第633話 休息
どうやら、エフとハイネの間にも、これまでとは違った関係が築かれつつあるらしい。
「どうも降り止む気配が無いね…」
「山の天気は変わり易いって言うし、昼飯でも食べながら様子を見るか。」
「そうだね。」
横穴の中で昼食を取り、外の様子を見ていたが、雨は強まるばかりで降り止む気配は見られない。
「今日はダメかもしれないね。」
「そうだな…明日は晴れると良いが…」
「きっとフロイルストーレ様が、少し休みなさいと仰られているのよ。無理に進む必要は無いわ。」
「……それもそうだな。」
フロイルストーレが…という部分は、正直俺には分からない感覚だが、無理に進む必要は無いという部分には大いに賛成だ。
土砂降りという程ではないが、かなり強い雨が降っている。この大雨の中を山登りなんて、流石に危険過ぎる。特にテトラが辛いだろう。
という事で、俺達は昼食を終えた後も、横穴の中で待機する事を選んだ。エフも、待機する事に対して特に何か言ってくる事はない。寧ろ、その方が良いと言っていたくらいだ。
「急に手持ち無沙汰になってしまったな…何か作るかな…」
「ご主人様…」
「ん?」
ニルが何かを言いたいが、言い辛そうにしている。ニルにしては珍しい。
「どうした?何か言いたい事が有るのか?」
「その…投げナイフを作ってみたいのですが…」
「投げナイフか…それは面白そうだな。どんな投げナイフを作りたいんだ?」
当然、ニルの言葉を否定するなんて事は有り得ない。
ニルからこれが欲しい、これが作りたいと言って来る事はほぼ無い。余程の事でもない限り、ニルは俺に頼むよりも、まずは自身の力で何とかしようとする。俺に頼る事が失礼な事かのように考えているからのようだが、当然そんな事はないし、俺の出来る範囲の事ならば、ニルの願いは叶えてやりたいと思っている。だから、言い辛そうにせず、やりたい事や欲しい物をバンバン言って欲しいのだが、ニル的には、なかなかそういうわけにもいかないらしい。
ニルはそういう考え方である為、たまーにこうしてお願いのような事をしてくるのだが、そういう時は俺も少し嬉しくなる。
「もう少し投擲に適した形の投げナイフが…」
「なるほどな…」
ニルが現在持っている投げナイフは、投擲専用という物ではなく、物としてはただのナイフだ。鉄で出来ていて鍛錬もされていない為、安くて脆い。
今回、マウンテンキャットとの戦闘で何本か投げ、岩に当たったりしていたが、それだけで刃が欠けてしまうレベル。耐久値がかなり低い代物である。
ただ、投げナイフというのは、状況によっては回収出来ない事も有ったりする為、それくらい安い方が使い勝手が良いのだ。
あまり高価な物で作ったりすると、
それを、今回は作ろうではないかという事だ。
「素材は何にするつもりだ?」
「鉄か、それよりも安い物で十分です。ただ、形状を変えて使ってみたいというだけなので。」
鉄というのは、この世界でもかなり豊富に採取出来る金属で、金属と言えば大抵は鉄と言える。つまり、かなり安く手に入る金属である。勿論、俺のインベントリ内に入っている金属の中でも、鉄が最も多い。
「別に他の素材でも構わないぞ?軽い素材とかも有るし。」
「そうですね……投げナイフは、腕力で投げるので、あまり軽過ぎると威力が落ちてしまいます。逆に重過ぎると上手く投げられなくなってしまいます。なので、鉄で作ったナイフ程度の重さが丁度良いのです。」
俺は投げナイフを使わないし、俺が投擲する場合は、とにかく力任せにぶん投げるというだけのもの。言ってしまえば投石器みたいなものだ。
これに対して、ニルの使う投げナイフというのは、持ち手と刃の部分が有り、上手く投げないと、効力を発揮しない。その上で、ナイフの自重と腕力が関わって来るのだから、下手に重さを変えてしまうと、投擲自体に影響を及ぼしてしまう可能性が有るという事だ。
「そうか…そういう事なら、鉄を使って作るとするか。」
「はい!」
「形状はどんな物にするつもりなんだ?」
「えーっとですね…」
ニルは取り出した手帳をペラペラと
「一応、いくつか考えてみたのですが…どうでしょうか?」
ニルが見せてくれた手帳には、相変わらず可愛らしい絵が並んでいる。
投げナイフよりも更に細長い形状にした物や、刃の部分が円錐形になっているスティレットのような物等、いくつかの形状を絵にして書き起こしてある。
「色々と考えたんだな?」
「はい。ただ…どれが最も良い形なのか判断が難しくてですね…
一応、それっぽい物を土魔法で作ってみたりしたのですが、結局どれが一番良いのか分かりませんでした…」
「ニルなりに取捨選択した結果、これだけ残ったって事か。」
「はい。」
「俺も投げナイフについては詳しくないから分からないな……どれも悪い形には見えないが…」
どういう形状が最も好ましいのかというのは、実際に使っているニルの方が想像出来るはずだ。そのニルが選んだ物なのだから、少なくとも使い物にならないという事はないはずだ。
俺に分かるのは、空気抵抗が大きいか小さいかとか、重心の位置がどの辺になるのかという程度。それくらいならばニルにも分かっているはずだし、俺に分かる事はほぼ無いと言える。
「うーん……こういうのは、やはり実際に使っている者に聞くのが良いだろうし、エフに聞いてみるか。」
エフ達黒犬も、投げナイフ等の投擲武器はよく使うだろうし、何か知っているだろう。
という事で、俺とニルは手帳を持ってエフの元へ。
「エフ。少し良いか?」
「ああ。何だ?」
エフは、相変わらず壁際で一人座っていたが、俺が声を掛けると、嫌そうな顔はせずに反応してくれる。
最初に比べると、俺への対応も随分と柔らかくなった。
「投げナイフを作ろうとしているのだが、どういう形状が良いか相談に乗って欲しくてな。」
「投げナイフか……形状なんて無数に有るぞ。」
「実は候補がいくつか有ってな。ニルが使う物だから、それも考慮した場合、どういう形状が最も良いのか、教えてくれないか?」
俺はニルの書いた手帳の絵をエフに見せる。
「……なるほど。形状だけで言えば悪くないな。」
「形状だけで言えば…ですか?」
「…はい。」
やはり、エフはニルに対してのみ態度が…いや、それは夜に聞こう。今は投げナイフの事についてだ。
「他の事も考慮すると、これでは形状が悪いという事か?」
「悪いというわけではない。使おうと思えば普通に使えるし、相手を倒す事も出来る。ただ、色々と考慮した場合、最善の形かと問われたならば、否と答える。」
「悪くはないが、最善ではないという事か。どこが問題なんだ?」
「まずは持ち手の部分だな。この絵だと、ある程度の変化は付けられているみたいだが、どれも投げる為の形状に特化し過ぎている。」
「………ん?投げナイフなんだから、良い事じゃないか?」
「そうだな。投げるだけならばな。」
「あっ!」
ニルはハッとして声を上げる。何かに気が付いたらしい。
「……どういう事だ?」
俺はニルの方を向いて答えを求める。
「投げナイフを投げる。そう考えた時、私は相手との距離、自分の体勢、そういったものが常に一定だと仮定して考えていました。
しかし、戦闘の最中となれば、当然それらは一定ではありません。距離が遠かったり近かったり、私の体勢もどういう状態に有るか分かりません。
投げるというよりも、苦し紛れに当てるだけという状況になる時だって有るはずです…という事ですよね?」
「はい。」
つまりだ……ニルが考えた形状というのは、野球でいうところのピッチャーのフォームに合わせた形状という事だ。
常に同じ距離、常に同じ体勢でボールを投げられると決まっているのならば、それに合わせた形状でも問題は無い。
しかし、戦闘というのは流動的なもので、例えるならば、どこからどうやってボールが飛んで来るのか分からない守備のようなもの。
ボールをホームに返そうとした時、自分の体勢がどういう状況なのかは分からないし、最悪寝転んだ状態で投げなければならないかもしれない。
そうなった時、投げる事に特化し過ぎた形状にしてしまうと、投げるフォームが取れない状態では投げられないという事になる。正確に言えば投げられはするが、それが相手に対して有効なものにはならない可能性が高い。
「私達が投擲武器を選ぶ時、最良の形状は、指一本でも有効な威力を出せる形状だとしています。」
「指一本……」
「そんな事が可能なのか?」
「例えば…」
エフは、地面に落ちていた小石を手に取って、それを壁になっている岩に擦り付けながら絵を描く。
「こんな感じで、持ち手の部分に引っ掛かりを作れば、指一本に引っ掛け、遠心力で飛ばすという事が可能になる。」
エフの描いた絵は、ナイフの持ち手部分。その先端部分が『J』のような形をしている。
「邪魔にならないのか?」
「これはあくまでも例えばという事だ。これが正解という事ではない。使う者にとって邪魔となるならば、別の形状を考えるべきだし、正解の形状がどういったものなのかは分からない。」
「投げナイフ一本でそこまで拘るのか…」
「自分達の命を預ける武器や防具だからな。
ただ、投擲武器というのは、基本的に使い捨てだと考えた方が良い。だから、あまり拘り過ぎるのも良くない。」
「難しいところだな…妥協点をどこにするか…という話か。」
「作る為の労力と金が掛かり過ぎれば、使うのを躊躇う。手間を掛ければその分愛着も沸くからな。
投擲武器は、捨てるように使えるというのも利点の一つだ。矢と同じだな。」
「なるほどな…」
「刃の部分も、絶対に真っ直ぐでなければならないという事はない。曲げたり枝分かれさせたりと、どんな投げ方をしても一定の威力を発揮出来る形状が最適だ。
まあ、これはあくまでも私達黒犬が求める形状だから、これが正解だというわけではないがな。」
「いや…助かった。少し考えてみるよ。」
「ありがとうございます!」
エフの言っている事は、絶対の正解であるとは限らない。正解の形状は使い手によって大きく変わるだろうし。
しかし、よくよく考えてみると、忍の者達が使っていた投擲武器も、それらを考えて作られているように感じる。
例えば、手裏剣。あれは、投げた時にどの部分が当たっても刃に当たるよう、全周が刃という形状をしている。どんな状況で投げたとしても、必ず刃が相手を傷付けるのだ。
クナイも、刃と逆の先端には穴が空いていた。
あれは携帯する時に紐を通して持ち運びを便利にする為というのと、指を引っ掛ける事で相手に攻撃を仕掛けた時にすっぽ抜けないようにする為だと考えていたが、もう一つ、指一本でも投げられる形状だとも考えられる。
「奥が深いぜ…」
「で、ですね…」
こうして考えてしまうと、クナイや手裏剣のような物が完成系だと思えてしまうが、あれがニルにとってのベストな形状なのかと考えた場合、正直分からない。
色々な事を考えて作られた形状である事は間違いないし、ただのナイフよりはずっと投擲武器として使い易い形状である事に間違いはないが、最善の形状かは疑問が残るところだ。
ニルの場合、レッグホルスターが有るから、携帯する為の工夫は必要無い。手裏剣のように刃を全周に付けた形にすると、レッグホルスターに収まらなくなる為、手裏剣の形には出来ない。
色々な条件を含めた上で考えると、ニル専用の投擲武器として、クナイや手裏剣は合っていないように感じる。
「こういうのはどうでしょうか?」
「いや、それだとここが邪魔になる。それだったらこういう形の方が…いや、これだとなー…」
俺とニルは、雨の降る中、二人であれこれと意見を出し合いながら良い形を相談する。
「ニル。何をしているの?」
俺とニルがうんうん唸っていると、ピルテも興味を引かれたのか、ニルの元に寄ってくる。
「今、投げナイフを作ろうとしているのですが、形が定まらなくて…」
「投げナイフ…ですか?」
ピルテと一緒に居たテトラも参加して来て、女性三人で絵を見ている。
「投げナイフかー…私も使わないからなー…どういうのを考えているの?」
「今考えているのは、持ち手の部分ですね。刃の部分は後回しにして、取り敢えず持ち手の部分の形状を決めようかと。
いくつか候補は出ているのですが…」
「結局、形にしてみないと分からないだろうし、一度作ってみるか?」
「そうですね……最終的には、どのような素材が良いでしょうか?」
「そうだな……刃の部分を鉄にするとなると、柄は軽くて丈夫な素材が良いだろうな。安く済ませるなら木製でも問題は無いと思うが、モンスターの骨とかを削り出しても良いかもしれないな。後はライティウムみたいな軽い金属とか。」
「その中で考えますと、木製か骨材が最適でしょうか。ライティウムは使い捨てと考えるには少し勿体無いかと思います。」
「そうか?いや…俺ではなくてニルの感覚で考えなければならないわけだから、ニルがそう思うならば木材か骨材にするべきか。どっちの方が良いんだ?」
「木製の場合は魔法で作り出した木材でも良いと思いますので、一番使い捨てに向いていますが…」
「流石に戦闘に用いるには脆すぎるだろうな。いくら使い捨てだとは言っても、戦闘で使うならばある程度の耐久性は欲しいからな。」
木製で作った場合、柄が壊れたとしても、また直ぐに作れるとは思うが、戦闘中に何度か使うような状況になった場合、流石に弱過ぎる。使い捨てというのは、そういう気持ちで使うというだけで、一度使ったら二度と使えないという事ではない。何度も使う場合を考えたら、木材よりも骨材の方が良いだろう。
「となると、柄部分は骨材にしようか。骨は使い道が限られているから、かなり数も有るし、試作をバンバン作っても大丈夫だぞ。」
「宜しいのですか?」
「勿論だ。
俺はこの形を作ってみるから…」
「私はこれを作ってみます。」
「私にも手伝わせて下さい!」
「私もやってみて宜しいでしょうか?」
どうやらピルテとテトラも手伝ってくれるらしい。テトラは、こういう製作は初めてみたいだが、彼女がこれから先、どのような事をやっていくかを考える時の役に立つかもしれない。
「それなら、二人にも手伝って貰おうかな。テトラは怪我をしないようにだけ気を付けてくれ。」
「はい!」
この製作は急ぎというわけでもないし、ゆっくり話しながらでも進めれば良い。
降り止まない雨を見ながら、ゆっくりじっくりと製作をする。
俺とニルは、こういうのに慣れているし、直ぐに出来上がる。ピルテも、今までに何度か手伝ってくれた事も有ってか、何も言わなくても着実に形を作り上げてくれている。
「そこはこうしてですね…」
「はい…」
作業が終わったニルは、テトラに作り方を教えてくれている。こういうのんびりした時間というのは、精神が落ち着いてとても良いものだ。
「そろそろ一回休憩を挟むぞ。」
真剣に作業をしていた三人の前に、紅茶と、屋台で買った簡単なお焼きのような物を出す。
「テトラも、もう普通に食べられるんだよな?」
「は、はい。先程許可を頂けました。」
「それなら、三人で分けて食べてくれ。こっちはこっちで用意してあるから遠慮はするなよ。」
「ありがとうございます。」
ニルが素直に受け取ると、ピルテもテトラも、お礼を言ってくれる。屋台で買った安い物だし、そこまで仰々しくお礼をされると申し訳ない気分になってしまうが…
「あー!私も食べたーい!」
匂いに誘われたのか、外を警戒してくれていたハイネが、手を挙げて言ってくる。
「そんな大声出さなくても、ちゃんと用意してあるから。」
俺は、外を警戒してくれているスラたんとハイネの分を渡す。
「二人で食べてくれ。食べ終わったら交代するよ。」
「交代は必要無いわよ。単に外を見ているだけだから。正直、見ていなくても、魔法で蓋をしてしまえば問題は無いわよね?」
「まあそうなんだが…」
「気にしなくて良いわよ。私はスラたんと色々な話をして楽しんでいるからね。」
嬉しそうなハイネとは対照的に、スラたんは少し困った顔をしているみたいだが…まあ俺にはどうする事も出来ない案件っぽいし、心の中でスラたんに合掌しておこう。
助けを求めるスラたんに笑い掛け、無言で立ち去りエフの元へ。
「さっきは助かったよ。」
「あの程度問題は無い。」
俺が、エフの前に紅茶とお焼きを置いて隣に座ると、何も言わずに紅茶を手に取るエフ。
ここのところ、エフと話す機会が増えて分かってきたが、エフは、誰に対しても基本的には冷たい印象を受ける対応をする。しかし、それはわざとではなく、そういう対応の仕方しか出来ないのだろうと思う。
黒犬という役割の…職業病みたいなものだろうか?それともエフだけか…?分からないが、嫌味でそういう態度を取っているというわけではないらしい。
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