第621話 信用

コンコン…


「はい。」


ガチャッ…


ノックをすると、ピルテが直ぐに扉を開く。


申し訳なさそうな表情をしているのが、俺でも直ぐに分かった。


「申し訳ございませんでした…」


案の定、ピルテは直ぐに頭を下げて俺達三人に謝る。


「繊細な問題だし、ピルテの気持ちも分かるから、謝る必要は無いさ。」


俺の言葉に、スラたんもニルも頷いて、ピルテに笑い掛ける。


ニルは、直ぐにピルテの横に寄り、何も言わずに手を握る。

何も言葉を交わしていないが、それでも、ピルテはニルの気持ちを感じて微笑む。


二人の関係はライバルでありながら親友という関係で、男の俺から見てもホッコリするような二人だ。

ニルも、心配したり、焦ったり、笑ったり、怒ったりと、表情がコロコロ変わる。

俺以外の人に対しては、基本的に一定の距離を保ち、表情もあまり変えないのだが、一定のラインを超えてニルと仲良くなれた人達に対しては、全く違う表情を見せる。

俺と居る時とはまた違った表情も見せているし、ニルには、やはり心を許せる友達というのが必要なのだろう。


オウカ島で仲良くなった鬼人族女性の人達とも、同じように接していたが、ピルテもその中の一人としてニルの中に居るのだろう。


二人の友情を見て、少し和んだところで、ハイネが口を開く。


「シンヤさん。本当に申し訳ないのだけれど…この街に、もう少しだけ長く滞在しても良いかしら?」


その質問で、ハイネとピルテが、どのような結論を出したのかは分かる。


「ああ。大丈夫だ。

一応、テトラに会える場所を聞いてある。二人のタイミングで行ってくると良い。」


「ありがとう。」


「ありがとうございます。」


俺は、ハイネに場所の説明をする。

店の集まる場所付近だし、迷う事はないはずだから、ハイネとピルテの二人で出てもテトラに会うのは難しくないだろう。


「そう言えば、チンピラに絡まれたって聞いたけど、そっちは大丈夫なのかしら?」


「ああ。それは大丈夫だ。

ニルがこれでもかと恐怖を叩き込んでくれたから、二度と俺達やテトラには手を出さないはずだ。」


俺達が見たのは、盗賊のようなガッツリ系とは違って、どこの街にでも居るようなチンピラの類だ。

ちょっと強いから、調子に乗ってしまった…みたいな連中で、ニルがボコボコにした事で、かなり怯えていた。

ろくな訓練もせずに遊び歩いているようなゴロツキ連中が、毎朝訓練を怠らず、死線を何度も潜り抜けたニルと一戦交えたらどうなるのか…まさに蛇に睨まれた蛙というやつだ。彼等にとっては残念ながら、相手の力量を見抜く力さえ無く、相手が蛇だと知らずに突っ込む蛙になってしまい、恐怖で動けなくなった時には、蛇に噛まれた後だったわけだが。

最終的に、彼等はボコボコにされて、怯えて泣きながら走り去ったのだが、あれだけ怯えさせれば、二度と顔は出さないだろう。当然、俺達と関係が有ると認識しているであろうテトラにもだ。


報復やらが怖いと思うかもしれないが、それも大丈夫だろう。彼等を見た感じ、ナイフ等の刃物は抜いたが、腰は引けており、振り方も素人。恐らく、人を相手に刃物を抜いた事自体殆ど初めてのような奴等だと思う。

この辺りは、テンペストの勢力圏内であり、それが突如として消え去った事で、ならば俺達の天下だ!とでも思って調子に乗ってしまった五人組…というところだ。

これに懲りて、明日からは真っ当に生きようとするかもしれない。そのレベルの相手だ。それが一目で分かったから、ニルは相手に絶望感を与える為に、敢えて素手での立ち会いをしたのだ。テンペストが居なくなったからといって、お前達が強くなるわけではないのだから、大人しくしていろ、という事である。


「この二人に喧嘩を売って生きていられるなんて、その五人組はとんでもない運の持ち主ね。」


「喧嘩を売った相手がシンヤ君とニルさんだったと考えると、寧ろ運が悪かったんじゃないのかな?

五人組となれば、普通は一人や二人で行動している者達にとってはそれなりの脅威なのに、この二人にとっては脅威とならないんだから、災難だったよね。」


「おいおい…人を殺人鬼みたいに言わないでくれよ…」


「ふふふ。冗談よ。

でも、テンペストの影響は確実に受けているみたいね。」


「だろうな。この辺りの事を牛耳ぎゅうじっていた連中がパタッと消えた事で、それまでテンペストが怖くて動けなかった連中が動き出しているんだろう。」


動き出したと言っても、盗賊をやるような連中ならば、既にテンペストに入っていただろうし、居てもゴロツキ程度の者達ばかりのはず。ジャノヤを中心として、ハンターズララバイに関わっている者達が次々と捕まっている為、この辺りで未だに活動しようとしている盗賊達は居ないだろうから、本気の盗賊というのは、当分の間はこの辺りには出没しないだろう。

この辺りは、安全とまでは言えないが、今、盗賊にとって一番近づきたくない場所の一つだということは間違いない。


「そうだ。二人は、夕食まだだよな?」


テトラの事については、取り敢えずそこで話を切り、ハイネとピルテに夕食の事を聞く。


「そうね。流石にお腹が空いてきたわ。」


俺達が話をしている間も、ハイネとピルテは話し合いをしていたのだし当然だ。


「俺達が食ってきた店の料理を買って来たから、二人も食べてくれ。」


インベントリから取り出した料理を、部屋の中に有るテーブルに置いて、ハイネとピルテに勧める。


「んー!美味しそうな匂い!」


「料理をアツアツで持ってこられるのは、本当に羨ましいです。」


「そうよね。私も使えたら良かったのに。あ、でも、スラタンが使えるから問題無いわね。」


「ぼ、僕?」


「ええ。」


ニコニコのハイネ。

ハイネ的には、そのうちピルテとスラたんは一緒になるのだから、スラたんはハイネの義理の息子となる。

ピルテが、独り身であるハイネ一人を置いて別居する…なんて事は絶対に有り得ないだろう。という事は、一緒に暮らすようになるから、スラたんがインベントリを使えるならば…という考え方だろう。


ピルテは、直ぐに母親が何を言いたいのか察して真っ赤になっているが、スラたんは何を言っているのか分かっていないらしい。


「スラたん。頑張れよ。」


「えっ?!何が?!荷物持ちって事?!別にそれくらいいくらでもやるけど…」


はてさて、スラたんとピルテはどうなる事やら…この調子では、いつか俺がスラたんにハッキリと聞かなければならなくなりそうだ。


不敵な笑みだけ浮かべた後、俺はエフの方へ向かう。


「シンヤ君?!その笑みは何だったの?!ねぇ?!」


後ろからスラたんが何か喚いているが、取り敢えず、自分で考えてみるべきだろう。


「ほら。」


俺は、部屋の隅で座るエフの前に、買ってきた料理の一部を置いてやる。


「………………」


しかし、エフはこちらを見る事さえしない。


「俺が食べさせてやらないと食えないのか?」


「チッ……」


舌打ちしたエフは、俺を睨み付ける。


「そう睨むな。いちいち喧嘩腰で来られるのもそろそろ疲れた。」


「フン…良い気なものだな。」


「何がだ?」


「もし、お前達が言うように、魔王様が何者かによって操られているとしたら、直ぐにでも魔界へ向かうべきだろう。こんな所でゆっくりしている場合ではないはずだ。」


「急ぐべきだってのは同意するが、これはこれで必要な事だ。物資の補給もしっかりしておかないと、いざという時に何も出来なくなるかもしれない。

ハイネ達の話だって、モヤモヤしたまま進めば、集中力が欠ける可能性もある。

それに、ハイネ達がここで足を止める原因は、お前達黒犬にも有るんだぞ。」


ハイネとピルテの部下であるアイザスとサザーナを死に追いやった連中は、二人の魔法によって一人を残して吹き飛んだ。つまり、エフはその件に絡んでいない者だ。それが分かっているから、ハイネもピルテも、その怒りをエフにぶつけるような事はしていない。

だが、黒犬という一つの組織である以上、黒犬全体に恨みが有るとも言える。自分のやった事ではないかもしれないが、仲間が引き起こした事が原因なのだから、エフには、それを強く責める権利など無い。


「………………」


それは分かっているのか、俺の言葉にエフは黙る。


「取り敢えず、何でも良いから飯を食え。」


「……………」


エフは、俺の目をじっと見ている。

睨み付けているのとは違い、観察しているような視線だ。


「……お前達は、魔王様を助けると言っていたな?」


「ああ。」


「……何故だ?」


「何故だって…」


「そこの吸血鬼族の女二人は魔族だから分かる。だが、他は魔族ではないだろう。」


「そういえば、それについては何も話していなかったな。」


そもそも、俺とニルが、何故魔族を助けようとしているのか。

それは、大同盟の話や、俺がその使者であるという事から来ている。

一応、ニルが黒翼族で、魔族だから、その故郷である魔界を救いたいとか、両親がどこかに居るはずだから、それを探したいだとか…個人的な理由も混ざっているが、それは私的な事。


包み隠さずに伝えるという事は出来ないが、大同盟の事については、教えても大丈夫だろう。


大同盟は、ある程度影で動いてはいるものの、そろそろ規模もデカくなっており、隠し切れていない状態となっている。

神聖騎士団に対抗する為、いくつかの種族が手を取り合っているという話が、あちこちに流れてしまっているのである。

人の口に戸は立てられないと言うが、それはどこでも同じらしい。どこからどう漏れたのか、大同盟の話はかなり出回っている。

しかし、族王達も、情報が漏れる事は最初から分かっていたらしく、変に規制したりせず、沈黙を貫いているとの事。

規制するという事は認めているようなものだし、沈黙を貫く事で、真実は分からないけど…という噂話に過ぎなくなる。落ち着いて対処しているという事は、大同盟内で対処については先に決められていたのだろう。

敢えて噂話を規制しないのは……多分だが、他の族王達にも同盟への参加を促す為…ではないだろうか。噂を聞き付ければ、真偽を確かめ、真実だとしたら同盟に参加したいという種族もいくつか有るはずだから。

特に、数の少ない種族で、神聖騎士団から身を守りたいと考えるような種族が、そういう行動に出る切っ掛けとしては十分だと考えた…という感じだろうか。

政治とかそういう事は俺にも分からないから、そんなところかなー…と想像するくらいしか出来ないが、あの優秀なプリトヒュが頼りにするような父である獣人族王も参加している大同盟が、全く無意味な手を打つとは思えない。もっと別の意味であるにしろ、何かしらの意味を込めての対策だろう。

因みに、この辺りの情報はナームの部下から聞いた。


という事で、大同盟については、恐らく魔族にも伝わっているはずだから、その使者だと言っても問題は無い。ただ、ニルが魔族だということは黙っておく。

魔族には奴隷が居ないという事が有るし、信用出来ると確信してから話す事にする。


「今、色々な種族が手を取り合って神聖騎士団に対抗しようとしている事は知っているか?」


「噂では聞いている。」


白々しい回答だ。恐らく、エフはそれが実際に起きている事だということまで知っているはず。黒犬が魔界の外に出て来てからかなり経つし、俺達を追い続けていたのだから、俺が大同盟の使者だという事も知っているはずだ。

エフとしては、俺が本当に使者なのかも分からない状況だから、疑っているのだろうが…まあ良い。


「その噂は本当だ。実際、既にいくつかの種族が手を組む事を約束してくれている。」


「……………」


「そして、その大同盟への参加を約束してもらう為に動いているのが、俺とニルだ。」


「証拠は?」


「これだ。」


俺は、インベントリの中から、獣人族王からの書状を見せる。

そこには、俺達が使者である事を証明する文面と、獣人族王本人の物だと分かるように、魔力の込められた印も刻まれている。


「なるほど…確かにこれは獣人族王の物だな。

つまり、お前達は、その書状を持って魔王様に会い、手助けを求めようとしている…という事か。」


「正確に言えば、手助けというよりは、手を組んで神聖騎士団を押し返そうという提案を持ち込むだけだ。」


「あくまでも対等の立場で…という事か。生意気な連中だ。」


三大勢力の一つとして数えられる魔族の長を、他の種族の王達と同列に扱うのは…生意気に取られる発言かもしれないが、それは今関係の無い事だ。

あくまでも敵は神聖騎士団で、同じ敵と戦う仲間だ。そこに上下関係を持ち込んでしまうと、色々と厄介な話になる。だからこそ、指揮を取っているであろう獣人族王も、全ての種族が対等であり、戦後も力のバランスが崩れないように、色々と考えているのだ。

いくら魔族が大きくても、上下関係を作らないという取り決めが崩れてしまえば、大同盟自体が崩れてしまう可能性もある。


「それを判断するのは魔王であり、お前ではないだろう?」


「……チッ……」


「だが、魔王が誰かに操られており、正常な判断が出来ない状態となれば、話をすることだって難しくなる。それでは困るんだ。」


「…………………」


「……………」


エフは、俺の事を見て、俺の話が本当なのかを考えている様子だ。


俺が見せた書状も、本当に俺が獣人族王から受け取った物なのか?誰かから奪い取った物ではないのか?使者だとしても、魔族を陥れる為の罠ではないのか?と、考えられる状況はいくらでも存在する。

俺の見せた書状と、俺が使者であるという情報だけでは、エフの事を納得させる材料としてはあまりにも弱過ぎる。それ故に、ここまで俺とニルの本来の目的については話さなかったのだ。


これでは納得はしないだろう……そう思っていたのだが……


「……分かった。」


「え?」


予想外の返事に、思わず変な聞き返しをしてしまった。


「お前達が魔王様を助けようと動いているという事を信じよう。」


「ほ、本当か?!」


「嫌ならもっと時間を掛けるぞ?」


「そ、そんな事はない。信じてくれるなら助かる。」


「………フン。不本意だがな。」


不本意だとしても、自分の感情ではなく、状況から判断して正しい答えを導けるというのは、エフが黒犬だからだろう。


俺達の方としては、実は、エフの事を既にある程度信用している。


ここまでの道程で、エフが敵側かどうかという事については、俺達の方でも探りを入れていた。

スライムを体内に押し込まれる事を受け入れた事や、俺達が宴会をしていて一人になっても、逃げたり俺達の隙を突いて動こうとしなかった事、その他諸々、敵であるならば、絶好の機会だと判断するような事を、適宜エフに与えていたのだ。

これがもし、本当は敵側の物だったならば、今一番怖いのは、俺達が魔界に向かう事だ。


既に、俺達は盗賊相手に大戦争を起こして勝利しているのだから、脅威だと判断しているはず。それが真っ直ぐに魔界へ向かって行くと知れば、当然妨害しようとするはずだ。

向こうには、魔王と魔王妃という手札が有るとは言っても、俺達の存在は無視出来ないはず。

つまり、エフが敵側ならば、俺達が魔界へ向かう事を阻止しようとするか、何とか逃げ出して、仲間に俺達を止める為の用意をさせようとするかのどちらかだろう。

しかし、エフはそのどちらも行わなかった。


もう一つ考えられる方法としては、敢えて俺達の中に潜り込んで、信頼を勝ち取り、後で裏切るパターンだが…魔王と魔王妃が手札に有って、その時点で俺達が無理に力技で攻めてくる事が出来ないと分かっているのに、その手を使うメリットはほぼ無い。逆に、こちらにはハイネとピルテが居て、血の記憶を読み取れる事を考えると、情報を落としてしまう可能性が高い…と考えると、デメリットが大き過ぎる。

この手はまず使わないだろう。


これらの事から、エフが敵側である可能性が極めて低い事が分かる。


「だが、私がこう言っても完全に信用出来ないだろう。だから、あの二人に血の記憶を読み取らせて構わない。」


エフとしては、信用するという言葉だけで、俺達が完全に信用するとは思っていないようだ。俺達の事を信じると決めた以上、彼女自身も敵ではないと証明する必要が有る為、その証拠を手っ取り早く与えようという話のようだ。


「だが…」


「私は大丈夫だ。既に傷も落ち着いているし、血も戻って来ている。血の記憶を読まれる程度の失血では死んだりしない。」


「そう。それなら、遠慮無く血を飲んであげるわ。」


俺とエフの会話に入って来たのは、ハイネ。


どうやら、全員俺とエフの話を聞いていたようだ。


ハイネは、エフの言葉を聞いて、ズンズンと近寄って来る。


俺達もそうだが、ハイネ達は俺達よりもずっと長く黒犬の連中に追い回されていたし、鬱憤うっぷんも溜まっているだろう。最低限聞き分けてくれるけれど、本人が大丈夫だというのならば、容赦はしないとでも言いたげだ。


実際のところ、血の記憶を読み取って、エフの事を確かめるというのが今一番確実な方法だし、エフの体調が戻ればそうするつもりだったから、本人が大丈夫だと言うのならばそうするべきだ。

ハイネがやり過ぎないかは心配だが、ハイネもそこは分かっているだろうから無茶はしないはず。


エフは、ハイネの言葉にも怯まず、素直に血を飲まれる事に同意する。

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