第629話 山岳地帯 (2)
「A部隊ってのは、どういう連中なんだ?」
「私も、あまりA部隊については知らない。かなり強い連中だということは知っているが、同じ黒犬でも、見た事が無いという者達の方が多いだろうな。」
「そこまで徹底して隠密行動しているのか?」
「それがA部隊だ。」
「凄まじいな…」
「我々の役目は、そこにこそ有るのだ。いや、それしか出来ないと言った方が良いだろう。そして、それしか無いのであれば、それを極めなければならない。
本来であれば、私のように、任務を失敗する事など、有ってはならない事。任務の失敗は、そのまま死を意味する。私達にとって、任務を達成出来ずに、生きたまま帰るのは、恥以外の何ものでも無いのだ。」
「…………………」
エフにとって、今、生きている事自体が、恥であり、屈辱的な事である…と言いたいらしい。
「そんな顔をしなくても大丈夫だ。私にとって、今は死ぬ事より魔王様の事を伝える事の方が大切な事だ。まだ死ねない。生き恥を晒したとしても、魔界に戻らねばならない。」
「生き恥ね…」
「何か言いたいのか?」
「生きて帰る事が、そんなに恥ずかしい事だとは思わないからな。と言っても、俺は黒犬の考えなんて分からないし、それを否定するつもりは無いが…
さっき自分で言っただろう。無駄に戦力を消費するのは悪手だって。それに、今回の場合、魔王本人の命令ではないわけだし、恥にはならないと思うぞ。寧ろ、それに気が付かなかった上の連中が恥だと思うがな。」
「……だとしても、任務を失敗し、片腕を失ったのは事実だ。生きて帰るだけで良いという考え方は、冒険者の考え方だろう。
我々が行う任務は、どれも大切な意味を持っている。失敗してしまえば、そこには必ず大きな被害が生まれてしまう。それを阻止する事が我々の役目なのだから、失敗してはならないのだ。」
「言いたい事は分かるが……」
「別に理解して欲しいとは思わない。魔族の中でも、我々黒犬というのは特異な生き方をしているという事くらい自覚しているからな。
それでも、私は黒犬である事に誇りを持っている。」
「……そうか。部外者が口を出す事ではなかったな。生きる事が恥というのは、どうにも寂しい気がしてな。すまなかった。」
「とことん甘い奴だな。元々敵で、お前を殺そうとしていた私に、そんな言葉を掛けるとは……変な奴だ。」
「確かに、敵だったし殺されそうにはなったが、今は仲間だからな。」
「……変な奴だ。」
二度も変な奴だと言われてしまったが、ニルはそれに対して何も言わない。
その言葉の裏には、俺を貶す意図が感じられないからだろう。
エフとの話はそこまでで、あまり多くの事を話したわけではなかった。それでも、エフがただの同行者から、仲間と呼べる存在になった事は間違いなかった。
翌日。早朝。
「おはようございます。」
「ふぁ…おはよう…」
昨晩は、俺とニルが見張りをして、深夜にスラたんとピルテと交代した。寝たのが深夜で、寝られたのは三時間程度。少し眠いが、俺より先に起きたニルが淹れる朝の紅茶を飲んでシャキッとする。
どうやら、雨は止んだようだ。
「おはようございます。」
「おはよう。シンヤ君。」
テントから出ると、見張りをしてくれていたピルテとスラたんが、声を掛けてくれる。
「たった三時間程度の睡眠しか出来なくて大丈夫かい?」
「徹夜なんて慣れているし、三時間寝られれば上等。」
「シンヤ君もなかなかに大変な社会人だったみたいだねー…」
「今は徹夜すら楽しんで出来ているから問題無いさ。それより、今日は山岳地帯に入るから、準備はしっかり頼むぞ。
滑落もだが、昨日は雨が降って地盤も緩んでいるだろうから、地滑りなんかも気を付けるぞ。」
「了解。雪崩と崩落に飲み込まれた人が言うと説得力が違うね。」
「あんな思いは二度と御免だからな。」
「木々が生い茂っている山岳地帯だし、あの程度の雨なら、そこまで地盤が緩むって事は無いと思うけど、注意して損は無いからね。」
「そういう事だな。テトラはどうだ?」
「さっき確認して来たけど、熱は完全に引いて、傷もかなり塞がっていたし、体調は良くなっているよ。お腹も空いてきたって言っていたからね。」
「それは良かった。」
俺達がそんな話をしていると、ハイネが、テトラを支えてテントから出て来る。
「テトラさん?!」
「だ、大丈夫です。」
スラたんが焦って支えに入ろうとするが、テトラは自分で歩いて焚き火の横まで来る。
「ふぅ……」
何とか座り、一息。
「まだ完全に良くなったわけじゃないんだから、無理する必要は無いんだよ?」
「先程お話を聞いて、動けるなら動いても良いと仰られたので…」
「ま、まあ確かに言ったけど…」
「少しでも早く皆様の役に立てるように回復したいのです。」
「……そっか。でも、体の状態と相談して動いてね。転けて怪我なんかしないように。」
「はい。」
話をして直ぐに動き出すとは思っていなかったのか、スラたんは焦っていたが、どうやら支えを受けて歩くくらいは普通に出来るようだ。
寝込んでいたのも二日程度のものだし、歩く筋力自体は有ったのだから当然と言えば当然だ。ひたすら寝込んでしまうと、歩く筋力さえ無くなってしまうし、動ける範囲で動くのは、寧ろ良い事だ。動けば腹も減るし、筋力も上がる。
本人がやる気ならば、それを補佐するように動いた方が良いだろう。ハイネも、それを察して動いてくれたようだ。
「ニル。ピルテ。朝食を頼む。」
「「はい。」」
「俺とスラたん…いや、エフ。少し先の道を調べるから一緒に来てくれ。」
「分かった。」
エフは、俺の指示に素直に従ってくれる。ハイネとピルテにも、昨夜の事は伝えてある為、反対はされない。
「ハイネ、スラたんは出発の準備を頼む。」
「分かったわ。」
「了解。」
全員に指示を出すと、それぞれに動いてくれる。テトラはまだ本調子ではない為、焚き火で待機。ニルとピルテが近くに居るし、良いようにしてくれるだろう。
「雨が降ったせいで、地面が
俺とエフが行く先の道を見に行くと、直ぐにエフが喋り始める。
「この辺りは斜面もそこまで急ではないし、私達が転ぶ程度ならば問題無いが、馬が転んだり、馬車が滑ると大変な事になる。最悪、火魔法で地面の水分を飛ばして進む必要が出て来るかもしれない。」
「そうだな…流石に全ての地面を乾燥させる必要は無いだろうが、危険そうな場所を通る時は、それくらいしないと通れないかもな。」
「道を調べる者を二人以上、先行させるのが良いだろう。馬車で進むとなると、途中で引き返して別の道を行くのは、それだけでかなりの時間を使う事になってしまう。」
「なるほど…」
こういう事に関しては、エフの知識が特に役に立つ。ハイネかピルテを連れて来ても、同じような事を言ってくれたとは思うが、やはりエフもその道のプロという事だろう。
「地滑りとかはどうだ?」
「木々の葉が山の表面を隠していて地表が見えないから、確かな事は言えないが、恐らく大丈夫だろう。寧ろ、怖いのはこの地形そのものだ。崖のような場所もかなり見えるし、山を越えていくとなると結構大変だぞ。」
「かと言って迂回していては時間が掛かり過ぎる。」
「……私と、スラタン…だったか。あの男が先に行って偵察して来よう。私はあいつから離れられないのだろう?」
エフが変わってくれた時に、体内のスライムを取り出しても良かったのだが、もう暫くは様子を見る事にした。何にしても慎重にならざる得ない状況だし、エフ自身も、それで構わないと言ってくれている。
「…そうだな。それじゃあ、エフ、スラたん、ハイネを先に行かせよう。」
「ハイネ…」
「まだハイネとは上手く付き合えないのか?」
「あの女とは反りが合わない。」
どうやら、ハイネとの関係は、仲間になったから良くなるというものでもないらしい。種族間のあれこれというのは、俺達の世界に有った差別ともまた違った感じで、俺やスラたんには理解が難しい。
違う種族なのだから、互いを認め合って協力した方が、より一層良い結果を生み出すだろうに…なんて考えていられるのは、俺やスラたんには、種族という概念が定着していないからだろう。
まあ…その辺は酷い事になりそうなら止めるが、
「反りが合わないとしても、このパーティの中でやっていくならば、行動を共にする事だって有る。仲良くしろとは言わないから、上手く付き合ってくれ。」
「それはあの女次第だな。」
「エフ。」
「……分かった。善処する。」
俺の言葉に、仕方無いと溜息を吐きながら答えるエフ。
先行する三人の中にはスラたんも居るし、何とかしてくれると信じよう。
俺とエフは、少し周りを見てから、皆の元に戻る。
その後、朝食を終えたところで、三人に道の先を見てもらう事を伝える。案の定というのか、ハイネもエフと共に行動する事に対して、若干の難色を示したが、俺の指示に首を縦へ振った。
「それじゃあ出発するぞ。」
「はい。」
ハイネ達を先に行かせて、俺達は馬車で出発する。
「昼からは、ハイネ達と位置を入れ替えるからな。」
「分かりました。」
「何も出来なくて申し訳ありません…」
荷台に乗っているテトラが、申し訳なさそうに言ってくる。
「これは俺達の役目だ。テトラが申し訳なく感じる必要はない。
それより、ここから先はかなり揺れる事になる。しっかり掴まっておくんだぞ。」
「…分かりました。」
「それでは、行きます。」
ニルが御者となって、山岳地帯へと入る。
最初は、緩やかな傾斜が続いている為、地形的な意味での大きな危険は無い。気を付けなければならないのは、モンスターの存在くらいだ。
斜面には木々が生えており、鬱蒼としているのだが、時折ブツリと森が途切れ、いきなり崖になっているような地形が多く、かなり危険だ。
スラたん、ハイネ、エフが先行して道を調べ、進むべき道が分かるように、染色用に使われるパトラルの実を使って木々に進む方向を示してくれている。
パトラルの実は、ヒョウドという鎧大好きなプレイヤーの男に、ニルが汚れを付ける為に投げた実だ。
普段は殆ど使わない物だから、数は十分足りるだろう。
「これは…先行して見てくれていないと、突然地面が消えて真っ逆さまという可能性も有りましたね…」
御者をしているニルとしては、崖を見る度に背筋が凍るだろう。
「だな。助言を聞いておいて良かった。」
「モンスターの気配も、結構周囲からしますね。」
ピルテは、五感を通して、モンスターの気配を探ってくれている。
「俺達には分からないって事は、遠いのか?」
「そうですね。距離は結構有ります。ですが、好戦的なモンスターも多そうです。今はこちらの様子を伺っているだけみたいですが、どこかのタイミングで襲って来ると思います。」
「厄介そうな気配は有るか?」
「今のところは大丈夫だと思います。小物が多いですし、私一人でも十分に対処出来ると思います。」
「だとしても、一人に任せるなんて事はしないぞ。モンスターが来たら、俺とピルテで対処だ。ニルは馬車を頼む。」
「「はい。」」
俺達は馬車の旅にも慣れているし、モンスターの襲撃なんて日常茶飯事だから、いつも通りと言えばいつも通りだが、テトラはこういう事に慣れていないのか、かなり緊張しているみたいだ。
ここより南は村や街が多く、テノルト村まで人間の暮らす領域という状態で、モンスターの出現もほぼ無いような道程だった。テトラは元々貴族の子供だったみたいだし、モンスターという存在自体にあまり慣れていないのだろう。
ただ、俺達が山岳地帯に入ってから二時間が経過しようとしていた時の事。
「っ!!モンスターが寄ってきます!」
ピルテが声を張る。俺とピルテは即座に馬車から降りて戦闘態勢に入り、ニルは馬車の上で
「この感じ…相手は恐らくマウンテンリザードです。一…二……四体来ます。」
マウンテンリザードは、Cランクのモンスターだ。
リザード系のモンスターの中で、山に住み着くタイプのモンスターで、他のリザード系モンスターと殆ど変わらない。
体表は灰色で背びれを持ち、鋭い牙を持った二メートルのトカゲだ。攻撃は基本的に噛み付くだけ。急な斜面でも難無く移動出来るという特徴を持っている。
ケイブリザードは全長三メートルで、マウンテンリザードは全長二メートル。マウンテンリザードの方が一回り小さいが、その分動きが速い。
と言っても…Cランクの枠は出ない強さで、苦戦するような相手ではない。
紫鳳刀の使い心地を確かめつつ、山岳地帯での戦闘に慣れるという意味では丁度良い相手だ。勿論、ピルテもニルも全く焦ってはおらず、近付いてくるマウンテンリザードを冷静に見ている。
「ピルテと俺で二匹ずつだ。サクッと終わらせて先に進むぞ。」
「分かりました。」
四足で走って来るマウンテンリザードは、泥を飛ばしながら口を大きく開けて俺達を食う気満々だ。
「これの使い心地を試させてもらうとしましょう。」
ピルテは、イベント報酬で貰った深紅の鉤爪を右手に装備する。
バシャッ!
俺とピルテは、ほぼ同時に地面を蹴る。
泥濘んでいるから、踏み切る力が逃げてしまい、思うようには移動出来ない。しかし、それは最初から分かっていた事。それを考慮して地面を強めに蹴った事で、いつも通りの動きで向かって来るマウンテンリザードの前に飛び込む。
ザンザンッ!!
俺が振った紫鳳刀は、あっさりとマウンテンリザードの首を二つ切り落とす。
斬れ味は桜咲刀より僅かに悪いが、上等といえる部類だ。
刃を押し付けた時、ほんの僅かに弾力を感じるような刀身で、ガチガチに硬く耐久値が高いというよりは、粘り強い事で耐久値が高いという感じ。
ザシュッ!ザシュッ!
「こ、これは良いですね。」
ピルテの方を見ると、魔力を流し込んで伸ばした鉤爪の先が、二匹目の頭部を貫いているところだった。
バシャッ!
ピルテが鉤爪を引き抜くと、マウンテンリザードがその場に倒れ込む。
「骨など関係無しに貫いてしまいました。」
強度はそこそこだと鑑定魔法では表記されていたが、それは恐らく、刀や直剣等、他の武器を含めて考えた場合という事だろう。戦闘で使う時の強度としては十分だ。
「ただ、最大限に伸ばした時に横から力が加わると折れてしまいそうなので、そこだけは注意が必要そうですね。」
「伸ばした分細くなって強度が下がるからな。
でも、それはシャドウクロウと変わらないんじゃないか?」
「シャドウクロウは、伸ばし切った後に形状を曲げたり出来るので対処出来ますが、この深紅の鉤爪は、伸ばすか縮めるかの二択しか有りません。ですから、シャドウクロウよりも慎重に使わなければならないという事ですね。
ただ、やはりシャドウクロウよりも攻撃力は高いので、多少強引に攻撃しても、貫く事が出来るのは有難いです。」
「満足してくれそうなら良かったよ。俺は、鉤爪という武器を使えないからよく分からなくてな。」
「当然満足ですよ!満足しないなんて事は有り得ません!」
本当に満足しているらしく、ピルテはニコニコしてくれている。
「それならば良かった。上手く使ってくれ。」
「はい!」
俺とピルテは、マウンテンリザードをサクッと倒した後、馬車に戻る。マウンテンリザードはそのままインベントリに収納し、解体は後で一気に行う。
「す……凄いですね……あんなに大きなモンスターを瞬く間に……」
俺とピルテが戻ると、テトラが目を丸くして驚いている。
「Cランクのモンスターだからな。あの程度ならば問題無い。」
「この辺りに居るモンスターは、大体がこのランクのモンスターですから、そう心配する必要は有りませんよ。」
「皆様がお強い事は分かっていましたが…ここまでお強いなんて…」
「一応、Sランク冒険者でもあるから、このくらいは出来ないとな。」
「っ?!Sランクですか?!」
「あれ?冒険者だって言わなかったか?」
「冒険者という事は聞きましたが…Sランクというのは初耳です…まさかSランク冒険者の皆様に同行出来るなんて…」
「そ、そんなに驚く事か?」
「ご主人様。Sランク冒険者というと、一般的には…」
「あー……そう言えばそうだったな。」
Sランク冒険者となると、貴族絡みの依頼や、ギルドからの指名依頼等を受ける事が多くなり、その依頼料もかなり多くなる。
冒険者という職業に就く者達は大勢居るが、Sランクの冒険者となると、羨望の的という立ち位置になる程のランクだ。
イーグルクロウの五人も、そういう感じが全くしないから、Sランク冒険者という立場を簡単に考えていたが、本来であれば、テトラのような反応が普通だろう。
「はっ?!わ、私…全然お金なんて持っていないのに……Sランク冒険者の皆様と……旅を……」
テトラの顔が真っ青になる。
Sランク冒険者のパーティを雇って護衛にしようとすると、かなりの額が必要になる。それを考えて青くなっているのだろう。
「いやいや。今回の場合、俺達が勝手に連れ出したんだから、そんな事考えなくて良いって。」
「で、ですが…」
「気にしない!」
「っ?!は、はい!」
テトラはオドオドして焦っていたが、俺が少し声を張ると、背筋を伸ばして返事をする。
「うむ。よろしい!」
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