったとしても、そう変わらない結果になるだろうが、テトラは違うはずだ。


「自分なんかがなんて考えている時間が有るなら、どうやってそんな自分を受け入れてもらうのかを考えるべきなんじゃないか?」


「っ!!」


テトラは、俺の言葉を痛く感じているかもしれない。


そんな事、他人に言われるまでもなく、テトラ自身が常に葛藤し続けて来た事なのだから分かっているだろう。


でも、俺は一度その道を歩いている。だからこそ分かる。


俺がそれを出来ていたのかは分からない。いや、多分出来ていなかったと思う。そうして俺はファンデルジュという新しい世界に惹かれ、没頭した。だから、こんなに偉そうに言えるような人間ではない。

だとしても、だからこそ、俺がテトラに言うべき言葉だと思う。


「シンヤさんの言う通りです。」


「っ?!」


テトラが大声を出したから、気になって話を聞いていたのか、最初から聞いていたのか…ピルテが話に入って来る。


「自分を卑下する時間が有るのならば、その時間を、これから自分が自由に生きる為の努力をする時間に当てるべきです。」


「ピルテ…さん……」


「私とお母様が、割り切って考えると決めたのは、そうする価値が有ると感じたからです。もし、これがどうしようもない人だったならば、私もお母様も割り切って考えたりはしなかったでしょう。

勿論、病気で倒れていようが、死にそうであろうが、私達はシンヤさん達にそれを伝えようとは思わなかったはずです。」


「………………」


「しかし、そうならなかったのです。それは、ここまでにテトラがして来た事が有ったからです。それを私もお母様も……信じたのです。

それをテトラは、また無駄にするつもりですか?」


最初にテトラを信じ、敵の手先だと知って離れ、もう一度だけ信じた結果、裏切られて二人の部下を失ったピルテとハイネ。

そんな二人が、テトラを三度みたび信じると言っている。

許せない事をされたかもしれないが、その後のテトラの行動を知り、その行動は心からのものだと信じたのだ。


これが、どれだけ凄い事なのか、どれだけ慈愛に満ちた言葉なのか、テトラに分からないはずがない。


「……私は……」


テトラの両目から、溢れるように涙が流れる。


「本当に…私は…自由に生きても良いのでしょうか…?」


「ええ。」


テトラの後ろから、ハイネが現れ、テトラの言葉に返答する。


「私達は最初からそのつもりで、シンヤさん達に助けを求めたのよ。そうしてもらわないと、私達が何の為に動いたのか分からなくなるわよ。」


「ぅ……うぅ……」


テトラも、ハイネとピルテの気持ちは分かっていたと思う。でも、本当に自分がそうして良いのか分からず、ずっと心の中でどうするべきなのか悩んでいたのだと思う。


勿論、助けられた時点で、彼女には辛くても生き続ける以外の選択肢は無かった。

貴族の生活を知っているテトラにとって、自分の身を売って僅かな金を稼ぐなんて生活は、耐え難いものだったと思う。その生活は、彼女の心を大きく削り取ったはずだ。

それでも生きなければならない。それはとても辛い事だ。死ぬ方がずっと楽に感じる程に。

状況は違えど、俺も死んだ方が楽だろうと感じた事は何度も有ったから分かる。


そういう精神状態の時は、前を向き、未来を考える事がとても怖いものだ。


そんなテトラに、明るい未来を想像しても良いのだと、そういう未来を掴もうと手を伸ばして良いのだと、ハイネとピルテが言ってくれたのだ。


自分の事ではないのに、俺もついつい目頭が熱くなって来る。


「大丈夫よ。テトラなら出来るわ。今までずっと頑張って来たじゃない。それに比べたら、ここから自由に生きる事なんて大した事じゃないわ。」


「そうですよ。それに、ここには自由に生きる代表者みたいな人達が居ますからね。」


ピルテが俺とスラたんに視線を向ける。


まあ…色々と大変な旅で、目的は有るのだが、好きな事をやって、好きなように生きている事は否定出来ない。スラたんも似たようなものだ。


「俺達が参考になるかは怪しいところだが、俺もスラたんも、手伝える事は手伝うからな。」


「皆様……うぅ……」


最終的に、テトラは言葉を繋げる事が出来なくなり、ただただ涙を流していた。


これから彼女がどんな選択をして、どういう人生を生きて行くのかは分からない。分からないが…その人生に幸多からん事を願うばかりだ。


「よし。それじゃあ続きをやるぞ。」


テトラが泣き止んだところで、作業の続きを始める。


スンスンと鼻を何度も鳴らすテトラだったが、どうにか作業を続けられそうだ。


「流し込んだ鉄を型から外して、バリとか湯口を切り取って、ある程度形を整える。まだ刃を立てる必要は無いから、研ぎはしないぞ。」


「スン……スン……はぃ……」


泣き止んだばかりで声が震えているが、テトラの目は真剣だ。これから自分が自由に生きる為に、どんな事でも吸収して経験値にしようと躍起になっているのだろう。良い傾向だ。


「ほら。泣いている暇は無いぞ。」


「…はい!」


テトラは元々手先が器用で要領も良い為か、一度教えれば大抵の事は出来てしまう。当然、技術的な事は、経験が無く、何とか形になっている程度だが、それでも凄い事だ。大きな目で見れば、手を動かす仕事ならば、どんな事でも人並み以上には出来るのではないだろうか。


「これでどうでしょうか?」


「うん。良さそうだな。

次は、これをニルが整えた柄に取り付けて…」


ニルから割った柄部分を受け取り、金属部分を挟み込むようにして合わせて柄糸を巻けば完成。今は試作品だから柄糸を使っているが、他の方法でも固定は可能だから、最終的には別の形になるかもしれない。その辺は試行錯誤で変えて行くつもりだ。


「まずは、これまで通りの普通の刃だな。両刃で直線的なものだ。」


ニルに手渡すと、早速重さを確かめたり、引っ掛かりを確かめたりと、ニルが手の中でナイフを転がしている。


「重さはこれまでの物より少しだけ重いですかね…ですが、これくらいの方がしっくり来ますね。もう少し重くても良いかもしれません。」


「強度も確かめてみるか。」


俺が木魔法で的っぽい物を作り出すと、ニルが頷いて刃の立っていない試作品を投げる。


ビュッ!ガンッ!


ニルの投げた試作品は、刃こそ立っていないが、ナイフの形はしている為、木に突き刺さる。


ガッ!


ピルテが直ぐに抜き取って試作品を持って来てくれる。


「んー…やはりどうしても強度は微妙か。」


試作品の先端部が、僅かに曲がってしまっている。


「形はどうだ?」


「普通に投げる分には全く問題は有りませんが…」


「肝心なのは引っ掛かりを利用して投げた時だな。」


「はい。」


ニルにもう一度試作品を渡す。


「はっ!」


ビュッ!ガッ!カランッ!


ニルが柄の引っ掛かりに指を掛けて遠心力で試作品を飛ばすと、的には当たったものの、刺さらず…というか変な角度で当たったらしく、刃の部分が完全に曲がってしまった。


「これは……ダメだな。」

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