第四十五章 旅路
第630話 中腹へ
マウンテンリザードをサクッと倒した後、俺とピルテは、馬車の横に並ぶようにして歩く。
山岳地帯に入ってから暫く経ち、攻撃的なモンスターが動き始める領域に入ったのだから、いつモンスターが襲って来ても良いようにしておく為だ。
テトラは、最初こそ怯えていたが、俺達が次々とモンスターを討伐しているのを見ているうちに、程良い緊張感に落ち着いたらしい。
そうして昼まで順調に進み、一度休憩を挟む。
「そっちはどうだった?」
「こっちは結構モンスターとの戦闘が多かったかな。」
スラたん達は先行して道を決めてくれているので、探索範囲を広く取らなければならない為、その分モンスターとの戦闘が起きる確率が高い。だからこそ、二人ではなく三人ずつに分かれたのだ。
「ただ、それ程危険なモンスターは出て来なかったよ。最高でCランクのモンスターまでだったね。」
「思ったよりBランク以上のモンスターが少ないのか?」
「いいえ。そうではないわ。
Bランク以上のモンスターは、もっと山の上に居るのよ。」
「そうなのか?」
「ええ。麓の方に下りて来るのは、生存競争に負けて押し出されたモンスターばかり。つまり、ランクの低いモンスターという事ね。人の手が入り易い麓では、食べる物も少なくなってしまうから、ランクの高いモンスターは、たらふく食べられる頂上付近に生息しているの。」
「なるほど…そうなると、今日中に辿り着けるのは山の中腹辺りまでだから、そこまでランクの高いモンスターは出てこないという事になるのか。」
「そうね…出てきてもBランク止まりだと思うわ。私達も一度この山を越えたけれど、Aランク級のモンスターは、殆ど頂上付近にしか居なかったわね。中腹辺りから頂上付近まではBランク級のモンスター。それより下はCランク以下のモンスター…という感じね。」
「そうか…そうなると、今日は中腹より少し手前で野営した方が良さそうだな。」
「そうね。その方が夜は楽だと思うわ。」
「よし。それじゃあ、その辺りまでは俺達の方で先行偵察するとしようか。」
「はい。」
「昼食を終えたら、スラたん達は暫く休んでくれ。俺達は先に行って道を探す。」
「分かったよ。いくら相手がCランクとは言っても、モンスターはモンスターだから気を付けてね。」
「ああ。こんな所で怪我をしている場合じゃないからな。」
昼食後、俺、ニル、ピルテはスラたん達と役割を入れ替える。
「少しずつ斜面も急になって来たし、足元には気を付けろよ。」
「「はい。」」
今日の天気は晴れで、既に半日が過ぎたが、未だ山中の地面は泥濘んでいる。
「歩き辛いですね。」
「泥が滑るからな。多少は良くなっているのかもしれないが、水分が飛んで余計に滑り易くなっている部分も有るから気を付けないとな。」
「はい。」
「ピルテ。周囲の状況はどうだ?」
「相変わらずですね。モンスターの気配は常に有ります。ただ、既に何回か撃退しているので、モンスター達も簡単には手を出して来ないみたいです。」
「様子を見ているって事か。」
野生の動物ならば、危険な相手だと判断したタイミングで襲撃するのを止めるのだが、好戦的なモンスターはそういうわけにはいかない。人を見れば襲って来る。
ただ、モンスターにも脳は有るわけで、勝てないと分かっている相手に、ただただ馬鹿の一つ覚えで突撃してくるという事もない。
自分達に有利な環境やタイミングで襲って来たり、知能の高いモンスターならば、周囲の物を利用して攻撃して来る事も有る。付かず離れずで俺達との距離を保っているのは、その機会を伺っているのだ。
「このまま黙って通してくれれば楽なんだがな。」
「モンスターですから、そういうわけにもいきませんね。」
「だろうな……ピルテ。モンスターが来るようなら教えてくれ。」
「分かりました。」
ピルテに索敵を任せて、俺とニルは進むべき道の選定を始める。
人が通れる道と言うのか、草木を掻き分けた跡は有って、そこがある程度安全な通り道という事が分かるようにはなっているものの、その時その時によって安全度は大きく変わる。特に、雨が降る前と後では、道の状態が違う事と、山を登るのか下るのかで、使うべき道は変わって来る。
草木を掻き分けた跡が見えているのは、恐らく、俺達が山に入る前、山を越えて来た商人の一団が使った道だ。彼等にとって、俺達が今登っている道は下って来た道となる。馬車を使って下り坂を進む場合、急斜面は斜め下へ向かって、なるべく勾配を緩くしながら進まないと、荷台の重さに馬が耐えられず、転げ落ちてしまう事になる。右に左にと何度も折り返しながら斜面を下りる為、その時に出来た道を使って進むと、登りでは時間が掛かり過ぎる。
真っ直ぐに登れない程の急斜面ならば、蛇行して登るのだが、そこまでの急斜面ではない為、出来る限り真っ直ぐ山の峰を目指したい。
要するに、新しい痕跡が残る道は使えないという事だ。
そうなると、もっと前に誰かが使ったであろう道を辿るのが良さそうに思えるが、いつ、どんな者達が通ったか分からない道となると、馬車で使える道なのかも分からない。結局は、自分達の目で確認して、通れる道を探しながら進むしかないわけだ。
「こっちは駄目だな……ニル!そっちはどうだ?!」
「こちらは行けそうです!」
俺達は、少し広がって進めそうな道を選び、印を残しながら先へと進んで行く。印はこまめに残しているが、道の選定はそこまで何度も行う程難しい山道ではない為、サクサクと前に進める。ただ、突然崖が現れたり、泥濘が酷く、馬車の車輪が埋まってしまいそうな場所が有ったりした時は、周囲を確認して、良い場所を見付けてから進む。
モンスターについては、ピルテの言っていたように、様子見をしているのか、次々と襲い掛かって来るという事はなかったが、皆無というわけでもなかった。
三人で山道を進んでいて、木々が密集している部分や、足元が悪い部分に差し掛かると襲い掛かって来る。ただ、襲い掛かって来たとしても、それらは全て、あっさりと俺のインベントリに収納される事になった。俺達も足場の悪い場所での戦いに慣れてきている証拠だ。
こうして、何度か道の選定を挟みつつ、山を登り数時間後。俺達はやっと山の中腹近くまで辿り着いた。
「シンヤさん。そろそろBランクモンスターの縄張りに入ります。」
「分かった。とすると……あの辺りで野営するのが良さそうだな。」
俺達から見える位置に、岩肌が剥き出しになっていて、木々の生えていない場所が見えている。
「周囲の状況を確認しつつ、近くに居るモンスターは狩っておくとするか。」
「どの程度狩りますか?」
「あまりやり過ぎるとパワーバランスが崩れるから、数体で良いと思うぞ。俺達からも攻撃してくると分かれば、モンスター達も不用意に近寄って来なくなるだろうからな。」
「そうしますと…おあつらえ向きに近付いているモンスターが数体居ますので、それを狩りましょう。」
「分かった。案内してくれ。」
「はい!」
ピルテの案内に従って進むと、言っていた通り、数体のモンスター。サクッと倒してスラたん達を待っていると、直ぐに馬車が現れる。
「今日はここまでかしら?」
「ああ。ここで一夜明かして、明日で上まで行く予定だ。」
「了解。それじゃあ、野営の準備を始めましょうか。」
「私にも何かお手伝い出来る事はありますか?」
「そうね…それなら、ピルテと一緒に焚き火を作ってもらおうかしら。魔法は使えるかしら?」
「初級魔法程度であれば使えます。」
「それなら大丈夫ね。無理はしないように気を付けて、木材と火を用意してくれるかしら?」
「はい!」
テトラの事は、ハイネ達に任せても大丈夫そうだ。スラたんも、彼女達の会話を聞いているが、止めようとはしていない。つまり、その程度ならば動いても大丈夫だと判断したという事だ。
「よし。俺達はテントを張るぞ。」
「はい!」
慣れた野営の準備をサクッと終わらせる。因みに、エフも野営の準備は慣れているらしいく、何も言わなくても準備を手伝ってくれた。
全ての準備が終わったタイミングで空を見るが、まだ夜になるまでには時間が有る。
「時間は残っているみたいだし、今日仕留めたモンスターの解体をしようか。」
「わ、私もお手伝いします!」
テトラは本当に働き者だ。スラたんがお金の為に受け取ると言った労働だからという事も重なって、かなり気合いが入っている。
「解体はした事有るのかしら?」
「い、いえ…」
「解体なんて普通はやらないからな。」
「まずは、私とピルテが手本を見せますので、それを見ていて下さい。」
「分かりました。」
俺とスラたんが、インベントリから今日仕留めたモンスターを取り出す。俺の方から十体、スラたんの方から十体。計二十体のモンスターが出てくる。
「食用に出来るのはマウンテンリザードだけだな。後は素材を剥いで森の中に置いておけば、他のモンスターが食べるだろう。」
「分かりました。」
「それでは始めましょう。」
ニルとピルテがテトラを連れて、モンスターの解体に入る。どんな獲物でも大体の工程は同じだから、何度かやれば直ぐに解体出来るようになるだろう。
問題はグロテスクな絵面に耐えられるかどうかだが……
「なるほど…最初は血抜きからですね。首を切って逆さに吊るすだけですか?」
どうやら心配は要らないようだ。
「カイドー…いや、シンヤ。少し良いか?」
エフが俺を呼びに来る。
「どうした?」
「明日の事だ。この山は、最も傾斜がキツい場所では、馬車も蛇行して登らなければならない。大体七合目から八合目辺りだ。そこを越えれば後は真っ直ぐ上まで行けるが、問題はその傾斜がキツい部分の進み方だ。」
「蛇行して進むだけじゃないのか?」
「単純に蛇行して進む方法も有るが、それだと時間が掛かり過ぎる。
馬だけならば、普通に真っ直ぐ登って行けるがな。」
「要するに、荷台をインベントリに収納して急勾配な場所を抜け、そこでまた荷台を出せば良い…という事か。」
「そういう事だ。」
「ちょっと待ちなさいよ。それじゃあテトラはどうするのよ。」
俺とエフが話をしていると、内容を聞いていたのか、ハイネが会話に横から入って来る。
「歩けば良いだろう。」
「急勾配な道を歩ける程回復していないわ。」
「私が見る限り、歩く程度は問題は無いように見えるが?」
「歩かせようとしているのは急勾配の坂よ。そんな危険な場所を歩かせるわけにはいかないわ。」
「蛇行して先に進む場合、より多くのモンスターを相手にする事になるし、時間も掛かる。危険という意味では大差無い。」
「危険が誰に収束するのかが問題なのよ。」
う、うーん……どうやら、始まってしまったようだ。こうなると、二人の言い争いは長くなる。
どちらの意見も間違ってはいない。
山を直上に登れば、Bランク以上のモンスターが縄張りにしている場所を一気に抜けられるし、そう出来るならばその方が時間も掛からなくて良い。だが、テトラはその急勾配を登れる程回復していない。それは恐らく明日も同じだ。
「だから駄目だって言っているのよ!」
「お前の言う方法では危険度が高い。」
「ああもう!」
「まあまあ、二人共落ち着いて。」
言い争っている二人の間に、スラたんが入る。
二人はスラたんの言葉を聞いて、取り敢えず言い争いを止める。
ハイネは勿論だが、エフもスラたんには怪我の事で世話になっているからか、無視出来ないらしい。
「二人の言いたい事は分かったよ。どちらも正論だと思うけど、ここはパーティリーダーに決めてもらう方が良いと思うんだけど、どうかな?」
流石スラたんだ。一発で二人の言い争いを止めて、解決策まで提案するなんて………って、そのリーダーってのは、俺の事だよな。要するに、俺に丸投げって事だよな。
スラたん含め、三人が俺の方を向いてジーッと見詰めてくる。
「スラたん…覚えてろよ……」
スラたんの間接的攻撃を受けてしまったが、誰かが話をまとめて決定する必要が有ったのは確かだ。ここは、俺が上手く話をまとめて、方法を決定するべきだろう。
「そうだな……それならば、誰かがテトラを背負って登れば、解決するんじゃないのか?」
「背負って……その発想は無かったわね…」
「確かに…それならば、テトラを歩かせる必要も無いし、真っ直ぐに進める。」
二人の意見を聞いて、
「流石シンヤ君!」
親指を立てて笑うスラたん。殴りてぇ…
「問題は誰が背負って登るかだが……まあ、俺だろうな。」
体力的に考えて、女性陣に任せるのは違う。となれば、必然的にスラたんか俺かのどちらかだろう。そして、スラたんのステータスはスピードに極振り。体力、パワーを考えたら、一番の適任者は俺になる。
「これだけの面子が揃っているのだし、俺が戦えなくても危険は無いだろう。それでどうだ?」
「私は…良いと思うわ。」
「私もそれで良いと思う。」
何だかんだ言いつつ、ハイネもエフも、状況を判断出来る冷静さを保って言い争っているから、こうして解決策を提案すると、すんなり受け入れてくれる。
それが出来るならば、二人の間から解決策が出てきても良いと思うのだが…そうはならないのが不思議なところだ…
「よし。それならこの話は終わりだ。その代わり、俺とテトラの事はしっかり守ってくれよ。」
「それは任せて。掠り傷一つ付けさせないわ。」
「………エフ。」
パシッ!
「これは…」
俺はインベントリを開き、収納していたエフの短剣を投げ、それをエフが受け取る。
「ここから先は、エフにも戦ってもらう。戦力は多い方が良いからな。」
「……私に武器を渡すとは、やはり甘い奴だ。」
「俺が甘い奴かどうかは、エフの行動で変わるだろう。俺を甘い奴にしないでくれよ?」
「……フン。分かっている。」
エフは、受け取った短剣を外套の下に装着する。
「あまり無理はするなよ。」
「ここのモンスター程度を相手にするだけならば、無理には入らない。片腕になったとしても、私は元々部隊長なのだぞ。」
「偉そうに。シンヤさんに勝てないくせに。」
「なっ?!貴様!」
「はいはい。そこまで。」
タイミング良くスラたんが手を叩きながら間に入る。
「くっ……」
「フンッ。」
「二人共、もう少し仲良く…」
「出来ん!」
「出来ないわ!」
「はぁ……」
二人の啀み合う中でスラたんは溜息を吐く。
俺からすると、似た者同士ではないが、気が合っていないようで合っているように見えるし、仲良く出来そうな気はするのだが…
「そうだ。シンヤ君。少し良いかな?」
「何だ?今日はやけにモテるな。」
「何言っているのさ。シンヤ君はいつだってモテモテだよ。」
「笑顔で気色悪い事を言うなよ。気色悪い。」
「二回?!二回言うの?!しかも振ってきたのシンヤ君だよね?!」
「それで、何だ?」
「無かった事になった?!」
よし。これで仕返しは完了だ。
「ま、まあ良いけどさ……実は、ちょっと今作っている物があって、それが使えるか試して欲しいんだけど。」
「新薬か?」
「ううん。化粧品…ではないけど、色々と作っている間に、面白い物を思い付いてね。」
「面白い物?」
「これさ!」
スラたんの手の上には……白い粉。
「駄目!絶対!」
「そんな物作るわけ無いでしょ!」
「そ、そうだよな。それは?」
「簡単に言うと、入浴剤。」
「入浴剤?!そんな物が作れるのか?!」
「まあね。と言っても、元の世界に有ったような物と同等とは言えないけどね。
これを湯に入れて溶かすと、色々と効能が得られるようになっているんだ。注目すべきは傷薬の薬効だね。」
「へぇ。つまり、これを入れた湯に入れば、傷が治るのか?」
「大きな傷には効果が薄いと思うけど、細かな傷には良いと思う。テトラさんは全身に処置を施したから、細かな傷まで傷薬を塗るのは大変でしょ?だから、こうしてしまえば傷薬を塗る手間も省けるかなってさ。
それに、シンヤ君達も訓練とか色々で生傷が絶えないからね。」
「なるほど…面白い発想だな。まさに癒しの湯という事か。」
「一応、乳液を作る時に作っておいた物も入れてあるから、保温とか保湿とか、そういう薬効も混ざっているけど、シンヤ君というよりは…」
「女性陣に喜ばれる薬効だな。ただ、試すって…今から風呂に入れって事か?」
「ううん。僕も入浴剤を作るなんて初めての事で、肌に合う合わないとか分からないから、シンヤ君にも試して欲しいんだよ。桶みたいな物に湯を張って手とかで試して欲しいって事。シンヤ君が大丈夫そうなら、ハイネさん達にも試してもらおうかと思う。皆大丈夫そうなら粉を固めて使い易い形にするつもりだよ。」
「俺だけ先に試すのか?」
「女性陣の肌を先に試して欲しいのかい?」
「いや。それは無いな。」
「でしょ?」
「分かった。手伝うよ。さっき草で左手に小さな傷が付いたから丁度良いしな。」
普段ならば、放置していても問題無いと判断するような小さな傷だが、治せるならば治した方が良いのは言うまでもない。
魔法で水を作り出し、それに火魔法で熱を与えて温かくした後、スラたんの作った入浴剤を投入。匂いは無い。流石に香り付けまではしていないらしい。
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